公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

無料ブログはココログ

ニュース(豪州・韓国等)

« 民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである 下書きその10(選択的夫婦民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである  | トップページ | 最高裁の判断を前にしてカウンターレポート民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである (選択的夫婦別氏・夫婦別姓絶対反対)その1(未完) »

2015/12/15

下書きの修正 カウンターレポート民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである (選択的夫婦別氏・夫婦別姓絶対反対)その1 

川西正彦

 

 

目次

 

 Ⅰ 明治民法の夫婦同氏()制 梅謙次郎の立法趣旨は正しい

 

(Ⅰ)妻は婚入配偶者として夫の家に入るのであるから夫婦同氏が日本の慣習に合致しているとの立法趣旨は正しい。

 

1 出嫁女の婚家帰属(婚家の成員である)の立証

 

() 清水昭俊説

 A 家成員の資格

 B〈家連続者〉と婚入配偶者

 C 排除予定者

 D 定形の地位構成団体としての「家」

E 仏体系

 F 家成員獲得過程を規制する規則群

()いわゆる核家族も「家」である

 

 

 

Ⅰ 明治民法の夫婦同氏()制 梅健次郎の立法趣旨は正しい

 

 

明治民法起草者穂積陳重・富井政章・梅謙次郎の三者のうちもっとも強く夫婦同氏を推進したのが梅謙次郎である。梅は儒教道徳より愛情に支えられた夫婦・親子関係を親族法の基本とし、士族慣行より、庶民の家族慣行を重視した点で開明的だった考える。つまり進歩的な民法学者が夫婦同氏を強く推進したのであって、その趣旨は今日においても全く妥当である。要約すればそれは

 

◎夫婦同氏は婚入配偶者が婚家に帰属する日本の「家」、家族慣行に慣習に合致する。(明治民法施行前から実態として夫婦同氏だった)

 

◎ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア等の法制が夫婦同姓でありそれに倣う。欧米の単婚家族におけるファミリーネームの継受。

 

これは夫婦同氏()が日本の家族慣行に合致するとともに、欧米の家族慣行にも合致しているものと評価できるのである。日本の伝統的な家族観も生かし、欧米の友愛結婚の理念にも合致する。

 

 

(Ⅰ)妻は婚入配偶者として夫の家に入るのであるから夫婦同氏が日本の慣習に合致しているとの立法趣旨は正しい。

 

梅は法典調査会で、漢土法に倣って夫婦別氏とすべきという一部の意見に強く反対し、日本の慣習では妻が夫の家に入ることが慣習である以上、実家の苗字を唱えることは理屈にあわないとはっきり言っている。

 

「支那ノ慣例ニ従テ、妻ハ矢張リ生家ノ苗字ヲ唱フベキモノト云フ考ヘガ日本人ノ中ニ広マッテ居ルヤウデアリマス〔ガ〕‥‥之カ日本ノ慣習少ナクトモ固有ノ慣習テアルトハ信しシラレマセヌ、兎ニ角妻カ夫ノ家ニ入ルト云フコトガ慣習デアル以上ハ夫ノ家ニ入ッテ居ナガラ実家ノ苗字ヲ唱ヘルト云フコトハ理窟ニ合ワヌ‥‥」『人事慣例全集』58[江守1990 57]

 

実際、日本において出嫁女は主婦予定者あるいは主婦として婚家に迎えられてその成員となり、死後は婚家の仏となるのが慣習なのである。それは今日でも全く同じなのだ。

 

実はシナにおいても妻は夫の宗に帰属し、後述するように清朝の姓名記載慣習は夫婦別姓ではない。漢土法については誤解があると思われる。第Ⅵ章で明らかにするが我が国においても夫婦別氏(姓)は旧慣習ではなく夫婦同氏(姓)が妥当なものである。

 

婚入配偶者の婚家帰属は揺るがせにできない根本的社会規範・倫理であるので、この立法趣旨は堅持されるべきで、これが民法750条を合憲としなければならない第一の理由である。

 

ところが法制史家は、夫の家に入ることを象徴するための氏という明治民法立法趣旨に批判的な人が多い。夫婦同氏制度を妻が夫の家に入って共同生活に入ると同時に夫の戸主権に服する「家」制度の残滓[熊谷開作1987 208頁]とみなすのである。

 

しかし、ナポレオン法典231条「夫は妻を保護し、妻は夫に服従する義務を負う」とある。ナポレオン法典には、父権、夫権、親族会議の力を示すものが多い。父権、夫権は近代市民社会において全く正当な価値である。

