地方公営企業職員の争議行為及び争議付随行為に対してどのような責任追及ができるか(下書)その8
Ⅱ 懲戒処分はいかなる根拠でどの程度可能か
一、地公労法11条1項に違反し争議行為を指導もしくは参加した職員の解雇及び懲戒処分について
(一)地公労法11条1項の合憲性、懲戒処分の適法性を是認した先例
北九州市交通局事件最高裁第一小法廷昭和63年12月8日判決(民集42巻10号739P判時1314号)は、全逓名古屋中郵事件大法廷昭和52.5.4判決(刑集31巻3号182頁)が国営企業職員の争議行為禁止が合憲として挙げた理由は地方公営企業の場合にもあてはまるとして、地公労法11条1項を合憲とし、三六協定締結・更新拒否による超過勤務拒否闘争、民間ディーラー整備員の入構拒否、五割休暇闘争等を同条違反として北九州交通局労組役員(いずれも交通局に勤務する市職員)三人に停職六月、五人に停職三月、四人に停職一月、一人を戒告とする懲戒処分を適法としている。
次いで北九州市小倉西清掃事業所事件最高裁第二小法廷昭和63年12月9日判決(民集42巻10号880P、判時1314号)が地公労法付則四項によって地方公営企業職員以外の単純な労務に雇用される一般職の地方公務員に準用される同法一一条一項の争議行為禁止規定を合憲とし、勤務時間内職場集会、管理士やへの抗議行動を行った北九州市労本部小倉支部長、同支部執行委員を停職三月とする懲戒処分を適法とした。
さらに北九州市病院局事件最高裁第三小法廷平成元年4月25日判決(判時1336号)が、同じく単純な労務に雇用される一般職の地方公務員に準用される地公労法一一条一項の争議行為禁止規定を合憲とした上で、市立病院の24時間ストを企画、指導した市一般職員に対する懲戒免職等の処分を適法としている。
よって最高裁のすべての小法廷が争議行為を禁止する地公労法11条1項を合憲とし争議行為に対する解雇等の懲戒処分を適法としているから、それは確立された判例である。
なお、当時の谷伍平市長は、国鉄門司鉄道管理局長、東海道新幹線支社長を経て、自民党・民社党の推薦で北九州市長(1967年~1987年)に就任した人物だが、前任者が社会党の市長だったことから労組に甘い体質の是正を公約として、ストライキには厳正な態度で臨んだため、結果的に北九州市の事件が指導的な判例となったのである。
(二)地方公営企業職員の身分取扱の概略
地方公務員といっても一般職員と、公営企業職員とは身分取扱に大きな違いがある。
○労働関係-企業職員は、地公法は適用されず、地公労法による。地公労法の定めのない場合は、労働組合法、労調法が適用され、一般職員が適用除外となっている最低賃金法が適用され、一般職員に一部適用除外となっている、労基法、船員法が災害補償の部分を除いて全面適用となる。
また企業職員には人事委員会、公平委員会は関与しない。
○任用は一般職員と同じ、地公法に定めるところによる。
○給与は、地公法は適用されず法38条による。
○給与以外の勤務条件も、地公法は適用されず、管理者が企業管理規程で定める。
○分限・懲戒は、地公法の定めるところによる。
○服務は地公法の定めるところによるが、争議行為の禁止は地公労法による。政治的行為については管理職員を除いて地公法36条の政治的行為の制限は適用されない。(細谷芳郎2013 226~227頁)
そうしたことで、地方公営企業の労働の関係については一般地方公務員とは異なり私法関係とされる。都水道局時間外労働拒否事件東京高裁昭和43.4.26判決『判例タイムズ』222号202頁がそうであるが、ここでは都水道局時間外労働拒否事件 東京地裁昭和40・12・27判決『労働関係民事裁判例集』16巻6号1213頁を抜粋(一部略)して引用する。
「企業法〔地方公営企業法を指す〕は、地方公営企業の職員の身分取扱いについては原則として地公労法の定めるところによるものとし(三六条)、地方公務員法の職階制、給与、勤務時間その他の勤務条件、政治行為の制限等に関する規定は、職員に適用しない旨(三九条)を定めており、地公労法は‥‥職員の労働関係について原則的に労働組合法、労働関係調整法を適用するものとし(四条)、その労働条件に関しては団体交渉及び労働協約の締結を認め(七条二項)、右協定の内容が当該地方公共団体の条例、規則、予算に抵触する場相手の措置をも定めている(八ないし十条)‥‥もっとも、地方公務員法の任用(一五ないし二二条)、分限及び懲戒(二七ないし二九条)、服務(三〇ないし三五条、三八条)等に関する規定は、地方公営企業 の職員に対してもその適用があるけれども、これらの事項でも労働条件と目すべきものについては、なお団体交渉、労働協約、苦情処理、調停、仲裁の対象となりうるところである。(地公労法七条二項)。以上によると地方公営企業の職員の労働関係については‥‥私法的規律に服する契約関係とみるのが相当であり‥‥」とする。
