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2017/02/26

民法731条問題。法定婚姻年齢は英国や合衆国の多くの州のように男女共16歳に引き下げるか、ドイツのように配偶者の一方が18歳なら16歳の結婚も可能なあり方とすべきだ。修正版 その2

 虫レラ同然の軽輩にもかかわらず不躾にも長文のメールを送り付ける厚かましい無礼をお許しください。この問題は90年代より関心がありこれだけは納得がいかない法改正なので、国民の一人として声をあげないのは後悔すると思い土壇場の状況ですが意見具申させてください。(ほとんどガス抜きです)このメールはできるだけ多くの国会議員に送付する趣旨なので即刻削除されてけっこうです。もし興味があり、時間があればご笑覧いただけると幸甚に存じます。

 1996年法務省法制審議会民法改正の答申は法定婚姻最低年齢を男18最、女16歳と規定する民法731条を男女とも18歳とする改正案を示したが、日本会議をはじめ根強い反対のある夫婦別姓とのパッケージだったため、これまで棚上げされてきた。しかし、政府は今の通常国会で成人年齢を18歳に法改正と同時に、民法731条の法定婚姻年齢も男女ともに18歳とし、19歳以下でも父母の同意を必要としないあり方に改正する方針である。反対者は少ないようだが、これは結婚し家庭を築く権利という憲法13条の幸福追求権に深くかかわる問題であり、安易に16歳、17歳女子の婚姻資格をはく奪することは人道的配慮に欠くものとして強く反対する。反対理由は以下のとおりである

 

1. 成人年齢引き下げも反対だが、大勢は動かないだろうから関連法案の問題点だけに絞る。それが民法731条だ

  私は、成人年齢引下げ自体反対である。そもそも国民投票法を円満に成立させるために、自民党中川政調会長が成人年齢18歳を公約としていた民主党との取引で、選挙権等を引き下げる方針にしてしまったことが、今日のような事態となっている。

 与野党の政治の駆け引きの道具として使われたことが発端である。国民投票法の趣旨それ自体に反対しないし、憲法9条の改正にも賛成する。しかし、成人年齢引下げは国民の7割が反対であり、若者が求めていたわけでもない。明治9年の太政官布告で満20歳に定められ、私法においては、満20歳の成年制度で長い間安定しており、140年も安定していた法制度をいじる格別の理由はない。サイレントマジョリティーの国民の意見を無視しており、政治家の自己満足のための法改正として非難に値すると考えるものである。1

 米国はコモンローの成年は21歳であるが、ベトナム戦争の際、学生運動が盛んになり、18歳以上21歳未満の者は徴兵されるのに選挙権がないのは不当だとの主張がなされ、1971年に選挙権を18歳に引下げた。ドイツも兵役義務が18歳からなのに選挙権が21歳なのは不公平だとの主張により1970年に18歳に選挙権が引下げられた。それは激しい学生運動を懐柔させる政策だったのである。(国会図書館調査及立法考査局「主要国の各種法定年齢」『調査資料』 2008-3-b)、 しかし徴兵制のない我が国で選挙権を18歳に引下げる理由はないにもかかわらず、政治家だけの思惑で選挙権が引き下げられた。私は全くばかげていたと思う。

 選挙権の次は成人年齢だが、米国では45州が18歳、コロラド、ミネソタ、ミシシッピが21歳、アラバマ、ネブラスカが19歳である。私はコロラド、ミネソタ州のように選挙権とと成人年齢が違っていてもいいと思う。喫煙・飲酒年齢と同じことだ。ミネソタとコロラド州の見識に倣うべきである。

 しかし、もはや国会議員の大勢は引き下げだろうから、今更反対を叫んでも無意味だろう。したがって、成人18歳引き下げを前提とする議論とする。つまり関連法案の調整の問題点のみをとりあげる。それが民法731条である。

 

2.この際男女平等でもよいが、男女とも16歳で結婚可能とするのが妥当

 私は民法731改正にも全面的に反対である。女子婚姻年齢18歳引き上げは30年以上前から日弁連女性委員会や婦人団体が主張していたことで、形式的平等を達成する狙いであった。

