地方公営企業職員の争議行為及び争議付随行為に対してどのような責任追及ができるか(下書)その4
その1 http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-d28c.html
その2 http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-99e8.html
その3 http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-99e8.html
承前
C 名古屋中郵事件方式により諸般の事情は違法性を肯定する方向で考慮される
久留米駅事件方式は争議行為そのものと、争議行為に際して行われる行為とを区別し私企業を含めた判断基準として広く引用されているが、その後公労法違反の争議行為、および付随行為については全逓名古屋中郵判決において久留米駅事件方式を継承したうえで発展させた判断方式が示されるに至っている。
香城敏麿国鉄松山駅事件調査官解説は名古屋中郵事件最大判昭52・5・4刑集31-3-182判決の要点を3点にまとめている。
(イ)公労法一七条一項違反の争議行為が罰則の構成要件にあたる場合には、労組法一条二項の適用はなく、他の特段の違法性阻却理由がない限り、刑事法上これを違法とすべきである。
(ロ)但し、右の争議行為が単なる労務不提供のような不作為を内容とするものであって、公労法一七条一項が存在しなければ正当な争議行為として処罰を受けないようなものである場合には、その単純参加者に限り、当該罰則による処罰を阻却される。
(ハ)これに対し、公労法一七条違反の争議行為にあたらず、これに付随して行われた犯罪構成要件該当行為の場合には、その行為が同条項違反の争議行為に際して行われたものである事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきか否かを考察してその違法性阻却事由の有無を判断しなければならない。
本件ピケッテイングが争議行為そのものといえるか、争議行為に際して行われた行為なのかは解釈の余地にあるかもしれないが、仮に後者だとしても、その場合は今日的には(ハ)の判断基準の公労法一七条一項を地公労法一一条一項に言い換えた判断基準が適用されるとものと考えられるのである。この点で、公労法と地公労法を別異に解釈する理由がないからである。
つまり争議附随行為は「諸般の事情」を考慮に入れたうえ実質的違法論に立脚し「法秩序全体の見地から」違法性阻却事由を判断するということであるが、重要なことは、基本となる争議行為自体が公労法一七条一項に違反する点も「諸般の事情」の一素材になるということである(臼井1977c)。
この点は香城敏麿名古屋中郵事件調査官解説(183p)も、「判旨を‥言い換えるなら (イ)付随的な行為の目的が公労法違反の遂行に向けられているときには、行為の違法性を肯定する方向でその目的が考慮される、(ロ)付随的な行為の手段が公労法違反の争議行為の未遂的行為又は予備的な行為であるときにも、行為の違法性を肯定する方向でその点が考慮される、ということに帰する」と述べており、違法性が阻却されることはまずないものと理解できるのである。
D 国労広島地本事件最三小昭50・11・28判決により組合の違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理が示されており、争議行為が禁止されている職場においては罷業脱落組合員に対するピケッティングとしても正当化されることはない
本件多数意見が本件ピケッティングは、同盟罷業から脱落した組合員が、当局の業務命令に従って市電の運転を始めたので、組合の団結が乱され、同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐため、翻意を促す目的でなされたものであるという具体的事情のもとにおいては、正当な行為と認めるとした。
対して、松本正雄裁判官の反対意見は争議から脱落した組合員であるとしても、もともと職員の争議行為は禁止されており、これに違反した職員は解雇されることがある。(地公労法一一条、一二条参照)のであるから、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重されるべきであり、これを実力で阻止することは、組合といえども許されないと述べたのである。
