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2016/04/03

自民・公明「ヘイトスピーチ抑止法案」に強く反対

(花見どころじゃない。職場改革に集中的に取り組むため資料整理していたところ、年度末のニュースで大きな問題があったので、とりあえず国政に関して自分の意見をまとめた、自民党などに短縮バージョンの意見を送付した)

 

 NHKなどの報道によるとhttp://irorio.jp/nagasawamaki/20160331/311858/、自民・公明両党は「ヘイトスピーチ」を「公然と、生命や身体、自由や財産などに危害を加えることを告知するなど、日本以外の国や地域の出身者を地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」と定義したうえで、原案には「国の施策実施の責務」や「相談体制の整備や教育、啓発活動への取組み要求」、「地方自治体への施策要求」などが盛り込まれており、4月末までにまとめ、今国会での成立を目指すとしている。

 

 罰則規定は設けないとしているが、私は次の3つの理由から強く反対である。

 

1 特定の人を攻撃するものでないデモ行進や政治的表現の抑止、萎縮効果が大きい

 

 威力病務妨害や名誉毀損という市民法秩序に反するということならば処罰はやむをえないとしても、たんに集団誹謗的な表現の規制は特定人を攻撃していない表現活動を抑止することは人権体系でもとくに重要な政治的表現の否定である。レイシズムなどいかに社会的嫌悪されている見解であれ自らの政治的信念を公衆に伝えることは民主主義社会で重要な価値であり、それは断固として守られるべきである。

 今回の与党案でヘイトスピーチの定義がしぼりこまれているとはいえ、明らかに表現のトピック、内容に着目して、特定の団体、あるいは特定の表現活動を抑止しようとするものなので反対なのである。

 たとえヘイトスピーチが言語道断だとしても、それは思想の市場における批判にさらされることで、収束していくべき事柄で、公権力が規制すべきではない。 

 

 なお、学校法人京都朝鮮学園を中傷した街頭宣伝をなした者に対する巨額損害賠償と差止請求を認めた事例として、京都地裁平成25年10月7日判決、大阪高裁平成26年7月8日判決があり、これは同年12月9日の最高裁第三小法廷で上告棄却とされているが、人種差別条約に好意的見解を示しつつも、あくまでも特定の学校の平穏な教育活動を妨害し、名誉を毀損した不法行為にあたるとしたものである。

  控訴審判決は次のようにいう

「人種差別撤廃条約は、国法の一形式として国内法的効力を有するとしても、その規定内容に照らしてみれば、国家の国際責任を規定するとともに、憲法13条、14条1項と同様、公権力と個人との関係を規律するものである。すなわち、本件における被控訴人と控訴人らとの間の私人相互の関係を直接規律するものではなく、私人相互の関係に適用又は類推されるものでもないから,その趣旨は,民法7 0 9条等の個別の規定の解釈適用を通じて,他の憲法原理や私的自治の原則との調和を図りながら実現されるべきものであると解される。したがって,一般に私人の表現行為は憲法211項の表現の自由として保障されるものであるが,私人間において一定の集団に属する者の全体に対する人種差別的な発言が行われた場合には,上記発言が,憲法13条,141項や人種差別撤廃条約の趣旨に照らし,合理的理由を欠き,社会的に許容し得る範囲を超えて,他人の法的利益を侵害すると認められるときは,民法7 0 9条にいう「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」との要件を満たすと解すべきであり,これによって生じた損害を加害者に賠償させることを通じて,人種差別を撤廃すべきものとする人種差別撤廃条約の趣旨を私人間においても実現すべきものである。」としたうえで、在特会側の名誉毀損に当たらないという主張に対し、「発言は被控訴人の関係者や警察官に対する発言であっても、在日朝鮮人をあざけり、日本社会で在日朝鮮人が日本人その他の外国人と共存することを否定する内容であり、本件学校を設置・運営し朝鮮人教育一般文化啓蒙事業を目的とする被控訴人に対して向けられたもの」と述べており、特定の学校法人を標的にして名誉被損があったという認定である。

