公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

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2015/02/22

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1-27 筒井美紀「日教組における批准投票制度の確立過程-1960年代前半におけるストライキ拡充の模索」『日本労働社会学会年報』25号2014年
この論文によると国労や動労が公然とストの表現を用いたのは、1961年春闘以降である。公労協単産では一人一票投票というストライキ批准投票を実施していることにより半日/一日ストを打てる闘争力を有していたが、日教組は組織強化と闘争力を高めるてこ入れとして、また総評内での発言力を高めるため、1965年に批准投票制度を確立させた云々などと述べられている。

1-28宮島尚史『争議対抗手段の法理』労働法学出版1978年
1-29三井正信『基本労働法Ⅲ』成文堂2014年
1-30慶谷淑夫『公労法論』官業労働研究所1966年
1-31日経連労働法研究会『変革期の就業規則 実務からみた問題点と規定例』日経連出版部1998年
1-32田中二郎『新版行政法中巻全訂第二版』弘文堂1986年
1-33小西國友・渡辺章・中島士元也『労働関係法第5版』有斐閣2007年
1-34足立基浩『イギリスに学ぶ商店街再生計画』ミネルヴァ書房2013年
1-35中島士元也『労働関係法の解釈基準(上)』信山社1991年
1-36原龍之助『公物営造物法新版』有斐閣1974年
1-37野川忍『わかりやすい労働契約法第2版』商事法務2012年
1-38慶谷淑夫『就業規則のつくり方・運用の仕方』日経連弘報部1986年
1-39慶谷淑夫『労使関係の基礎知識-地方公共団体の管理監督者のために』ぎょうせい1978
 昭和51年にはストライキでは東京都では春闘4回3.17、3.30、4.14、4.20~4.21、5.26次官通達反対闘争6.8。健福統一闘争8.4、賃金確定闘争10.15、11.4~9ストがあったことかずが書かれている。ぎょうせい
1-40慶谷淑夫『公務員のための勤務管理の基礎知識』ぎょうせい1987
1-41神山欣治『労働刑法提要』立花書房1954
1-42日経連賃金労務管理部編『新しい労働時間管理』日経連広報部1989
1-43エリック・ブライシュ/明戸・池田ほか訳『ヘイトスピーチ』明石書房2014
1-44カーンフロイント/松岡三郎訳『イギリス労働法の基礎理論』日本評論新社1957
10715広島県高教組事件 広島地判平17・2・9 出所TKCデータベース
 組合の定期大会を高校の体育館で開催する使用許可申請に対する校長の不許可処分は不当労働行為に該当しないとする。
10716野村達朗「アメリカにおける旧労働史学の歴史」『アメリカ経済史研究』2 2003

「当時(19世紀末期をさす)の大学ではイギリス輸入の俗流化された古典経済学が支配的であり,学生たちは次のように教えられていた。富の不平等が進歩への刺激を生み出す。競争は「最大多数の最大幸福」を実現するための唯一の方法である。 賃金は仕事を求めて競争する労働者の数に依存する。労働者全体に支払われる「賃金基金」は一定であり、ストライキは賃金の総額を増大させることは出来ず、労働者の団結は労働者全体にとって何の効果をもたなし、有害無益な行動でしかない」
 私は19世紀の考え方で良いと思う。ピケティブームは異常だ。富の不平等は当たり前であり、進歩への刺戟を生み出すものととて肯定的に受け止めるべきである。
 

36『日本歴史』772 2012-9

鈴木勇一郎「小林一三の郊外開発」

 健全で清潔な中産階級のユートピアをつくったという「小林神話」を若干修正する趣旨のもので原武史などの阪急沿線論を批判する。
 宝塚新温泉が開業した当時(明治45年)には料理店などが二百数十軒あり芸妓も50人いて花街的要素があった。大正以降家族を基礎とした郊外開発に方針をを変えていったのだとする。
 南海の淡輪遊園は「汽車ホテル」が呼び物だったが、ダブルベッドが置かれており、男女の逢引きの場を事実上提供していたように、当時の郊外遊園地にはそういう猥雑な雰囲気があった。 

石畑匡基「秀吉死後の政局と大谷吉継の豊臣政権復帰」

 慶長4年の有名七将による石田三成襲撃事件で、三成が家康の屋敷に逃げ込んで助けを求めたというのは昨年の大河ドラマでも演じられた有名なエピソードだが、近年笠谷和比古氏が、三成は伏見城内にある自分の屋敷「治部少丸」に立て籠もったのであって、川を隔てた向島にあった家康屋敷ではないと通説を否定しており、光成準治氏も「助けを求めるどころか家康に対して軍事計画を計画していた」とするが、著者も同様の考えのようである。
 大谷吉継については、もともと家康を支持していたが、宇喜多騒動の家康の裁断に不満を持ち、嫌うようになったことが、西軍に与した理由とする。