松本裁判官の反対意見は当時は少数意見に過ぎなかったが、以下( 公労法適用職場においてスト参加を強要する組合の統制権を否定する6判例参照)のような多数の判例により違法争議行為指令に組合員が拘束されないこと(内部統制否定の法理)が明確にされた。高裁判決は上告棄却であり、最高裁判例もある以上、今日においては、争議行為が禁止されている、旧公労法や地公労法適用職場において、同じ組合員であるから、組合の統制権により罷業からの脱落を防止するために実力を行使するのは正当な行為とはされないことは明らかである。
ちなみに最高裁が物理的に阻止するピケを有罪としている事例は、本件昭和45年当時は、いずれも非組合員や争議行為に反対する脱退組合員、第二組合員に対してのものであり、三友炭鉱事件と本件は同じ組合員に対するもので、無罪とされていた。
しかし、その後の動労尾久事件のほか下記の動労糸崎駅事件、動労鳥栖駅事件はいずれも、昭和38年12月の全国8拠点での2時間の勤務時間内職場集会(事実上のスト)の事案で、動労組合員が当局の業務命令により;乗務している動労組合員を職場集会に参加させる目的で、線路上のマスピケにより、乗客の乗っている列車を止めた事件であり、有罪となっているのであるから、地公労法適用職場においてもこの内部統制否定の法理を別異に解釈する必要はないと考えられる。
公労法適用職場においてスト参加を強要する組合の統制権を否定する6判例
①全逓横浜中郵事件差戻後控訴審 東京高裁昭47.10.20判決 判時689号51P 判タ283号120P 労判164号29P 労働法律旬報822号(差戻後上告審-最一小昭49.7.4決定棄却 判時748号26P)
②動労糸崎駅事件控訴審 広島高裁昭48.8.30判決 刑事裁判月報5巻8号1189P 判タ300号 労判184号(上告審-最一小昭51.4.1決定棄却 刑事裁判資料230号215P)
③国労岡山操車場駅・糸崎駅事件控訴審 広島高裁昭48.9.13判決 刑事裁判月報5-9-1958、判タ301号、労判187号、判時727号(上告審-データベースから発見できず)
④動労鳥栖駅事件控訴審 福岡高裁昭49・5・25判決 判タ311号97P 判時770号11P(上告審-最三小昭50.11.21決定棄却 判時801号101P)
⑤国労東和歌山駅事件控訴審 大阪高裁昭50.9.19判決 刑事裁判月報7巻9-10合併号826P(上告審-データベースから発見できず)
⑥国労広島地本事件上告審 最三小昭50・11・28判決 民集29巻10号1634P 判時時報798号3P、判タ30号201P
以上の6判例は、組合の違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理を示したものとして知られているものである。
⑥は組合の統制権を争点とした最高裁第三小法廷の判決である。①~⑤はいずれもマスピケ事犯で、無罪判決を破棄して公務執行妨害罪又は威力業務妨害罪を適用し有罪とした高裁判決であるが、上告審は①②④が上告棄却で原判決を認容しており、著名でない③⑤は筆者が調べた範囲では判例データベースで上告審を発見できなかったが、棄却と考えられるから、公労法適用の職場ではスト参加の内部統制否定の法理は判例として確立されているとみてよいと考える。
①全逓横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁昭47.10.20判決は「公共企業体等の職員および組合は公労法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行なつてはならない義務を負っているこというまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合いのものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建て前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する業務を負うとともに権利を有するものである。いいかえれば、公共企業体等の組合がたとえば同盟罷業の決議をしても、その決議は違法であって民間企業の組合の場合のように組合員に対し法的拘束力をもつものではなく、組合員としてはその決議に従わずに就業しても、特段の事由のないかぎり組合の統制に対する違反ないしはいわゆる裏切りの問題は生じないと解すべきである‥‥」とする。
