(下書き)公労法適用職場において組合員にスト参加を強制する組合の統制権を明確に否定した昭和47年から昭和50年の6判決の意義についての説明その2
(承前)
4. 最高裁における物理力を行使したピケットの犯罪の成立を阻却した二判例は例外 臼井検事は、久留米駅事件方式確立の結果、結論的に「最高裁判例においてはピケッテイングの正当性の限界につき,消極的性格の行為の限度にとどまるべきであるという見解が堅持され、いわゆる平和的説得の限度を越えたピケッテイングが犯罪構成要件に該当するときは、犯罪の成立を阻却するごく特殊な事情が存在する場合は格別、原則として違法性が阻却されないものとされている」とする。
「ごく特殊な事情が存在する場合」とは物理力を行使したピケットであるにもかかわらず、違法性を阻却し無罪とした、(1)三友炭坑事件最三小昭31.12.11判決刑集10巻1605頁(2)札幌市労連事件(札幌市電ピケット事件) 最三小決昭45.6.23刑集24巻6号311頁を指すものである。
(1)はガソリン車による石炭運搬を妨害したもので、「暴行、脅迫、威力をもって就業を中止させること」は一般的には違法と断じた上で、しかし、場合によっては違法性を阻却することがあることを認め、「諸般の状況を考慮して慎重に判断されなければならない」とし、諸般の状況とは三友炭鉱の出炭成績は悪くなかったにもかかわらず、社宅の飲料水の如きは山麓に一間半の水槽をつくり、その溜まり水を手押しポンプで汲出すという粗悪な設備で消毒もなく、平素も行列をつくって汲み水を待つ状況に放任されており、浴場も山間部にわずかに屋根があるだけで脱衣所なく濁った構内の腐水を使用し混浴であったが、経営者側が改善に着手する模様がなかったこと、被告人は経営者と縁故のある元組合長らが突然就業を開始した裏切り行為に極度に憤激したといった格別の事情を斟酌したものと理解する。
三友炭坑事件判決は、ピケッティングの犯罪の成否についての羽幌炭礦事件大法廷判決より前のものである。羽幌炭礦事件が、脱退した第二組合員と非組合員の就業妨害であったのに対し、三友事件が同じ組合員との差異がある。
(2)は地公労法適用の札幌市職員である被告人3人が他の40名の組合員とともに札幌市交通局中央車庫門扉付近において、当局の業務命令によって乗車した罷業脱落組合員の運転する市電の前に立ちふさがり、当局側ともみ合い、約30分電車の運行を阻止したことが、威力業務妨害罪により起訴されたものであるが、原判決は威力業務妨害罪の構成要件に一応該当するものと認めながら、無罪としたものである。上告審最高裁第三小法廷は3対2で棄却、「このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。」と判示しつつも「札幌市役所関係労働組合連合会が、昭和三五年一〇月ごろから、札幌市職員の給与、手当、有給休暇その他の勤労条件の改善等、職員の正当な経済的地位の向上を目ざした団体交渉の要求を続け、かつ、この要求について早期解決を図るべき旨の北海道地方労働委員会の調停や札幌市議会総務委員会の勧告があったのにかかわらず、札幌市当局が不当に団体交渉の拒否や引延しをはかつたため、一年有余の長期間をむだに過させられたのみならず、かえつて、当局の者から、ストをやるというのであればやれ、などと誠意のない返答をされるに至つたので、やむなく昭和三七年六月一五日午前六時ごろ、団体交渉における労使の実質的対等を確保するため、交通部門における市電・市バスの乗務員の乗車拒否を主眼とする同盟罷業に踏み切ったものであるところ、その同盟罷業中の同日午前一〇時ごろ、突然、同じ組合員である○○らが、同盟罷業から脱落し、当局側の業務命令に従って市電の運転を始めるため、車庫内に格納されていた市電を運転して車庫外に出ようとしたので、被告人らが他の約四〇名の組合員らとともに、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的で、とっさに市電の前に立ちふさがり、口ぐちに、組合の指令に従って市電を出さないように叫んで翻意を促し、これを腕力で排