 しかし当時の加藤一郎法制審議会民法部会長ですら合理的差別とする学説であるように、積極的な改正する理由はないと思う。

 法制史的には、ローマ法、古典カノン法、コモンローが男子14歳、女子12歳、現教会法が男子16際、女子14歳、大唐帝国永徽令、日本養老令男子15歳、女子13歳、明治民法男子17歳、女子15歳であり、2歳の年齢差は自然なものと認識できるのである。

 宗旨替えはしないし、女性活躍の社会政策が叫ばれていることに追従するつもりはさらさらないが、諸般の事情から、私のように差別を残す考えは少数派だろうからこの際、形式的男女平等に異論を唱えないこととしたい。

 しかし、女子を18歳に引き上げ、16際・17歳女子の婚姻資格をはく奪する暴挙に反対なのである。

 法定婚姻可能年齢の形式的平等の達成は、次のような案でも達成だからだ。

1)男女共16歳に引き下げ、16歳・17歳の場合は従前どおり父母の同意を要するものする。

 合衆国の33州、イングランドがこれに該当する。なおスコットランドでは親の同意がなくても16歳で結婚可能である。

2)男女共18歳を基準としつつも配偶者の一方が18歳以上である場合は、一方の配偶者が1617歳であることを妨げない。

 つまり16-16歳の結婚は不可だが、18-16歳の男女如何にかかわらず合法とするもの

 ドイツがこの方式である。

3)男女共18歳を婚姻適齢とするものの、父母の同意と裁判所の許可により18際未満の結婚を妨げない

 カリフォルニア州がこれに該当する

 私は(1)か(2)が妥当であり(2)が受け入れやすい案と考える。(3)もありうるが例外事例を裁判所の関与で救済するのは我が国の婚姻慣習になじまないと考える。

 したがって、外国の立法例を参考にすると形式的平等の達成は、政府案のように18歳の新成人年齢にそろえる以外の選択肢もあるのだが、それ以外の選択肢についての議論がほとんどないのが問題である。

 18歳にそろえるのはソ連の婚違法制がモデルであり、いわば社会主義国モデルであり、外国の立法例で18歳未満の結婚を全面的に否定するという例は少ない。なぜソ連モデルでなければならないか。それは日弁連や婦人団体が古くから主張していたことで、メンツを立てるためにもそれ以外の選択肢はないということで思考停止状態になっているためである。

 なお、16.17歳女子婚姻資格はく奪に反対している専門家としては、滝沢聿代 「民法改正要綱試案の問題点()」『法律時報』66巻12号1994年11月がある。

3. 1996年法制審議会の「婚姻年齢18歳は世界的趨勢」は偽情報であり国民をだましている

 女子婚姻年齢18歳引上げの理由として法制審議会の理由の第1は、「婚姻年齢18歳は世界的趨勢」は嘘である。

 イギリスは法定婚姻年齢は男女とも16歳で、イングランドでは16・17歳は親の同意がいるが、スコットランドは不要である。

 ドイツは配偶者の一方が18歳以上なら、16歳で結婚できる。

 合衆国については、コーネル大学ロースクールのhttps://www.law.cornell.edu/wex/table_marriageに一覧表がありますが、

 おおまかにまとめると次のようになる

婚姻年齢男女共16歳以上 33州とコロンビアDC

婚姻年齢男子18歳女子16歳 デラウェア、オハイオ、ロードアイランド

婚姻年齢男女共15歳以上 ハワイ

婚姻年齢男女共17歳以上 ネブラスカ

婚姻年齢男女共17歳以上【特殊な事情で】 インディアナ、ワシントン、オレゴン

婚姻年齢男子17歳女子16歳 アーカンソー

婚姻年齢15歳以上 ミシシッピ

婚姻年齢15歳以上【特殊な事情で】ミズーリ

婚姻年齢男女とも原則18歳以上 カリフォルニア、ケンタッキー、ルイジアナ、ウェストヴァージニア

婚姻年齢男子14歳女子12歳マサチューセッツ【コモンローと同じ】

婚姻年齢男子14歳女子13歳ニューハンプシャー

 アメリカでは1970年より前は男子18歳、女子16歳とする州が多く、我が国の戦後法改正はアメリカ法に倣ったものであるが、二つの事情で婚姻年齢の多くが男女とも16歳とする州が多くなった。現在33州。ただし、16歳未満でも裁判所の許可で可能としていの州は少なくない。

