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2013/10/06

平成25年9月4日最高裁大法廷遺産分割審判抗告棄却決定批判 下書1

一 合憲性を推定する合憲性判断基準を変更していないのに結論が違憲となるのは納得できない

(要旨)今回の大法廷決定の憲法14条1項の合憲性判断基準は、平成七年大法廷決定(合憲)と同じく立法府に与えられた裁量判断を尊重する合理性の基準(緩やかな合理性テスト)であり、変更されてない。手段審査を加えた平成五年東京高裁違憲決定のような厳重な合理性テスト(中間審査基準)を採用していないにもかかわらず、強引な裁判官の主観的判断で合理的根拠を失ったとして違憲という結論になっているのは全く不可解である。

 1 先例の概要とその評価

 まず平成25年の大法廷決定批判の前提として、民法900条4号但書前段の憲法判断の先例である平成七年七月五日大法廷決定10人の裁判官(草場長官、大熊、園部、可部、大西、小野、三好、千種、根岸、河合)の多数意見(合憲)の要旨その評価、民法900条4号但書の比較法的評価について述べる。
 平成七年大法廷決定は、過去の大法廷判決を参照して、法の下の平等を定めた憲法14条1項は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他事実関係上の差異を理由として区別を設けることはその区別が合理性を有する限り右規定に違反するものではないとする。そして、嫡出子と非嫡出子の法定相続分の区別の憲法的適合性判断基準について相続制度の形態には歴史的、社会的にみて種々のものがあること及び相続制度を定めるに当たってはその国の伝統、社会事情、国民感情などの事情並びにその国における婚姻ないし親子関係における規律等を考慮しなければならないことを指摘したうえで、相続制度をどのように定めるかは立法府の合理的な裁量判断に委ねられていることや、本件規定が遺言などによる相続分の指定のない場合などにおいて補充的に機能する規定であることから、本件規定の「立法理由に合理的な根拠があり、かつ、その区別が右立法理由との関連で著しく不合理なものでなく、いまだ立法府に与えられた裁量判断の限界を超えてないと認められる限り、合理的のない差別とはいえず、これを憲法一四条一項に反するものということはできない」とする。
 さらに「本件規定の立法理由は、法律上の配偶者との間に出生した嫡出子の立場を尊重するとともに、他方相続人の子でもある非嫡出子の立場にも配慮して、非嫡出子に嫡出子の二分の一の法定相続分を認めることにより、非嫡出子を保護しようとしたものであり、法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図ったものと解される。」とする。その上で「現行民法が法律婚主義を採用したものであるから、右のような本件規定の立法理由にも合理的根拠があるというべきであり、本件規定が‥‥右立法理由との関連で著しく不合理であり、立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできない。」 としたのである。
 上記の立法理由についての平成七年最高裁の把握の仕方は妥当なものである。実際、戦後の民法改正における立法趣旨について奥野健一司法省民事局長は「嫡出であるものと嫡出でないものに於いて区別を設けているのでありますが、この点は民法それ自体が適法なる婚姻を尊重するというということに非常に重きをおきます関係上、勿論子供には罪がないことになりますが、婚姻の正当性ということが憲法に重きをおかれている関係から致しまして、必ずしも本質的平等に反するということにはならない‥‥」(臨時法制調査会総会議事速記録)また我妻委員は立法裁量論の立場から「第一に妻の取り分と子供の取り分に差がある。或いは子供の中にも嫡出の子と然らざる子の差があるということは、憲法の本質的平等に反するものではないかというお話ですが、之は私は反しないのであります。何故ならば‥‥妻を入れるか、或いは婚姻外の子供を入れるかどうかということが第一問題なんでありまして、‥‥妻と子供を同一順位にするか、直系尊属は第一、二の順位にするか、兄弟姉妹は第三順位にするか、つまり相続の範囲をどこまで決めるかということは、ある程度まで自由に決めてよい‥‥例えば立法例に依りましては婚姻外の子供は一切相続権がない‥‥それを取り込んで二分の一を与えろということは平等の原則に反するとはいえない。‥‥村岡さんのお話に依りますと、扶養の請求権を認めて然るべきなんだが、相続権はたとい半分でも認めない方がよいじゃないかと趣旨と思います。いかにも御尤も‥‥ただ原案の考えでは、子供の成長するまで父親が生存中に世話をしなくちゃならぬというのは当然で、併しその父親が死んでしまってその後の扶養ということが望みがなくなるという時に、そこで子供に二分の一だけの相続をさせてやることが、父親が生存中に扶養していたということと、最後の締括りにもなろうかという意味も加わりまして二分の一の相続権を認めておいた‥‥」(同288から289ページ以下所収)[ 野山宏「民法900条4号ただし書前段と憲法14条1項(最高裁決定平成7.7.5)」最判解民事篇平成七年633頁『法曹時報 』49(11), 3035-3093, 1997-11が立法趣旨の分析について詳しい。]と述べているとおりである。
