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2015/06/21

下書 三六協定締結拒否の争議行為性について(3)

承前

(二)国鉄の職場が荒れた原因は三六協定の現場締結にあった

 

 労動基準法は八時間労働制を原則とし、三六協定と割増賃金を条件として一日八時間をこえる労働を容認することにより、労使協定と、割増賃金という圧力を課すことにより長時間労働を抑制するものといえるが、労働組合もしくは労働者の過半数代表の三六協定を締結しなければ、時間外労働又は休日出勤の命令不可というのは、契約の相対効を基本とする市民法理に反するものであり契約自由にも反するものである。組合ないし過半数代表がうんといわなければ命令できないなどという、労働者への指揮権限を奪うような悪質な法制度は世界的に類例のないものであることはすでに述べたとおりである。

 8時間労働は、労働組合主義者の19世紀末期頃から戦略的スローガンであったが、パートタイム等の労働者はともかく、長期安定雇用を前提とする従業員については時間外労働が本来的に平常時においても期待されている職場がほとんどであり、8時間で完結する業種などほとんどなく、繁忙期はむろんのこと日常的にも官民を問わず締結が不可欠であることはいうまでもない。

 このように反市民法的で組織労働者に有利な強行法規がありながら、高度経済成長を遂げ世界第二の経済大国にまでなったのは、労働省が労使関係の介入に抑制的であったこと。少なくとも昭和時代は組合のない企業や中小企業では市民法理を基本とする労務管理が常識という健全な認識が基底にあったし、労働者も超勤を歓迎し、労働組合も時短よりも雇用の安定と賃上げを要求した。8時間労働制自体が絵空事であり、それを原則とし恒常的な残業を予定していないなどという労働基準法の立法思想自体、多くの健全な国民が疑わしく思っていたし、労働基準法36条は軽視されるのが一般的傾向だったためである。

 1980年代まで日本人は年間300時間サービス残業が常態だった。[i]また90年代まで定額の超勤手当で打切るような運用はごくあたりまえのことであった。

政府が労働基準法違反の摘発を積極的な行うようになり、市民法理より労働基準法遵守を優先する考え方を企業がとるようになったのは21世紀に入ってから比較的近年のことである(森内閣の坂口厚労相時代からである)。[ii]独仏のような時短先進国でも政策転換がなされているにもかかわらず、ジェンダー理論に基づく時短政策が推進されているのは異常というほかない。近年はやりの朝型出勤もそうした背景によるものと思われる。

 

 三六協定締結という強行法規が反市民法的と私が断言するのは、加えて、使用者の業務指揮権を無効にする事実上の争議行為として利用されたこともある。

むろん民間企業でも時間外労働拒否闘争はなされるが、三六協定締結拒否をスケジュール闘争に組込むことにより職場での組織強化に巧みに利用したのが官公労であったといえる。全逓や国労は戦後早い時期から三六協定締結拒否による時間外労働拒否闘争を行っていた。

  郵政省人事局『新しい管理者』昭和415月第六章によると「特に全逓の場合は春、夏、秋、冬、スケジュール闘争を行い、三六協定もこれを戦術に利用し、一年の相当部分の期間を超勤拒否している状態である。これは日本だけに見られる現象であり、全逓がいまだに闘争至上主義から脱脚しきれないでいる」[iii]と組合運動のありかたを批判しているのである

 スケジュール闘争については、昭和40年のドライヤー報告でも批判されており、それを受けてのことであろうが、一年の相当部分を超勤拒否というのも世界的にみても異常なことだろう。

 実は、国鉄の職場が荒れたのも元をたどれば三六協定が現場締結が原因であると国鉄OBの升田嘉夫氏が断言されていることである。[iv]