 

戦後の改正で戸主権に服するという法意は喪失したとはいえ、実質、妻が夫の家に入るという、(出嫁女は婚家の成員となる)ということが慣習と合致しているとする立法趣旨が今日でも有効性を失ってないというのが私の主張である。

しかし夫婦別姓推進論者の法制史家井戸田博史は、現行法では、氏に親権・扶養・相続の権利や義務を結び付けておらず、家名を表象しないという。また戦後民法改正により「家」が廃止されたのであるから、氏から「家」が払しょくされ、家名の性質はなくなった。氏は個人の同一性を表す「個人の呼称」となったとする[井戸田1986]。

しかしこの見解は、実定法の構造を述べたにすぎず、実態とかけ離れている。氏(苗字)を冠称することが「家名」を示すものではないというのが国民の一般的意識とはとても思えない。そして私はジェンダー論のように、家制度や家督、戸主、家長、主婦という地位構成に拒絶反応を示す論者に強く反対である。それでは全く国民の社会的営為の実態を無視したものになるからである。

戦後民法の改正により確かに明治民法の「家」制度・嫡子単独相続は崩壊した。公家や武士についていえば嫡子単独相続に移行したのはおよそ3世紀末から14世紀であるから、600700年の伝統の瓦解を意味する。男性は戸主権を喪失し弱くなり、長男は分割相続により威信を失ったというのは社会的事実である。しかしながら社会構造、慣行として日本的「家」、単性家族は明らかに存在している。

社会人類学の大御所といえる清水昭俊国立民族学博物館名誉教授の出雲地方の1967年の調査によれば、相続の際、象徴物が伝達されることを「家督相続」と言っている。これは家内統制権というよりも、物象化された家長位の地位の継承のことである[清水1970 210]。今日でも家長位は慣行として存在する。

村落社会での「家」は①家内的生活(domestic life食・住・養育等)、②宗教(祖先祭祀)③政治(村落共同体の政治)④経済(家計と農業生産労働)という幅広い生活を共同で営む[清水1987 205頁]。

戸主権は喪失したといっても、家長にはその「家」の指し示す家格と、それを裏付ける経済力、家格に応じて村落社会から家に課せられる、社会的義務と期待、これを維持、発展させる役割があり、家業その他の社会的営為の統括者としての役割がある[清水1970 208頁]。水利組合の下部組織「島」「組」、市や農協の事務を行う「区」といった村落共同体の組織に対する家の代表者でもある。

したがって、民間の慣習として家長という地位が否定されなければならない理由などもちろん全くないのである。

日本の社会学では、欧米の婚姻家族との対比において日本の「家」の独自性、特殊性を強調し、封建的、前近代的なものとして否定的する傾向が強いが、レヴィ=ストロースの「家社会」の研究により、日本の「家」に類似するような社会制度は世界各地に存在していることがわかってきた。レヴィ=ストロースは次のように「家」を定義する。「物質的および非物質的財から構成される財産を保有する法人であり、この法人は現実の系あるいは想像上の系にそって、名前、財産、称号を伝えることを通して永続する。この連続性は親族関係または姻族関係の言葉において、たいていはその双方の言葉において表現されている限り正当なものとみなされる」。また家は成員権が出自規則によって明確に定められているクラン、リニィジより家はある程度融通性があると説明されている[小池誠2005]。

従って、「家」を否定的に評価する理由などない。

重要なことは日本の家とは、離接単位で、同時に複数の家に帰属する事はあり得ない。家長と主婦という地位が永続していくリネジ団体であり、主婦予定者として嫁が、家長予定者として婿や迎えられるという構造である。この構造から夫婦同氏は当然のものとして理解できるのである。

 

1 出嫁女の婚家帰属(婚家の成員であること)の立証

 

 

(1)清水昭俊説

 

 論旨を明快にするため人類学者では厳密な定義で定評のある清水説を中心に取り上げる。

 

 清水は日本の「家」を次のように定義する。

 

「家は家族というよりもむしろ出自集団descent group、それも分節リネジ体系における最末端分節としてのリネジ団体に類比的である」[清水1980b 清水1987 219]。清水は1967年の出雲地方斐伊川下流の村落の調査にもとづき精緻な理論で「家」成員交替過程を明らかにした。

 

