(下書き)地公労法適用職場において争議行為に参加したくない労働者の就労権
川西 正彦
(目次)
一 問題
二 結論
三 非組合員と統制権の及ばない組合員の就労権は明確に主張できる
四 違法争議行為指令は組合員を拘束しない。公務員の職場では組合のスト決議自体が違法であり、組合員もスト参加の勧誘・説得の受忍義務はないと明確に主張できる。
(一) 動労糸崎駅事件について
(二) 国労広島地本事件について
(三) 内部統制否定の法理は公労法適用職場以外の公務員の職場でも適用されて当然である。
五 ピケッティングの正当性の判断基準
(一) 犯罪の成否についての指導判例は羽幌炭礦事件判決
(二)可罰的違法性論の席捲により「暴力」容認判決が続出した事態について
(三)久留米駅事件方式の確立とその意義
(四)最高裁における物理力を行使したピケットの犯罪の成立を阻却した二判例は例外
(補遺)札幌市労連事件最三小決定昭45.6.23の松本正雄反対意見の意義
一 問題
地方公営企業等の労働関係に関する法律(以下「地公労法」と略す)適用職場において労働組合が時限ストライキの批准投票を行い、「組合の指令に従うことを表明する」と記載された用紙に大多数の組合員が賛成であった場合、組合員は労働組合の統制権によりスト参加を強制されるか。
二 結論
結論を先に述べると、地公労法適用職場において統制権の及びない非組合員はもちろんのこと、組合員であれ労働組合であれ争議行為を禁止した地公労法11条1項を遵守する義務があり、たとえスト権が組合員大多数の賛成で批准されたとしても労働組合はスト参加を組合員に強要する統制権を有しないのであって、組合員であっても、争議行為参加の慫慂、説得を受忍する義務、スト指令に従う義務はない。当局が組合も組合員も法令を遵守する義務があると職員に指示したとしてもそのことが不当労働行為とされることはないと考える。
本稿は以下その法的根拠について説明を行うものである。我が国の労組法は、労働組合の資格要件や労働委員会制度など詳細に規定するが、集団的労働法上の実体的な権利義務についての記述は多くなく、団体行動(組合活動及び争議行為)の中心テーマである正当性をめぐる問題その他、大部分が判例・学説の解釈に委ねられている。不当労働行為制度によって保護される正当な組合活動か否かも、労働委員会の命令以外に救済命令取消訴訟の膨大な蓄積があり、結局のところ判例の分析によって、何が正当な行為か否か、あるいは微妙な問題かを判断することになる。
三 非組合員と統制権の及ばない組合員の就労権は明確に主張できる。
非組合員と統制権が及ばない組合員(脱退した組合員、争議に反対する第二組合員、組合執行部が争議中止を決定したが執行部に反対する争議続行派が就業派に対して行なうケース等)に対する物理力を行使して就業を阻止するピケットについては最高裁ではすべて有罪の判断を下しているので、当然就労権を主張できると結論する。以下はいずれも争議行為が合法である民間企業等の判例である。
例えばホテル・ラクヨー事件最判昭32.4.25刑集11巻4号1431頁(非組合員に対するピケ)、羽幌炭礦鉄道事件最大判昭33.5.28刑集12巻8号1694頁[i](争議続行決議に反対して脱退した組合員が結成した第二組合に加わった労働者+非組合員に対するピケ)、進駐軍横浜事件最判昭33.6.23刑集12巻10号2250頁(非組合員+争議に加わらなかった組合員に対するピケ)。[ii]東北電力大谷電所事件最判昭33.12.25刑集12巻16号1255頁(臨時雇用の非組合員に対するピケ)、[iii]嘉穂砿業事件最判昭35.5.26刑集14巻7号868頁(嘉穂労組執行部は上部団体の炭労の指導による争議の中止と炭労からの脱退を決定もしたが、執行部に反発する争議続行派が、就労派砿員+争議に加わってない職員に対してピケットを行った例)[iv]が挙げられる
また、下級審判例においては、非組合員の就労権と組合員の争議権は対等であり、非組合員の就労権を明示するものがある。
例えば横浜第二港湾司令部駐留軍要員労組事件控訴審東京高裁判昭33・3・31『別冊労働法律旬報』№204 1955年[v]であるが
「労働組合は、その所属構成員に対してのみ、労働力のコントロールを加えうるものであって、構成員以外にまでこれを強制しえないことは、労働法上の基本理論であるから労働組合が組合員の労働力を統制してストライキを継続することが、当然の権利行使であると同時に、非組合員が右ストライキに同調しないで就業することも、また当然の権利行使であり、右の争議権と就業権とは対等の立場に立ち、互いに並行する関係にあるものと解すべきこともまた所論のとおりである‥‥本件における非組合員らは、いずれも自己の自由意思によって‥‥労働組合に加入せず、原判示ストライキにも参加しなかったものである上に、原判示のような方法によってまで就労しようとしたのは、ストライキに同調して就労しないでおれば、その間賃金による収入が中絶するばかりでなく、職場を馘首されるおそれがあったため、自己及び家族の生活上の必要から、やむなくその挙に出たものであって、故意に組合のストライキを妨害しようとする意図のもとで行ったものではなかったことが認められるのであるから、右非組合員らが就労しようとしたことは、正当な権利の行使というべきであり、従って、かかる権利の行使に対しては、ストライキ参加者において、これを積極的に妨害することは許されないものといわなければならない。
しかして、ピケットは、労働組合の争議行為に基づく争議手段の一種であって、組合の構成員以外の非組合員に対する関係においては、その就業を拒否する根拠がないものであり、特に、いわゆる「スト破り」の雇い入れ等のように、ストライキの効果を減殺することを目的としたものではなくて、真に生活のために就労しようとする非組合員に対しては、平和的で穏和な説得行為であるならば格別、右限度をこえてその就労を拒否することは許されないものと解すべき‥‥」と判示している。
行政解釈とその他の判例について註6参照。[vi]
四、違法争議行為指令は組合員を拘束しない。公務員の職場では組合員であってもスト参加の勧誘・説得の受忍義務はないと明確に主張できる。
公共企業体等労働関係法(「公労法」と以下略す。現在は特定独立行政法人の労働関係に関する法律と改称)適用職場において労働組合が同法17条1項に違反する争議行為への参加を強制する統制権と組合員が勧誘・説得を受忍する義務を明確に否定し組合員の就労権を明らかにした以下の6判例[vii]がその根拠である。
① 全逓横浜中郵事件差戻後控訴審 東京高判昭47.10.20判時689号、判タ283号(差戻後上告審-最決昭49.7.4上告棄却 判時748号)
② 動労糸崎駅事件控訴審 広島高判昭48.8.30判タ300号、労判184号(上告審-最決昭51.4.1上告棄却 刑事裁判資料230号215頁)
③ 国労岡山操車場駅・糸崎駅事件控訴審 広島高判昭48.9.13 判タ301 号、判時727号(上告審-データベースから発見できず)
④ 動労鳥栖駅事件控訴審 福岡高判昭49・5・25判タ311号、判時770号(上告審-最決昭50.11.21決定棄却 判時801号)
⑤ 国労東和歌山駅事件控訴審 大阪高判昭50.9.19刑事裁判月報7巻9-10合併号826頁(上告審-データベースから発見できず)
⑥ 国労広島地本事件上告審 最判昭50・11・28民集29巻10号1634頁 判時時報798号、判タ330号
広島地本事件を除いて全てマスピケ事犯である。無罪判決を破棄して公務執行妨害罪又は威力業務妨害罪を適用し有罪とした高裁判決であるが、内部統制否定の法理は、就労権を有する組合員に対する実力行使の、違法性を際立たせるか、正当性の限界を越えているとの根拠の一つとして論じられているものである。
横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁昭47.10.20判決は「公共企業体等の職員および組合は公労法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行なつてはならない義務を負っているこというまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合いのものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建て前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する業務を負うとともに権利を有するものである。いいかえれば、公共企業体等の組合がたとえば同盟罷業の決議をしても、その決議は違法であって民間企業の組合の場合のように組合員に対し法的拘束力をもつものではなく、組合員としてはその決議に従わずに就業しても、特段の事由のないかぎり組合の統制に対する違反ないしはいわゆる裏切りの問題は生じないと解すべきである‥‥」とする。
動労糸崎駅事件控訴審広島高裁昭48.8.30判決は「一切の争議行為が少なくとも労働法上一般的に違法とされている国鉄においては、組合は組合員に対する統制権の行使を理由として、斯る違法な争議行為に参加することを強制することは許されず、組合員は右職場集会実施の組合本部指令に服従すべき義務はなく、従って、これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務もないのである。」とする
動労鳥栖事件控訴審福岡高裁昭49・5・25判決は「公共企業体等労働関係法一七条一項は、公共企業体である国鉄の職員および組合が争議行為を行うことを禁止し、職員、組合の組合員、役員は、この禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならないと規定し、同法一八条は、右規定に違反した職員は、解雇されると規定しているのであるから、本件の国鉄動力車労働組合その組合員も争議行為を行つてはならない義務を負っていることはいうまでもない。‥‥それ故、組合としては、組合員に対して、公労法上違法とされ、しかも解雇等という民事責任を負わされるような同盟罷業に参加を強制することはできない筋合であって、組合がたとえ同盟罷業を決議しても、それは公労法上違法であり、民間企業の組合の場合のように法的拘束力をもつものではなく、組合員としては組合の決議、指令にかかわらず同盟罷業に参加することなく就業する自由を有するのであつて、これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務はないのである」とする。
国労岡山操車場駅・糸崎駅事件控訴審広島高裁昭48.9.13判決は「国鉄職員は、公共企業体労働関係法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、国労の組合員も争議行為を行ってはならない義務を負っていることはいうまでもない。それゆえ国労としては、ピケッティングの対象が国鉄職員である以上、非組合員はもとより、たとえそれが組合員に対する場合であっても、ストライキへの参加という違法な行動を強制することのできない筋合のものであって、組合がなしたストライキ決議は違法であり、組合員に対して法的拘束力をもつものではない。」とする。
国労東和歌山駅事件控訴審大阪高裁昭50.9.19判決も広島高裁昭48.9.13判決と上記の部分は全く同じである。
(一) 動労糸崎駅事件について
高裁判例ではわかりやすい事例として動労糸崎駅事件のみ具体的に引用する。これは動労が昭和38年12月13日19時より全国6拠点(函館・盛岡・尾久・田端・糸崎・鳥栖各機関区)で決行した2時間の職場大会(事実上の時限スト)[viii]において、本件闘争に備えあらかじめ国鉄当局から代替乗務の業務命令を受けている動労の機関士に対して、職場大会に参加させるためマスピケが行われたものである。尾久駅事件は一審から有罪であったが。糸崎駅事件と鳥栖駅事件は一審無罪であった。
動労が同じ動労組合員による列車乗務を妨げ職場大会に参加させるため行われたピケッティングである。
公訴事実は次のとおり。
「被告人[動労岡山地本本津山支部執行委員長]は‥‥運転室乗降ロ附近に集結させ、自らは同運転室に乗り込んで同室を占拠したうえ‥三回にわたり、機関士Sらが同列車に乗務するため乗車しようとするや、右組合員および来援した他組合員ら合計百数十名に対し『スクラムを組め』と命じてスクラムを組ませ、同組合員らと共謀のうえ、その都度右Sらの進路に立塞がり‥‥掛声をかけるなどして気勢をあげつつ同人らを押し返し、あるいは運転室内部から乗降ロの扉を閉めるなどして同機関士の乗車を阻止し、もって威力を用いて国鉄の列車運行業務を妨害した」
一審動労糸崎駅事件広島地裁尾道支部判昭43.2.26は、全逓東京中郵事件最大判昭41.10.26刑集20巻8号901頁が労働基本権は尊重されその制限は合理性認められる最小限度のものとすべきとし、公労法違反の争議行為であっても、①政治スト、②暴力行為をともなうもの、③不当に長期にわたり国民生活に重大な障害を与える場合の三条件を除いて刑事制裁を科すことはできないと判示したことを踏まえ、また当時大きな影響力を持っていた可罰的違法性論[ix]の影響のもとに次のように無罪判決を下した。
「‥‥本件行為により直接及ぼした影響は‥‥六五D列車が約四〇分遅れて発車したことにより四四九M列車が三八分、八七貨物列車が五二分、一〇三七列車が四三分、四一七M列車が二八分それぞれ遅れて糸崎駅を発車したことが認められ‥‥右程度の遅延は未だ国民生活に重大な障害をもたらしたということはできない。‥‥争議行為が如何なる意味でも実力的であってはならないと解すべきではない。‥‥ピケッティング本来の防衛的消極的性格は否定し難いが‥‥平和的或いは穏和な説得以外に出ることができないとすれば、組合は説得の機会すら得られず‥ストライキの失敗を招く結果になりかねない。争議の流動性にかんがみ労使の行動もこれに即応すべく、例えば使用者側や説得の相手方がかたくなに組合側の説得を避けようとする場合或いはさらに積極的にピケやぶりのための暴力を用いる場合には、少なくとも組合員として対杭上右説得の場を確保するためある程度の実力的行動に出るは必要やむを得ない処置として容認されなければならない。労組法第一条第二項但書は暴力の行使を労働組合の正当な行為と解してはならない旨規定しているが、争議行為における一切の有形力の行使を禁ずる趣旨と解すべきではなく、前述の如くピケッティングの正当な目的を達するため必要最少限度の実力的行動は右のいわゆる暴力には該当しないと解すべきである。‥‥右組合員等及び被告人の行動はS機関士を擁する鉄道公安官等に対抗してかなり強力にこれを押し返す等の行動に出てその進行を阻んだことを認められるが、当局が当初より鉄道公安官を使用して遮二無二ピケを破ろうとしたのに刺激された組合員が激化することも事の自然の成り行きであって一概にこれを非難し得ないのである。皮層的外形的事実のみから直ちに被告人等組合員に列車の発進自体を阻止する目的があったったと断ずるのは早計に失するのであって‥‥同機関士説得の機会を与えず唯有無を云わせず実カ行使に出た当局及び鉄道公安官等に対しその攻撃を避けつつ、同機関士を説得する機会をつくる必要上やむを得ずなした行為でいまだ防衛的消極的性格を失わない‥‥。従って被告人の行為は正当なピケッティングの範囲に属しし労組法第一条第二項但書にいう暴力の行使に該当しないというべきである」として無罪とした。
これに対して控訴審広島高判昭48.8.30判タ300号、労判184号は、国労久留米駅事件最大判昭48.4.25決刑集27巻3号418頁が「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実を含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきものか否かを判定しなければならない」[x]との新しい判断方式を打ち出したことを受け「本件職場集会の実施は組合の行なう一種の争議行為であるところ、公共企業体である国鉄の職員及び組合は、公共企業体等労働関係法一七条一項により、一切の争議行為を禁止され、同条項に違反してなされた争議行為は、少なくとも労働法上は一般的に違法であり、違反者は同法一八条により解雇の制裁を科せられ、争議行為に際してなされた行為が暴力の行使その他の不当性を伴なう場合には刑事法上においても違法性を阻却されないのであるから(昭和四一年一〇月ニ六日最高裁判所大法廷判決‥‥)、被告人等がS機関士に本件職場集会への参加を勧誘、説得すること自体の違法性を指摘しなければならないが、その点は姑く措くとしても、純然たる私企業と異なり、一切の争議行為が少なくとも労働法上一般的に違法とされている国鉄においては、組合は組合員に対する統制権の行使を理由として、斯る違法な争議行為に参加することを強制することは許されず、組合員は右職場集会実施の組合本部指令に服従すべき義務はなく、従って、これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務もないのである。‥‥原判示のごとく、S機関士は、予め本件闘争に備え本件の前日国鉄当局から代替乗務の業務命令を受けて糸崎駅に待機していた者であり、右業務命令が適法であること及び被告人にはS機関士が本件列車発進のため代替乗務員として同列車に乗車すべく同駅五番線ホームへ来たことの認識が有ったこと‥‥斯様に既に国鉄当局の適法な業務命令を受けてこれに服従し、就労の意思を以て出務している者の場合においては叙上受忍義務のないことは一層明白であるから、同人に本件職場集会への参加を勧誘、説得するに度を超えた物理的な力を以て同人の就労を妨害したり、そのため国鉄の施設や車両を占拠する等して国鉄の正常な列車運行業務を妨害することは、その目的の是非に拘らず許されないものといわなければならない。‥‥‥争議行為への参加を勧誘、説得するには、あくまで相手方が自由な意思決定に基づき自発的に参加する態度に出るのを待つべきであり、言論による説得又は団結による示威の域を超えた物理的な力によってその自由意思による就労を妨害し又は意思決定の自由を奪う程度の心理的抑圧によって不本意ながら就労を思い止まらせるような事態は厳にこれを慎まなければならないところ、‥‥被告人を含む組合員らがS機関士に本件職場集会への参加を勧誘、説得しこれを確保するために執った手段は、その行為の時期及び場所と相俟って、同機関士が代替乗務しようとする正当な就労行為を物理的な実力を行使して妨害したものに該当し、右説得の場を確保するピケッティングの手段として超えてはならない限度を逸脱していたことは明白であると認められる。‥‥、被告人は本件六五一D列車の所定乗務員ではないのに、既に所定発車番線に据え付けられ、発車定時刻を経過し、乗客が乗り込んでいる同列車の運転室に乗り込み、同運転室乗降ロ付近には同列車の乗務員に対する説得のためのピケ隊員として百数十名の組合員が配置され、右乗務員の行動の自由は勿論意思決定の自由も制約され、ひいては同列車の発進が阻止され、国鉄の列車運行業務の円滑な遂行に支障を来す虞もないのではない情況にあったのであるから、公共の福祉の維持、増進のため列車の正常且つ安全な運行に責任を有する国鉄当局が、S機関士を同列車に乗車させるため‥‥多数の鉄道公安職員を出動させ、以て同機関士の擁護と本件列車運転室への進路の確保に当らせたことは、国鉄当局は争議中であってもなお業務遂行の自由を有し、況して組合側の説得行為に協力し、これを供手傍観すべき義務を負うものではないこと並びに鉄道係員に対し、鉄道施設内において法規ないし秩序違反の行動に及んだ者を施設外に退去させ得る権限を認めた鉄道営業法四ニ条一項及び鉄道公安係員として、国鉄業務の円滑な遂行のため、その業務運営上の障害を除去するという警備的な職務を鉄道公安職員に認めた「鉄道公安職員基本規定」‥‥「鉄道公安職員基本規定(管理規程)」‥‥の各趣旨に照らし、列車の運行業務を維持するための臨機の措置としていささかも違法の廉はなく、これを目して国鉄当局がかたくなに組合側の説得行動を拒否し、積極的にピケ破りのため実力行使一点張りに出たものと解した原判決の判断は失当といわざるを得ない‥‥以上検討したところによれば、被告人の本件所為は争議行為として許容されるべき限界を超えた違法、不当のもの」として、刑法234条、233条、6条、10条を適用し被告人を懲役四月執行猶予二年との判決を下した。