 一つの理由は、統一州法全国委員会の統一州法モデルが男女とも16歳を基準としており、16歳未満でも特殊な事情があれば裁判所の許可で結婚可能とするモデルを提示したためである。(村井衡平「<資料>統一婚姻・離婚法() : 一九七〇年八月六日公表第一次草案」神戸学院法学 5(2/3) 1974-12 )、もうひとつは男女平等憲法修正条項(ERA)が1972年に議会で各州が批准の過程で、多くの州が男女平等に法改正したことである。もっとも38州の批准が必要なところ、現在35州しか批准していないので憲法は修正されず、いまだ日本と同じく男女に年齢差を設けている州も少ないがある。

 18歳を原則としている州も4州あるが、18歳未満でも裁判所の許可などで救済できるシステムがある。

 つい最近の報道により次の事実を把握した。

27 州が州の法令で最低年齢未満であってもあらゆる年齢で、技術的に裁判所の承認により結婚可能である。

「ニューヨーク州は 14 歳であっても親と司法の同意を得て結婚することができる 3 つの州の一つである」

Advocates Call For End To N.Y. Law Allowing Children As Young As 14 To Marry

February 14, 2017 10:58 PM

 CBSの記事である。記事自体は年少の結婚に反対する議員が、司法の許可による婚姻年齢を17歳に引き上げる法案を出すというものだが、それは少数派なのである。

 合衆国では連邦最高裁がMeyer v. Nebraska, 262 U.S. 390 (1923)で憲法には明文規定がなくても傍論で初めて幸福追求の権利の一つとして結婚し家庭を築く権利を認めた。

1923年のこの判決は、我が国の憲法13条の幸福追求の権利の母法に値するものと考える。

 そしてLoving v. Virginia, 388 U.S. 1 (1967)で実体的デュープロセスとして結婚し家庭を築く権利を憲法が保障することを明らかにし、異人種婚姻禁止法や獄中結婚の規制を違憲とする判決が下されている。年少の結婚については争われてないとしても、結婚する権利が憲法上の権利である以上、安易に資格をはく奪する発想にはならない。

 統一州法モデルもERAの批准に伴う改正もこの点を意識しているためである

と考える。

 このように主要国では16歳で結婚可能であるから、18歳を婚姻年齢とすることが世界的趨勢とする法制審議会の見解は事実に反する、国民をだましているから悪質だ。

 とくに統一州法モデルや英独のような主要国を全く無視しているのは民法学者の偏向を物語る。それほどまでして日弁連女性委員会のいいなりになるかという思いである。

 

 

4.高校教育の必要性は全くナンセンス

 男女とも18歳とする第二の理由は、高校教育が国民的教育機関となっていることだが、義務教育でない以上、高校に進学するか否かは、親の監護教育権、本人の意思決定の自由な領域であって政府がパターナリズム的に干渉する余地などない。かりに高校教育が望ましいという観点をとっても単位制高校など家庭生活と両立も可能な履修システムもある。

 その人にとっては上級学校に進学するか、結婚するか、仕事につくか幸福追求のための人生設計は自由であるべきである。

 

 