結論を先に述べると、清水は日本の「家」の構造を理論化し、家長-主婦という地位は必須の構成であること。家長と主婦は必ず夫婦であること。次代の家長と主婦を確保することで永続が保障されること。嫁は主婦予定者として、婿は家長予定者として婚家の成員であること。婚入配偶者は、死後も婚家の世代仏となるので、その婚家帰属性は論理的に明らかである。

 

A 家成員の資格

 

家成員は実子、養子、婚入者の3つの範疇と断言している。子供(実子・養子)と婚入者(嫁・婿)の2つの範疇と言い換えてもよい。[清水昭俊1973 62頁]

 

 つまり、家成員の獲得とは、出生、家外からの婚入、養取である。

なお、清水は妻妾制の廃止された明治から昭和の「家」について論じており、近世においては密子・猶子というカテゴリーも認められるが、ここでは論外としたい。

 

B〈家連続者〉と婚入配偶者

 

清水が独自に定義している用語で、家長-主婦の地位構成で婚姻に先立って家の成員であった者を〈家連続者〉と定義する。つまり跡取息子、家付き娘等の範疇である。〈家連続者〉の配偶者、家外から婚入して来る者を、男なら婿、女なら嫁という。婚姻は両性の個人の結合のみならず、家と個人の結合でもあり、この家を婚入者にとって婚家という。

 

従って、この結合の終息は離婚ではなく、家との結合の断絶でありこれを不縁という。

 かくして、家連続者夫婦→子供の出生=次代家連続者獲得→(次代)家連続者夫婦という循環的な過程が繰り返されるのである[清水1973]

 

C 排除予定者

 

〈家連続者〉だけが、生涯、家の成員であり、その余の子供たちは婚姻より前に生家から離れなければならないので、これを排除予定者と定義する。

 生家からの排除は、婚出、養出、分家設立の3つの形態のみである[清水1973]

 

D 定形の地位構成団体としての「家」

 

家成員は、おのおの与えられた地位に伴う役割を分担するものとして家生活に参与する。家は集団として不定形ではなく、限られた数の地位が一定の秩序に配列されている。つまり家は、時間的に配列された夫婦の対の地位(前・現・次代の家長・主婦-下記参照)と排除予定者以外の地位を用意していない。

 

前家長(おじっつぁんold man,grandfather)-前主婦(おばばold woman,grandmother)

 

家長(おっつぁんmale adult)-主婦(おばさんfamale adult

 家長予定者(わけぇしゅyoung fellow)-主婦予定者〈嫁〉(よめじょinMarrying young woman)

[清水1987 209]

 

E 仏体系

 人は死亡時に所属した家の仏になる。仏には世代仏と子仏の2種類がある。世代仏(セタイホトケ)とは、清水が出雲の調査で発見した概念だが、日本の「家」の標準的な仏体系とみなしてよいと思う。

これは、歴代の家長・主婦達であり、出雲では永久に年忌が営まれる(弔い上げはない)。生前結婚し、家長・主婦に予定されながら、家長・主婦になる前に死亡した者、男の家連続者(家長予定者)が、結婚年齢に達しながら未婚で死亡した場合を含む。ただし婿、嫁で不縁とされた者、中継ぎとして分家した夫婦、女の家連続者については夫が世代仏にならない限り、世代仏とはならない[。一系列に配列された歴代の世代仏は、生きている家成員と、家の創始者(先祖)を結びつける媒体である[清水1987 208頁]。

子仏とは生涯独身であった排除予定者、婚家で不縁とされて出戻り再婚しなかったケース等である。位牌とは区別されて箱位牌に収められ、父母兄弟など近い血族が家成員でなくなると忘れ去られていく。

清水が家を家族というよりは出自集団descent group[i]あるいはリネジ団体と定義したヒントが世代仏であったと考えられる。

例えば社会人類学者の蒲生正男は〈出自〉を、「社会的に承認された親子結合の世代的連鎖にもとづく、特定祖先への系統的帰属の方法」と規定し、〈出自集団〉の基本的特性は「単系性」と「自律性」にあり、出自の認知を明確に親子関係の連鎖としてたどれるものを〈系族lineage〉、単なる信念としてのみ出自の認知があるのを〈氏族clan,sib〉と説明している[蒲生1974]。

世代仏は見事に「世代的連鎖にもとづく特定祖先への系統的帰属」を表しているといえるだろう[ii]

 

F 家成員獲得過程を規制する規則群

 

 清水の学者としての能力の高さは、この精緻な規則群の提示によって明らかである。

 

(A)最下世代を基点とした家成員を基点とした家成員獲得過程を規制する規則群

 