上告審最決昭51.4.1刑事裁判資料230号215頁は上告棄却であり、他の判例も同じである。
なお、この事件を含めて6判例とも、公労法違反の争議行為であっても刑事制裁を科すことに消極的な全逓東京中郵事件最大判昭41.10.26刑集20巻8号901頁の判例が維持されている時代のものであるが、東京中郵事件は単純不作為の罷業であり、積極的に業務遂行を妨害するものではなかった、可罰的違法性論の中郵判決の枠組においても、本件のような積極的な業務遂行の妨害は有罪とする判断の余地があったのである。
また国労久留米駅事件最大判昭48.4.25刑集27巻3号418頁は、争議行為(同盟罷業)自体の労働法上の合法・違法の評価と、その争議行為の際に争議行為の目的達成のためになされた労働者の個々の犯罪構成要件該当行為に対する刑法上の違法性の有無の判断とを意識的に区別した[xi]判断方式をとったことにより、本件のように2時間の職場大会それ自体の適法性いかんを問題とすることなく、久留米駅事件方式により有罪の判断を下したものである。
(三) 国労広島地本事件について
国労広島地本事件最高裁第三小法廷判昭50・11・28民集29巻10号1634頁は脱退した国労組合員に対する組合費請求に関するもので、最高裁は本件臨時組合費の闘争資金の支払請求を認容し、組合員には協力義務があるとしたが、争議行為の参加については組合は組合員に対して「多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない」としたものである。同判決は、組合決議の拘束力一般について検討し次のように判示している。
「思うに、労働組合の組合員は、組合がその目的を達成するために行う団体活動に参加することを予定して加入するものであり、また、これから脱退する自由も認められているのであるから、右目的に即した合理的な範囲において組合の統制に服すべきことは、当然である。したがって、労働組合の決定した活動がその目的と関連性をもつものである限り、たとえ個人的にはそれに反対の組合員であっても、原則としてはその決定に拘束され、そこで定められた活動に参加し、またその活動を妨害するような行為を避止する義務を負うとともに、右活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務(以下これらの義務を「協力義務」という。)を免れないというべきであるが‥‥‥‥労働組合の決定した活動が組合の目的と関連性を有するというだけで、そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定することは相当でなく、問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較衡量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。
そこで、右の見地から、公労法に違反して行われる争議行為とこれに対する組合員の協力義務関係について考察する。
まず、同法違反の争議行為に対する直接の効力(争議行為の参加)については、これを組合員に強制することはできないと解すべきである。禁止違反の争議行為の実行に対して刑罰や解雇等の不利益な法的効果が結びつけられている場合に、その不利益を受忍すべきことを強いるのが不当であることはいうまでもなく、また、右のような不利益を受ける可能性がない場合でも、法律は公共の利益のために争議行為を禁止しているのであるから、組合員が一市民として法律の尊重遵守の立場をとることは是認されるべきであり、多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない。‥‥」とした。
したがって最高裁判例もある以上、違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理は確立されているとみてよい。(高裁5判決も上告棄却なので原判決が最高裁によって認容されている)
なお、上記6判例は、いずれも公労法違反の争議行為について労組法1条2項の刑事免責の適用を排除しないとする全逓東京中郵判決が維持され労働基本権尊重の趣旨から国家公務員法、地方公務員も含めて争議行為禁止について制限解釈をなす判例が維持されていた時代のものであるが、周知のとおり全逓名古屋中郵事件最大判52.5.4刑集31巻3号182頁が、東京中郵判決以降の争議行為の限定合憲説(相対的合憲論)を判例変更し、公労法17条1項違反の争議行為に労組法1条2項(刑事免責)は適用しないとして、全部無罪の第二審判決を破棄し、郵便法違反幇助、建造物侵入罪の成立を認めた第一審を維持する旨判決した。[xii]同判決は争議行為自体の違法性評価と争議付随行為の違法性評価を明確に区別している久留米駅事件の趣旨を明確にしたものである。すなわち「公労法一七条一項に違反する争議行為が刑法その他の罰則の構成要件に該当する場合には、労組法一条二項の適用はなく、他の特段の違法性阻却事由が存在しない限り、刑事法上これを違法と評価すべきものであるが、そのことと、右の争議行為に際しこれに付随して行われた犯罪構成要件該当行為についての違法性阻却事由の有無の判断とは、区別をしなければならない。すなわち、このような付随的な行為は、直接公労法一七条一項に違反するものではないから、その違法性阻却事由の有無の判断は、争議行為そのものについての違法性阻却事由の有無の判断とは別に行うべきであって、これを判断するにあたっては、その行為が同条項違反の争議行為に際し付随して行われたものであるという事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを考察しなければならないのである。」と判示した。名古屋中郵事件では、建造物侵入が争議付随行為であるが、争議行為それ自体が違法であるか否かが「諸般の事情」として考慮されることは「被告人らは、公労法一七条一項に違反する争議行為への参加を呼びかけるため、すなわち、それ自体同条項に違反するあおり行為を行うため、立入りを禁止された建造物にあえて立ち入ったものであつて、その目的も、手段も、共に違法というほかないのであるから、右の行為は、結局、法秩序全体の見地からみて許容される余地のないものと解さざるをえない。」判示していることから明らかである。
さらに民事事件としては、全逓東北地本役員懲戒免職事件最判昭53.7.18民集32巻5号1030頁が違法なストライキ、局庁舎でのステッカー貼付行為及びシュプレヒコール等集団示威行動を指導した全逓地方本部委員長に対する懲戒免職を是認した。
よって、違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理は争議行為禁止について制限解釈をとることなく合憲とした名古屋中郵判決以降の判例の展開によって強化することはあっても弱まることは全くないと判断できる。
(三)内部統制否定の法理は公労法適用職場以外の公務員の職場でも適用されて当然である。
違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理を示した6判例はいずれも、公労法適用職場に関するものであるが、争議行為が禁止されている国家公務員法、地方公務員法、地方公営企業等の労働関係に関する法律(以下「地公労法」と略す)適用職場についても別異に解する理由はないと考える。次の通り、争議行為禁止の合憲判断が確立していることから疑う余地はないということである。
非現業国家公務員については全農林警職法事件最大判48.4.25刑集27巻4号547頁が、全司法仙台事件最大判昭44.4.2刑集23巻5巻685頁を判例変更し、国家公務員争議行為のうち同法によって違法とされるものとされないものとを区別し、さらに違法とされる争議行為についても違法性の強いものと弱いものとを区別したうえ,刑事制裁を科されるのはそのうち違法性の強い争議行為に限るものとし,あるいは.あおり行為等につき,争議行為の企画、共謀,説得,慫慂.指令等を争議行為にいわゆる通常随伴するものとして争議行為自体と同一視し、これを 刑事制裁から除くものとする趣旨ではないとして、争議行為禁止の制限解釈を否定する判断を下したのである。民事事件としては神戸税関事件最判昭52.12.10民集31巻7号1101頁が争議行為を理由とする懲戒処分について最高裁の初めての判断を示し、昭和36年の勤務時間内くい込み集会、繁忙期の怠業、超過勤務拒否等の争議行為等に指導的な役割を果たした全税関神戸支部幹部三名の懲戒免職処分を適法としたものであり、これは懲戒処分の指導判例となり110の被引用判例がある。
地方公務員については、岩教組学力テスト事件最大判51.5.21刑集30巻5号1178頁が都教組勤評事件最大判昭44.4.2刑集23巻5号305頁を判例変更し、地方公務員法61条4号は,地方公務員の争議行為に違法性の強いものと弱いものとを区別して前者のみが該法条にいう争議行為に当たるものとし、また該争議行為の遂行を共謀し、そそのかし,又はあおる等の行為のうちいわゆる争議行為に通常随伴する行為を刑事制裁の対象から除外する趣旨と解すべきではないとして、争議禁止の制限的解釈を否定した。[xiii]さらに日教組スト事件最判平元.12.18刑集43巻13号882頁、岩教組スト事件最判平元.12.18刑集43巻13号1223頁、埼教組事件最判平2.4.17刑集44巻3号1頁といった、地方公務員法61条4号のあおりの企ての罪を構成するとされた刑罰を是認する判例がある。
地公労法適用職場についてはいずれも民事事件であるが、北九州市交通局事件最高裁第一小法廷判決昭63.12.8(民集42巻10号739頁判時1314号)は、全逓名古屋中郵事件最大判大法廷昭和52.5.4判決(刑集31巻3号182頁)が国営企業職員の争議行為禁止が合憲として挙げた理由は地方公営企業の場合にもあてはまるとして、地公労法11条1項を合憲とし、三六協定締結・更新拒否による超過勤務拒否闘争、民間ディーラー整備員の入構拒否、五割休暇闘争等を同条違反として組合役員に対する停職六ヶ月等の懲戒処分を適法としている。
次いで北九州市清掃事業局小倉西清掃事業所事件最高裁第二小法廷判決昭63.12.9民集42巻10号880頁、判時1314号)地公労法付則四項によって地方公営企業職員以外の単純な労務に雇用される一般職の地方公務員に準用される同法11条1項の争議行為禁止規定も合憲とし、市清掃局員の57分ストライキが実施され、管理職に対する詰所への三回にわたる入室拒否行等を理由とする市労本部執行委員兼青年部長の懲戒免職、市労小倉支部長と同支部執行委員の停職三月は法であるとした。
さらに北九州市病院局事件最高裁第三小法廷判決平元.4.25判時1336号、判タ719号は同じく単純な労務に雇用される一般職の地方公務員に準用される地公労法11条1項の争議行為禁止規定を合憲とした上で、市立病院職員266人分限免職等の財政再建計画に反対するための市の一般行政職員の約1時間の職場放棄と、二か所の病院職員24時間の同盟罷業を企画、指導、参加した組合役員の懲戒処分(免職1名、停職一月~六月4名)を適法としている。
よって最高裁のすべての小法廷が争議行為を禁止する地公労法11条1項を合憲とし同法違反の争議行為に対する解雇を含む懲戒処分を適法としているから、それは確立された判例といえる。
五 ピケッティングの正当性の判断基準
私企業も含め、一般論としてピケティングの犯罪の成否について概括する。
(一)犯罪の成否についての指導判例は羽幌炭礦事件判決
もっとも無難な論文として全逓名古屋中郵判決より前のものだが、最高検検事臼井滋夫「ピケッティングの正当性の限界」『法律のひろば』30巻4号1977年に依拠しつつ、筆者の見解を加える。
まず争議行為の限界についてはリーディングケースとして山田鋼業事件最大判昭25.11.15刑集4.11.2257と朝日新聞西部支社事件最大判昭27.10.22民集6.9.8である。
争議行為は労務提供拒否という不作為を本質とし、したがって、これに随伴する行為も消極的行為の限度にとどまるべきであり、それを越えて使用者側の業務を妨害するような意図及び方法での積極的な行為は許されないとの見解が確立したものであって、この点についてプロレイバーが主張するように労働法は市民法個人法秩序を超克するものと解する余地はない。
そしてピケッティングと犯罪の成否についての画期的判例が羽幌炭礦事件最大判昭33.5.28刑集12.8.1694であり、事案は、争議続行と組合指導部に反発して組合を脱退し第二組合の結成に加わった労働者と非組合員による出炭を阻止するためのマスピケッティングであるが、「同盟罷業は必然的に業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであって、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行脅迫をもつてこれを妨害するがごとき行為はもちろん、不法に、使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものといわなければならない‥‥。されば労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない。」と判示した。
問題は、「諸般の事情」の解釈だが、臼井検事は、「基本となる基準はあくまで労働力の提供拒否にとどまるか否かであり」労働力の提供拒否にとどまるか否かという基準では割り切らないことを意味するというプロレイバー解釈は誤りと指摘している。
プロレイバー労働法学では、争議権とは本質的に「業務妨害権」であり、同盟罷業による業務妨害状態を有効に維持するためにピケッティングは争議行為の範囲にあるとし、一定程度の実力行使も許されるというものであるが、最高裁はもちろん認めていない。
(二)可罰的違法性論の席捲により「暴力」容認判決が続出した事態について
ここから私の見解だが、にもかかわらず、昭和30年代から40年代にかけて主として下級審においてスクラムや実力ピケを正当な行為として無罪とする判決が続出したのは、藤木英雄東大教授の刑法学説(可罰的違法性論)によって構成要件の縮小解釈を打ち出したことが、司法判断に影響を及ぼし、犯罪構成要件の判断を縮小したり構成要件を曲解する傾向、外形的には構成要件に該当する行為があっても被害が軽微であるとか、許容されている限界を逸脱していないなどとして、刑事罰の対象としない判断を助長したためである。
可罰的違法性論は一般的には「構成要件に該当すると認められる行為のうち、当該行為の予想する可罰的程度に達しない行為は犯罪でないとし刑事責任を否定する見解」、「違法性の相対性・段階性を前提とする理論」[xiv] とされるが、藤木教授は労働法理念の正当化のために場合によっては医療行為の手術や相撲・拳闘が暴行とされないように構成要件に該当した行為の違法性が阻却されることがあるという学説を流布し、
労働争議なら相当な程度の有形力行使の違法性阻却はなされて当然だとの悪しき風潮をもたらした。[xv]
藤木教授はピケッティングについて、「組合員であって争議から脱落した者は‥‥統制力の行使として、緊急の場合、スクラムによる絶対阻止が許される」「組合の組織の防衛をはかる目的で、会社のために就労しようとする者を‥‥強力な威力行使によって、その通行の最終的な阻止を試みることは‥‥場合によっては合法」[xvi] などと述べた。
ただし藤木教授はすべての有形力行使を暴行とすべきではないとしつつも、撲る、蹴る、押す、突くは暴行であり、刑法35条適用の余地なしとするのであるが、この点はプロレイバーから押す行為はマスピケでなされるとき暴行とはいえない場合もあると批判されている。[xvii]
可罰的違法性論により実力ピケ無罪とした下級審判例は多いが、ここでは典型的な2判例の引用にとどめる。
まず光文社事件東京高裁昭48.4.26判決判時708号である。