 要約すれば民法それ自体が適法な婚姻を尊重し奨励する体系である。憲法でも婚姻を重んじているのであるから無遺言法定相続の格差には合理的根拠がある。外国の立法例を参考にすれば非嫡出子に無遺言相続権を否定する立法もありえたが、非嫡出子の世話をしていた父親が死亡し扶養の望みがなくなるようなことを避けるために二分の一の相続権を認めた。また立法裁量論からすれば妻と子で法定相続分に差異がある。直系尊属と卑属で差異を設けているが、この立法裁量権が法の下の平等に反しないとすれば、同様に嫡庶間の法定相続分の差異も憲法に反するものではないということだ。
 実はアメリカ判例のレイバイン判決 Labine v. Vincent - 401 U.S. 532 (1971). http://caselaw.lp.findlaw.com/cgi-bin/getcase.pl?court=US&vol=401&invol=532 も同じような立法裁量論を展開している。事案は非嫡出子に遺産相続権を認めないルイジアナ州法(例外的に、非相続人に親族がなく、遺産が州に帰属する場合には相続しうる)の合憲性を、5対4の僅差で支持した。このケースは娘が約6年間、父が死ぬまで同居していた。しかしこの事例では父親は非嫡出子に遺産を相続させる遺思を示すか、認知して嫡出子にする希望を示すことが可能であったので平等保護条項に反しないとしている[ 君塚正臣「非嫡出子諸差別の合憲性」『性差別司法審査基準』補章 1996年313頁]。また法廷意見は、遺産処理を規制する権限は、連邦憲法及びルイジアナ州民によって、ルイジアナ州議会に託されているとする。可能な法律のなかからひとつを選ぶのは、州議会であって、最高裁判所裁判官ではないとも述べている。非嫡出子と嫡出子との区別は、家族法における、傍系と直系、尊属と卑属、妻と妾の区別と選ぶところはないと理由づけている[ 根本猛「非嫡出子差別と憲法 アメリカ合衆国の判例を中心に」『一橋論叢』118(1)1997年]。(なお遺産処理規制権限は週の専権事項とするこの判決は1977年の合衆国最高裁はトリンブル判決Trimble v. Gordon 430 U.S. 762  http://www.law.cornell.edu/supct/html/historics/USSC_CR_0430_0762_ZS.htmlは、によって判例変更されているが、アメリカ判例の評価は後段で述べることとする)
 要するに、相続法においては傍系と直系、尊属と卑属、妻と妾は区別されて当然であるが、嫡出子と非嫡出子の区別もそれと同列の次元で論じてよいというものである。
 また西村真理子は2012年の論文[ 西村真理子<論説> 非嫡出子(婚外子)の相続とその前提となる親子関係成立の問題について: アメリカ法を中心として」『学習院大学大学院法学研究科法学論集』19, 59-106, 2012 http://hdl.handle.net/10959/2268 ]でアメリカでは学説でも非嫡出子の全面的平等を認めてないと言う。Browne Lewis, Children Of Men’Balancing The Inheritance Rights Of Marital、And Non-Marital Children,39 U. ToL L. REv.L 18(2007).という学説を紹介し、非嫡出子(婚外子)に対し、「相続に関する厳格なる平等ではなく平等の機会を与えることを主張する。そして、非嫡出子(婚外子)の相続権を扱う制定法を起草する際には、極端な結論一非嫡出子の全面的排除と全面的包含一を回避しなければならないとする。‥‥ほとんどの州の制定法は,非嫡出子(婚外子)がpaternityを立証するについて必要な段階を経るのであれば,非嫡出子(婚外子)に対し,その父親から相続する機会を与えている」。
 つまり多くの州では母親からの相続権を認めるものの、父親からの相続権は範囲が限定的だが、父親から相続する機会を与えているから問題ないということのようだ。
 アメリカでは実は無遺言相続(法定相続)同権論は弱いということである。西村の論文の結論は「アメリカ法においては,無遺言相続(法定相続)は遺言相続の補完的存在であるため,遺言の自由の要請が強く,非嫡出子(婚外子)の相続についてもできる限り遺言で対応することが望ましいとされている」ということである。
 アメリカと我が国では遺言による相続慣行にかなり違いがあるにせよ、民法900条4号但書が遺言などによる相続分の指定のない場合などにおいて補充的に機能する規定である以上、非嫡出子に対して法廷相続分以上の相続を受ける機会を与えているのであるから、その趣旨から平等原則に反しないということもいえるだろう。
 
