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2016/08/27

地方公営企業職員の争議行為及び争議付随行為に対してどのような責任追及ができるか(下書)前半

その1~7を一括したもの
 
目次 Ⅰ 刑事制裁はどのようなケースで可能か
    要旨
(Ⅰ)争議行為を禁止するが、直接的な罰則がない地公労法
(Ⅱ)争議行為それ自体、もしくは争議行為に際して付随して行われた犯罪構成要件該当行為は刑事責任を免れない
一 争議行為禁止の合憲性をめぐる判例の変遷
(一)第一期 三鷹事件判決から檜山丸事件判決
1.三鷹事件最大判昭30・6・22刑集9-8-1189
2..国鉄檜山丸事件最二小判昭38・3・15刑集17-2-23 
(二)第二期 全逓東京中郵事件判決から全司法仙台事件・都教組事件
1.全逓東京中郵事件最大判昭41・10・26刑集20-8-901
(1)判旨
(2)特色
A合憲としつつも労働基本権を制限するための条件をかなり絞っている
B違法性二元論
C可罰的違法論
(3)悪影響
2.都教組勤評事件 最大判昭44・4・2刑集23-5-305
(1)判旨
(2)二重の絞り論
3.全司法仙台事件 最大判昭44・4・2刑集23-5-685
(1)判旨
(2)趣旨反対結論同意意見
4. 札幌市労連事件(札幌市電ピケット事件)最三小決昭45.6.23刑集24-6-311
(1)多数意見
(2)下村三郎裁判官の反対意見(要旨)
(3)松本正雄裁判官の反対意見(要旨)
(4)本決定の評価
 ①  物理力を行使したピケットを正当としたきわめて例外的な裁判例
 ② 先例としての価値は認められない
A 前提となっている刑事免責適用は判例変更された
B 久留米駅事件方式により安易な可罰的違法性論がとられなくなった (以上第3回)
C 名古屋中郵事件方式により諸般の事情は違法性を肯定する方向で考慮される
D   国労広島地本事件最三小昭50・11・28判決により組合の違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理が示されており、争議行為が禁止されている職場においては罷業脱落組合員に対するピケッティングとしても正当化されることはない
5.第七青函丸・長万部駅事件最一小判昭45・7・16刑集24-7-475
6.浜松動労事件最一小昭45・7・16判時865
7.全逓横浜中郵事件第一次上告審昭45・9・1刑集24-10-1345
(1)多数意見 (入江・城戸・田中・松田・色川・大隅・飯村・関根各裁判官)
(2)反対意見(石田長官、草鹿、長部、下村、松本、村上各裁判官)
(3)評価
(4)全逓横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁判決昭47・10・20労判822
(5)全逓横浜中郵事件差戻後(第二次)上告審最一小決昭49・7・4
8.福教組事件 最三小判昭46・3・23刑集25-5-110
(1)多数意見
(2)下村三郎、松本正雄裁判官の反対意見
10.佐教組事件 最三小判昭46.3.23刑集25-2-110
(三) 第二期から第三期への転換期の判例(久留米駅事件方式の採用)
1.裁判所非難の高まりと司法左傾化の是正
2. 大法廷判決における中郵判決反対派の増加 
3.国労久留米駅事件最大判昭48-4-25刑集27-3-419
(1)大法廷判決多数意見
 A 建造物侵入罪について
 B 公務執行妨害罪について
(2)久留米駅事件方式の画期的意義
 A 可罰的違法性論の影響をストップ
 B 違法性推定機能の重視
 C 争議行為と争議行為に際して行われた行為とを区別した意味
4.久留米駅事件方式を採用した判例の意義
(1)私企業においても争議行為の限界をより明確にした
(2)公労法適用職場において争議行為への参加を強制する内部統制権と組合員が勧誘・説得を受忍する義務を明確に否定
 A 非組合員に対する物理的就労阻止は争議権のある私企業でも有罪とされる
 B 公労法適用職場では組合員はスト参加を強制されない旨(内部統制の否定)明示した判例
(a) 動労糸崎駅事件広島高判昭48・8・30 判タ300 労判184
 (b)  国労岡山操車場駅・糸崎駅事件広島高判昭48・9・13 判タ301 判時725
(c) 動労鳥栖駅事件 福岡高判昭49・5・25 判タ311、判時770
 (d)国労尼崎駅事件大阪高判昭49・4・24 判時743
(e) 国労東和歌山駅事件 大阪高判昭50・9・19刑事裁判月報7-9・10合併号-826
(3)動労尾久事件最三小決昭49・7・16 刑集28-5-216
(四) 第三期 全農林警職法判決・岩教組事件判決・全逓名古屋中郵事件判決~
1.全農林警職法事件最大判昭48・4・25刑集27-4-547
(1)要旨 
(2)補足意見要旨
(3)違法性一元論へのコペルニクス的展開
2.岩教組学力調査事件最大判昭和51.5.21刑集30-5-1178
 (1)要旨
 (2)通常随伴行為不罰論の明確な否定
 (3)ピケッティング事案について
3.全逓名古屋中郵事件最大判昭52・5・4刑集31-3-182
 (1)要旨
 (2)下田裁判官の意見
 (3)2裁判官の反対意見
 (4)要約
    A 臼井滋夫最高検検事による要約
      B 香城敏麿調査官の要約
4.全逓名古屋中郵(第二)事件 最二小判昭53・3・3刑集32-2-97
  (1)要旨
  (2)三六協定未締結の状態での時間外労働は労働基準法に反しても、刑法によって        保護される業務であることを再確認
5. 国労松山駅事件 最二小判昭53・3・3刑集32-2-159
6. 動労南延岡機関区事件最一小判昭53・6・29刑集32-4-759
7. 日教組スト事件 最一小平成元年・12・18刑集43-13-88
8.岩教組スト事件最一小判平元・12・18刑集43-13-1223
(1)あおり等の意義の判例の変遷
(2)一審・二審のあおり行為等限定論
(3)要旨
9.埼教組スト事件  最三小判平2・4・27刑集44・3・1
(五)まとめ (争議行為の合憲性をめぐる判例の変遷)
1.第二期の東京中郵事件判決(昭41・10・26)都教組勤評事件・全司法仙台判決「(昭44・4・2)の何が悪質だったか
(1)市民法秩序を超克する藤木英雄の可罰的違法性論をバックボーンにしていること
(2)争議行為を公務員労組の正当業務として認知したと理解され、争議行為を公然化させた
(3)判例変更は左傾化した司法部の是正として政治的に進められた
2.ターニングポイントになった久留米駅事件方式による違法性阻却基準の確立
(1)藤木英夫刑法学説の排除を目的とした久留米駅事件方式
(2)公労法適用企業における争議行為に参加しない組合員の権利ないし内部統制否認の法理の確立
3.第三期の判例と第二期の判例の違いについて
(1)労組法1条2項の刑事免責は適用されない
(2)可罰的違法性論の排除
(3)違法性二元論より違法性一元論への転回
(4)「三つの場合」のみ刑事制裁の対象とすることの否定
(5)「通常随伴行為不可罰論」を明確に否定
(6)刑罰最小限度論を否定
(7)内在的制約論の否定
 地公労法適用の地方公営企業等職員の争議行為及び争議行為に付随する行為につき、一般論としてどのような行為に対していかなる責任追及をどのようにして可能か、刑事制裁と懲戒処分の両面から検討するのが本稿の目的である。実務的には主として懲戒責任の追及になるが、刑事制裁もありうるので区別して取上げることとする。
Ⅰ 刑事制裁はどのようなケースで可能か
要旨
 地公労法11条1項争議行為禁止違反に対して刑事罰則はなく、事業法にも業務の不取扱いそれ自体を構成要件的行為とする罰則はない。
 しかしながら、全逓名古屋中郵事件大法廷判決(最大判昭52・5・4)は公労法が禁止する業務阻害、あおり等が刑法その他の罰則の構成要件に該当する場合は、労組法1条2項(刑事免責)の適用はなく、刑事法上違法と評価されると判示しているから、地公労法も別異に解釈する理由はない。
 また争議に際して付随的に行われた犯罪構成要件該当行為(例えば業務妨害罪、公務執行妨害、逮捕監禁罪、建造物侵入罪、不退去罪、損壊罪)の違法性阻却判断方式は、その行為が争議行為に際し付随して行われたという事実も含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものか判断される(国鉄久留米駅事件最大判昭48・4・25、及び全逓名古屋中郵判決)とされているので、昭和40年代に席捲した可罰的違法論により無罪とされる傾向は是正されている。従って諸般の事情から社会的相当な行為として違法性が阻却される余地はなく刑事責任を免れることはできないと考える。
(Ⅰ)争議行為を禁止するが、直接的な罰則がない地公労法
 労組法1条2項は組合活動であって「正当なもの」について、正当行為に関する刑法35条の適用を認めている(刑事免責)。又、労組法8条は「同盟罷業その他の争議行為であって正当なもの」に関する損害賠償の免除(民事免責)を規定している。労働者が刑事責任を問われたり、労働者又は労働組合が労働契約不履行や不法行為を理由にして民事責任を追及されないことを民刑免責という。
 しかし公務員、行政執行法人の職員、地方公営企業職員は、以下の法規により争議行為を全面的に禁止され、合憲である以上、争議行為が正当な組合活動とはいえず、正当な争議行為もありえないから民刑免責は認められないし、不当労働行為制度の保護も認められないと解されている。
 なお、刑事免責が適用されないことは全逓名古屋中郵事件大法廷判決(最大判昭52・4・5刑集31-3-112が「公労法一七条一項に違反する争議行為が刑法その他の罰則の構成要件に該当する場合は、労組法一条二項の適用の適用はなく、他の特段の違法性阻却事由が存在しない限り、刑事法上これを違法と評価すべきもの」として確定的な判例となっていることである。

(争議行為禁止規定)
○国家公務員法98条2項(昭和41年改正前の98条5項)
「職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおってはならない。」
○地方公務員法37条1項
「職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおってはならない。
○行政執行法人の労働関係に関する法律(旧公共企業体等労働関係法*)17条1項
「職員及び組合は、行政執行法人に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。また、職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、唆し、又はあおってはならない。」
 *旧公労法は組合活動をめぐって膨大な判例の蓄積があるが、三公社五現業の多くが民営化(国有林野事業は一般会計事業化)したため現在は行政執行法人職員適用の法律として名称も変更されている。
○地方公営企業等の労働関係に関する法律11条1項
「職員及び組合は、地方公営企業等に対して同盟罷業、怠業その他の業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。また、職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、唆し、又はあおってはならない。」
 但し争議行為禁止違反について刑事罰則があるのは国公法及び地公法だけである。
○国家公務員法110条1項17号(昭和41年改正前の110条17項)
「何人たるを問わず第九十八条第二項前段に規定する違法な行為を遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」につき三年以下の懲役または十万円以下の罰金に処する。」
○地方公務員法61条4号
「何人たるを問わず第三十七条第一項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」につき三年以下の懲役または十万円以下の罰金に処する。」
いずれも、「あおり」等積極的に争議行為を指導した者に限定され、いわゆる単純参加者は処罰の対象とされていない。
 一方、旧公労法18条「解雇するものとする」、地公労法12条は争議行為禁止違反に対して「解雇することができる」と規定するが、争議行為禁止違反に対する直接の罰則はなく、違法争議行為に対する刑事制裁はそれぞれの事業法等の規制に委ねられている。
 しかし、公労法適用の三公社五現業の業務の不取扱いそれ自体を構成要件的行為としているのは、郵便法79条1項及び公衆電話通信法110条の二つだけなのである(臼井1977c)。
 地公労法適用の水道事業についていえば、水道法が、水道施設の操作による水の供給を妨害など多くについて罰則を設けているものの、業務の不取扱いそれ自体を構成要件的行為とする罰則はなく、従って水道局職員の争議行為それ自体につき事業法を根拠としては刑事責任を問うことはできない。
 
 
(Ⅱ)争議行為それ自体、もしくは争議行為に際して付随して行われた行為が犯罪構成要件該当行為であれば刑事責任を免れない
一 争議行為禁止の合憲性をめぐる判例の変遷
 エグゼクティブなら周知の事柄であり説明不要だろうが平場の議論なので段取として一応コメントしたうえで本論に入りたい。
 国公法・地公法・旧公労法等により、公務員や公企体等職員の争議行為を禁止していることと、憲法28条の労働基本権保障との関係での最高裁判所の判断は、合憲としている点では一貫している。
 ただし禁止・制限の制約原理を何に求めるか、制約の根拠・条件について、顕著な判例の変遷があり、第一期(全面的合憲)、第二期(限定的合憲)、第三期(全面的合憲)と段階を区分して説明するのが通例である。
 私は従来、掘り下げることがあまりなかった、第二期から第三期への転換期となる国鉄久留米駅事件方式(東京中郵判決を判例変更せず、可罰的違法論を実質的に排除した段階)の判例の意義が重要であると考えるので、転換期の判例についても解説する。
 ただ本稿は実務目的のため、立法の沿革や合憲論議の詳細には踏み込まず。労働刑事事件に絞って取り上げ、民事事件(懲戒処分取消訴訟)は別途取り上げることとする。
                                                            
(一)第一期 三鷹事件判決から檜山丸事件判決まで
1.三鷹事件最大判昭30・6・22刑集9-8-1189

「日本国有鉄道職員が公労法一七条により争議行為を禁止されても、憲法二八条に違反しない」とした。
2.国鉄檜山丸事件最二小判昭38・3・15刑集17-2-23
 公労法違反の争議行為が罰則に触れる場合、犯罪の成否について、公共企業体等の職員は、労働組合法一条二項(刑事免責)を適用されないとし、組合員が職場集会の指令点検、指導のため当局の制止を振り切り青函航路車両船檜山丸に乗船したことについて、艦船侵入罪(刑法130条)の成立を認めている。
「公労法一七条一項によれば、公共企業体等の職員は、同盟罷業、怠業その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができないと規定されている。そして、国家の経済と国民の福祉に対する公共企業体等の企業の重要性にかんがみ、その職員が一般の勤労者と違って右のような争議行為禁止の制限を受けても、これが憲法二八条に違反するものでないことは、すでに当裁判所の判例の趣旨とするところである〔昭和30年三鷹事件大法廷判決』。かように公共企業体等の職員は、争議行為を禁止され争議権自体を否定されている以上、その争議行為について正当性の限界如何を論ずる余地はなく、したがつて労働組合法一条二項の適用はないものと解するのが相当である。」と判示した。
 
二)第二期 全逓東京中郵事件判決から全司法仙台事件・都教組事件等
(左傾化した司法による相対的合憲論、可罰的違法論によって刑事罰からの解放を目論む)

1.全逓東京中郵事件最大判昭41・10・26刑集20-8-901

 
 昭和33年春闘において被告人全逓役員8名が従業員多数に「勤務時間内食いこみ職場大会」に参加するよう説得した結果、38名が応じ2時間40分から6時間職場を離脱し郵便物の取扱いをしなかったことが、郵便法71条1項の罪の教唆罪に当たるとされ公訴を提起した事件で、一審無罪、控訴審は檜山丸事件判決を引用し一審を破棄したが、大法廷は8対4で破棄差戻しの判決を下した。
 (1)判旨
 公共企業体等職員の争議行為を禁止した公労法17条1項は憲法に違反しないが、公労法17条1項に違反する争議行為にも労組法1条2項(刑事免責)が適用される。公共企業体等の職員のする争議行為について労組法の適用1条2項の適用を否定し正当性の限界のいかんを論ずる余地がないとした第二小法廷の判例〔檜山丸事件〕は、変更すべきものと認める。
  理由は「関係法令の制定改廃の経過に徴すると‥‥憲法の保障する労働基本権を尊重し、これに対する制限は必要やむをえない最小限度にとどめるべきであるという見地から‥‥刑事制裁は、正当性の限界を超えないかぎり、これを課さない趣旨であると解するのが相当である‥‥。争議行為禁止の違反に対する制裁としては解雇と損害賠償とが定められているが、その違反が違法だというのはこれらの民事責任を免れないとの意味である‥‥。
 したがって、争議行為が‥‥政治的目的のために行われた場合とか暴力を伴う場合とか社会の通念に照らして不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合のような不当性を伴わないかぎり〔いわゆる三つの場合〕刑事制裁の対象とならない。」とした。
(2)特色
 特徴を要約すれば次の三点に要約できる。
A合憲としつつも労働基本権を制限するための条件をかなり絞っている
 「『公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない』とする憲法一五条を根拠として、公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことは許されない。ただ、公務員またはこれに準ずる者については、後に述べるように、その担当する職務の内容」に応じて、私企業における労働者と異なる制約を内包しているにとどまると解すべきである。」とし、公共企業体職員が労働基本権を制限する根拠として「国民生活全体の利益の保障」の内在的制約を掲げ、労働基本権を制限するための四条件として(1)労働基本権の制限は、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならないこと、(2)労働基本件の制限は、当該職務の停廃が国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて必要やむを得ない場合に限り考慮すべきこと、(3)労働基本件権の制限違反に刑事罰罰課することしについては、慎重でなければならないこと。(4)労働基本権の制限する場合には代償措置が必要であることを指摘した(永井敏雄埼教組事件調査官解説)。
B違法性二元論
 多数意見は「憲法上の正当性を画する基準として民事上の違法と刑事上の違法を区別する違法性二元論の立場」をとる(臼井1977b)。
  そして刑事制裁の対象となるのはいわゆる三つの場合に絞られるとした。
C可罰的違法性論
  臼井滋夫最高検検事は本判決をこう要約する。
「公労法の違法はその強さにおいて、解雇、損害賠償などの法的効果に結びつくものの、刑罰法規の予定する違法の程度に達してないと解するかぎり‥‥公労法17条1項はその合憲性を保ちうる」(臼井1976)
 中野次雄調査官解説は次のように要約する。
 多数意見は「公労法17条1項に違反して争議行為をしても、そのことのゆえをもって刑罰を科せられるべきではなく、したがってその行為がなんらかの刑罰法規に触れても違法性を阻却すると解すべきだと判示した。これは藤木英雄東大教授が説いた行為の違法性の相対性の考え方によっている。」
 つまり全逓東京中郵判決は、刑事制裁の対象となる争議行為を三つの場合①政治スト、②暴力を伴う、③長期に及ぶなど国民生活に重大な支障をもたらす場合に限定しているのであり、違法性の強弱・程度違法性阻却の問題としてとらえる考え方を示している。
 特に松田二郎裁判官の補足意見は「公労法上違法であるとしても、争議行為として正当な範囲内と認められるかぎり、右の違法性は、刑罰法規一般の予定する違法性、すなわち過罰的違法性の程度には達していないものと解すべきである」などと、違法争議行為でも、正当性を論ずる余地があるという労働組合を増長させる見解を示し、これは、一種の違法性段階論を基盤とする可罰的違法論にあり、藤木刑法学説の影響とみられる。
 可罰的違法性論は一般的には「構成要件に該当すると認められる行為のうち、当該行為の予想する可罰的程度に達しない行為は犯罪でないとし刑事責任を否定する見解」、「違法性の相対性・段階性を前提とする理論」(岡野1974) とされるが、労働法理念の正当化のために労働争議ならある程度の有形力行使の違法性阻却はなされて当然だとの悪しき風潮をもたらした。もとを辿ればそれは藤木英雄東大教授の悪質な刑法学説だといわなければならない。
 もっとも、東京中郵事件は単純不作為の同盟罷業(ウォーキングアウト)にすぎず、積極的な業務阻害行為はなかったから、過罰的違法性論を採用しやすい事案だったとはいえる。
 しかしながら中郵判決多数意見の思想の基盤にある藤木学説というものはその程度のものではない、ある程度の積極的な業務阻害、就労妨害を是認し、市民法的法益は侵害されて当然とするものであって、事実上、階級的でミリバントな労働運動を支援する学説だった。
 昭和30年代から40年代にかけて主として下級審においてスクラムや実力ピケを正当な行為として無罪とする判決が続出たのも、可罰的違法性論が司法判断に影響を及ぼし、犯罪構成要件の判断を縮小したり構成要件を曲解する傾向、外形的には構成要件に該当する行為があっても被害が軽微であるとか、許容されている限界を逸脱していないなどとして、刑事罰の対象としない判断を助長したためである。 
 藤木教授は労働刑法での違法性概念について「労働権の保障の結果それと矛盾する限度で財産権に対する保障が後退するのは当然のこと」「通常の一般市民間でなされた場合に威力ないし脅迫にあたる行為であっても、労働争議という実力闘争の場において常態を逸脱しない‥‥程度の行為については‥‥威力あるいは脅迫にあたらないとして構成要件該当性を否認することにより問題を処理することが許されよう」と述べたわけである。(藤木1967 81頁)私はこのように市民法秩序の軽視する理論は全く反対である。
 また藤木教授はピケッティングについて、「組合員であって争議から脱落した者は‥‥統制力の行使として、緊急の場合、スクラムによる絶対阻止が許される」「組合の組織の防衛をはかる目的で、会社のために就労しようとする者を‥‥強力な威力行使によって、その通行の最終的な阻止を試みることは‥‥場合によっては合法」としてスクラム阻止を容認している(藤木1967 181頁以下)。
 結局、東京中郵判決は司法を左傾化させた悪質な学説を思想の基盤にしているため、筋の悪い判断と評価せざるをえないのである。
 (3)悪影響
 本判決は、争議権の保障・制約=労働基本権の保障・制約という前提に立っており(臼井1976)社会に与えた影響は大きかった。争議行為の民事免責を否定しているとはいえ、適用を認めた労組法1条2項は「団体交渉その他の行為であって‥‥正当なもの」と規定し、刑法35条の適用があるという形式をとっている。刑法35条は法令または正当業務行為の違法性阻却を認めた規定である。したがって禁止とされている争議行為であっても公共企業体等労組の正当業務行為として認知されたように理解された。
 労働側弁護士の新井章が争議行為の「権利性」を確認した判決と評しているとおりである(新井1975 119頁以下)
 労働組合や職員団体は41年の中郵判決及び44年の都教組事件・全司法事件判決を錦の御旗として、公然と争議行為を行うようになり、スト権奪還をするようになった。
 それまでは勤務時間内職場集会、時間内くい込み行動、順法闘争、安全闘争など称し争議行為という言葉を避けていたが、ストライキとしてこれらの行動を行うようになったのである(高島1979)。
2.都教組勤評事件 最大判昭44・4・2刑集23-5-305
 都教組幹部は、東京都教育委員長が文部省の企図する勤務評定規則案を上程する動きに出たため、これに反対する日教組の行動方針にもとづき、組合員に対して昭和33年4月23日に一斉に休暇届を提出し、勤務評定反対行動をとるよう指令した。組合員約2万4千人は、この指令に従った行動を行った。組合幹部らによる指令の配布伝達行為は地方公務員法違反として起訴された。一審無罪、控訴審地方公務員違反(あおり)罪、大法廷は9対5で破棄無罪。
(1)判旨
       
地方公務員法37条、61条4号は憲法に違反しない。しかし、被告人らが組合の幹部としてした闘争指令の配布、趣旨伝達等、争議行為に通常随伴する行為については、地方公務員法61条所定の刑事罰をもってのぞむことは許されない。
 その理由は 
「これらの規定(地公法37条、61条4号)が、文字どおりに、すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為をすべて処罰すると解すべきとすれば、それは、公務員の労働基本権を保障した憲法法の趣旨に反し,必要やむをえない限度をこえて争謎行為を禁止し、かつ、必要最小限度にとどめなければならないとの要請を無視し, その限度をこえて刑罰の対象としているものとして、これらの規定は、いずれも、違憲の疑を免れないであろう。しかし…地公法61条4号は、争議行為をした地方公務員全体を処罰の対象とすることなく、違法な争議行為のあおり行為等をした者にかぎって、これを処則することにしているのである…ただ、それは争議行為自体が違法性の強いものであること前提とし、そのような違法なあおり行為等であってはじめて,刑事罰をもってのぞむ違法性を認めようとする趣旨と解すべきである。」

(2)二重の絞り論

      
 争議行為に許容的な全逓東京中郵判決と軌を一にし、その論理をさらに推し進めた。その象徴が14名中7名の裁判官による「あおり行為等」の意義につき「二重の絞りの論」である(多数意見を構成してはいないが有力な見解として示された)。
「二重の絞り」とは「あおり行為等」の目的となる争議行為につき
①政治目的など職員団体の本来の目的を逸脱してなされるとか、暴力その他これに類する不当な圧力を伴うとか、社会通念に反して不当に長期に及ぶなど国民生活に重大な支障を及ぼすとか等違法性の強いもの
②あおり行為それ自体においても、争議行為に通常随伴する行為のごときは除外され、それ以外の違法性の強いもの
 という二重制限的要件がなければ刑事制裁できないというものである。なり強い違法性のある争議行為、態様でないと刑事制裁は不可能にする趣旨である。
3.全司法仙台事件 最大判昭44・4・2刑集23-5-685
 事案は、昭和35年6月4日全国税労組中央執行委員長で税務署職員であった○○が、全司法労組仙台支部が岸内閣による新安保条約、国会での強行採決に反対するため、仙台高裁前広場に於いて勤務時間にくいこむ職場集会を開催するにあたり、裁判所職員でなく、かつまた裁判所職員の団体に関係ない○○(全国税労組委員、税務職員)、裁判所職員であり、同支部執行委員長の職にあった○○らと共謀のうえ、同支部分会役員に対し、その職場大会の参加協力を要求し、または裁判所職員に対しその職場大会に参加するよう慫慂・使唆した。原判決は限定解釈しつつこの点について有罪とした。大法廷は上告棄却(多数意見13(趣旨反対結論は同意5)、反対意見1)。
(1)判 旨
 国家公務員法98条5項((昭和40改正前現98条2項)110条1項17条は憲法に違反しないとしたが、都教組勤評事件と同様、刑罰に処すことは限定的なものでなければ合憲でないとし、14名中6名の裁判官が「二重の絞り論」をとった。
 刑罰に処せる争議行為とは「暴力その他これに類する不当な圧力を伴うとか、社会通念に反して不当に長期に及ぶなど国民生活に重大な支障を及ぼすとか等違法性の強いものであることのほか、あおり行為等が争議行為に通常随伴するものと認められるものでないことを要するものと解すべきである。」とする。
 ただし本件は政治目的の争議行為であったことから違法性が強いとされ、第三者と共謀したことが争議行為に通常随伴する行為と認めることはできないゆえに、原判決の有罪を是認したのである。
 都教組事件と、全司法事件により非現業公務員にも争議行為に許容的判断が示され、司法判断は著しく左傾化した。
(2)趣旨反対結論同意意見

 奥野健一、草鹿浅之介、石田和外(長官)、下村三郎、松本正雄各裁判官は多数意見を批判し「要するに、「あおり」の概念を、強度の違法性を帯びるものに限定したり‥‥または「あおり」の対象となった争議行為が違法性の強いもの、ないし刑事罰をもってのぞむべき違法性のあるものである場合に限り、その「あおり」行為が可罰性を帯びるのであるというが如き限定解釈は、法の明文に反する一種の立法であり、法解釈の域を逸脱したものといわざるを得ない。」とする。
 この考え方が四年後に多数派となり第三期の判例変更をもたらすことになる

4. 札幌市労連事件(札幌市電ピケット事件)最三小決昭45.6.23刑集24-6-311

 
   