これは第二組合員が通勤途上の路上で第一組合員と支援者6人に包囲され両腕をつかまえられ、引っ張り、押されるなどして腰を低く落として抵抗するのもかまわず、音羽通りを横切り、約30メートル引きずられたあと、さらに両脇下に手をさしいれたまま、引っ張り押すなどして、お茶の水女子大裏門を経て、200メートル余り自由を拘束され連行されたにもかかわらず、判決は「被告人の有形力の行使は説得を有効に実施するための場所の選定にともなうきわめて短時間のものにすぎず、しかも身体に殴打、足げり等の暴行を加えてないのはもちろん、その着衣その他に対しても何ら損傷を与えていない程度のものである」と述べ、「なお外形的には、逮捕罪にあたる」ことを認めつつ「被告人らの守ろうとした利益とその侵害した法益との権衡、労働組合法、刑法を含む法全体の精神からみて‥‥常軌を逸したものといえるかどうか頗る疑わしく」結局本件は「犯罪として処罰するに足りる実質的違法性をいまだ備えていない」として逮捕罪の成立を認めた一審を破棄して無罪判決を下した。
要するに労働争議においては人を捕まえて強制連行しようと、殴打、足げり等も着衣損傷も認められない程度の有形力行使は許されるとしたのである。
滝野川自動車事件横浜地裁昭45.12.17判決は第一組合員6名および全自交の労組員合計7名が、第一組合員約百数十名と共謀のうえ、昭40.6.8午前10時から午後1時までの間、第二組合員十名が就労のためタクシー10台を運転して車庫通路より進発しようとするのを阻止するため、通路に乗入れた宣伝用自動車の車輪を取りはずし、貨物自動車の前車輪を横溝を掘って落し込んだうえ、百数十名がスクラムを組んで労働歌を高唱し、坐りこむ等して会社の運送業務を妨害したにもかかわらず、威力業務妨害罪に当たらないとしたものである。
このように軽微とはいえない事案まで無罪とするのは異常なあり方といえるだろう。[xviii]
(三)久留米駅事件方式の確立とその意義
このような実力ピケを無罪とする下級審判例が否定されるターニングポイントとなったのが、国労久留米駅事件最大判昭48.4.25刑集27巻3号418Pである。
典型的なマスピケ事犯であるが「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実を含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきものか否かを判定しなければならない」との判断方式を打ち出した。
臼井検事によれば、久留米駅事件方式は、「争議行為(同盟罷業)自体の労働法上の合法・違法の評価と、その争議行為の際に争議行為の目的達成のためになされた労働者の個々の犯罪構成要件該当行為に対する刑法上の違法性の有無の判断とを意識的に区別した」とする。
この意味するところは、私の考えでは次の3点を指摘できる。
(1)プロレイバー労働法学が争議行為を「業務妨害権」として、業務妨害状態を維持するためのピケッティングも争議権に含まれるという見解を示していることと一線を画すため、ピケッティングを争議行為付随行為とした。
(2)久留米駅事件大法廷判決と同日に全農林警職法大法廷判決(刑集27巻4号547頁)が下され、あおり行為で処罰するには違法性の強い行為であり、かつ通常争議行為に随伴するものと認められない(二重のしぼり)ものとする全司法仙台事件大法廷昭44.4.2判決(刑集23巻5号685頁)を判例変更しているが、これは国家公務員法の事案で、この時点では公労法17条1項違反の争議行為に、労組法1条2項(刑事免責)が適用されるとした全逓東京中郵事件大法廷昭和41年10.2判決(刑集20-8-901P)が判例変更されていない。
周知のとおり全逓東京中郵判決は、刑事免責を与える余地はないという先例を覆し、公労法17条1項違反の争議行為にも労組法1条2項の適用があるとし、公務員であっても労働基本権は尊重されその制限は合理性認められる最小限度のものとすべきとし、公労法違反の争議行為であっても、①政治スト、②暴力行為をともなうもの、③不当に長期にわたり国民生活に重大な障害を与える場合の三条件を除いて刑事制裁を科すことはできないとしたものであり(限定的な合憲判断)、藤木英雄東大教授の「可罰的違法性論」の影響下にある判例といえる。
全逓東京中郵判決の影響は大きく、多くの下級審判例が三条件にあてはまらないものとして、マスピケや機関士などにスト参加を説得するためのピケッテイングとして国労や動労が線路上で進路をふさぎスクラムを組んで列車を止めるような行為を正当化し無罪としたのである。、下級審で公労法17条1項を違憲とし実力ピケを容認する判断(例えば国労尼崎駅事件神戸地裁昭41.12.16判決(逆ピケを張った公安職員に体当たりし負傷者を出し、渦巻きデモや坐り込みにより電車の発進を阻止した行為を正当防衛、正当な争議行為として無罪)、違憲判断をとらずとも犯罪構成要件に該当するものでも争議行為を正当として無罪判決を下した例(例えば動労糸崎駅事件 広島地裁尾道支部昭43.2.26判決刑事裁判資料201号183P、国労岡山操車場駅・糸崎駅事件 広島地裁尾道支部昭43.6.10判決 判タ225号、国労東和歌山駅事件 和歌山地裁昭46.4.26判決 (刑事裁判資料201号81P)、国労松山駅事件 松山地裁昭43.7.10判決 刑事裁判資料201号221P、刑集32巻2号191P、同じく高松高裁昭46.3.26判決 刑集32巻2号204P)がある。
久留米駅事件大法廷判決では臼井検事が解説しているように「公労法17条1項に違反してなされた争議行為につき労組法1条1項の適用があるかどうかという問題について‥‥この問題に触れることなく、「諸般の事情」を考慮に入れたうえ「法秩序全体の見地」から違法性阻却事由の有無を判定すべきものとする立場を打ち出した。」ものである。
要するに、同盟罷業それ自体を合法と判断するか否かにかかわりなく、ピケッティングは争議付随行為として区別して違法性阻却事由の有無を判定することとしたのである。
(3)同盟罷業それ自体か合法と判断するか否かと区別するということは、本件は国鉄の事案であるが、久留米駅事件方式の判断基準を争議権が認められている私企業にも適用できるものとしたことである。
久留米駅事件方式の特色の第一として臼井検事がコメントしているのは「実質的違法性論に立脚して違法性阻却事由の有無を判断すべきものとしつつ、犯罪構成要件該当性ないし構成要件該当性における違法性推定機能を重視していることである。わけても労働争議の際の行為についても,一般原則のとおり,犯罪構成要件該当性に刑法上の違法性を推定する機能を認め」たことである。
私が言い換えれば、労働事件を特別視し、プロレイバー労働基本権思想に依拠し、外形的に構成要件に該当する行為でも、刑罰に処すほどのことではないとして違法性を阻却し実力ピケを合法としていた下級審の判断を否定する判断方式ということである。
この判決が重要とされる意味は、この後下級審における可罰的違法性論の影響にある無罪判決が私企業のケースも含めて次々と覆され有罪判決が下されるようになったことに尽きるだろう。
前記内部統制否定6判例のうちマスピケの5判例のうち②~⑤が久留米駅事件方式により有罪判断をとったものである。①は久留米駅事件以前のものであるが、争議行為それ自体の適法性判断と争議付随行為としてのピケッテイング等の適法性判断を別にしている点で久留米駅事件方式を先取りしているともいえるのであり、差戻後上告審最一小昭49.7.4決定が久留米駅判決を引用しているので結局マスピケ5判例すべてが久留米駅事件方式で決着したともいえる。
私企業の労働組合の争議行為については、ピケッティング事案として、労働組合役員による他組合員への断続的暴行、逮捕行為につき日本鉄工所事件最高裁二小 昭50.8.27判決(刑集29巻7号442頁)、前述した逮捕行為につき光文社事件最高裁三小昭50.11.25判決(刑集29巻10号929頁)、毎日放送労働組合が春闘としてストに入ったところ、会社側はテレビ生中継(午後1時~「ママの育児日記」)を管理職にて行なうこととし、組合は番組を中止させるために、組合員約四〇名が、スタジオ扉前に集り、労働歌を高唱し、拍手し、シュプレヒコールを行い、メガホンのスピーカーを扉の隙間に押し当てたりして、六分間余り生放送に労働歌等の騒音を混入せしめた事案につき毎日放送事件最高裁一小昭和51.5.6判決(刑集30巻4号519頁)が無罪とした原判決を破棄自判して久留米駅事件方式により有罪判決を下している(これらの判例を図表1を参照)。
(四)最高裁における物理力を行使したピケットの犯罪の成立を阻却した二判例は例外
臼井検事は、久留米駅事件方式確立の結果、結論的に「最高裁判例においてはピケッテイングの正当性の限界につき,消極的性格の行為の限度にとどまるべきであるという見解が堅持され、いわゆる平和的説得の限度を越えたピケッテイングが犯罪構成要件に該当するときは、犯罪の成立を阻却するごく特殊な事情が存在する場合は格別、原則として違法性が阻却されないものとされている」とする。
「ごく特殊な事情が存在する場合」とは物理力を行使したピケットであるにもかかわらず、違法性を阻却し無罪とした、(1)三友炭坑事件最三小昭31.12.11判決刑集10巻1605頁(2)札幌市労連事件(札幌市電ピケット事件)最三小決昭45.6.23刑集24巻6号311頁を指すものである。
(1)はガソリン車による石炭運搬を妨害したもので、「暴行、脅迫、威力をもって就業を中止させること」は一般的には違法と断じた上で、しかし、場合によっては違法性を阻却することがあることを認め、「諸般の状況を考慮して慎重に判断されなければならない」とし、諸般の状況とは三友炭鉱の出炭成績は悪くなかったにもかかわらず、社宅の飲料水の如きは山麓に一間半の水槽をつくり、その溜まり水を手押しポンプで汲出すという粗悪な設備で消毒もなく、平素も行列をつくって汲み水を待つ状況に放任されており、浴場も山間部にわずかに屋根があるだけで脱衣所なく濁った構内の腐水を使用し混浴であったが、経営者側が改善に着手する模様がなかったこと、被告人は経営者と縁故のある元組合長らが突然就業を開始した裏切り行為に極度に憤激したといった格別の事情を斟酌したものと理解できるのであって例外的判決とみなすべきである。
三友炭坑事件判決は、ピケッティングの犯罪の成否についての羽幌炭礦事件大法廷判決より前のものである。羽幌炭礦事件が、脱退した第二組合員と非組合員の就業妨害であったのに対し、三友事件が同じ組合員との差異がある。
(2)は地公労法適用の札幌市職員である被告人3人が他の40名の組合員とともに札幌市交通局中央車庫門扉付近において、当局の業務命令によって乗車した罷業脱落組合員の運転する市電の前に立ちふさがり、当局側ともみ合い、約30分電車の運行を阻止したことが、威力業務妨害罪により起訴されたものであるが、原判決は威力業務妨害罪の構成要件に一応該当するものと認めながら、無罪としたものである。上告審最高裁第三小法廷は3対2で棄却、「このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。」と判示しつつも「札幌市役所関係労働組合連合会が、昭和三五年一〇月ごろから、札幌市職員の給与、手当、有給休暇その他の勤労条件の改善等、職員の正当な経済的地位の向上を目ざした団体交渉の要求を続け、かつ、この要求について早期解決を図るべき旨の北海道地方労働委員会の調停や札幌市議会総務委員会の勧告があったのにかかわらず、札幌市当局が不当に団体交渉の拒否や引延しをはかつたため、一年有余の長期間をむだに過させられたのみならず、かえつて、当局の者から、ストをやるというのであればやれ、などと誠意のない返答をされるに至つたので、やむなく昭和三七年六月一五日午前六時ごろ、団体交渉における労使の実質的対等を確保するため、交通部門における市電・市バスの乗務員の乗車拒否を主眼とする同盟罷業に踏み切ったものであるところ、その同盟罷業中の同日午前一〇時ごろ、突然、同じ組合員である○○らが、同盟罷業から脱落し、当局側の業務命令に従って市電の運転を始めるため、車庫内に格納されていた市電を運転して車庫外に出ようとしたので、被告人らが他の約四〇名の組合員らとともに、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的で、とっさに市電の前に立ちふさがり、口ぐちに、組合の指令に従って市電を出さないように叫んで翻意を促し、これを腕力で排除しようとした当局側の者ともみ合ったというのであつて、このような行為に出たいきさつおよび目的が人をなっとくさせるに足りるものであり、その時間も、もみ合った時間を含めて約三〇分であったというのであつて、必ずしも不当に長時間にわたるものとはいえないうえに、その間直接暴力に訴えるというようなことはなく、しかも、実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内でのできごとであつたという」諸般の事情を斟酌し、「このような事情のもとでは、これを正当な行為として罪とならないとした原判断は、相当として維持することができる」としたものである。
ただし、この判決は久留米駅判決以前のものであり、争議行為に対する公労法違反の争議行為にも刑事免責ありとして全逓東京中郵事件大法廷判決、あおり行為で処罰するには違法性の強い行為であり、かつ通常争議行為に随伴するものと認められないもの(二重のしぼり)とする都教組勤評事件大法廷判決昭44.4.2刑集23巻5号305頁の影響の下にあり、これらの判決はその後判例変更されているのであるし、原判決が威力業務妨害罪の構成要件に当たるとしている以上、久留米駅事件方式をとるならば有罪とされるべきものと考える。また本件は刑事事件だが、少なくとも今日では北九州市交通局事件最高裁第一小法廷昭和63年12月8日判決(民集42巻10号739頁判時1314号』が地公労法適用職場の争議行為に対して懲戒処分を適法としているので、争議行為の実効を維持するためのピケットも懲戒処分の対象となる行為であることはいうまでもないと考える。
そういうことで最高裁判決では上記二判例はあくまでも特殊な例外と理解すべきである。それ以外物理力を行使したピケットは最高裁では有罪とされている。
結局久留米駅事件判決とは、組合員の就労権や統制権は特に問題とすることもなく、労働事件で可罰的違法性なしとして無罪とすることに歯止めをかけたものとして理解してよいだろう。この判決の意義は社会史的なものである。労働事件だけでなく、学生運動なども含め多少暴れても可罰的違法性なしとして「暴力」は認められるという風潮を改めたという意味で時代の転換点となる司法判断であった。以上、ピケッティングの正当性の限界について主要判例だけにしぼって理論のおおまかなところを説明した
(補遺)札幌市労連事件最三小決定昭45.6.23の松本正雄反対意見の意義
組合の違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理を最初に判示したのが、久留米駅事件大法廷判決よりも前の横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁昭和47.10.20判決であるが、先述した札幌市労連(札幌市電ピケット)事件最三小昭45.6.23決定の松本正雄反対意見の論理とほぼ同一のものとみなされている。[xix]
松本正雄裁判官の反対意見は、本件行為は正当と評価されない理由として「‥‥中郵事件判決にみられるような「単純な不作為」の争議行為とは趣を異にし、積極的実力または威力の行使による業務妨害行為であって、多数意見が述べるような被告人らに有利な事情を考慮しても、これが正当行為であるとはとうていいえないものと考える。上告趣意が引用する当裁判所昭和二五年一一月一五日大法廷判決以来の累次の判例は、いずれも同盟罷業の本質について、それが使用者に対する集団的労務供給義務の不履行にあることを明らかにしたものであり、また、使用者側の義務遂行に対しては、暴力、脅迫をもつてこれを阻害するような行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧するような行為も許されないとしており、この趣旨は前後一貫しているものということができる。多数意見がこれらの判例を本件事案に適切ではないとして簡単にいつしゅうし去ることには賛成できない。わたくしは、原判決が正当行為の範囲を不法に拡大して解釈したのを多数意見が誤って是認したものではないかと憂える。多数意見は、同じ組合員である○○らが同盟罷業から脱落し、市電の運転を始めた行為を重視し、これを被告人らにとつて有利な事情の一つとして考慮しているようであるが、この見解に対してもわたくしは同調することができない。すなわち、本件争議行為は、地方公営企業労働関係法上の地方公営企業に対するものであるから、職員の争議行為は禁止せられた違法な行為であって、これに違反した職員は解雇せられることがある(同法一二条)のである。したがつて、争議から脱落し、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重せられてしかるべきである。自らの意思で争議行為に参加しない組合員個人の意思および行動の自由までを実力をもつて拘束し、その就業を全く不可能にすることは、組合といえども許されるべきではない。この点において私企業における争議行為からの脱落と地方公営企業における本件争議行為からの脱落とを同一に論ずることは誤りであると考える。同調できない理由である。‥‥わたくしはピケの正当性は、口頭または文書による、いわゆる平和的説得の程度にのみ限られるべきだとは必ずしも思わないが、本件のごとく有形力を行使し、脱落者の就労を事実上不可能にすることまでも(たとい、それが説得の手段であるとしても)許されるべきであるとは考えない。ピケに際しての暴行、脅迫、暴力的色彩の濃い行動等が正当な争議行為から排斥せられるべきであることはもちろんであるが、刑法上の威力、すなわち、人の意思を制圧するに足りる勢力の行使の程度に及んだ場合においても、これを認容すべきではなく、正当行為として評価することは許されないものと考える。暴行、脅迫、これに類似する行為、威力の行使、原判決が認めるがごとき相手方に対する集団による物理的阻止等は、いかなる場合においても許されず、かくのごときは健全な労働運動の発展の障害にこそなれ、正しい方向とはいえない。