 1980年代国鉄における職場規律の乱れが国会でも追及されるようになり、国民・世論の厳しい批判を受けたことは周知のとおりである。

 鈴木善幸首相時代の昭和56年10月・11月に開かれた第95回国会の衆議院及び参議院の行財政改革における特別委員会においては、国鉄におけるヤミ慣行、ヤミ協定、ヤミ休暇、ポカ休等の問題がとり上げられ、職場規律の乱れが指摘された。また昭和57年3月頃から一部の新聞、月刊誌等において鉄労の内部告発をもとに、国鉄労使悪慣行の実態「ヤミ手当」「カラ超勤」「ブラ日勤」「突発休」「時間内洗身入浴」「時間内の食事の仕度」「助役の下位職代務」「現場協議における管理職のつるし上げ」等の職場規律の乱れについて厳しい批判が展開されたのである。報道は、国鉄の現場管理者の弱腰・軟弱とそれを制度的に保障する現場協議制を諸悪の根源とみなしていた。

 

 

 どうして、このようなことになったのか。人の問題か、組織の問題か、法律や制度の問題か。

 私は第一に労働法制の問題だと思う。

 

 三六協定は期間を定めて締結される、国労や動労はこれを逆手にとって、春闘や合理化闘争のときは三六協定を締結しないというやり方により、長時間勤務や休日出勤の負担を現場管理職(駅長・区長・助役)におしつける闘争手段をとった。組合の意向で下位職務を助役などが代務せざるをえなくする悪しき慣行の元はこれだと思う。

 三六協定の締結単位は労使間の合意があれば管理局単位でも駅・区などの現場単位でも有効だったので、国労は現場の組合組織を強くし「職場団交権」「現場協議制」を確立する手段として、例えば東京地本は昭和419月から管理局本局・駅・車掌区等の現場ごとに締結する方式をとったのである。

 国労の酒井企画部長が「この三六協定の現場締結は‥‥形式的に押印するにしても、これによって分会長の地位を現場長に認めさせることとなり、‥‥‥明らかに職場団交を確立する突破口を開いたのである」 (国労編『国鉄労働組合の現場交渉権』)と述べているように、国労は三六協定の現場締結による分会の地位上昇を梃子として昭和41年「現場における団体交渉権制度確立」を申入れた。

 当局は国鉄の現業機関は輸送業務を専一に行う場であり、現場長には業務の遂行と労務指揮の権限のみを与えており、労働問題処理に適していないとして反対の立場だったが、昭和42年12月19日の公労委仲裁委員会の勧告を受入れ現場協議機関を設けられることなった。  

 国鉄OBの升田嘉夫氏は現場協議制こそ「国鉄関係の労使を陰湿な内線状態に陥れ、職場規律を根底から掘り崩す要因になった」[v]と述べておられる。現場協議制は抵抗闘争、

非協力闘争という名の職制麻痺闘争の場を提供し、管理職の負担を増大させ業務遂行の障害となった。元をたどれば三六協定の現場締結により分会長の力が強まったことからはじまったことなのである。

 

 自民党国鉄基本問題調査会は昭和57年2月5日に「国鉄再建に関する小委員会」(いわゆる三塚委員会)を設置。早くも3月4日には「中間報告」がなされ、同日小坂徳三郎運輸大臣は、国鉄に対し、ヤミ手当、突発休、ヤミ休暇、現場協議の乱れ等の悪慣行について実態調査、総点検を指示、[vi]4月16日には三塚委員会が「管理経営及び職場規律についての提言」(第1次)提出された。提言では「現協協定をまずいったん破棄し白紙に戻したうえで、現場における業務遂行上必要な現場長と職員の意思疎通をはかる制度を新たに検討、制定すること。」[vii]とされたのである。

 これを受けて国鉄は昭和57 7 19 日従来から行われてきた現場協議に関する協約の改訂案を各労組に提示し、57 11 30 日までに交渉がまとらなければ現行協約を破棄すると通告した。

 鉄労らと国鉄は、国鉄の提案した改訂案どおり協約を改訂したが、国労と国鉄の交渉は決裂し、国労については、同年12 1 日以降現場協議に関する協約は失効し、それまで14 年間続いた現場協議の制度がなくなった。