 ワースト判決。事案は、昭和37年6月15日札幌市労連による交通部門の市電と市バス乗務拒否を主眼とする争議行為において、地公労法適用の札幌市職員である被告人3人が他の40名の組合員とともに札幌市交通局中央車庫門扉付近において、当局の業務命令によって乗車した罷業脱落組合員の運転する市電の前にスクラムを組むなどして立ち塞がり、「降りろ」「下がれ」等と怒号しながら電車を揺さぶる等したため、当局側ともみ合い、約30分電車の運行を阻止したことが、威力業務妨害罪により起訴されたもので、一審札幌地判昭41.5.2判時449は、威力業務妨害罪の構成要件に該当するが、労働組合法1条2項の正当な争議行為にあたるとして無罪判決を下した。原判決札幌高判昭42.4.27でも、被告人らの本件行為が威力業務妨害罪の構成要件に一応該当するものと認めながら、本件ピケ行為の目的、態様(手段、方法)に照らし、被告人らの本件行為は憲法の保障する労働基本権の行使として、正当な争議行為と認められるから、実質的違法性を欠き、罪とならないとして控訴を棄却したため、判例違反・法律違反等を理由として最高裁で争われた。
 最高裁第三小法廷決定は多数意見3、反対意見2の僅差で、本件ピケッティングは正当な行為として上告を棄却した。なお反対意見の下村、松本裁判官は、41年中郵判決より後に就任した裁判官だが、44年都教組事件で反対意見に回った5名のうち2名であり、地公労法一一条一項違反の争議行為は労組法一条二項は適用されないとの見解を示した。
(1)多数意見
 決定抜粋
「‥‥ 被告人らは、他の約四〇名とともに、札幌市交通局中央車庫門扉付近において、市電の前に立ちふさがり、その進行を阻止して業務の妨害をしたというのであって、このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。しかし、同じ原判決によると、右行為は、被告人らの所属する札幌市役所関係労働組合連合会が、昭和三五年一〇月ごろから、札幌市職員の給与、手当、有給休暇その他の勤労条件の改善等、職員の正当な経済的地位の向上を目ざした団体交渉の要求を続け、かつ、この要求について早期解決を図るべき旨の北海道地方労働委員会の調停や札幌市議会総務委員会の勧告があったのにかかわらず、札幌市当局が不当に団体交渉の拒否や引延しをはかつたため、一年有余の長期間をむだに過させられたのみならず、かえつて、当局の者から、ストをやるというのであればやれ、などと誠意のない返答をされるに至つたので、やむなく昭和三七年六月一五日午前六時ごろ、団体交渉における労使の実質的対等を確保するため、交通部門における市電・市バスの乗務員の乗車拒否を主眼とする同盟罷業に踏み切つたものであるところ、その同盟罷業中の同日午前一〇時ごろ、突然、同じ組合員であるYらが、同盟罷業から脱落し、当局側の業務命令に従つて市電の運転を始めるため、車庫内に格納されていた市電を運転して車庫外に出ようとしたので、被告人らが他の約四〇名の組合員らとともに、組合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的で、とっさに市電の前に立ちふさがり、口ぐちに、組合の指令に従つて市電を出さないように叫んで翻意を促し、これを腕力で排除しようとした当局側の者ともみ合つたというのであって、このような行為に出たいきさつおよび目的が人をなつとくさせるに足りるものであり、その時間も、もみ合つた時間を含めて約三〇分であったというのであって、必ずしも不当に長時間にわたるものとはいえないうえに、その間直接暴力に訴えるというようなことはなく、しかも、実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内でのできごとであったというのであるから、このような事情のもとでは、これを正当な行為として罪とならないとした原判断は、相当として維持することができる。‥‥」
 本決定の多数意見は、地公労法一一条一項の合憲性は問題にしていないが(これを争点とした決着をつけたのは北九州市交通局事件昭和63.12.8最高裁一小判 民集42-10-739である)、中郵判決により合憲の前提にたっているものであり、また地公労法一一条一項違反の争議行為に労組法一条二項(刑事免責)の適用があるとも明示していないが、昭和41年の東京中郵事件大法廷判決によりが公労法一七条一項  違反の争議行為にも労組法一条二項が適用があるとされたので、とそれは当然の前提としているというのが坂本武志調査官の解説である。
 つまり明示されていないが東京中郵判決の「三つの場合」に当たらないものとして本件争議行為は刑事上違法とできないという判断をとっているものと理解できる。
しかし多数意見は本件ピケッテイングのように、40名もの者が市電の前に立ち塞がって、進行を阻止する行為は、争議行為であっても一般には許容されないという本件ピケッティングの限界に関する原則的見解を明らかにしている。にもかかわらず無罪だというのは、本件における具体的事情のもとで、正当な行為ということができるとしているのである。
① 本件ピケッティングは、市当局が、組合側の正当な団体交渉の要求を一年有余
の長期間にわたって拒否したり引き延ばしたりして誠意のない態度をとったため、やむなく踏み切られた市電への乗務拒否を主眼とする同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐためになされたものである。
② 本件ピケッティングは、同盟罷業の、同盟罷業から脱落した組合員が、当局の業務命令に従って市電の運転を始めたので、組合の団結が乱され、同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐため、翻意を促す目的でなされたものであること。
③ 進行を阻止した時間が短く、暴力に訴えることはなく、しかも実質的に私企業とあまり変わらない市電の乗客のいない車庫内でのできごとだったこと。
 
(2)下村三郎裁判官の反対意見(要旨)

  地公法一一条一項は、争議行為を禁止しているのであるから、これに違反してなされた争議行為は、すべて違法であって、正当な争議行為というものはありえない。したがって、このような争議行為には、労組法一条二項の準用ないし適用はないと解すべきである。
(3)松本正雄裁判官の反対意見(要旨)
 正論といえる反対意見
①地公労法一一条一項は、昭和四一年一〇月二六日大法廷判決(いわゆる中郵事件判決の趣旨からみて合憲であることに異論はないものと思われる。したがって、これに違反してなされた争議行為は違法なものであり、労組法一条二項の適用は排除される。しかも、地公労法一一条一項に違反してなされた争議行為は違法なものであるから、労組法一条二項にいう「その他の行為」には含まれず、また「正当なもの」ともいえない。
②仮に、労組法一条二項の適用があるとしても、被告人らの本件行為は、次に述べる理由により、正当性の範囲を逸脱したものである。
 A 被告人らのした本件行為は、かの中郵事件にみられるような単純な不作為ではなく、積極的な実力または威力による業務妨害行為であって、このような、このような行為は、当裁判所が昭和二五年一一月一五日の大法廷判決(山田鋼業事件)以来、累次の判例により違法としているものである。
 B Yが争議から脱落した組合員であるとしても、もともと職員の争議行為は禁止されており、これに違反した職員は解雇されることがある。(地公労法一一条、一二条参照)
のであるから、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重されるべきであり、これを実力で阻止することは、組合といえども許されない。
 C ピケの正当性は、口頭または文書による、いわゆる平和的説得の程度のみに限られるべきだとは必ずしも思わないが、本件のごとく有形力を行使し、脱落者の就労を事実上不可能にすることまでも(たとい、それが説得の手段であったとしても)許されるべきとは考えない。かかる行為を許容することは、健全な労働運動の発展の障害にこそなれ、正しい方向とはいえない。
  (4)本決定の評価
①  物理力を行使したピケットを正当としたきわめて例外的な裁判例
   争議行為の限界についてのリーディングケースは山田鋼業事件大法廷判決昭25.11.15刑集4.11.2257と朝日新聞西部支社事件大法廷判決昭27.10.22民集6.9.8である。
 争議行為は労務提供拒否という不作為を本質とし、したがって、これに随伴する行為も消極的行為の限度にとどまるべきであり、それを越えて使用者側の業務を妨害するような意図及び方法での積極的な行為は許されないとの見解が確立したものであって、この点についてプロレイバーが主張するように労働法は市民法個人法秩序を超克するものと解する余地はない。
 そしてピケッティングと犯罪の成否についての画期的判例が羽幌炭礦事件大法廷判決昭33.5.28刑集12-8-1694であり、事案は、争議続行と組合指導部に反発して組合を脱退し第二組合の結成に加わった労働者と非組合員による出炭を阻止するためのマスピケッティングであるが、「同盟罷業は必然的に業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであって、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行脅迫をもつてこれを妨害するがごとき行為はもちろん、不法に、使用者側の自由意思を抑圧し或はその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されないものといわなければならない‥‥。されば労働争議に際し、使用者側の遂行しようとする業務行為を阻止するため執られた労働者側の威力行使の手段が、諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には刑法上の威力による業務妨害罪の成立を妨げるものではない。」と判示した。
 問題は、「諸般の事情」の解釈だが、臼井検事は、「基本となる基準はあくまで労働力の提供拒否にとどまるか否かであり」労働力の提供拒否にとどまるか否かという基準では割り切らないことを意味するというプロレイバー解釈は誤りと指摘している[臼井1977a]。 
 プロレイバー労働法学では、争議権とは本質的に「業務妨害権」であり、同盟罷業による業務妨害状態を有効に維持するためにピケッティングは争議行為の範囲にあるとし、一定程度の実力行使も許されるというものであるが、最高裁はもちろん認めていない。
 同判決以外でも最高裁は物理力を行使するピケットについて有罪と判決するのが通例である。(ホテル・ラクヨー事件最一小判昭和32.4.25、 進駐軍横浜事件最二小判昭33.6.20、 東北電力大谷発電所事件最一小判昭33.12.15、四国電力財田発電所事件 最一小昭33.12.25、嘉穂砿業事件最一小判昭35.5.26) 
 ただし最高裁は羽幌炭礦判決より前に例外的に三友炭鉱事件最三小判昭31.12.11刑集10-2-1605において物理力を行使したピケットを正当と判決している。札幌市労連事件決定はそれに続く二つめの例外的判例である。羽幌炭礦判決以降では唯一の例外である。それゆえ当時のプロレイバーは、ピケット権の確立を前進させた意義があるものとして本決定を評価している[佐藤1970]。
  三友炭鉱事件判決とは可罰的違法性論の典型とみなされるものである。罷業から脱退して生産業務に従事する者に対し「口頭又は文書による平和的説得の方法で就業中止を要求しうることはいうまでもないが、これらの者に対して、暴行、脅迫もしくは威力をもって就業を中止させることは、一般的には違法と解すべきである。」としたうえで、しかしながら違法性を阻却することがあることを認め、「諸般の状況を考慮して慎重に判断されなければならない」とし「炭鉱労働組合が同盟罷業中一部組合員が罷業から脱退して会社の石炭運搬業務に従事し石炭を積載した炭車を連結したガソリン車の運転を開始した際、組合婦人部長たる被告人が、右一部組合員の就業は経営者側との不純な動機に出たもので罷業を妨害する裏切行為であり、これにより罷業が目的を達し得なくなると考え、既に多数組合員等がガソリン車の前方線路上に立ち塞がり、座り込みまたは横臥してその進行を阻止しているところに参加して『ここを通るなら自分たちを轢き殺して通れ』と怒号して就業組合員のガソリン車の運転を妨害したというのであって、被告人の右行為はいわば同組合内部の出来事であり、しかもすでに多数組合員が運転行為を阻止している際、あとからこれに参加したというに止まるから」本件の具体的事情ではまだ違法ということはできないとしたものである。
 最高裁判決では触れられてないが、「諸般の状況」には三友炭鉱の出炭成績は悪くなかったにもかかわらず、社宅の飲料水の如きは山麓に一間半の水槽をつくり、その溜まり水を手押しポンプで汲出すという粗悪な設備で消毒もなく、平素も行列をつくって汲み水を待つ状況に放任されており、浴場も山間部にわずかに屋根があるだけで脱衣所なく濁った構内の腐水を使用し混浴であったが、経営者側が改善に着手する模様がなかったこと、被告人は経営者と縁故のある元組合長らが突然就業を開始した裏切り行為に極度に憤激したといった格別の事情を斟酌したものと考えられる。
 したがって、あくまでも同情的な例外的判例とみなすべきである。
 本決定は先例の判断基準を変更していないが、原判決が威力業務妨害罪の構成要件に該当することを認め「このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容されるべきものとは認められない。」と判示しておきながら、具体的事情を斟酌して可罰的違法性にいたらないものとした。三友炭鉱事件に続いて例外的裁判例といえる。
②先例としての価値は認められない
  本決定は、藤木英雄東大教授の可罰的違法性論の影響力の大きかった時代の所産であり、諸般の状況によっては一定程度の実力行使も許容される余地があるピケット権を是認した先例とみなす評価は正しくない。先例として意義は以下の理由で認められない。
A 前提となってる刑事免責適用は判例変更された
 第一に、本決定は昭和41年の中郵判決の公労法17条1項違反の争議行為であっても労組法1条2項(刑事免責)の適用があるとの判断に従って、地公労法11条1項違反の争議行為にも適用があるとの前提に立っているが、52年の名古屋中郵判決で明示的に判例変更されていることである。
 同じく、41年中郵判決では刑事処罰の対象となりうる争議行為は、強い違法性のある争議行為、「三つの場合」に限定されるとしたが、この基準も52年の名古屋中郵判決で判例変更されていることである。
B 久留米駅事件方式により安易な可罰的違法性論がとられなくなった
 第二に国労久留米駅事件大法廷判決昭48・4・25刑集27-3-418がマスピケ事犯や列車の進行方向の軌道上に立ち塞がるなどの実力ピケを無罪とする下級審判例が否定されるターニングポイントとなった。
 久留米駅事件方式といわれる判断方式は「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実を含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきものか否かを判定しなければならない」との判断方式を打ち出した。
 実質的違法性を判断することにかわりないが、久留米駅事件方式により、犯罪構成要件該当行為であっても争議行為及びそれに際して付随する行為については安易な可罰的違法性論によって社会的相当姓があるものとして無罪とする傾向が是正されるようになった。
 臼井検事は、久留米駅事件方式確立の結果、結論的に「最高裁判例においてはピケッテイングの正当性の限界につき,消極的性格の行為の限度にとどまるべきであるという見解が堅持され、いわゆる平和的説得の限度を越えたピケッテイングが犯罪構成要件に該当するときは、犯罪の成立を阻却するごく特殊な事情が存在する場合は格別、原則として違法性が阻却されないものとされている」(臼井1977a)
 本件は原判決が威力業務妨害罪の構成要件に該当することを認めているのであるから、久留米駅事件方式の原則論からして違法性は阻却されない。
C 名古屋中郵事件方式により諸般の事情は違法性を肯定する方向で考慮される
 久留米駅事件方式は争議行為そのものと、争議行為に際して行われる行為とを区別し私企業を含めた判断基準として広く引用されているが、その後公労法違反の争議行為、および付随行為については全逓名古屋中郵判決において久留米駅事件方式を継承したうえで発展させた判断方式が示されるに至っている。
 香城敏麿国鉄松山駅事件調査官解説は名古屋中郵事件最大判昭52・5・4刑集31-3-182判決の要点を3点にまとめている。
(イ)公労法一七条一項違反の争議行為が罰則の構成要件にあたる場合には、労組法一条二項の適用はなく、他の特段の違法性阻却理由がない限り、刑事法上これを違法とすべきである。
(ロ)但し、右の争議行為が単なる労務不提供のような不作為を内容とするものであって、公労法一七条一項が存在しなければ正当な争議行為として処罰を受けないようなものである場合には、その単純参加者に限り、当該罰則による処罰を阻却される。
(ハ)これに対し、公労法一七条違反の争議行為にあたらず、これに付随して行われた犯罪構成要件該当行為の場合には、その行為が同条項違反の争議行為に際して行われたものである事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきか否かを考察してその違法性阻却事由の有無を判断しなければならない。
 本件ピケッテイングが争議行為そのものといえるか、争議行為に際して行われた行為なのかは解釈の余地にあるかもしれないが、仮に後者だとしても、その場合は今日的には(ハ)の判断基準の公労法一七条一項を地公労法一一条一項に言い換えた判断基準が適用されるとものと考えられるのである。この点で、公労法と地公労法を別異に解釈する理由がないからである。
  つまり争議附随行為は「諸般の事情」を考慮に入れたうえ実質的違法論に立脚し「法秩序全体の見地から」違法性阻却事由を判断するということであるが、重要なことは、基本となる争議行為自体が公労法一七条一項に違反する点も「諸般の事情」の一素材になるということである(臼井1977c)。
 この点は香城敏麿名古屋中郵事件調査官解説(183p)も、「判旨を‥言い換えるなら (イ)付随的な行為の目的が公労法違反の遂行に向けられているときには、行為の違法性を肯定する方向でその目的が考慮される、(ロ)付随的な行為の手段が公労法違反の争議行為の未遂的行為又は予備的な行為であるときにも、行為の違法性を肯定する方向でその点が考慮される、ということに帰する」と述べており、違法性が阻却されることはまずないものと理解できるのである。
D   国労広島地本事件最三小昭50・11・28判決により組合の違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理が示されており、争議行為が禁止されている職場においては罷業脱落組合員に対するピケッティングとしても正当化されることはない
 本件多数意見が本件ピケッティングは、同盟罷業から脱落した組合員が、当局の業務命令に従って市電の運転を始めたので、組合の団結が乱され、同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐため、翻意を促す目的でなされたものであるという具体的事情のもとにおいては、正当な行為と認めるとした。
 対して、松本正雄裁判官の反対意見は争議から脱落した組合員であるとしても、もともと職員の争議行為は禁止されており、これに違反した職員は解雇されることがある。(地公労法一一条、一二条参照)のであるから、業務に従事しようとする組合員個人の自由意思は特に尊重されるべきであり、これを実力で阻止することは、組合といえども許されないと述べたのである。
 松本裁判官の反対意見は当時は少数意見に過ぎなかったが、以下( 公労法適用職場においてスト参加を強要する組合の統制権を否定する6判例参照)のような多数の判例により違法争議行為指令に組合員が拘束されないこと(内部統制否定の法理)が明確にされた。高裁判決は上告棄却であり、最高裁判例もある以上、今日においては、争議行為が禁止されている、旧公労法や地公労法適用職場において、同じ組合員であるから、組合の統制権により罷業からの脱落を防止するために実力を行使するのは正当な行為とはされないことは明らかである。
 ちなみに最高裁が物理的に阻止するピケを有罪としている事例は、本件昭和45年当時は、いずれも非組合員や争議行為に反対する脱退組合員、第二組合員に対してのものであり、三友炭鉱事件と本件は同じ組合員に対するもので、無罪とされていた。
 しかし、その後の動労尾久事件のほか下記の動労糸崎駅事件、動労鳥栖駅事件はいずれも、昭和38年12月の全国8拠点での2時間の勤務時間内職場集会(事実上のスト)の事案で、動労組合員が当局の業務命令により;乗務している動労組合員を職場集会に参加させる目的で、線路上のマスピケにより、乗客の乗っている列車を止めた事件であり、有罪となっているのであるから、地公労法適用職場においてもこの内部統制否定の法理を別異に解釈する必要はないと考えられる。

公労法適用職場においてスト参加を強要する組合の統制権を否定する6判例
①全逓横浜中郵事件差戻後控訴審 東京高裁昭47.10.20判決 判時689号51P 判タ283号120P 労判164号29P 労働法律旬報822号(差戻後上告審-最一小昭49.7.4決定棄却 判時748号26P)
②動労糸崎駅事件控訴審  広島高裁昭48.8.30判決 刑事裁判月報5巻8号1189P 判タ300号 労判184号(上告審-最一小昭51.4.1決定棄却 刑事裁判資料230号215P)
③国労岡山操車場駅・糸崎駅事件控訴審 広島高裁昭48.9.13判決 刑事裁判月報5-9-1958、判タ301号、労判187号、判時727号(上告審-データベースから発見できず)
④動労鳥栖駅事件控訴審 福岡高裁昭49・5・25判決 判タ311号97P 判時770号11P(上告審-最三小昭50.11.21決定棄却 判時801号101P)
⑤国労東和歌山駅事件控訴審 大阪高裁昭50.9.19判決 刑事裁判月報7巻9-10合併号826P(上告審-データベースから発見できず)
⑥国労広島地本事件上告審 最三小昭50・11・28判決 民集29巻10号1634P 判時時報798号3P、判タ30号201P 
 以上の6判例は、組合の違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理を示したものとして知られているものである。
⑥は組合の統制権を争点とした最高裁第三小法廷の判決である。①~⑤はいずれもマスピケ事犯で、無罪判決を破棄して公務執行妨害罪又は威力業務妨害罪を適用し有罪とした高裁判決であるが、上告審は①②④が上告棄却で原判決を認容しており、著名でない③⑤は筆者が調べた範囲では判例データベースで上告審を発見できなかったが、棄却と考えられるから、公労法適用の職場ではスト参加の内部統制否定の法理は判例として確立されているとみてよいと考える。
①全逓横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁昭47.10.20判決は「公共企業体等の職員および組合は公労法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行なつてはならない義務を負っているこというまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合いのものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建て前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する業務を負うとともに権利を有するものである。いいかえれば、公共企業体等の組合がたとえば同盟罷業の決議をしても、その決議は違法であって民間企業の組合の場合のように組合員に対し法的拘束力をもつものではなく、組合員としてはその決議に従わずに就業しても、特段の事由のないかぎり組合の統制に対する違反ないしはいわゆる裏切りの問題は生じないと解すべきである‥‥」とする。
②動労糸崎駅事件控訴審広島高裁昭48.8.30判決 は「一切の争議行為が少なくとも労働法上一般的に違法とされている国鉄においては、組合は組合員に対する統制権の行使を理由として、斯る違法な争議行為に参加することを強制することは許されず、組合員は右職場集会実施の組合本部指令に服従すべき義務はなく、従って、これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務もないのである。」とする
③国労岡山操車場駅・糸崎駅事件控訴審広島高裁昭48.9.13判決は「国鉄職員は、公共企業体労働関係法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、国労の組合員も争議行為を行ってはならない義務を負っていることはいうまでもない。それゆえ国労としては、ピケッティングの対象が国鉄職員である以上、非組合員はもとより、たとえそれが組合員に対する場合であっても、ストライキへの参加という違法な行動を強制することのできない筋合のものであって、組合がなしたストライキ決議は違法であり、組合員に対して法的拘束力をもつものではない。」とする。これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務はないのである」とする。
④動労鳥栖事件控訴審福岡高裁昭49・5・25判決は「公共企業体等労働関係法一七条一項は、公共企業体である国鉄の職員および組合が争議行為を行うことを禁止し、職員、組合の組合員、役員は、この禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならないと規定し、同法一八条は、右規定に違反した職員は、解雇されると規定しているのであるから、本件の国鉄動力車労働組合その組合員も争議行為を行つてはならない義務を負つていることはいうまでもない。‥‥それ故、組合としては、組合員に対して、公労法上違法とされ、しかも解雇等という民事責任を負わされるような同盟罷業に参加を強制することはできない筋合であって、組合がたとえ同盟罷業を決議しても、それは公労法上違法であり、民間企業の組合の場合のように法的拘束力をもつものではなく、組合員としては組合の決議、指令にかかわらず同盟罷業に参加することなく就業する自由を有する‥‥」
⑤国労東和歌山駅事件控訴審大阪高裁昭50.9.19判決も広島高裁昭48.9.13判決と上記の部分は全く同じである。
 以上5判例はマスピケ事犯である。
 
⑥国労広島地本事件最高裁第三小法廷昭50・11・28判決は脱退した国労組合員に対する組合費請求に関するもので、最高裁は本件臨時組合費の闘争資金の支払請求を認容し、組合員には協力義務があるとしたが、争議行為の参加については組合は組合員に対して「多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない」としたものである。同判決は、組合決議の拘束力一般について検討し次のように判示している。
 「思うに、労働組合の組合員は、組合がその目的を達成するために行う団体活動に参加することを予定して加入するものであり、また、これから脱退する自由も認められているのであるから、右目的に即した合理的な範囲において組合の統制に服すべきことは、当然である。したがって、労働組合の決定した活動がその目的と関連性をもつものである限り、たとえ個人的にはそれに反対の組合員であっても、原則としてはその決定に拘束され、そこで定められた活動に参加し、またその活動を妨害するような行為を避止する義務を負うとともに、右活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務(以下これらの義務を「協力義務」という。)を免れないというべきであるが、他方、労働組合の活動が多様化するにつれて、組合による統制の範囲も拡大し、組合員が一個の市民又は人間として有する自由や権利と矛盾衝突する場合が増大し‥‥‥‥労働組合の決定した活動が組合の目的と関連性を有するというだけで、そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定することは相当でなく、問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較衡量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。
 そこで、右の見地から、公労法に違反して行われる争議行為とこれに対する組合員の協力義務関係について考察する。
 まず、同法違反の争議行為に対する直接の効力(争議行為の参加)については、これを組合員に強制することはできないと解すべきである。禁止違反の争議行為の実行に対して刑罰や解雇等の不利益な法的効果が結びつけられている場合に、その不利益を受忍すべきことを強いるのが不当であることはいうまでもなく、また、右のような不利益を受ける可能性がない場合でも、法律は公共の利益のために争議行為を禁止しているのであるから、組合員が一市民として法律の尊重遵守の立場をとることは是認されるべきであり、多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない。‥‥」
5.第七青函丸・長万部駅事件最一小判昭45・7・16刑集24-7-475
(第七青函丸事件)
  国鉄青函船舶鉄道管理局が、合理化定員削減目的の職員配置換対象者に対して事前通告の手続を開始した。これに反対する国労青函地本は、事前通知を一括返上する方針を決め、返上を指導するための、組合役員オルグを各船舶に派遣することを決定し、Nは、昭和37年1月28日午後8時30分頃出航予定の第七青函丸に乗り込んだところ、同船長甲より退船を要求されたが拒否し、結局出航予定時刻を過ぎた9時50分頃下船した。
一審無罪、原審破棄、艦船不退去罪(刑法130条)棄却。
(判旨)
 国鉄連絡船の乗務船員でない国労組合員が同船に乗り込んだことが、組合の団体行動として同船の航行中に勤務当直者でない乗務船員たる組合員に対するオルグ活動をするためだとしても、船長が退去を命令したときは、これに従うことを要し、従わず船内に滞留することは、船長の職務である船舶航行の指揮を妨げ、航行の安全に危険を及ぼさないとはいえない行為であるから、労働組合法一条二項にいう正当な行為とはいえない。
(長万部駅事件)
 国鉄当局が、国鉄の正常な運転業務を確保するため、長万部駅構内の立入りを禁止し、組合員による信号扱所占拠に備え周辺に警備員、公安職員百名以上を配置したのに対し、昭和37年3月31日組合側は、警備員を排除すべく、第二信号所において組合員約250名がスクラムを組んだ4列縦隊で二手に分かれて当局側警備員を挟撃し、押し合い、もみ合いの末、Sは組アインとともに、当局側の警備員を排除し第2信号扱所に立ち入った。一方第1信号扱所では、組合員約200名がスクラムを組んだが、けが人を出さないようにするため妥協が成立し、組合側は挟撃をやめ、当局は階段上の公安職員を降ろすこととなり、これを見ていたNとSが会談を駆け上がって、第1信号扱所に立ち入った。
Nは建造物侵入罪(第七青函丸の不退去罪と併合罪)、Sも建造物侵入罪(併合罪)棄却。
(判旨)
 被告人らの信号扱所侵入行為は、組合員多数の勢力をもってする実力行動により信号扱所に対する国鉄当局側の管理を排除して侵入したものであって、被告人らの信号扱所の立入りが同所に勤務する組合員に職場大会の参加を呼びかける目的に出たものであって、ストを実行するためになされたものであるとしても、これをもって直ちに労組法一条二項にいう正当な争議行為とはいえず、建造物侵入罪を構成する。
 本件は、中郵判決により争議行為に刑事免責ありとする枠組みにおいても正当の争議行為ないし組合活動とは認められない事案であるゆえ有罪としたものである。次の浜松動労判決も同様。

6.浜松動労事件最一小昭45・7・16判時865号
 事案は動労中央執行委員と動労中部地方評議会事務局長が、争議行為に際し派遣され、昭和36年3月15日動労組合員約200名とともに第24列車瀬戸号の運行を阻止するため、線路上江に立ち塞がりスクラムを組むなどして列車の運行を妨害した。威力業務妨害罪、共同正犯、棄却。
(判旨)
 公労法一七条一項違反の争議行為にも労組法一条二項の刑事免責規定の適用はあるが、本件は正当な行為とはいえない(多数意見4)
 長部謹吾判事の意見は、結論は同じだが、公労法一七条一項違反の争議行為は、労組法1条2項の刑事免責は適用されないとする。