②動労糸崎駅事件控訴審広島高裁昭48.8.30判決 は「一切の争議行為が少なくとも労働法上一般的に違法とされている国鉄においては、組合は組合員に対する統制権の行使を理由として、斯る違法な争議行為に参加することを強制することは許されず、組合員は右職場集会実施の組合本部指令に服従すべき義務はなく、従って、これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務もないのである。」とする
③国労岡山操車場駅・糸崎駅事件控訴審広島高裁昭48.9.13判決は「国鉄職員は、公共企業体労働関係法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、国労の組合員も争議行為を行ってはならない義務を負っていることはいうまでもない。それゆえ国労としては、ピケッティングの対象が国鉄職員である以上、非組合員はもとより、たとえそれが組合員に対する場合であっても、ストライキへの参加という違法な行動を強制することのできない筋合のものであって、組合がなしたストライキ決議は違法であり、組合員に対して法的拘束力をもつものではない。」とする。これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務はないのである」とする。
④動労鳥栖事件控訴審福岡高裁昭49・5・25判決は「公共企業体等労働関係法一七条一項は、公共企業体である国鉄の職員および組合が争議行為を行うことを禁止し、職員、組合の組合員、役員は、この禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならないと規定し、同法一八条は、右規定に違反した職員は、解雇されると規定しているのであるから、本件の国鉄動力車労働組合その組合員も争議行為を行つてはならない義務を負つていることはいうまでもない。‥‥それ故、組合としては、組合員に対して、公労法上違法とされ、しかも解雇等という民事責任を負わされるような同盟罷業に参加を強制することはできない筋合であって、組合がたとえ同盟罷業を決議しても、それは公労法上違法であり、民間企業の組合の場合のように法的拘束力をもつものではなく、組合員としては組合の決議、指令にかかわらず同盟罷業に参加することなく就業する自由を有する‥‥」
⑤国労東和歌山駅事件控訴審大阪高裁昭50.9.19判決も広島高裁昭48.9.13判決と上記の部分は全く同じである。
以上5判例はマスピケ事犯である。
⑥国労広島地本事件最高裁第三小法廷昭50・11・28判決は脱退した国労組合員に対する組合費請求に関するもので、最高裁は本件臨時組合費の闘争資金の支払請求を認容し、組合員には協力義務があるとしたが、争議行為の参加については組合は組合員に対して「多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない」としたものである。同判決は、組合決議の拘束力一般について検討し次のように判示している。
「思うに、労働組合の組合員は、組合がその目的を達成するために行う団体活動に参加することを予定して加入するものであり、また、これから脱退する自由も認められているのであるから、右目的に即した合理的な範囲において組合の統制に服すべきことは、当然である。したがって、労働組合の決定した活動がその目的と関連性をもつものである限り、たとえ個人的にはそれに反対の組合員であっても、原則としてはその決定に拘束され、そこで定められた活動に参加し、またその活動を妨害するような行為を避止する義務を負うとともに、右活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務(以下これらの義務を「協力義務」という。)を免れないというべきであるが、他方、労働組合の活動が多様化するにつれて、組合による統制の範囲も拡大し、組合員が一個の市民又は人間として有する自由や権利と矛盾衝突する場合が増大し‥‥‥‥労働組合の決定した活動が組合の目的と関連性を有するというだけで、そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定することは相当でなく、問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較衡量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。