除しようとした当局側の者ともみ合ったというのであつて、このような行為に出たいきさつおよび目的が人をなっとくさせるに足りるものであり、その時間も、もみ合った時間を含めて約三〇分であったというのであつて、必ずしも不当に長時間にわたるものとはいえないうえに、その間直接暴力に訴えるというようなことはなく、しかも、実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内でのできごとであつたという」諸般の事情を斟酌し、「このような事情のもとでは、これを正当な行為として罪とならないとした原判断は、相当として維持することができる」としたものである。
ただし、この判決は久留米駅判決以前のものであり、争議行為に対する公労法違反の争議行為にも刑事免責ありとして全逓東京中郵事件大法廷判決、あおり行為で処罰するには違法性の強い行為であり、かつ通常争議行為に随伴するものと認められないもの(二重のしぼり)とする都教組勤評事件大法廷判決昭44.4.2刑集23巻5号305頁の影響の下にあり、これらの判決はその後判例変更されているのであるし、原判決が威力業務妨害罪の構成要件に当たるとしている以上、久留米駅事件方式をとるならば有罪とされるべきものと考える。また本件は刑事事件だが、少なくとも今日では北九州市交通局事件最高裁第一小法廷昭和63年12月8日判決(民集42巻10号739頁判時1314号』が地公労法適用職場の争議行為に対して懲戒処分を適法としているので、争議行為の実効を維持するためのピケットも懲戒処分の対象となる行為であることはいうまでもないと考える。
なお、最高裁判決では上記二判例はあくまでも例外でそれ以外物理力を行使したピケットは有罪とされている。ただし有罪とした最高裁判例は民間企業における多くのケースが、組合の内部統制の及ばない非組合員や脱退し第二組合を結成した組合員、臨時雇いの非組合員に対するピケである(非組合員と第二組合員の就労権については付録的に別途論文としてまとめる予定なので、参照されたい。)。
結局久留米駅事件判決とは、組合員の就労権や統制権は特に問題とすることもなく、労働事件で可罰的違法性なしとして無罪とすることに歯止めをかけたものとして理解してよいだろう。この判決の意義は社会史的なものである。労働事件だけでなく、学生運動なども含め多少暴れても可罰的違法性なしとして「暴力」は認められるという風潮を改めたという意味で時代の転換点となる司法判断であった。以上、ピケッティングの正当性の限界について主要判例だけにしぼって理論のおおまかなところを説明した。
(補遺)久留米駅事件大法廷判決にいたる政治的背景について
昭和41年の全逓東京中郵事件大法廷判決は自民党筋から厳しい批判があった。すでに述べたとおり、可罰的違法論や中郵判決が公務員の争議行為に刑事免責が適用されるとした影響は甚大で、ピケッティング事案では、下級審で公労法17条1項を違憲とし実力ピケを容認する判断(例えば国労尼崎駅事件神戸地裁昭41.12.16判決(逆ピケを張った公安職員に体当たりし負傷者を出し、渦巻きデモや坐り込みにより電車の発進を阻止した行為を正当防衛、正当な争議行為として無罪)、違憲判断をとらずとも多くの下級審判例が犯罪構成要件に該当するものでも争議行為を正当として無罪判決を下した(例えば動労糸崎駅事件 広島地裁尾道支部昭43.2.26判決 刑事裁判資料201号183P、国労岡山操車場駅・糸崎駅事件 広島地裁尾道支部昭43.6.10判決 判タ225号、国労東和歌山駅事件 和歌山地裁昭46.4.26判決 (刑事裁判資料201号81P)、国労松山駅事件 松山地裁昭43.7.10判決 刑事裁判資料201号221P、刑集32巻2号191P、同じく高松高裁昭46.3.26判決 刑集32巻2号204P)。
また昭和42年夏頃から『全貌』『経済往来』『週刊時事』等を急先鋒として「偏向裁判」「学生や公安事件での検察側拘置請求が却下されるのは異常だ」という裁判所非難が急速に高まり、その要因は青法協所属裁判官とされ、『全貌』は青法協を「容共団体」と攻撃したのである >〈1〉
