児童ポルノ法改正単純所持処罰導入に対する反対意見(その3)
承前
3.「児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止」という立法目的が大問題
この立法趣旨には次のような観点で私は正しくない考え方であると判断する。百歩譲ってこの立法目的に一分の理があるとしても、私はそれに反対する思想を有しており、単純所持処罰によりそうした人々の思想を統制し、表現行為のみならず、自宅でくつろいで自由に本や映像の閲覧するという私生活に官憲が干渉しプライバシーを侵害するという意味で、きわめて深刻な事態を招くと考える。我が国は自由な国ではなかったと本当にがっかりする。警察がエセ道徳をふりかざして監視する暗黒時代への突入を予感させるものがある。さらに法改正により我が国の優れた写真文化、映像文化の財産ともいえる、美的価値のある17歳以下の半裸、もしくはヌードを含む作品が焚書同様に廃棄されることは大きな損失であるといえるだろう。
私がこの立法目的がただしくないとする理由は以下のとおり。
(1)刑法176条・177条及び民法731条との不整合性
刑法176条・177条により、性的行為性交が合意のものであれば強姦とされない年齢13歳とされており、都道府県の青少年保護育成条例でたぶん大多数の自治体がみだらな性行為を禁止しているとしても、国の法律は13歳未満でなければ性的に成熟した女子とみなされ、これは我が国の民俗的慣行と一致するだけでなく、教会法の成人は20歳であっても、成熟年齢はローマ法と同じく男子14歳。女子12歳としている考え方とも類似しているが、13歳以上の女子は法的に慣習としても性的行為を受容して性交に同意する能力(性的自己決定権)があるものと解釈されるのであって、また、民法731条法定婚姻年齢も女子は16歳であることから、「児童に関する権利条約」や児童福祉法の定義にあたる児童を性的対象とし、求婚し、結婚することも合法的である。にもかかわらず、「児童」を性欲の対象としてはならないというのは道理に反するだけでなく、児童ポルノ法改正は重大な思想の制約となり権が家庭内のプライバシーの重大な侵害を招くことになるだろう。
なお、外国の立法例では、英国、ベルギー、オランダ、ノルウェーでは16歳未満、ドイツでは14歳未満が児童ポルノの規制対象とされており「児童の権利に関する条約」の年齢にはこだわってない。
例えば英国では、イギリスの1978年児童保護法では16歳未満の品位を欠く写真の撮影、配布、展示、配布・展示目的の所持等を処罰するものとなっている。イギリスでは男女とも16歳が婚姻適齢であり(これはアメリカの多くの州も同じだが)、1956年性犯罪法は16歳未満の女子は、法律上、品位を欠く暴行に同意する能力を有しないとする。逆にいえば16歳以上は性的には大人扱いであり、SMプレイも可能と解釈できる。[i]外国の立法例と比較しても「児童の権利条約」の年齢にこだわる根拠は乏しいように思える。
なお、合意性交でも処罰する法定強姦罪はイギリスでは13世紀の制定法で、12歳未満であったが、16世紀に10歳に引き下げられ、その後13歳に引き上げられ、1885年に16歳となったとされる[ii]。
法定強姦罪が10歳ということはローティーンに性的自由をあたえていたのである。そもそも北西ヨーロッパで、子供は思春期になるとし家を離れて奉公人としい住み込むライフサイクルサーヴァントという人生サイクルがあった。婚前性交渉の土俗的文化があるのは日本の「ヨバイ」などと同じである。
そういうと教会法やコモンローは古いんじゃないかと批判されるかもしれないが、それは当たらない。
近年アメリカでは法定強姦罪(合意性交でも強姦とみなす)の年齢が、か弱き女性を保護する、特に良家の娘の貞操を守るというバターナリズムよって、近代になって18歳等高い年齢を設定する方向で法改正されたこと[iii]が批判され、法定強姦罪は改革されている。、1974年のミシガン州法改正が強姦罪見直しのモデルとされているが、第一級性行為罪(他人に対する性的挿入)は13歳未満とされている。ただし13歳以上16歳未満については、親族や被害者の通学する学校の教師が性行為を行った場合市は第一級性行為罪とされるのである[iv]アメリカで最も先進的な性犯罪法のモデルとなっている1974年ミシガン州の法定強姦罪に相当する第一級性行為罪を13歳未満としていることからすれば、我が刑法177条とほぼ同じことであり、教会法やコモン・ローの成熟年齢と大きな隔たりはない、我が刑法は先進立法と合致し、現代にも通用するのである。
(2)成人年齢と成熟年齢の違いを明確にするのが文明規範であり、未成年者は当然性的対象たりうると言うのが文明規範である
教会法は成年期を満20歳と定められているが、これと別に成熟年齢があり男子14歳、女子12歳であり、未成熟者の7歳以下を幼児と区別するのである[v]。
1918年成文の教会法典では婚姻適齢を男子16歳、女子14歳としているが、古くから教会法は、ローマ法を継受し男子14歳、女子12歳[vi]を婚姻適齢とし、将来の婚姻約束は7歳から可能としたのである。(コモン・ローも教会法と全く同じ14-12歳である)
10世紀から近世・近代にかけて、婚姻は教会の霊的裁治権とされ、婚姻に関す紛争は教会裁判書の管轄兼とされるケースが多かった。このために教会が婚姻に関しての提示者であったことはいうまでもない。
重要なことは2つある。第一に教会法学者はローマ法の婚姻適齢をさらに緩和したことである。婚姻適齢未満でも成熟に達していれば婚姻適齢とみなすとしたのである。生理学的成熟(初潮・精通)ではなく、同衾に耐えられる大人っぽさ。であり心理学的成熟を含む概念でとされる。