」と述べている。
英米では民間企業の組合員であれストに参加せずピケライン通行する権利が制定法上明文化されているが、争議が一般的に禁止される公務員に対してとはいえ、組合員に「争議から脱落し、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重せられてしかるべきである。」として就労権を初めて明確に述べたことで松本正雄裁判官の業績を高く評価したい。在任時には少数意見にとどまったが、その後6判例によって確立されるにいたったのである。
横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁判決の中野次雄判事は、全逓東京中郵判決の刑事免責を基礎づけるには、「可罰的程度の違法」という立場にたつことのみによって可能とする解釈を法曹時報で行っており、この解釈からすると単純不作為の罷業である全逓東京中郵事件では刑事免責されても、積極的な就労妨害は、刑事免責されないという解釈が成り立つのである。
中野次雄判事は当然、上記松本正雄反対意見に着目するとともに、昭和47年10月の時点では、石田和外派の裁判官が増加しており、公務員の争議行為にも刑事免責ありとの判断はいずれ判例変更される見込みとして時間の問題と認識していたに違いない。
[i] 羽幌炭礦事件について
事案は大略して次のとおりである。北海道羽幌炭礦築別鉱業所従業員約780名で組織する労働組合は昭和25年5月頃から協約改訂等を要求して波状ストを行っていたが、八月末平和的妥結の見とおしがついたにもかかわらず、九月初め組合役員三名の解雇処分の発表があったため、組合は首切り反対等の要求を掲げ無期限ストを決議し、ストに入ったが、一部の組合員は、スト続行に反対して組合脱退を声明し、9月23日172名が「従業員の会」を組織し25日より就労を決定、その後330名に増加した。会社側は非組合員として会社の業務に従事していた地崎組の人夫約50名を従業員に採用し、職員と「従業員の会」を加えて採炭を続行させた。これに対して労働組合は9月末から10月初めにかけて三日間、採炭阻止のピケッティングを行った。被告人を含む100余名の組合員が坑口で電車軌道上およびその付近に坐り込みまたは立ふさがり、あるいはスクラムを組み労働歌を高唱する等の方法で選炭用電車の運行を阻止し、会社出炭業務を妨害した。このほか被告人Hについては連合国司令官の指令によって発行を停止された「アカハタ」後継紙「平和の声」を頒布の目的で所持し発行したことが、占領目的阻害行為処罰令によりれ処罰を受けたこと等も争点になっている。一審旭川地裁昭27.8.15判決 刑集12-8-170頁は刑法234条、233条を適用して被告人Hを懲役一年六月、TとMを懲役一年、KとNを懲役六月、但しM、K、Nを執行猶予三年との判決を下した。控訴審札幌高裁昭27.8.15刑集12-8-1814頁は控訴棄却。上告審最高裁大法廷判決昭33.5.28刑集12-8-1694頁判時150-4頁一部破棄自判一部棄却は
は、ピケッティングの犯罪の成否についての指導判例である。
「被告人T、同H両名弁護人稲田秀吉の上告趣意第一点は、被告人等の電車運行阻害行為は憲法二八条の保障する争議行為の一態様に過ぎないのであつて、争議行為はそれ自体業務の正常な運営を阻害するものであるから、労働争議権が憲法で保障されている以上、労働争議中になされた労働者の業務の正常な運営を阻害した本件行為は、刑法の威力業務妨害罪とはならないと主張し、被告人Bの上告趣意は、本件ピケツトラインは憲法の保障した動労者の権利を守る正当行為であるから、これを違法であるとした原判決は憲法に違反すると主張し、被告人Hの上告趣意三は、本件ピケツトラインによる入坑拒止は団結権を守るための当然の行為であつて違法ではない、仮りに違法であるとしてもピケツトに参加した全員を共犯とせず被告人のみの行為を犯罪としたのは不当であつて法の平等に違反すると主張する。
しかし、同盟罷業は必然的に業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであつて、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行脅迫をもつてこれを妨害するがごとき行為はもちろん、不法に、使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものといわなければならない(昭和二四年(オ)一〇五号同二七年一〇月二二日大法廷判決、民集六巻九号八五七頁、昭和二三年(れ)一〇四九号同二五年一一月一五日大法廷判決、刑集四巻一一号二二五七頁各参照)。されば労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない。本件について原審が確定した事実によれば、北海道苫前郡羽幌町羽幌炭鉱鉄道株式会社築別鉱業所の従業員約七八〇名をもつて組織する労働組合は、右会社に対し労働協約の改訂、割増賞与金の要求、福利厚生施設の改善等を要求して昭和二五年五月頃から争議に入り、数次交渉を重ねるうち、右組合員中争議から脱退するものが出てこれら脱退者は従業員会を組織し、その数は漸次増加して約三三〇人に達したが、一方会社では従来から会社の業務に従事していた組夫約五〇名を従業員に採用し、これらの者と職員ならびに従業員会の者で採炭を続行していたので、罷業決行派はこれを制止しようとし互に反目して抗争を続けて来たものであるが、被告人T、同H等は、罷業の決行派の者と共に同会社の出炭業務を不能ならしめようとし‥‥三日長時間にわたり、一〇〇余名の者と共に電車軌道上およびその附近に座り込み又は立塞り或はスクラムを組み且つ労働歌を高唱する等の挙に出で、同会社電車運転手S等の運転する電車の運行を阻止し威力を用いて同会社出炭業務を妨害したというのである。
以上諸般の事情を総合すれば、本件行為は正当なものとは認められず、不法に威力を用いて会社の業務を妨害したものというのほかないのであるから、原判決が右行為に刑法二三四条、二三三条を適用処断した第一審判決を肯認したのは正当であって、原判決には所論のような違憲違法はない。なお、原判決が起訴されている被告人H等を有罪とし、起訴されていないその余のピケツト参加者全員を共同正犯として処罰しなかつたのは当然であつて、違憲違法ということはできない。被告人Hの上告趣意二には被告人の傷害行為が正当防衛であつたとの主張もあるが、かかる主張は事実誤認又は単なる法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
被告人H弁護人稲田秀吉の上告趣意第二点および同被告人の上告趣意一について。
第一審判決において、被告人Hは、日本共産党の機関紙「アカハタ」が昭和二五年六月二六日附および同年七月一八日附の連合国司令官の指令によりその発行を停止せられ、その後その後継紙および同類紙の発行をも停止せられたものてあるに拘わらず、右指令に違反し「東京都足立区桜木町平和のこえ社編集印刷発行入A」の名義をもつて東京都内にて発行している「平和のこえ」が前記「アカハタ」の後継紙であることを知りながら、昭和二六年二月上旬頃苫前郡羽幌町字曙立線の自宅において、前記「平和のこえ」第一一号九部を頒布の目的で所持し、その発行行為をなし、もつて前記指令に違反し、占領目的に有害な行為をなしたものと認定された。そして、昭和二五年政令三二五号占領目的阻害行為処罰令によって処罰を受けた。第二審判決においては、控訴は理由なきものとして棄却されたのであつた。 前記指令違反の行為を処罰する政令三二五号占領目的阻害行為処罰令の規定は、講和条約発効と共に効力を失い、したがつて刑の廃止があつたと認むべきである。それ故、この指令違反の点において第一審および原判決を破棄し、被告人を免訴するを相当とする。
よつて被告人Bに関する本件上告は‥‥これを棄却し‥‥第一審判決の確定した事実に法令を適用すると、被告人Hの‥‥各威力業務妨害の所為は刑法二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法二条、三条に、判示第二の傷害の所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法二条、三条にそれぞれ該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから‥‥同被告人を懲役一年二月に処し‥‥ なお、被告人Aに対する本件公訴事実中、占領目的阻害行為処罰令違反の点については犯罪後の法令により刑が廃止されたものと認むべきこと前示のとおりであるから、‥‥同被告人に免訴の言渡をすべきものとする。‥‥」なお田中耕太郎、斎藤悠輔の反対意見は、昭和二五年政令三二五号占領目的阻害行為処罰令違反の罪に対する刑罰は平和条約発効後といえども、廃止されたものといえないとの意見。
[ii] 進駐軍横浜陸上輸送部隊事件について
●進駐軍横浜陸上輸送部隊事件 東京高裁昭30年6月14日判決 刑集12-10-2259P、刑事裁判資料123号107P
「被告人Yは駐留軍横浜陸上輸送部隊(略称C、Y、T、S)に勤務する日本人労働者によつて組織されていた同部隊労働組合の書記長、被告A、同Mはその組合員であつたが、同組合は昭和二八年七月二八曰から七ニ時間ストライキに入つたところ、同月二九日午前六時四〇分頃横浜市中区扇町の右部隊バス通用門から非組合員或は組合員ではあつたが右ストライキに参加しなかつた同部隊勤務の日本人運転手W外六名が駐留軍軍人、軍属等を輸送する為横浜駅に赴くべく各一台のバスを運転し一列縦隊で順次出門しようとし、先頭のK運転のバスが出門し、次でこれに続いてWがバスを運転正に出門しようとするや、右被告人三名は 右バス通用門前に於てピケラインを張つていた組合員約三〇名位と共謀の上、組合員多衆の威力を示してその出門を阻止しようとして、右門前に於て、
一、被告人Yはバスを一台も出すなと呼び乍ら氏名不詳の組合員数名と共に右Wの運転するバスの前面道路上に寝転んで、その進行を停止せしめ、
ニ、被告人Aは所携の赤旗竹竿を右W運転のバス運転台窓からバスのハンドルめがけて突き込み、
三、被告人Mは氏名不詳の組合員数名と共に右W運転のバス内に乗り込み車外の組合員等と呼応してWを運転台窓から多衆の威力を示し且つ数名共同してバスの外に押し出して道路上に転落せしめる暴行を加えてWをしてバスの運転を不能ならしめると同時に、Wに続いて夫々バスを運転して出門しようとしていたA、H、H、O、H、の出門をも不能ならしめ以て多衆の威力を示して右W外五名の運転業務を妨害したものである。」との事実を認定し、一審判決を破棄し、被告人3人に刑法234条(威力業務妨害)、被告人Mの暴行は暴力行為処罰法第一条第二項を適用し被告人3人とも懲役三月執行猶予2年との判決を下した。
弁護人の本件ピケッティングが争議権の正当な行使とする論旨に対し次のように判示した
「憲法第二八条は労働者の団体行動権を保障しており、所謂ストライキは右規定によって労働者に保障された重要な争議手段であること、労働組合がストライキを実施する場合、それは単に自己組合員のみの労働力提供義務の拒否というだけでなく、ストライキ破労務者の就労をも防止する行動をとりうることも亦許されるべきものであることは所論のとおりである。しかし憲法第二八条の規定をもって、所論のように労働者が労働力の独占を計る為に必要な一切の行動方法をとうることを認容したものであって、その為には個人の自由権に抵触する行動をとることも認めるものであるとは未だ解することはできないのである。蓋し、憲法第二八条は勤労者の団結権、団体交渉権、団体行動権は保障するものであるが、所論のように所謂勤労者の労働力の独占ということを認容した規定ではないからである。又職業安定法第二〇条は公の機関である職業安定所は労働争議に際し中立であるべき旨の規定であり、労働組合法第七条は使用者は労働者の正当な組合活動を妨げてはならないことを規定したものであって、これをもって所論のように勤労者の労働力の独占を認めた結果の規定とは解されない。
ところで所論は本件Wが自動車を運転したことをもって、ストライキ破で被告人等のストライキ権を侵害した不法行為であるということを前提として立論するものであるが、思うに不法不正なストライキ破とはストライキの効果をことさら減殺せしめる目的で組合の統制を乱し、使用者の利益を計る行為をいうものと解せられ、たとえストライキ中でも組合員、非組合員の別なく、元来その職場の被傭者で、自己の自由意思によってストライキに参加しない者が使用者の命令に従ってその本来的な業務に従事するが如きはストライキ破とは何等認めることはできないのである。
本件記録によれば、当時Wは被告人等が組合員であったのに反し、非組合員であって、被告人等が参加したストライキに独自の自由意思によって参加せず、部隊の命令によって本来の自己の業務に従事していたものであることが明白であるのみならず、本件記録によってはWのみならず、その他の運転手等が被告人等のストライキをことさら妨害する意思をもって自動車の運転を為したものとは認められないのであるから、W等の自動車運転をもって被告人等のストライキ権の侵害行為であったとは到底認めることはできないのである。従って該運転行為に対して正当防衛の成立する余地は存しない。
(略)
‥‥Wの右バス運転が所論のように本件労働組合の争議に対する対抗手段として被告人等のピケットライン(以下ピケライン)を打破してストライキを無効ならしめ組合活動を無力化しようとする強行突破運転であり、実力行使であると認めるには足らないのである。尤も被告人等は原審公判廷において右に照応する供述を為すのであるが、これは被告人等の主観的な推論であって信用するに足りないのである、むしろ本件記録によれば右部隊では被告人等を含む組合員等がストライキを実施し平常のバス運転業務を中止したので、ストライキに参加 しなかつた運転者をして平常通りバスの運転をさせようとしたにすぎないものであることを認めることができるのである。
更にWが所論のように被告人Aに業務を妨害される以前に自ら運転業務を放棄して いたものと認めるに足る証拠は存在しない。(略)
先づ被告人Yの所為がはたして原判決が認めるようにピケラインに対する現在の危難を 避くる為に止むことを得ざるに出た行為であるか否かにつき按ずるに、労働争議のストライキに おけるピケッティングは元来組合員のストライキからの脱落と所謂争議破の出現を警戒防止することを主たる目的とし、引いては争議の存在を広く社会に知らせ、国民一般のこれに対する理解と協力を得ようとするに在るものと解せられる。よって組合員であり乍らみだりに争議から脱 して就業するような者が出ないように監視し、若しこのような者が出た場合には更に説得し、出来るだけ作業所に入ることを防止し、組合員に対しては、出来るだけ争議に協力し、ストライキ中はその職場に就労しないように呼びかけること等を目的とするものであり、更に使用者が臨時に労務者を雇入れて就篥させようとする場合はその労務者に対し同じくストライキに協力して 就業しないように脱得し、就業を阻止することも亦その目的の一つとするところと思料される。
従つて、ストライキ参加者が平穏な手段方法で非参加者に対し協力並びに参加を呼びかけ説得、勧誘をすることは勿論許されてしかるべきことであり、若しピケラインのストライキ参加者が非参加者に対し右のような説得呼びかけをしている際ことさらこれを妨害するならば、これは所謂ピケット権の侵害となるものと解せられるのである。
しかし乍ら他方ストライキ非参加者は参加者の右説得を聴かなければならない義務のないことは言うまでもないところであり、説得に拘ることなく自由に行動しうるものであるから、ストライキ参加者と雖も平穏な説得行為に非ずして実力を行使して非参加者の就業を妨害圧迫してよい. 権限は勿論有しとないのである。
原審並びに当審が取り調べた証拠に現われた事実を綜合すれば、被告人等は駐留軍横浜陸上輸送部隊の日本人労務者によつて組織されていた同部隊労働組合員であつて、同組合が実施した昭和二八年七月二八日からの七ニ時間ストライキに参加したものであるが、右ストライキ参加者はこれに参加しなかつた非組合員の就業を阻止すべく、ストライキに入ると同時に職場である右部隊の各出入口には所謂ピケラインを張ったのであるが、同月ニ九日午前六時四分頃 駐留軍軍人軍属を横浜駅から横浜市内所定場所に輸送する為、本件W等計七名の非組合員曰本人運転手が夫々バスを運転して同部隊バス通用門から順次一台毎に出門しようとするのを知り、被告人Yはその場にピケラインを張っていた組合員等約三〇名(この内には被告人A、同Mも加っている。)と共どもその出門を阻止すべく右通用門前に馳せっけたところ、先づKが巧みにピケラインの人員稀薄の箇所をぬってバスを運転出門してしまったので、これに続いていたW運転のバスがまさに出門した瞬間、被告人Yは「バスを一台 も出すな」と叫び乍ら矢庭にその進行前面路上に氏名不詳の他の組合員数名と共に寝ころんだのでWはその運転するバスを停止せしめざるを得なかったものである事実及び被告人等は元来一定職場の労働組合がその職場においてストライキを行えば組合員はもとより非組合員でも労務者はその職場の業務に従事することは許されず、若し従事しようとするものがあればたとえ実力を行使してでもこれを阻止しうるものと信じていた(法令の誤解と認められる。)ものである事実を認めうるのである。
而して原判決は被告人Yの検事に対する供述調書中最初のバス(K運転のバス)は ピケラインの組合員をはねとばすような勢で出て行った旨の部分を信用しているけれども、Kの原審公判供述及び当審における証人としての供述によればピケラインの人のいないところをねらつてバスを運転して門を出たのであり、門を出るときはバスの速度を格別早くはしなかつた旨の部分に徴すれば、右山ロ被告人の供述部分は信用のできないものであり、その他原審が取り 調べた証拠に現われた事実のうち前記認定事実に反するものは信用のできないものである。