 

 

2、特定の観点、表現内容に着目した規制こそ脅威、不自由な社会になる

 

 トランプ候補がメキシコ人やイスラム教徒に対する政治的発言が物議を醸しているが、表現内容規制は憲法違反との司法判断が確立しているアメリカならではのこと。報道されているようにトランプ支持者はきれい事や建前をいう政治家に飽きており、ポリティカルコレクトネスにとらわれず心に思っていることを素直に発言したから人気を得ている。私はトランプを支持してないが、そのような候補が出て論戦すること自体は良いことである。

 一方、人種差別表現規制に積極的な欧州はどうだろう。テロリストの巣窟が存在し、排除できない。危機にさらされている。思ったことも言えない社会は、自らの存立基盤も危うくするのである。

 私は、ヘイトスピーチ規制が違憲とされている、アメリカのほうが健全で望ましいと考える。

 アメリカ合衆国の判例理論では、表現内容に中立な時・場所・態様の規制は合理的な理由があれば認められるが、表現内容に着目した規制は厳格司法審査となる。以下の主要な三例でも明らかなように、ヘイトスピーチ規制は、国民の政治的言論を萎縮させ、自由な国家にはふさわしくないのである。

 

() スコーキー村事件イリノイ州最高裁判決(Skokie v. National Socialist Party of America(1978)

 

 シカゴ地域にあるスコーキー村には1974年の時点で約7万人の総人口のうち4万500名がユダヤ系住民であり,ホロコーストを免れた数千人もの生存者が存在した。ナチズムを主張するNSPAがデモの実施を計画した。村はNSPAによる鉤十字等の表示が同村の多数の居住者に対する象徴的な攻撃および暴力・報復の扇動を構成することになるとして,鉤十字がけんか言葉(表現権の保障から除外されている)を構成すると主張し、デモ差止命令請求訴訟を提起したが、イリノイ州最高裁判所は差止命令を認めた控訴審判決を破棄した(Skokie v. National Socialist Party of America, 373 N.E.2d 21, 241978. 連邦最高裁へのサーシオレイライは認められなかった。Skokie v. Collin, 436 US. 953)1978)。「鉤十字の表示は,それが呼び起こしうる記憶と同様に自由な国家にとって不快なものであるが,それを表示する人たちの信念を公衆に伝達することを意図した象徴的な政治的言論である。……その表示は,けんか言葉に該当しないし,事前抑制の重い違憲の推定を覆すために用いることができない。または鉤十字の表示がけんか言葉にはならないが,それにもかかわらず非常に攻撃的で公衆の平穏に脅威を与えるのでその表示を禁止できるとは考えられない。この象徴を見ることがスコーキー村のユダヤ系住民にとって嫌悪感を起こさせること,ナチの迫害の生存者が自己の追憶にさいなまれ,その表示に強烈な感情を抱きうることは疑い得ない。しかしながら,こうした要素が被告の言論の禁止を正当化しないことは,非常に明白である。」と述べた。

 政府がデモ行進の主張に反対だからといって規制するならばそれは全体主義社会であり、これは優れた司法判断であった。

 

() 連邦最高裁セントポール市条例違憲判決、RAV v City Of St Paul,505 US 377(1992)

 

 未成年者の白人数人が黒人家族の住む家の庭に侵入し,そこで十字架を燃やしたことが、「人種、肌の色、信条、宗教、ジェンダー」にもとづく怒りや恐怖をひきおこすことを知りながら、火がついた十字架やナチの鉤十字などの物体等を設置した者を、軽罪として処罰することを定めセントポール市条例に違反するとして逮捕、起訴されたものだが、今年2月に急逝したスカリア判事が法廷意見を執筆し、条例の規制が及ぶ表現はすべて,喧嘩言葉,すなわち問題となる発言を聞いた者が暴力に訴えるといった反応を示す言葉に当たるという。これは1942年チャップリンスキー判決で喧嘩言葉を憲法の保護の埒外としていたものである。にもかかわらず問題の条例は,言論の主題のみに基づいて,そうでなければ許される言論を禁止していることから,文面上違憲であるした。