第二に教会法は未成年者の婚姻についていっさい親や後見者の承認を必要としないのである。これは今日でも同じである。
古くから神学者の間で、婚姻成立の要件として合意主義と合衾主義の論争があり、これが決着したのが、12世紀に教皇アレクサンドル3世がペトルス・ロンバルドゥスの合意主義婚姻理論を採用したことによる。婚姻は当事者の婚姻約束と二人の証人だけ容易に成立する。合衾は婚姻を完成させるものとされたが、理にかなっていた。合衾主義は処女女性を重視する地中海世界には適合するが、北西ヨーロッパはそうでない。合意主義は北西ヨーロッパの民俗慣行も含めて広い地域で親和性があったといえるのである。また古典カノン法は教会挙式を要求しない。なぜならば結婚の秘蹟は相手から与えられるのであって司祭は干渉しないのである。
居酒屋などで婚姻約束がなされたイギリスのコモンローマリッジが実は古典カノン法の理念そのままなのである。
ただ世俗権力から秘密結婚を奨励しているとの非難があったため16世紀のトレント公会議で教会挙式を婚姻成立の要件としたが神学的根拠は希薄である。
ただし、フランスのガリカニズム教会が親の承認要件を強く要求したが、トレント公会議は拒否し、このためにフランスはトレント公会議をうけいれず、婚姻法は世俗王権が定めることとなった。婚姻法の世俗化のさきがけとなった。
教会は、親や領主の承認を婚姻成立の要件とせよという世俗権力の要求に抵抗し、数百年わたる抗争した。この点で教会が譲ることはなかった。
バージンロードを父が花嫁をエスコートするのはゲルマン法の花嫁の引き渡しに由来し、金貨や指輪を与えたり接吻するのは、花嫁の寡婦産(終身的経済保障)の確定のための儀式であって、本来教会法はそのような要件をさだめていない。
教会法ほど性的自己決定権を重視する法文化は人類史上存在しないのである。それこそが西洋自由主義の根源なのであった。教会法は成熟年齢であれば、結婚相手を選ぶのも、婚姻を約束するのも個人の自由であり、婚姻に関しては成熟年齢が成年を意味した。このことは結婚の自由と独身を維持する自由はコインの表裏の関係にあるから、教会は優秀な人材を修道院に入れるために、聖職者となる自己決定の自由を信徒に与えていたという意味もあるだろう。
したがって、教会法の理念では成熟に達した男女は世俗国家が勝手に決める成人年齢いかんにかかわらず、性的対象たりうるのである。
なるほど大グレゴリウスは「快楽は罪である」とした。キリスト教えにストア主義などヘレニズムの淫欲敵視思想も流れこんでいるのは事実だが、しかしながら、キリスト教的性道徳をストア主義、ヒエロニムス的、ジャンセニズム的に解釈するのは過ちである。
そもそも合衾[肉体的交通]を花婿キリストと花婿教会の一致という理念に類比することによって結婚が秘蹟とされたのである。
キリスト教的な思想とは例えば、真正パウロ書簡であるコリント前書に由来する思想であり、例えば13世紀初期のパリ大学教授であるオーベルニュのギヨームが同毒療法としての結婚(ふしだらな行為を避けるための結婚)[コリント前書7:9]の意義を強調したことである。「若くて美しい女と結婚することは望ましい。なぜならば美人を見ても氷のようでいられるから」。夫婦の義務として結婚相手の性的欲求に応じることも夫婦倫理とされた。しかも合意主義婚姻理論は男女の自己決定が全てなのである。これは事実上の恋愛結婚推奨であった。近代友愛結婚は中世のカノン法に由来する。恋愛結婚の事実上の推奨、エロスの解放の淵源が、古典カノン法と中世神学にあることいえるのである。15世紀以降の神学において埋め合わせのある価値があるならば性的快楽追求も是認するという見解が広がった。人間の性欲(淫欲)は抑制しがたいものであるから、風穴を開けておいたといえるというのが私の解釈だ。したがってキリスト教は総じていえば淫欲を敵視していないといえるのである。
ところが、日本の児童ポルノ法は成熟した異性を性的対象としてはいけないという異常な思想で統制しようとしている。文明規範に照らして到底承服できるものではない。
[i]横山潔「イギリスにおける性犯罪処罰規定について-児童の商業的性的搾取に反対する世界会議を契機として」47(5) 1997
[ii]中村秀次「アメリカにおける Statutory Rape Laws をめぐる平等保護論争とフェミニスト法学」『 熊本法学』 57 1988
[iii]例えば、マイケルM判決Michael M. v. Superior Court of Sonoma
County, 450 U.S. 464 (1981)で問題になったカリフォルニア州法は1850年に10歳未満の法定強姦罪を制定し、1889年に14歳となり、1897年に16歳、1913年に18歳に引き上げられた。州によっては21歳にまで引き上げられた。(中村前掲論文)
[iv]斉藤豊治「アメリカにおける性刑法の改革」『大阪商業大学論集』5(1)2009年
[v] ルネ・メッツ著 久保正幡・桑原武夫訳『教会法』ドン・ボスコ社1962年 107頁
[vi]我が国の養老令は婚姻年齢に関して「凡そ年十五、女年十三以上、聴婚嫁」と規定され、大宝令も同様だったとされている。これは唐永徽令を継受したものであるが。数え年であるから、実質法定婚姻適齢は14歳・12歳のローマ法・古典カノン法・コモンローと同じ事であり、洋の東西を問わず14歳・12歳が文明世界の婚姻適齢基準といえるだろう。
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