 いずれにせよ、先例である平成七年大法廷決定は合憲性判断基準を変更しないかぎり、合憲判断は鉄壁に思える。民法が法律婚主義をとっていることは、平成七年の状況と全く変わらない。むしろ国民の家族慣行でも法律婚は定着し、支持されており、世界のなかでも成功例といえるのである。それは平成七年より増加したとはいえ、婚外子の割合が2.2%にすぎないということからも明らかなことで、2.2%という数値は統計学でいえば誤差の範囲内でゼロと言ってもよいほど稀少な数値だといわなければならない。それは我が国の法律婚制度が届出主義により容易、政府は挙式を要求しないし、ライセンスも発行しない。性病などの診断もなく、待婚期間その他の煩わしさがなく、離婚も協議離婚によって容易であるという特質もあるが、我が国の家族慣行にマッチした政府の干渉のほとんどない制度をとっていたからともいえるのである。我が国は明治に妻妾制度は廃止されたものの、明治大正時代を通じて重婚的内縁関係は少なくなかった。また昭和30年代であれば、子ができない嫁を里に返したり、家風に馴染むかを見極めるまで入籍させない「足入れ婚の悲劇」とよばれる経過的内縁関係が地方の婚姻慣行で広く残っていた。むしろ、そうした古風な慣行がすたれたことにより、現代的な意味で法律婚が定着したのである。これは法律婚が倦厭されて事実婚が増大している欧州などの状況と異なる。
 立法目的の婚姻制度、法律婚の奨励尊重という大義(合理的根拠)は失われていないのであるから、手段審差をへることのない「合理性の基準」を最高裁が踏襲する以上、合憲論を崩すことは不可能と評価することができる。にもかかわらず違憲と結論にいたたった今回の大法廷決定は暴論だらけといえる。

2 民法900条4号但所前段の比較法的評価
 

 
 (1) 婚外子の保護、子の同権政策の先進国はソ連であり、婚外子差別撤廃も元をたどればレーニン主義である

 ヨーロッパで、もっとも早く非嫡出子に父方からの相続権を認めたのは1915年のノルウェーであるが、しかし父子関係確定訴訟で多数関係者に抗弁が認められていたので1959年の法改正まで、非嫡出子は相続すべき父を持たなかったといわれている。主要国でいえば、英独で父からの相続権が認められたのは1969年、フランスは1804年ナポレオン民法において認知した自然子(単純私生子・婚前交渉子)の相続権を認めていたが、姦生子、乱倫子の相続権が認められたのは1972年と比較的最近なのである。スウェーデンにしても1958年にようやく自然子の相続権が認められただけである[ 泉久雄「非嫡出子の相続権に関する一つの覚え書」『家庭裁判月報』29(6), p1-23, 1977]。
 非嫡出子差別撤廃の先進国はやはりソ連であった。ソビエト政権は、その成立後のわずか2ヶ月たらずの1917年暮の布告で、婚外子と結婚により生まれたこの完全な同権を宣言し、母に婚外子の父を捜索する権利を与えた。レーニンはこの布告の意義を「下劣で偽善的な不平等を、子にかんする不平等をなくした」(「国際婦人デー」全集第四版第32巻139頁)ものとして強調してやまなかった。この原則は1918年の家族法典をへて、スターリン時代事実婚主義をとったことで知られる1926年家族法典で次のように具体化された。すなわち「児童の利益を保護するために」登記簿によらない子の母は妊娠中および出産後、身分行為登記期間に子の父を指名できる。指名された者は一ヶ月以内に異議を申し立てないと、子の父として出世簿に記録される。1933年の法改正では、母の指示があればただちに出生簿に記載されることとなった。このようにして政府は婚外子の父から扶養料を取り立ていることとなったが、現実に取立ては困難であり、30年代に訴訟の増加によりこの政策は行き詰ることとなる[ 稲子恒夫「ソビエト法における事実婚と婚外子の保護」『名古屋大学法政論集 』14 1960年]。
 1944年7月8日のソ連最高ソビエト幹部会令は、方針を一転して、父の捜索が禁止され、嫡出子のみが父の相続人となった。非嫡出子の監護は国家が引き受け、扶養料は国家が母に支給することで、非嫡出子の保護を図る政策に転換したのである。この状態が変更されたのは1968年10月10日「結婚に家族に関するソ連と連邦厚生共和国の基本法」であり、非嫡出子の相続権の規制を撤廃した[ 泉久雄 前掲論文]。
 そのような紆余曲折があったとはいえ、非嫡出子差別撤廃の先駆者はレーニンであり、このために東欧共産圏諸国が西欧諸国にさきがけ父親からの相続権を認め非嫡出子の相続差別を撤廃している。ハンガリー1947年、ポーランド1950年、チェコスロバキア1964年、東ドイツ1966年である[ 泉久雄 前掲論文]。
 