そこで、右の見地から、公労法に違反して行われる争議行為とこれに対する組合員の協力義務関係について考察する。
まず、同法違反の争議行為に対する直接の効力(争議行為の参加)については、これを組合員に強制することはできないと解すべきである。禁止違反の争議行為の実行に対して刑罰や解雇等の不利益な法的効果が結びつけられている場合に、その不利益を受忍すべきことを強いるのが不当であることはいうまでもなく、また、右のような不利益を受ける可能性がない場合でも、法律は公共の利益のために争議行為を禁止しているのであるから、組合員が一市民として法律の尊重遵守の立場をとることは是認されるべきであり、多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない。‥‥」
5.第七青函丸・長万部駅事件最一小判昭45・7・16刑集24-7-475
(第七青函丸事件)
国鉄青函船舶鉄道管理局が、合理化定員削減目的の職員配置換対象者に対して事前通告の手続を開始した。これに反対する国労青函地本は、事前通知を一括返上する方針を決め、返上を指導するための、組合役員オルグを各船舶に派遣することを決定し、Nは、昭和37年1月28日午後8時30分頃出航予定の第七青函丸に乗り込んだところ、同船長甲より退船を要求されたが拒否し、結局出航予定時刻を過ぎた9時50分頃下船した。
一審無罪、原審破棄、艦船不退去罪(刑法130条)棄却。
(判旨)
国鉄連絡船の乗務船員でない国労組合員が同船に乗り込んだことが、組合の団体行動として同船の航行中に勤務当直者でない乗務船員たる組合員に対するオルグ活動をするためだとしても、船長が退去を命令したときは、これに従うことを要し、従わず船内に滞留することは、船長の職務である船舶航行の指揮を妨げ、航行の安全に危険を及ぼさないとはいえない行為であるから、労働組合法一条二項にいう正当な行為とはいえない。
(長万部駅事件)
国鉄当局が、国鉄の正常な運転業務を確保するため、長万部駅構内の立入りを禁止し、組合員による信号扱所占拠に備え周辺に警備員、公安職員百名以上を配置したのに対し、昭和37年3月31日組合側は、警備員を排除すべく、第二信号所において組合員約250名がスクラムを組んだ4列縦隊で二手に分かれて当局側警備員を挟撃し、押し合い、もみ合いの末、Sは組アインとともに、当局側の警備員を排除し第2信号扱所に立ち入った。一方第1信号扱所では、組合員約200名がスクラムを組んだが、けが人を出さないようにするため妥協が成立し、組合側は挟撃をやめ、当局は階段上の公安職員を降ろすこととなり、これを見ていたNとSが会談を駆け上がって、第1信号扱所に立ち入った。
Nは建造物侵入罪(第七青函丸の不退去罪と併合罪)、Sも建造物侵入罪(併合罪)棄却。
(判旨)
被告人らの信号扱所侵入行為は、組合員多数の勢力をもってする実力行動により信号扱所に対する国鉄当局側の管理を排除して侵入したものであって、被告人らの信号扱所の立入りが同所に勤務する組合員に職場大会の参加を呼びかける目的に出たものであって、ストを実行するためになされたものであるとしても、これをもって直ちに労組法一条二項にいう正当な争議行為とはいえず、建造物侵入罪を構成する。
6.浜松動労事件最一小昭45・7・16判時865号
事案は動労中央執行委員と動労中部地方評議会事務局長が、争議行為に際し派遣され、昭和36年3月15日動労組合員約200名とともに第24列車瀬戸号の運行を阻止するため、線路上江に立ち塞がりスクラムを組むなどして列車の運行を妨害した。威力業務妨害罪、共同正犯、棄却。
(判旨)
公労法一七条一項違反の争議行為にも労組法一条二項の刑事免責規定の適用はあるが、本件は正当な行為とはいえない(多数意見4)
長部謹吾判事の意見は、結論は同じだが、公労法一七条一項違反の争議行為は、労組法1条2項の刑事免責は適用されないとする。
7.全逓横浜中郵事件第一次上告審昭45.9.16刑集24-10-1345
