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2015/07/12

入手資料整理163

(テーマ夫婦別姓反対論の材料)

10812  廣瀬隆司 「明治民法施行前における妻の法的地位」」 『愛知学院大学論叢. 法学研究 』28(1・2) [1985.03])  

明治維新より、明治民法施行までの法制史。著者は親族法と相続の専門家。

10813    廣瀬隆司 「明治民法施行前におけ妻の法的地位」」 『愛知学院大学論叢. 法学研究 』28(1・2) [1985.03])  

亡妻の妹と再婚することを順縁婚、人類学ではソロレート婚、亡兄の嫂を娶ることを逆縁婚、人類学でレヴィラート婚という。明治民法では庶民の家族慣行を重視し 順縁婚、逆縁婚とも合法としたが、民法施行前、特別許可制の時代があった。逆縁婚は士族の家族慣行では儒教倫理に反し許容できないものだったからである。しかし貞女は二夫に仕えずという儒教倫理よりも家継承が重視されるのが日本の庶民の家族慣行であり、逆縁婚を合法としたのは大英断であったと考える。というのは、戦争未亡人の多くが逆縁婚で再婚し、家を継承しているのであり、無用の混乱を回避できたのである。  順縁婚は、逆縁婚ほど問題にはならなかったが、西洋では教会法によって近親相姦として禁止され、イギリスやフランスでは死別でなく離婚後の順縁婚を禁止していた。近代化にあたって、西洋のような立法政策もありえたのであるが、やはり入夫婚姻(聟入)のケースで妻が死亡したとき、聟がそのまま亡妻の妹と再婚して家を継承することはありうることであって、家継承の観点からしても 順縁婚合法は妥当なものである。  なお、著者によると徳川時代は「国家」の倫理観が最優先され、「家」は次位に甘んじられた。明治民法以後は「国家」「家」「個人」にいためまで矛盾ない統一をつくりだし、明治民法はすばらしい法典だとする。そのような方向で研究をすすめるとしていたが、惜しいことに50歳で死亡したため、論文は少ない。

10814柴桂子「近世の夫婦別姓への疑問」 」『江戸期おんな考』(14) [2003年]

  夫婦別姓旧慣習説の井戸田博史を論破している重要な論文。井戸田氏の資料的根拠は妾として入った女性のものであるが、妾は本来給金を払って雇われた人にすぎない。正妻と同等では全くない。大名家の場合妾の子でも正妻が養育し、公的には正妻が母である。正妻が死亡した後、身上がりして、継室となり「おふくろ様」として権力をふるう例がないわけではないが、近世後期にそのような例はなくなった。実母も藩主家族の準構成員にすぎないということは別の論文で読んだ。柴氏は近世において女性が姓や苗字を名乗ることは稀であり夫婦別姓とはいいがたい明確に言っている。坂田聡の中世後期から近世にかけて夫婦同苗字が一般的だったという説も引用している。

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