7.全逓横浜中郵事件第一次上告審昭45.9.16刑集24-10-1345
 本件はマスピケ事犯、一審無罪、二審国鉄檜丸判決に依拠して有罪、第一次上告審は破棄差戻し、ところが差戻後控訴審は中郵判決に依拠しながら有罪、第二次上告審は第三期の判決だが、棄却、久留米駅事件方式により有罪とした。ここでは一括して取り上げる。
   昭和33年春闘において全逓横浜郵便局支部が全逓中央の指令に反し、勤務時間にくいこむ2時間の職場大会開催を違法行為であるとして拒否し幹部が総辞職した。このため臨時闘争司令部が組織され中央の指令を確認し、神奈川県地評の支援を要請、同地評傘下の組合員約200名が郵便局通用門前の道路上でピケを張り、局員の就労を妨げたため、郵便局長の要請で機動隊が出動し、ピケ隊が警告に応じず、実力で排除する引き抜きを行ったため、激しい揉み合いとなり、ピケ隊2名(神奈川県地方労働組合評議会事務局員兼日本共産党神奈川県委員会労働組合部委員の1名と日本鋼管川崎製鉄所労働組合員1名)が機動隊員に足蹴り等の暴行を働いたため公務執行妨害に問われた。
  第一審横浜地裁判決昭38.6.28下級裁判所刑事裁判例集5巻5.6号595頁、判例時報341号は、本件におけるピケッティングは威力業務妨害罪の構成要件の構成要件に該当し、公労法7条1項違反の違法争議行為であったが、しかしながら本件警察官の排除行為も、その際の客観情勢においては警職法第5条後段所定の要件たる「人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があって、急を要する」が如き事態は全く存しなかった故に、「本件ピケによって郵便業務が妨害され、国民の財産に損害を及ぼすとするような遠く且つ漠たる要件で、本条後段の制止できる筈がないということは今更いうまでもない」として、本件警察官による排除行為は適法でないとして無罪を言い渡した。
 
 原判決(旧二審)東京高裁判決昭41.8.29高等裁判所刑事裁判例集19巻6号631頁は、公労法17条違反の争議行為は違法であり、労組法1条2項(刑事免責)の適用のないことはすでに最高裁の判例(全逓島根地本、国鉄檜山丸事件昭和38.3.15二小判、最高裁判所刑事判例集17巻2号23頁)で明らかになっているとして、本件争議行為、したがってその手段たるピケッティングが一般の企業と異なり、それ自体違法な行為であり、威力業務妨害罪を構成するという前提に立ち、本件ピケッティングは国の経済、国民の財産に重大な損害の虞れのある威力業務妨害罪の現行犯であった故に、その制止は警職法5条後段所定の適法な職務遂行行為であったとして、被告人に懲役三月(執行猶予一年)の有罪を言い渡した。
 被告人側より昭和41年10月の全逓東京中郵判決に違反するなどとして上告の申立がなされ、最高裁は大法廷を開いて原判決を破棄し東京高裁に差戻す旨の判決を下した。
 (多数意見8・反対意見6)

(1)多数意見 (入江・城戸・田中・松田・色川・大隅・飯村・関根各裁判官)
 「同条項〔公労法一七条一項〕に違反してなされた争議行為にも、労組法一条二項[の適用があるものと解すべきであり、このことは当裁判所の判例とするところである〔全逓中郵事件の判決〕。しかも原判決が参照している‥‥昭和三八年三月一五日第二小法廷判決(刑集一七条二号二三頁)は右大法廷判決によって変更されているところである。したがって、これと異なる見地に立って、公共企業体法一七条一項に違反するというだけの理由で、ただちに本件ピケッティングを違法であるとした原判決は、法令解釈適用を誤ったものであり、‥判断いかんによっては‥‥警察官の排除行為の適法性にも影響を及ぼすものと認められるから、原判決は破棄‥‥」とした。
   坂本武志調査官解説は、判決要旨は、中郵事件の判決によって明らかにされたところをそのまま確認したに過ぎないとする。
 プロレイバーの佐藤昭夫[1971] は、無罪の自判ではなかったが、札幌市労連事件(最三小判昭45・6・23乗客のいない車庫内で市電の進行を約30分阻止したピケッティングを正当とした)を中郵判決以来の労働基本権尊重の精神を反映したであり、地公労法違反の争議行為もすくなくとも刑事責任に関しては、一般民間労働者の場合と同一の法理によることを示したと評価したうえで、本判決は同判決の考え方を公労法関係でも大法廷として確認したものとし、ピケが適法になりうることを認めたもの積極的に評価している。
 
(2)反対意見(石田長官、草鹿、長部、下村、松本、村上各裁判官)
「‥‥公共企業体等労働関係法一七条一項は、公共企業体等に対するいつさいの争議行為を禁止しているのであるから、これに違反してなされた争議行為は、すべて違法であって、正当な争議行為というものはありえない。したがつて、このような争議行為には、労働組合法一条二項の適用ないし準用はないものと解すべきである。‥‥原判決が、公共企業体等労働関係法一七条一項に違反してなされた本件ピケッテイングを違法なものとしたのは、もとより相当である‥‥本件上告は、棄却されるべきものである。」
 なお、松本正雄裁判官は、反対意見に補足して、札幌市労連事件第三小法廷決定昭45・6.23の反対意見も引用している。
(3)評価
 上告趣意書によると、本件争議行為は全体として平穏に行われ、「局員(支部組合員)を除く、管理者その他の者の通行は全く阻止されたわけではなく、多少のいやがらせはあったにしろ、大体八時一五分速達一号便の出局まで一応通行できた」(一審判決)というが、そもそも本件のように約200名の郵便局前道路上での大量動員ピケッティングは、英米であれば私企業であれ違法である。また本件は神奈川県地労評の組合員約200名がピケを張った。その職場で働いている者でない者がピケ隊の主力であった。英国では、1980年にいわゆるフライングピケット、よその職場の者をピケ隊に編成する事自体違法としているのである。
 現代の労使関係法との比較でいえば、本件のようなマスピケ容認、とくに一審判決は、警察の介入それ自体が違法ということであるから、非常に野蛮な司法判断に思える。
 最高裁は無罪、自判したわけでなく、原判決が依拠した昭和38年の国鉄檜山丸事件第三小法廷判決は、そのご昭和41年の中郵事件の大法廷判決により判例変更されたこにより破棄、差戻しとなったものであるが、このようなマスピケ事犯を無罪としたならば司法の権威は喪失するといっても過言ではない。

(4)全逓横浜中郵事件差戻後控訴審東京高裁判決昭47・10・20労判822号
 しかしながら本件は無罪とはならなかった。過渡期の非常に優秀な判例と評価する。
 差戻後控訴審は争議行為に刑事免責適用ありとする中郵判決の枠組みに依拠して本件2時間の職場集会という公企体職員の争議行為それ自体を可罰的違法性なしとしながら、本件ピッティングは相当限度を越えた違法があるとして威力業務妨害罪の成立を認め、2名に禁固二年執行猶予一年と有罪を言い渡している。
 差戻後控訴審の中野次雄判事(中郵判決の調査官解説の記者、後に大阪高裁長官)は単純不作為の罷業である全逓東京中郵事件では刑事免責されても、積極的な就労妨害は、刑事免責されないという解釈によって有罪判決を下したのである。
  中郵判決の公労法違反の争議行為であっても刑事免責規定の適用があるという枠組みであっても、正当な争議行為ではなく有罪判決と云う点では、先の長万部駅事件や浜松動労事件も同じことではあるが、中郵判決が争議権の保障・制約=労働基本権の保障・制約という前提に立っているのと明らかに趣きを異にしているのは、昭和45年札幌都労連事件最高裁第三小法廷決定の松本正雄反対意見の趣旨も踏まえ、争議行為が禁止されている郵便局職員は、スト指令に拘束されないとする内部統制否認の法理を示した点である。
「公共企業体等の職員および組合は公労法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行なつてはならない義務を負っているこというまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合いのものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建て前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する業務を負うとともに権利を有するものである。いいかえれば、公共企業体等の組合がたとえば同盟罷業の決議をしても、その決議は違法であって民間企業の組合の場合のように組合員に対し法的拘束力をもつものではなく、組合員としてはその決議に従わずに就業しても、特段の事由のないかぎり組合の統制に対する違反ないしはいわゆる裏切りの問題は生じないと解すべきである‥‥」
 大法廷の差戻審で、大法廷で反対意見に回った松本裁判官の見解に沿って、全逓組合員は、スト指令に拘束されず、就労権があると示したことは、石田和外コートでは、最高裁判事は石田長官が推薦する人物を佐藤首相が指名しため中郵判決反対派が増加しており、いずれ中郵判決は判例変更される見通しに基づくもとのと考えられる。
 中郵判決を否定しないが、反対意見側に近い立場をとったという意味でターニングポイントともいえる司法判断としてその意義を高く評価すべきではないか。
 又、この差戻控訴審判決は、争議行為そのものと、それに付随して行われた行為とを区別する判断基準を定立した昭和48年の久留米駅事件方式のヒントになったとも考えられる。
(5)全逓横浜中郵事件差戻後(第二次)上告審最一小決昭49・7・4
 国労久留米駅事件最大判昭48・4・25刑集27-3-418の判断基準「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実を含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきものか否かを判定しなければならない」に基づいて上告を棄却した。
 郵便局の入口にピケッティングを張り、同局職員の入局を阻止して職務に就かせず、国の郵便局業務を妨害したときは、威力業務妨害罪が成立すること、公共企業体等職員の労働争議の際のピケッティングが違法であるとして、これを鎮圧排除しようとした警察官の実力行使に対してなされた暴行が公務執行妨害罪を構成することを判示した。

8..福教組事件 最三小判昭46・3・23刑集25-2-110
 福岡県教組が、同県教育委員会の実施した中学校教職員に対する勤務評定の実施に反対するため、1日の一斉休暇闘争を行うにあたり、組合の幹部として闘争指令の配布、趣旨伝達、一斉就業放棄方の従容等の行為を行ったことが地方公務員法違反かが争われ、原審無罪、棄却(多数意見3、反対意見2)
(1)多数意見
  当該行為は地方公務員法61条4項に違反しない。地方公務員法61条4項の規定も、憲法の趣旨の趣旨と調和しうるように解釈するときは、争議行為自体が違法性の強いものであることを前提とし、そのような違法な争議行為等のあおり行為等であってはじめて、刑事罰をもつてのぞむ違法性を認めようとする趣旨と解すべきである。
(2)下村三郎、松本正雄裁判官の反対意見
  原判決は、地方公務員法六一条四号の解釈を誤り、罪となるべきものを罪とならないとする違法を犯したもので、破棄されるべきもの‥‥。
10.佐教組事件 最三小判昭46.3.23刑集25-2-110
 佐賀県教職員組合が、教職員の定数削減反対、完全昇給実施等の要求を貫徹するため、三日間で3・3・4割の休暇闘争を行うにあたり、組合幹部として闘争指令の配布、趣旨伝達、一斉就業放棄方の従容等の行為を行ったことが地方公務員法違反かが争われ、原審無罪、該行為は地方公務員法61条3項に該当しないとして棄却(多数意見3、反対意見2)
 判決の内容、反対意見は、福教組事件と同じである。
(三) 第二期から第三期への転換期の判例(久留米駅事件方式の採用)
1.裁判所非難の高まりと司法左傾化の是正
 昭和41年の全逓東京中郵事件大法廷判決は当時の田中角栄幹事長をはじめ自民党筋から厳しい批判があった。可罰的違法論という悪質な学説の影響力が高まり、東京中郵判決が公務員の争議行為にも刑事免責が適用されるとした影響は甚大で、ピケッティング事案では、下級審で公労法17条1項を違憲とし実力ピケを容認する判断(例えば国労尼崎駅事件神戸地裁昭41.12.16判決逆ピケを張った公安職員に体当たりし負傷者を出し、渦巻きデモや坐り込みにより電車の発進を阻止した行為を正当防衛、正当な争議行為として無罪)、違憲判断をとらずとも多くの下級審判例が実力ピケでも争議行為を正当として無罪判決を下した(例えば動労糸崎駅事件判決島地裁尾道支部昭43.2.26刑事裁判資料201号183P、国労岡山操車場駅・糸崎駅事件判決広島地裁尾道支部昭43.6.10判タ225号、動労鳥栖駅事件判決佐賀地裁昭45・5・14、国労東和歌山駅事件判決和歌山地裁昭46.4.26刑事裁判資料201号81頁、国労松山駅事件判決松山地裁昭43.7.10刑集32巻2号191頁、同じく高松高裁判決昭46.3.26刑集32巻2号204頁)。
 また昭和42年夏頃から『全貌』『経済往来』『週刊時事』等を急先鋒として「偏向裁判」「学生や公安事件での検察側拘置請求が却下されるのは異常だ」という裁判所非難が急速に高まり、その要因は青法協所属裁判官とされ、とくに『全貌』は青法協を「容共団体」と攻撃したのである 。
 裁判所非難の高まりから、昭和44年1月リベラル色の濃い横田正俊最高裁長官が退官し、佐藤首相は後任人事につき元司法大臣木村篤太郎の推薦によってタカ派の陪席裁判官石田和外を指名した。石田長官は退官後に元号法制化実現国民会議議長、英霊に応える会会長という経歴からも明らかなように保守派といえる。石田の指揮で最高裁は局付判事補に青法協からの脱退を勧告し、青法協所属裁判官の再任を拒否するなど司法部の左傾化を是正した。最高裁判事人事も石田長官の推薦した人物を佐藤首相が指名したため、次第に中郵判決反対派の裁判官が増加していった。日本社会の左傾化の防波堤としての役割を果たした石田和外の実績はもっと高く評価されるべきだと私は思う。
  もっとも石田コートにおいても昭和44年4.2都教組勤評事件・全司法仙台事件大法廷判決は、昭和45年9.16横浜中郵事件第一次上告審は労働基本権尊重派が数のうえで優勢な時期のため中郵判決を踏襲した判断になった。
 中郵判決や都教組事件判決はいずれも労働刑事事件であり、民事免責は否認されていたにもかかわらず、実際には東京中郵判決以降の争議権の保障・制約=労働基本権の保障・制約という立論が、懲戒処取消訴訟にも影響が及び、可罰的違法論を懲戒処分にも応用して、争議行為を理由とする懲戒処分をも無効とした下級審判例が続出するという異常な事態となった。
 神戸税関事件の第一審判決神戸地裁昭和44.9.24行集20巻8.9号1063頁は「争議行為であっても‥‥違法性の弱いものについては、国公法九八条五項で禁止する争議行為には当たらないものというべき」とする。この立場に立つ裁判例としては鶴岡市職事件山形地判昭44.7.16労旬712号、佐教組事件佐賀地判昭46.8.10判時640号、都教組事件東京地判昭46.10.15判時645号、全財務四国地本事件高松高判昭46.12.24労旬805等である。
 最高裁で労働基本権尊重派(中郵判決支持派)と石田和外らの秩序・公益派(中郵判決反対派)の力関係は下記のとおり変遷し、逆転したのは石田長官定年退官間際の昭和48年4月25日の労働三事件大法廷判決である。石田に続いた最高裁長官、村上朝一、藤林益三は、労働・公安事件において秩序重視の判断を継承し、藤林コートにおいて東京中郵事件は判例変更にいたることとなる。
 
2..大法廷判決における中郵判決反対派の増加 
 
 昭和41年10.26
 全逓東京中郵事件判決-8対4                            
 反対 奥野健一、草鹿浅之介、五鬼上堅磐、石田和外
 
 昭和44年4.2
 都教組勤評事件判決-9対5 
 反対 石田和外(長官)、奥野健一、草鹿浅之介、下村三郎、松本正雄
 昭和45年9.16
全逓横浜郵便局事件第一次上告審判決-8対6
(マスピケ事犯、機動隊と激しい揉み合いとなった争議支援の神奈川地評組合員のピケ隊2名の足蹴り等の暴行を公務執行妨害で有罪とした原判決を破棄)
 反対 石田和外(長官)、草鹿浅之介、長部謹吾、下村三郎、松本正雄、村上朝一
 
3.国労久留米駅事件最大判昭48-4-25刑集27-3-419
 時系列的には第三期といえるが、中郵事件大法廷判決が判例変更されていない時点公労法違反の争議行為と関連する判例を第二期から第三期への転換期として扱う。
 本件は久留米駅信号所のマスピケ事犯について建造物侵入、公務執行妨害いずれも無罪とした原判決を破棄し、刑法上違法性を欠くものではないとして、刑事責任を問えるとした判決であるが、公労法違反の争議行為についても刑事免責(労組法1条)の適用があるとした中郵事件大法廷判決は判例変更していない。
 中郵判決の枠組みのままで、争議行為そのものの違法性評価と「争議行為に際して行われた行為」とを区別する「久留米駅事件方式」とよばれる画期的違法性阻却の判断基準により、事実上、可罰的違法性論の争議附随行為への適用を否定したのであり、私企業も含めて労働刑事事件においてターニングポイントとなる意義を有している。
 事案は大略次のとおりである。
 国労門司地本は、年度末手当増額支給等のため昭和37年3月31日に指令職場(八幡駅及び久留米駅)で勤務時間内2時間の職場集会を実施することとし、組合員に動員を指令した。
 3月30日、久留米駅長の禁止に反し国労組合員40~50名が久留米駅東て子扱所に立入り、2階信号所に通じる階段でピケットの配置についたため立錐の余地のなく占拠される状態となった。
 同扱所は、列車の正常かつ安全な運行を確保するうえで重要な施設であり、駅長は主席助役を赴かせ、携帯マイクでピケットの退去を要求した。又、国鉄当局現地対策本部(本部長は門司鉄道管理局営業部長)の命を受けた鳥栖公安室長は、退去に応じないときは鉄道公安職員によって実力で排除する旨の警告を行ったが自発的に退去しなかったため、30日午後8時20分頃鉄道公安職員約60名に実力で排除するよう命じた
 被告人3名の国労役員は、禁止されている東て子扱所に立入り、国労組合員数名と共謀のうえの職務執行中の鉄道公安員に対し2階信号所の窓からバケツや洗面器に入れた水を浴びせる暴行を行ったことが、建造物侵入罪、公務執行妨害罪に当たるかというものである。
 原判決の一審福岡地裁久留米支部判決昭41・12・14は被告人3人について建造物侵入について有罪(共同正犯、刑法130条、60条)としたが、公務執行妨害については、鉄道公安職員が法律上許容された限度を超えた著しく強度の実力を用いたため、職務執行行為が違法として無罪の判決を下した。
 旧第二審福岡高裁昭43・3・26は、昭和41年の全逓東京中郵判決における公労法17条違反の争議行為につき争議行為につき「政治目的のためにおこなわれ行われた場合、暴力を伴う場合、社会通念上不当に長期に及ぶなど国民生活に重大な障害をもたらす場合には正当性の限界を超えるものとして刑事制裁を免れない」という基準に従い、本件争議行為は不当性を伴うものではなく、刑事制裁の対象にならない場合にあたるとし、東て子扱所への被告人の立入りも、その他国労組合員による侵入占拠も、違法又は不当視できない争議行為の一環として行われたもので、建造物侵入を無罪、鉄道公安職員に水を浴びせたことも暴行とはいえないとして、公務執行妨害も無罪として、一審の有罪部分を破棄した。

    上告審は破棄差戻(多数意見8、諸反対意見5)
(1)大法廷判決多数意見

 A 建造物侵入罪について
 「被告人ら三名は、いずれも管理者たる○駅長の禁止を無視して‥‥それぞれ信号所に立ち入ったものであるから、いずれも人の看守する建造物に看守者の意思に反して侵入したものといわなければならない。ところで、勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について、刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならないのである。これを本件について見るに、信号所は、いうまでもなく、列車の正常かつ安全な運行を確保するうえで極めて重要な施設であるところ‥‥被告人○は、当局側の警告を無視し、勧誘、説得のためであるとはいえ、前記のような状況のもとに、かかる重要施設である久留米駅東てこ扱所二階の信号所の勤務員三名をして、寸時もおろそかにできないその勤務を放棄させ、勤務時間内の職場集会に参加させる意図をもつて、あえて同駅長の禁止に反して同信号所に侵入したものであり、また、被告人○および同○は、労働組合員ら多数が同信号所を占拠し、同所に対する久留米駅長の管理を事実上排除した際に、これに加わり、それぞれ同所に侵入したものであつて、このような被告人ら三名の各侵入行為は、いずれも刑法上違法性を欠くものでないことが明らかであり、また、このように解して被告人ら三名の刑事責任を問うことは、なんら憲法二八条に違反するものではない」

B 公務執行妨害罪について
「鉄道公安職員は、必要最少限度の強制力の行使として、信号所階段、その付近、同所内にいる労働組合員らに対し、拡声器等により自発的な退去を促し、もしこれに応じないときは、階段の手すりにしがみつき、あるいはたがいに腕を組む等して居すわつている者に対し、手や腕を取ってこれをほどき、身体に手をかけて引き、あるいは押し、必要な場合にはこれをかかえ上げる等して階段から引きおろし、これが実効を収めるために必要な限度で階段下から適当な場所まで腕をとつて連行する等の行為をもなしうるものと解すべきであり、また、このような行為が必要最少限度のものかどうかは、労働組合員らの抵抗の状況等の具体的事情を考慮して決定すべきものである。
 このような法令解釈のもとに本件の状況を見るに‥‥鉄道公安職員らは、再三にわたって労働組合員らの退去を促し、退去の機会を与えたが、これに応じなかつたため、やむなく、労働組合員らの手を取り、引張る等、実力を用いて排除にかかったというのであり、さらに、記録によれば、被告人らが前記のように二回にわたる実力行使の際に鉄道公安職員らに対しバケツで水を浴びせかけたのは、単に数杯の水を浴びせかけたというものではなく、原判決も一部認めているように、寒夜それぞれ数十杯の水を浴びせかけ、そのため鉄道公安職員らのほとんどが着衣を濡らし、中には下着まで浸みとおつて寒さのため身ぶるいしながら職務に従事した者もあり、ことに第二回の投水の際には石炭がらや尿を混じた汚水を浴びせかけたというものであつたこと、また、右排除行動にあたって負傷者が出たのは単に原判決の認めるような労働組合側の者だけではなく、労働組合員らの抵抗等により鉄道公安職員側にも負傷者が出たことがうかがわれるのである。‥‥鉄道公安職員らの本件実力行使は必要最小限度の範囲内にあつたものと認める余地があり、もしそのように認められるとすれば、鉄道公安職員らの排除行為は、適法な職務の執行であり、これを妨げるため二階信号所から鉄道公安職員らに対しバケツで水を浴びせかけた被告人らの所為は、公務執行妨害罪を構成するものと解されるのである。」
 
(2)久留米駅事件方式の画期的意義
 【久留米駅事件方式】
勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について、刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するに当っては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に容れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない。

A 可罰的違法性論の影響をストップ
 端的にいえば、この判断基準は藤木英雄東大教授の可罰的違法論の影響に歯止めをかけることが最大の目的であったといえる。
  実際可罰的違法性を欠くとして無罪 とした判例は130件あったが、久留米駅事件方式をとって、無罪とした原判決を破棄した日本鉄工所事件最二小判昭50・8・27 刑集29巻7号442頁 以降ほぼ完全に姿を消し、実務上可罰的違法論は消え去った(ただし実質的に考察して構成要件に該当しないというかたちで無罪とした判例はこれ昭和50年代においてもある[前田1984])。したがって時代の画期といえるのである。
 可罰的違法論は労働法規範の正当化規範によって、争議行為が労働組合の正当業務であり、社会的相当性のあるものとして、犯罪構成要件行為であっても可罰的違法性を欠くとして無罪にしてしまう理論であり、争議行為ないし争議行為に際して行われる行為にある程度の有形力行使を是認するものである。
 むろん労組法1条2項但書は暴力の行使を労働組合の正当な行為と解釈されてはならないとあるが、これは「暴力」を高度の良俗違反に限定するなど狭く解釈していくことで、実質有形力行使是認にもなりうる規定であった。結果的にミリバント、階級闘争型の労働組合を支援するものとなった。
 そもそも刑事免責の考え方はイギリスの1875年「共謀罪財産保護法」に由来するものであり、労働争議、協定、団結はコモンローでは共謀罪そのものであったが、制定法で起訴されないとしたものである。共謀罪は実行されなくても犯罪なのだが、我が国では刑事免責が有形力行使是認の論理にすりかえられてしまったのである。
 加えて昭和41年の中郵判決が公労法違反の争議行為でも刑事免責規定が適用されるとしたため、その適用範囲がそもそも争議行為を禁止している公共企業体職員にまで拡大したのである。
  要するに「法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない」とは、市民刑法(近代市民法)とコンスピラシーを容認する労働法論理の衝突については、市民刑法優位の判断をとることを基本にしたという趣旨がにじみ出た判断基準と理解してよいと思う。
 そのような意味で労働法論理による市民法秩序の超克を主張するプロレイバー労働法学に打撃を与えた点では、久留米駅事件方式に決定的な意義を認めてよい。
  可罰的違法性論の典型的下級審判例として、ここでは2判例を引用する。
 まず光文社事件東京高裁昭48.4.26判決判時708号である。
 第二組合員が通勤途上の路上で第一組合員1名と争議支援者5人に包囲され両腕をつかまえられ、引っ張り、押されるなどして腰を低く落として抵抗するのもかまわず、音羽通りを横切り、約30メートル引きずられたあと、さらに両脇下に手をさしいれたまま、引っ張り押すなどして、お茶の水女子大裏門を経て、200メートル余り自由を拘束され連行された事件であるが、判決は「被告人の有形力の行使は説得を有効に実施するための場所の選定にともなうきわめて短時間のものにすぎず、しかも身体に殴打、足げり等の暴行を加えてないのはもちろん、その着衣その他に対しても何ら損傷を与えていない程度のものである」と述べ、「なお外形的には、逮捕罪にあたる」ことを認めつつ「‥‥常軌を逸したものといえるかどうか頗る疑わしく」結局本件は「犯罪として処罰するに足りる実質的違法性をいまだ備えていない」として逮捕罪の成立を認めた一審を破棄して無罪判決を下した。
 労働争議においては人を捕まえて強制連行しようと、殴打、足げり等も着衣損傷も認められない程度の有形力行使は暴力とはいえないので許されるという判断である。
 藤木英雄の弟子である刑法学者前田雅英[1984]は、連行距離のみみれば不可罰、軽微な事件と述べているが、本件は別の組合員で統制権は及ばないにもかかわらず、強制連行して就業の権利を奪っており、殴打、足蹴りさえなければよいということでは、労働争議でならば標的とされたものは拉致・監禁されても仕方がないという人権無決と評価できる(上告審-最三小判小昭50・11・25 刑集29巻10号928頁で。ピケッティングの合理的限界を超えた攻撃的、威圧的行動として評価し、久留米駅事件方式により原判決を破棄)。
 
  滝野川自動車事件横浜地裁昭45.12.17判決は第一組合員6名および全自交の労組員合計7名が、第一組合員約百数十名と共謀のうえ、昭40.6.8午前10時から午後1時までの間、第二組合員十名が就労のためタクシー10台を運転して車庫通路より進発しようとするのを阻止するため、通路に乗入れた宣伝用自動車の車輪を取りはずし、貨物自動車の前車輪を横溝を掘って落し込んだうえ、百数十名がスクラムを組んで労働歌を高唱し、坐りこむ等して会社の運送業務を妨害したにもかかわらず、威力業務妨害罪に当たらないとしたものである[岡野1974]
このように軽微とはいえない事案まで無罪とするのは異常である。藤木英雄東大教授の理論は結局、労働組合に有形力行使特権を付与するものだったといえる。わが国の司法がその影響から脱出し、法秩序回復の契機となったのが久留米駅事件方式であったと評価する。

B 違法性推定機能の重視
 専門家の解説としては臼井滋夫の見解が参考になるだろう。
「久留米駅事件方式」の特色として「実質的違法性論に立脚して違法性阻却事由の有無を判断すべきものとしつつ、労働争議においても、一般原則のとおり犯罪構成要件該当性に刑法上の違法性を推定する機能を認め、しかも、この判断が講学上「いわゆる開かれた構成要件」に属するものとして、違法性推定機能が弱いとされている建造物侵入の成否に関してなされたものであることは注目に値するとしている。
 別の言い方をすると中郵判決は労働基本権尊重=争議権保障という考え方がにじみ出ているが、中郵事件そのものは単純不作為の罷業であった。中郵判決が判例変更されていない以上、争議行為に刑事免責の余地を残しているといっても、刑事免責の拡大解釈に明らかに歯止めをかけた。