昭和33年春闘において全逓横浜郵便局支部が全逓中央の指令に反し、勤務時間にくいこむ2時間の職場大会開催を違法行為であるとして拒否し幹部が総辞職した。このため臨時闘争司令部が組織され中央の指令を確認し、神奈川県地評の支援を要請、同地評傘下の組合員約200名が郵便局通用門前の道路上でピケを張り、局員の就労を妨げたため、郵便局長の要請で機動隊が出動し、ピケ隊が警告に応じず、実力で排除する引き抜きを行ったため、激しい揉み合いとなり、ピケ隊2名(神奈川県地方労働組合評議会事務局員兼日本共産党神奈川県委員会労働組合部委員の1名と日本鋼管川崎製鉄所労働組合員1名)が機動隊員に足蹴り等の暴行を働いたため公務執行妨害に問われた。
第一審横浜地裁判決昭38.6.28下級裁判所刑事裁判例集5巻5.6号595頁、判例時報341号は、本件におけるピケッティングは威力業務妨害罪の構成要件の構成要件に該当し、公労法7条1項違反の違法争議行為であったが、しかしながら本件警察官の排除行為も、その際の客観情勢においては警職法第5条後段所定の要件たる「人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があって、急を要する」が如き事態は全く存しなかった故に、「本件ピケによって郵便業務が妨害され、国民の財産に損害を及ぼすとするような遠く且つ漠たる要件で、本条後段の制止できる筈がないということは今更いうまでもない」として、本件警察官による排除行為は適法でないとして無罪を言い渡した。
原判決(旧二審)東京高裁判決昭41.8.29高等裁判所刑事裁判例集19巻6号631頁は、公労法17条違反の争議行為は違法であり、労組法1条2項(刑事免責)の適用のないことはすでに最高裁の判例(全逓島根地本、国鉄檜山丸事件昭和38.3.15二小判、最高裁判所刑事判例集17巻2号23頁)で明らかになっているとして、本件争議行為、したがってその手段たるピケッティングが一般の企業と異なり、それ自体違法な行為であり、威力業務妨害罪を構成するという前提に立ち、本件ピケッティングは国の経済、国民の財産に重大な損害の虞れのある威力業務妨害罪の現行犯であった故に、その制止は警職法5条後段所定の適法な職務遂行行為であったとして、被告人に懲役三月(執行猶予一年)の有罪を言い渡した。
被告人側より昭和41年10月の全逓東京中郵判決に違反するなどとして上告の申立がなされ、最高裁は大法廷を開いて原判決を破棄し東京高裁に差戻す旨の判決を下した。
(多数意見8・反対意見6)
(1)多数意見 (入江・城戸・田中・松田・色川・大隅・飯村・関根各裁判官)
「同条項〔公労法一七条一項〕に違反してなされた争議行為にも、労組法一条二項[の適用があるものと解すべきであり、このことは当裁判所の判例とするところである〔全逓中郵事件の判決〕。しかも原判決が参照している‥‥昭和三八年三月一五日第二小法廷判決(刑集一七条二号二三頁)は右大法廷判決によって変更されているところである。したがって、これと異なる見地に立って、公共企業体法一七条一項に違反するというだけの理由で、ただちに本件ピケッティングを違法であるとした原判決は、法令解釈適用を誤ったものであり、‥判断いかんによっては‥‥警察官の排除行為の適法性にも影響を及ぼすものと認められるから、原判決は破棄‥‥」とした。
坂本武志調査官解説は、判決要旨は、中郵事件の判決によって明らかにされたところをそのまま確認したに過ぎないとする。
プロレイバーの佐藤昭夫[1971] は、無罪の自判ではなかったが、札幌市労連事件(最三小判昭45・6・23乗客のいない車庫内で市電の進行を約30分阻止したピケッティングを正当とした)を中郵判決以来の労働基本権尊重の精神を反映したであり、地公労法違反の争議行為もすくなくとも刑事責任に関しては、一般民間労働者の場合と同一の法理によることを示したと評価したうえで、本判決は同判決の考え方を公労法関係でも大法廷として確認したものとし、ピケが適法になりうることを認めたもの積極的に評価している。
(2)反対意見(石田長官、草鹿、長部、下村、松本、村上各裁判官)
「‥‥公共企業体等労働関係法一七条一項は、公共企業体等に対するいつさいの争議行為を禁止しているのであるから、これに違反してなされた争議行為は、すべて違法であって、正当な争議行為というものはありえない。したがつて、このような争議行為には、労働組合法一条二項の適用ないし準用はないものと解すべきである。‥‥原判決が、公共企業体等労働関係法一七条一項に違反してなされた本件ピケッテイングを違法なものとしたのは、もとより相当である‥‥本件上告は、棄却されるべきものである。」
