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2016/03/13

下書き 事業所内での洗身入浴についてその1

一般論として主として判例を参考として検討する。

 1 洗身入浴時間は労働基準法32条の労働時間に該当しない。

 

 三菱重工長崎造船所事件一審(長崎地判平元・210労判534号)控訴審(福岡高判平7.4.2労判681)上告審(最一小判平12・3・9労判778号、判タ1029号)

 

 昭和484月三菱重工長崎造船所は完全週休二日制実施に伴い勤怠把握方法を変更し、従業員に対し作業服や安全衛生保護具の着脱や洗身入浴等について所定時間外にするよう命じた。原告は3つの労働組合のうち最も少数派の組合員であるが、所定時間外に行うこととされた以下の行為が、労働基準法上の労働時間に該当すると主張し、賃金の支払を請求したものである。

①午前の始業時刻前に門より事業所に入って更衣所までの移動

②更衣所等で作業服・保護具を装着して準備体操場まで移動

③午前の終業時刻後、作業場・実施基準線から食堂への移動、控室で喫食のために作業服・保護具の一部を脱離する行為。

④午後の始業時刻前に食堂から作業場等に移動し、脱離した作業服・保護具等を再び装着する行為。

⑤午後の就業時刻後に作業場・実施基準線から更衣所に移動し、作業着・保護具を脱離する行為。

⑥洗身・入浴等を行い、その後通勤服を着用する。

⑦更衣所から門に移動し事業所より退出する。

 

 従来労働力提供の準備行為は本来の作業にあたらない行為として、労働時間として認めない下級審判例が多かったが、本件長崎地裁(平元・210労判534号)は原告の請求を一部認容しを労働基準法上の労働時間に該当するとして、就業規則規定の割増賃金の支払を命じる判決を下した。

その理由として「労務の提供のうちには本来の作業に当たらなくとも、法令、就業規則、または職務命令によって労働者が労務を提供を開始するに当たって義務づけられ、これを懈怠したときは不利益取扱いをうけることから、必要不可欠ないし不可分の準備行為とされているものも含まれるというべきである‥‥作業服及び安全衛生保護具等の装着は本来の作業を遂行するにあたり必要不可欠ないし不可分の準備行為といえるから、使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間も労働基準法上の労働時間に含まれる」と判示した。

しかし「作業後の洗身については、労働安全衛生規則六二五条が、使用者に対し、身体又は被服の汚染を伴う業務に関し、洗身等の設備の設置を義務付けしているだけで、労働者に洗身入浴させることまでも義務付けるものではなく、また洗身入浴は一般に本来の作業を遂行するうえで密接不可分な行為ともいえないので、洗身入浴しなければ通勤が著しく困難といった特段の事情がない限り原則として洗身入浴は使用者の指揮監督下における労務の提供と解されず、これに要する時間は労働基準法上の労働時間には該当しないというべきである‥‥」とした。

 

 当事者双方からの控訴審福岡高裁判決(平7.4.2民集543950)は一審の判断を維持して控訴を棄却した。上告審(使用者側につき最一小判民集54巻3号801頁 、労判778号、判タ1029号)は、労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない。」としたうえで、原審の判断は正当として当事者双方からの上告をいずれも棄却した。使用者側上告については「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。」と判示、労働者側上告に対しては「実作業の終了後に事業所内の施設において洗身等を行うことを義務付けられてはおらず、特に洗身等をしなければ通勤が著しく困難であるとまではいえなかったというのであるから、上告人らの洗身等は、これに引き続いてされた通勤服の着用を含めて、被上告人の指揮命令下に置かれたものと評価することができず‥‥洗身等に要した時間は、労働基準法上の労働時間に該当しない」と判示した。

 以下、簡単に筆者の見解を述べる。このように最高裁が重筋作業のある造船労働者ですら作業終了後の洗身行為を労働時間として認めない判断を示している以上、身体の汚染が想定される場合でも勤務時間内の洗身入浴は特段の事情がある場合を除いて容認しない方針が妥当というべきである。洗身入浴がシャワーのみであれ、浴槽につかる入浴であれ同じことと考える。また、労働安全衛生規則が身体又は被服の汚染を伴う業務に関し洗身等の設備の設置を義務付けている趣旨からすれば、事業所内の洗身入浴施設は、労働安全衛生上の施設であって職員の厚生施設とみなす必要はない。したがって作業による身体の汚染が認められない事務職は、宿直や泊り込みの残業でもない限り、たとえ所定時間外であっても、目的外使用として企業秩序、施設管理権の観点から便宜供与する必要はない。(次回は、国鉄池袋・蒲田電車区事件をとりあげる)

 

(評釈・参考)

地裁判決につき新谷眞人・季刊労働法152号1989/7、高木龍一郎・法学〔東北大学〕53巻5号198912、加茂善仁・経営法曹10219933、柳澤旭・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕1995/5、労働者側上告最高裁判決につき土田道夫・労判786号、野田進・労働法律旬報1493号、浜村彰・平成12年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1202〕2001/6

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