なお、Kのみならず、Wには被告人等の行うストライキを妨害する意思はなかつたものであり、使用者であつた駐留軍の命令に従いバスを運転したものであるにすぎず、且つことさらピケラインを強硬に突破しようとしたものでないことは己に弁護人の各論旨に対する判断の部分において説示したとおりである。
以上の事実から考察すると、被告人Yは何等権限がないのにストライキに参加しなかつた日本人運転手が正当に運転するバスの出門を多数の組合員の威力を示し実力によつて阻止したものと認めざるを得ないのである。しからば原判決がW等の運転手は被告人等をして平和的 説得をする余ゆうも与えず、ピケラインを強引に突破しようとしたものと認め、被告人Yの所為を目してピケラインの組合員が右運転手等に対する説得の余地を作る為にのみする止むを 得ない妨害行為で、ピケラインに対する現在の危難を避ける為止むことを得ざるに出た行為であるとして刑法第三七条第一項本文により業務妨害罪を構成しないと認めたのは正に法令の解釈を 誤り事実を誤認したものというべく、この誤は元より判決に影響を及ぼすものであるから、論旨は理由がある。‥‥」
●進駐軍横浜陸上輸送部隊事件 最高裁二小法昭33.6.20判決刑集12-10-2250頁 判時156-33頁
上告棄却
「憲法二八条は勤労者の団結権、団体交渉権その他の団体行動権を保障しているが、この保障も勤労者の争議権の無制限な行使を許容し、それが国民の平等権、自由権等の基本的人権に優立することを是認するものではなく、従つて勤労者が労働争議において不法に使用者側の自由意思を抑圧するような行為をすることは許されないこと及び同盟罷業は必然的に業務の正常な運営を阻害するものであるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであつて、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として目らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行脅迫をもつてこれを妨害するがごとき行為は、右同盟罷業の本質とその手段方法を逸脱したものであつて、正当な争議行為と解することのできないことは、すでに当裁判所の判例が示しているところである(昭和二三年(れ)一〇四九号同二五年一一月一五日大法廷判決、刑集四巻一一号二二五七頁、昭和二四年(オ)一〇五号同二七年一〇月二二日大法廷判決、民集六巻九号八五七頁)。原判決の確定した事実によれば、被告人三名は駐留軍横浜陸上輸送部隊に勤務する日本人労務者により組織された同部隊労働組合の組合員であつたが、同組合は昭和二八年七月二八日から七二時間ストライキに入つたところ、同月二九日午前六時四〇分頃判示場所の右部隊バス通用門からストライキに参加しなかつた同部隊勤務の日本人運転手W外六名が駐留軍軍人、軍属等を輸送するため横浜駅に赴くべく各一台のバスを運転し一列縦隊で順次出門しようとするや、被告人三名は右通用門前においてピケラインを張つていた組合員約三〇名位と共謀の上、その出門を阻止しようとして右門前において、一、被告人Yはバスを一台も出すなと呼びながら組合員数名とともに右Wの運転するバス前面の道路上に寝転んで、その進行を停止せしめ、二、被告人Aは所携の赤旗竹竿を右W運転のバス運転台窓からバスのハンドルめがけて突き込み、三、被告人Mは組合員数名とともに右W運転のバス内に乗り込み、車外の組合員等と呼応して同人を運転台窓から多衆の威力を示し且つ数名共同してバスの外に押し出して転落せしめる暴行を加えて、Wをしてバスの運転を不能ならしめると同時に、同人に続いてバスを運転して出門しようとしたA外四名の出門をも不能ならしめ多衆の威力を示して右W外五名の運転業務を妨害したというのであつて、かかる被告人らの所為が、争議権の行使として許された範囲内の行動ということができないことは前記判例の趣旨に徴し明らかであるばかりでなく、不法に威力を用いて使用者側の業務を妨害したものというのほかないのであるから、原判決には所論のような違憲、違法はないと云わなければならない‥‥」
[iii] 東北電力大谷発電所事件について
●東北電力大谷発電所(電源スト)事件 新潟地裁高田支部昭28.12.10判決
要旨-臨時に雇い入れられた非組合員の用水保安業務を阻止するため、スクラムを組んで立ち塞がり押し返したピケティングにつき業務妨害罪、水利妨害罪を適用した。
昭和27年の賃金闘争で電産(日本電気産業労働組合)は送電をストップさせる電源ストを行った。また炭労(日本炭鉱労働組合)は保安要員の総引き揚げを含むストライキを行ったが、戦後復興期において国民経済に重大な損害を与えるものとして規制すべきとの世論が形成され、 政府与党は昭和28年電気事業及び石炭産業における争議行為の方法の規制に関する法律(スト規制法)を成立させた。従って今日では電源ストは違法とされている。本件は臨時に雇い入れられた非組合員の用水保安業務を阻止するため、スクラムを組んで立ち塞がり押し返したピケの適法性が争われ、一審有罪、二審無罪、最高裁破棄差戻し、差戻審有罪で決着したものである。
「被告人Sは東北電力株式会社新潟支店管下の新発田営業所に、被告人K・K、K・Nは同支店管下の中頸城郡岡山村字大谷地内大谷第一発電所に、被告人O、Gは同支店管下の同郡名香山村字殿々地内殿々発電所に、被告人N等は同支店管下の田ロ変電所に々勤務する從業員であって日本電気産業労働組合に加入し、被告人Sはこの労働組合の東北地方本部の下部構成たる新潟県支部の常任執行委員で昭和二七年九月二十四日午前八時から大谷第一発電所に於て組合中央本部の指令により十五パーセン卜の減電を目標として決行されることになっていた同盟罷業の実施を指導するため、大谷第一発電所の用水収入口の存する殿々発電所下手に支部から派遣せられたものであり、他の被告人等は新潟県支部高田本町分会に所厲していたもので当日この取水口附近に参集していたものであるが、被告人等は所期の減電を実現させるため被古人S主導のもとに正当なる争議行為の範囲を逸脱して左記の犯行をなすに至った。
第一、被告人等六名は同日午前匕時三十分頃会社が県の用水許可を得て殿々発電所の放水路から大谷第一発電所へ発電用に取水しているのを止めて大谷第一発電所の発電量を低下させるため、その流水を放水路の北側に設置してある排砂門を開扉して関川本流に放出することを共謀し排砂門の傍まで行ったところ、会社が斯る場合に備え門扉を監守して用水を流用させることを命じていた臨時人夫Kが開扉を防ぐため門扉上の把手を押えようとして随いて来たので これを 阻止することを共謀し、因って被告人K・Kを除く五名は把手を背にしてKに向って通路いっぱいに横一列に並んでスクラムを組んで立ち塞がKが潜り抜けようとすると押返し、以って威力を用いてK本の命ぜられた用水保守の業務を妨害するとともに、これによって会社が発電のため用水を管理する業務をも阻害した上、Kが逡巡している間に被告人K・Kは把手を廻し排砂門扉を約十糎引上げ開いて用水を関川本流に放流して以って会社の水利の妨害となるべき行為をなし、
第二、被告人S及びK・Kは前記犯行の直後会社が県の用水許可を得て殿々発電所の北方附近に於て、関川本流に堰堤を作って用水を堰き止めこれを前記放水路に導入合流させて大谷第一発電所へ送水していたのを止めることを共謀し、因って被告人K・Kはこの堰堤に設置せられてある電動式制水門の北端の門扉を附近にある操作室の電鍵を操作して約十五糎拓いて用水を本流に放流し、以って会社の水利の妨害となるべき行為をなしたものである。‥‥」との事実を認定し、「被告人弁護人等は本件は適法なる罷業-行為の範囲に属し違法性なく、然らずとするも組合本部の指令によるものであろから責任がない旨弁疏するが、およそ同盟罷業の手段方法は労働力の団結提供拒否に止まるべきであり、使用者自身の業務遂行を妨げたり使用者管理の施設をその意に反して処置するが如きは許されないところであるし、また組合の指令によるとするも別段の立法なき現在組合員個々の行為責任が阻却せらるものとは謂い得ないからその主張を採用しない。」として業務妨害罪、水利妨害罪の成立を認め、被告人Sに罰金五千円、被告人K・K、K・N、O、N、Gをそれぞれ罰金千円に処し、完納できないときは金二百円を一日に換算した機関労役場に留置するとの判決を下した。
●東北電力大谷第一発電所(電源スト)事件 東京高裁昭31.7.19判決 判時87号27P
要旨-会社側から臨時に雇い入れられた人夫が容易に説得に応ぜず、強引にピケラインを突破しようとする場合には、スクラムによるによるピケッティングをとることはやむを得ないところとして許容されなければならないとして、本件が正当な争議行為の範囲を逸脱していないとして、原判決破棄、無罪との判決を下す。
判決は「‥‥本来、争議行為において使用者の業務の正常な運営を阻害なる結果を伴うことに、その性質上巳むを得ないところであるから(労働関係調整法第七条)、電産がその争議方法として上記のような電源ストを決定し、その実施によつて会社の正常な業務の運営が阻害せられ水利の妨害を受けることがあつても、このことのみを以て不当な争議方法であるとはいえない。ただ、この争議方法によるときは、電源職場従業員が会社側より発電施設の操作を停止することなく、現状のまま引き継ぐよう要求されても、これに従うことなく敢て発電施設の運行を停止せしめ、一時会社の施設の管理を行う状態を伴う点において、不法性を帯びるやの疑を生ずるけれども、電産がかかる電源ストの方法を採用なるに至つた理由を考按するに‥‥電気事業は最も重要な基礎産業としての公益事業であるから、全国ないし一地方の電気産業従業員が一斉に労務不提供入れば、社会的経済的に頗る深刻な影響をもたらすことが予想されるので、当時電産としてはかかる大規模なストの実施を良識的に避けて、電気の供給に実質的な障害を生ぜしめないよう減電量を定め被告の少ない一定時間、一部発電所に限つて行う電源ストの方法を採つたものであること、かように電源ストは一部発電所を対象として限られた時間だけ行う争議方法であるから、単に職場を放棄するのみでは会社側非組合員の手により操業を継続させることが容易であり、従来の電産争議の経験に徴しても、会社側は当然そのような対抗策に出ることが予想せられ、かくては短時間小部分の電源職場を単純に離脱するのみでは、その実効を挙げ得ないため一時発電機の運転を停止して減電量十五パーセント程度(保安電力及び一般需要家に支障を生ぜしめないよう考慮し電源ストとしては最低線と認められる限度)を実現確保する必要があるとして会社の上記要求に従うことなく、敢て発電施設の操作を停止なる方法を採るに至つたものであることが認められるのである。して見れば、叙上の限度において会社側の前記要求に応ぜず、発電停止の準備操作の間一時、会社の当該施設を会社側の意思に反して管理する状態に立ち至ることも、電源職場の特質上洵に已むを得ないところといわなければならない。然らば電産の採用した本件電源ストの方法は、正当な争議手段と認めることができるのである。
(三) 次に前項(二)掲記の諸証拠によると、電産中央本部は電源スト実施にあたり会社側が対抗策として臨時人夫その他の代替要員を現場に派遣し、右発電停止の準備操作を防ぎ会社の操作を継続せしめようとした場合には、右ストの実効を期するため発電停止のための操作を実施する間ピケットラインを以て非組合員の現場(当該所要部分の施設)への立入を阻止すると共に飜意するよう説得し、電産組織の威力を示して争議組合員に協力させるよう努力し、更に説得困難のときはスクラムを組んでも阻止し、指定の減電量を実現すべく、ただ飽くまでも暴力には訴えず、これを阻止することができないで職場放棄定刻迄に操作が完了しないときはそのまま退去する旨の方針を昭和二十七年七月中に決定し、右方針はその当時各地方本部に指示された‥‥‥
右によつて見るときは、本件電源ストにおけるピケッテイングも一般のそれと同じく「平和的説得ないし団結力の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りスクラムによつて会社側臨時人夫等非組合員の現場立入を阻止なることを認めでいるのであるが、本件電源ストの性質が上記のようなものである以上、その目的を貫徹するため、発電機の運転を停止する準備操作をするに際し、会社側から臨時に雇われた人夫が容易に説得に応ぜず、強引にピケラインを突破しようとする場合には、右準備操作を妨害されないための手段としてその操作実施の時間に限りスクラムによるピケッティングの方法をとることは已むを得ないところとして許容されなければならない。従つて本件電源ストの実施にあたり電産が右のようなピケッティングを指令し、被告人等が該指令に従つて時間、場所及び方法において右実施に必要な最少限度の行動をしたとしても、これを目して正当な争議行為の範囲を超えたものということはできない。(略) 本件の事実関係を次の如く判定なるのが相当であると認める」。
(中略)
「被告人Kが前掲「電源職場労務提供拒否スト実施要領」に従い、大谷第一発電所操作規程に定められた全停断水の準備操作として、同発電所取水口の水路排水門(略)を手動式ハンドルによつて開扉しようとするや、Kがこれを阻止しようとして接近して来た。被告人SがKに「帰つて呉れ」と言つたが殆んど耳もかさなかつたので、被告人Kを除く被告人等五名が、水路排水門の門扉上の前記ハンドルを背にして、Kに向つて左側から被告人S、同K、同N、同G、同Oの順で右ハンドルに至る進路いつぱいに横に並んでスクラムを組み、Kの進入を阻止する態勢(原判示の「立塞り」)を執つた。そして被告人Sから更にKに「止めて帰つて呉れ」と言つたが聴き容れず、飽くまでスクラムを突破しようとしてスクラムを組む被告人等の股間や腕の間際を狙つて潜り抜けようとしたが割り込めないと見るや、附近から長さ六尺余、幅四寸位、厚さ一寸余の角材を携えて来て、これを水路排水門の三角点に架け渡して橋代用とし、これを渡つて右排水門のハンドルに近付こうとしたが、スクラム左端(被告人S)にこれを阻止された。するとKはその反対側に駈け寄りスクラムの間隙を狙つて潜り抜けようとし、これを被告人等が阻止なると、また他の間隙を狙うという風に、同じ動作を幾度か繰り返すうち、スクラム右端の被告人Oがその右側間際を通り抜けようとするKの着衣(作業衣)の袖を一回だけ片手で掴み、またF2が自ら同被告人の足に当り、その脇に捨ててあつた木葉溜りに滑つて転ぶ等のことがあつたが、間もなくKは橋代用の角材を渡つて前記排水門扉のハンドルに取り付き、既に被告人Kの右操作により約十糎ほど開いていた同門扉を閉めようとしたので、被告人Sはこれを阻止するため右ハンドルに上半身で乗り掛ると共に、被告人Kに対して本流排砂門(略)を開扉するよう指示したが、その直後、来合せた前記Mより「やめろ」と言われたので、同排水門の開扉操作半ばにして右排水門を退去し、一方被告人Sより右指示を受けた被告人Kは原判示第二の如く前記排砂門の北端の門扉を附近にある操作小屋の電鍵を操作して約十五糎ほど開き、大谷第一発電所の発電に使用するために堰き止められている関川の流水の一部を、間もなく同所に駈け付けた右Kによつて閉鎖されるまでの数分間、関川本流に放流したものである。右に摘録した事実関係に徴すると、被告人Kが前示分会闘争指令に基く被告人Sの指示により大谷第一発電所取水口の水路排水門の開閉に着手したところ、これを目撃した会社側の臨時人夫Kが右開閉を阻止すべく同排水門に向かって近付いてきたので、同被告人以外の被告人等五名がスクラムを組んで立ち塞り、Kの進入を阻止したまでの限度においては、正当なる争議行為の範囲に属すると認むべきこと‥‥説述したところによって明白である。
ただ茲に問題となるのは、その際被告人OがKの着衣の袖を片手で一回だけ掴んだことが労働組合法第一条第二項但書にいわゆる「暴力の行使」と目せらるべきやの点であるが、前記認定のように相手方が正当なものと認められる程度のスクラムを強引に突破しようとなる瞬間において、相手方の着衣の袖をただ一回だけ掴む程度のことは、右スクラムの状況及び一般社会通念に照らし不法性がないものと解するのが相当である。然らば被告人Оに右程度の所作があつたからといつて、直ちにこれを暴力の行使と断ずることは当を得ない。従つて被告人等の右行為が正当なる争議行為の範囲を逸脱するものとして、被告人等に右会社及び右Kに対する各業務妨害の罪責を負わしめることはできない。次に被告人Kの前記水路排水門及び本流排砂門の一部開扉によつて大谷第一発電所の用水が関川本流へ若干放流され、その結果幾分なりとも会社の水利を妨害すべき状態を発生せしめたとしても、‥‥右各水門の開扉は、被告人Kが前記の分会闘争指令に基き同発電所の全停断水のため、成規の方法による準備操作として行つた正当なる争議行為と認められる以上、労働組合法弟一条第二項本文、刑法第三十五条により罪とならないものといわなければならない。要するに、本件公訴に係る業務妨害の事実はその訴因たる暴力の行使が認められないので、結局、犯罪の証明なきに帰し、また水利妨害の事実は法律上罪とならないに拘らず、原審が何れもこれを有罪と認定したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤を冒したものであるから、論旨は理由がある。‥‥」
●東北電力大谷第一発電所事件 最一小昭和33.12.25 刑集12-16-3555P 判時86-96P、判タ174-9P
要旨―本件行為は使用者側の業務遂行行為に対し、暴行、脅迫をもってこれを妨害した場合に当たる疑いがあるものといわなければならず、本件ピケッティングは、説得前すでに非組合員への現場の立入を阻止する目的をもってなされたものであることは明白であるとして被告人を無罪とした原判決を破棄差戻し。
東京高等検察庁検事庁花井忠の上告趣意について