 社会的に嫌悪される見解をその嫌悪感を理由に禁止することを禁じることが修正一条の根本原理という従来の連邦最高裁の見解をふまえ、人種等の憎悪に基づく表現領域を規制すること自体が違憲であるとしたのである。表現権の到達点ともいえる金字塔的判例である。

 

()連邦最高裁ヴァージニア対ブラック判決Virginia v. Black, 538 U.S. 343 (2003)

 

 この事件は複雑で、個人または集団を畏怖させる意図で十字架を焼却した者は、州法上の第6級重罪として処罰するというヴァージニア州法、KKKの集会が開催された際に、黒人に対する差別的言辞を吐き、高さ10mの十字架を焼却しアメイジンググレースを合唱した件と、白人2人が裏庭での射撃の苦情に対する仕返しとして黒人家庭の庭で十字架を焼却した事件で有罪とされたことが争われたが、十字架の焼却を禁止することを合憲とした。しかしその論理はRAV v City Of St Paul判決を覆すものではなく、内容規制審査を回避して、憎悪のメッセージが、正真正銘の脅迫である場合禁止できるという新しい理論を提供したものである。

 オコナー判事の法廷意見によれば、最高裁の先例によれば喧嘩言葉と、正真正銘の脅迫は憲法によって保護されないとしたうえで、十字架焼却は脅迫の意図を持ってなされた場合,喧嘩言葉ではなく,その「憎悪のシンボル」とされるに至った歴史的経緯に照らして,正真正銘の脅迫(話し手が,犠牲者を身体的危害や死に対する恐怖に置く意図をもって個人又は集団に脅迫を行う場合に,正真正銘の脅迫になる)に該当すると述べ、燃えさかる十字架は必然的に脅迫というメッセージを運ぶものではないが,十字架を燃やす者の意図するところはメッセージの受け手が彼らの生命を危ぶむことにあると述べたのである。特定の人物に向けて十字架を燃やす者は、自己に暴力が及ぶであろう最大限の恐怖を植えつけるもの、最も強烈な形での脅迫だというのである。

 この判決に批判的な意見も多く、十字架の焼却についての歴史的文脈の解釈を誇張しすぎている。十字架の焼却は保護されるべき政治的表現でありKKKの集会は純粋な思想表明にすぎない。表現の自由と脅迫行為との間のバランスをとっていた従来の理論を放棄して、裁判所の恣意が介在する理論に代えたとする批判が妥当である。我が国の憲法学者の小谷順子も違憲とすべきであったとする。

 RAV 事件と異なるのは、ヴァージニア州法に人種の文言がなく、表現中立的な規制とみなされたことであるが、当然スカリア判事は批判している。

 

 

3.憎しみや敵意があるのは普通のことであり、むりやり共生・寛容思想を国民に強要することが間違い

 

 私は当事者でもないのにヘイトスピーチを規制したい人々の安直な世界観に反対なのである。異なる慣習、文化、思想を持つ人々に警戒心をもつのは自然な感情であり悪いことではない。例えば列車で席の隣が外人なら、白人であれ黒人であれ逃げたくなる。世の中、共生・共存・共栄・融和・寛容というきれい事でうまくいくなどとは全然思ってない。満州国の日漢朝満蒙五族協和みたいなスローガンはもはや過去のものにすぎない。むしろ、感情を枠圧させる社会が不健全であり、敵意や憎しみが充満しているのがこの世の中で、それをきれいに水で流せるほど甘いものではない。