裁判所非難の高まりから、昭和44年1月、リベラル色の濃い横田正俊最高裁長官の後任にタカ派の陪席裁判官石田和外が長官に就任(元司法大臣木村篤太郎が佐藤首相に推薦したといわれる)、最高裁は局付判事補に青法協からの脱退を勧告したり青法協所属裁判官の再任を拒否するなど司法部の左傾化の是正を行った。最高裁判事人事も石田長官の推薦した人物を首相が指名したため、次第に中郵判決反対派の裁判官が増加していくこととなる。
もっとも昭和44年4.2都教組勤評事件大法廷判決(地方公務員法「あおり罪」の成立要件として①違法性の強い争議を②違法性の強い方法であおった場合にしぼられるべきだ。組合役員の争議の指令など争議に通常随伴する行為はあおり罪にあたらないとする)と同日の全司法仙台事件大法廷判決(国家公務員法について同様の判断)は、労働基本権尊重派が優勢な時期のため中郵判決を踏襲した判断になった。都教組事件大法廷判決は刑事事件であったが、民事事件にも影響が及び、労働基本権尊重趣旨から懲戒処分をも無効とした下級審判例も続出(神戸税関事件の第一審判決(神戸地裁昭和44.9.24)行集20巻8.9号1063P「争議行為であっても‥‥違法性の弱いものについては、国公法九八条五項で禁止する争議行為には当たらないものというべき」とする。この立場に立つ裁判例としては鶴岡市職事件山形地判昭44.7.16判決(労旬712号)、佐教組事件佐賀地判昭46.8.10判決(判時640号)、都教組事件東京地判昭和46.10.15(判時645号)、全財務四国地本事件高松高判昭和46.12.24(労旬805)等)するという異常な事態となったのである。
最高裁で労働基本権尊重派(中郵判決支持派)と石田和外らの秩序・公益派(中郵判決反対派)の力関係は下記のとおりである。石田長官退官間際の昭和48年4月25日の労働三事件大法廷判決でやっと逆転するに至る。
大法廷判決における全逓中郵判決反対派の増加
昭和41年10.26
全逓東京中郵事件判決-8対4
反対 奥野健一、草鹿浅之介、五鬼上堅磐、石田和外
昭和44年4.2
都教組勤評事件判決-9対5
反対 奥野健一、草鹿浅之介、石田和外(長官)、下村三郎、松本正雄
昭和45年9.16
全逓横浜郵便局事件第一次上告審判決-8対6
(神奈川県地方労働組合評議会の組合員約200名が横浜郵便局通用門前の道路上でピケを張り、郵便局長の要請で機動隊が出動し、警告に応じず、引き抜きを行ったため、激しい揉み合いとなり、ピケ隊2名が機動隊員に足蹴り等の暴行を働いたため公務執行妨害に問われた事件で有罪とした原判決を破棄)
反対 石田和外(長官)、草鹿浅之介、長部謹吾、下村三郎、松本正雄、村上朝一
昭和48年4.25(逆転)
国労久留米駅事件・全農林警職法事件判決-8対7
多数意見-石田和外(長官)、下村三郎、村上朝一、藤林益三、岡原昌男、下田武三、岸盛一、天野武一
(二)札幌市労連事件最三小決定昭45.6.23の松本正雄反対意見の意義
組合の違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理を最初に判示したのが、久留米駅事件大法廷判決よりも前の横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁昭和47.10.20判決であるが、先述した札幌市労連(札幌市電ピケット)事件最三小昭45.6.23決定の松本正雄反対意見の論理とほぼ同一のものとみなされている。〈2〉
松本正雄裁判官の反対意見は、本件行為は正当と評価されない理由として「‥‥中郵事件判決にみられるような「単純な不作為」の争議行為とは趣を異にし、積極的実力または威力の行使による業務妨害行為であって、多数意見が述べるような被告人らに有利な事情を考慮しても、これが正当行為であるとはとうていいえないものと考える。