「‥‥同盟罷業の本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段、方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであつて、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行、脅迫をもつてこれを妨害するがごとき行為はもちろん、不法に使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものである」ことは、当裁判所大法廷のしばしば判示したところである(昭和二四年(オ)一〇五号同二七年一〇月二二日大法廷判決、民事判例集六巻九号八五七頁以下、昭和二三年(れ)一〇四九号同二五年一一月一五日大法廷判決、刑事判例集四巻一一号二二五七頁以下、昭和二七年(あ)四七九八号昭和三三年五月二八日大法廷判決参照)。しかるに、本件公訴事実第二の(一)の被告人S、同K、同K、同N、同G、同О等の本件大谷第一発電所放水路排砂門(原判決にいわゆる水路排水門)を開放して用水を関川に放流した積極的な行為、並びに、同(二)の被告人S、同Kの同所関川本流制水門(原判決にいわゆる本流排砂門)を開放し用水を関川に放流した積極的な行為が、何故に原判示にいわゆる電源職場における従業員の発電施設の運行停止行為又は発電停止の準備操作行為その他被告人等の労働契約上負担する労務供給義務の不履行行為に当るかについては、原判決は何等首肯するに足りる説示を示していないのである。従つて、前記本件公訴に係る積極的な行為が正当な争議行為の範囲内にあるか否か不明であるといわなければならない。果して然らば、原判決は、既にこの点で、判決に影響を及ぼすべき理由の不備ないし事実の誤認があつて、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反するものといわざるを得ない。
次に論旨第一点は、原判決は、平和的ピケツテイングの限界を逸脱する実力の行使は暴力の行使に該当しない場合においても正当な争議行為ではないとする最高裁判所の諸判例と相反する判断を為している旨主張し、同第二点において事実誤認、法令違反をも主張しているのである。しかし、所論引用の判例は、必ずしも本件に妥当しないばかりでなく、原判決は、これらの判例と相反する判断を示しているわけでもないから、判例違反の主張は採るを得ない。けれども、当裁判所は、論旨第二点(ニ)(ロ)の事実誤認の疑いある旨の主張は、その理由あるものと認める。従つて、本件行為は、使用者側の業務遂行行為に対し暴行、脅迫をもつてこれを妨害した場合に当る疑あるものといわなければならない。それ故、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実誤認又は法令違反があつて、この点でも原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。
しかのみならず、前記昭和三三年五月二八日の大法廷判決は、前示の引用した判文に引き続き「されば、労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない。」と判示している。しかるに、原判決は、判示(三)において、「次に前項(二)掲記の諸証拠によると、電産中央本部は、電源スト実施にあたり会社側が対抗策として臨時人夫その他の代替要員を現場に派遣し、右発電停止の準備操作を防ぎ会社の操業を継続せしめようとした場合には、右ストの実効を期するため発電停止のための操作を実施する間ピケツトラインを以て非組合員の現場(当該所要部分の施設)への立入を阻止すると共に翻意するよう説得し、電産組織の威力を示して争議組合員に協力させるよう努力し、更に説得困難のときは、スクラムを組んでも阻止し、指定の減電量を実現すべく、ただ飽くまでも暴力には訴えず、これを阻止することができないで職場放棄定刻迄に操作が完了しないときは、そのまま退去する旨の方針を昭和二七年七月中に決定し、右方針はその当時各地方本部に指示されたのである……ことが認められる。右によつて見るときは、本件電源ストにおけるピケツテイングも一般のそれと同じく「平和的説得ないし団結の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りスクラムによつて会社側臨時人夫等非組合員の現場立入を阻止することを認めているのであるが、本件電源ストの性質が上記のようなものである以上その目的を貫徹するため、発電機の運転を停止する準備操作をするに際し、会社側から臨時に雇われた人夫が容易に説得に応ぜず強引にピケラインを突破しようとする場合には、右準備操作を妨害されないための手段としてその操作実施の時間に限りスクラムによるピケツテイングの方法をとることは已むを得ないところとして許容されなければならない旨」判示しているのである。しかし、原判決の右前段の認定によれば、本件電源ストにおけるピケツテイングは、説得前すでに非組合員の現場への立入を阻止する目的を以てなされるものであること明白であつて、説得行為のごときはその実、名のみに過ぎないものであることを看取するに難くはないのである。にもかかわらず原判決は、前記判示後段のごとく「平和的説得ないし団結の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りスクラムによつて会社側臨時人夫等非組合員の現場立入を阻止することを認めているのであると判示しているのは、判決理由に喰い違いがあるか又は重大な事実誤認であるといわなければならない。しかも、原判決の認定した事実関係(論旨第二点(ニ)(ロ)の摘録事実参照)の下においても、前記判例にいわゆる諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱し刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない場合に該るものということができる。されば、原判決は、この点でも破棄を免れない。‥‥」
●東北電力大谷第一発電所事件差戻審 東京高裁昭35.11.28判決
要旨-臨時雇いの非組合員がスクラムを潜り抜けようとすると押し返し、その間排砂門扉を約十糎引き上げて用水を関川本流に放流した事実は平和的ピケツテイングの限界を逸脱し、会社側の業務遂行行為に対し暴行をもつてこれを妨害し用水保守の業務及び会社の発電業務を威力を用いて妨害したものであるとして原判決を支持。
控訴棄却
「‥‥先づ、原判示のように被告人等六名が排砂門(当裁判所の検証調書によれば水路排水門)を、被告人I及び同Kが制水門(当裁判所の検証調書によれば本流排砂門)を開いて用水を関川本流に放流した行為が適法な罷業行為の範囲に属するか否かにつき審究するに、「同盟罷業の本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段、方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであつて、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行、脅迫をもつてこれを妨害するが如き行為はもちろん、不法に使用者側の自田意思を抑圧し、或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものである。」(最高裁判所昭和二四年(オ)一〇五号同二七年一〇月二二日大法廷判決、昭和二三年(れ)一〇四九号同二五年一一月一五日大法廷判決、昭和二七年(あ)四七九八号同三三年五月二八日大法廷判決参照)所論のように、スト突入を契機として、従業員に対する使用者の業務命令権が消滅し、組合員が使用者の業務命令を離脱し、独立不覊の立場に立つとしても、本件の場合において、発電機の運転を停止するが如き積極的行為をなす権利が、争議権から当然派出するものとは解することができない。なるほど、会社側において発電機の職場を引き継ぐべき非組合員等代替要員の配置をしない場合には、仮令発電機に安全装置が施してあつたとしても、不測の危険を防止するため発電機の運転を停止した上その職場を離脱することは、時に正当にして必要な場合のあることは明らかであるけれども、本件においては、会社側において代替要員の配置をしており、被告人等その他の組合員においてこの事実を知悉していることは、原判決挙示の証拠及び当審におげる事実審理の結果により明らかであるから、罷業組合員においては発電機の運転を停止する如き積極的行為をせず、そのまま職場を去るべきものであるといわなければならない。従つて、被告人等が大谷第一発電所の運転操作規程の全停断水の規定に従い、水路保守のため、用水の放流をなしたとしても、発電機の運転停止の違法なる以上、その準備操作としての用水放流も亦違法な行為であることは自明の理であるのみならず、右全停断水の規定は業務の正常な運営の場合において、全発電機の運転を停止する際における準備操作を規定したものであり、また、同発電所の余水路の構造が全水の放流にも数時間耐え得ることは当審の事実審理の結果により認められるところであり、且つ、会社側において本件当日Kを同発電所の用水取入口の代替要員として配置していたのであるから、被告人等が用水の放流をなすことなくして該職場を離れたとしても何等の危険のなかつたことが明らかであるから、用水放流という積極的行為が争議の正当性の範囲を逸脱していることは明白であるといわなければならず、右行為は十五パーセントの減電という争議目標の達成に急の余り行われた違法の行為である。
次に、被告人等の施行したピケツテイングの適否につき考察するに、電気産業が公益事業であり、公共の福祉の要請上その同盟罷業が制約を受けることは所論のとおりであるけれども、立法論は別とし、使用者側においても同一の理由によりその対抗手段に制約を受けるのであるから、その争議に際し、他の産業部門におけるよりも高度のピケツテイグを合法と認めなければ憲法第二十八条の争議権の保障が公平に与えられないことになるとはいうことを得ないのである。しかして、「労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情から見て正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない。」(昭和二七年(あ)四七九八号同三三年五月二八日最高裁判所大法廷判決参照)本件争議において、スト指導のため大谷第一発電所に赴いた被告人Iは会社側において臨時人夫Kを雇い、同人に対し同発電所用水取入口の管理を委任したことを知るや、同人がその業務として組合側の用水放流を妨げることを予想し、かかる場合にはスクラムを組んで同人の用水管理の業務を阻止しようと企図し、本件ストの当日たる昭和二十七年九月二十四日早朝蔵々発電所に待期中の被告人O、同N及び同Gを応援のため呼び寄せ、本来右用水取入口の勤務である被告人Kをして排砂門のハンドルを廻して用水を放流させ、右Kにおいてこれを阻止しようとするや、被告人L、同M、同N及び同Kとともに原判示のようにスクラムを組んで立ち塞り、Kがスクラムを潜り抜けようとすると押し返し、その間に被告人Kが排砂門扉を約十糎引き上げて用水を関川本流に放流した事実が原判決挙示の証拠により認められ、かかる事情に鑑みれば、被告人等の右行為は平和的ピケツテイングの限界を逸脱し、会社側の業務遂行行為に対し暴行をもつてこれを妨害したものといわなければならず、まさに右K用水保守の業務及び会社の発電業務を威力を用いて妨害したものである。なお、被告人等の右行為が組合の上部機関の指令によるものであつても、右の事情は被告人等の責任を阻却する事由となるものでない。‥‥」
[iv]嘉穂礦業事件について
●嘉穂礦業事件 福岡地裁判昭28.11.19 労働経済判例速報128号19P
要旨-労組が争議続行派と中止派に分裂し、就労派組合員及び非組合員の就労を阻止するためスクラムを組んで防御するピケッティングを適法として無罪。
「被告人は日本炭礦労働組合福岡地方本部の(以下単に福炭労と称する厚生部長であったちころ、その傘下嘉穂礦業働組合(以下単に嘉穂労組と称する)は、日本炭礦労働組合(以下単に炭労と称する)の指令により三井鉱山株式会社外所謂大手筋十五炭鉱会社の労働組合と共に、昭和二十七年十月十七日一番方より無期ストに突入し争議中であつたが、同年十一月二十日嘉穂労組闘争委員会の決定に基づき同労組事務局長S外四名の執行委員会は会社側と団体交渉をなし、争議を中止する旨協定し、即時争議を中止する旨を発表した。
炭労中央闘争委員会はこの事態を重視し、同月二十二日嘉穂労組の脱落を防止するためピケを張ることを指令し、福炭労は右指令により傘下各支部組合員を動員して、福岡県嘉穂郡上穂波村嘉穂礦業株式会社礦業所要所にピケを張るに至った。
被告人は、福炭労の執行委員として右ピケの現地指導に当たっていたが、同月二十三日午前九時頃会社の就業命令に応じ就労せんとした同会社勤労係長S外約八十名の職員及び礦員若干名が同会上穂波礦業事業所前稼橋上のピケを強硬に突破して出勤とせんとするや、これを阻止せんがために嘉穂労組々合員I外百数十名と共に同橋上に集合し、右ピケ隊を指揮し、且つこれに加わってスクラムを組み、そのスクラムを押し破らんとして殺到する右N等を十回位に亘り体当りを以って十米乃至二十米くらい後方まで強引に押し返し混乱に陥りたる際、右職員の一人Kを道路片側の高さ約一間の崖下に突き落し、以て多数の威力を用い且つ多衆共同して暴行をなし、人の業務を妨害したというのである。
被告人が本件の発生した昭和二十七年十一月当時福炭労の厚生部長であったこと。福炭労傘下の嘉穂労組が炭労の指令により、三井鉱山株式会社外所謂大手筋十五炭礦会社の労組と共に同年十月十七日一番より無期限ストに突入し争議中であったこと、並びに同年十月二十日嘉穂労組事務局長S外五名の戦術委員が同労組闘争委員会の決定に基づき会社側と団体交渉をなし、賃金交渉をなすと共に争議を中止する旨を約し即時争議中止を発表した‥‥。
そこで先ず各S局長等が会社側をなした協力の効力について検討する。
‥‥嘉穂労組は同年八月開催された大会決定により、同年十月以降の賃金に関する会社との交渉権及び結権及び争議権の一切を炭労に対し委譲したことが認められる。
従って嘉穂労組は炭労の組織を離脱しない限り単独で会社側と交渉し、妥結し又は争議することはできないと解せられる。‥‥
そして前記協定に際し、労組側が炭労脱退の意志を表明したことは‥‥認められるから、S局長等は炭労脱退によって回復した同労組の交渉権及び妥結権に基づきこれを行使して、会社側との協定を締結したものということができる。
しからば右のように嘉穂労組が炭労から脱退し、単独で会社側と賃金協定をなすことは、同労組の真実の意志とみるべきか否か。‥‥
‥‥嘉穂労組が炭労に対し争議権等を委譲し争議開始の態勢を整えたのは大会の決定によるものであるから、この決定を覆し、炭労脱退と戦術の転換(それは自らの争議の中止をも包含する)を決定するためには再度大会の義を経なければならないようにも考えられるが、必ずしも左様に窮屈に解する必要がない‥‥争議の中止というような臨機応変の処置を要する事項を、大会のごとくその開催までの準備と時間を要する機関に付議する場合は困難な場合が尠くあるまい。‥‥斯様に考察して来ると、S局長等が斗争委員会の決定に基づき会社側となした協定は有効と判定すべきがごとくであるが、ここに看過できないのは、協定の締結に対し当時果歩労組の組合員の間に烈しい反対意見が湧き起こっていたという事実である。‥‥斗争委員会の決定を関知した一部組合員は、これに対し不満を抱き同日続々組合事務所に参集して‥‥争議中止の非をならして同人の翻意を求め、且つ即時大会を開催することを要請したのである。
そして、O組合長は、多数組合員の要求と、来合わせた被告人はじめ福炭労役員並びに同傘下組合代表者の強力な働きかけに屈して、即時大会を開催する旨決定し、参集した組合員を以って大会が開催され、この大会においてはさきの斗争委員会の決定を覆えし、炭労を脱退せず引続き争議を続行する旨が満場一致で決定されたのである。
勿論この大会は‥‥組合員の全部に対し‥‥適法な通知が為されたことは、これを認めるに困難である。‥‥
斯様にこの大会の決定をそのまま有効と見ることは著しく困難ではあるけれども、しかし尠くとも相当多数の組合員が斗争委員会の決定に不満を抱き、S局長等の会社側との交渉に反対意見を表明していたことは疑問の余地がない。‥‥つまり相当多数の組合員が協定反対の意思を表明しその当否をめぐって組合内部の混乱していることを知りながら、敢えて締結された協定はそのまま、終局的に有効であると断ずることはできない。‥‥
以上を要するに、斗争委員会のなした決定は有効であっても、その決定の執行は相当多数の組合員の反対意見を知って為されたものであるから、不完全なものであり、この協定が終局的に当事者双方を拘束するのは、更に爾後における組合の確認手続きを俟たなければならないと解するのである。‥‥
‥‥結局前記協定の終局的効力は有効又は無効のいずれとも確定されないまま、本件発生当日‥‥十一月三十日を迎えた‥‥
‥‥炭労中央斗争委員会は嘉穂労組の炭労脱退及び単独協定の締結が、他の組合に与える影響を重視し又脱退が嘉穂労組全体の真意に基づかないとして、争議よりの脱落者を防止し且つ争議破り行為を阻止するため福炭労に指令して福岡県嘉穂郡上穂波村所在嘉穂鉱業株式会社鉱業所の周囲にピケットを張ることとし、福炭労は右指令により、嘉穂労組の組合員のみならず傘下各組合の組合員をも動員してその実行に移った。
前述のように協定の効力が終局的に確定せずその有効、無効をめぐって、会社側と労組側との間になお争いの存している限り、右ピケットそれ自体は別に違法であるとはいえない。‥‥‥‥
よって進んで、本件発生の当日である二十三日朝の前記稼橋附近の状況について考察しよう。
同日午前九時頃より約二時間に亘の右稼橋の南方すなわち鍛錬館側において橋上ピケット隊百数十名が、スクラムを組み、これを突破して出勤しようとする会社職員数十名が、スクラムを組み、これを突破して出勤しようとする会社職員数十名及び小数の礦員を、数回体当たりを以って押し返し、その通行を阻止した‥‥
元来ピケ隊の目的は、同盟罷業に当り、組合員の団結を確保し且つ、その勢力を使用者に対し示威すると共に、戦列を離脱して、就労しようとする組合員に対して翻意を促す機会を得ることにあると解せられる。
そして就労しようとする組合員の対しその翻意を促すためには、一応その通行を阻止して説得することが許されるけれども、該説得はもとより平和的方法によってなされることを必要とすべく、又あくまで説得に応じない組合員に対し終局的に通行を阻止することは畢竟暴力の行使であって、もはや適法の限界を逸脱するものである