37 『ジュリスト』 1449 2011.4.1
「ロバーツ・コートと選挙運動資金規制(3・完)――Citizens United v. FEC, 130 S.Ct. 876(2010) 」 法廷意見等の翻訳あり

 シチズン ユナイテッド対連邦選挙管理委員会判決は、5対4の評決で、法人や労働組合がその一般財源から「選挙運動のためのコミュニケーション」(electioneering communications)に独自支出を行うことや、候補者の当選・落選を明示的に呼び掛ける言論を禁ずる選挙運動改革法を、違憲と判断したものである。当該判決により24州での政治資金規正法が改正を余儀なくされた。 Citizens United判決はリバタリアン的立場をとったものと理解されている。選んだ。独自支出は文字通り候補者とは独立して企業が行うものであるから、これによって選挙の腐敗もしくは腐敗の外観が生じることはない。むしろ支出規制は法人の政治的言論を制約することになるので許されないという理路である。(金澤 孝憲法の実務と理論の関係についての一考察『早稻田法學』』88 ( 3 ) , 2013 ネット公開参照)

ケネディ法廷意見「‥‥もし裁判所がこのような規制を合憲とするならば、政府はいかなる場合においても、特定の声を沈黙させることによって<表現を抑圧することがで きるということになるであろう。441条bの目的と 効果は,ある存在物の発話に政府が疑いの目を向けた場合に、その存在物を沈黙させるところにある。
 表現は 民主主義の不可欠のメカニズムである。 というのも表現は公職者の人民に対する説明 責任を維持する手段だからである。市民が尋ね、 聞き、話し、合意に到達するために情報を利用する権利は、開かれた自己統治の前提条件であり, それを守るために不可欠な手段でであり、それを守るめに必要な手段である。
 これらの理由から、政治表現は、意図的であれ、不注意からであれ、政治表現を抑圧しようとする立法に優位する。政治表現に負荷をかける立法は、「厳格審査に服し」<
政府の側が、かかる規制が「やむにやまれぬ利益を促進し、その利益を達成する ためにぴったりと適合している」ことを立証しなければならない。
 政府の権力に対する不信を前提に、修正1条は、 特定の主題や観点を冷遇しようとする試みに抵抗する。さらに,表現者を区別し、ある表現者の表現は許容するが、ある表現者の表現は許容しないといった規制は,禁止されている。検閲の手段として、これらのカテゴリーは、相互に関連してい る。表現者が誰であるかに基づた表現の規制は, ほとんどの場合、表現の内容を管理しようとする 手段であるにすぎない。
 さらに,政府が法によって特定の表現者のみを 好意的に扱えば,政府は憲法上の誤りを犯すこと になるであろう。ある人から表現する権利を奪い、 それを他の人に与えることによって、表現者が自らの声に向けられる価値、声望そして尊敬を確立 するために励もうと表現を利用する権利は、不利 に取り扱われた人や階級から,政府によって、奪 いとられることになる。このような手段によって, いかなる表現や表現者が考慮に値するかについて、公衆が自ら決定する権利と特権を、政府は公衆から奪いとれない。修正1条は,表現と表現者、そしてそれらから流れ出る思想を保護しているのである。
 政治表現の文脈において,特定の塑ましくない 表現者に対して政府が制約をくわえられるといっ た主:張には、いかなる基礎も存在しない。歴史的 に考えても、理論的に考えても,わわれわは、このような結論にいたる。」
 、
ケネディ判事は、レーガン任命の穏健な保守派で任官当初は小物とみなされていたがが、重要判決で最高裁をリードするケースが多く、すでに重量級の名裁判官と評価してよい。同性愛者に関する事件については意見がかなり異なるものの、その他の多くの司法判断について私はほぼ同意見でである。例えば、公立学校卒業式の祈祷合憲、星条旗焼き捨て処罰違憲、憎悪表現規制条例違憲、バーチャル児童ポルノ規制違憲、オバマケア違憲(反対意見)。
さすがにヘイトスピーチ規制を違憲とする国だけあって、政治的表現の規制に対しては断固とした態度である。私はこのような意味での司法積極主義を否定しないが、我が国の最高裁は特定の立場に利する社会政策の実行のために司法積極主義をやろうとする傾向について疑問を呈したい。