 私は外国人に敵意をもつことはないが、同じ国民でも嫌悪する人、敵対者、共生したくない人々はたくさんいる。職場では360度ほぼ敵といってもよい。同じ職場内で敵対的虐待的環境に永くあったから。なおさらである。政治自体が特定階級、特定圧力団体、特定グループに利益分配するようなものになっているから、厚遇されている人々とそうでない人々でいがみあいが起きるのは当然のことであり、それを無理矢理、いがみあいをやめよといっても、憎しみをためこみ鬱屈した不満がふくらむだけである。

 政治家は国民、政治的にこのましいとされる思想で国民を統制しようとしている、それが問題だ。

 

(引用・参考)

小谷順子「米国における表現の自由とヘイトスピーチ規制――VirginiavBlack,123SCt15362003)判決を踏まえた検討」『法政論叢』40(2): 149167 2004

藤井樹也「ヘイト・スピーチの規制と表現の自由――アメリカ連邦最高裁のRAV.判決とBlack判決」『国際公共政策研究』9(2) : 115 2005

榎透「米国におけるヘイト・スピーチ規制の背景」」『専修法学論集』96: 69111 2006

いずれもネットで公開されているもの

 

短縮バージョン

 

自民党宛(600字以内)

 

自民・公明「ヘイトスピーチ抑止法案」に強く反対

 

私は次の理由から強く反対である。

「特定の人を攻撃するものでないデモ行進や政治的表現の抑止、萎縮効果が大きい」

 威力病務妨害や名誉毀損という市民法秩序に反するということならば処罰はやむをえないとしても、たんに集団誹謗的な表現の規制は特定人を攻撃していない表現活動を抑止することは人権体系でもとくに重要な政治的表現の否定である。いかに社会的に嫌悪されている見解であれ自らの政治的信念を公衆に伝えることは民主主義社会で重要な価値であり、それは断固として守られるべきである。

 今回の与党案は表現のトピック、内容に着目して、特定の団体、あるいは特定の表現活動を抑止しようとするものなので反対なのである。

 たとえヘイトスピーチが言語道断だとしても、それは思想の市場における批判にさらされることで、収束していくべき事柄で、公権力が規制すべきではない。 

 なお、学校法人京都朝鮮学園を中傷した街頭宣伝をなした者に対する巨額損害賠償と差止請求を認めた事例があるが、人種差別条約に好意的見解が示しつつも、特定の学校の平穏な教育活動を妨害し、名誉を毀損した不法行為にあたるとしたものである。

  また私は、ヘイトスピーチ規制が違憲とされている、米国が健全で望ましいと考える。

 

 

首相官邸宛(内容2000)

 

自民・公明「ヘイトスピーチ抑止法案」に強く反対

 

1 特定の人を攻撃するものでないデモ行進や政治的表現の抑止、萎縮効果が大きい

 

 威力病務妨害や名誉毀損という市民法秩序に反するということならば処罰はやむをえないとしても、たんに集団誹謗的な表現の規制は特定人を攻撃していない表現活動を抑止することは人権体系でもとくに重要な政治的表現の否定である。社会的に嫌悪されている見解であれ自らの政治的信念を公衆に伝えることは民主主義社会で重要な価値であり、それは断固として守られるべきである。

 今回の与党案では、明らかに表現のトピック、内容に着目して、特定の団体、特定の表現活動を抑止するものなので反対である。

 言語道断な発言でも、それは思想の市場における批判にさらされることで、収束していくべき事柄で、公権力が規制すべきではない。 

 

 なお、学校法人京都朝鮮学園を中傷した街頭宣伝をなした者に対する巨損害賠償と差止請求を認めた事例として、大阪高裁26年7月8日判決があり、上告棄却とされているが、人種差別条約に好意的見解を示しつつも、あくまでも特定の学校の平穏な教育活動を妨害し、名誉を毀損した不法行為にあたるとしたものである。

  

 控訴審は「発言は被控訴人の関係者や警察官に対する発言であっても‥‥被控訴人に対して向けられたもの」と述べており、特定の学校法人を標的にして名誉被損があったという認定である。

