民法の成年年齢の引下げの施行方法に関すパブリックコメントその2
以下を法務省に出しました
成人年齢引き下げに強く反対
18歳選挙権は国民投票法成立のため与野党間の取引、民主党の公約を丸呑みしたものである。成人年齢は国民の7割が引下げに反対であり、若者が求めているわけでもない
日本大学法学部民事法・商事法研究会「『民法の成年年齢引下げについての中間報告書」に対する意見」『日本法学』75巻2号2009年の見解に賛同する。明治9年の太政官布告で満20歳に定められ、私法においては、満20歳の成年制度で長い間安定しており、これを引き下げることは混乱を生じるだけだ。安定している法制度をぶち壊すことに強い疑問をもつ。
米国はコモンローの成年は21歳であるが、ベトナム戦争の際、学生運動が盛んになり、18歳以上21歳未満の者は徴兵されるのに選挙権がないのは不当だとの主張がなされ、1971年に選挙権を18歳に引下げた。ドイツも兵役義務が18歳のため1970年に18歳に選挙権が引下げられた。あくまで激しい学生運動を懐柔させる政策だったのである。
米国では45州が18歳、コロラド、ミネソタ、ミシシッピが21歳、アラバマ、ネブラスカが19歳である。私はコロラド、ミネソタ州のように選挙年齢と成人年齢が違っていてもいいと思う。国民の7割が反対しても成人年齢も引下げというのは納得できない
元服儀礼に関する誤解
とはいえ我が国では、元服年齢は若かったのではという人もいるが、元服は今日の成人式とは意味が違う。元服は父の功績にもとづき政治的社会的地位の父子継承表明の場であった。
服藤早苗『家成立史の研究』 校倉書房1991278頁以下の「元服と家の成立過程」によればが参考になった。我が国の元服儀礼は、天皇とその周辺から政治的社会的地位の確立過程で出現し、それが日本的特色であったこと。位階は王権との距離をあらわし本来律令では臣君に仕えて忠をつくし功を積んでから授与されるものであった。野村忠夫『律令官人制の研究』によれば、この位階授与原理は8世紀には確実に遵守され、勅授すら21歳にほぼ蔭位どおりに授与され、祥瑞出現の特例でも20歳だった。(実態としては日本は古い時代から20歳ころが成人と認識されていたといえる)
つまり、元服と叙位は別であった。ところが平安時代になるとこの原則が破られる。とくに転換期となったのが関白基経の嫡男時平と、その弟の仲平・忠平の元服叙爵である。時平は仁和二年(886)正月二日仁寿殿において「天皇手ずから冠をとって」元服儀礼が行われると同時に正五位下に叙位がなされた。宸筆の位記には「名父の子、功臣の嫡」と叙位理由が記載され、こののち元服儀礼は父の功績、政治的社会的地位の父子継承表明の性格が濃厚なものとなるのである。
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