C 争議行為と争議行為に際して行われた行為とを区別した意味
 臼井滋夫の解説[臼井1977a]によると久留米駅事件方式は「大法廷判決によって定立された争議行為及びそれに伴う個々の行為の正当性の限界に関する基本的原則を踏まえつつ、同盟罷業自体の労働法上の労働法上の無合法・違法の評価と付随的ないし補助的な行為についての刑法上の違法性判断とを意識的に区別して、違法性阻却事由の有無についての刑法的評価のあり方を包括的・一般的な形で簡潔に表現したものと理解される」としている。
 これは第一に争議行為を消極的行為に限定する最高裁の立場を再確認し、争議権の限界についてのプロレイバー学説「(積極的な業務阻害を認める)を否定し、その影響を受けた下級審の判断を覆す趣旨である。
 第二に争議権のある私企業労働者に加えて、公労法適用労働者(地公労法も同じことだが)、争議行為禁止違反で解雇規定であっても、事業法で罷業についての罰則がない、例えば国鉄職員のケースでは、ピケッティング等を争議行為に際して行われた行為とする範疇での判断基準を示した方が合理的であるということである。
(最高裁の立場は争議行為は消極的限度にとどまるもの)
 最高裁は、争議行為の限界について「同盟罷業は必然的に業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであつて、これに対し使用者側がその対抗手段の一種として自らなさんとする業務の遂行行為に対し暴行脅迫をもつてこれを妨害するが如き行為は、叙上同盟罷業の本質とその手段方法を逸脱したものであつて到底これを目して正当な争議行為と解することはできないのである。」(朝日新聞西部本社事件 最高裁大法廷昭27.10.22刑集6巻9号857頁)としているように、争議行為は労務提供拒否としいう不作為を本質とし、これに随伴する行為も消極的限度にとどまるべきであるとするものである。この点はピケッティングの犯罪の成否についての重要な先例である羽幌炭礦事件大法廷判決昭33.5.28刑集12-8-16も同趣旨である。
 他方、プロレイバー労働法学は、争議権は本質的に「業務妨害権」であり、同盟罷業による業務妨害状態を有効に維持し強化するためのピケッティングも当然争議権に含まれるという見解であり、この見解を採用し、ある程度の実力行使を是認する下級審判例も少なくないが、最高裁はそのような見解をとっておらず、使用者の業務遂行を阻止するためにとられた威力行使の手段が諸般の事情からみて正当な範囲を逸脱したものと認められる場合には、威力業務妨害が成立する[羽幌炭礦判決]としているのである。
 
  大法廷判決の争議行為の限界は消極的限度にとどまるべきものとしているのが明らかであるから、使用者の業務遂行を阻止するためにとられた威力行使の手段は争議行為自体ではなく争議行為に際して行われた行為という範疇とするという論理と考えられる。
 加えて、国鉄の場合、公労法18条が争議行為禁止に違反した者は解雇するものとするとの規定はあるが、郵便法のようにそれ自体刑事処罰規定はない。これは地公労法の構造と同じだが、本件のような建造物侵入罪は、争議行為に際して行われた行為という範疇で刑法的評価を行うこととしたのである。
 
4.久留米駅事件方式を採用した判例の意義
1)私企業においても争議行為の限界をより明確にした
  ここでは、昭和48年~50年の中郵事件の大法廷判決が判例変更されていない時点で久留米駅事件方式を採用した判例を取り上げる。
 久留米駅事件方式を採用し下級審の無罪判決を覆した判例としては私企業のものも少なくない。
  労働組合役員による他組合員への断続的暴行、逮捕行為につき日本鉄工所事件最高裁二小 昭50.8.27判決(刑集29巻7号442頁)、出勤途中で六人によって包囲され強制連行された第二組合員の逮捕行為につき光文社事件最高裁三小昭50.11.25判決(刑集29巻10号929頁)、業務妨害では毎日放送千里スタジオ事件最高裁一小昭和51.5.6判決(刑集30巻4号519頁 管理職で運営されたテレビ生中継番組を中止させるため組合員約四〇名がスタジオ扉前に集り、労働歌を高唱し、拍手し、鯨波を行い、メガホンを扉の隙間に押し当てたりして、六分間余り生放送に騒音を混入せしめた)がいずれも無罪とした原判決を破棄自判して久留米駅事件方式により有罪判決を下している。そのような意味で久留米駅事件は争議権のある私企業においても争議行為の限界も明らかにした。
(2)公労法適用職場において争議行為への参加を強制する内部統制権と組合員が勧誘・説得を受忍する義務を明確に否定
A 非組合員に対する物理的就労阻止は争議権のある私企業でも有罪とされる
 
   一方、公労法違反の争議行為に付随する行為の無罪を覆した判例は、いずれも動労や国労のストに絡むマスピケ事犯である。我が国では英米のように大量動員ピケッティング自体を違法とする制定法はなく、英国のように他の職場から動員すること自体も違法とはされていないため、マスピケの法的評価はなお不透明なところがある。
また我が国では英米のように争議行為に参加しない労働者の消極的権利は制定法で定めていない。
   しかし、非組合員と統制権が及ばない組合員(脱退した組合員、争議に反対する第二組合員、組合執行部が争議中止を決定したが執行部に反対する争議続行派が就業派に対して行なうケース等)に対する物理力を行使して就業を阻止するピケットについては最高裁ではすべて有罪の判断を下しており、争議権のある私企業においても非組合員や争議行為をしない別の組合員は、就労権を主張できると結論できる。
   例えばホテル・ラクヨー事件最判昭32.4.25刑集11巻4号1431頁(非組合員に対するピケ)、羽幌炭礦鉄道事件最大判昭33.5.28刑集12巻8号1694頁(争議続行決議に反対して脱退した組合員が結成した第二組合に加わった労働者+非組合員に対するピケ)、進駐軍横浜事件最判昭33.6.23刑集12巻10号2250頁(非組合員+争議に加わらなかった組合員に対するピケ)。東北電力大谷電所事件最判昭33.12.25刑集12巻16号1255頁(臨時雇用の非組合員に対するピケ)、嘉穂砿業事件最判昭35.5.26刑集14巻7号868頁(上部団体の炭労の指導による争議の中止と炭労からの脱退を決定した嘉穂労組執行部と対立する争議続行派組合員が、就労派砿員+争議に加わってない職員に対してピケットを行った例)が挙げられる
   また、下級審判例においては、非組合員の就労権と組合員の争議権は対等であり、非組合員の就労権を明示するものがある。例えば横浜第二港湾司令部駐留軍要員労組事件控訴審東京高裁判昭33・3・31『別冊労働法律旬報』№204 1955年]である。
なお、行政解釈は昭和29年11月6日労働省発労第41号各都道府県知事あて労働事務次官通牒があり、「労働組合の統制力は、原則として労働組合の組合員以外には及ばないから、組合員以外の従業員に対しては、当該争議行為についての理解と協力を要請し得るに止まり、その正当な就労を妨げることはできない」としている。
したがって、非組合員とストに反対している第二組合員等の就労権は制定法に明文規定はなくても判例等から導き出される事柄である。
B 公労法適用職場では組合員にスト参加を強制できない(内部統制の否定)
ことを明示した判例
   しかしながら、例外的判例だが物理力を行使したピケットであるにもかかわらず、ごく特殊な事情により違法性を阻却し無罪とした、三友炭坑事件最三小昭31.12.11判決刑集10巻1605頁、)札幌市労連事件(札幌市電ピケット事件)最三小決昭45.6.23刑集24巻6号311頁が存在し、いずれもストから脱落した組合員に対するピケであったことから、脱落組合員に対するピケに関してはなお不透明な点があり、この点ストに参加しない組合員個人の権利を制定法で明文化している英米とは差異があるといえる。
 又、この時期の判例が公労法違反の争議行為であっても刑事免責が適用されるという中郵判決の枠組みのままのため、札幌市労連事件のように争議行為、争議付随行為は無罪とされる余地があったともいえる。
しかし下記の国鉄におけるマスピケ事犯は列車乗務員(機関士や運転士等)やの機関区まで誘導して入区させる操車掛の就労を物理的に阻止するもので、平和的説得とはいえず相手方の自由意思を制圧するものであった。
 下記の判例のうち東和歌山駅事件が非組合員に対する就労阻止を含んでおり指導判例である羽幌炭礦事件大法廷判決が非組合員と脱退組合員に対する物理的阻止のピケを有罪としているから、先例どおりともいえるが、それ以外の事件は非組合員に対するものではない。
   とくに動労糸崎駅事件と動労鳥栖駅事件が典型的だが、動労組合員が同じ動労組合員の機関士や機関助士に対するピケであるため組合の内部統制が争点となったのである。
国鉄(当時昭和38年)ではスト対策としてたとえ組合員であれ事前に代替乗務員に業務命令するのである。例えば鳥栖駅事件では門司鉄道管理局運輸部長が午后七時から九時までに勤務すべき機関車乗務員が動労側によって市内某所の旅館に軟禁されていること、急行「玄海」号(長崎発京都行、鳥栖で機関車を取り替える)を運転すべき機関車乗務員が当日出勤していない旨の報告を受けるや、二六名の代替乗務員の一人であるS・Y機関士(門司機関区の指導機関士で動労組合員)を急行「玄海」号の発機の乗務を命じている。ピケ隊の標的になったS・Y機関士は組合員ではあるが業務命令を優先する考えであったことを供述していた。
   このようなケースで下記の高裁5判例(これ以外にもあるが略す)では争議行為が禁止され、解雇の規定がある公労法適用職場においては、組合員に争議行為参加の慫慂、説得を受忍する義務、スト指令に従う義務はないこと。つまり違法争議行為の指令は組合員を拘束せず、内部統制否定の法理を明らかにしている。
(a) 動労糸崎駅事件控訴審 広島高判昭48.8.30判タ300号、労判184号(上告審-最決昭51.4.1上告棄却 刑事裁判資料230号215頁)
(b) 国労岡山操車場駅・糸崎駅事件控訴審 広島高判昭48.9.13判タ301号、判時727号(上告審-データベースから発見できず)
(c) 動労鳥栖駅事件控訴審 福岡高判昭49・5・25判タ311号、判時770号(上告審-最決昭50.11.21決定棄却 判時801号)
(d)国労尼崎駅事件控訴審゜大阪高判昭49.4.24判時743
(e) 国労東和歌山駅事件控訴審 大阪高判昭50.9.19刑事裁判月報7巻9-10合併号826頁(上告審-データベースから発見できず)
   内部統制否定の法理は国労久留米駅事件大法廷判決より前の全逓横浜中郵事件差戻後控訴審東京高判昭47.10.20判時689号、判タ283号(差戻後上告審-最決昭49.7.4上告棄却 判時748号)が「公共企業体等の職員および組合は公労法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行なつてはならない義務を負っているこというまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合いのものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建て前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する業務を負うとともに権利を有するものである。いいかえれば、公共企業体等の組合がたとえば同盟罷業の決議をしても、その決議は違法であって民間企業の組合の場合のように組合員に対し法的拘束力をもつものではなく、組合員としてはその決議に従わずに就業しても、特段の事由のないかぎり組合の統制に対する違反ないしはいわゆる裏切りの問題は生じないと解すべきである‥‥」と判示していたことであり、この趣旨を踏襲したのが前記高裁5判例(太字部分)である。
  もっとも、久留米駅事件方式によって有罪判決を維持した動労尾久事件最三小決昭49・7・16刑集28-5-216は、通勤列車を止めただけでなく乗務員の腕を抱えて列車から強いて降ろした悪質なケースで一審、二審とも有罪だったため、あえて内部統制否定の法理に踏み込むことなく、上告棄却としているが、国労広島地本事件最高裁第三小法廷判昭50・11・28民集29巻10号1634頁(脱退した国労組合員に対する組合費請求に関するもので、最高裁は本件臨時組合費の闘争資金の支払請求を認容し、組合員には協力義務があるとしたが、争議行為の参加について多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはないとしたものである。同判決は、組合決議の拘束力一般について検討し次のように判示している。
 
   「‥‥労働組合の決定した活動がその目的と関連性をもつものである限り、たとえ個人的にはそれに反対の組合員であっても、原則としてはその決定に拘束され、そこで定められた活動に参加し、またその活動を妨害するような行為を避止する義務を負うとともに、右活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務(以下これらの義務を「協力義務」という。)を免れないというべきであるが‥‥‥‥そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定することは相当でなく、問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較衡量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。そこで、右の見地から、公労法に違反して行われる争議行為‥‥に対する直接の効力(争議行為の参加)については、これを組合員に強制することはできないと解すべきである。禁止違反の争議行為の実行に対して刑罰や解雇等の不利益な法的効果が結びつけられている場合に、その不利益を受忍すべきことを強いるのが不当であることはいうまでもなく、また、右のような不利益を受ける可能性がない場合でも、法律は公共の利益のために争議行為を禁止しているのであるから、組合員が一市民として法律の尊重遵守の立場をとることは是認されるべきであり、多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない。‥‥」と判示しており、したがって最高裁判例もある以上、違法争議行為指令は組合員を拘束しないという内部統制否定の法理は確立されているとみてよい。
つまり争議行為を禁止されている職場では、組合員であれ就労する義務と権利がある上、物理的に阻止する就労妨害が有罪とされるのは当然とのことしでるという論理展開であるが、これは、札幌市労連事件最高裁第三小法廷判決の松本正雄裁判官の反対意見を嚆矢とし、先に挙げた高裁判決の成果から始まったもので、転換期となった70年代前半期に確立したものといえるのである。
(a) 動労糸崎駅事件広島高判昭48・8・30 判タ300、労判184 
 事案は動労(組合員6万人)が機関車の検修合理化と機関区及び基地廃合の反対闘争の一環として決行された昭和38年12月13日全国7拠点(函館・盛岡・尾久・田端・稲沢第二・糸崎・鳥栖各機関区)にやける午後7時を基準として2時間の職場大会(事実上の時限スト、運休5本、客車68本、貨車14本の遅延をもたらした)において、ストに備えあらかじめ国鉄当局から代替乗務の業務命令を受けている動労の乗務員に対して、職場大会に参加させるためのマスピケ事犯である。
 公訴事実は、「被告人[動労岡山地本本津山支部執行委員長]は‥‥運転室乗降ロ附近に集結させ、自らは同運転室に乗り込んで同室を占拠したうえ‥三回にわたり、機関士Sらが同列車に乗務するため乗車しようとするや、右組合員および来援した他組合員ら合計百数十名に対し『スクラムを組め』と命じてスクラムを組ませ、同組合員らと共謀のうえ、その都度右Sらの進路に立塞がり‥‥掛声をかけるなどして気勢をあげつつ同人らを押し返し、あるいは運転室内部から乗降ロの扉を閉めるなどして同機関士の乗車を阻止し、もって威力を用いて国鉄の列車運行業務を妨害した」というものであった。
 一審広島地裁尾道支部判昭43.2.26は、全逓東京中郵事件最大判昭41.10.26刑集20巻8号901頁が労働基本権は尊重されその制限は合理性認められる最小限度のものとすべきとし、公労法違反の争議行為であっても、①政治スト、②暴力行為をともなうもの、③不当に長期にわたり国民生活に重大な障害を与える場合の三条件を除いて刑事制裁を科すことはできないと判示したことを踏まえ、概ねプロレイバー学説の影響のもとに次のような無罪判決を下した。
 「‥‥本件行為により直接及ぼした影響は‥‥六五D列車が約四〇分遅れて発車したことにより四四九M列車が三八分、八七貨物列車が五二分、一〇三七列車が四三分、四一七M列車が二八分それぞれ遅れて糸崎駅を発車したことが認められ‥‥右程度の遅延は未だ国民生活に重大な障害をもたらしたということはできない。‥‥争議行為が如何なる意味でも実力的であってはならないと解すべきではない。‥‥ピケッティング本来の防衛的消極的性格は否定し難いが‥‥平和的或いは穏和な説得以外に出ることができないとすれば、組合は説得の機会すら得られず‥ストライキの失敗を招く結果になりかねない。争議の流動性にかんがみ労使の行動もこれに即応すべく、例えば使用者側や説得の相手方がかたくなに組合側の説得を避けようとする場合或いはさらに積極的にピケやぶりのための暴力を用いる場合には、少なくとも組合員として対杭上右説得の場を確保するためある程度の実力的行動に出るは必要やむを得ない処置として容認されなければならない。労組法第一条第二項但書は暴力の行使を労働組合の正当な行為と解してはならない旨規定しているが、争議行為における一切の有形力の行使を禁ずる趣旨と解すべきではなく、前述の如くピケッティングの正当な目的を達するため必要最少限度の実力的行動は右のいわゆる暴力には該当しないと解すべきである。‥‥右組合員等及び被告人の行動はS機関士を擁する鉄道公安官等に対抗してかなり強力にこれを押し返す等の行動に出てその進行を阻んだことを認められるが、当局が当初より鉄道公安官を使用して遮二無二ピケを破ろうとしたのに刺激された組合員が激化することも事の自然の成り行きであって一概にこれを非難し得ないのである。皮層的外形的事実のみから直ちに被告人等組合員に列車の発進自体を阻止する目的があったったと断ずるのは早計に失するのであって‥‥同機関士説得の機会を与えず唯有無を云わせず実カ行使に出た当局及び鉄道公安官等に対しその攻撃を避けつつ、同機関士を説得する機会をつくる必要上やむを得ずなした行為でいまだ防衛的消極的性格を失わない‥‥。従って被告人の行為は正当なピケッティングの範囲に属し労組法第一条第二項但書にいう暴力の行使に該当しないというべきである」
 控訴審判決は、国労久留米駅事件最大判昭48.4.25を引用して、被告人の本件所為は労組法一条二項本文の適用はなく、威力業務妨害罪が成立するとして、原判決を破棄自判し、被告人を懲役四月執行猶予二年との判決を下した。
本件職場集会の実施は組合の行なう一種の争議行為であるところ、公共企業体である国鉄の職員及び組合は、公共企業体等労働関係法一七条一項により、一切の争議行為を禁止され、同条項に違反してなされた争議行為は、少なくとも労働法上は一般的に違法であり、違反者は同法一八条により解雇の制裁を科せられ、争議行為に際してなされた行為が暴力の行使その他の不当性を伴なう場合には刑事法上においても違法性を阻却されないのであるから(昭和四一年一〇月ニ六日最高裁判所大法廷判決‥‥)、被告人等がS機関士に本件職場集会への参加を勧誘、説得すること自体の違法性を指摘しなければならないが、その点は姑く措くとしても、純然たる私企業と異なり、一切の争議行為が少なくとも労働法上一般的に違法とされている国鉄においては、組合は組合員に対する統制権の行使を理由として、斯る違法な争議行為に参加することを強制することは許されず、組合員は右職場集会実施の組合本部指令に服従すべき義務はなく、従って、これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務もないのである。‥‥原判示のごとく、S機関士は、予め本件闘争に備え本件の前日国鉄当局から代替乗務の業務命令を受けて糸崎駅に待機していた者であり、右業務命令が適法であること及び被告人にはS機関士が本件列車発進のため代替乗務員として同列車に乗車すべく同駅五番線ホームへ来たことの認識が有ったこと‥‥斯様に既に国鉄当局の適法な業務命令を受けてこれに服従し、就労の意思を以て出務している者の場合においては叙上受忍義務のないことは一層明白であるから、同人に本件職場集会への参加を勧誘、説得するに度を超えた物理的な力を以て同人の就労を妨害したり、そのため国鉄の施設や車両を占拠する等して国鉄の正常な列車運行業務を妨害することは、その目的の是非に拘らず許されないものといわなければならない。‥‥‥争議行為への参加を勧誘、説得するには、あくまで相手方が自由な意思決定に基づき自発的に参加する態度に出るのを待つべきであり、言論による説得又は団結による示威の域を超えた物理的な力によってその自由意思による就労を妨害し又は意思決定の自由を奪う程度の心理的抑圧によって不本意ながら就労を思い止まらせるような事態は厳にこれを慎まなければならないところ、‥‥被告人を含む組合員らがS機関士に本件職場集会への参加を勧誘、説得しこれを確保するために執った手段は、その行為の時期及び場所と相俟って、同機関士が代替乗務しようとする正当な就労行為を物理的な実力を行使して妨害したものに該当し、右説得の場を確保するピケッティングの手段として超えてはならない限度を逸脱していたことは明白であると認められる。‥‥被告人は本件六五一D列車の所定乗務員ではないのに、既に所定発車番線に据え付けられ、発車定時刻を経過し、乗客が乗り込んでいる同列車の運転室に乗り込み、同運転室乗降ロ付近には同列車の乗務員に対する説得のためのピケ隊員として百数十名の組合員が配置され、右乗務員の行動の自由は勿論意思決定の自由も制約され、ひいては同列車の発進が阻止され、国鉄の列車運行業務の円滑な遂行に支障を来す虞もないのではない情況にあったのであるから、公共の福祉の維持、増進のため列車の正常且つ安全な運行に責任を有する国鉄当局が、S機関士を同列車に乗車させるため‥‥多数の鉄道公安職員を出動させ、以て同機関士の擁護と本件列車運転室への進路の確保に当らせたことは、国鉄当局は争議中であってもなお業務遂行の自由を有し、況して組合側の説得行為に協力し、これを供手傍観すべき義務を負うものではないこと並びに鉄道係員に対し、鉄道施設内において法規ないし秩序違反の行動に及んだ者を施設外に退去させ得る権限を認めた鉄道営業法四ニ条一項及び鉄道公安係員として、国鉄業務の円滑な遂行のため、その業務運営上の障害を除去するという警備的な職務を鉄道公安職員に認めた「鉄道公安職員基本規定」‥‥「鉄道公安職員基本規定(管理規程)」‥‥の各趣旨に照らし、列車の運行業務を維持するための臨機の措置としていささかも違法の廉はなく、これを目して国鉄当局がかたくなに組合側の説得行動を拒否し、積極的にピケ破りのため実力行使一点張りに出たものと解した原判決の判断は失当といわざるを得ない‥‥以上検討したところによれば、被告人の本件所為は争議行為として許容されるべき限界を超えた違法、不当のもの」
 
 上告審最決昭51.4.1刑事裁判資料230号215頁は上告棄却である。
(b)国労岡山操車場・糸崎駅事件広島高判昭48・9・13判タ301、労判187、判時727
 本件は、久留米駅事件大法廷判決を引用して、列車運行業務を妨害した行為は、正当な争議行為として違法性を阻却されるとした原判決(広島地裁尾道支部昭43・6・10を破棄し、ピケッティングとしての相当性を超えたものとして威力業務妨害罪を認め、国労岡山地本執行委員長Aに懲役8月執行猶予3年、同書記長Bに懲役6月執行猶予3年、同執行委員Cに懲役3月執行猶予2年の判決を下したものである。
事案は大略次のとおりである。 
 昭和三七年年二月国労は期末手当基準内賃金の0.5ブラス3000円を昭和37年3月23日に支給することを要求し、当局は3月23日0.4ヶ月分の支給を回答したが、国労はこれを不満とし、その後当局は動労など少数組合と0.436ヶ月分支給で妥結したが、国労は少数組合と一方的に妥結し、規定事実として多数組合に押しつけるのは団交権の否認として抗議し、指令24号を発して各地方本部は3月30日午後10時以降3月31日午前8時までの間に運輸運転職場を指定し勤務時間内二時間の時限ストを実施することを指示した。
○岡山操車場駅事件 略す
○糸崎駅(山陽本線)事件
 当時、糸崎駅では6番線から、下り393貨物列車が午後11時13分に、2番線から上り48貨物列車が午後11時26分に、5番線から下り急行列車が11時38分に、同駅に到着、機関車を取り替た上、発車することになっていた。
(1)393列車のピケ
 昭和37年3月30日、393列車の発機(機関車)を誘導する操車掛を説得する任務を負った国労岡山地本執行委員Kが動員者約30名とともに待機していたところ、同日午後11時11分頃、本件ストライキに備え予め同駅下り方面の着駅操車掛としての業務命令を受けていた同駅予備助役Sが抗議を聞き入れず、発機は列車に連結され、ただちに発車できる状態となった。このためK執行委員は引率の動員者30名とともに同列車進行方向約2メートル前方の線路上あるいは機関車の横に坐り込みあるいは坐り込む等してピケッティングをはるに及んだ。そのころ同駅西構内を視察のため歩いていた被告人BがさしかかりK執行委員から報告を受け、やむをえないと判断して了承し、統一ある行動をとるよう指示した。このピケッティングにより同列車は1時間50分遅れで発車した。
(2)48列車のピケ
  48列車は到着後機関車(着機)を列車から切り離して機関区に入区させ、機関区から機関車(発機)を出区させて、一旦停止線まで運転し、そこから先は操車掛の誘導によって同列車に連結することになっていたが、発機を誘導する操車掛がいなかったため、同日午後11時15分頃本件ストライキに備え、あらかじめ上り方面の着受操車掛としての業務命令を受けていた同駅輸送助役Tが一旦停止線で停止していた発機を誘導すべく合図灯をもって発機に近づいた。その頃発機に近づいていた被告人Aが同助役の合図灯を認め、同助役を呼びとめ抗議すると同時に、附近の動員者に知らせるべく大声で呼びかけたところ、附近に待機していた地本執行委員Kが同被告人の呼び声を聞き約20名の動員者とともに駆けつけてきたので同人に発機の至近前方線路外側附近、あるいは発機の横に立つなどのピケッティングをはらせるに及んだ。同助役はなおも発機前部のステップに立ち誘導しようと試みたが、ピケッティングのためそれも困難となり、同列車は約1時間48分遅れて同駅を発車した。
(3)31列車のピケ
 31列車は同日11時31.2分頃、同駅4番線に到着したが、同列車の機関車(着機)を切り離し、機関区まで誘導して入区させる操車掛がいなかったため、前記S助役が誘導しようとして着機に近づいた。その際約2.30名を引率して4番線ホーム西寄り線路附近に待機していた被告人Cが同助役の姿を認めるや、動員者約10名と一緒に同助役を取り囲んで抗議し、続いて引率していた動員者とともに発機前方5.6メートルの線路上に立ち、あるいは坐り込むなどしてピケッティングをはるに至った。そこへ被告Aが通りかかり、被告人Cからピケッティングの理由について詳細な報告を受け、これをやむをえないものとして了承し、みずからも同列車の乗客の状況を調べるなどしたが、当局との話合いの結果ピケを解除した。同列車は定刻より4、50分遅れて発車した。
 
