(下書き) 英米における消極的団結自由(その1)
川西正彦
一 はじめに
(一) 英米法圏のトレンドは集団的労働関係から個別雇用契約(私的自治)へのパラダイム転換である
1 オセアニアの先進立法は社会権的団結権を排除する
私は古典的自由主義者リチャード・A・エプステインRichard
Epstein(ニューヨーク大学教授)の、「人間は自己の身体について排他的な独占権を持つ‥‥このことは、自己の身体を用いて行われる労働についても、同様に自己によって所有されることを意味する‥‥労働の自己所有のシステムにおいては、人々に他人の労働を支配する権利は認められず、労働を所有している個人が、自分がふさわしいと考える方法で‥‥自己の労働を支配する独占的な権利を与えるものである」[i] という見解に基本的に賛同する。自己自身の雇用について労働条件の決定権を他者に譲る(組合や政府)の団体主義にうんざりしその害毒に常に直面しているためである。
要するに団体協約や労働者保護法によって、個人の労働力処分を制限したり、制約したりすることがない個別契約主義(私的自治)が最善だというものである。(そうでなくても集団的労働関係や政府による規制についても自己自身によりコントロールするため、集団主義的枠組みからオプト・アウトする自由があれば次善の選択といえる)。
エプステインは、平穏な団体行動を合法化した1932ノリス・ラガーディア法や雇用主による不当労働行為の禁止を規定した1935年ワグナー法の構造を徹底的に批判し、こうした労働法を撤廃し、雇用・労働はコモンローの契約法と不法行為法だけで処理する[ii]あり方でよいという主張である。ニューディール立法は大恐慌による混乱への対応であり、平穏な時期であればこれらの立法は個人の自由と経済的な富を破壊するものとして拒絶される政策である。平常に戻った以上、それを継続する理由はなくなったとするものだ。言い換えれば、近代市民法原理、民法だけで十分、労働法は不要だというものである。
エプステインの主張は突飛なものではない。1947年のタフト・ハートレー法の立法過程においてフレッド・ハートレー下院議員の法案は全国労使関係局の廃止、反トラスト法への労働組合への適用を含む、1914年のクレイトン法以前に戻す反労働組合立法であった[iii]。 しかし実際成立した法案は、タフト上院議員の主導によりワグナー法の原則を維持しつつ、労働組合の力を削ぐ中立立法でよいという考え方によるものだった。中道の政策ともいってもよいが、それはトルーマン大統領の拒否権行使を覆し再可決するための現実的妥協でもあった。
私はロバート・タフト上院議員を尊敬するが、法案それ自体はより広い支持を得るための次善の選択としての評価であり、最善はハートレー下院議員の法案だったと考えるものである。
よって、個人の自由を回復するためコモンローに回帰せよというエプステインの主張はアメリカでは普通の思想である。
我が国の民法のモデルとなっているフランス・ドイツ両民法の根本思想も、個人主義である。殊にフランス民法においては、個人主義的民法の大原則である、個人財産て゜権尊重の原則、契約自由の原則、自己責任の原則が確立され徹底されている。ローマ法であれ、ナポレオン民法であれ、コモンローであれ個人を保護する体系であることは基本的には同じである。
他方、労働法や社会権的団結権は個人の権利よりも団体優位の思想に基づいており、特定集団の利益のための法である。それは本質的に近代私法と矛盾し、本来両立が困難な性格のものである。
フランスでは、1886年労働組合を合法化したが労働協約は民法の「契約の相対効」(民法典1165条)により法的強行性が否定されていた。[iv]。英国コモンローは今日でも労働協約は営業制限の法理に反し違法であり、それ自体法的拘束力はない[v]。
自己自身の労働力処分にかんする取引に自由意思による決定が許されない。自己自身がかかわってないし、認めてもいない協約に拘束されるというのは近代市民社会では本来理不尽なものである。労働力取引の制限は前近代のギルドの営業規制のあった時代に後退したも同じであり、近代市民法秩序において労働協約を法認する余地はなかったのである。
にもかかわらず近代私法原則をねじ曲げて、欧州大陸諸国で労働協約を合法化し個別契約主義から団体主義に移行した直接の要因は第一次大戦にある。労働協約を世界で初めて法認したのは1914年のスイスだが、ドイツは1918年、フランスは1919年である。
ドイツでは1918年「中央労働共同体協定」を受けて同年の「労働協約令」により労働協約が法認された。経営者側から19世紀以来の労働組合の要求を呑んだのは共産主義革命を防ぐためには労働組合に経営権を認めさせたたうえで体制内化させたほうが無難という戦術的譲歩による結果である。敗戦による混乱、ハイパーインフレ、革命への恐怖という労使双方に共通の基盤の上に成り立っていたことは疑いないものであり[vi] 、労働協約の法認や今日欧州大陸諸国の協約自治体制というものは戦間期に特有な事情により成立したもので歴史的必然であったわけでは全くない。