 (2)1940年代において嫡出子と非嫡出子が同権とした立法例はハンガリーくらいしかない。特に西欧諸国で父親からの相続権が認められるようになったのは、1969年のイギリスと西ドイツを先駆とする。

 
 
 西欧主要国についていえば、フランスは単純私生子に父の捜索を認めたのは1912年。姦生子と乱倫子に扶養料請求の訴が認められたのは1955年である。
 1972年に1804年ナポレオン民法以来の改革がなされ、非嫡出子における自然子(単純私生子)と姦生子・乱倫子の差別をなくし、認知によって嫡出子と同一の地位に立つこととなり、姦生子・乱倫子の父の捜索も許された。ただし嫡出子と競合する場合は、嫡出子の相続分の二分の一をうけるものとされた[ 泉久雄 前掲論文]。ほぼ日本の現行民法と同じ水準になったとみてよいだろう。
 そして2001年「生存配偶者及び姦生子の権利並びに相続法の諸規定の現代化による法律」により非嫡出子の相続に関する差別は撤廃されたとされる。
 ドイツでは1794 年プロイセン一般ラント法が結婚の約束をして生まれた子は、たとえ親が結婚しなくとも嫡出子とみなされた。それ以外の非嫡出子は嫡出子がいないことを条件に遺産の六分の一の相続権を得た[ 宮井忠夫 「西ドイツにおける非嫡出子の法的地位(一)」『同志社法学 』14(4), 51-78, 1962年 ]。また、懐胎期に母が複数の男性と性的関係をもっており、父が特定できない場合には、子の後見人は彼らに対し、子が14 歳になるまでの扶養料を請求できると定めた[  橋本伸也ほか「「子ども」の保護・養育と遺棄をめぐる学際的比較史研究: ディスカッション・ペーパーWEB版・第2号」関西学院大学2011年(ネット公開)]。しかし、ドイツにおいても非嫡出子は長い間、父親から相続権を否定されていた。1896年民法典は、母方及び母方血族からの相続権だけを認めたが、フランスのように姦生子、乱倫子を冷遇することはなかった[ 宮井忠夫 前掲論文]。また非嫡出子の生存を確保するために父に対する扶養請求の訴を認めていた。西ドイツにおいては1969年に画期的な改革がなされ「非嫡出子の法的地位に関する法律」によりそれまでの非嫡出子と父との間の血族関係を否定する条項が削られ、遺言で排除されない限り、原則として父からも嫡出の血族と同等の相続権を有する同一の相続分を保障されるにいたった[ 山口純夫「西ドイツ非嫡出子相続法」『甲南法学』14巻3・4号 1972]。とされる。さらに1998年に「非嫡出子の相続法上の平等化に関する法律」により非嫡出子と嫡出子の差別は撤廃されたという。
 