いわんや組合員以外の者すなわち使用者、職員その他の第三者は勿論自由に通行せしむべきであって、これを阻止することは違法といわなければならない。
従って出勤しようとする職員及び職員の通行を阻止した稼橋上の被告人及び爾余のピケット隊員の前記行為は、ピケットの適法性の限界を超えたものとして威力による業務妨害及び暴力行為等処罰に関する法律第一条違反の各犯罪を構成するものと一応判定される。
しかしながらここに注目すべきは‥‥当時の状況である。
‥‥当時稼橋南側におけるピケット隊員等の押し合いと前後して、橋の反対側即ち前記上穂波礦事務所側においてピケット隊員と一軍の人々の押し合いがなされたこと、そして右の一群にその服装、態度その他から見て職員とは考えられない人々であったことが認められる。
現場検証の結果によれば稼橋の北方すなわち上穂波礦の構内であって同礦業所に出勤するためには当然南側から北側に向けて稼橋を通行しなければならない理である。
これらの人々がピケット隊と押し合った目的は、むしろピケットを混乱破壊せしめ、組合員の意気を阻喪せしめることにあったことが認められる。
‥‥供述によればその真偽は別とするも。前夜来翌朝を期して会社側によるいわゆるピケット破りが稼橋を中心として行われる旨の情報が飛んだため、ピケット隊員はいずれも、その来襲に備えて防御態勢を強化していた事実が認められる。
更に‥‥供述によれば、本件発生以前において出勤しようとする職員がピケットを通過するに際しては、その間多少の摩擦はあっても、終局的に通行を阻止された事例はなく、本件に至ってはじめて通行阻止の事態が生じたことが認められる。
以上に列挙した諸事実を考え合わせれば、被告人その他のピケット参加者はピケット破りによるピケットの破壊を防止する意図の下に、稼橋の南北に亘って前述のむような押し合いを反復したものと認めるを相当とする。
前にも説明したとおり、本件ピケットそれ自体を違法と目すべき根拠はない。
そしてピケットが適法なものである限り、暴力を以ってこれを破壊しようとする者に対し、スクラムを組んで防御することはこれまた適法だといわなければならない。
勿論そのためには真に出勤しようとする職員又は礦員の通行をも阻止するに至ったことは遺憾であるが、以上に認定した当時の状況から見て、出勤しようとする職員及び礦員をその然らざる者から区別し、一人宛通過せしめることは不可能であったと解される‥‥・
換言すればピケット破りの形勢が存した当時の状況からいって、被告人等が真に出勤しようとする職員及び礦員を一々区別したうえ、これを通過せしめるという行為に出ることは、これを期待できなかったといえるのである。
従って被告人等が出勤しようとした職員および礦員の通行を阻止した行為は、この点においてその責任を阻却され、罪とならないものといわなければならない。
そこで次に、被告人の一人が、職員であるKを崖下に突き落としたかどうかの点につき判断をする。‥‥O証人は‥‥被告人が「職員を皆突き落せ」と叫びながらKを押したと供述するのであるが‥‥他の証拠と対比し、直ちにこれを採用することができない。
そして被告人が他のピケット隊員と共に行った職員との押し合いは、前に説明したとおりその責任を阻却されて罪とならないのであるからも押し合いの結果双方いずれかの者が崖下に落ちたとしても、殊更に突き落としたのでないから、これ又刑事責任を追及することができない‥‥」
● 嘉穂礦業事件 福岡高裁昭30.5.11判決 刑集14-7-891Pも刑事裁判資料123号、271P
要旨―炭労から脱退し争議を中止した組合員と非組合員の就労を阻止するため、スクラムを組み、体当たりをもって押し返し、その通行を阻止したピケッテングに業務妨害及び暴力行為処罰法第一条を適用
原判決破棄自判
「‥‥先ず‥‥ピケット其のものが違法であるか否かの点を検討して見ると‥‥嘉穂労組闘争委員会の炭労脱退の決定は、同労組の意思決定と認めるを相当とする。‥‥同労組の最高意思決定機関は大会であり、闘争委員会は大会に次ぐ意思決定機関であって、該機関による決定は、正規の大会の開催までの同労組の意思決定と目するを得るからである。従って右脱退により、同労組は先に炭労に委譲したその固有権と目すべき‥‥交渉権、妥結権及び争議権の一切を炭労より一応回復したものである。‥‥同労組は回復した前記権利に基づき‥‥協定を締結することを得ると謂うべきである。‥‥同労組執行委員Sの権限については‥‥組合長及び副組合長の事故の為‥‥事務局長たるSにおいて右組合長の業務を代表したものであってもとよりその権限は正当である。‥‥しかし‥‥会社との仮協定後S等の執行部とは別個に嘉穂労組の炭労脱退‥‥仮協定を不服とするいわゆる反対派を以て組織する執行部が設立せられ、事実上同労組が二分されたこと及び右新設の執行部は会社側としては同労組の執行部としては正式にはこれを認めなかったことが明白である。‥‥昭和二十七年十二月に至り炭労組合及び会社側との間に協定が成立し、嘉穂労組の労働争議は全面的に中止されたこと、其の後に至り地方労働委員会の斡旋によりS等の執行部も其の反対派の新説臨時執行部も共に白紙にかえり、昭和二十八年二月一日嘉穂労組全部の新執行部が発足した事実が明白である。‥‥綜合すれば、S派執行部に属する組合員の争議は中止されたが、一面その反対者側の執行部に属する組合員の争議は依然継続していたと認むべきである。されば‥‥ピケット其のものは前示の如く争議行為が継続するものと認められる右反対派所属労組の鉱員の就労を阻止し又は所謂スト破りを防止する限度において違法でないと謂うことができる。従って‥‥争議行為をしていない嘉穂鉱業所の職員、S派に属する鉱員、保安要員を含む所謂第三者の通行はこれをなさしむべきである。しかもピケット本来の目的は、同盟罷業に当り組合員の団結を確保し、且つその勢力を使用者に対し示威すると共に戦列を離脱して就労せんとする組合員に対してその飜意を促す機会を得ることであり、これが為には一応其の通行を阻止して説得することは許容されるも、該説得は平和的方法によることを要し、又あくまで説得に応じない組合員に対し終局的に通行を阻止することは畢竟暴力の行使であると解すべきところ‥‥出勤せんとする職員をスクラムを組み体あたりを以て押し返し、その通行を阻止した被告人等ピケッ卜隊員の行動はピケットの適法性の限界を超え威力に因る業務妨害及び暴力行為等処罰に関する法律第一条違反の罪を構成するものである。
‥‥原判決の認定した所謂期待可能性理論について考察すると‥供述調書によれば本件事故発生の前日ピケ破りの風評が被告人等ヒケット隊員に入手されたこと及び本件事故発生当日稼橋北方において其の南方鍛錬館側の押し合いに先行してピケット隊員と一群の人との間に押し合いがあつたことが認定できるのであるが‥‥各証言によれば、本件事故発生当日稼橋南方鍛錬館側のピケット隊と職員との押し合ひは前後十二、三回約二時間に及んだところ、その間南方のみの押し合いに始終していたこと、N等はいずれも出勤の目的のみを以て当日稼橋南方に至ったものであり何等ビケ破りの目的等他意なかりしのみならず、最初Nはピケット隊に向い「俺は通るぞ」と申し向けたところ被告人は「勤労課長しっかりやらうぜ」と応答したこと、職員等は最初は只Nの後に続いて通行せんとしたに止まり、掛声は勿論発せず、又、スクラムを組んでピケット隊に対抗したものではなかったこと。ピケット隊の職員は勿論何人と雖もピケッ卜線を通過せしめない決意を有していたこと及び南方に集つてピケット隊との押し合いに参加したものは其の殆んどが職員であつたこと等がいずれも明認できるのである。右認定事実によれば、被告人等はN等が職員であることを知悉し乍ら故意に其の通行を‥‥阻止したものと認められるのであつて、其の間何等ヒケ破りを防止する為の急迫不正の侵害があつたとは思われない。されば原判決が出勤しようとする職員とその然らざるものとを区別し一人宛通過せしむることは不可能であり、これを期待できなかつたと認定したことは相当でなく、本件は期待可能性の不存在を以て責任阻却事由となすに不適当な案件と謂わざるを得ない。此の点において原判決には責任阻却事由に関し法令の解釈を誤った違法がある。」
●嘉穂礦業事件 最一小昭35.6.26判決 刑集14-7-868P
上告棄却
弁護人岸星一の上告趣意第一点は憲法二八条違反を主張するが、そのいうところは、原判決の所論炭労規約五五条の解釈の誤りを指摘するに帰し、単なる法令違反の主張に外ならないものであるから刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(原審の認定した事実関係は、被告人の行使した威力は、当時争議行為に加わつていなかつた職員等の出勤に対して行使されたというのであり、かかる行為が威力業務妨害罪を構成するものであることは当裁判所累次の判例の趣旨に徴し疑いを容れないところである。昭和二七年(あ)四七九八号、同三三年五月二八日大法廷判決〔註-羽幌炭礦事件〕、刑集一二巻八号一六九四頁。昭和三一年(あ)三〇六号、同三三年六月二〇日第二小法廷判決〔註-進駐軍横浜事件〕、集一二巻一〇号二二五〇頁参照。所論の点に関する原判示はあらずもがなの説示とみるべきであつて、仮にその判断に誤りがあつても判決に影響を及ぼすところはない)。同第二点は違憲をいうが、原審の認定に副わない事実を前提とする単なる法令違反、事実誤認の主張に帰し、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。同第三点は違憲をいうが、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、同第四点は事実誤認、単なる訴訟法違反の主張に帰し、ともに刑訴四〇五条の上告理由に当らない。(以下略)嘉穂礦業事件 福岡高裁昭30.5.11判決 刑集14-7-891Pも刑事裁判資料123号、271P
[v] 横浜第二港湾司令部駐留軍要員労組事件控訴審東京高裁判昭33・3・31の詳細
非組合員の就労阻止のためピケを全面的に否定し就労権を明確に判示した。
要旨 一 労働組合は、その所属構成員に対してのみ、労働力のコントロールを加えうるものであって、構成員以外にこれを強制しえず組合員の争議権と非組合員の就業権は対等の立場にら立ち、互いに並立する関係にある。
二、ピケットは争議権に基づく争議手段の一種であって、組合の構成員以外の非組合員に対する関係においては本来その就業を拒否する根拠がないものであり、特にスト破りの雇い入れでなく真に生活のために就労しようとする非組合員に対しては平和的説得の限度をこえてその就労を拒否することは許されない。
判決は「被告人は、横浜市所在第二港湾司令部駐留要員労働組合の組合員であって、同組合が昭和二十八年七月二十二日からストライキに突入し、非組合員の就業を阻止すべく職場の各入口にピケットラインを張るに至った際、同市中区海岸通り新港橋入口のピケットライン責任者として他の組合員らと共に右ピケットラインの維持に当たっていたところ、右ストライキに参加しない非見合員らが、職場内に入ることを組合側と交渉したけれども容れなかったところより、集団入場しようとして、同月二十六日午前六時ごろ、六十名の非組合員らが、四列縦隊を組んで、神奈川県庁前方面より、新港橋入口に進行して来たので‥‥被告人ら外十余名の組合員らは、右非組合員らの入場を阻止しようとして、そのうちOと非組合員Aがなぐりあいを始め、これがきっかけとなって、入場しようとする非組合員と、極力これを阻止しようとする組合員らとが互いに入り乱れて混乱状態に陥ったが、その際被告人は‥‥長さ約三尺の角棒を振り回して、非組合員Оの大腿部を殴打し、更に非組合員Yの腕を殴打する等の暴行を加え、よって右Yに対し全治一週間を要する右前腕部打撲傷を負わせてこれを傷害したものである」との事実を認定し
非組合員Оに対する行為について刑法208条(暴行罪)、Yに対する行為として刑法204条(傷害罪)を適用、懲役二月執行猶予一年とした。
本件一審は過剰緊急避難との情状を酌んで刑を免除したが、高裁判決では組合は非組合員を絶対に通さないためにピケを張っていたので説得のためではないこと、非組合員がピケラインに殺到した際被告人はすでに角棒をもっており、乱闘によって興奮したのではないとして緊急避難に当たらないとしたのである。判決理由は以下のとおり。
「原判決が被告人の本件暴行、傷害の所為を過剰緊急避難行為であると認定して、刑の免除を言い渡している」が「(一)組合員Оが行進してくる非組合員の隊列の前面に立ちはだかったのが非組合員を説得しようとしたものであるとの点、(二)被告人が角棒を振りまわして本件暴行を働いた時期の点」について「О証人のこの点に関する証言はたやすく信用することができない」とし、「被告人は、原判示のように非組合員らが、にわかに隊列をくずし「突っこめ」と喊声をあげてピケラインめがけて殺到してきたのをみて、初めてこれに憤激した結果、本件の暴行に出たものではなくて‥‥組合員Оが非組合員の隊列目がけて駆けつけるやほとんどこれに続く位に、原判示角棒を携えて非組合員らに接近して行き右Оと非組合員Aとのなぐりあいがきっかけとなって、混乱状態に陥った際には、自らも混乱の中にあって、右角棒を振りまわし本件の暴行に及んだものであることが認められるのであって‥‥、原判決範囲の証拠によっては、未だ右確認定を左右するに足りないのであるから、原判決には‥‥事実の誤認があるといわなければならない‥‥果たして、原判示のように過剰緊急避難行為に当該するかどうかの点について審究するに、我が国の憲法は、勤労者の団結権を保障しているので、労働者は労働組合を結成し、又は結成された労働組合に加入する権利を有することは明らかであるが、これと同時に、他にもいろいろの自由と権利を右憲法により保障されている関係上、自己の意思に基づいて労働組合を
結成しないことも、既に結成された労働組合に加入しないことも自由であると解すべきことは所論のとおりであり、又、労働組合は、その所属構成員に対してのみ、労働力のコントロールを加えうるものであって、構成員以外にまでこれを強制しえないことは、労働法上の基本理論であるから労働組合が組合員の労働力を統制してストライキを継続することが、当然の権利行使であると同時に、非組合員が右ストライキに同調しないで就業することも、また当然の権利行使であり、右の争議権と就業権とは対等の立場に立ち、互いに並行する関係にあるものと解すべきこともまた所論のとおりである‥‥本件における非組合員らは、いずれも自己の自由意思によって原判示す労働組合に加入せず、原判示ストライキにも参加しなかったものである上に、原判示のような方法によってまで就労しようとしたのは、ストライキに同調して就労しないでおれば、その間賃金による収入が中絶するばかりでなく、職場を馘首されるおそれがあったため、自己及び家族の生活上の必要から、やむなくその挙に出たものであって、故意に組合のストライキを妨害しよう
とする意図のもとで行ったものではなかったことが認められるのであるから、右非組合員らが就労しようとしたことは、正当な権利の行使というべきであり、従って、かかる権利の行使に対しては、ストライキ参加者において、これを積極的に妨害することは許されないものといわなければならない。
しかして、ピケットは、労働組合の争議行為に基づく争議手段の一種であって、組合の構成員以外の非組合員に対する関係においては、その就業を拒否する根拠がないものであり、特に、いわゆる「スト破り」の雇い入れ等のように、ストライキの効果を減殺することを目的としたものではなくて、真に生活のために就労しようとする非組合員に対しては、平和的で穏和な説得行為であるならば格別、右限度をこえてその就労を拒否することは許されないものと解すべきところ、本件においては、非組合員らが、原判示のような集団の力によって強いて就労しようとしたのは、前述のとおり、いわゆる「スト破り」の雇入れのように、組合のストライキの効果を減殺することを目的としたものではなくて、真に生活上の必要から、やむなく採った行動であったことが認められるばかりでなく‥‥供述調書に被告人らは、非組合員といえども、組合のストライキには同調すべきことが当然の原則であるとの信念の持主であることが認められる上に‥‥各供述をそう合考かくするときは本件非組合員らは、組合が原判示ストライキに突入した当初は、これに同調する態度に出たけれども、日を重ねるに従い、且つ争議解決の見とおしが困難となってきたため、生活上の必要を痛感するに至り、本件発生の前日、相謀って代表を送り、組合幹部に交渉させて入場方を懇請したけれども、組合側にこれを拒絶させたものであること、並びに組合側においても、本件発生の前日において既に非組合員らが入場しているという情報を入手して、これに備え、非組合員といえどもいっさい入場させない態勢を固めていたものであることが窺われ、右非組合員らとしては、かかる事情の下においては、もはや、集団の力によってでも入場するより外に方法はないものとして、原判示のような集団入場しようとして、原判示場所に進行していった当時においては、既に両者決裂の後であって,組合員によって「平和的説得」の行われる余地のないような状態にまで立ち至ったことが察せられるのであり、このような状況下におかれた非組合員らが、右現場において、前示OとAのなぐりあいをきっかけとして混乱状態に陥った際、その間隙に乗じて一せいに入場しようとしたからといって、いまだもって、原判示のように刑法三十七条第一項所定の現在の危難があったものということはできないものというべく、従って、被告人の本件所為は、結局、正当な権利の行使として就労しようとした非組合員らに対し、実力をもってこれを阻止しようとなした暴力行為であり、何ら違法性を阻却する理由を発見するものことができないといわなければならない。してみれば、被告人の本件所為を目して、ピケ・ラインに対する現在の危難を避けるためのやむをえざるに出でた行為であって、その程度をこえたものであると認定した原判決には、この点について事実の誤認があったというべく‥‥原判決はこの点について破棄を免れない‥‥」
[vi] 1 行政解釈
昭和29年11月6日労働省発労第41号各都道府県知事あて労働事務次官通牒