判決(抜粋)
 ‥‥原判決は、被告人三名の本件各行為は正当な争議行為として労働組合法一条二項本文の適用を受け違法性を阻却するという。
 しかし、およそ「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について、刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するに当たって、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない」ものであることは最高裁判所‥‥四八年四月二五日大法廷判決の示すところである。したがって、威力業務妨害罪の構成要件に該当する本件行為の正当性判断は、基本となる争議行為そのものの違法性の判断とはおのずから別個の問題に属し、たとえ基本となる争議行為は政治目的のために行われたものではなくまた暴力を伴うものではなく、さらにまた社会の通念に照らして不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合に該らない場合であっても、これに附随して行われた本件各行為が直ちにその違法性を阻却されるということはできない‥‥。
 ところで原判決はピケッティングの正当性の限界について「ストライキの本質は労働者が労働契約上負担する労務提供義務を提供しないことにあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者側に使わせないことにある、」ことを一応認めながら、「しかこのことはあくまで原則であって、争議行為がいかなる意味でも実力的であってはならないと解すべきではない。蓋し労働組合の紐帯がそれ程強固ではなく、組合員に対する使用者の働きかけがしばしば組合指令より強い影響力のある我が国の労働事情では、ストライキの行われた場合使用者側は往々職員その他の者によって操業を継続したり、スキャップを使ってピケ破りをしようとしたりとして容易に組合側の説得などは聞き入れないのが通常であるから、ピケッティング本来の防衛的、消極的性格は否定し難いが、その限界を単なる平和的或は穏和な説得以外に出ることができないとすれば組合は手をつかねてストライキの失敗を待たなければならないことになるからである。‥‥労組法一条二項但書は暴力の行使を労働組合の正当な行為とは解してはならない旨規定しているが、それは前述の如くピケッティングの正当な目的を達成するため必要最小限度の実力的行動をも禁ずるものとして解してはならない」として非組合員などを就業させて操業を継続する場合においては、ストライキの効果が減殺されるのを防止するため、説得活動としてある程度の実力を行使してこれを阻止することも容認されるという見解を示し、さらにピケッティングが同じ組合員に属しながら争議に参加しないで就業しようとする組合員を対象とする場合については「一応就業の自由を有するが、その自由は組合の団結に優先されるから組合の団結の維持に必要な場合は、これに対するピケッティングは就業を翻意さすべく単なる平和的説得にとどまらず、説得に必要な適切な程度では自由意思を一時制圧するような威力を用いることも容認されるべきものと解すべきである。」と判示した。
 しかしながら、国鉄職員は、公共企業体労働関係法(以下公労法という)一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、国労の組合員も争議行為を行ってはならない義務を負っていることはいうまでもない。それゆえ国労としては、ピケッティングの対象が国鉄職員である以上、非組合員はもとより、たとえそれが組合員に対する場合であっても、ストライキへの参加と言う違法な行動を強制することのできない筋合のものであって、組合がなしたストライキ決議は違法であり、組合員に対して法的拘束力をもつものではない。したがって、国労としては、ストライキの決議に従わず就労しようとする組合員に対し、ストライキに参加するよう平和的に勧誘、説得し、あるいは就労しようとする非組合員に対しても就労を翻意させるべく平和的に勧誘、説得することは、ピケッティングの相当な範囲内のものとして許されるけれども、その程度を超えて実力またはこれに準ずる方法を用いてその就業を阻止することは、他にこれを相当ならしめる特段の事由の存在しないかぎり、相当な限度を超えるものとして許されないといわなければならない。
 してみれば、ストライキの実効性の確保や組合の統制権を理由として、右の特段の事由の有無にかかわらず、一般的に実力の行使によるピケッティングを是認する原判決の判断は、国労のように公労法の適用を受ける組合に関する限り正当ではなく、原判決は‥‥公労法ならびに労働組合法一条二項の解釈適用を誤ったものといわなければならない。
 ‥‥ストライキは前記のとおり二時間という比較的短いものであるとはいう‥‥‥明らかに公労法一七条二項の禁止する争議行為にあたり、したがって、右の争議行為に際して行われたピケッティングは、他の特段の事情がない限り、平和的な勧誘、説得の程度を超えて実力またはこれに準ずる方法を用いて組合員などの就業を阻止することは許されないものというべきである。
 (中略)
 ‥被告人三名の本件各行為はいずれも単に説得や勧誘によって、操車掛や列車乗務員の就業を断念させようという程度にとどまるものではなく、実力をもって組合の予定する一定時間‥‥国鉄の列車運行業務を妨害しようとするものであったと認めざるを得ない。そうであるとすれば、公共企業体等の争議である本件の場合においては‥‥とくにこれを相当とする各段の事情も認められない以上、本件各行為はピケッティングとしての相当性すなわち労働組合一条二項の正当性の範囲を逸脱するものといわなければならない。

(c)  動労鳥栖駅事件控訴審福岡高判裁昭49・5・14判タ311
 周知のとおり鳥栖駅は交通の要衝で、昭和38年当時、鹿児島本線は門司港-久留米間が電化されており、長崎本線は非電化であったから、長崎より大阪方面の列車は鳥栖駅にて機関車を短時間で交換し発車していた。
 事案は動労が昭和38年12月13日、車両検修合理化反対等を目的として全国7拠点(函館・盛岡・尾久・田畑・稲沢第二・糸崎・鳥栖)で行われた午後7時を基準として2時間の勤務時間内職場集会(事実上の時限スト)に関するもので、鳥栖駅において動労組合員数百名が、当局の業務命令で長崎発京都行急行「玄海」号乗務を命ぜられた動労組合員の機関士及び機関助士を集会に参加させる目的で乗客を乗せて発車しようとする列車の進路前方軌条枕木附近(車両接触限界内)に沿ってスクラムを組んで立ち並らぶなどして、列車の発進の発進を妨害したことなどが、威力業務妨害罪に問われたものである。
 原判決佐賀地判昭45・5・14は、ほぼプロレイバー学説に沿った判断で、業務妨害罪の構成要件に該当するとしながら、労組法一条二項により正当性ありとして無罪としたが、福岡高裁は原判決を破棄自判し、久留米事件昭和48年4月25日最高裁判決を引用し、争議行為を指揮した動労中央執行委員と、動労西部地方評議会議長を威力業務妨害で懲役8月(執行猶予2年)、発車妨害の組合員を排除した鉄道公安員に暴行を加えた組合員を懲役4月(執行猶予2年)と判決した。私は判決文を読んで一審判決を破棄する論理は優れており長文になるが引用すべき価値のある判決と考える。
 判決[抜粋]
「‥‥右被告人両名が動労組合員約数百共に急行列車「玄海」号前方軌条の枕木付近[いわゆる車両接触限界内]に線路に沿ってスクラムを組んで立ちふさがり、同列車の発進を妨害した事実はほぼ認めたうえ‥‥刑法二三四条の構成要件に該当することは明らかと判示しながら、争議行為の本質は、単なる労務提供義務ではなく、勤労者が使用者の正常な業務を阻害することに求められるべきであり、勤労者の争議行為に対する刑事制裁は‥‥諸般の事情を総合的に考慮し、労働組合活動に当然包含される行為のごときは、正当な争議行為として処罰の対象とならないと解すべきである。また同盟罷業の実効性を確保するため、代替労務者の就労を阻止するなどの補助的手段としてのピケッティングは、平和的説得に限らず、ある程度の実力行使に出ることも場合によっては許される旨の法的見解を示したうえ、本件において、労組法一条二項の適用との関係で、特に考慮すべき所事情が存在すると認定し、右被告人両名の本件所為は、憲法の争議権保障の趣旨に照らして、労働組合活動に当然包含される行為にあたると解すべきであって、刑法二三四条所定の威力業務妨害罪の刑事罰をもってのぞむ違法性を欠くといわざるを得ないしして無罪を言い渡した。しかし、原判決の右判断は‥‥事実を誤認し、かつ、刑法二三四条、労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈を誤ったものであって‥‥破棄を免れない。 
 そこで按ずるに、最高裁判所‥‥四八年四月二五日大法廷判決は「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について、刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するに当たって、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない。」と述べている。従って、威力業務妨害罪の構成要件に該当する右被告人両名の本件ピケ行為の正当性の判断は、基本となる争議行為(本件では午后七時を基準とする二時間の勤務時間内職場集会)そのものの違法性の判断とは別個の問題であって、基本となる争議行為が可罰的違法性を欠くものであるからといって、これと付随して行われた本件ピケ行為が直ちにその違法性を阻却されるということはできない‥‥。
 ところで、原判決は、ピケッティングが許容される限界について、「争議行為の本質は、単なる労務提供義務の不履行にあるのではなく、勤労者が使用者の正常な業務を阻害することに求められるのであって、それが権利として許容されるところに、生存的基本権としての争議権が保障される独自の意義があるものと解する‥‥争議行為は、労働者が集団的に就業を拒否し使用者の業務の正常な運営を阻害することにより、使用者との労働条件その他の交渉において実質的な対等を確保しようとする同盟罷業をその典型とするが、これに対して使用者がその効果を減殺するため代替労働者を就労させ、操業を継続しようとする場合には、これに対抗し同盟罷業の実行性を確保する補助手段としてピケッティングが行われる。‥‥当然にその態様は多様であり、流動的であって‥‥ある程度の実力行使にでることも場合によっては許容されるものと解する」と判示した。
 しかし、公共企業体等労働関係法(以下公労法という)一七条一項は、公共企業体である国鉄の職員および組合が争議行為を行うことを禁止し、職員、組合の組合員、役は、この禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおってはならないと規定し、同法一八条は、右規定に違反した職員は解雇されていると規定しているのであるから、本件の国鉄動力車労働組合(以下、動労という。)もその組合員も争議行為を行ってはならない義務を負っていることはいうまでもない。‥‥組合としては、組合員に対して、公労法上違法とされ、しかも解雇等という民事責任を負わされるような同盟罷業に参加を強制することはできない筋合であって、組合がたとえ同盟罷業を決議しても、それは公労法上違反であり、民間企業の組合の場合のように法的拘束力をもつものではなく、組合員としては、組合の決議、指令にかかわらず同盟罷業に参加することなく就業する自由を有するのであって、これに参加を促す勧誘説得を受忍すべき義務はないのである。従って、組合の決議や本部指令に従わないで就業しようとする組合員に対し、同盟罷業に参加するよう平和的に勧誘しまたは説得することは、公労法上の評価はとも角刑法上の観点からは、ピケッティングとして相当な範囲内のものということができるが、その程度を越え実力又はこれに準ずる方法で説得拒否の自由を与えず組合委員の就業を阻止することは、他にこれを相当ならしめる特段の事由がない限り、相当な限度を越えるものとして許されないといわなければならない。そしてピケッティングが右の相当な程度を越えた場合においては、既に労働組合法一条二項にいわゆる「正当なもの」ということはできず、その行為が刑法二三四条の構成要件に該当する限り、違法性を阻却する可罰的違法性を有するといわなければならない。
 してみれば、原判決が同盟罷業の実効性確保を理由として、右の特段の事由の有無にかかわらず、一般的に実力の行使によるピケッティングを是認し、また、原判示S機関士が動労組合員であるから本件職場集会に参加すべき義務があると判示したのは、動労のように公労法の適用を受ける公共企業体の組合に関する限り正当ではなく、原判決は、既にこの点において、公労法ならびに労働組合法一条二項の解釈適用を誤ったものをいわなければならない
 (中略)。
 S対策本部長〔門司鉄道管理局運輸部長〕は、前述のように多数の動労組合員が駅構内に立入ったこと。午后七時から九時までに勤務すべき機関車乗務員が動労側によって市内某所の旅館に軟禁されていること、および前記「玄海」号を運転すべき機関車乗務員が当日出勤していない旨の報告を受けるや、前述二六名の代替乗務員の一人であるS・Y機関士(門司機関区所属の機関紙であるが、動労組合員である。)に対し、右発機を運転するよう命令し、自己が先頭になって、同機関士が動労組合員によって連れ去られないように、数十名の鉄道公安職員に擁護させながら同機関士を誘導し、「玄海」発機に乗車させた。
 (中略)
 「玄海」号〔長崎発京都行夜行〕は‥定刻より約三〇分や遅れて午后七時五二分ころ、第一ボムの上りホーム上り一番線に到着した。すると被告人Nらは運転室に乗り込み、N機関士ほか二名の機関助士がいずれも動労組合員であることを確かめたうえ、直ちに下車して職場集会に参加するよう説得したところ、N機関士ら3名はこれに応じ、直ちに着機より第一ホームに降り、約四・五米歩いて同所にいた第三行動隊員の群れの中にしゃがみこみ‥‥楕円状に取り囲んで気勢をあげた。
 S対策本部長は、急を聞いて第一ホームにかけつけ、N公安室長に対し、ピケ隊を排除しN機関士らを取り戻すよう指したので、N公安室長は、ピケ隊員に「乗務員を出しなさい。出さないと実力行使をする」旨警告したがこれに応じないので‥‥〔公安職員60名と警察官も加わってピケ隊を分散させ、機関士と機関助士1名を発見し、両名の両脇をかかえるようにして着機に乗せ、警備に当たった〕。間もなく着機は客車から切り離され企画区に入り、これに代わってS機関士が運転する発機が午后八時一七、八分ころ客車に連結された。
 すると、第三行動隊約二00名は、責任者の指示により、第一ホームから、「玄海」号の進路に当たる一番線の博多駅方面へ移動し、機留線から移動してきた第二行動隊約二〇〇と合流して、午后は八時二三分頃‥軌条の両外側枕木の付近にスクラムを組んで向かい合って立ち並んだ。被告人Bが「玄海の発車を止めろ」と叫んで指示したので、第四行動隊約百名が第二ホームからかけつけ‥‥これらのピケ隊はワッショイ、ワッショイとかけ声をあげたり、労働歌を唱和し、時には大波を打った様に身体を前方に傾けた。‥‥当局側は、拡張拡声器により再三ピケ撤去要求と実力排除を警告したが、ピケ隊はこれに応じなかったので、‥‥午后八時二五分ごろ実力排除を開始した。‥‥。
 これに対し被告人Nは「突っ込め。押しつぶせ。お前たち田舎の警官は早く帰れ。俺は東京の警視庁の機動隊を相手にしたNだ」と叫んでピケ隊を指揮激励したので、ピケ隊員は、これに従い、排除にあたった公安職員や警察官を押し返すなどして抵抗した。しかし順次排除がなされたので、午后八時二八分頃、発車合図に従い警笛を二三回鳴らした後、公安職員らの逆ピケの中を最徐行で発車した‥〔さらに博多寄りの逆ピケのない地点でスクラムを組んだため、再び公安職員が排除し、「玄海」号は約三、四分停車した後、再び最徐行で発車し〕‥次第に速度をあげて鳥栖駅構内を出ていった。
 その結果、「玄海」号は鳥栖駅で三二分増延し定刻より約六二分発車が遅れた。
 以上の事実が認められる。‥‥本件ピケ行為は、原判決がいうように‥‥S機関士を職場集会に参加するよう説得し、他の組合員らがこれを激励するというに止まるものではなく‥‥「玄海」号の発車を妨害するものであって、代替乗務員であるS機関士に説得を拒否する自由を与えず、その受忍を余儀なくさせるものであって、いわゆる平和的説得のための相当性の範囲をこえており、多数の威力を示して実力により「玄海」号の発射を妨害したものにほかならず、刑法二三四条の威力業務妨害罪の客観的構成要件に該当することが明らかである。
 (中略)
‥公共の福祉の維持、増進のため列車の正常かつ安全な運行に責任を有する国鉄当局は組合の争議中であってもなお業務遂行の自由を有し、まして組合側の説得行為に協力し、これを拱手傍観すべき義務を負うものではないことは明らかであり、代替乗務員を確保し業務を遂行することは、正当であり、その正当性は、国鉄の鉄道業務の公共性にかんがみれば特に強調されなければならない。‥‥証人Sの供述記載によれば‥‥自分は門司機関区所属の機関士であるが、本件当日動労のストが鳥栖駅で行われるので、列車の運行を最少限度確保するための代替要員として、業務命令で門司より出張してきたものであり、組合の指揮に従うことは必要であるが、しかし国鉄職員として業務命令が優先するのでこれに従った。‥‥当局の指示に従って発機の窓をしめたままでなるべく外を見ないようにしていた‥‥原判決が、被告人ら動労組合員が、本件ピケ行為に出ること、同盟罷業の実効性を消極的、受動的に防衛するためやむをえないものだったと判断したのは失当といわざるをない。
なお上告審は最三小決昭50・11・21上告棄却である

(d)国労尼崎駅事件控訴審大阪高判昭49.4.24判時743
 事案は、昭和37年3月の国労年度末手当闘争において、国労の2時間ストの計画に基づき、当時国労大阪地本の副執行委員長の地位にあった被告人らが、他の組合員らと共謀のうえ、①国鉄尼崎駅構内の東西両信号扱所を警備していた鉄道公安職員に体当たりし、九名に負傷を負わせた。②同駅線路上でピケットを張って乗務員等の操業を阻止し、電車二本の発進をそれぞれ約53分ないし約45分遅らせたというものである。 
 一審神戸地裁昭41・12・16判決は無罪判決を下した。①公務執行妨害および傷害について、鉄道公安員の信号扱所の警備は、信号扱所の出入りを完全に阻止して、国労組合員の適法な争議活動を妨害し、信号係員の職場離脱を阻止して不法な監禁状態に置いたとされ、鉄道公安職員への暴力は正当防衛として違法性が阻却される。②威力業務妨害の点については、本件ピケッテイングは労働法上認められた正当な争議行為であり、有効な説得活動を行うための補助的手段であって、約250名ないし約580名の労組員を指導して線路上での渦巻きデモ、坐り込みの方法により電車の発進阻止を行った行為は労組法1条2項の正当な争議行為として違法性を阻却すると判断した。
 控訴審大阪高裁は、原判決を破棄して有罪。①の公務執行妨害および傷害について1名が懲役六月、2名を懲役四月いずれも執行猶予一年、威力業務妨害は3名を罰金5万円に処するとの判決を下した。

(公務執行妨害および傷害について)
 両信号扱所にいた係員らは進んで職場を離脱することを希望していなかったことが窺われ、不法に監禁状態においたということはできない。被告人らはデモ隊による信号扱所の占拠、信号係員の拉致によって両信号扱所の機能のまひによる国鉄輸送業務阻の阻止を図ったもと認められ、鉄道公安職員は適法な職務の執行であり、これを否定した原判決は事実を誤認しているとして原判決を破棄した。

(威力業務妨害について)
  次の通り、久留米駅事件方式によって威力業務妨害罪の成立を認めた
「‥‥被告人らの以上の行為は、昭和三六年度期末手当に関する争議行為に際して行われたピケッティングであるが、その行為が具体的状況その他諸般の事情を考慮して違法性阻却事由があるかどうかについて判断する。
 案ずるに、公共事業体である国鉄の職員および組合は、公共事業体等労働関係法一七条一項により、一切の争議行為を禁止され、同条項になされた争議行為は労働法上の関係において一般的に違法であり、違反者は同一八条において解雇の制裁を科せられるのであるから、組合としては組合員に対し争議行為の禁止を強制できず、組合員も組合の統制に服す義務はないのであるから、争議行為に参加した組合および組合員にないし争議行為に参加ないし協力さすためのピケッティングの手段方法は、その説得の機会をえるために、法秩序全体の見地からみて相当と考えられる範囲に限定せられ、物理的実力行使等によって組合員の就労を阻止することは、たとえ暴力の行使に至らなくてとも、違法性阻却事由に該当する正当な行為ということはできないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、五二三〇電車、五二三三電車の国鉄尼崎駅構内における停車時間は。いずれもその客扱いする僅か三〇秒位しかないのであるから、右の短時間を利用し電車乗務員に対しスト参加の勧誘ないし説得を尽すということは殆ど不可能ともいうべき‥‥前記電車の運転士らは事件当時、国鉄当局の業務命令にしたがって勤務につき国鉄尼崎駅到着後、客扱いを終わると直ちに発車し、予定時刻どおり目的地まで運転する意思をもっていたものであり、しかも右尼崎駅に到着する前からあらかじめ国労側がストに突入するかもしれないことを承知しながら前記のごとく就労運転していたものであって‥‥ストに参加すべきと呼びかけても、それは相手側の翻意を促すというよりも、むしろ運転士らの自由意思を強いて抑圧しその屈従を余儀なくさせ、彼らに混乱を招くだけの結果となることは疑をいれないから、右のような態様のマスピケッティングは争議手段として許容される範囲、限度を逸脱したものというべきである。しからば、違法性阻却事由はなく、かつ可罰的違法性を具有し刑法二三四条の威力無業務妨害罪が成立することももちろんである‥‥」

(e)東和歌山駅事件 大阪高裁昭50.9.19判決 刑事裁判月報7巻9-10合併号826頁
  本件公訴事実は、「被告人Mは、国鉄労働組合(以下国労という。)南近畿地方本部副執行委員長、被告人Hは同地方本部執行委員であるが、国労が昭和四一年四月ニ六日に実施した闘争に際し、列車の運行を阻止しようと企て
   (一)被告人Mは、
(1)国労組合員約七〇〇名と共謀のうえ、同日午前三時五〇分ごろから‥‥東和歌山駅(現在和歌山駅と改称されている。以下同じ。)六七号ポイン ト北方の紀勢一番線軌道内に多数で立ち並ぶとともに、同日午前四時ごろ、鳳電車区東和歌山支区勤務運転Sが、同駅紀勢二番線に留置されていた電気機関車(EF五二七号)を運転 し、すでに同駅紀勢一番線に到着していた同駅午前四時二分発車予定の名古屋発天王寺行第九ニ 一列車(夜行普通列車)に連結しようとして前進をはじめるや、その前方線路上に多数で立ち塞 がり、次いで同日午前四時一九分ごろ、同機関士がようやく連結編成を終えた右列車を運転して 同駅を発車しようとした際にも、引き続きその前方線路上に多数で立ち塞がつて、同日午前四時三六分ごろまで右列車の進行を阻止し、
(2)国労組合員約四〇〇名と共謀のうえ、同日午前五時前ごろ、同駅五九のイ号ポイント 北方の阪和上り線軌道内に多数で立ち並ぶとともに、鳳電車区東和歌山支区勤務運転士寺本光雄 が同駅午前五時発車予定の天王寺行第二〇ニ電車(直行)を運転して定刻に発車しようとした際にも、同電車の前方線路上に多数で立ち塞がるなどして、同日午前五時ニ九分ごろまで右電車の進行を阻止し、
 (ニ)被告人Hは、国労組合員約三〇〇名と共謀のうえ、同日午前三時三五分ごろから‥‥和歌山駅(現在紀和駅と改称されている。以下同じ。)第 一信号扱所前の出区線軌道内に立ち人って多数で坐り込むとともに、和歌山機関区勤務の機関士Sが同日午前三時三八分発車予定の東和歌山行第六一五三列車(機関車)を運転して右信 号扱所前の出区線から定刻に発車しようとした際にも、その前方線‥上にそのまま多数で坐り込 みを続け、または立ち塞がるなどして、同日午前四時五六分ごろまで右列車の進行を阻止し もってそれぞれ多衆の威力を用いて日本国有鉄道(以下国鉄又は当局という。)の列車運行業務を妨害したものである。」というのである。
  一審和歌山地判昭46.4.26刑事裁判資料201号81頁は、プロレイバー学説に依拠して、「被告人らの本件各ピケ行為はその目的、 態様等に照らせばいずれも許容されるべき行為の限界を越えておらず又その社会一般に及ぼした影響も重大でないことなど諸般の事情を総合して判断すれば、被告人らの本件各ピケ行為はいずれも正当な争議行為として労組法一条ニ項本文の適用を受け違法性を阻却さるべきものというべきである。」として無罪とした。
 控訴審大阪高裁は久留米駅事件方式により原判決を破棄し被告人Mを懲役四月、Hを同二月それぞれ執行猶予一年の有罪とした。
 「‥‥国労が企てた本件ストライキが違法なものであることは明らかであり、組合がストライキの決議をしたとしても、組合員に対してストライキへの参加を求めることは組合の統制権を理由としても違法であることに変りはなく、組合員は組合の要請に従つてストライキに参加すべき義務はなく、就労の意思をもつて出務している場合においては、その受忍義務のないことは一層明白であって、まして組合は、非組合員に対してストライキへの参加を強制すべき権能を有するものではない。もつとも、これは民事上違法であるということであって、 そのために直ちにそれが刑法上可罰的であるということではなく、ストライキに際して行なわれた各種の争議行為の刑法上の可罰性は、前記のごとき判断基準のもとに、諸般の事情を考慮して 慎重な検討を要するところであって、本件ピケッティングの正当性についても同じである。‥‥
  ‥‥関係証拠によれば、被告人らはもとより組合員の誰もが、列車或いは電車の乗務員に対し、本件ストライキへの参加を求め乗務放棄すべきことを求めるいわゆる説得活動を行なつた形跡は認められず‥‥さらに被告人らは、その列車或いは電車に果して誰が乗務しているか、それが組合員であるか非組合員であるかを確認するための努力すらしていないことなどに照らせば、本件ピケッティングが、被告人らが公判廷において供述するごとく、説得のためのものであると認めるには強い疑問が存するものといわなければならない。
 仮にこれが原判決が認定するごとく態度による説得活動であるとみるとしても、本件において被告人ら及び組合員らの態度からみられるものは、単に、被告人ら組合員の意思を表明して乗務員に翻意を求め同調を促すというものとは異なり、あくまでも被告人らの意思に従うことを求めてする実力行動であって、相手方の意思の自由を認める平和的説得とは異なるものといわなければならない。
 まして、九ニー列車に乗務していたSは、鳳電車区東和歌山支区の助役で本件ストライキ に備えて電気機関士兼務を命ぜられていたものであり、ニ〇ニ電車に乗務していたTは、 鳳電車区東和歌山支区の技術助役で同じく本件ストライキ対策として運転士兼務を命ぜられていたもので、いずれも非組合員であって組合の持つ統制権の及ぶ範囲ではなく、また、六一五三列車に乗務していたSは、国労組合員ではあつたが同人は和歌山機関区に所属する機関士であって本件ストライキの対象にはなつておらず組合からスト指令も受けていなかつた者であるから、これらの者に対し前記のごとき態度で乗務放棄を求めることが許される筋合のものではない。
 被告人らの指揮する本件ピケッティングによって、九ニ一列車は三四分、ニ〇ニ電車はニ九分、六一五三列車は一時間ニ〇分の遅延をきたしたのであるが、自動車などによる代替輸送機関が発達してきたとはいえ、国鉄の列車、電車は、今日においても国民生活上必要欠くことができ ない重要な輸送機関であることには変りはなく、特に九ニ一列車及びニ〇ニ電車にはそれぞれの 用務をもつた乗客が現に乗車して旅行中であつたのであり、また「一信」は前記のとおり和歌山機関区の喉元ともいうべき重要な拠点であつて、これらを被告人らの本件ピケッティングによって通行不能にしたことは軽視することができず、さらに、記録によれば、単にこれらの列車、電車にとどまらず他の多くの列車等に運転上の支障を及ぼしたものであることが明らかである。
 労働争議に際ししばしば行なわれるピケッティングが、直ちに刑法上可罰的であるるとされるわけではなく、その態様、対象などによって差異があるとはいえ、ある程度の範囲において刑事上の免責が認められることは、從来の多くの判例によって明らかにされているところであり、そのことは、争議行為が禁止されている労働組合においても同様であるが、これらの組合においては、争議行為が禁止されていることのために、違法性阻却が認められる範囲も、争議行為が禁ぜられていない民間企業の場合に比較して自ずから限定されたものとなることもやむを得ないものといわなければならないところ、本件におけるピケッティングが、前記のごとく非組合員あるいはもともとスト対象にもなっていなかつた者に対するもので、前述のような相手方の意思の自由を認めないような態度で相当の時間列車あるいは電車の運行を阻止し国民生活上重大な影響を及ぼしたものであることなど諸般の事情を考慮すると、それが労働争議に際して行なわれたものであるという事実を含めて検討しても到底それが法秩序全体の見地から許容されるものということはできず、刑法上の違法性阻却を認める余地はない。‥‥‥‥
 また弁護人らは、三友炭坑事件あるいは札幌市電事件についての最高裁判例をひき、本件は違法性を阻却されるべきであると主張するが、前者は争議行為が禁じられていない民間企業に関するものであり、後者は組合の統制権の及ぶ脱落組合員に対するものであることなどの点において、本件とは大きく事情を異にするものであつて、到底同一に論ずるわけにはいかない。
 以上のとおり、被告人らによる本件各所為は、威力業務妨害罪にあたり違法性を阻却するものではないので.これに反する原判決は事実を誤認し法律の解釈適用を誤ったものといわなければならない。‥‥」
(4)動労尾久事件最三小決昭49・7・16 刑集28-5-216
 本件はマスピケ事犯である。動労中央本部は当局の合理化に反対し全国7拠点で昭和38年12月13日午後7時を基準とする、勤務時間2時間の職場集会(事実上のスト)を指令した。被告人動労本部中央執行委員らは、約350人のピケ隊を組織し、上野発黒磯行525列車(11両編成で乗客約1200人が乗っていた)の尾久駅入構を待ち受け、ホーム一杯に押しかけ、約150人を線路上に降ろして列車の前方軌道上にスクラムを組んで、うずくまることなどし、また乗務員を職場大会に参加させるためその腕を抱えるなどして強いて下車させ、20時頃から20時44分頃までの間列車の発進を不能ならしめた。当時の新聞をみると1面の扱いで、尾久駅線路上でアノラックに覆面姿の組合員がうずくまり、通勤客を乗せた列車を止め、ホームでは支援者が集まって拍手するという当時を知らない者にとっては異様な写真を見ることができる。ただ本件は一審から有罪だったため、最高裁決定(棄却)は簡潔なものであり、判例としての意義は久留米駅事件を引用したというだけで特にコメントすることはない。
 一審は、威力業務妨害罪、共同正犯(刑法234条233条60条)S被告人懲役四月執行猶予二年、他の2名は罰金5千円。東京中郵判決の趣旨に沿い「公労法一七条違反の争議行為であっても、その刑事上の責任については労組法一条二項の適用がある」「当該争議行為が同条第一項の目的を達成するものであって、かつ、単なる罷業又は怠業の不作為が存在するにとどまり、暴力その他の不当性を伴わない場合には、刑事制裁の対象とならない」という基準で違法性を判断し、 所属組合員に対するピケについて「些細な実力的行動をも許さずとまで解すべきでないことは弁護人のいうとおり(であるが)、本件ピケは(中略)、すでに列車の運行を開始し、有機的な運転管制に服して線区に入り、多数の乗客を乗せた通勤列車を運転中の機関車乗務員に対してなされるものであるから、その時期、場所、方法、態様において制約を受け」るものであるとし、「説得にもかかわらず組合員が就労せんとする場合には、団結による威の域を超えた物理的な力で、就労を妨害することは許されない。」のであるから、「機関車の側方に於いて、その進行を妨げない程度の間隔をおいて集合し、車外から運転室の乗務員に対し団結の示威を背景として職場集会への参加を呼びかける程度」が適法の限界であり、本件は「労組法一条二項所定の正当な組合活動に該当しない」と判示した。
 控訴審も一審の判断をほぼ全面的に是認した。
 最高裁決定は棄却。ただし一審の違法性判断とは異なり、久留米駅事件方式の違法性判断基準を採用している。
(決旨)
「‥ 右列車の乗務員が前記動力車労働組合所属の組合員であることを考慮しても、被告人らの本件所為は、法秩序全体の見地(‥‥四八年四月二五日大法廷判決‥‥)からとうてい許容しがたい不法な威力の行使による業務の妨害であるというべく、これにつき威力業務妨害罪の成立を認めた第一、二審判決の結論は、相当である。」
 