次いで、国鉄と各組合との間では、議員兼職制度の廃止、無料乗車証制度の変更等これまでの労使間の慣行及び協定が大幅に変更された。

このころ以降、国労及び全動労を除く各組合は、争議行為を行わなくなった。

) 昭和57 3 月から60 9 月に至るまで、国鉄は、8 次にわたる職場総点検を実施し、この中で、事実上、就業時間中の組合活動の禁止、職場集会のための構内空き地の提供拒否、組合掲示板の管理の強化、組合事務所での組合旗の掲揚の禁止並びに組合事務所の明渡し要求及び実力撤去等が行われ、これに抗議した国労の組合員に対し、昇給延伸等の処分がなされた。

 昭和60 7 月以降及び61 4 月以降、国労は、国鉄の分割・民営化反対の

キャンペーンとして、ワッペン着用闘争を行った。これに対して、国鉄は同闘争の参加者について、60 9 11 日、約5 9,200 名に対し、さらに、61 5 30 日、約2 9,000 名に対し、戒告、訓告及び厳重注意等の処分を行った。

 このように現場協議制の見直し以来、国鉄の労使改革は着実に進んだとみてよい。

 しかし問題の本質を通俗的、マスコミ等がいうように現場協議制が元凶とか、「国鉄労働者悪玉論」のような人の問題とするのは皮相な見方だといわなければならない。

遵法闘争とされる三六協定の現場締結拒否による助役等への下位職代務の押しつけを梃子として職制の業務指揮権を麻痺させ組合の現場の組織が強くなりすぎたことにより、職場団交権が主張され、その組合運動の成果が現場協議制であったわけで、元凶は三六協定にあったとみるべきなのである。

 労働基準法は官公労働者の争議行為禁止を予定しておらず立法化されているが、実質的に凄まじい毒薬が仕込まれていたとみてよいのである。世紀の悪法だというのはそのためである。

 

 

 

三 三六協定締結拒否等に関する学説

 

 

 三六協定締結拒否の法的評価は大雑把にいって3つである。

 

1 信義則に反する違法行為である

 

2 争議行為である

 

3 労働者側の正当な権利行使である

 

 本来ならば法的正義は市民法的判断である1であるとするのがまっとうであるはずある。既に述べたようにコモンローでは被用者の黙示的誠実労働義務として、使用者の経営目的に協力的でなければならないから雇用契約違反とされるのであるが、イギリスに限らず、誠実労働義務とか、信義則は市民法理として当然のことなのである。

 ところが我が国は憲法で労働三権を保障し、著しい反市民法的労働法制のある国であるるために、市民法理を歪める考え方が浸透したためまっとうな判断ができない状態にあるといってよい。

 初期の労働委員会の裁定とである三井造船事件岡山地労委の裁定(昭26.4.27命令) 『労働法律旬報』77(1951がでは、会社は申立人のなした時間外労働協定の拒否ないし保留行為に対し造船業と残業の特殊関係、特に造船工程中、残業が計画中に織込まれている点、永年の慣行であった点、従来累次の協定締結の際何らの紛議を生じなかった点等を挙げ右行為はこれ等の現実を無視し、信義則に反するものとして不当なる争議行為と主張したが、このまっとうな主張は認められず、本件は違法不当な争議手段ではないとした。

 したがって学説は、基本的に争議行為かとするか、正当なに権利行使とするかで見解が分かれているだけである。

 

 

(一) 争議行為であると言う説

 

1. 吾妻光俊

 

 争議を有利に解決する手段としておこなわれる順法闘争は「ノーマルな業務」を阻害しているかぎり争議行為となる。法律の評価としては実質的な争議行為として価値評価する観点から、時間外労働拒否は正真正銘の争議行為とする。

「遵法闘争の法理」『季刊労働法』151955

 