上告趣意が引用する当裁判所昭和二五年一一月一五日大法廷判決以来の累次の判例は、いずれも同盟罷業の本質について、それが使用者に対する集団的労務供給義務の不履行にあることを明らかにしたものであり、また、使用者側の義務遂行に対しては、暴力、脅迫をもつてこれを阻害するような行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧するような行為も許されないとしており、この趣旨は前後一貫しているものということができる。多数意見がこれらの判例を本件事案に適切ではないとして簡単にいつしゅうし去ることには賛成できない。わたくしは、原判決が正当行為の範囲を不法に拡大して解釈したのを多数意見が誤って是認したものではないかと憂える。多数意見は、同じ組合員である○○らが同盟罷業から脱落し、市電の運転を始めた行為を重視し、これを被告人らにとつて有利な事情の一つとして考慮しているようであるが、この見解に対してもわたくしは同調することができない。すなわち、本件争議行為は、地方公営企業労働関係法上の地方公営企業に対するものであるから、職員の争議行為は禁止せられた違法な行為であって、これに違反した職員は解雇せられることがある(同法一二条)のである。したがつて、争議から脱落し、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重せられてしかるべきである。自らの意思で争議行為に参加しない組合員個人の意思および行動の自由までを実力をもつて拘束し、その就業を全く不可能にすることは、組合といえども許されるべきではない。この点において私企業における争議行為からの脱落と地方公営企業における本件争議行為からの脱落とを同一に論ずることは誤りであると考える。同調できない理由である。‥‥わたくしはピケの正当性は、口頭または文書による、いわゆる平和的説得の程度にのみ限られるべきだとは必ずしも思わないが、本件のごとく有形力を行使し、脱落者の就労を事実上不可能にすることまでも(たとい、それが説得の手段であるとしても)許されるべきであるとは考えない。ピケに際しての暴行、脅迫、暴力的色彩の濃い行動等が正当な争議行為から排斥せられるべきであることはもちろんであるが、刑法上の威力、すなわち、人の意思を制圧するに足りる勢力の行使の程度に及んだ場合においても、これを認容すべきではなく、正当行為として評価することは許されないものと考える。暴行、脅迫、これに類似する行為、威力の行使、原判決が認めるがごとき相手方に対する集団による物理的阻止等は、いかなる場合においても許されず、かくのごときは健全な労働運動の発展の障害にこそなれ、正しい方向とはいえない。 」と述べている。
英米では民間企業の組合員であれストに参加せずピケライン通行する権利が制定法上明文化されているが、争議が一般的に禁止される公務員に対してとはいえ、組合員に「争議から脱落し、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重せられてしかるべきである。」として就労権を初めて明確に述べたことで松本正雄裁判官の業績を高く評価したい。在任時には少数意見にとどまったが、その後6判例によって確立されるにいたったのである。
横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁判決の中野次雄判事は、全逓東京中郵判決の刑事免責を基礎づけるには、「可罰的程度の違法」という立場にたつことのみによって可能とする解釈を法曹時報で行っており、この解釈からすると単純不作為の罷業である全逓東京中郵事件では刑事免責されても、積極的な就労妨害は、刑事免責されないという解釈が成り立つのである。
中野次雄判事は当然、上記松本正雄反対意見に着目するとともに、昭和47年10月の時点では、石田和外派の裁判官が増加しており、公務員の争議行為にも刑事免責ありとの判断はいずれ判例変更される見込みとして時間の問題と認識していたに違いない。
〈1〉 野村二郎『最高裁判所-司法中枢の内側』講談社現代新書 1987年 77P
〈2〉井上祐司「新判例評釈-公共企業体職員等のピケが違法とされた事例-横浜中郵事件差戻後控訴審判決-」判タ288
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