指定される〈家連続者〉とは

 

) 下の世代が上の世代に優先する

 

)上記の枠内で男子が女子に優先する。

 

)上記の枠内で年長者が年少者に優先する。

 

 つまり第一に最下世代夫婦の長男子、第二に長女子、第三に最下世代夫婦のうち家連続者の弟、第四に最年長姉妹である。

 

 上記の可能性が不可能な場合は、家外から養子を求めるが、有力な家では血筋の中切れを嫌い分家から養子を求めるが、それは強制的な規則ではない。

 

 

(B)最下世代夫婦に事故が生じた場合の対処を規制する規則群

 

)次代家連続者長男が結婚後間もなく死亡した場合

 

 弟妹が家に残っていた場合、寡婦は生家に戻し、弟妹を家連続者に指定する。

 残っていたのが弟であり、死亡した兄と年齢差がなければ、寡婦と弟の結婚(レビレート婚)が指定される。

 弟妹も家に残って言いない場合は、婚入配偶者であった寡婦が、〈家連続者〉となり、あらたに婿を迎える。血筋としては〈中切れ〉になるがそれでも家は連続していく。

 

)息子を残して最下世代夫婦の夫が死亡した場合

 

 死者夫婦の息子を次の次の家連続者に指定したうえで、死者の弟ないし妹夫婦を〈中継ぎ〉として、息子が成人するまで家の運営を代理させる。息子の成人後、〈中継ぎ〉夫婦は分家を創設する[清水1987 211]

 

(C) 清水説(B)の補足 寡婦・寡夫の再婚による家の継承

 

 清水説はフィールドワークに基づいて家の連続は、婚入者〈寡婦・寡夫〉を介しても実現されているという規則を提示した。婚入者〈寡婦・寡夫〉は家連続者としてあらたに配偶者を迎えることにより家は連続する。

〈家連続者〉は「婚入配偶者を迎えて家成員を増殖させるために、家がその内部に用意する家成員」と定義されるため、婚入配偶者たる嫁・婿は家成員であることを見事なロジックで立証している。

 

この論点を補足すると、寡婦・寡夫の再婚による家や名跡の継承は歴史的モデルケースがある。

)畠山氏

畠山重忠未亡人北条時政女が岩松義純と再婚した例

畠山重忠は秩父平氏の嫡流、長寛二年(1164)に畠山館(現深谷市)に出生し、知勇兼備の武将として「坂東武士の鑑」とされた著名な人物であるが、元久二年(1205)北条時政後室牧の方の謀略により、嫡子重保が由比ガ浜で討たれ、重忠は二俣川で北条兄弟軍により討たれた。重忠の末子、弟による家門再興は許されず、平姓畠山氏は断絶、政子の命令で重忠の所領は没収されたが、承元四年(1210)重忠未亡人北条時政の所領は改易されないこととなり、この未亡人は足利義兼の次男、岩松義純と再婚し、畠山泰国を出生しており、畠山の名跡は泰国の子孫が継承、足利一門として室町時代には管領となる[福島1990]

 

 )住友家

 婿養子が家外から後妻を迎え、その間の子孫が家業を継承した例

 住友社史によると、家祖は政友であり、京都で書籍と医薬品を商う「富士屋」を開き長男の政以が継いだが、長女の婿となったのが蘇我理右衛門の長男理兵衛(16021662)であり、住友に改姓し、住友友以(とももち)と名乗った。実家より銅吹き業を持込み、実質住友財閥を興した人といえる。大阪に移転し代々銅精錬業として「泉屋」の家号を用いた。このため住友社史では蘇我理右衛門を元祖あるいは業祖としているのである。

 友以は岩井善右衛門女を後妻としており、実質的な家業は婿養子の友以と岩井間の子孫が継いでいる。しかし友以の母が政友姉であるから、住友家の血筋は女を介して中切れにはなっていない。しかし八代目で血筋が絶え岡村家から養子を迎え、十五代目に徳大寺家の子孫を婿養子としている[官2005 266頁][iii]

 

 () いわゆる核家族も「家」である

 

 上記清水説AFによって主婦予定者として婚入する嫁、家長予定者として婚入する婿が婚家に帰属することは明らかであるが、次のような反論が考えられる。上記の理論は日本の農村の典型的な直系家族のことではないか、現代都市のいわゆる核家族の増大を考慮してないとの。