なお、松本正雄裁判官は、反対意見に補足して、札幌市労連事件第三小法廷決定昭45・6.23の反対意見も引用している。
(4)評価
上告趣意書によると、本件争議行為は全体として平穏に行われ、「局員(支部組合員)を除く、管理者その他の者の通行は全く阻止されたわけではなく、多少のいやがらせはあったにしろ、大体八時一五分速達一号便の出局まで一応通行できた」(一審判決)というが、そもそも本件のように約200名の郵便局前道路上での大量動員ピケッティングは、英米であれば私企業であれ違法である。http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/91-d3ff.htmlまた本件は神奈川県地労評の組合員約200名がピケを張った。その職場で働いている者でない者がピケ隊の主力であった。英国では、1980年にいわゆるフライングピケット、よその職場の者をピケ隊に編成する事自体違法としているのである。
現代の労使関係法との比較でいえば、本件のようなマスピケ容認、とくに一審判決は、警察の介入それ自体が違法ということであるから、非常に野蛮な司法判断に思える。
最高裁は無罪、自判したわけでなく、原判決が依拠した昭和38年の国鉄檜山丸事件第三小法廷判決は、そのご昭和41年の中郵事件の大法廷判決により判例変更されたこにより破棄、差戻しとなったものであるが、このようなマスピケ事犯を無罪としたならば司法の権威は喪失するといっても過言ではない。
(5)全逓横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁判決昭47・10・20労判822号
しかしながら本件は無罪とはならなかった。
差戻後控訴審において、中郵判決の枠組みに依拠して公企体職員の争議を可罰的違法性なしとしながら、本件ピッティングは相当限度を越えた違法があるとして威力業務妨害罪の成立を認め、2名に禁固二年執行猶予一年と有罪を言い渡している。
差戻後控訴審の中野次雄判事(中郵判決の調査官解説の記者、後に大阪高裁長官)は単純不作為の罷業である全逓東京中郵事件では刑事免責されても、積極的な就労妨害は、刑事免責されないという解釈によって有罪判決を下したのである。
中郵判決の公労法違反の争議行為であっても刑事免責規定の適用があるという枠組みであっても、正当な争議行為ではなく有罪判決と云う点では、先の長万部駅事件や浜松動労事件も同じことではあるが、中郵判決が争議権の保障・制約=労働基本権の保障・制約という前提に立っているのと明らかに趣きを異にしているのは、昭和45年札幌都労連事件最高裁第三小法廷決定の松本正雄反対意見の趣旨も踏まえ、争議行為が禁止されている郵便局職員は、スト指令に拘束されないとする内部統制否認の法理を示した点である。
「公共企業体等の職員および組合は公労法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行なつてはならない義務を負っているこというまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合いのものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建て前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する業務を負うとともに権利を有するものである。いいかえれば、公共企業体等の組合がたとえば同盟罷業の決議をしても、その決議は違法であって民間企業の組合の場合のように組合員に対し法的拘束力をもつものではなく、組合員としてはその決議に従わずに就業しても、特段の事由のないかぎり組合の統制に対する違反ないしはいわゆる裏切りの問題は生じないと解すべきである‥‥」
大法廷の差戻審で、大法廷で反対意見に回った松本裁判官の見解に沿って、全逓組合員は、スト指令に拘束されず、就労権があると示したことは、石田和外コートでは、最高裁判事は石田長官が推薦する人物を佐藤首相が指名しため中郵判決反対派が増加しており、いずれ中郵判決は判例変更される見通しに基づくもとのと考えられる。