38『日本歴史』800 2015.-1
村瀬信一「政権密約の「嘘」と真実」
 戦後の政権密約としては、(1)鳩山一郎と吉田茂との間で公職追放解除の暁には政権を譲るというもので実行された。(2)岸伸介首相・大野伴睦副総裁・河野一郎総務会長・佐藤蔵相の4者で安保改定に協力し、岸後継を大野とする密約だが、情勢の変化で反故になった。3つめは福田と大平が三木おろしで共闘、ポスト三木を福田とするが、党務は大平に委ね、総裁任期を3年から2年とするというもの。大平は2年後は話あえばよいということで政権を譲る確約まで押してなかったが、福田が再選を目指したため40日抗争が勃発する。
佐々木隆「首相を辞めさせた天皇は昭和帝だけではない」
 近代日本で天皇に不信任されて辞めた首相は昭和4年の田中義一が唯一の事例とされていたが、明治30年の第二次松方正義内閣も天皇の指示で退陣したのだと言い、このことは平成9年の論文その他で発表していることだが、なぜか学会は無視しているのだという。
遠藤慶太「古儀と復古」
 平成25年の伊勢神宮の式年遷宮について「常若」という理念が語られていたのを耳にしたが、著者によれば儀式帳や古典に用例はなく、比較的最近の解釈だという。しいていえば現代にふさわしい啓蒙のためと述べ、著者は「嘘」とまで言ってないが、そう解釈してもよいのでは。
39『日本歴史』799 2014-12
黒羽亮太「観隆寺殿-忘れられた平安時代天皇陵の発見」
 『本朝世紀』に一度だけ登場する観隆寺殿とは三条の陵(一条以降の天皇は火葬の御遺骨を寺院に納め、陵は寺院の名をもって呼称するのだという)というのが結論。
 観隆寺は 1750年の国学者による京都の再現図で金閣の南辺、船岡山の西に記されているが、江戸時代にはすでに忘れ去られており、所在地は正確なものとはいいにくいとのこと
40『労働法律旬報』1830 2014-12下
特集フランスにおける労働契約の終了(前編)
島田陽一「フランスの解雇法制」翻訳にあたって」
 フランスでは日本のように違法解雇が無効とされ、地位の確認係争中の補償金を発生させるものではなく、違法解雇は無効ではないが解雇補償金を発生させるというものである。41 『労働法律旬報』1833 2015-2上
42『労働法律旬報』1829 2014-12上
特集 日本の男女賃金格差を縮小するために
43『日本歴史』774 2012-11
44『労働法律旬報』1828 2014-11下
田端博邦「長時間労働をほんとうになくすことができるか」
 労働者全体の平均1700時間はかなり時短がすすんでいるとみられるが、フルタイム労働者は総務省の労働力調査では2200~2300時間が平均的なもので残業は恒常的なものであると分析。休日数は増えたが1日あたりの労働時間は増えているとする。しかし、工場労働からサービス業に労働力がシフトし、顧客第一主義が浸透している今日では長時間労働は避けられないとみるべきである。
 私はそもそも反市民法的な働き過ぎ防止という発想が間違いだと思う。我が国では外国のように職務記述書で仕事の範囲を厳密に確定したり、ジョブローテーションがあって同じ仕事ばかりをやっているわけではないので人に仕事がついてくるだけでなく、市民法的発想では、仕事に熱心なことは喜ばれることで悪いことではないし、金のかかるレジャーより仕事のほうがずっと楽しいということもある。そもそも日本的な雇用保障の仕組みでは恒常的な残業は避けられないので、時短の発想はもうやめたほうがよい。
 休暇を強制してもまじめな人はリカバリーでその分サービス残業で取り返すことになるから、かえって長時間労働になるだけ。ハードワークだけがとりえの人に仕事をとりあげると鬱病になるだけだ。

45『労働法律旬報』1732 2010-11下
藤内和公『ドイツ従業員代表制度と法』の補足
46『労働法律旬報』1827 2014-11上
47『労働法律旬報』1737 2011-2上
48『労働法律旬報』1776 2012-9下
特集職場のパワーハラスメント
49『労働法律旬報』1641 2007-2上
西谷敏「労働時間・労働契約の法政策とと政治-2006年12月労政審答申とその後」
島田陽一「今後の労働時間法制のあり方」
50『労働法律旬報』1777 2012-10上
山﨑文夫「セクハラと罪刑法定主義」
特集高速バス事故はなぜ 原因と対策を考える。


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