(四) 第三期 全農林警職法判決・岩教組事件判決・全逓名古屋中郵事件判決~
       (第二期の判例変更により司法の左傾化を是正)
1.全農林警職法事件最大判昭48・4・25刑集27-4-547 
  事案は、被告人全農林中央執行委員長、副委員長その他役員が、昭和33年内閣が警職法を一部改正する法律案を衆議院に提出したことに反対する第四次統一行動として傘下の各県本部に「組合員は警職法改悪反対のため‥‥11月5日は午後出勤の行動に入れ」という趣旨の指令を発し、11月5日午前9時~11時40分頃約2500人の農林省職員に対し、職場大会に直ちに参加するよう反復して説得し、勤務時間内二時間を目標として開催される職場大会に参加方を慫慂し、もって国家公務員たる農林省職員に対し争議行為の遂行をあおることを企て、もしくは争議行為の遂行をあおったというものである。
 一審無罪、原審(控訴審)国家公務員法違反のあおり企て罪と、あおり罪包括1罪、共同正犯、上告審は棄却(補足意見7、意見5、反対意見1)
 棄却という結論は14対1であるが、8人の裁判官が全司法仙台事件大法廷判決の憲法判断と異なる解釈を示し判例変更する旨の多数意見を構成し(石田、下村、村上、藤林、岡原、下田、岸、天野)。下村裁判官を除く7判事の補足意見もついた。
 本件は政治目的の争議行為で、加えて厳重なピケッティングによる就労妨害もあり判例変更せずとも有罪の結論を導くことは容易であったが、あえて全司法仙台事件大法廷判決の判例変更に踏み切ったものである。
 一方、岩田裁判官単独の意見のほか5人(田中、大隅、関根、小川、坂本)の意見は、労働基本権尊重の立場で全司法仙台事件大法廷判決の基準に照らして処罰の対象となるかを判断すべきというもの。色川裁判官反対意見は、本件政治ストは争議行為でないとの見解である。
(1)要旨
① 争議行為を禁止する国家公務員法98条5項(現行98条2項)110条1項17号は憲法28条に違反しない。また、争議行為をあおる等の行為に高度の反社会性があるとして罰則を設けることの合理性を肯認した。
②争議行為禁止の合憲性を肯定するにあたり、制約原理を「勤労者を含む国民全体の共同利益」とした。これは全逓東京中郵判決・都教組判決・全司法仙台判決が「国民生活全体の利益」の保障という内在的制約論とは明らかに異なる。
③国家公務員法98条5項(現行98条2項)110条1項17号は、公務員の争議行為のうち同法によって違法とされるものとされないものを区別し、さらに違法とされる争議行為についても違法性の強いものと弱いものとを区別したうえ、刑事制裁を科されるのはそのうち違法性の強いものに限られるものとし、あるいは、あおり行為等につき、争議行為の企画、共謀、説得、慫慂、指令等を争議行為にいわゆる通常随伴するものとして争議行為自体を同一視し、これを刑事制裁から除くものとする趣旨ではない。(都教組判決・全司法仙台事件のあおり行為等の限定解釈を否定)
④全司法仙台判決がとる「二重の絞り論」のような不明瞭な限定解釈は、かえって犯罪構成要件の保障的機能を失わせることとなり、その明確を要請する憲法31条に違反する疑いすら存する」と断じた。
⑤全司法仙台判決は、本判決の判示に抵触する限度で判例変更を免れないとした。
⑥私企業の労働者であろうと、公務員等の勤労者であるとを問わず、政治的目的の争議行為は憲法28条と無関係である。
(2)補足意見要旨
 石田長官、村上、藤林、岡原、下田、岸、天野各裁判官7人による補足意見は、田中裁判官ら5人の意見に反論というかたちで多数意見を補足するもので、憲法判断を変更する実質的理由とその必要性を述べたもので、ここでは向井哲次郎調査官解説を要約する。
△全司法仙台事件大法廷判決は憲法解釈において看過できない誤りを犯した。
「国民生活に重大な支障」を及ぼすことの有無というような漠然とした基準によって公務員の争議行為の正当性を画する立法例はほかにない。
△全司法仙台事件大法廷判決の示した限定解釈には重大な疑義がある。
 同判決と基本的に共通の見解に立っている都教組判決は、公務員の職務の公共性には強弱があるから、その労働基本権にもそれに対応する制約を当然内包していると強調しながら、限定解釈にあたり、一転し職務の公共性を問題とすることなく、争議行為の態様の問題、争議行為における違法性の強弱へと転移し、ことに争議行為に関する罰則については、争議行為の違法性が強いことあおり行為等の違法性が強いことを要するとするほか、争議行為に「通常随伴している行為は処罰の対象にならないものと解すべきもの」であるとしている。そして全司法仙台事件は、争議行為の違法性が強い場合の基準として、全逓中郵事件判決の多数意見が示した争議行為の正当性を画する基準(いわゆる三つの場合)をそのまま転用している。これは、憲法上の保障を受けるかどうかの問題である正当性を画する基準と同一のものを違法性の強弱としている議論であって混迷しており、違憲の疑いを生む基準の設定である。
△都教組事件と全司法仙台事件判決は公務員の争議行為に関する罰則の評価に誤った評価を植えつけた。
 このほか代償措置を重視する旨の岸・天野両裁判官による補足意見がある。
(3)違法性一元論へのコペルニクス的展開
 本判決の特徴を一口にいえば第二期の3判決(中郵事件・都教組事件・全司法仙台事件)は、憲法上の正当性を画する基準としての民事上の違法と刑事上の違法とを区別する違法二元論の立場をとっていたのに対し、本判決において違法性一元論コペルニクス的転回を遂げ、これが猿払事件判決、岩教組事件判決等により発展的に継承された(臼井1977b)。
2.岩教組学力調査事件最大判昭和51.5.21刑集30-5-1178 
 事案[一部略]は
①地方公務員法違反[争議行為のあおり、そそのかし]
 被告人岩教組中央執行委員長、書記長、中執委員7名は、昭和36年度全国中学校一斉学力テストに反対し、傘下組合員である、市町村立中学校教員をして学力調査実施を阻止する争議行為を行わせるため、「10月16日学力調査は、全組織力を傾注して阻止せよ‥‥」「当日全組合員は午前7時中学校単位に集結し‥‥テスト実施の任務をもって来校‥‥する者がある場合は担任は直ちに生徒を掌握し、授業態勢に移り、テストが事実上不可能な状態に置くこと」等の指令、指示を発出し、支部、支会、分会役員を介し、傘下組合員約4300名に対しも指令、指示を伝達して実行方を慫慂するなどして、地方公務員である教職員むに対し、争議行為の遂行及びをあおり又はそそのかした。
②道路交通法違反[ピケッティング]
 被告人のうち一名は、中学校に赴くテスト立会人ら十数名の来校を阻止しようと企て、組合員約50名と共謀のうえ、人垣をつくって道路上に立ち塞がった。
 一審7名を地方公務員違反(争議行為のあおりそそのかし]罪、包括1罪、共同正犯、1名を道路交通法違反罪、共同正犯、併合罪、原審(控訴審)は可罰的違法性なしとして無罪、上告審判決は、破棄自判(一審維持)、理由反対1、結論反対1
(1)要旨
①地方公務員法37条1項は憲法28条に、地方公務員法61条4項は憲法18条、28条に違反しない。
②地方公務員の労働基本権の制約原理を「地方公務員を含む地方住民ないしは国民全体の共同利益に求めたうえ、争議行為禁止の根拠として、「地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的には労務提供義務を負うという特殊な地位」 及び「その労務提供の内容は、公務の遂行すなわち公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性格を有する」点」(職務の公共性)をあげ「地方公務員が争議行為に及ぶことは、右のようなその地位の特殊性と職務の公共性と相容れ〔ない〕」とした。
  また地方公務員の勤務条件が「法律及び地方公共団体の財源によってまかなわれる」ところから、地方公務員の勤務条件決定のプロセスも「団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権も団体交渉の裏づけとしての本来の機能を発揮するに乏しく、かえって議会における民主的な手続によってなされるべき勤務条件の決定に 対して不当な圧力を加え、これをゆがめるおそれがある」ことも国家公務員と同様であるとした。(臼井1976)
  ③「地公法六一条四号の規定の解釈につき、争議行為に違法性の強いものと弱いものとを区別して、前者のみが同条同号にいう争議行為にあたるものとし、更にまた、右争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおる等の行為についても、いわゆる争議行為に通常随伴する行為は単なる争議参加行為と同じく可罰性を有しないものとして右規定の適用外に置かれるべきであると解しなければならない理由はなく、このような解釈を是認することはできないのである。」このような解釈を是認できないので、都教組事件大法廷判決きは本判決に抵触する限度において変更すべきものである。(都教組事件判決の判例変更、二重の絞り論の否定)
④学力調査実施のため中学校に赴こうとするテスト立会人らを道路上で阻止した 
行為は、道路交通法120条1項9号、76条4項2号に該当するとしながら、正当な団体行動権の行使にあたることを理由に違法性が阻却されるという原判決は、法令の解釈を誤っている。
(2)通常随伴行為不罰論の明確な否定
  多数意見が「政治的目的ないしは市町村教委の管理運営事項についての要求貫徹のためのものである点において、憲法二八条の保障する団体行動権の範囲に属するものではない」と述べているとおり有罪という結論は当然のこととして、本判決の核心は都教組判決・全司法仙台判決の「二重の絞り論」の「通常随伴行為不罰論」をより明確に否認し判例変更したことにあると考える。
 全農林警職法判決においても「通常随伴行為不罰論」は「一般に争議行為が争議指導者の指令によって開始され、打ち切られる現実を無視するばかりでなく、‥‥このように不明確な限定解釈は、かえって犯罪構成要件の保障的機能を失わせることとなり、その明確性を要請する憲法31条に違反する疑いすら存する」と厳しく批判されたが、本判決では「労働組合という組織体における通常の意思決定手続に基づいて決定、遂行される違法な争議行為については、実際上、当該組合の何人に対しても個人的な責任を問うことがないということに帰着するのであって、とうてい容認することのできないところといわなければならない」と排斥しており、結局それはプロレイバー学説の個人責任否定論に帰着するゆゆしきものと認識を示している。
(3)ピケッティング事案について
「 被告人Hらは、本件学力調査実施の当日、テスト立会人であるS町教育委員会教育長及びテスト補充員の同町役場吏員ら一四名の一行がその職務遂行のためW中学校に赴くのを阻止すべく、同校校舎に通ずる道路のうちの狭隘な橋上部分(幅員四・三メートル、長さ四メートル)を扼して、右の一行を待ち受け、一行が同所に差しかかるや、被告人Hを含む約五〇名の者がその前面に集合し、人垣をつくつて進路を遮断し、この人垣を背景として調査実施の中止を要求し、そのためやむをえずいつたん通行を中止した上記テスト立会人らが改めて通行を試みようとすると、再び前同様の行動に出で、このようにしてテスト開始時刻前の午前八時ころから終了予定時刻に近い午後二時ころまでの約六時間の長きにわたり、前後約五回、一回につき約一〇分ずつ断続的に執拗に右行為を反復し、結局同人らをして右中学校に赴くことを断念するに至らしめたことが認められるのであるから、その間暴力等の有形力の行使がなかつたとはいえ、その手段、態様において道路上における正当なピケッテイングとして是認しうる程度を超えるものがあつたといわざるをえないことを考えると、被告人Hらの前記所為に正当な団体行動権の行使として刑法上の違法性を阻却すべき事由があるとすることはできない。‥‥」
 原判決仙台高裁は、人垣をつくって立ちはだかり交通の妨害をしたことが道交法120条1項9号違反であるとしながら、労組法1条2項の正当行為として違法性が阻却され無罪という判断を下していたが、それを破棄して有罪としたものである。本判決では国労久留米駅事件最高裁大法廷昭和48.4.25判決を引用せず、その争議行為と争議行為に際して付随して行われる行為とを区別する判断方式をとっていない。
 プロレイバーの評釈(横井芳弘1976)によると、「法律で争議行為が禁止され、しかもその規定が合憲と解される場合には、当該ピケッティングが「争議行為の一種」と認められるかぎり、違法性が阻却される理由はないとしていることについて、これは一刀両断的に割り切ったものであり、久留米駅事件方式のように「諸般の事情を考慮に入れ‥‥法秩序全体の見地から‥‥判定」するものとは違って頭から違法性を肯定するものとの評価である。つまり久留米事件より厳しい判決との評価のようである。
 しかしながら久留米駅事件方式は名古屋中郵判決によって総括、明確化され後述するように争議行為自体が違法行為である点も「諸般の事情」の一素材になるのだから、公務員の場合、本件のようなマスピケ事犯で違法性を阻却される理由はないと思う。
 なおアメリカ連邦最高裁判列では違法目的のピケッティングは違法性が阻却されないのであって、そのような理論と大きな差異はないのではないか。
 思うに、幅員4.3メートルという橋上で50人のピケ隊が待ち受けるのは、英米ならマスピケッティング(大量動員ピケ)で違法とされるだろう。正当な業務である学力テスト立会人の就労を妨害することが違法な争議行為である以上、このような大量動員ピケは当然に違法であるという判断を示してもよかったと考える。
 団藤反対意見は表現の自由として保障されてしかるべきであり、本件を平和的説得行為として違法性は阻却されるというのであるが、本件のような執拗なマスピケを合法とするのは異常である。
3.全逓名古屋中郵事件最大判昭52・5・4刑集31-3-182
 名古屋中郵判決は、同種事案のリーディングケースであった東京中郵事件大法廷判決の基本的見解を変更し、労働基本権の限界と刑事制裁のあり方について、正しい判断基準を示し、揺れ動く大法廷判決により混乱していた裁判実務を収束させたという意味で画期となる判例である。
 公訴事実の要旨は、
 昭和33年春闘の際、全逓中央本部・同愛知地区本部の幹部であった被告人らは、全逓中央本部からの指令に基づき、二時間の勤務時間内職場集会実施を決定した。
(郵便法違反教唆)
  被告人ら4名は、他の4名と共謀のうえ、同年3月20日早朝、名古屋中央局庁舎内において、集配課外務員多数に対し、職場を放棄して右職場大会に参加するように説得慫慂して郵便物の取扱をしないことを教唆し、Mら9名の外務員の職場を放棄させ、約1時間にわたり、同人の担当する速達書留郵便、普通郵便の配達をさせず
(建造物侵入)
  被告人ら4名は前記①の日時に前記①の目的によりで局側の監視員の制止を排して、多数のピケ隊員と共に、同郵便局長の管理する局長内に故なく侵入し
(公務執行妨害)
  被告人らのうち2名は、他の20数名と共謀のうえ、勤務中の小包郵便課主事Tの両腕をとり腰部を押す等の暴行を加えて室外に連れ出し、同人の職場の執行を妨害した。というものである。
 一審は、建造物侵入を有罪としたが、郵便法違反教唆はMらが既に職場大会の参加を決意していたとして教唆に代えて幇助の成立を認めた。公務執行妨害についてはTが職場大会に参加する意思に応じた疑いがあるとの理由で成立を否定した。
 二審は一審有罪部分を破棄し全て無罪とした。東京中郵判決を引用し、郵便法違反幇助について本件2時間の勤務時間内職場大会は、「三つの場合」のような不当性はなく、公労法17条1項違反の争議行為にも労組法1条2条が適用され、刑事制裁の対象にならないとした。建造物侵入の無罪理由は目的・態様において違法不当ではなく、憲法28条の趣旨にかんがみ社会的に相当なものとして是認されるとする。
 上告審判決は、13対2で破棄自判(一審維持)高辻裁判官の補足意見、下山裁判官の一部反対平行意見がある。団藤、環裁判官はそれぞれ反対意見を記した。
(1)要旨

①  争議行為禁止の合憲性

 
 五現業の職員は、国家公務員であるから、非現業の国家公務員と同様、憲法83条の財政民主主義に表れている議会制民主主義の原則上、国会の特別な委任がない限り法律・予算の形で勤務条件が決定されるべき特殊な憲法上の地位にある。三公社の職員も、財政民主主義の国会の意思とは無関係に資産の処分・運用を行いえない全額国庫出資の公社に勤務している点で、勤務条件の決定に関する憲法上の地位は右と基本的に同一である。労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権も、その一環としての争議権も、憲法上当然保障されいてるわけではなく、現行法上、協約締結権が付与されているのは国会の裁量によるものと解される。また公共企業体の事業は利潤の追求を本来の目的としておらず、その労使関係には市場の抑制力が働かないため、争議権は適正な勤務条件を決定する機能を果たすことができない。加えて争議行為禁止に対応する仲裁などの代償措置もよく整備されており、職員の生存権擁護のための配慮を欠けることもない。このような事情をを考慮するならば、国会が国民全体の共同利益を擁護する見地から、勤務条件の決定過程が歪められたり、国民が重大な生活上の支障を受けることを防止するため、これらの争議行為を全面的に禁止したのは不当とはいえず、憲法28条に違反するとみるべき根拠はない。
②  刑事法上の違法性(労組法1条2項は適用されない)
 公労法17条1項が違憲でなく、禁止違反の争議行為が憲法上の権利として保障されていない以上、民事法又は刑事法が、これを正当性のない行為と評価して合理性のある不利益を課しても、憲法に抵触することはない。
 公労法3条は同法に定めのないものについてのみ労組法の適用を認めているのであるから、公労法に禁止規定のある争議行為については労組法1条2項の適用を認める余地がない。
 刑罰を科するための違法性は、行政処分や民事責任を課するものでは足りず、一段と強度なものでならなければならないとする見解も、相当ではなく、東京中郵判決の判断は変更を免れない。
③ 但し立法意思からみて不作為な単純参加者は処罰から阻却される
 立法経過を仔細に検討すると、当時の立法意思は、争議の単純参加者を郵便法などの罰則による処罰から除いて、指導行為者のみを処罰する趣旨とみるのが相当である。ただし単純参加行為が違法なものである以上、解雇などの民事上の不利益の対象となりうることはもちろんである。
④ 本件郵便法違幇助を無罪とした原判決は憲法、公労法の解釈を誤っている
⑤ 公労法17条1項違反の争議行為に付随する行為の刑事法上の違法性
 公労法違反の争議行為に付随して行われた犯罪行為についての違法性阻却の有無は、右の事実を含めて、その行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきものか否かを考察して判断すべきである。
 
 本件建造物侵入は、それ自体同条に違反するあおり行為を行うために立ち入りを禁止された建造物にあえて立ち入ったものであって、目的も手段も違法というほかなく、これを正当とした原判決は憲法28条の解釈を誤っている。
(2)下田裁判官の意見
 
 多数意見のうち単純参加者の処罰の阻却を認める解釈について、郵便業務の格段の重要性を無視し、統一性を欠く占領立法をを根拠とする誤りをおかし、司法謙抑の原則にもとる立法的解釈というほかないと反対意見を記している。
(3)2裁判官の反対意見
 団藤裁判官は東京中郵事件の判例は基本的に維持されるべきで上告棄却が相当と述べ、環裁判官は東京中郵判決を維持すべきで上告棄却が相当と述べた。
(4) 要約
A 臼井滋夫最高検検事による要約(臼井1977c)
①東京中郵判決の「違法性二元論」の基本的立場に立脚した「相対的合憲論」の否定。
 第二期判決の見解を変更した違法性一元論に転回したこと。
②違法争議行為における犯罪の成立範囲の確定(単純参加者を処罰の範囲外とする)。
③争議行為に付随する行為の刑事法上の評価の判断方式の確定(久留米駅事件方式の総括・明確化)。 
①と②について
争点の一つは公労法の争議行為が郵便法79条1項(郵便の業務に従事する者が殊更に郵便の
取扱いをせず、又はこれを遅延させたときは、これを1年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する)などの罰則に触れる場合に、なお労組法1条2項(刑事免責)の適用があるか否か、特段の違法性阻却理由を認めるか否かであった。
  労組法1条2項の適用があるとした東京中郵判決の判断を明確に変更したのである。
〔なお公共企業体等労働関係法には、争議行為禁止の規定(17条1項)があるだけで、当該禁止違反に対する直接の罰則はなく、違法争議行為に対する刑事制裁はそれぞれの事業法等の規制に委ねられている(臼井1977c)。三公社五現業で、業務の不取扱いそれ自体を構成要件的行為としているのは、郵便法79条1項及び公衆電話通信法110条の二つだけである(臼井1977c)。〕
 多数意見は、同規定に違反する争議行為に「正当なもの」がありうべき筋合ではなく、労組法1条2項(刑事免責)の適用が予定されているとは解しえないとして、公労法17条1項違反の争議行為が郵便法などの罰則に触れるときは、違法性が阻却さないとして、第一審の郵便法79条1項の罪の幇助による被告人4人の有罪(罰金1万円)の結論を維持する判断を行ったものである。
 但し、単純参加者については、郵便法79条1項の罪の成立を肯定しつつも、立法の変遷とその底流にある法の理念に根拠を求めて、処罰阻却の法理により処罰の範囲外との結論となった(臼井1977c)。これは超法規的判断であり下田裁判官が反対する意見を述べている。非現業国家公務員、地方公務員との刑事制裁の範囲と不均衡にならないためにする解釈であり、理論的には疑問がないわけではないとはいえ、処罰阻却の範囲は限定されており、単純不作為ではなく作為を伴う場合、政治目的ストの場合は単純参加者であれ処罰の対象となるうるし、解雇もありうるのである。
 ③は、建物侵入罪の成否についてである。
 全逓名古屋中郵判決は、国鉄檜山丸事件最二小判昭38・3・15(「公共企業体等の職員は、争議行為を禁止され争議権自体を否定されている以上、その争議行為についての正当性の限界如何を論ずる余地はなく、したがって労働組合法一条項の適用はないものと解するのが相当である」と判示した)に単純に回帰したものではないという。檜山丸判決は組合員が当局の制止を振り切り職場集会の指令点検、指導のため乗船したことについて、刑法130条艦船侵入罪の成立を認めた判例だが、檜山丸事件は争議行為自体と争議に際して付随して行われた行為という分け方をしていない。しかし昭和48年久留米事件判決以降二つの問題を截然と分けて論ずるものとなったのだという。(臼井1977c)
 名古屋中郵判決では「このような付随的な行為は、直接公労法一七条一項に違反するものではないから、その違法性阻却事由の有無の判断は、争議行為そのものについての違法性阻却事由の有無の判断とは別に行うべきであつて、これを判断するにあたつては、その行為が同条項違反の争議行為に際し付随して行われたものであるという事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを考察しなければならないのである。」とやはり国鉄久留米駅事件大法廷判決(最大判昭48・4・25刑集27-3-419)の判断方式「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実を含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきものか否かを判定しなければならない」に則ったかたちで、争議行為そのものと、争議行為に際して行われる付随的行為を意識的に区別したうえ、「本件における建造物侵入の行為についてみると、被告人らは、公労法一七条一項に違反する争議行為への参加を呼びかけるため、すなわち、それ自体同条項に違反するあおり行為を行うため、立入りを禁止された建造物にあえて立ち入つたものであつて、その目的も、手段も、共に違法というほかないのであるから、右の行為は、結局、法秩序全体の見地からみて許容される余地のないものと解さざるをえない。」と判示したのである。
 つまり争議行為に際して行われた行為は「諸般の事情」を考慮に入れたうえ実質的違法論に立脚し「法秩序全体の見地から」違法性阻却事由を判断するということであるが、重要なことは、基本となる争議行為自体が公労法一七条一項に違反する点も「諸般の事情」の一素材になるということである(臼井1977c)。
 この点は香城敏麿調査官解説(183p)も、「判旨を‥言い換えるなら (イ)付随的な行為の目的が公労法違反の遂行に向けられているときには、行為の違法性を肯定する方向でその目的が考慮される、(ロ)付随的な行為の手段が公労法違反の争議行為の未遂的行為又は予備的な行為であるときにも、行為の違法性を肯定する方向でその点が考慮される、ということに帰する」と述べており、違法性が阻却されることは特別な事情でもない限りありえないものと理解できるのである。
 
B 香城敏麿調査官の要約
  香城敏麿の名古屋中郵第二事件調査官解説は名古屋中郵事件最大判昭52・5・4刑集31-3-182判決の要点を3点にまとめ簡潔でわかりやすい。
(イ)公労法一七条一項違反の争議行為が罰則の構成要件にあたる場合には、労組法一条二項の適用はなく、他の特段の違法性阻却理由がない限り、刑事法上これを違法とすべきである。
(ロ)但し、右の争議行為が単なる労務不提供のような不作為を内容とするものであって、公労法一七条一項が存在しなければ正当な争議行為として処罰を受けないようなものである場合には、その単純参加者に限り、当該罰則による処罰を阻却される。
(ハ)これに対し、公労法一七条違反の争議行為にあたらず、これに付随して行われた犯罪構成要件該当行為の場合には、その行為が同条項違反の争議行為に際して行われたものである事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきか否かを考察してその違法性阻却事由の有無を判断しなければならない。
 本件建造物侵入は(ハ)を適用したものであるが、(イ)と(ハ)の区別、争議行為そのものか、争議行為に際して行われた行為かについて、香城の解説は、公労法一七条一項の前段に定められた「正常な運営を阻害する行為」及び後段に定められた共謀、そそのかし、あおりの行為が、本件での公労法違反の争議行為と呼ばれているものとする。
  これは久留米駅事件方式の臼井滋雄の評釈による区別と異なると考えられる。つまり臼井のいう争議行為は最高裁判例にもとづいて消極的限度にとどまるものとして、積極的業務妨害とは区別する論点であるが、公労法のいう争議行為「正常な運営を阻害する行為」は最高裁判例での争議行為の限界、消極的限度にとどまるものよりは広い概念だからである。
 これは、次に取り上げる第二名古屋中郵事件の第二小法廷判決とセットで把握するとより明瞭である。直接的な業務妨害で、威力業務妨害罪・不退去罪に問われたケースだが、(イ)を適用していることから、積極的業務妨害自体も争議行為の範疇でとらえていることがわかる。また(イ)の適用は、郵便法のような事業法だけでなく業務妨害罪や不退去罪等も対象としていることがわかる。
 してみると、久留米駅事件方式は私企業も含めた指導判例であるが、公労法適用職場については、本件判決により、久留米駅事件方式を発展・総括した側面もあるが、久留米駅事件当時の公労法違反の争議行為にも刑事免責を適用すると前提を否定したのであり、積極的な業務妨害を争議行為の範疇と切り離して、争議付随行為として区別する必要もなくなったのである。前提が異なるゆえに、公労法適用職場については新たな判断基準を定立したものと評価してよいのかもしれない。
 