 三六協定拒否については「協定拒否を行った労働組合または争議団の主たる意図が、その拒否を他の争議目的のためにする争議手段とするにあった場合には、労調法、公労法にいう「労働争議」の定義ないしその関連においてはこれを「争議行為」とみるべきであり、したがって協定拒否に対して争議目的になっている係争問題につき当事者は労委・公労委に調整を申請し、また労委・公労委は法律の規定に従い調整に乗り出すことができると解される(‥‥)。協定拒否の主たる意図が、これを他の争議目的のためにする手段とするにあった場合には、労調法の争議行為禁止との関連においても、協定拒否をこれら法条にいう争議行為と解すべきである(公益事業での争議手段としての協定拒否には労調法三七条の予告義務が課せられ、労調法三六条との関連においても同条にいう争議行為と解すべきである)。」とする、

 労調法三六条を絡めた議論をしているが、安全保持施設の正常な維持運行につき時間外労働が不可欠であるのに協定を拒否することは、安全保持施設の正常な維持な維持運行を停廃、妨げるものとして、同条が禁止する争議行為に当たるという見解であり、これは労働組合側も是認するだろう。のである。

 さらに「公労法、公務員法等の争議行為禁止との関連において、協定拒否がこれらの規定にいう「業務の正常な運営を阻害する行為」、「争議行為」または「政府(ないし地方公共団体の機関)の活動能率を低下させる行為」に該当するかどうかは、協定拒否がもっぱら他の争議行為目的のためにする争議行為のためにする争議手段として用いられた場合にかぎり、右規定にいう争議行為と解し、当事者の意図がかような点にあったと認められるかどうかは、拒否を右規定にいう争議行為と主張する側において立証する責を負うと解すべきだろう。副次的にも協定拒否が法律上非正常な時間外(休日)労働の状態化をあらためようとする意図に発するものであるかぎり、争議行為の禁止規定に触れると解することは時間外労働の常態化を法律が保障する結果になるからである。」と述べているが、時間外労働が副次的な闘争課題としされることよくあることであり、この点プロレーバー学説に接近しているともいえる。

『註解労働基準法』青林書院新社 1960年

 

2.石井照久

 

 「労使関係においては慣行的事実が尊重さるべく、期待された業務の通常の運営が阻害される限り」順法闘争は争議行為となる。

『労働法』1954

 

3.三橋正

 「通常順法斗争と呼ばれる一連の斗争手段は、組合も争議戦術と呼び、社会通念的に又社会事実的に争議行為と考えられている通りに「業務の正常な運営を阻害し」「争議目的の貫徹のためになされ」る限り、労調法七条、従って公労法一七条の云う争議行為であると考えられる。」

『不当労働行為の諸問題』勁草書房1955年256

 

4.大野雄一郎

 

三六協定締結拒否でなく、たんに超勤拒否戦術について言及し、一斉休暇戦術、勤務時間内職場大会、いわゆる定時出勤戦術と同じく、時限ストの類型に属する。公務員・公企体の職員の場合争議行為に合法の衣を装わせるためにストライキと呼ばない工夫をした名称をつけたにつぎないとする。

『争議行為法総論』日刊労働通信社1967年

 

5.林迪広

 

 「怠業・順法闘争」『労働争議論 浅井淸信教授還暦記念』法律文化社(京都)1965年は、総論的に順法闘争=争議行為説 ただし三六協定締結拒否は具体的な場合に争議行為とみられることはありうるが、争議行為と法的効果において同一視できない順法闘争という云いかたをする。

順法闘争の法的評価につき「順法闘争は、社会的事実としては明らかに争議行為である‥‥問題は、法的意味における争議行為に該当するか否かである。」と述べるが結論はそのほとんどが、法的にも争議行為であるとする。

 