5. 野田愛子氏の見解を無視すべきでない

 野田愛子氏のような家庭裁判所の実務家の見解(戸籍時報419号)も示唆に富んでます。「私の家庭裁判所判事当時の経験に照らすと、16、7歳の虞犯の女子がよい相手と巡り会って、結婚させると落ち着く、という例も数多く経験しています。あながち、男女平等論では片付づかない問題のように思われます。」と改正に反対である。家庭環境に問題があり「非行」に走る少女も結婚すると落ち着くということです。結婚が解決策になるのです。人間学的に言えば、喜びと苦労を分かち合うことで喜びは倍になり、苦しみは軽減され、人生の困難を乗り越えていくことができるのです。従って必ずしも恵まれていない環境にある若い女性から法定婚姻資格を剥奪するのは過酷であると私は考えます。

 90年代に1617歳女子の結婚は年間3000組程度あった。それは世の標準より若いかもしれないが、例外的状況でも対応できるようにしておくのが法のあり方である。特定の社会階層の考え方を国民に押つけるなといいたい。

 

 

6. 「結婚は自由でなければならない」という法諺を知らないのか 

 

-近代文明の基盤それは自由な結婚にある

 

 アメリカ合衆国では27州がいかなる年齢でも結婚は可能であるということ、それは、憲法では明文規定がないもの連邦最高裁が幸福追求の権利の一つとして結婚し家庭を築く権利を保障しているためとの推測が成り立つことは述べた。

 年少者の結婚の規制に慎重なさらに重要な理由がある。それは西洋文明の規範ともいえる、古典カノン法の理念が、結婚は自由でなければならないことを明確な理念としていることである。西洋文明の規範提示者とは誰か。結婚に関しては神学者ではシャルトルのイヴォ、ランのアンセルムス、サン・ヴィクトルのフーゴ、ロンバルドゥス、教会法学者ではグラティアヌスとその弟子の教皇アレクサンデル三世である。

 古典カノン法は、緩和的合意主義婚姻理論といって、当事者どうしの現在形の婚姻約束(合意)だけで、婚姻が成立することがイギリスからの教皇上訴の裁定により12世紀に確定した。但し婚姻非解消となる完成婚の要件を合衾としたものである。

 この考え方をもっとも色濃く継承したのはイギリス・スコットランドである。イングランドでは18世紀中葉まで、スコットランドではそれ以降も、「古き婚姻約束の法」とし生ける法であったのである。

 当時の教会法(古き婚姻約束の法は)2人の証人を要求するのみである。領主や親の同意もいらない。これは秘密結婚の温床として世俗権力から非難があった、しかし教会は数世紀にわたって自由な結婚とため世俗権力と抗争し、譲ることはなかったのである。

 古典カノン法は人類史上類例のない自由な結婚成立要件なのだ。これこそが西洋の自由主義の源泉であると私は考える。それは近代の信教の自由や、言論の自由、経済の自由、契約の自由という自由主義よりもずっと古いのである。それゆえに古典カノン法の価値は文明史上圧倒的に高いものと評価するのである。

 

 日弁連の連中は、リベラルアーツを教育されてないから、神学や法制史を知らない。文明史のエッセンスを知らない。だから1617歳の婚姻はく奪になんら疑問をもたない無知である。それは西洋の常識では野蛮な考えである。私は一人の日本人として無教養なことが恥ずかしいことだと思う。

 

 つまり婚姻非解消主義はくずれたとはいえ、単婚制(重婚の禁止)、心理的満足を得るための個人主義的動機による婚姻(友愛結婚・恋愛結婚)という西洋文明の(それは我が国が近代化の過程で取り入れた価値観でもある)、個人主義的自己決定による結婚という婚姻理念の淵源は教会婚姻法にあり、その影響力は今日でも絶大であることはいうまでもない。

  そもそもラテン的(西方)キリスト教世界では婚姻は教会の霊的裁治権とされ、10世紀に婚姻の有無、成立要件などは教会裁判所の管轄権に属するものなった。とくに英国では婚姻と遺言による動産処分は教会裁判所の管轄権であることが明確であり近代まで続いた。11~12世紀の秘蹟神学の進展と、12世紀の教皇授任裁判の進展により、とくに法律家教皇アレクサンデル3世の教皇が上訴の裁定により古典的カノン法が整備され、合意主義婚姻理論による古典的教会婚姻法が成立をみた。

