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2015/08/20

入手資料整理171

10858槇道雄「公卿家領の成立とその領有構造」『日本歴史』460号1986年

まず公卿家領の成立要因としては、11世紀末における封戸制の崩壊、つまり国家的給付(律令的封禄)の崩壊をあげている。
この点については勝山清次が「11世紀の90年代以後に、寺社・公卿の封戸を問わず封物の納入状況が急速に悪化したという指摘を引用しているが、著者は引用してないが佐々木宗雄の著書でも、11世紀末に封戸制が崩壊、位禄も12世紀以降支給されなくなったと指摘しているとおりである。。要するに11世紀の90年代が転換期と大ざっぱに考えてよいと思う。
 これは私の解釈だが、堀河天皇の関白師通期までは、関白が太政官機構を掌握しており受領功過定等の受領監察制度が機能し、ひきしまった政治が行なわれていた。ところが次の摂関忠実は若く、源師子に恋して、白河上皇に古女頂戴したために何もいえなくなり、上皇に従属してしまった。むろん鳥羽天皇の母は閑院流藤原氏で摂政でありながら外戚でなかったこともある。院近臣が台頭し「夜の関白」の発言権が強くなっていくという政治過程で、後期王朝国家の律令国家的収取体系は崩壊したのである。

 著者は公卿家領の成立は寺社と同じく封戸の荘園化であると言っている。

 つまり院宮王臣家・公卿・寺社の経済基盤は、11世紀末を転換期として

 封戸(国家的給付)→荘園(家領)及び知行国

となったということだろう。

そして「荘園」とは何か、単純明快に「公領分割」だ

という永原説を引用。

公卿家領の領有構造について勧修寺家領が検討されているが、上級領主を戴かない私領はほとんどない。上級領主は院・女院・摂関であり、「預所」という地位は、院庁や女院庁の下文の発給により許可されたのであり、その地位は上位者の管領下にあったので、不都合があれば没収されかねない地位であるとする。「したがって「預所」としての公卿は、定額の年貢のほかにも上級領主から割り当てられる臨時課役の負担など、種々の奉仕が求められることになり‥‥かなりの努力を払わなければならなかった」とするので、家領といっても近代的所有のありかたとはちがうといえる。

10859 星川正信「室町期における大炊寮領と中原氏」『法政史学』32 / 1980

 局務家中原氏と清原氏が、太政官少納言局の大外記を代々世襲したが、大外記は太政官内の記録、文書勘例、公事等を奉行する職掌であるが、同時に大炊頭として、内定経済の保管的役割をにない、大炊寮領の管領権を行使していた。
つまり、大炊寮領の権益を中原氏が家領化して、局務家が成立したと理解する。

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