「労働関係における不法な実力の行使の防止について」
(出所-厚生労働省法令等データベースサービス)
(3) 組合員以外の労働者に対するもの
労働組合の統制力は、原則として労働組合の組合員以外には及ばないから、組合員以外の従業員に対しては、当該争議行為についての理解と協力を要請し得るに止まり、その正当な就労を妨げることはできない。なお、労働協約等において代替要員雇入禁止の条項が規定されていない限り使用者が争議中必要な業務維持のための代替要員を雇い入れ、その業務を続けることは、労働組合の争議行為に対する使用者の対抗手段であつて、そのことが妥当かどうかについては状況によつて異るが、それ自体は違法とはいえない。ピケツトにおいてその就業を阻止すべく説得することは固より自由であるが、労働組合は、暴行、脅迫その他の不法な実力等を以てこれを阻止し、その就業を妨げる正当な権限を有するものではない。
(4) 争議中に組合を脱退した従業員に対するもの
争議中に労働組合を脱退して第二組合を結成するようなことは、好ましいことではないが、我が国の現状では、かかる事象は往々にして生ずる。このような第二組合員の就労は、当該争議の帰趨に決定的影響を及ぼす場合が多く、ピケツトにおいてこれに対し説得に極力努めることは当然である。また、第二組合としても、当初より一切の説得に耳をかさず、一挙にピケラインを突破する如き態度は、労働者としてとるべきでない。然し乍ら、この場合でもやはり、暴行、脅迫その他不法な実力等によるピケツトは許されない。既に組合の団結に破綻を来した以上、暴力等によってその破綻を補うことは、許されないし、また、真の団結の途ではない。
(5) 組合員に対するもの
労働組合の組合員は、組合の統制に服すべき義務と責任を有するものであるから、ストライキ中組合の統制に違反して就労しようとする組合員に対しては、組合の統制を紊した場合は除名その他の組合規約上の懲罰に付されることがあるべき旨を告げて、その反省を求め、統制に服すべきことを要求し、情理をつくして説得に務める等の行為は当然正当であつて、組合員であり乍ら説得に全然耳をかさずに実力でピケツトを突破する如きことはなすべきではない。然し組合としても説得に名をかりて不当に自由を拘束して多衆の威嚇によつて所謂吊し上げ等を行い、又はあくまで説得に服さない者に対して暴行、脅迫その他不法な実力的手段によつて、なおこれを阻止する等のことは、平和的説得の範囲を逸脱し、正当な行為とは解しがたい。
*コメント
昭和29年労働次官通達は、マスピケッテイングや当該事業所以外の外来者がピケ隊に加わること、違法目的のピケットを否定しておらず現代の先進国の水準に達していない点、批判的に検討すべきであるが、少なくとも非組合員や代替要員の就業権を明らかにしてはいる。
2 横浜第二港湾司令部駐留軍要員労組事件以外で非組合員の就労権に言及した下級審判例
(1.)仁丹体温計山形工場事件 山形地裁昭22・10・23判決『刑事裁判資料』№10 (神山欣治「「ピケッティングの正当性の限界」『警察学論集』17 1950.10」
(要旨-非組合に対する業務妨害、非組合員の就業権と組合員の争議権が対等とするものである。
罷業中労組委員長である被告人等が共謀して「組合員全員及び他の労組からの応援隊員をも合せて約百余名を同工場に参集せしめ、これ等が人垣を作って工場の出入門その他の要所を囲み非組合員等が作業に就業の為出勤して来て工場内に這入ろうとしても或は直接人垣の力で之を妨げ或はその多数の人垣の威圧を以て非組合員等が門に接近することも許さず、その状態を(中略)に至る迄持続して非組合員等が作業に就く事を不能ならしめ、以って威力を用いて非組合員の業務を妨害したものである」との事実を認定し、これに刑法234条を適用した。弁護人の本件行為を争議破りに対する抗争手段としての争議権の行使という主張に対しては「従業員は争議の当初から被告人S、Sを含む約三十三名の組合員と諸種の事情から組合への加入を潔しとしない約二十三名の非組合員との二派に分れ、後者は獨自の立場から操業を繼續していたのであり、其の間に所謂爭議破りと見るべきものの生ずる餘地はない、かような情況において非組合員に對する説得が效を奏しないからといって本件のように外部から多数の應援の求め組合員と合して百名を越える多数の威壓を以て非組合員の就業を阻止するが如き手段に出るのは社會通年上到底勞働組合の業務とは認められない。即ち判示業務妨害は爭議行為の適當な限界を逸脱したもので爭議権の濫用に外ならない‥」と判示した。
(2.)朝日新聞小倉支店事件 福岡地裁昭23.11.9判決 民集6-9-909P(神山欣治「「ピケッティングの正当性の限界」『警察学論集』17 1950.10」)
本件は、労働関係調整法40条に違反してなされた解雇の民事上の効力が争われた事件であり、債権者の申立を認容した。ただし控訴審は原判決を破棄して解雇を有効とし、上告審でも棄却されているが、この判決はスト中非組合員を以て職場に代置することは使用者の対抗手段として正当な行為であり実力を用いてこの対抗行為を阻止することは正当な争議行為の範囲を逸脱したものであると判示している。
組合側はスト中に会社が非組合員職員をして業務を遂行すべくスト職場に差向け「非組合員が大組台の作業をしようとして、その傍に近寄ってきたので組合員数十名を以てスクラムを組み、右職員を大組台と共にニ重に取囲み、スクラムを組んだ儘円周運動を為し、スクラム中に居た者を作業台に近づくことが出来ないように遮断したり、その中に取囲まれていたN写真部長を大組台から引離しスクラム外に引張り出そうとした為、同人をして大組台に衝当たり、その手指に(中略)負傷を為さしめたりしついに作業の遂行を為しえなくした」事実を認定し
「会社側が組合員のストに這入ったに困り空虚となった職場を補い業務を続けるため非組合員である他の職員をその職場に就かせると云うことは組合の争議行為に対する対抗手段として正当なものであり、組合に於いて之を拒否し前に認定した様に数十人がスクラムを組んで大組台に衡当たらせて手指に負傷させたりして会社のり業務遂行を妨害したと云うことは争議行為の限界を越えた不法行為であると云わなければならない」と述べている。
(3)旭化成延岡工場事件 宮崎地裁延岡支部昭24.7.20判決 刑事裁判資料48号293P(神山欣治「「ピケッティングの正当性の限界」『警察学論集』17 1950.10」)
要旨-マスピケッティングを違法とし、第一組合の争議権と、争議を行わない第二組合の就労権を対等であるとしてピケットは平和的温和な説得の範囲を超え或種の威嚇があるものは違法である。
罪となるべき事実として
「第一、(一)十月三日及び四日(中略)ベンベルグ工場の勤務交代時を図り定刻前に四百二三十名乃至八百五十名の第一組合員を同工場正門その他の門前に参集せしめ各自白布鉢巻をなし幾重にも「スクラム」を組み門前を人垣で埋め赤旗を振り労働歌を歌い喊声を揚げて多衆の威力を用い同工場に就業のために入場せんとした第二組合員K外八百四名の入場を阻止し同人等に対し或ものは(中略)時間就業を遅延せしめ或ものは全然就業を不能ならしめ以て同人等の業務並びに同人等の人造繊維を生産する旭会社の業務を妨害し((二)、(三)略)第二(中略)同月十一日(中略)レーヨン工場正門前で第一組合員三百五十名位とともに互いにスクラムを組み労働歌を合唱し「ワッショ」「ワッショ」と掛声を挙げ気勢を示し多数の威力を藉りその頃就業のため第二組合員百五十名位とともに同正門から入場せんとした同工場調査係社員Oに対し同人の左上腿部を膝頭で強く三回蹴り上げ更に(中略)等の暴行を加え因って(中略)傷害を与えたものである」との事実を認定し第一は刑法234条(威力業務妨害罪)を適用し、第二は暴力行為等処罰法第一条第二項及び刑法204条(傷害罪)‥‥を適用した。
弁護人の本件ピケッティングは労組法一条二項により業務妨害罪を構成しないという主弁解については次のように判示した。
また「ピケッティング」は通常争議手段として行われるものであるが、「その所属組合員に対してなされる場合」と同じ職場の非組合員又は他の組合員に対しなされる場合とによって正当性を判断に自ら若干の差異を生ずるとする。
「何なる時代如何なる社会にも各個人として意見を異にする者の存在することは免れない」又その人の立場、情勢如何で一度発表した意見もこれに再考を加え正しいと信ずる方向へ変改することは個人の自由として憲法の保障するところであり、この意味で自己と意見を異にする既存組合も脱退し自己の欲する組合を結成することは例えば争議破りのように既存組合員の勤労権又は団結権の侵害のみを目的とする権利濫用の場合は外、勤労者の自由であり、組合規約その他何者もこれも抑圧妨害することは許されない。ひるがえって本件について見るに「本件争議宣言後延労組合員中その争議方針に不満を抱くものや自己の生存権を擁護せんとするものが該組合から脱退し最初レーヨン工場で旭レーヨン従業員組合を結成し漸次他工場に波及し脱退者続出しついにこれら脱退者によって所謂第二組合を結成し会社の提案した賃金額等を呑むこととし会社に対し争議を終熄せしめ労務を提供する意見を明確にし」たものであった、もとより右の脱退及び新組合結成は所属するに所属する労働者を以て組織する二つの組合が存在することとなり‥‥争議は会社と第一組合との間に以前存在しているが会社と第二組合の間にはもはや存在しない」しかも「両者の争議権と就業権は全く対等の立場に立つものとしてその間何ら逕庭あるのではない」
「争議手段として『ピケッティング』を用いる場合同一職場の他の組合労働者に対し就業の中止を求めるにあるときはその方法が平和的な説得による条理を尽くした者であれば適法であるがその範囲を超え多数の者が集って『ピケッティング』するときは通常威嚇的効果を伴うので社会通念上違法のものと解する。何とならばこの場合の労働力の統制を組合員外に推し進めることになるので、このことは、組合がその所属する労働力に対してのみ統制を加えうるという基本理論に抵触するばかりでなく、かかる『ピケッティング』は自由と財産に関する憲法上の保障ををおびやかすものであって如何なる動機原因によるも合法視されるべきものではないからである。尤も他の労働者がその自発的意思によって争議に参加することは自由であるが、『ピケッティング』でその参加を強制することは到底許すべくもない。この意味での平和的温和的説得のみが許される。」
「本件において被告人等の主張する『ピケッティング』が判示摘示のように多数組合員の集団の下で行われ、その具体的活動状況が判示のような携帯をとられている限りたとえ脱退者に対する復帰勧告が口頭、ないし文書でなされたものとしても脱退者にとって、かかる雰囲気の下当然平和的温和な説得の範囲を超え或種の威嚇を感ずるは一般社会人の健全な良識によって判断するとき何人も社会通念上これを肯定し得られるものと解するので、かかる『ピケッティング』がそれ自体違法であって固より労働組合法第一条二項で定める組合の正当な業務行為と認めることはできない。又他面その行為の性質上人の自由意思を制圧するにたる勢力であると解するに充分であるから、業務妨害罪の威力に該当するものと断ずるに憚らない。‥‥」
[vii]①について、井上祐司「新判例評釈-公共企業体職員等のピケが違法とされた事例-横浜中郵事件差戻後控訴審判決-」判タ288、①④⑥について角田邦重「最近の最高裁におけるピケット論の動向-日本鉄工労組、光文社、動労鳥栖駅事件を契機として-(上)(下)」労判245、246、②~⑤について久留米駅事件方式による判例として臼井滋夫「ピケッティングの正当性の限界」『法律のひろば』30巻4号1977年が引用している
[viii]動労(組合員6万人)が機関車の検修合理化と機関区などの基地廃合に反対して行った闘争、運休5本、客車68本、貨車14本の遅延をもたらした。
[ix]昭和30~40年代司法にも大きな影響を与えた刑法学説。可罰的違法性論は一般的には「構成要件に該当すると認められる行為のうち、当該行為の予想する可罰的程度に達しない行為は犯罪でないとし刑事責任を否定する見解」、「違法性の相対性・段階性を前提とする理論」 とされる。代表的な論者は東大教授の藤木英雄である。『教授は労働法理念の正当化のために場合によっては医療行為の手術や相撲・拳闘が暴行とされないように構成要件に該当した行為の違法性が阻却されることがあるという学説を流布し、 労働争議なら相当な程度の有形力行使の違法性阻却はなされて当然だとの悪しき風潮をもたらした
藤木教授はピケッティングについて、「組合員であって争議から脱落した者は‥‥統制力の行使として、緊急の場合、スクラムによる絶対阻止が許される」「組合の組織の防衛をはかる目的で、会社のために就労しようとする者を‥‥強力な威力行使によって、その通行の最終的な阻止を試みることは‥‥場合によっては合法」(藤木英雄『可罰的違法性の理論』有信堂高文社1967 181~182頁 )などと述べた。
ただし藤木教授はすべての有形力行使を暴行とすべきではないとしつつも、撲る、蹴る、押す、突くは暴行であり、刑法35条適用の余地なしとするのであるが、この点はプロレイバーから押す行為はマスピケでなされるとき暴行とはいえない場合もあると批判されている。(熊本典道 「マスピケと暴行(1)-嘉穂鉱業事件-」『別冊ジュリスト』33号77頁)
[x]国労久留米駅事件大法廷判決以後、ピケッティングなどで可罰的違法性論により無罪とされた判決が次々と覆り、有罪とされた。上記6判例のうち②~⑤がそうである。久留米駅事件判決の解説として臼井滋夫「ピケッティングの正当性の限界」『法律のひろば』30巻4号1977年
[xi] 臼井滋夫 前掲論文
[xii]郵政省職員で全逓中央執行委員である4名は、昭和33年3月20日午前5時45分頃、名古屋中央郵便局の管理する地下第一食堂へ故なく立ち入り、職場放棄の意思を有する集配課外務員9名に対し、郵政職員が争議行為として行った勤務時間内2時間の職場大会に参加を呼びかけたという事案につき、郵便法違反共同幇助罪、建物侵入罪と併合罪とした一審を支持する判断を下し、「公労法一七条一項違反の争議行為についても労組法一条二項の適用があり、原則としてその刑事法上の違法性が阻却されるとした点において、東京中郵事件判決は、変更を免れない」としたうえで郵便法違反共同幇助罪の成否について「九名の行為は、郵便の遅延を招くおそれのある業務の不取扱いであつて、郵便法七九条一項に該当するものというほかはなく、かつ、これを幇助した被告人らの行為は、国公法の罰則における「あおり」に該当するような指導的行為であるから(全農林事件判決及び岩教組判決における「あおり」の定義を参照)、処罰を免れない。」とした。建造物侵入については「」公労法一七条一項に違反する争議行為が刑法その他の罰則の構成要件に該当する場合には、労組法一条二項の適用はなく、他の特段の違法性阻却事由が存在しない限り、刑事法上これを違法と評価すべきものであるが、そのことと、右の争議行為に際しこれに付随して行われた犯罪構成要件該当行為についての違法性阻却事由の有無の判断とは、区別をしなければならない。すなわち、このような付随的な行為は、直接公労法一七条一項に違反するものではないから、その違法性阻却事由の有無の判断は、争議行為そのものについての違法性阻却事由の有無の判断とは別に行うべきであって、これを判断するにあたっては、その行為が同条項違反の争議行為に際し付随して行われたものであるという事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを考察しなければならないのである。 」としたうえで「これを本件における建造物侵入の行為についてみると、被告人らは、公労法一七条一項に違反する争議行為への参加を呼びかけるため、すなわち、それ自体同条項に違反するあおり行為を行うため、立入りを禁止された建造物にあえて立ち入ったものであつて、その目的も、手段も、共に違法というほかないのであるから、右の行為は、結局、法秩序全体の見地からみて許容される余地のないものと解さざるをえない。」と結論したのである。よって、東京中郵判決以降の争議行為禁止の限定的合憲説は全面的に判例変更されたのであるか。(但し、名古屋中郵判決は、争議行為の単純参加者については違法性を阻却しないけれども、刑事法上不処罰とするのが相当であるとしている。)
[xiii] なお、本件ピケッティング事案は久留米駅事件大法廷昭和48.4.25判決を引用せず、その判断方式をとっていない。「法律で争議行為が禁止され、しかもその規定が合憲と解される場合には、当該ピケッティングが「争議行為の一種」と認められるかぎり、違法性が阻却される理由はないとしていることについて、これは一刀両断的に割り切ったものであり、久留米駅事件方式のように「諸般の事情を考慮に入れ‥‥法秩序全体の見地から‥‥判定」するものとは違って頭から違法性を肯定するものとの評価である。(横井芳弘「労働事件にみる村上コートの思想と論理」『労働法律旬報』908 1976年)ただし久留米駅事件大法廷判決におけるピケットは「争議行為に際して行われるもの」として争議行為さとは区別する判断方式だが、岩教組判決では「争議行為の一種」としてのピケットに関する判断という違いがある。本件と久留米駅事件方式との整合性の問題については保留とする。
[xiv]岡野行雄「公安労働事件裁判例をめぐる可罰的違法性論」『警察学論集』27(9) 1974
[xv] つまり藤木教授は労働刑法での違法性概念について「労働権の保障の結果それと矛盾する限度で財産権に対する保障が後退するのは当然のこと」「「通常の一般市民間でなされた場合に威力ないし脅迫にあたる行為であっても、労働争議という実力闘争の場において常態を逸脱しない‥‥程度の行為については‥‥威力あるいは脅迫にあたらないとして構成要件該当性を否認することにより問題を処理することが許されよう」と述べたわけである。藤木英雄『可罰的違法性の理論』有信堂高文社1967 81頁
[xvi]藤木 前掲書 181~182頁
[xvii]熊本典道 「マスピケと暴行(1)-嘉穂鉱業事件-」『別冊ジュリスト』33号77頁
[xviii]岡野 前掲論文
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