中郵判決を否定しないが、反対意見側に近い立場をとったという意味でターニングポイントともいえる司法判断としてその意義を高く評価すべきではないか。
又、この差戻控訴審判決は、争議行為そのものと、それに付随して行われた行為とを区別する判断基準を定立した昭和48年の久留米駅事件方式のヒントになったとも考えられる。
(6)全逓横浜中郵事件差戻後(第二次)上告審最一小決昭49・7・4
国労久留米駅事件最大判昭48・4・25刑集27-3-418の判断基準「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実を含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきものか否かを判定しなければならない」に基づいて上告を棄却した。
郵便局の入口にピケッティングを張り、同局職員の入局を阻止して職務に就かせず、国の郵便局業務を妨害したときは、威力業務妨害罪が成立すること、公共企業体等職員の労働争議の際のピケッティングが違法であるとして、これを鎮圧排除しようとした警察官の実力行使に対してなされた暴行が公務執行妨害罪を構成することを判示した。
8..福教組事件 最三小判昭46・3・23刑集25-2-110
福岡県教組が、同県教育委員会の実施した中学校教職員に対する勤務評定の実施に反対するため、1日の一斉休暇闘争を行うにあたり、組合の幹部として闘争指令の配布、趣旨伝達、一斉就業放棄方の従容等の行為を行ったことが地方公務員法違反かが争われ、原審無罪、棄却(多数意見3、反対意見2)
(1)多数意見
当該行為は地方公務員法61条4項に違反しない。地方公務員法61条4項の規定も、憲法の趣旨の趣旨と調和しうるように解釈するときは、争議行為自体が違法性の強いものであることを前提とし、そのような違法な争議行為等のあおり行為等であってはじめて、刑事罰をもつてのぞむ違法性を認めようとする趣旨と解すべきである。
(2)下村三郎、松本正雄裁判官の反対意見
原判決は、地方公務員法六一条四号の解釈を誤り、罪となるべきものを罪とならないとする違法を犯したもので、破棄されるべきもの‥‥。
10.佐教組事件 最三小判昭46.3.23刑集25-2-110
佐賀県教職員組合が、教職員の定数削減反対、完全昇給実施等の要求を貫徹するため、三日間で3・3・4割の休暇闘争を行うにあたり、組合幹部として闘争指令の配布、趣旨伝達、一斉就業放棄方の従容等の行為を行ったことが地方公務員法違反かが争われ、原審無罪、該行為は地方公務員法61条3項に該当しないとして棄却(多数意見3、反対意見2)
判決の内容、反対意見は、福教組事件と同じである。
(三) 第二期から第三期への転換期の判例(久留米駅事件方式の採用)
1.裁判所非難の高まりと司法左傾化の是正
昭和41年の全逓東京中郵事件大法廷判決は自民党筋から厳しい批判があった。可罰的違法論という悪質な学説の影響力が高まり、東京中郵判決が公務員の争議行為にも刑事免責が適用されるとした影響は甚大で、ピケッティング事案では、下級審で公労法17条1項を違憲とし実力ピケを容認する判断(例えば国労尼崎駅事件神戸地裁昭41.12.16判決逆ピケを張った公安職員に体当たりし負傷者を出し、渦巻きデモや坐り込みにより電車の発進を阻止した行為を正当防衛、正当な争議行為として無罪)、違憲判断をとらずとも多くの下級審判例が実力ピケでも争議行為を正当として無罪判決を下した(例えば動労糸崎駅事件判決島地裁尾道支部昭43.2.26刑事裁判資料201号183P、国労岡山操車場駅・糸崎駅事件判決広島地裁尾道支部昭43.6.10判タ225号、動労鳥栖駅事件判決佐賀地裁昭45・5・14、国労東和歌山駅事件判決和歌山地裁昭46.4.26刑事裁判資料201号81頁、国労松山駅事件判決松山地裁昭43.7.10刑集32巻2号191頁、同じく高松高裁判決昭46.3.26刑集32巻2号204頁)。
また昭和42年夏頃から『全貌』『経済往来』『週刊時事』等を急先鋒として「偏向裁判」「学生や公安事件での検察側拘置請求が却下されるのは異常だ」という裁判所非難が急速に高まり、その要因は青法協所属裁判官とされ、とくに『全貌』は青法協を「容共団体」と攻撃したのである 。