民間私企業における労働契約関係と公務員の勤務関係とを区別する考え方もあったが、公共企業体においては私法関係とする考え方が下級審で定着したため、最高裁は、下級審裁判例を追認し、国鉄中国支社事件判決・最一小昭49・2・28民集28巻1号66頁、判時733号において国鉄職員の懲戒処分は行政処分でなく私法上の行為であるとした。また目黒電報電話局事件判決・ 最三小昭52・12・13民集31巻7号974頁電電公社について「公社はその設立目的に照らしても企業性を強く要請されており、公社と職員との関係は、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係とその本質を異にするものではなく、私法上のものであると解される。」としており、地方公営企業もこの点については別異に解釈することはない。
従って、職場の規律維持に関して、三公社五現業や私企業に関する判例法理は、地方公営企業においても適用できる。
(三)地公労法12条解雇と懲戒処分の違い
公務員の争議行為禁止規定と罰則の有無、争議行為を行った職員の身分上の取扱いをまとめると以下のとおりである。
国公法98条3項の、「任命又は雇用上の権利」とは、分限上の保障(75条以下」、懲戒上の保障(82条以下)と解され、職員が争議行為等を行ったときは、それを理由として不利益な取り扱いをされたとしても、その職員は法令に基づいて保有する「任命又は雇用上の権利」を国に対して主張できないことを明らかにしたもの(注解法律学全集51997 251頁)とされ、地公法37条2項も同様の趣旨であるが地方公営企業職員はこの規定は適用されない。
地公労法12条の「解雇することができる」というのは、公労法18条とは同趣旨規定であり、文言の若干の違いがあるが同じ解釈でよいとされている。
これは通常解雇の規定と考えられ、職員の義務不履行に対する制裁である懲戒処分とは異なるものとされる(高松地裁昭41・3・31労民集17-2-19)。解雇するか否か二者択一の選択しかない点でも、懲戒処分と異なる。しかし、実質懲戒処分の性質と同じとの見解もある(昭28・3・4「いわゆる公労法一八条による解雇の性質について」法制局一発二四号)。
地公労法12条につき[峯村光郎1971 291頁]の解説は「第一一条の禁止規定に違反する行為をした職員を解雇するのが立前であるという趣旨であって、実際に解雇するどうかの決定は地方公共団体の裁量によることになる(昭二七・九・一三労発一六五号労政局長発と同府現知事あて、同旨昭三四・七・八労働法規課長発東京都交通局長あて内翰)。なお本条により解雇に該当する行為が地方公務員法に規定する懲戒事由にも該当するときは、地公法による懲戒免職その他の懲戒処分をすることができる。‥‥」とする。 公労法18条解雇について「争議行為について民事免責を認めないから‥‥争議行為を理由に当該職員を解雇しても不当労働行為にはならないし‥‥損害賠償の請求もできる」[峯村1971 163頁]とするが、地公労法12条も同じことである。損害賠償の請求については地公労法四条により労組法八条が適用されないことになっているので、地方公営企業においてもこの点は同じである。
但し、膨大な判例の蓄積のある公労法17条違反の争議行為の事案でも、公労法18条解雇の事案は、懲戒処分や刑事事件と比較するとさほど多くないし、地公労法12条解雇について裁判例を知らないので、ほんんど適用事例がないのだと思う。
むしろ懲戒処分が一般的である。つまり、争議行為禁止に違反する行為は、地公法の定める法令等遵守義務、上司の職務上の命令に従う義務等に違反するので懲戒事由となるので、解雇か否かの選択しかない12条の適用より、懲戒処分のほうが実務的な対応といえるのである。
実際、地公労法適用職場での懲戒処分が適法であることは、既に述べたとおり北九州市交通局事件最高裁第一小法廷昭和63年12月8日判決(民集42巻10号739P判時1314号)が交通局職員に対する懲戒処分を適法とし、次いで北九州市小倉西清掃事業所事件最高裁第二小法廷昭和63年12月9日判決(民集42巻10号880P、判時1314号)が地公労法付則四項によって地方公営企業職員以外の単純な労務に雇用される一般職の地方公務員に準用される同法一一条一項の争議行為禁止違反による懲戒免職等処分を適法とし、さらに北九州市病院局事件最高裁第三小法廷平成元年4月25日判決(判時1336号)が、同じく単純な労務に雇用される一般職の地方公務員に準用される地公労法一一条一項の争議行為禁止に違反し、市立病院の24時間ストを企画、指導した市一般職員に懲戒免職等の処分を適法としているので確定的な判例となっている。
上記のとりわけ北九州市交通局事件判決が重要な判例であることはいうまでもないが、しかしながら、懲戒処分の効力それ自体は主要な争点になっていない。それは神戸税関(全税関神戸支部)事件最高裁第三小法廷判決昭和52年12月20日 民集31-7-1101以下の先例ですでに決着がついている問題だからであが、この観点で重要な先例について順次取り上げることとする。
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その他
注解法律学全集5 国家公務員法・地方公務員法 園部逸夫監修、栗田・柳編 青林書院1997
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