 

 16世紀にフランスのガリカニズム教会が親の承認要件を強く要求したが、トレント公会議は拒否し、このためにフランスはトレント公会議をうけいれず、婚姻法は世俗王権が定めることとなった。婚姻法の世俗化のさきがけとなったのはこの一件である。

 イギリスでは、宗教改革により教会挙式を要件としたトレント公会議を受け入れなかったため、古典カノン法が古き婚姻約束の法として、生ける法として継続し(コモンローマリッジともいわれる)。フリート街の結婚や、グレトナ・グリーン結婚の自由な結婚は教養のある人なら知っている。駆け落ちの二人が四頭馬車に乗って古典カノン法による結婚が行われるスコットランドに向かう、これほどロマンチックな結婚はない。結婚とは打算ではなく愛だったのである。

 ゴールドスミスの戯曲「お人よし」が洋服師と駆け落ちする若い娘のグレトナ・グリーン結婚を題材としている。まともな英文学者ならゴールドスミスは18世紀の大作家というはず。残念ながらゴールドスミスは我が国ではほとんど知られてない。もちろん日弁連の無教養な連中が読んでいるはずがない。私はグレトナ・グリーン結婚(古典カノン法による結婚)の美しさに感激した。だからこと、自由な結婚の理念を擁護したいのである。

 英国で婚姻法の還俗化は18世紀中葉のハードウィック卿法である。それは世俗権力による婚姻立法権の簒奪であった。

 還俗化の最大の理由は秘密結婚を許容する教会法(英国の場合は古き婚姻約束の法)の理念への反発の防止である。教会婚姻法は一貫して、未成年者について、結婚についての自己決定権を認め、領主や親の同意という世俗権力の要求を排斥してきた。バージンロードを父が花嫁をエスコートするのはゲルマン法の花嫁の引き渡しに由来し、金貨や指輪を与えたり接吻するのは、花嫁の寡婦産(終身的経済保障)の確定のための世俗権力が要求した儀式であって、本来古典カノン法はそのような要件を定めていないし、教会挙式を要求したのは世俗裁判所であった。教会法ほど自由な結婚の理念はないのである。

 

 教会法は成年期を満20歳と定められているが、これと別に成熟年齢があり男子14歳、女子12歳であり、未成熟者の7歳以下を幼児と区別するのである。

 1918年成文の教会法典では婚姻適齢を男子16歳、女子14歳としているが、古くから教会法は、ローマ法を継受し男子14歳、女子12歳(ルネ・メッツ著 久保正幡・桑原武夫訳『教会法』ドン・ボスコ社1962年 107頁)]を婚姻適齢とし、将来の婚姻約束は7歳から可能としたのである。(コモン・ローも教会法と全く同じ14-12歳である)

 重要なことは3つある。第一に教会法学者はローマ法の婚姻適齢をさらに緩和したことである。婚姻適齢未満でも成熟に達していれば婚姻適齢とみなすとしたのである。生理学的成熟(初潮・精通)ではなく、同衾に耐えられる大人っぽさ。であり心理学的成熟を含む概念とされる。

第二に教会法は未成年者の婚姻についていっさい親や後見者の承認を必要としないのである。これは今日でも同じである。

 古くから神学者の間で、婚姻成立の要件として合意主義と合衾主義の論争があり、これが決着したのが、12世紀に教皇アレクサンドル3世がペトルス・ロンバルドゥスの合意主義婚姻理論を採用したことによる。婚姻は当事者の婚姻約束と二人の証人だけ容易に成立する。合衾は婚姻を完成させるものとされたが、理にかなっていた。合衾主義は処女性を重視する地中海世界には適合するが、北西ヨーロッパはそうでない。合意主義は北西ヨーロッパの民俗慣行も含めて広い地域で親和性があったといえるのである。また古典カノン法は教会挙式を要求しない。なぜならば結婚の秘蹟は相手から与えられるのであって司祭は干渉しないのである。