 
 一方コモン・ローは終始一貫して非嫡出子をfilius Nullis「誰の子どもでもない子」と簡明に述べた。またfilius populi 「人民の子」ともいわれる。つまり非嫡出子はコモンロー上、実の父母との親子関係を一切拒絶された存在として扱われたのである。非嫡出子に対して厳しかった。このことから、非嫡出子は父母のいずれの姓をも称することを拒否され、何人からも財産を相続することを否定されていた。またこれは、父母のいずれも子供の扶養、保護、監督の権利義務を有すさないことを意味し、子供は父母に対しこれらを請求できないことを意味した。このように、父母とのあらゆる関係を認めないというのがコモン・ローである[ 釜田泰介「Lalli v.Lalli,439 U.S.259,99 S.Ct.518(1978)--非嫡出子が無遺言相続により,父親から相続する場合には,父子関係の存在を証明する特定の証明書の提出を求めるが,嫡出子に対してはこれを求めていないニューヨーク州法は第14修正の法の平等保護を侵害するものではないとされた事例」『アメリカ法』1981-1]。したがって非嫡出子は法律以前の親子間の情愛やキリスト教の慈善の問題として扱われ、救貧法の時代には貧民救済の一部と扱われた[ 柳田裕「イングランド法と救貧法による非嫡出子の取り扱い」『八代学院大学紀要』28・29号1985年]。
 母方との血族との関係を認めていたローマ法よりも一見冷厳に思えるが、柳田裕は、大陸やローマ法圏より英国のほうが非嫡出子に寛容であった側面も強調している。つまり、非嫡出子は相続権を有さないが、世俗法に関する限り他のいかなる自由人・適法人と等しく権利能力を有した。この点、13世紀のフランスやドイツの慣習のように全く権利非力が認められなかったのとは違う[ 柳田裕 前掲論文]。なるほど、非嫡出子は聖職と名誉から排除され、そもそも生まれてきてはならない存在だった。しかし歴史的に過酷な扱いを受けたかとうかは慎重な検討が必要である。
 英国でコモン・ロー原則が緩和されるようになるのは、1926年で非嫡出子について、母に嫡出の卑属がない場合に限って母に対する相続権を認めた。これを大幅に改革し、父と母を区別することなく、無遺言で死亡する親の遺産について、非嫡出子に嫡出子と同じ相続権を与えることとしたのは労働党ウィルソン政権の1969年の家族法改正[ 泉久雄 前掲論文]であり、1970年に施行された。コモン・ロー原則との決別である。
 
 アメリカ合衆国において婚姻や相続の立法権は州にある。各州はコモン・ローを継受したが、州法はコモンロー原則の緩和政策をとった。これは母子関係の承認(母の氏、母による扶養、母からの相続)と非嫡出子の嫡出子化(養子縁組、両親の結婚による)という形をとって行われてきたが父子関係については強い抵抗を示してきた[ 釜田泰介 前掲論文]。
 泉久雄が1966年までの資料で分類したのが以下のとおりである。大多数の州が母からの相続権を認めるが、父からの相続権を認める州は少ない。
嫡出子と同様の相続権を認める州 3州
 アリゾナ、カンザス、オレゴン、プエルトリコ
母に対する相続権だけ認める州 20州
 アラバマ、アラスカ、コロラド、ジョージア、メリーランド、ミシガン、ミズーリ、ニュージャージー、オハイオ、ペンシルべニア、ロードアイランド、サウスカロライナ、テネシー、バーモント、バージニア、ウエストバージニア、ワイオミング、アラスカ、ハワイ、コロンビア特別区
母とその血族に対する相続権を認める州 8州
コネチカット、イリノイ、ケンタッキー、マサチューセッツ(母と母親尊属に対して)ミシシッピ、ニューハンプシャー、ノースカロライナ、テキサス
母と認知した父に対する相続権を認める州 19州
カリフォルニア(母の血族に対しても)デラウェア、フロリダ、アイダホ、インディアナ(父性について裁判上の確定を要する。母の血族および父の血族に対しても)アイオワ、ルイジアナ(母に嫡出卑属がいる場合、また父に嫡出の卑属、尊属、傍系親族、あるいは配偶者がある場合には、非嫡出子はアリモニーを請求できるに止まる)メイン(父母の血族に対しても)ミネソタ、モンタナ、ネブラスカ、ネバタ、ニューメキシコ、ニューヨーク、ノースダコタ、サウスダコタ(母親の血族に対しても)ユタ、ワシントン、ウィスコンシン[ 泉久雄 前掲論文]