 しかし、いわゆる核家族も「家」であることに変わりない。清水昭俊は、清水盛光、川本彰、リーチを引いたうえで日本語の「家」と欧語のfamilyは近似したものとの認識を示している。

「家内的親族集団とりわけ家族を内包とし、家内的集団]と親族的機能集団を、あるいはさらに機能的親族集団が何らかの機能的関係(一族としての連帯関係など)に取り込むことのできる範囲の(遠い)親族を外延とする概念」を表す用語として日本語では「家」、欧語の最広義でのfamilyないしその同系語、あるいはhouseないしその同系語が適当」[清水1987 56頁]としている。

 さらに清水[1987 96頁]は次のようにも云う「家‥‥は家族本位制のもとに、つまり〈いえ〉といった理念の下に共同意識で結ばれた家内的生活集団と定義され‥‥伝統的社会の家で営まれる家内的生活の内容は豊富で、多くの機能が累積している。つまり重責的共同体である。またこのように家を定義すれば、現代都市の核家族もまた〈マイホーム〉〈かぞく〉〈いえ・うち〉といった理念で結ばれた家だということができる」とする。

 家業の継承のない核家族といっても親族との連帯関係がないということは考えにくい。相続、盆暮の帰省、特定祖先への系統的帰属意識、何よりも民法自体直系血族の第一次的扶養(民法877条1項)等が期待される親族共同生活の場とされているので、親族構造と無関係な単なるドメティックグルーブであり得るはずがない。

 人類学者の蒲生正男は、単純に日本の伝統的家族を二類型に分け〈直系家族はunilateral familyと〈隠居制家族〉はconjugal unilateral family[iv]とする。共住を家族の要件としていないのは、レヴィ=ストロースに倣ったものだろう。世帯分離でも家族と規定できるのである。

 

 人類学者の定義に従えば、夫婦別姓推進論者に多いジェンダー論は婚姻家族を崩壊させる懸念が強い。つまり母系家族と対極をなすのが婚姻家族であって「これは家内的生活が

主として夫婦間の性的分業によって営まれる家と定義され、核家族や核家族かになる拡大家族はこれに含まれる」[清水1987 97頁]とされている。婚姻家族において性的分業は当然であるからだ。

 

 


[i]社会人類学の概念を用いて初めて家・同族を定義したのは中根千枝(1926~東大名誉教授)である。中根は出自集団descent group(中根は血縁集団と訳す)を定義して、成員権が「正式の結婚による父母を前提とする出生によって決定され」、この成員権は「原則として‥‥個人の一生を通じて変わらない」としたうえで、日本の家・同族においては婿養子や養子が成員権を得ることと、養取や婚姻によって個人が所属を変えることなどから、同族は(父系)出自集団ではないとした[中根1970]

これに対して蒲生正男(19271981)は、この理解は人類学の常識を逸脱し、重大な誤解があり、偏見、空想であると批判した[蒲生1974]。これを中根-蒲生論争という

 蒲生は出自を規定する要因として「出生のみに根拠をおくことは、実体の理解に適切ではない」「社会的に認知され‥ればそれで充分である」[蒲生1968]

嫁を家の「ムスメ」とする「『カマドの一体化原理』」[蒲生1970]や非親族を養子としてとり込む養取の方式ゆえ、及川宏や喜多野清一も理解していたように同族を出自集団と扱ってよいと結論し、蒲生は日本の伝統的家族を「単性家族unilateral family」、同族は「practicallevelで言うなら‥‥cognatic lineage‥‥ideallevelで言うならpatrilineageと規定」することができるとした[蒲生1968]

 

私はこの論争について次のように判断する。清水昭俊[1987]が、中根説を批判し、厳密に父系出自集団といえるのは韓国の門中だけだと言い、日本の家・同族について準父系の出自形式とし精緻な理論で説明し手いる、家は家族というよりも出自集団と論じ、江守五夫[1990]も中根説が中国の宗族について女性は婚姻の後も出生の宗族の成員としたこと重大な誤りと指摘し、韓国の門中(姓族)も婚姻後は夫族に帰属すると述べた[1990]]。いずれも首肯できるのであり、中根説は重大な欠陥があるとみなすほかない。

 

[ii]上野和男[1985]が位牌祭祀の諸類型を分類しているが、清水が発見した世代仏は、上野の分類する相続者夫婦を本幹とするもので位牌が深く蓄積する「父系型」と類型化されており、日本で最も広い分布をもつものとされている。〈出自集団〉の基本的特性は「単系性」にある以上、あえて「父系型」と類型化する必要もないだろう。バリエーションとしては、位牌が蓄積しないケースもあるまた少数例であるが、特殊な形態として分牌祭祀と、位牌分けがある。