 労調法6・7条の概念、労働関係の当事者間での主張の不一致、主張の貫徹を目的として行う行為、業務の正常な運営を阻害する性質の三点から検討しているが、結論は労調法7条にいう争議行為に該当する。 「順法そのものを目的とする順法闘争はともかく、他の争議目的達成のための手段たる順法闘争においては、それを労使間に生じている紛争を全体的に直視して位置づけるならば、結局は「労働関係における意見の不一致」を原因として順法闘争が行われていることは明らかである。したがって‥‥法的意味での争議行為たる一定要件を満たす」 ‥‥ 業務の正常な運営の阻害については、「正常」の意味は「平常」とは区別して法規に従った業務の運営と解し、順法闘争によって法規どおりの作業を行ったとしてもなんら、「業務の正常な運営」阻害したとはいえないとする主張と、「正常」とは法規に従った業務とは解さず、法規に違反していても事実上行われている状態をさすものと解し、順法闘争も争議行為であるとする主張が対立しているが、結論的にいえば「労調法第七条にいう『正常』な業務の運営とは使用者の労働者使用に関する指揮・支配権能が他のものに阻害を受けずに事実上円滑に行為されている状態をさすのであって、この場合においては、使用者の指揮・支配の内容が個別的契約関係の権利義務にてらして適法なりやいなやを価値的に判断することを前提とせず、ただ雇用関係を有する労働者に対する使用者の事実としての指揮権限が、労働組合の事実行為による阻害によらず貫徹されている状態をいう‥‥」  

 ここから私のコメントだが、著者は明らかに労働組合寄りのプロレーバー学者だが、要するに順法闘争は社会的事実としても争議行為であり、法的にも労調法の争議行為にあたるとする見解それ自体はほぼ妥当といえる。『正常』な業務の運営とは使用者の労働者使用に関する指揮・支配権能が他のものに阻害を受けずに事実上円滑に行為されている状態をさすとするならば、労働基準法は三六協定が締結できないときに労働者使用に関する指揮・支配権能を阻害する強行法規のようであり、まさに争議行為促進を内包していた悪法といえるだろう。

 

次に「順法闘争について」『法政研究』25巻2-4号は、順法闘争は労調法7条の争議行為にあたると云いながら、公労法17条の争議行為禁止は、国民生活に対する著しい侵害を及ぼす業務の正常な運営を阻止の行為に限定されるべきで、順法闘争は基本的に含まれないとする。この見解は昭和52年の名古屋中郵判決で明確に否定されていることから通用しない。要するに争議行為であっても争議行為制限禁止規定に反しないというものであるから、公労法の解釈としては通用しない。

 

  

 

6.中村博

 

 労働省大臣官房秘書課長、中労委次長、公労委次長、人事院公平局長を歴任。

 

(三六協定が成立している場合の超勤拒否戦術)

 この場合の残業命令については残業義務が発生を認めるという説と、その場合でも個別の合意が必要とする説があるが、仮に後者をとるとしても、組合の意思に基づいて、個々の労働者の合意による残業義務の発生を抑制することになるので、正常な業務運営を阻害するので争議行為となるとする。

 

(三六協定締結拒否)

32法制局一発第22号の法制意見「‥‥『業務の正常な運営』とは、業務の運営であって、経験則に照らし、経常・普通の状態にあると客観的に認められるものというと解されるが、特定の事業場において時間外又は休日の労働の行なわれることが常態であり、また、そういうことが行なわれることによってのみ当該事業場における業務の運営が経常・普通の状態にあると客観的に判断しうる事情の存するときは、労働組合が当該協定の有効期間の満了により、時間外又は休日の労働行なわれなくなった場合は、当該事業場における『業務の正常な運営』が阻害されたことになるといいうるところであろうと考えられる。してみれば、このような事情のもとに労働組合が当該協定の更新を拒否する行為は、争議行為にあたるといいうる‥‥‥労働組合が労働基準法第三六条を引用して協定の更新を拒否しているにかかわらず、労働組合以外の者が当該協定の更新の拒否をもって争議行為にあたると主張するためには、労働組合による等が居卿手居の更新の拒否が、もっぱら時間外労働又は休日労働以外の事項についての労働関係に関してその保持する主張を貫徹するのに有利であるかどうかの判断に基き、ただその目的を達成するがためにのみむなされたものであることを立証しなければならない‥‥」を引用し著者もこれに与するとする。