ILOもイギリスやフランスの国内事情で第一世界大戦の戦後処理のためにつくった組織である。戦争の遂行には労働組合の協力体制が不可欠だった。戦時協力の見返りとして、また戦後兵員の復員、軍需産業の生産低下に伴う雇用の混乱に対処するために、国際労働・社会主義会議の要求に譲歩する必要から設立されたものだった[vii] 。
我が国は労政審議会等で三者構成原則を採るなどILOの政策に忠実であるが、我が国設立当初から係わっているのは、第一次大戦の戦勝5大国の一つとしてパリ講和会議に参加したことによるのであって戦勝国とのつきあいで国際労働機構への参加を余儀なくされただけにすぎない。要するに腐れ縁である。第一次大戦の負の遺産のような組織に追随していることにより新自由主義政策の転換できない足かせとなっていることは国益に反していると考えるものである。
この点、英米オセアニアは、ILOとは距離をとり、三者構成原則やコーポラティズムはとってないので、政策転換は容易なのはうらやましい。
エプステインは徹底した古典的自由主義の主張だが、英米法圏では現実的な政策なのであり、すでにオセアニアでは新自由主義的な労働改革の実績があるのだ。
私は、原理原則にこだわらず政府の規制を残した多少のバリエーションを許容することにやぶさかではない。例えば1996年オーストラリア職場協定(Australian Workplace Agreement:AWA)」ように政府が労働条件の基準を法定しつつも労働協約を排除した使用者と個人が交渉する個別雇用契約制度とし時間外労働については使用者に賃金割増を強制しないあり方も悪くないと思う。(2005年制定職場関係改正法(Work Choices ActともAWAを発展させた立法である)
オーストラリア自由党の政策と似ているもとして、政権交代があって挫折したとはいえ、ニュージーランド国民党政権の1991年雇用契約法(Employment Contracts Act)は「労働組合」、「団体交渉」および「労働協約」という集団的労働法の概念を排除し、代わって市民法的な契約自由を理念とする雇用契約を集団的労使関係の基礎に据えた立法だった。クローズドショップ・ユニオンショップ協定を明確に否定したうえ「被用者団体」は単なる社団であって、社会権的団結権の概念を明確に排除した[viii]。「労働組合」は雇用契約のための交渉代理人にすぎず、「団体交渉」は交渉代理人と使用者の個別的交渉に改変された。個別的雇用契約については「集団的雇用契約があるときは、使用者と被用者は、集団的雇用契約の定める雇用条件に反しない範囲で個別的に雇用条件を交渉することができる」(19条-2)[ix]とあり、集団的取引が優先されることとしている。しかしながら個別雇用契約を原則とする同法の意味は大きいと考える。
同法は、団体交渉に関する規定も、それを支援する規定も、不当労働行為などの特別な救済も用意しない。集団的取引とるか否かは当事者の任意であるし、使用者に「団交応諾義務」を課すものは何もない [x]。
なおニュージーランドでは時間外労働の割増賃金を定めた立法はなく、1991年雇用契約法は契約自由なので、割増賃金やペナル賃率を強要されないものである[xi]。
社会権的団結権の概念を排除しているので19世紀から20世紀初期に戻ったような法だが、これが世界で最も先進的と思われる雇用立法なのである。
私は我が国においてもこのように団体交渉による労使関係から個別契約による労使関係にパラダイム転換を指向する政策があってしかるべきと考える。TPPを契機として、外国企業を誘致しやすくするためには、労働法制の抜本改革をともなうプロビジネスな政策を打ち出さなければ、我が国を経済成長の軌道に乗せていくことはできないのではないかと考える。
2 アメリカでも大勢はニューディール型労使関係から非組合セクター型労使関係に移行している
既に述べたように1930年年代の労働法を廃止したうえ、労働組合を反トラスト法の適用対象とすることが最善である。しかし現行全国労使関係法のままでも、すでに1970年代からニューディール型(団体交渉)労使関係は退潮となり、非組合セクターの労使関係が主流となっている
1960年代までは、GMやUSスチールのように団体交渉による労使関係が先進的と考えられていた。しかし組合セクターの企業は、制限的労働規則(restrictive work rules)により工場内における職務を細分化し、職務範囲を極めて狭い範囲に限定し、組合は個々の職種ごとに賃金等を設定し、仕事の規制を行うので、職場組織は極めて硬直的となる。日本企業と比較すると人員配置で融通が利かず新技術の導入でも利であり、競争力で劣ることとなる。