 居酒屋などで婚姻約束がなされたイギリスのコモンローマリッジが実は古典カノン法の理念そのままなのである。

 ただ世俗権力から秘密結婚を奨励しているとの非難があったため16世紀のトレント公会議で教会挙式を婚姻成立の要件としたが神学的根拠は希薄である。

 

 

第三に、教会法は成人年齢と婚姻可能な成熟年齢を区別している。なんでも成人年齢に一元化しなければ気が済まない法律家の杓子定規にうんざりする。教会法の叡智に学ぶべきである。

 

 教会法ほど性的自己決定権を重視する法文化は人類史上存在しない。教会法は成熟年齢であれば、結婚相手を選ぶのも、婚姻を約束するのも個人の自由であり、婚姻に関しては成熟年齢が成年を意味した。このことは結婚の自由と独身を維持する自由はコインの表裏の関係にあるから、教会は優秀な人材を修道院に入れるために、聖職者となる自己決定の自由を信徒に与えていたという意味もあるとされている。

 たしかにそれは世俗の慣習と相容れない点(婚姻は社会的承認を要するという)があった、とくに未成年者の親権者の関与を否定していたので、婚姻法は還俗化した。しかしその理念は一貫していて、現代においてもその法文化は規範的意義を失っているものではない。

 それ故自由な結婚の為に、米国27州は実質如何なる年齢でも結婚可能としているし、既得権であった16・17歳の婚姻資格を安易にはく奪するという考え方にはならないのである。

 わが国では安易に伝統的に結婚にふさわしい年齢とされてきた女子の婚姻資格の破棄奪を承認しようとしている。文明の中心かにみれば野蛮なことであり、国民の幸福追求権を踏みにじる暴挙である。人口政策のために法定婚姻年齢を20代に引き上げた中国と大差ない、西洋文明とのかい離を感じる。

 

 

7.偉大な人物が若い女性と結婚している

 

 16歳の女性と結婚した偉人としては、まず植民地時代の宗教指導者の一人コットンマザー、英国のミルトンも16歳の美少女メアリー・パウエルと結婚した。ただこの結婚は『離婚論』を執筆する契機となったもので夫婦仲はよくなかった。

 エマソンも17歳のエレン・ルイザ・タッカーと結婚しだか結核を患っており、転地療養のかいもなく死亡し、エマソンは悲しみのあまり、墓を掘り返したともいわれる。

 ミルトンやエマソンの結婚はばかげているとも評されている、いくら美少女とはいえ、性格も知らない女性、みすみす病人と結婚する馬鹿がいるかというものである。メソディストのウェスレーは18歳の女性との恋愛があるが、世にいう三馬鹿トリオである。

 しかしミルトンも、エマソンも超一流の人物である。思想的に首尾一貫していた点で、これほど尊敬できる人物はそういない。こういう歴史があるからこと、英米では16歳は法定婚姻年齢ともいえるのではないか。

 一方、16歳の女性に求婚、18歳結婚の事例だが、偉大な少数意見裁判官、黒人解放の先駆といわれるジョン・マーシャル・ハーラン合衆国最高裁判事(先代)の結婚相手マルビナは旅先で偶然知り合った女性で、内助の功のエピソードで知られている。若い女性と結婚して出世した典型例である。

 政府やフェミニストは1617歳の結婚はよろしくないということだが、根拠薄弱である。

 

 

8.我が国の婚姻制度も慣習も本質的に自由主義的であるはず

 

 西洋文明の自由な結婚の意義は当然我が国の近代化の過程で受容されている。しかし我が国の婚姻制度も本質的に自由主義的である。法律婚は届出により容易、離婚も協議離婚により容易である。なによりも我が国は政府が結婚のライセンスを発行する

ということをしない。民間の慣習を規制する発想がない。

 例えば亡兄の結嫂を娶る逆縁婚(レヴィラート婚)は儒教倫理では人倫に反するものであるが、我が国では戦争未亡人の多くがそうであるように、明治民法の起草者梅健次郎が武家よりも庶民の婚姻慣習に合致させることを重視したので反対を押し切って逆縁婚を婚姻障碍としなかった。支配階級の価値観を押し付けるということはしてないのである。