 

『公務員の争議行為と処分』中央経済社1971108頁以下

 

7.恒藤武二 

 

 労働法もやっているがフランス政治思想史の著書も多い人。我が国では一般的ではないが、争議行為とは同盟罷業、怠業、業務管理の三種類に大別して概念を整理すべきと云い、「怠業とは、団結した労働者が、使用者に対抗するため、その労働契約の履行を部分的に拒否すること=労働契約の不完全履行」「怠業とは能率低下(スローダウン)による典型的な怠業のみでなく、定時出勤、順法闘争、上部遮断スト、納金スト、などのようなやや変則的な争議行為を包括し、さらに残業拒否、時限ストのような労働契約に基づくその日その日の労働義務の一部分を履行しない形でなされる争議行為を包括し」と述べ、「怠業」は争議行為の範疇なので残業拒否=争議行為説である。

「サボタージュ」日本労働法学会編『新労働法講座4』労働争議 有斐閣1967年所収

 

(二)  労働者側の正当な権利行使とする説

 

1. 沼田稲次郎

三六協定が有効要件を欠くか有効期限が切れた場合「組合としても、個々の労働者としてもいつでも時間外労働を拒否できる。権利濫用などというトンデモナイ議論の生じる余地はない。」また時間外労働拒否だけの争議行為もできるとしている。労基法36条は32条の例外であるとして「争議状態においては、労使は対立状態に在るわけであって、かゝる場合においてまで、使用者のための恩典的例外を労働者に受忍せよというのは労働良識上認めがたいことである」と反市民法的見解を述べ「労働者側が第32条の原則に遵うという態度(遵法斗争)を以て36条の例外を拒否することは当然である」とする。

「遵法斗争と権利濫用-三井造船事件に関連して-」『労働法律旬報』77(1951)

したがって、争議行為という認識を示しているが、順法闘争は権利の行使であるから、争議権の濫用にあたらず、争議禁止規定にも該当しないとしている点で、順法闘争をあおる悪質な議論を展開しているといえるのである。(続く)

 



[i]森岡孝二『企業中心の社会構造』青木書店1995

[ii] 90年代日経連が全ホワイトカラー裁量労働制を提唱したことに危機感をもった労働組合や共産党が時短政策に絡めるかたちで不払い残業是正キャンペーンを行い、それを背景として中基審が2000年11月に「労働時間短縮のための対策に対する建議」を行い、厚生労働省が「労働時間の短縮促進に関する臨時措置法」の改正を労政審に諮問し、森内閣の坂口力厚労相のもとで2001年2月に同法改正を閣議決定し、それまでは労使間の問題として政府が積極介入しなかったあり方をやめ、サービス残業は労働基準法違反で、悪質な企業は司法処分を辞さないという労働基準局長通達(基発339号)を出し、「サービス残業規制政策」が開始した。初期は電機大手が集中的に狙われ、まずNECが基準監督署の指導で主任以下の調査を行い過去2年分の残業代を支払わされた。本社田町の100人以上について平均150時間約4500万とされている。日立製作所でも未払い残業代が支払われ、三菱電機で是正勧告、係長級に導入していた残業手当の定額支給も見直された。さらにシャープで是正勧告、沖電機でも是正指導がなされた(清山玲「サービス残業の実態と規制政策の転換」『茨城大学人文学部紀要. 社会科学論集』39 2003 ネット公開論文参照)。

 

[iii] 新しい管理者(昭和415月・郵政省人事局編)-2- 『労働法律旬報』646号 1967

[iv]升田嘉夫『戦後史のなかの国鉄労使-ストライキのあった時代』明石書店2011年

 

[v] 升田嘉夫 前掲書131頁

[vi]日本労働年鑑 第57集 1987年版http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/57/rn1987-045.html

[vii] 日本労働年鑑 第53集 1983年版http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/53/rn1983-295.html

 

 

 

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