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2017/03/20

民法731条改正案反対。16・17歳女子婚姻資格剥奪絶対反対その1 修正版

一.成人年齢18歳引き下げに伴って政府の民法731条改正案は、法定婚姻適齢を現行の男18歳、女16歳から、男女とも新成人年齢の18歳として、現行の16・17歳女子の婚姻資格を剥奪したうえ、未成年者の婚姻の父母の同意〈737条〉と、未成年者の婚姻による成人擬制〈753条〉を廃止するというものであるが、私は強く反対で、男女とも配偶者が18歳以上で親の同意があれば18歳未満16歳以上で結婚できるようにするよう修正すべきである。
 (本音は現行法改正に反対であるけれども、この土壇場の状況では男女の取扱の差異
の肯定に固執するのは得策でないと判断し、16歳・17歳女子の婚姻資格剥奪、婚姻の自由の抑制、幸福追求権の軽視についてのみ異を唱えるものである、民法753条の問題があるため、男女共16歳では反対が多いと判断し、上記の一方が18歳なら16歳の結婚を認め、737条と753条も維持するという修正案なら米国のアイオワ州、ドイツがこれに相当し現実性があると判断した)

二.理由1婚姻適齢 「18歳が世界的趨勢」というのは全くの偽情報であり、法制審議会は国会・国民をだましている。

 男女とも18歳とする案は、1996年の法制審議会民法部会の答申にもとづく。その理由は婚姻年齢を18歳以上とするのは世界的趨勢であること、婚姻資格者には高校修了程度の社会的・経済的成熟を要求すべきということを理由としているが、いずれも論理性は全くない。
 ここでは、英国・ドイツ・アメリカ合衆国の婚姻適齢法制をとりあげるがいずれも16歳で結婚できる。したがって18歳が成人年齢というのは世界的趨勢であっても、婚姻適齢については全く誤りで、法制審議会は故意に偽情報を流し、不当に英米独などの先進国の立法例を無視して安易に結論しており、国会、国民を騙す詐欺行為はきわめて悪質である。
 こ
(一)英国
 婚姻障碍を16歳未満の者、18歳未満で親の同意のない者、近親婚、重婚と規定しており、、男女とも16歳を婚姻適齢とする。イングランド、ウェールズ、北アイルランドは未成年者は親の同意を要するが、スコットランドでは親の同意も不要である。[田中和夫1958 松下晴彦2005 平松・森本1991]
 なお婚姻適齢を男女とも16歳としたのは1929年法である。英国婚姻法の歴史的変遷については第4節を参照されたい。
(二)ドイツ
 東西ドイツ統合後の婚姻適齢は成年(満18歳)である。ただし、当事者の一方が満16差歳であり、他方が成年に達していれば、申立により免除が与えられる。[岩志和一郎1991]
(三)アメリカ合衆国
   我国の現行法定年齢は、1940年代米国で男18歳、女16歳とする州が多かったことによるので米法の継受である。
 しかし現在では多くの州(33州)は男女とも16歳を法定婚姻年齢(ただし親ないし保護者の同意を要する)とし、加えて16歳未満でも裁判所の承認で婚姻可能としている州が多い。27州が州の法令で最低年齢未満であってもあらゆる年齢で、技術的に裁判所の承認により結婚可能である。
 各州の婚姻適齢法制については、コーネル大学ロースクールのhttps://www.law.cornell.edu/wex/table_marriageという信頼できるサイトに一覧表がある。
 男女とも16歳としている州が多い理由の第1は、米国には私法の統一運動があり70年代に統一州法委員会(各州の知事の任命した代表者で構成される)の統一婚姻・離婚法モデルが法定婚姻年齢を男女共16歳を法定婚姻年齢(18歳は親の同意を要しない法定年齢)としモデル案を示していることがあげられる。
 16歳は親の同意があれば婚姻適齢とするのが標準的な婚姻法モデルなのである。もっとも婚姻法はあくまでも州の立法権であり、モデル案は州議会を拘束しないが、多くの州がモデル案に従った法改正を行っている。
 ちなみに1970年公表統一婚姻・離婚法(案)は次のとおりである。[村井衡平1974]
203条
1 婚姻すべき当事者は、婚姻許可証が効力を生じるとき、18歳に達していること。または16歳に達し、両親・後見人もしくは裁判上の承認(205条1項a)を得ていること。または16歳未満のとき、双方とも、両親もしくは後見人または裁判上の承認(205条2項a)を得ていること‥‥
205条[裁判上の承認]
a裁判所は未成年者当事者の両親または後見人に通知するため、合理的な努力ののち、未成年者当事者が、婚姻に関する責任を引き受けることが可能であり、しかも婚姻は、彼の最善の利益に役立つと認定する場合にかぎり、婚姻許可書書記に対し、
1 両親または後見人がいないか、もしくは彼の婚姻に同意を与える能力をもたないか、または彼の両親もしくはもしくは後見人が枯れの婚姻に同意を与えなかった16歳もしくは17歳の当事者のため、
2 彼の婚姻に同意を与える能力があれば、両親が、さもなくば後見人が同意を与えた16歳未満の当事者のため、婚姻許可書‥‥の書式の発行を命ずることができる。妊娠だけでは当事者の最善の利益に役立つことを立証しない。
 この案はアメリカ法曹協会家族法部会が関与しているので、アメリカの法律家の標準的はが考え方とみなしてよいだろう。
 第2の理由は、男女平等憲法修正条項(ERA)が1972年に議会を通過し、各州が批准の過程で、多くの州が男女平等に法改正したことである。もっとも35州の批准で止まったため憲法は修正されていないので、男女差のある州も残っている。
 このように米国では男女平等を達成する場合でも既得権であった16・17歳女子の婚姻資格を剥奪する方法をとってないことを強調したい。
各州ごとに検討するとおおまかにいうと次のとおりである。
婚姻年齢男女共16歳以上 33州とコロンビアDC
婚姻年齢男子18歳女子16歳 デラウェア、オハイオ、ロードアイランド
婚姻年齢男女共15歳以上 ハワイ
婚姻年齢男女共17歳以上 ネブラスカ
婚姻年齢男女共17歳以上【特殊な事情で】 インディアナ、ワシントン、オレゴン
婚姻年齢男子17歳女子16歳 アーカンソー
婚姻年齢15歳以上 ミシシッピ
婚姻年齢15歳以上【特殊な事情で】ミズーリ
婚姻年齢男女とも原則18歳以上 カリフォルニア、ケンタッキー、ルイジアナ、ウェストヴァージニア
婚姻年齢男子14歳女子12歳マサチューセッツ【コモンローと同じ】
婚姻年齢男子14歳女子13歳ニューハンプシャー
 