しかし1970年代に組合のない工場や企業の増殖により大きく事情が変わった。「工場革命」という。ゼネラルミルズ、モービル・オイル、カミンズ・エンジンは部分的に組合のある会社であったが、インテル、デジタル・エキップメント、テキサス・インスツルメントなどは完全に組合不在の企業である[xii]。
アメリカでは1920年代に洗練された労務管理としてはロックフェラー・ヒックス流といわれる従業員福祉を重視する、温情主義的経営(ウェルフェアキャピタリズム[xiii] )によって効果的に労働組合組織化を抑止した経験から、組合不在企業の従業員に対してフレンドリーな企業文化が根づいていた。古くからの組合不在企業としてはIBM、コダック、シアーズ等がよく知られている。このため組合不在企業の評価が高いのである。
もっとも1990年代以降にIBMもシアーズもコダックといった古くからの組合不在企業が競合他社との競争等大きな試練を迎えたことは周知のとおりであるが、しかし後続するハイテク企業、サービスギ業の新興企業、例えばマイクロソフトであれ、シスコシステムズであれ、クァルコムであれ、ウォルマートであれホームデポであれ、アメリカのエクセレントカンパニーの大多数は組合不在企業である。
むしろ組合のある有名企業、ゼロックスやキャタピラ、ボーイング、クローガーの方が少数派になりつつある。
アメリカ合衆国の、2013年の労働組合組織率は11.3%で公共部門が35.3%、民間企業は6.7%にすぎない[xiv]わが国の大企業の多くがユニオンショップの組合があるのに対し、アメリカでは組合不在企業が主流といってさしつかえない。全国労使関係法は会社御用組合や従業員代表制を禁止しているので、組合不在企業は1対1の個別契約なのである。組合員は1450万で、公共部門750万、民間700万。アメリカ合衆国の組織率のピークは1954年。ハフィントンポストの記事にグラフが載っている。
http://www.huffingtonpost.com/2013/01/23/union-membership-
民間企業の組織率の低さは明白である。(続く)
[i]井村真己「アメリカにおける雇用差別禁止法理の再考察(1)」 『日本労働法学会誌』100号2002年
[ii] 水町勇一郎『集団の再生-アメリカ労働法制の歴史と理論』有斐閣2005年 120頁
[iii]長沼秀世・新川健三郎『アメリカ現代史』岩波書店1991 471頁
[iv] 水町勇一郎『労働社会の変容と再生-フランス労働法制の歴史と理論』有斐閣2001年72頁
[v]イギリスではあくまでも雇用契約は一対一の個別契約であるが、個別契約中に「労働協約を参照する」などの文言を置き、協約の内容を取り込むことにより、事実上労働協約が機能している。水町編『個人か集団か?変わる労働法』勁草書房2006年神吉知郁子「第二章第3節イギリス」156頁
[vi]枡田 大知彦「ワイマール期初期の自由労働組合における組織再編成問題 : 産業別組合か職業別組合か」『立教経済学研究』 55(3)
2002http://ci.nii.ac.jp/naid/110000987134〔※ネット公開〕栗原良子「ドイツ革命における『ドイツ工業中央共同体』(二)完」『法学論叢』91巻4号1972
[vii]大前 真 「 ILOの成立-パリ講和会議国際労働立法委員会 」『人文学報』京都大学 47) [1979
[viii]林和彦「ニュージーランドにおける労働市場の規制緩和--一九九一年雇用契約法の研究(1) 」『日本法学』75(1) 2009 65頁
[ix]林和彦 前掲論文71頁
もともとニュージーランドでは、労働組合の交渉力が強く、賃金の決定も職能別組合による中央集権的な方式で行われていたが、同法施行後、個別雇用契約が広く一般的になった。1990年に団体交渉でカバーされていた適用比率は60%あったが、1994/95年には29%、同法廃止後の2005年には18%にまで縮減している。組織率は1991年が43.3%、2000年には17.7%である
[x]林和彦「ニュージーランドにおける労働市場の規制緩和--一九九一年雇用契約法の研究(2・完) 」『日本法学』5(1) 75(2)2009 39頁
[xi] 林和彦「ニュージーランドにおける労働市場の規制緩和--一九九一年雇用契約法の研究(1) 」『日本法学』75(1) 2009 38頁
[xii]S・M・ジャコービィ著内田・中本・鈴木・平尾・森訳『会社荘園制-アメリカ型ウエルフェア・キャピタリズムの軌跡』北海道大学図書刊行会1999年428頁
[xiii] さしあたりS・M・ジャコービィ前掲書、平尾武久・伊藤健市・関口定一・森川章『アメリカ大企業と労働者-一九二〇年代労務管理研究』北海道大学図書刊行会1998年
[xiv] 合衆国衆国労働統計局2014年1月24日プレスリリースhttp://www.bls.gov/news.release/union2.nr0.htm
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