 

 

2 特定の観点、表現内容に着目した規制こそ脅威、不自由な社会になる

 

 トランプ候補の発言が物議を醸しているが、トランプ支持者はポリティカルコレクトネスにとらわれず率直な発言をすることから人気を得ている。一方、人種差別表現規制に積極的な欧州はどうだろう。テロリストの巣窟が存在し、排除できず危機にさらされている。思ったことも言えない社会は、自らの存立基盤も危うくするのである。

 私は、ヘイトスピーチ規制が違憲とされている、米国のほうが健全で望ましいと考える。

 合衆国の判例理論では、表現内容に中立な時・場所・態様の規制は合理的な理由があれば認められるが、表現内容に着目した規制は厳格司法審査となる。以下の主要な判例でも明らかだ。

 

() スコーキー村事件イリノイ州最高裁判決(Skokie v. National Socialist Party of America(1978)

 

 スコーキー村には1974年の時点で約7万人のうち約4万人がユダヤ系住民であったが、ナチズムを主張するNSPAがデモ実施を計画した。村はデモ差止命令請求訴訟を提起したが、イリノイ州最高裁判所は差止命令を認めた控訴審判決を破棄した「鉤十字の表示は,‥‥それを表示する人たちの信念を公衆に伝達することを意図した象徴的な政治的言論である。……その表示は,喧嘩言葉に該当しないし‥‥それにもかかわらず非常に攻撃的で公衆の平穏に脅威を与えるのでその表示を禁止できるとは考えられない。この象徴を見ることがスコーキー村のユダヤ系住民にとって嫌悪感を起こさせること‥‥は疑い得ない。しかしながら,こうした要素が被告の言論の禁止を正当化しないことは,非常に明白である。」と述べた。

 これは優れた司法判断であった。

 

() 連邦最高裁セントポール市条例違憲判決、RAV v City Of St Paul,505 US 377(1992)

 

 未成年者の白人数人が黒人家族の住む家の庭に侵入し,そこで十字架を燃やしたことが、「人種、肌の色、信条、宗教、ジェンダー´・にもとづく怒りや恐怖をひきおこすことを知りながら、火がついた十字架やナチの鉤十字などの物体等を設置した者を、軽罪として処罰するとしたセントポール市条例に違反するとして逮捕、起訴されたものだが、スカリア判事が法廷意見を執筆し、問題の条例は,言論の主題のみに基づいて,そうでなければ許される言論を禁止していることから,文面上違憲であるとした。

 社会的に嫌悪される見解をその嫌悪感を理由に禁止することを禁じることが修正一条の根本原理という従来の連邦最高裁の見解をふまえ、人種等の憎悪に基づく表現領域を規制すること自体が違憲であるとしたのである。表現権の到達点ともいえる判例である。なお、十字架の焼却についてはVirginia v. Black, 538 U.S. 343 (2003)のオコーナー法廷意見が特定の人物に向けて十字架を燃やす者は、自己に暴力が及ぶであろう最大限の恐怖を植えつけるもの、最も強烈な形での脅迫だとして、禁止を合憲としているが、それは表現中立的な規制だったとされRAV v City Of St Paulの判例は維持されている。 

 

 

3.憎しみや敵意があるのは普通のことであり、むりやり共生・寛容思想を国民に強要することが間違い

 

 

法務省宛(題も含めて2000)

 

「ヘイトスピーチ抑止法案」に反対

1 特定の人を攻撃するものでないデモ行進や政治的表現の抑止、萎縮効果が大きい

 

 威力病務妨害や名誉毀損という市民法秩序に反するということならば処罰はやむをえないとしても、たんに集団誹謗的な表現の規制は特定人を攻撃していない表現活動を抑止することは人権体系でもとくに重要な政治的表現の否定である。社会的に嫌悪されている見解であれ自らの政治的信念を公衆に伝えることは民主主義社会で重要な価値であり、それは断固として守られるべきである。