 分牌祭祀は1934年に五島列島で発見され、その後北限の福島県まで事例が報告されているが、これは生前より本家(長男)が父を世話し、分家(次男)が母の世話をする。死後の年忌法要も本家が父と分家が母というように分担するものである。これは婚家の同族での分牌であるから、婚入配偶者の婚家帰属を否定するものではない。

位牌分けは、複数の子供たちが位牌を別々に祀るもので、養出、婚出した子供の家に持ち込まれると双系祭祀になってしまう特異な例である。しかし上野は養出、婚出した家では一代限りのものとしており、この例外的事例をもって 、婚入配偶者の婚家帰属が揺らぐというものではない。このほか複寺檀制(半檀家)の指摘もあるが、きわめて例外的なケースにすぎずこだわる理由などない

[iii]日本の伝統的な家(単独相続)制度は、中国や韓国のように均分相続でないので、家族経営規模を保全して零細化を防止し、婿養子や非血縁養子により永続性が確保でき、家業・家職の継承に有利なだけでなく、住友家は婿養子が「持参金」代わりに製銅業を持ち込んだケースだが、経営能力のある婿を迎えて家業を興したり、養入により生家の家業を持参して事業を拡大できる等メリットが多く、ジォンダー論者のように敵視されるべきものではない。

[iv]

蒲生は家族を「夫婦関係ならびに親子関係、もしくはその連鎖で結ばれた特定範囲の人たちからなる集団」と単純に規定した。

 

そして親子関係が尊重されるか夫婦関係を尊重するかで、婚姻家族と親子家族というと変差を生み出すとする[蒲生1974]。

 

そのうえで「日本の伝統的な〈直系家族〉はunilateral familyであり、〈隠居制家族〉はconjugal unilateral familyであって、日本の伝統的家族の基本構造をunilateral なものとして理解しようとするものである。たとえば家の象徴として〈家名〉〈家屋〉〈家職〉〈家督〉などがあげられているが、これらの継承相続が一方の親からのものに限られているなら、その構造はunilateralというべきもの」[蒲生1975]つまり日本の家を単性家族と規定した。

 

この概念は、ミードやレヴィ=ストロースが批判した核家族批判説の議論のなかで登場した「単性家族unilateral family」「双性家族bilateral family」の類型論にもとづくものであり[上野1982]、蒲生は一方の親子関係をとりわけ優先的に尊重するものを単性家族、一方夫婦別産が顕著なら双性家族と認知しうるとする[蒲生1974]。

 

 

 

蒲生正男(1974)の家族類型論

 

 

lateral family

 

(親子家族)

 

bilateral family(双性家族)‥‥アラスカ・エスキモーの家族

 

unilateral family(単性家族)‥‥日本の直系家族

 

conjugal family

 

(婚姻家族)

 

bilateral family(双性家族)‥‥ オーストリア農村家族

 

unilateral family(単性家族)‥‥日本の隠居制家族

 

 

日本の直系家族は明治民法が理想として規定してきた家族形態であり、東北や北陸地方を中心に東日本に広く分布する。しかしもう一類型あり、夫婦関係を尊重する西日本の隠居制家族 でありconjugal unilateral familyと規定し、いずれも単性家族としているのである。

 

むろん蒲生が顕著な夫婦別産とみなしているオーストリア農村とて夫婦同姓であり、たとえ夫婦別産でもキリスト教的な絆の強い夫婦倫理から、父系姓=ファミリーネームが西欧では普通だから、それが夫婦別姓の理由になるわけではないが、日本的「家」を単性家族と定義され、出嫁女が婚家に帰属する以上、夫婦同氏制が我が国の家族慣行に合致しているという根拠の一つといえるだろう。

 

 

« 民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである 下書きその10(選択的夫婦民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである  | トップページ | 最高裁の判断を前にしてカウンターレポート民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである (選択的夫婦別氏・夫婦別姓絶対反対)その1(未完) »

夫婦別姓等民法改正問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである 下書きその10(選択的夫婦民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである  | トップページ | 最高裁の判断を前にしてカウンターレポート民法750条・夫婦同氏(夫婦同姓)制は合憲とされるべきである (選択的夫婦別氏・夫婦別姓絶対反対)その1(未完) »

最近の記事

最近のトラックバック

2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

世界旅行・建築