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2014/06/01

児童ポルノ法改正単純所持処罰導入に対する反対意見(その2)

承前

Ⅱ 児童ポルノ法は、過剰なパターナリズムにより表現権を侵害するだけでなく、単純所持処罰導入は重大な思想統制、プライバシーの侵害となる。

 

  

 単純所持処罰導入の理由として欧米では処罰を行なっているからと言うだろう。なるほど合衆国連邦最高判例NEW YORK v. FERBER, 458 U.S. 7471982)において、チャイルドポルノを猥褻、喧嘩言葉など範疇と同じく憲法で保護されないものとし、Osborne v. Ohio, 495 U.S. 103 (1990)においてチャイルドポルノの単純所持処罰を63で合憲と判示している、しかしながら、次の理由でアメリカの判例理論をあてはめると、日本の児童ポルノ法は表現権の侵害にあたると判断されるし、児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止というパタ―ナリスティックな立法趣旨があることから、単純所持処罰も合憲とされないと考える。

 

 

 

 

1.規制目的と密接な関連のない存しないものまで網にかけている

 

 

 

 

連邦最高裁判例ではチャイルド・ポルノについて積極的な定義をしていないが、その規制が合憲であるためには規制にはやむにやまれぬ利益が存在すること、さらには、規制している行為と未成年者の福祉という州の規制利益に密接な関連が存することを挙げているのであるNEW YORK v. FERBER, 458 U.S. 7471982[i]

この観点からすると日本の児童ポルノ法には「三号ポルノ」(衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの)も規制するため、性的虐待・搾取の防止という規制目的と未成年の福祉と密接な関連が疑われるもの[ii]まで幅広く規制していることが問題である。

ウィキペディアによれば、18歳未満のヌード写真、動画、女子は乳首が露出している写真、動画は摘発の対象になっているとされているのであるがそれが大問題だ。

アメリカの判例理論で、表現の自由の規制は、規制目的を達成するのに必要最小限度において認められるとする「過度に広汎性ゆえに無効の法理」があるが、たんにヌード写真、女子の場合は乳首が露出した写真ですら「三号ポルノ」の範疇に含めているこことから過度の広汎性の基準をみたすことにはならないと考える。

NEW YORK v. FERBER, 458 U.S. 7471982)で合憲とされたニューヨーク州法263.15条法は16歳未満の性的虐待の防止のための法律で、罪となるの模擬的な性交、マスターベーション、異常性交、獣姦、SM的虐待、性器の猥褻な露出に限定しており、全編複数の少年のマスターベーションを撮影したフィルムの販売を有罪としたものであるが、それは性的虐待の防止と密接な関連があるとされたのであった[iii]

この観点でOsborne v. Ohio, 495 U.S. 103 (1990)はどうか、事案は、警察の令状にもとづく自宅の捜索により、撮影当時14歳とされる少年の性的意味合いをもつポーズをとったヌード写真が発見されたので起訴されたものであるが、問題のオハイオ州法は、医療、教育、芸術等適切な理由のある場合や、自分の子又は被後見人でない未成年者(18歳未満)のヌード写真または演技の所持または閲覧することを禁じていた。

ホワイト法廷意見は、オハイオ州最高裁が青少年の裸がみだらな描写又は性器に写実的焦点をあてたものであることを要件として規制範囲を限定しているので、過度の広汎性の基準を満たすとし、ブレナン判事の反対意見はオハイオ州最高裁の解釈では依然としとて過度に広汎であることを治癒できないのみならず、漠然性というあらたな問題を創出しているとする[iv]

日本の三号ポルノは「みだらな描写」という限定すらないので、ホワイト法廷意見に照らしてもやはり疑問なのである。

 

 

2.児童ポルノ法改正による単純所持処罰はパターナリスティックな立法趣旨があるので実質思想の制約を課すものとなる(思想の自由の最大級の危機の招来)

 

 

Osborne v. Ohio, 495 U.S. 103 (1990) 点は先例の1969スタンリー判決Stanley v. Georgia 394 U.S. 5571969)が猥褻物件(8ミリフィルム)の単純所持処罰について、「猥せつを規制する州の権限は、個人が自己の住居内で私的に所持しているにすぎない場合まで拡張されるものではない」と違憲判断を下しており、チャイルドポルノにスタンリー判決の射程が及ぶか否かが争われた。法廷意見はオハイオ州法が過度の広汎性の基準を満たすとしたうえで、見る人に対する道徳的倫理的観点からの猥褻規制ではなく、未成年の身体的精神的健全性を保護し、子どもに対する搾取と虐待を処罰するというチャイルド.ポルノグラフィ規制であるので[v]、所持の規制も含めて 合憲と判断したのである。

つまり「Stanley判決における政府の利益は、わいせつ作品がそれを見る者に とって有害であるがゆえに規制する必要性があるというパ夕一ナリスティックなものであった。そうした規制は思想の自由の制約として合憲 とはいえないとされた。しかし、本件における政府の利益は、児童ポルノの被害者を保護するために所持処罰行うというものである。そし て、その目指すところは子供の搾取をたくらむ市場の根絶である」[vi]

この判旨からするとパターナリスティックな立法目的がある場合は国民に対する思想の統制にあたるので合憲とはされない解釈できるが、日本の児童ポルノ法はまさにこのケースにあたると判断する。

実際、東京高裁 平成22 323日判決[vii]が「たとえ描写される児童が当該児童ポルノの製造につき同意していたとしても、その製造により当該児童の尊厳が害されることは否定できず、さらに、もともと同法は,児童の保護のみならず,児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止し、ひいては,児童一般を保護することをも目的とするものであることからすると、児童ポルノの製造につき描写される児童が同意していたとしても,特段の事情のない限り、その行為の違法性が阻却されるものではないと解される」としており「児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止」[viii]というパターナスティックな立法目的を認めているのである。

とすると、現行でも単純製造罪で起訴されうるが、法改正により単純所持処罰となれば児童に対する性的搾取及び性的虐待の防止と密接な関連のないケースの起訴もこの立法目的のために正当化されるのであり、思想の制約を課し、重大なプライバシー侵害をもたらすことになることを危惧するものである。

 


[i]三島聡『性表現の刑事規制-アメリカ合衆国における規制の歴史的考察』有斐閣2008236p

[ii](各論)Ⅲ、Ⅳ参照

[iii]藤田浩「New York v.Ferber,458 U.S.747,102 S.Ct.3348(1982)--チャイルド・ポルノの規制は第1修正に違反しない」『アメリカ法』1983-2

[iv] 加藤隆之『性表現規制の限界-「わいせつ」概念とその規制根拠』ミネルヴァ書房2008287頁以下

[v]紙屋雅子「チャイルド・ポルノグラフィと表現の自由」『法律時報』70111998

[vi]大林啓吾「所持規制をめぐる憲法問題-児童ポルノの単純所持規制を素材として-」『千葉大学法学論集』283号 2014

[vii]園田寿「いわゆるセクステイングと児童ポルノ単純製造罪

東京高裁平成2282日判決(公刊物未登載)」『甲南法務研究』7 2011

[viii]「児童ポルノ写真を自分撮りさせ送らせた行為について」 片岸法律事務所のサイトhttp://www.toshix.com/0061103sexting.html

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