 今回の与党案では、明らかに表現のトピック、内容に着目して、特定の団体、特定の表現活動を抑止するものなので反対である。

 仮に言語道断な発言でも、それは思想の市場における批判にさらされることで、収束していくべき事柄で、公権力が規制すべきではない。

 

 なお、学校法人京都朝鮮学園を中傷した街頭宣伝をなした者に対する巨損害賠償と差止請求を認めた事例として、大阪高裁26年7月8日判決があり、上告棄却とされているが、人種差別条約に好意的見解を示しつつも、あくまでも特定の学校の平穏な教育活動を妨害し、名誉を毀損した不法行為にあたるとしたものである。

  

 

2 特定の観点、表現内容に着目した規制こそ脅威、不自由な社会になる

 

 トランプ候補の発言が物議を醸しているが、トランプ支持者はポリティカルコレクトネスにとらわれず率直な発言をすることから人気を得ている。一方、人種差別表現規制に積極的な欧州はどうだろう。テロリストの巣窟が存在し、排除できず危機にさらされている。思ったことも言えない社会は、自らの存立基盤も危うくするのである。

 私は、ヘイトスピーチ規制が違憲とされている、米国のほうが健全で望ましいと考える。

 合衆国の判例理論では、表現内容に中立な時・場所・態様の規制は合理的な理由があれば認められるが、表現内容に着目した規制は厳格司法審査となる。以下の主要な判例でも明らかだ。

 

() スコーキー村事件イリノイ州最高裁判決(Skokie v. National Socialist Party of America(1978)

 

 スコーキー村には1974年の時点で約7万人のうち約4万人がユダヤ系住民であったが、ナチズムを主張するNSPAがデモ実施を計画した。村はデモ差止命令請求訴訟を提起したが、イリノイ州最高裁判所は差止命令を認めた控訴審判決を破棄した「鉤十字の表示は,‥‥それを表示する人たちの信念を公衆に伝達することを意図した象徴的な政治的言論である。……その表示は,喧嘩言葉に該当しないし‥‥それにもかかわらず非常に攻撃的で公衆の平穏に脅威を与えるのでその表示を禁止できるとは考えられない。この象徴を見ることがスコーキー村のユダヤ系住民にとって嫌悪感を起こさせること‥‥は疑い得ない。しかしながら,こうした要素が被告の言論の禁止を正当化しないことは,非常に明白である。」と述べた。

 これは優れた司法判断であった。

 

() 連邦最高裁セントポール市条例違憲判決、RAV v City Of St Paul,505 US 377(1992)

 

 未成年者の白人数人が黒人家族の住む家の庭に侵入し,そこで十字架を燃やしたことが、「人種、肌の色、信条、宗教、ジェンダー´・にもとづく怒りや恐怖をひきおこすことを知りながら、火がついた十字架やナチの鉤十字などの物体等を設置した者を、軽罪として処罰するとしたセントポール市条例に違反するとして逮捕、起訴されたものだが、スカリア判事が法廷意見を執筆し、問題の条例は,言論の主題のみに基づいて,そうでなければ許される言論を禁止していることから,文面上違憲であるとした。

 社会的に嫌悪される見解をその嫌悪感を理由に禁止することを禁じることが修正一条の根本原理という従来の連邦最高裁の見解をふまえ、人種等の憎悪に基づく表現領域を規制すること自体が違憲であるとしたのである。表現権の到達点ともいえる判例である。なお、十字架の焼却についてはVirginia v. Black, 538 U.S. 343 (2003)のオコーナー法廷意見が特定の人物に向けて十字架を燃やす者は、自己に暴力が及ぶであろう最大限の恐怖を植えつけるもの、最も強烈な形での脅迫だとして、禁止を合憲としているが、それは表現中立的な規制だったとされRAV v City Of St Paulの判例は維持されている。 

 

 

3 むりやり共生・寛容思想を国民に強要することが間違い

 

 

 

 

 

 

 

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