 イギリスや西ドイツの改革に刺激を受けたのか、アメリカ法律協会及びアメリカ法曹協会が組織する統一州法に関する全国委員会が相続権に関して非嫡出子を実質的に平等に扱う統一遺言検認法を1969年に採択し、1973年に嫡出子であれ非嫡出子であれ父母との法的関係において完全に平等とする統一親子関係法をと承認している。しかしこれは専門家が提案する法改正案モデルにすぎないのであって、もちろん州議会に法改正を強要するものではない。1973年オリジナルの統一親子関係法を採択したのは、アラスカ、アリゾナ、カリフォルニア、コロラド、コネチカット、ハワイ、カンザス、ミシガン、ミネソタ、モンタナ、ネバダ、ニュージャージー、ニューメキシコ、ノースダコタ、ロードアイランド、サウスダコタ、ワシントン、ユタの各州の18州と、コロンビア特別区である[ 西村真理子 前掲論文]。
 
 以上、ざっくりと主要国の立法例を引用したが、世界的に非嫡出子差別撤廃の先駆はソ連であり、レーニンの政策であったといえるのである。1940年代において嫡出子と非嫡出子が同権とした立法例はハンガリーくらいしかない。その後東欧共産圏で差別をなくす立法化が進んだが、西欧諸国で父親からの相続権が認められるようになったのは、1969年のイギリスと西ドイツを先駆とする。ちなみに1969年のイギリスは労働党ウィルソン政権、西ドイツは大連立政権から社民党首班政権に移行し、首相のブラントは私生子でもあった。従って、非嫡出子の相続差別の撤廃というのは、基本的に子の同権という共産主義思想に由来し、西欧においても社会民主主義政策のひとつとして受け入れられるようになったものと理解できる。
 歴史的な事情において非嫡出子の法的地位が欧米と日本で全然違うことは民法学者により指摘されていることだ。
 水野紀子東北大教授は、「西欧法における非嫡出子は、キリスト教文明における価値観からも、社会階層的な実態においても、歴史的に非常な劣悪な地位にあった。‥‥日本法においては、家制度の要請から非嫡出子の法的地位は伝統的に西欧法と比べるとはるかに高いものであった」(「比較婚外子法」『講座・現代家族法3巻』127頁)。
 ヨーロッパにおいては、キリスト教のモノガミーの鉄則があり、ラテン的キリスト教世界では婚姻はサクラメントとして神聖なものであったから、非嫡出子の立場は我が国とはかなり異なるのである。
 我が国においては妻妾制の伝統があり、明治に廃止されたが重婚的内縁関係も許容的だった。欧米と比較するなら伝統的に妾や庶子の法的地位は高いということだろう。
 戦後民法改正時に非嫡出子に父親からの相続権を認める欧米諸国はほとんどなかったといってよい。子の同権を掲げるソ連ですら政策が行き詰って、非嫡出子の扶養の費用は国家が引き受けることなったため、相続権が1944年に否定されたのである。
 したがって、二分の一の無遺言法定相続を定めた、我が国の民法における非嫡出子の法的地位は比較法的にみて高いし厚遇しているといえるのである。民法が基本的には民事法として私人間の諸利益を調整する技術の体系であるという認識が十分に前提とされないまま、短絡的にスローガン的に平等原則の適用の議論が行われることは好ましくない[ 水野紀子「子どもの平等権-非嫡出子問題を中心に」『家族<社会と法>』№10 1994]。嫡出家族の保護も、法律婚主義をとっている以上当然のことであるから、二分の一というのは決して悪いものではないとみるべきである。(つづく)
 

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昨夜は10時前からダウンしちゃいましたあんまり強くないらしいまぁ、昔からだから想定内今朝はゆっくり起床の8時前。あれ旦那がいない昨夜作ったパンを食べていた娘が6時30分ごろ仕事いったよ聞いてませんがにしても土曜日で早すぎやろなんて思いながら、仕方ないと。。しばらくして、チビ起床。頭いたい。。ちょっと身体暑いなぁ。37度8分。しばらくしたら→38度6分。上がってきたなぁ。。。こないだの処方薬でいくか。。午前中に病院いくかの選択。。下手に病院にいき、インフルエンザをもらう可能性がある。とりあえず旦那に連絡。半日仕事かも聞きたかったし。。しばらく呼び出し。やっと取ったと思ったら切りやがったまぁまぁ、得意先やらなんやらであり得る。しかし折り返しかかってこない。。30分後かけてみる。2コールで切られたなにかやましいことでもあるんですかぁ?普段はメール、緊急は携帯なんですが。緊急を二回切り、折り返しなし。いい加減にしないと、実家にかえるわよトリーバーチ サンダルトリーバーチスリッパー

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