4.全逓名古屋中郵(第二)事件 最二小判昭53・3・3刑集32-2-97
 事案は被告人H・Nの両名は全逓中央本部執行委員、Uは全逓愛知地本執行委員長、Oは全逓名古屋郵便局支部長であるところ、昭和34年12月3日午後2時15分頃から午
後10時30分頃までの間において、名古屋中央郵便局年賀予備室で意思を通じたうえ受入係補助員Sら数名が小包課長Mの指示により 滞貨小包郵便約140個を搬出しようとするや,その前面に立ち塞がり、これを押し返して搬出を不能にし、更に、Mらが自ら郵袋を搬出しようとして年賀予備室に入室しようとするや,その前面に 多数とともにスクラムを組むなどして入室を不能にし,かつ,その間数回にわたり同郵便局管理者局長庄司清から局外に退去すベき旨の要求を受けたにもかかわらず、これを拒否して退去しなかった。この事実は、威力業務妨害罪、不退去罪に該当するとして起訴されたものである。
 
 一審(昭39・2・20)は、公訴事実に沿う外形的事実を認定したが、威力業務妨害の‥については、当時労働基準法三六条に基づく時間外協定の締結及び年末首繁忙業務に関する取決めがなされていなかったので、年末首繁忙業務に属する本件臨時小包便を取り扱う義務がなく、管理者側の行為しは、違法な業務を強いるものであって、刑法二三四条の保護する業務に該当しないし、公労法一七条一項の「正常な業務」ではないので、これを阻害した被告人の行為は、同条項の禁止に当たるものではないから、労組法一条二項の「正当な行為し」として違法性を阻却されるとし、不退去の‥については違法な業務を阻止して労働条件の維持向上を図るためにされたものであるから、正当な組合活動として、無罪とした。
 二審(原判決昭45・9・30)は、威力業務妨害の点につき、本件臨時小包便の搬出は、全逓との団体交渉をへないままなされたもので不相当ではあるが、やむをえない措置であったから、刑法上保護されるべき義務にあたり、かつ、被告人らの本件行為は、公労法一七条二項に違反するものであるとしたにもかわらず、闘争目的、手段は違法不当でないとし、東京中郵事件の大法廷判決に依拠して、約九時間の郵便物処理の遅延は国民生活に重大な影響を及ぼしていないとして労組法一条二項にいう「正当な行為」として違法性を欠くとした。  不退去の点についても搬出業務阻止に当然随伴する行為として、違法不当とはいえないとした。
 上告審は破棄自判し、被告人らを罰金3万円とした。
(1)要旨
「原判決は、東京中郵事件‥‥に示されたところに従い、公労法一七条一項違反の争議行為であっても労組法一条二項の適用を受けるものと解したうえ、被告人らの行為は違法性を欠くものと判断しているのであるが、その後、当裁判所は、名古屋中郵事件判決‥‥において、右判例を変更し、公労法一七条一項違反の争議行為については労組法一条二項の適用がなく、このように解しても憲法二八条に違反しない旨の新しい見解を示した。‥‥この新しい見解のもとで原判断が維持されるか否かを検討する。
 原判決‥‥が認定した前記事実は、威力業務妨害罪及び不退去罪の構成要件に該当し、かつ、いずれも公労法一七条一項に違反する争議行為であるから、他に特段の違法性阻却事由が存在しない限り、その刑法上の違法性を肯定すべきものである。原判決が違法性阻却を認めるうえで根拠とした、本件行為の目的、手段、影響のいずれの点も、その根拠となるものではなく、他に法秩序全体の見地からみて本件行為の違法性を否定すべき事由は見当たらない。」
 香城敏麿調査官解説は、名古屋中郵事件大法廷判決を次のように要約した。
(イ)公労法一七条一項違反の争議行為が罰則の構成要件にあたる場合には、労組法一条二項の適用はなく、他の特段の違法性阻却理由がない限り、刑事法上これを違法とすべきである。
(ロ)但し、右の争議行為が単なる労務不提供のような不作為を内容とするものであって、公労法一七条一項が存在しなければ正当な争議行為として処罰を受けないようなものである場合には、その単純参加者に限り、当該罰則による処罰を阻却される。
(ハ)これに対し、公労法一七条違反の争議行為にあたらず、これに付随して行われた犯罪構成要件該当行為の場合には、その行為が同条項違反の争議行為に際して行われたものである事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきか否かを考察してその違法性阻却事由の有無を判断しなければならない。
 本件威力業務妨害と不退去は観念的競合の関係に立つ一個の行為であるが、被告人が立ち塞がり、押し返し、スクラムを組むなどして郵便物の運搬を阻止した行為を公労法一七条一項に違反する争議行為そのものと言い切り、(イ)を適用したのであり、(ハ)を適用した大法廷判決の建造物侵入との違いは、建造物侵入によって、直ちに業務の正常な運営が阻害されたわけではないためである。
 
(2)三六協定未締結の状態での時間外労働は労働基準法に反しても、刑法によって保護される業務であることを再確認
  この論点は、原判決が認めていることであり、この最高裁判決ではふれてないが、すでに仙台鉄道管理局(春闘仙台駅)事件最二小判昭48・5・25刑集27-5-1115、判タ297号342で決着がついている事柄であって、同様にいわゆる三六協定務締結の状態において時間外労働の業務命令が下された場合右命令は労基法に違反するが、だからといって右命令に基づく業務が刑法234条の業務に該当しないというものではないことを判示した例として、国労倉敷駅春闘事件第一審判決 岡山地判昭50・1・17、動労糸崎駅事件広島高判昭48・8・30 判タ300、労判184がある。
 争議目的で組合が、三六協定の締結を拒否する場合、労働法上反していてもも国鉄や郵政の当局は業務命令をしているのである。労働基準法違反の時間外労働も市民刑法により保護されているというのは、法秩序の総合的見地に含まれるものだといってよいし、最終的には労働法でなく市民法を優位にみている点、安心感のもてる司法判断である。
参考【 春闘仙台駅(仙台鉄道管理局)事件上告審(最二小判昭48・5・25)刑集27-5-1115、判タ297号342頁
 はじめに要所だけのべる。
「労働基準法の適用を受ける者に対する職務命令が、同法所定の労働時間の制限を超えて就労することをもその内容としており、かつ、その者の就労が右制限を超えたからといつて、そのために職務の執行が具体的権限を欠いて違法となるものではなく、これに対して暴行脅迫を加えたときは公務執行妨害罪の成立を妨げない」である。
 労働基準法に違反する就労時間の業務であっても、具体的権限が消滅し違法なものとなるわけではない。現実に国鉄は、組合がストライキを構えた場合、三六協定未締結でも列車を運行するため職務命令をしているし(動労糸崎駅事件)、従って、労働基準法違反の労働時間の業務であるということを口実として、非組合員や正当な業務を行っている労働者に有形力を行使して妨害することは違法である。
 私の考えだがこの判決は、労働基準法違反の職務命令による職務行為であっても有効であることを示し具体的権限は労働基準法の時間規制で消滅するものではないこと。職員は労働基準法違反の職務命令であっても原則従うべき性格のものであることを示したといえるのではないか。
   *
 本件公務執行妨害傷害被告事件は、調査官解説にも登載された重要判例であるがその意味は、本件事件当時(昭和39年春闘)、国鉄当局と国労、動労との間で三六協定を締結されていなかった状況で、八時間を超える労働についての職務命令と非組合員に対する業務阻害の適法性が争われたことによる。
 被告人は全電通宮城県支部執行委員、総評宮城県オルグで、上部機関である公労協の昭和39年4月11日の要請により国労仙台地本、動労仙台地本のストライキ準備態勢を支援するため、遵法闘争支援、乗務員への説得活動支援のために仙台駅構内に動員された者である。
 4月14日国鉄仙台鉄道管理局は組合活動や半日ストに対処するため非組合員を召集し春闘対策本部を設置した。
 被害者Aも召集された1人で、総務部労働課に勤務し、対策本部長の指揮下に駅構内の警戒、組合員の行動の監視、違法行為の阻止、排除、本部長の命令の伝達等の任務を課せられていた。4月15日午前6時から右職務に従事し、午後2時40分になって、国労組合員による列車車体のビラ貼り行為が始まり、当局によるビラ剥がしも始まったので、Aも国鉄総裁によって禁止されているビラ貼り行為を違法なものとして、これを阻止、排除すべく、ビラ剥がし行為に加わったところ、2時45分頃3番ホームの青森発仙台止まりの「あけぼの」号ビラ剥がし行為に従事中、国労仙台地本副委員長と口論になり、その後、支援組合員が激しく抗議、30名ほどに取り囲まれてもなお強引にビラ剥がしを続行したことから、被告人は、非組合員Aの右顔面を右手拳で強打し、全治6日間の下唇粘膜下出血及び粘膜挫創の傷害を負わせ、同人の職務執行を妨害した件につき公務執行妨害罪が成立するかが争点になった。
 一審判決は、午前6時からの勤務といっても45分の休憩があるため、午後2時45分は八時間を超えない範囲にあり、国鉄当局は具体的権限を有し、ビラ貼りは違法であるとして、公務執行妨害罪と傷害罪の観念的競合を認めた。
 ところが二審仙台高裁判決は、被害者Aに労働基準法上の休憩時間は与えられておらず、八時間の労働時間は、本件暴行時間の約40分前の午後2時に終了していたと認めるのが相当であるとし、労働基準法32条1項は、強行規定であり、たとえ相手方の同意、承諾にもとづいても、許容されることはないから、重大な違法性を帯有していたというべき命令部分をもってして、Yの職務行為に対し、公務執行妨害罪の保護法益たるに値する適法性を付与しないとして、公務執行妨害罪の成立を否定し、傷害罪の成立のみを認めた。
 これに対して検察官が上告し、最高裁は原判決を破棄して自判し、公務執行妨害罪と傷害罪の観念的競合を認めた。
「原判決によれば、右Aに対し発せられた本件職務命令は、昭和三九年四月一五日午前六時から仙台駅構内において組合員の行動の監視、違法行為の阻止および排除等の任務に従事すべきことを内容とし、執務時間についてはあらかじめ制限を付さない趣旨のものであつたというのであり、これによれば、右命令が同人に対し、前記の職務に従事すべき労働関係上の義務を課するものであるとともに、その反面、右職務を執行する権限をも付与する性質のものであることが明らかである。一方、労働基準法三二条一項は、就労時間の点で労働者を保護することを目的とし、また、もつぱら使用者対労働者間の労働関係について使用者を規制の対象とする強行規定であるが、右の目的と関わりのない、労働者とその職務執行の相手方その他の第三者との間の法律関係にただちに影響を及ぼすような性質のものではない。してみると、本件職務命令に右強行規定の違反があつたとしても、その法意にかんがみ、その違反は、右命令のうち前記Aに対して就労を拘束的に義務付ける部分の効力に影響を及ぼし得るにとどまり、職務執行の権限を付与する性質の部分についての効力にまで消長をきたすべき理由はないと解するのが相当であつて、本件における右Aの職務行為は、その与えられた具体的権限に基づいて行われたものであると認めるのに十分である。
 そして、右Aの行為自体は、列車車体にほしいままに貼付されたビラを取りはがして原状を回復するというものであつて、もとより日本国有鉄道の本来の正当な事業活動に属し、作業の方法、態様においても特段の違法不当な点は認められないのであるから、右が適法な公務の執行というべきものであることは疑いの余地がない。
 すなわち、本件のように、法令により公務に従事する者とみなされる日本国有鉄道職員であつて労働基準法の適用を受ける者に対する職務命令が、同法所定の労働時間の制限を超えて就労することをもその内容としており、かつ、その者の就労が右制限を超えたからといつて、そのために職務の執行が具体的権限を欠いて違法となるものではなく、これに対して暴行脅迫を加えたときは公務執行妨害罪の成立を妨げないと解ずるのが相当である。
 そうすると、これと異なる見地に立ち、被告人の本件所為につき公務執行妨害罪の成立を認めなかつた原判決は、法令の解釈適用を誤り、ひいて事実を誤認するにいたつたものであつて、これが判決に影響することはいうまでもなく、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。 」
 秩序を重んじる石田和外コート末期のまともな判決と評価できる。
 5..国労松山駅事件 最二小判昭53・3・3刑集32-2-159
 被告人3人は国労四国地本執行委員長、四国地本書記長、四国地本執行委員であるところ国労組合数百名と意思を通じ、昭和37年3月31日午前3時40分から約2時間にわたり、松山駅構内での列車の運行を阻止するため、組合員数百名を指揮し、上り2番線路上に機関士甲が乗り込んで発車すべく待機中の準急列車の前方線路上に集合して立ち塞がり、再三の立退き要求にも応じず、列車二本の発進を不能にし、続く列車を27分間乗務員による発進を不能にし国鉄の業務を妨害した。
 一審松山地判昭43・3・26、被告人らの行為は威力業務妨害罪に該当するとしつつも東京中郵判決に示したところに従い、公労法17条1項違反の争議行為であっても労組法1条2項の適用であり、本件行為は刑事制裁を加えなければならないほどの反社会性を有しないので違法性を欠くとし無罪。
 控訴審(原判決)高松高裁46・3・26は、従来の労使慣行を無視して抜打的に少数組合と妥結し、多数組合である国労に押し付けようとしたことは国鉄にも責任があり、列車乗務員への有形力の行使、信号所機能への妨害行為また他は暴力の行使を含まず、早朝閑散時を選ぶなど実害は大きくなく、国民生活に重大な影響を与えていないとして一審の判断を是認した。
 上告審判決は破棄自判、威力業務妨害罪、共同正犯(234条、233条、60条)
「原判決及び第一審判決は、いずれも東京中郵事件判決に示されたところに従い、公労法一七条一項違反の争議行為であつても労組法一条二項の適用を受けるものと解したうえ、被告人らの行為は違法性を欠くものと判断しているのであるが、その後、当裁判所は、名古屋中郵事件判決(‥五二年五月四日大法廷判決‥‥)において、右判例を変更し、公労法一七条一項違反の争議行為については労組法一条二項の適用がない旨の新しい見解を示した。そこで、‥‥新しい見解のもとで右各判決の判断が維持されるか否かを検討する。  原判決‥が認定した前記事実は、威力業務妨害罪の構成要件に該当し、かつ、公労法一七条一項に違反する争議行為であるから、他に特段の違法性阻却事由が存在しない限り、その刑法上の違法性を肯定すべきものである。そして、原判決が違法性阻却を認めるうえで根拠とした諸事情は、犯情として考慮しうるにとどまり、右の特段の違法性阻却事由にあたるものとは解されず、他に法秩序全体の見地からみて本件行為の違法性を否定すべき事由は認められない。‥」
 名古屋中郵事件方式の判断基準により有罪とした判例である。
 香城敏麿調査官が名古屋中郵判決の要点を3点にまとめている。。
(イ)公労法一七条一項違反の争議行為が罰則の構成要件にあたる場合には、労組法一条二項の適用はなく、他の特段の違法性阻却理由がない限り、刑事法上これを違法とすべきである。
(ロ)但し、右の争議行為が単なる労務不提供のような不作為を内容とするものであって、公労法一七条一項が存在しなければ正当な争議行為として処罰を受けないようなものである場合には、その単純参加者に限り、当該罰則による処罰を阻却される。
(ハ)これに対し、公労法一七条違反の争議行為にあたらず、これに付随して行われた犯罪構成要件該当行為の場合には、その行為が同条項違反の争議行為に際して行われたものである事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきか否かを考察してその違法性阻却事由の有無を判断しなければならない。
 本件はこの基準の(イ)に当たると説明されている。
6. 動労南延岡機関区事件最一小判昭53・6・29刑集32-4-759
 被告人三名は、動労西部地評事務局長、動労大分地本執行委員長、動労大分地本副委員長であるところ、大幅賃上げ、合理化反対、最低賃金制確立、スト権奪還等を目的として昭和40年3月17日に時限ストを分頃までの行った際、その主張を貫徹させるため列車の運行を阻止しようと企て、動労組合員約500名と意思を通じて、同日6時24分から同7時15間、南延岡機関区入出区4番線付近で、発進予定の機関車の側面でスクラムを組み、之に乗車しようとした機関士甲外1名に「裏切者」と怒号するなど気勢をあげ、その乗降口に塞がり、動労組合員の排除にあたった鉄道公安職員約100名を押し返すなどして乗務員両名の乗車を妨げ、威力をもって国鉄業務を妨害したというものである。
 なお、本件代替乗務員らは、かつて動労であったが脱退届は出されず数か月前に「新国労」に加入したという事情がある。
 一審は威力業務妨害罪の構成要件に該当するとしながら、東京中郵事件と同趣旨の法律判断により無罪、二審も正当な争議行為として無罪。上告審は破棄自判、威力業務妨害罪、共同正犯(234条、233条、60条)罰金刑。
(要旨)
「原判決及び第一審判決は‥‥東京中郵事件判決(‥‥四一年一〇月二六日大法廷判決‥‥)に依拠して労組法一条二項の適用を認め、正当な争議行為として威力業務妨害罪の違法性阻却を肯定したものである、しかし、その後、当裁判所大法廷は、名古屋中郵事件判決(‥‥五二年五月四日大法廷判決‥‥)において、東京中郵事件の判例を変更し、公労法一七条一項違反の争議行為については労組法一条二項の適用がない旨の新たな判断を示している。そして、原判決及びその支持する第一審判決が認定した被告人らの行為は、威力業務妨害罪の構成要件に該当し、かつ、公労法一七条一項に違反する争議行為にあたるものであるから、他に特段の違法性阻却事由がない限り、争議行為であるということだけでは違法性が阻却される余地はなく、原判決が認定した被告人らの行為の目的、手段・態様及び付随的事情を考慮しても、威力業務妨害罪としての違法性になんら欠けるところはないというべきである。 」
 前掲国労松山駅事件とし同じ名古屋中郵事件方式により有罪の判断を下している。
  7. 日教組スト事件 最一小平成元年・12・18刑集43-13-88
   昭和48年10月第4次中東戦争に伴う石油危機により日用品は物不足となり、消費者物価は49年2月に前年比26.3%に達したことを背景とし労働事件も激増したが、日教組は昭和49年春闘における公務員共闘の統一闘争として、4月11日組織発足以来初の全一日ストを敢行したが、警視庁はじめ12都道府県警が、地公法違反容疑でスト当日の夕方から組合事務所等を家宅捜索し、M・M日教組委員長ら22人の幹部を検挙した。
 被告人はM・M日教組委員長、M・T都教組委員長であり地公法61条4号の罪で起訴された。、事案の概要は判決文に摘示されているとおりである。一審東京地判昭55・3・14は両名ともあおり企て罪、あおり罪・包括1罪、共同正犯、罰金刑10万円に処したが、二審東京高判昭60・11・20は、検察側り量刑不当の控訴趣旨を容れ、日教組委員長を懲役六月、都教組委員長を懲役三月、いずれも執行猶予一年に処した。
 被告人両名の上告による上告審は棄却。
(判決抜粋)
「第一 被告人M・Mは、日本教職員組合の中央執行委員長であったものであるが、昭和四九年春、春闘共闘委員会、日本公務員労働組合共闘会議の統一闘争として、日教組傘下の組合員である公立小・中学校教職員らをして、「賃金の大幅引上げ・五段階賃金粉砕、スト権奪還・処分阻止・撤回、インフレ阻止・年金・教育をはじめ国民的諸課題」の要求実現を目的とする同盟罷業を行わせるため、
 一 関係役員らと共謀の上、(1)同年二月二五日及び二六日に開催された日教組第四四回臨時大会において、日教組傘下の小中学校教職員らをして同年四月中旬に同盟罷業を行わせること等を決定し、(2)同年二月二八日ころ、日教組中央闘争委員長M・M名義の傘下都道府県教職員組合委員長あて指示第一八号を発出して、右臨時大会における同盟罷業の実施についての決定を伝達するとともに同盟罷業実施体制の確立を指示し、(3)同年三月一九日に開催された日教組第五回全国戦術会議において、右同盟罷業は第一波同年四月一一日全一日、第二波同月一三日早朝二時間などと配置すること等を決定するなどし、
 二 関係役員らと共謀の上、(1)同年三月二九日、日教組本部名義の「春闘共闘戦術会議の決定を受け、公務員共闘は四月一一日第一波全一日ストライキを配置することを決定した。各組織は闘争体制確立に全力をあげよ。」との趣旨の指令を北海道、東京都、岩手県、埼玉県、広島県の各県教組あてに発出し、右指令の趣旨を同各県教組傘下の小・中学校教職員多数に対し伝達し、(2)同年三月末ころから同年四月初めころまでの間、右指令と同趣旨の記事を登載し、かつ「歴史的な全一日ストを総力をあげて成功させよう。」などと記載した日教組教育新聞を同各県教組傘下の教職員多数に対し頒布し、(3)同年四月九日、日教組本部名義の「日教組第五回全国戦術会議の決定に基づき予定どおり四月一一日全一日ストライキに突入せよ。」との趣旨の行動要請を北海道、岩手県、広島県の各県教祖あてに発出し、右行動要請の趣旨を同各県教組傘下の教職員多数に対し伝達するなどし、(4)なお、右(3)と併せて東京都教職員組合あてにも同様の行動要請を発出したが、その趣旨を都教組傘下の一般教職員に対し伝達するには至らなかった。
 第二 被告人M・Tは、都教組の執行委員長代行ないし執行委員長であったものであるが、昭和四九年春、春闘共闘委員会、日本公務員労働組合組合共闘会議の統一闘争として、傘下の組合員である公立小・中学校教職員らをして、前記第一の要求実現を目的とする同盟罷業を行わせるため、
 一 関係役員らと共謀の上、(1)同年三月八日に開催された都教組第五七回臨時大会において、傘下の小・中学校教職員らをして同年四月中旬に同盟罷業を行わせること等を決定し、(2)同年三月一三日ころ、都教組執行委員長代行M・T名義の都教組各支部長・分会長あて指示第八二号を発出して、右臨時大会における同盟罷業の実施についての決定を伝達するとともに同盟罷業実施体制の確立を指示するなどし、
 二 関係役員らと共謀の上、(1)同年三月二九日ころから同年四月八日ころまでの間、同年三月二九日日教組本部名義で発出された前記第一の二(1)の指令の趣旨を傘下の小・中学校教職員多数に対し伝達し、(2)同年四月三日に開催された第一回E支部長・書記長会議において、「七四春闘一日・半日スト行動規制」及び「七四春闘一日および半日ストを成功させるための取組みの基本」と題する都教組執行委員会名義の文書を配布して同月一一日の同盟罷業に際し組合員のとるべき行動を指示し、同月三日ころから同月一〇日ごろまでの間、右指示の趣旨を傘下の小・中学校教職員多数に対し伝達するなどした。
 以上の事実関係のもとにおいては、右第一の一、第一の二(4)、第二の一の各行為は、地方公務員法六一条四号にいうあおりの企てに当たり、第一の二(1)ないし(3)、第二の二の各行為は、同号にいうあおりに当たるものというべきであり‥‥、また、右第一、第二のように、同盟罷業の遂行をあおることを企てた上当該同盟罷業の遂行をあおった行為は、犯罪の性質、同号の規定形式、法定刑等に照らし、それぞれ包括して同号の罪を構成するものと解するのが相当であるから、これと同旨の原判断は、正当である。 」
 永井敏雄調査官解説の要点。 「あおり」については判例上、次のように定義されている。「違法行為を実行させる目的をもって、他人に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、又は、すでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えること」(全農林警職法判決刑集27-4-560頁、岩教組学力調査事件刑集30-5-1192頁)あおりの企てとは「違法行為のあおり行為の遂行を計画準備することであって、行為発生の危険性が生じたと認めうる状態に達したもの」(全農林警職法判決刑集27-4-560頁)
 本判決の上告趣旨は、あおりはもっぱら感情に訴える慫慂行為を指し、感情に訴える要素のないものはこれに当たらない等、あおりを限定的に解釈すべきという構成要件該当性を争ったが、本判決はこの上告趣旨を退けた。従って、判例の定義にいう「勢いのある刺激を与えること」が必ずしも感情に訴える慫慂行為のみを意味するものではない。
 なお「あおり」」の訴因の内容について、過去の例では、会議あおり、議案の提出そのもの及び趣旨説明をあおりとした例、激励のあいさつ、指令あおり、オルグあおり、現場(演説)あおりがあったことを類型的に説明している。
8.岩教組スト事件最一小判平元・12・18刑集43-13-1223
 本件は岩教組のストライキに関する事件である。日教組は、昭和49年4月11日、全国規模で組織発足後初の全一日のストを実施したが、岩教組委員長である被告人は傘下の公立学校教職員をあおるなどしたとして、あおりの企ての罪及びあおりの罪(地公法61条4号、37条1項前段)により起訴された(このストライキにより岩手県下の公立小・中学校総数七六六校のうち、七四三校の教職員約六一〇〇名がこれに参加し、このため四七校で早退の措置が採られ、六五七校で自習の措置が採られた)。
 上告審は「あおりの企て」の意義を限定的に解して無罪とした原判決を破棄し、仙台高裁に差戻したものである
(1)公訴事実要旨
 被告人は、岩教組中央執行委員長であるが、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、公務員共闘統一闘争として、「賃金の大幅引上げ・五段階賃金粉砕、スト権奪還・処分阻止・撤回、インフレ阻止・年金・教育をはじめ国民的諸課題」の要求実現を目的とする同盟罷業を行わせるため、
(一)槇枝元文ら日教組本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、昭和四九年三月二一日岩手県産業会館において岩教組第六回中央委員会を開催し、その席上、日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し、これらをうけ、公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、前記要求実現を目的として、同年四月一一日第一波全一日・同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせること、組合員に対し同盟罷業実施体制確立のための説得慫慂活動を実施することなどを決定し、もって、地方公務員に対し同盟罷業の遂行をあおることを企て、
 (二) 
(1)槇枝元文ら日教組本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、同年三月二九日日教組本部日教組本部が発した岩教組あて「春闘共闘戦術会議の決定をうけ公務員共闘は四月一一日第一波全一日ストを配置することを決定した、各組織は闘争体制確立に全力をあげよ」との電報指令をうけて、翌三〇日岩教組本部において、岩教組各支部長あて同本部名義の「春闘共闘、公務員共闘の戦術決定をうけ、日教組のストライキ配置は四月一一日全一日と正式決定した」との指令を発し、同年三月三〇日ごろから同年四月八日ころまでの間岩手県内において、傘下組合員である公立小・中学校教職員多数に対し、岩教組支部役員らを介し、右指令の趣旨を伝達し、(2)槇枝元文ら日教組本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、同年四月九日日教組本部が発した「予定どおり全国戦術会議の決定にもとづきストライキに突入せよ」との電話指令をうけて、同日前記岩教組本部において、岩教組各支部長あてに「日教組教組電話指令」として右指令を伝達した上、同日ころから翌一〇日ごろまでの間岩手県内において、傘下組合員である公立小・中学校教職員多数に対し、岩教組支部役員らを介し、右指令の趣旨を伝達し、もって、地方公務員に対し、同年四月一一日の同盟罷業の遂行をあおったというものであって、その罰条は、地方公務員法六一条四号、三七条一項、刑法六〇条である。