 明治民法は婚姻年齢をフランス民法にあわせて女子15歳としたが、それ以前の明治前期は12歳が最低の婚姻年齢とされていたという。令制は数えの13歳であり、近世の女性皇族の成女式は16歳だったことからみても、伝統的に我が国において1617歳は結婚にふさわしい年齢といえるのである。

 

 政府は何が良い結婚で何が悪い結婚であるという価値観を国民におしつけるべきではない。むろんフェミニストは、1617歳で結婚する女性は、結婚相手の稼得能力に依存する結婚にならざるをえずそれは男女役割分担の定型概念であり、許せないかし斬り捨てるということなにだろうが、政府は性的役割分担の否定という特定のイデオロギーに与して、結婚を規制するという発想がわたしには到底許せないのである。

 結婚は当事者の合意と親の合意があればそれでよいことである。政府は民間における結婚の価値観に干渉すべきではない。16歳の三船美佳と、15歳年上の高橋ジョージが結婚したが近年離婚している。それみたことかというかもしれないが、離婚はしばしばありうることで長く鴛鴦夫婦として有名だった。

 

  昭和30年代には足入れ婚の悲劇があった。家風になじまない若い嫁が追い出された。しかし今日ではそのような弊害は全く社会問題として消えている。若年結婚の弊害よりも晩婚化、未婚率の上昇こそ問題である。結婚の良し悪しは親族でもない他者が干渉すべきことではないし、政府についてはなおさらである。

 それでもしかし今回斬り捨て御免と、国民に永く認められた権利をはく奪するというのだ。到底容認できるものではないのである。

 もちろん私は生涯未婚で、16歳・17歳と結婚する見込みは全くない。糖尿病なので使い物にならないし金もないので結婚は無理だ。権利はく奪といっても私自身に限れば実害はないかもしれない。しかし16歳・17歳の娘を持つ立場ならば、良縁なら早く結婚させたいし、お金があれば持参金をもたせて結婚させますよ。国民全体の観点では、結婚相手の選択肢が狭まることが問題だ。結婚という解決策が否定されることが問題だ

 

 

 

8.ここまできたら北朝鮮のほうがましとさえいえる

 

 伊藤博文は好んでエドマンド・バークの「代議士は国民全体の利害の奉仕者」という言葉に言及したことから、近年では近代日本の保守主義の担い手との評価に傾きつつある。

 しかし今回の法改正は、国民全体の利益ではなく、古くから18歳引き上げを主張してきた、日弁連女性委員会、婦人団体のメンツをたてるものである。特定階層や特定の圧力団体の利益に奉仕する政策以外の何者でもない。・

 すでに述べたように女性の有識者でも18歳引き上げに疑問を呈している方もおられるが、良識派は少数派で、女性エリート、東大さつき会人脈いずれも16-17歳の女子の権利はく奪当然だとしているのだろう。自民党では独裁者安倍首相の秘蔵っ子である稲田朋美が政調会長の時、18歳引上げに賛成した方針を決めた以上もだれも逆らえない状況のように思える。

 このご時世、さつき会人脈とか女性エリートは特権階層。女性団体の言い分に逆らえませんと、国会議員はいうのだろう。でもLGBTの権利拡大はやります。普通の異性愛者の結婚の権利、幸福追求権は躊躇なくはく奪しますが、人口比率7%近くいるLGBTの権利は、小選挙区の帰趨を決するから逆らえません、あなたのいう政策をやっても1票にならないからダメです。リアルポリティクスとはそういうものですよと説教されるかもしれない。

 絶望的な政治状況だと思う。ここまできたら、もはや北朝鮮のほうがましだ。なぜなら北朝鮮は17歳で結婚できる。日本ではその権利さえ否定しようとしているからだと捨てセリフを述べて終わることしたい。

 

 

 

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