下書き 高群逸枝学説の誤謬について
高群逸枝は、平安前期の「一時的妻訪婚」を意図的な創作により「純婿取婚」とした。八九四年より一〇八七年までの結婚は婿の実家に妻子を連れていくことはないとするのである。
要するに ツマドイ、ムコトリとは、婚姻の初期の段階であるのに、母系原理の根強い存続を主張するために、意図的資料操作により虚構の学説をでっち上げたのである。
栗原弘によると、高群逸枝説というのは、日本は古代から一貫して父系家父長制であり、男性による女性支配が宿命であるとの説を打破し、男性社会に反撃する目的で創られたもので、女性史を冷静にみようとするものではなかった。(栗原『高向群枝の婚姻女性史像の研究』高科書店1994 368頁)
栗原は藤原氏の主要な邸宅の伝領過程を明らかにすることによって、高群が父系異居構想のために意図的操作をしていることを明らかにしている。高群学説について学問的否定者は、洞富雄、江守五夫、鷲見等曜、思想的批判者として、緒方和子、中山そみ、犬童美子である。
ところが批判的継承者や思想的共鳴者のほうがずっと多いのである。このために高群学説がいまだに偉大だと勘違いしている人が多いのが大問題である。
私が思うに、当事者の合意で婚姻が成立するのは古典カノン法の理念である。秘密結婚を承認したのは教会法だった。しかしラテン的キリスト教世界の教会法圏外の社会ではそうではない。一般的に、婚姻成立のために重要なのは妻方の父母、親族の承認である。そうでないと駆け落ちになるからである。日本の古風なムコトリの意味は娘との婚姻を承認することを公にする儀式として重要なのだろう。
柳田国男の「聟入考」は、日本は古代か一貫して父系社会であり、「聟入」を付随した古風の婚姻と、「聟入」を喪失した新しい婚姻を峻別しない(栗原32頁)。
私は必ずしもそう考えない。当事者が結婚相手を探して仲人が仲介する村落と、家と家との取決を仲人が仲介する結婚が基本の村落では結婚のあり方が違うからである。
しかし一時的妻訪婚とて、いずれ、夫方に居住し落ち着くということであれば、柳田の結婚のあり方としては大差ないと認識してよい 。
京楽真帆子「平安京における居住と家族-寄住・妻方居住・都市」『史林』76巻2号1993年3月はね高群逸枝の古代招婿婚・妻方居住が基本だったとする説を明確に否定している。 「貴族の居住は、一般に「仮住まい」・「寄住」を経たのち、買得、譲渡によって所有権を正式に得た邸宅で行われるようになる。平安貴族にとって、妻方居住はこうした「仮住まい」・「寄住」の一形態にすぎなかった」 妻方居住は仮住まいの選択肢の一つにすぎなかったわけである
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