(1)あおり等の意義の判例の変遷
 地公法は37条1項前段で、地方公務員が争議行為をすることを禁じているが、同法61条4号はその遂行の共謀、そそのかし、あおり又はこれらの行為の企てのみを処罰の対象としており、このような規制の方法は国公法も同じである(同法98条2項前段、110条1項17号)。
 これらの法条にいう「あおり」とは「違法行為を実行させる目的をもって、他人に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、またはすでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺激をあたえること」をいい(全農林警職法(本省)事件大法廷判決、岩教組学力調査事件大法廷判決)、「あおりの企て」とは、「右のごとき違法行為の‥‥あおり行為の遂行を計画準備することであって、違法行為の危険性が具体的に生じたと認めうる状態に達したもの」をいう(全農林警職法(本省)事件大法廷判決)。
 「あおり」の意義を限定する考え方は判例変更された都教組事件判決や全司法仙台事件判決にみられる「通常随伴行為不可罰論」にみることができる。これは全逓東京中郵事件の「刑罰最小限度論」に発展させたもので、公務員の一切の争議行為を禁止し、その遂行のあおり等の行為をすべて処罰する趣旨だとすれば、限度を超えて争議行為を禁止して、違憲の疑いを免れないとしたうえ、労働基本権を尊重している憲法の趣旨と調和しうるよう解釈するときは必要やむを得ない限度を越えて争議行為を禁止し、必要最小限度を越えて刑罰の対象としているものとして、違憲の疑いを免れないとしたうえ、労働基本権を尊重している憲法の趣旨と調和するように解釈するときは、あおり行為等の対象となる争議行為について強度の違法性が必要であり、かつ、あおり行為等についても、争議行為に通常随伴する行為を除く、違法性の強いものであることを要すると解すべきであるとし、いわゆる「二重のしぼり論」による限定解釈を行った。
 この「通常随伴行為不可罰論について」全農林警職法判決は「一般に争議行為が争議指導者の指令により開始され、打ち切られる現実を無視するばかりでなく、‥‥このように不正確な限定解釈は、かえって犯罪構成要件の保障機能を失わせることになり、その明確性を要請する憲法三一条に違反する疑いすら存する」と批判し、岩教組学力調査事件は「労働組合という組織体における通常の意思決定手続に基づいて決定、遂行される違法な争議行為については、実際上、当該組合の何人に対しても個人的な責任を問うことができないということに帰着するのであって、とうてい容認できるものですることのできないところといわなければならない。」と厳しく批判され、明確に「刑罰最小限度論」、「通常随伴行為不可罰論」は排斥されたのである。
 
(2)一審・二審のあおり行為等限定論
 
 一審判決(盛岡地判昭57・6・11刑集43-13-1326)は事実認定及び構成要件のあてはめ問題で被告を無罪とした。判旨は地方公務員61条4号にいう「あおり」「あおりの企て」等は、それ自体 、それ自体で客観的にみて、同法の禁止する争議行為の実行に対し、現実に影響を及ぼすおそれのあるもの、すなわち、それ自体において真に争議の原動力となり、現実にその実行を誘発する危険があると認められる真剣さないし迫力を有するものであることを要し、また、組合幹部の地位にある者が関与したというでは足りず、その者が当該扇動行為に対し現実に原動力になるような役割を果たすことを要すると、あおり行為等を限定的に解釈したうえ、県教組委員長の行為が「あおり」「あおりの企て」に当たらないとした〔金谷暁論文参照〕。
 二審(仙台高判昭61・10・24高刑集39-4-397)は日教組のストライキ実施の方針、指示に基づき、県教組中央委員会においてスト突入体制確立のための方針案を決定したことが、組織上、規約上スト決行に不可欠なものとはいえず、またスト決行に直接働きかけ、その原動力となす役割を果したものとはいえないとして、地方公務員法61条4号の「あおりの企て」には当らないとされた事例。控訴を棄却して一審判決を維持した。

(3)要旨
 「‥‥地方公務員法六一条四号所定のあおりの企ての罪の成否につき、検討する。
 1 本件公訴事実(一)のあおりの企ての罪につき、第一審判決は、被告人が岩教組本部役員及び日教組本部役員らと共謀の上、岩教組第六回中央委員会において、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した点を含め、公訴事実記載の外形的な事実の存在は、おおむねこれを認めたものの、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定したことがあおりの企てに該当するか否かを明言せず、同委員会において決定された具体的な取り組みの内容は、いまだあおりの企てには該当しないとの判断を示して、あおりの企ての罪の成立を否定した。
 また、原判決は、前記公訴事実中、岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分については、それ自体が訴因の内容とされていたか否かにつき疑問があるとした上、‥‥同委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることが決定されたものとは認定できず‥‥いまだあおりの企てには該当しないとして、結論において第一審判決の判断を支持した。
 2 そこで、本件公訴事実(一)の記載中、岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分が訴因の内容とされていたか否かにつき検討すると、その記載自体に照らして、右部分はあおりの企ての訴因として最も重要な部分を構成しているものと解される上‥‥右部分が訴因ではなく単なる事実経過にすぎないとの趣旨はうかがわれないのであって、右部分が訴因の内容をなしていたことは明らかであり、この点に疑問があるとする原判断は、失当である。
 3 また、岩教組第六回中央委員会の意義につき検討すると‥‥被告人は、岩教組の中央執行委員長の職にあり、昭和四九年春の日教組指令による同盟能業に向けて準備活動を重ねてきた、同盟能業が二〇日ほど後に迫ってきた時期の第六回中央委員において同盟能業の日が一部変更されたことなどを確認した上で七四春闘は日教組指令によって闘うこととして同盟業実施体制確立のため各種会議・集会の開催などの具体的な取り組みを行うことを決定したものであって、右決定は、指令の伝達などによって同盟能業の遂行をあおるための体制を維持、継続する作用を有し、一連の経過にも照らせば、まさに同盟能業のあおり行為の遂行を計画準備する為であって、同盟能業発生の危険性が具体的に生じたと認め得る状態に達したものであると認められ、地方公務員六一条四号にいうあおりの企ての罪を構成するものというべきである(最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇同四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻四号五四七頁参照)。いわゆる岩手県教組事件判決(最高裁昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁)は、地方公務員法六一条四号の合憲性を説示するに当たり、「これら共謀等の行為は、争議行為の原動力をなすもの、換言すれば、全体としての争議行為の中でもそれなくしては右の争議行為が成立しえないという意味においていわばその中核的地位を占める」旨を説示しているが、右説示は、同号に定める共謀等の行為全体を争議行為そのものと対比した場合において、前者が後者にとって一般に不可欠の性質を有する点を指摘したものであり、共謀等の行為が同時に又は順を追って併存する場合において、争議行為に対して原動力となる共謀等の行為が一つ存在すれば、そのゆえに他の共謀等の行為の原動力性が否定されるなどという趣旨を含むものではなく、原判決があおりの企てに当たるためには、当該行為が原動力性を有する唯一の行為であることを要するかのようにいう点は、失当である。‥‥」
 永井敏夫調査官解説の要所は、原判決は岩教組第六回中央委員会が同盟罷業を行うことの可否が再提案され、討議可決されたものではないとしているのに対し、創設的な決定でなく、確認的な決定であっても「指令の伝達などによって同盟能業の遂行をあおるための体制を維持、継続する作用を有する」本件のような行為は、「あおりの企て」に該当する判示したこと。
 また岩教組学力調査事件大法廷判決の「原動力」の意義を敷衍し、原判決が、あおりの企てに当たるためには、当該行為が原動力性を有する唯一の行為であることを要するかのようにいう点は、失当とし、争議行為過程で中核的な地位を占めるものだけに限定する解釈を排斥したことである。

9.埼教組スト事件  最三小判平2・4・27刑集44・3・1
 被告人は、埼教組中央執行委員長であったものであるが、昭和四九年春、日教組及び埼教組関係役員らと共謀の上、同年三月二九日に開催された埼教組第五回拡大戦術会議において、傘下の各支部、市町村教職員組合役員らに対し、「日教組からスト決行日を四月一一日全一日に決定するという指令が来たのでストの決行日が正式に決まった。埼教組もBの統一ストの中でストライキを成功裡に行わなければならない。」などと申し向けるとともに、右同盟罷業に際して組合員のとるべき行動を指示し、さらに同年三月二九日ころから同年四月一〇日ころまでの間、右会議参加者らを介し、傘下の組合員多数に対し、右指令及び指示の趣旨を伝達した。一審浦和地判昭60・6・27あおりの罪(地公法61条4号)罰金10万円の有罪判決、検察(量刑不当)・弁護側双方が控訴、二審東京高判昭63・5・10判時1278は棄却、上告審も棄却、原判決の判断は正当とした。
 (園部逸夫裁判官の反対意見)
 「私は、地方公務員法三七条一項、六一条四号の規定と憲法二八条等との関係に関する法理論については、多数意見と見解を異にしており、東京中郵事件判決(‥四一年一〇月二六日大法廷判決‥‥)を継承した都教組事件判決(‥‥四四年四月二日大法廷判決‥‥)のとる見解の基調に従うものである。すなわち、多数意見が引用する近時の当審判例のように、財政民主主義等の理由から直ちに公務員の団体交渉権及び争議権が憲法上当然に保陣されているものでないとの結論を導くのは、いささか性急な理論構成というべきであり、公務員も含めた勤労者に対する憲法上の労働基本権の保障が国民一般の憲法上の諸利益の享受と対立する関係にある場合には、両者の均衡と調和という観点から、具体的な事案に応じ、可能な範囲において、合理的な解釈を施すことが必要である。そして、本件における地方公務員の争議禁止規定及びこれに関連する処罰規定についても、当面は、右のような憲法解釈の見地から、いわゆる制限解釈を施して適用することが望ましいと考えるのである。
 ところで、本件で問題となる争議行為は、埼教組傘下の教職員により埼玉県全域の公立小・中学校で全一日にわたって実施された同盟罷業であり、必ずしも小規模のものであるとはいえないが、他方、その目的は、主として賃金の大幅引上げの点にあったものと認められること、右同盟罷業がいわゆる単純不作為にとどまるものであって、暴力の行使などの行き過ぎた行為を伴わないものであったこと、学校教育という職務は一定の弾力性を有するものであるから、右同盟罷業によって年間計画の実施に一日間の空白をもたらしたことが、直ちに国民生活に重大な支障を及ぼすこととなったとまではいえないこと等の諸点を考慮すると、右同盟罷業が強度の違法性を帯びたものであったとは認められない。また、被告人は、同組合の中央執行委員長という立場において、関係役員らとともに右同盟罷業に関する指令及び指示を傘下の組合員に伝達したにとどまるものであって、その行為は、同組合の行う同盟罷業に通常随伴して行われる程度のものであったと認められ、被告人のあおりの態様が格別強度の違法性を帯びていたとの形跡もない。」
 同判事は退官後皇室法の専門家として女系皇位継承を推進する立場で活躍しているが、この人は、労働基本権尊重の立場から日教組の全一日のストを支持し無罪とすべきとの反対意見を記しているとおり左翼体質の人物であることは明白である。 
 
(五)まとめ (争議行為の合憲性をめぐる判例の変遷)
1.第二期の東京中郵事件判決(昭41・10・26)都教組勤評事件・全司法仙台判決(昭44・4・2)の何が悪質だったか
 この三判決を一口でいえば、「可罰的違法性論」といえる。
東京中郵判決について云えば刑罰最小限度論や「争議行為が‥‥政治的目的のために行われた場合とか暴力を伴う場合とか社会の通念に照らして不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合のような不当性を伴わないかぎり〔いわゆる三つの場合〕刑事制裁の対象とならない。」としている点。可罰的違法性なしと判断される範疇を広く取っており、可罰的違法性論なのである。
 都教組判決や全司法仙台判決にみられる、すべての公務員にいっさいの争議行為を禁止するものではなく、組合の幹部として闘争指令、趣旨伝達等争議行為に通常随伴する行為は刑事罰をもってのぞむことは許されない。違法性の強い争議行為でなければ刑事罰は許されないとしている点もそうである。
(1)市民法秩序を超克する藤木英雄の可罰的違法性論をバックボーンにしていること
 
 この三判決は、藤木英雄東大教授の可罰的違法性論という悪質な学説に依拠している。たとえ違法(犯罪構成要件に当たる)であっても、労働争議においては労組の正当業務として社会的相当性のあるとして可罰的違法なし(無罪)とする理論で、藤木の学説では争議行為の刑事免責の範囲は消極的限度にどどまるものではなく、組織労働者にある程度の積極的な業務阻害、有形力の行使を是認するものである。端的にいえば違法であっても処罰とされない権利を拡大し、階級的ミリバントな労働運動を後押しするものである。
 藤木教授は労働刑法での違法性概念について「労働権の保障の結果それと矛盾する限度で財産権に対する保障が後退するのは当然のこと」「通常の一般市民間でなされた場合に威力ないし脅迫にあたる行為であっても、労働争議という実力闘争の場において常態を逸脱しない‥‥程度の行為については‥‥威力あるいは脅迫にあたらないとして構成要件該当性を否認することにより問題を処理することが許されよう」と述べたわけである。(藤木1967 81頁)市民法秩序を軽視する理論である。争議行為の限界を消極的限度にとどまるとしている最高裁判例を突破し、市民法と労働法のぶつかり合う矛盾を労働法優位に改変とていこうとする志向性を有している。
 また藤木教授はピケッティングについて、「組合員であって争議から脱落した者は‥‥統制力の行使として、緊急の場合、スクラムによる絶対阻止が許される」「組合の組織の防衛をはかる目的で、会社のために就労しようとする者を‥‥強力な威力行使によって、その通行の最終的な阻止を試みることは‥‥場合によっては合法」としてスクラム阻止を容認している(藤木1967 181頁以下)。
 この学説と中郵判決の刑事免責適用を根拠に、争議行為を明文で禁止されているはずの公労法適用職場において、積極的業務阻害であっても、可罰的違法性を欠くとして無罪とする下級審判例が相次ぎ、大きな混乱をもたらした。例えば国労尼崎駅事件神戸地判昭41.12.16判決逆ピケを張った鉄道公安職員に体当たりし負傷者を出したにもかかわらず、正当防衛、渦巻きデモや坐り込みにより電車の発進を阻止した行為を正当な争議行為として無罪、実力ピケを無罪としたものとして動労糸崎駅事件判決島地裁尾道支部昭43.2.26刑事裁判資料201号183頁、国労岡山操車場駅・糸崎駅事件判決広島地裁尾道支部判昭43.6.10判タ225号、動労鳥栖駅事件判決佐賀地判昭45・5・14、国労東和歌山駅事件判決和歌山地判昭46.4.26刑事裁判資料201号81頁、国労松山駅事件判決松山地判昭43.7.10刑集32巻2号191頁、同じく高松高判判決昭46.3.26刑集32巻2号204頁。
 
(2)争議行為を公務員労組の正当業務として認知したと理解され、争議行為を公然化させた。
 (労組法1条2項適用は争議行為が「正当業務」して認知されたと理解された)
 東京中郵判決は争議権の保障・制約=労働基本権の保障・制約という前提に立っており(臼井1976)社会に与えた影響は大きかった。争議行為の民事免責を否定しているとはいえ、適用を認めた労組法1条2項は「団体交渉その他の行為であって‥‥正当なもの」と規定し、刑法35条の適用があるという形式をとっている。刑法35条は法令または正当業務行為の違法性阻却を認めた規定である。したがって禁止とされている争議行為であっても公共企業体等労組の正当業務行為として認知されたように理解された。
 公務員の組合は41年の中郵判決及び44年の都教組事件・全司法事件判決を錦の御旗として、公然と争議行為を行うようになり、スト権奪還を標榜するようになった。
 それまでは勤務時間内職場集会、時間内くい込み行動、順法闘争、安全闘争など称し争議行為という言葉を避けていたが、ストライキとしてこれらの行動を公然と行うようになったのである(高島1979)。
(3)判例変更は左傾化した司法部の是正として政治的に進められた
 東京中郵判決は当時の田中角栄幹事長ら自民党筋から強い非難があり、昭和42年から『全貌』『経済往来』『週刊時事』が労働公安事件での偏向裁判を非難し、その要因として「容共団体」とされる青法協等の影響力が指摘され、裁判所非難が高まる。
   昭和44年の横田正俊最高裁長官退官に伴う、陪席判事石田和外の長官指名は木村篤太郎元司法大臣の推薦を佐藤首相が受けてのものであった。、司法部左翼偏向の是正にリーダーシップのとれる人物としての起用だった。もっとも都教組判決・全司法仙台判決は石田コートの大法廷判決だが、当時は中郵判決反対派が少数であり長官は少数意見に回った。
   同年自民党を刺激する事件がおき、裁判所非難はピークに達する。平賀書簡問題により長沼ナイキ訴訟を担当する札幌地裁の福島重雄裁判長が青法協会員で、自衛隊違憲判決を下す見込みであることが明るみになった。
石田和外長官は政治的中立の名のもとに、「容共団体」青法協会員の任官拒否、46年には青法協に所属していた宮本康昭判事補の再任を拒否するなど辣腕を振い、いわゆる「ブルーパージ」を行った。
  重要なことは石田コートで内閣が任命する最高裁判事には、石田長官が推薦する秩序・公益重視の人物が充てられたということである。我が国の最高裁判事は70歳定年で頻繁に交替するため、次第に中郵判決反対派の判事が増加し、石田長官退官直前の昭和48年4月25日の労働三判決(全農林警職法判決・国労久留米駅事件判決等)の時期にようやく多数派を形成することができたのである。
  この路線で村上コートにおいて昭和51年岩教組学力調査判決、仕上げが藤林コートの昭和52年全逓名古屋中郵判決という非常に優秀な判決であった。これにより第二期の判例を覆し昭和40年代からつづいた裁判実務の混乱は収束される。
石田和外長官は退官後に英霊に応える会会長、元号法制化実現国民会議議長(今日の「日本会議」の前身の一つ)という経歴からみても保守派といえるが、最大の功績は労働事件の左傾化した司法判断の是正に道筋をつけたことにあると私は思う。

2.ターニングポイントとしての久留米駅事件方式による違法性阻却基準の確立
(1) 藤木英雄刑法学説の排除を目的とした久留米駅事件方式
 国労久留米駅事件最大判昭48・4・25は公労法違反の争議行為でも刑事免責が適用されるとした東京中郵判決を判例変更するものではないが、今日でも争議権が認められている私企業では指導判例であり、藤木英雄東大教授の可罰的違法性論を事実上排除するために、違法性推定機能を重視する、次のような違法性阻却判断基準を示したことで時代のターニングポイントとなる判例といえる。
【久留米駅事件方式】
「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について、刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するに当っては、その行為が争議行為に際して行われたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に容れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない。」
   実際、藤木学説を根拠として可罰的違法性を欠くとして無罪とした判例は130件あったが、久留米駅事件方式による違法性阻却判断基準により、他組合員への断続的暴行、逮捕行為を無罪とした原判決を破棄した日本鉄工所事件最二小判昭50・8・27 以降ほぼ完全に姿を消し、実務上可罰的違法論は消え去った[前田1984]。
久留米駅事件方式が、「争議行為に際して行われた行為」という範疇を提示したのは、朝日新聞西部本社事件最大判昭27・10。22、羽幌炭礦事件最大判昭33.5.28といった争議行為の限界を明らかにした指導判例が、正当な争議行為を消極的限度にとどまるものとしているにもかかわらず、可罰的違法性論の影響により、「争議行為に際して行われた」暴行や逮捕行為、積極的業務阻害行為にも刑事免責が適用される下級審判例の傾向があること、中郵判決の影響により争議行為を禁止された国鉄などでも物理的に就労を阻止するピケッティングをも刑事免責してしまう傾向を是正するためであったと考えられる。
中郵判決により公労法適用職場も含めて争議行為が正当業務とされる認知が広まっても、正当化される争議行為には限界があること再確認したともいえる。
「法秩序全体の見地」とは何か。私が思うにこれは労働法の論理で市民刑法の論理を覆すことはできないことを示す含みのある趣旨と理解する。 
   市民法的秩序を基本的に重視されなければならない。それは個人の権利(就労する権利、人身を拘束されない自由、財産権等)の侵害を労働法の論理で超克させないことである。

(2) 公労法適用企業における争議行為に参加しない組合員の権利ないし内部統制否認の法理の確立

 
 久留米駅事件は、信号所で既に就労している職員に対して、勤務を放棄し職場大会への参加を慫慂するための建造物侵入であったためこの論点には触れていないが、久留米駅
大法廷判決より前の全逓横浜中郵事件差戻後控訴審東京高判昭47・10・2が、中郵判決に従って勤務時間内2時間の職場大会それ自体を可罰的違法性なしとしながら、全逓組合員の就労を阻止するマスピケ事犯に対し威力業務妨害罪の成立を認め、その理由として、争議行為が禁止されている郵便局職員は、スト指令に拘束されないとする内部統制否認の法理を示した。
「公共企業体等の職員および組合は公労法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行なつてはならない義務を負っているこというまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合いのものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建て前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する業務を負うとともに権利を有するものである。いいかえれば、公共企業体等の組合がたとえば同盟罷業の決議をしても、その決議は違法であって民間企業の組合の場合のように組合員に対し法的拘束力をもつものではなく、組合員としてはその決議に従わずに就業しても、特段の事由のないかぎり組合の統制に対する違反ないしはいわゆる裏切りの問題は生じないと解すべきである‥‥」
同様の見解は既に札幌市労連事件(札幌市電ピケット事件)最三小決昭45・6・23松本正雄最高裁判事の反対意見に示されていたことであるが、この論理を継承しマスピケ事犯に適用したのが東京高裁の中野次雄判事だった。先駆者として両裁判官の業績を高く評価したい。
 横浜中郵事件差戻後(第二次) 上告審最一小決昭49・7・4は、久留米駅事件方式による違法性阻却判断基準にもとづいて上告を棄却しているのであって、全逓組合員が、郵便局の入口にピケッティングを張り、同局職員の入局を阻止して職務に就かせず、国の郵便局業務を妨害したときは、威力業務妨害罪が成立すること、公共企業体等職員の労働争議の際のピケッティングが違法であるとして、これを鎮圧排除しようとした警察官の実力行使に対してなされた暴行が公務執行妨害罪を構成することして原判決を是認する決定を下している。
 したがって既にこの時点で、中野次雄判事の横浜中郵事件差戻後控訴審判決が示した内部統制否認の法理は、久留米駅事件方式が「法秩序全体の見地」により、労働法の論理によって、市民法的な個人の権利を侵害することを正当化させない含みのある基準をとっていることから実質確立されたといってもよい。
 同様に公労法適用職場の職員は、組合の統制権の行使として争議行為参加を促す勧誘説得を受忍する義務はないと内部統制を否定したものとして以下の判例がある。
●動労糸崎駅事件控訴審  広島高判昭48・8・30 判タ300、労判184
(上告審-最一小決昭51・4・1棄却 刑事裁判資料230)「一切の争議行為が少なくとも労働法上一般的に違法とされている国鉄においては、組合は組合員に対する統制権の行使を理由として、斯る違法な争議行為に参加することを強制することは許されず、組合員は右職場集会実施の組合本部指令に服従すべき義務はなく、従って、これに参加を促がす勧誘、説得を受忍すべき義務もないのである。」とする。
●国労岡山操車場駅・糸崎駅事件控訴審 広島高判昭48・9・13 判時727、判タ301
(上告審-データベースから発見できず)
●動労鳥栖駅事件控訴審 福岡高判昭49・5・25 判時770、判タ311
(上告審-最三小決昭50・11・21棄却 判時801)
●国労尼崎駅事件控訴審 大阪高判昭49・4・24判時743
●国労東和歌山駅事件控訴審 大阪高判昭50・9・19 刑事裁判月報7巻9-10合併号(上告審-データベースから発見できず)
 以上いずれも久留米駅事件方式による違法性阻却判断基準によりマスピケ事犯を無罪とした原判決を破棄として威力業務妨害罪等の成立を認めたものである。「法秩序全体の見地」から組合員個人の権利侵害の違法性を阻却できないという理解でよいと思う。
従って、違法争議行為の指令は、組合員を拘束しないという内部統制否定の法理を初めて言い出したのは、札幌市労連事件(札幌市電ピケット事件)最三小決昭45・6・23の松本正雄反対意見であるが、それを正当な論理としたのが久留米駅事件方式の成果といえるのである。
 なおこの論点について、純粋に組合の統制権が争点となった国労広島地本事件上告審 最三小判昭50・11・28民集29-10-1634 判時798は「公労法に違反して行われる争議行為とこれに対する組合員の協力義務関係について‥‥争議行為に対する直接の効力(争議行為の参加)については、これを組合員に強制することはできないと解すべきである。禁止違反の争議行為の実行に対して刑罰や解雇等の不利益な法的効果が結びつけられている場合に、その不利益を受忍すべきことを強いるのが不当であることはいうまでもなく、また、右のような不利益を受ける可能性がない場合でも、法律は公共の利益のために争議行為を禁止しているのであるから、組合員が一市民として法律の尊重遵守の立場をとることは是認されるべきであり、多数決によって違法行為の実行を強制されるいわれはない。‥‥」と判示しているので、内部統制否定の法理は確定的なものとして理解してよいと考える。

3.第三期の判例と第二期の判例の違いについて
(1)労組法1条2項の刑事免責は適用されない
 東京中郵判決が公労法違反の争議行為でも労組法1条2項(刑事免責)を適用されるとしたが、名古屋中郵判決により否定された。これによって争議行為が正当業務として認知されることはなくなった。

(2)可罰的違法性論の排除
 東京中郵判決は「公労法17条1項に違反して争議行為をしても、そのことのゆえをもって刑罰を科せられるべきではなく、したがってその行為がなんらかの刑罰法規に触れても違法性を阻却すると解すべきだと判示した。これは藤木英雄東大教授が説いた行為の違法性の相対性の考え方によっている。」(調査官解説)が、名古屋中郵判決では「公労法一七条一項違反の争議行為が罰則の構成要件にあたる場合には、労組法一条二項の適用はなく、他の特段の違法性阻却理由がない限り、刑事法上これを違法とすべきである」「公労法一七条違反の争議行為にあたらず、これに付随して行われた犯罪構成要件該当行為の場合には、その行為が同条項違反の争議行為に際して行われたものである事実を含めて、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、法秩序全体の見地から許容されるべきか否かを考察してその違法性阻却事由の有無を判断しなければならない。」(調査官解説)とし可罰的違法性論は明確に排除された。
 但し「争議行為が単なる労務不提供のような不作為を内容とするものであって、公労法一七条一項が存在しなければ正当な争議行為として処罰を受けないようなものである場合には、その単純参加者に限り、当該罰則による処罰を阻却される」とし刑事制裁対象の範囲を確定した。
(3) 違法性二元論より違法性一元論への転回
 第二期の判列は、「憲法上の正当性を画する基準として民事上の違法と刑事上の違法を区別する違法性二元論の立場」をとり「公労法の違法はその強さにおいて、解雇、損害賠償などの法的効果に結びつくものの、刑罰法規の予定する違法の程度に達してないと解するかぎり‥‥公労法17条1項はその合憲性を保ちうる」とするが(臼井1977b)この基本的立場に立脚した「相対的合憲論」を、第三期の判例により否定し、違法性一元論に転回した。
 つまり次の東京中郵判決の次の判断の否定
「‥憲法の保障する労働基本権を尊重し、これに対する制限は必要やむをえない最小限度にとどめるべきであるという見地から‥‥刑事制裁は、正当性の限界を超えないかぎり、これを課さない趣旨であると解するのが相当である‥‥。争議行為禁止の違反に対する制裁としては解雇と損害賠償とが定められているが、その違反が違法だというのはこれらの民事責任を免れないとの意味である」
 
(4) 「三つの場合」のみ刑事制裁の対象とすることの否定
 東京中郵判決は、刑事制裁の対象となる争議行為を「三つの場合①政治スト、②暴力を伴う、③長期に及ぶなど国民生活に重大な支障をもたらす場合に限定しているが、「三つの場合」は名古屋中郵判決で明確に排除された。
(5) 「通常随伴行為不可罰論」を明確に否定
 都教組勤評判決。全司法仙台判決は組合の幹部としてした闘争指令、趣旨伝達等、争議行為に通常随伴する行為に対しては刑事罰をもってのぞむことは許されないとしたが。
 全農林警職法判決と岩教組学力調査判決はこの判示を明確に排除した。

(6) 刑罰最小限度論の否定
 第二期の判決に共通していえる、労働基本権を尊重する趣旨で 必要の限度をこえて争議行為を禁止し、かつ刑罰は必要最小限度とするという判示は、第三期の判決は明確に否定。
 全農林警職法判決、岩教組学力調査判決は、都教組勤評判決、全司法仙台判決の国公法や地公法は争議行為のうち違法とされるものとされないものを区別し、さらに違法とされる争議行為についても違法性の強いものと弱いものを区別したうえ、刑事制裁を科されるのはそのうちの違法性の強い争議行為に限るものとする趣旨ではないとした。
(7)内在的制約論の否定
 労働基本権の制約原理について第二期の判例が「国民生活全体の利益の保障」という内在的制約論をとっていたのに対し、第三期の判例は制約原理を「勤労者を含む国民全体の共同利益」とする。
 要するに国民生活に重大な影響がなければ争議行為は正当業務といわんばかりの第二期と、ストライキをさせないことが国民の共同利益という第三期は意味合いが全然違う。
(参考文献)

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