裁判所非難の高まりから、昭和44年1月リベラル色の濃い横田正俊最高裁長官が退官し、佐藤首相は後任人事につき元司法大臣木村篤太郎の推薦によってタカ派の陪席裁判官石田和外を指名した。石田長官は退官後に元号法制化実現国民会議議長、英霊に応える会会長という経歴からも明らかなように保守派といえる。石田の指揮で最高裁は局付判事補に青法協からの脱退を勧告し、青法協所属裁判官の再任を拒否するなど司法部の左傾化を是正した。最高裁判事人事も石田長官の推薦した人物を佐藤首相が指名したため、次第に中郵判決反対派の裁判官が増加していった。日本社会の左傾化の防波堤としての役割を果たした石田和外の実績はもっと高く評価されるべきだと私は思う。
もっとも石田コートにおいても昭和44年4.2都教組勤評事件・全司法仙台事件大法廷判決は、昭和45年9.16横浜中郵事件第一次上告審は労働基本権尊重派が数のうえで優勢な時期のため中郵判決を踏襲した判断になった。
中郵判決や都教組事件判決はいずれも労働刑事事件であり、民事免責は否認されていたにもかかわらず、実際には東京中郵判決以降の争議権の保障・制約=労働基本権の保障・制約という立論が、懲戒処取消訴訟にも影響が及び、可罰的違法論を懲戒処分にも応用して、争議行為を理由とする懲戒処分をも無効とした下級審判例が続出するという異常な事態となった。
神戸税関事件の第一審判決神戸地裁昭和44.9.24行集20巻8.9号1063頁は「争議行為であっても‥‥違法性の弱いものについては、国公法九八条五項で禁止する争議行為には当たらないものというべき」とする。この立場に立つ裁判例としては鶴岡市職事件山形地判昭44.7.16労旬712号、佐教組事件佐賀地判昭46.8.10判時640号、都教組事件東京地判昭46.10.15判時645号、全財務四国地本事件高松高判昭46.12.24労旬805等である。
最高裁で労働基本権尊重派(中郵判決支持派)と石田和外らの秩序・公益派(中郵判決反対派)の力関係は下記のとおり変遷し、逆転したのは石田長官定年退官間際の昭和48年4月25日の労働三事件大法廷判決である。石田に続いた最高裁長官、村上朝一、藤林益三は、労働・公安事件において秩序重視の判断を継承し、藤林コートにおいて東京中郵事件は判例変更にいたることとなる。
(2).大法廷判決における中郵判決反対派の増加
昭和41年10.26
全逓東京中郵事件判決-8対4
反対 奥野健一、草鹿浅之介、五鬼上堅磐、石田和外
昭和44年4.2
都教組勤評事件判決-9対5
反対 石田和外(長官)、奥野健一、草鹿浅之介、下村三郎、松本正雄
昭和45年9.16
全逓横浜郵便局事件第一次上告審判決-8対6
(マスピケ事犯、機動隊と激しい揉み合いとなった争議支援の神奈川地評組合員のピケ隊2名の足蹴り等の暴行を公務執行妨害で有罪とした原判決を破棄)
反対 石田和外(長官)、草鹿浅之介、長部謹吾、下村三郎、松本正雄、村上朝一
(今回ここまで)
参考文献表
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譜から見た岩教組事件判決の意義」『法律のひろば』29巻8号
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為と刑事罰」『警察学論集』30巻7号
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32年』
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ト482号
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中野次雄
東京中郵事件調査官解説『最高裁判所判例解説刑事篇昭和41年』
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日教組スト事件調査官解説『最高裁判所判例解説刑事篇平成元年』
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1967 『可罰的違法性の理論』有信堂高文社
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由(最判昭和50.8.27) 」『警察研究』55巻1号
横井芳弘
1976「労働事件にみる村上コートの思想と論理」『労働法律旬報』908号
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