 18歳を原則としている州も4州あるが、18歳未満でも裁判所の許可などで救済できるシステムがある。
 つい最近の報道により次の事実を把握した。
「27 州が州の法令で最低年齢未満であってもあらゆる年齢で、技術的に裁判所の承認により結婚可能である。
「ニューヨーク州は 14 歳であっても親と司法の同意を得て結婚することができる 3 つの州の一つである」
Advocates Call For End To N.Y. Law Allowing Children As Young As 14 To Marry
February 14, 2017 10:58 PM
 CBSの記事である。記事自体は年少の結婚に反対する議員が、司法の許可による婚姻年齢を17歳に引き上げる法案を出すというものだが、それは少数派なのである。
 合衆国では、年少者の婚姻資格斬り捨てに慎重な理由として憲法てせ類分で規定されていないが、結婚の自由とのものが憲法上の基本的権利とされていることと関連があると考える。。
 連邦最高裁が初等教育で外国語教育を禁止する州法を違憲としたMeyer v. Nebraska, 262 U.S. 390 (1923)で憲法には明文規定がなくても傍論で初めて幸福追求の権利の一つとして「結婚し家庭を築は子どもを育てる」自由が憲法修正14条の保護する「自由」にあたるとしたむ。1923年のこの判決は、我が国の憲法13条の幸福追求の権利の母法に値するものと考える。
 そしてLoving v. Virginia, 388 U.S. 1 (1967)でバージニアの異人種婚姻禁止法を違憲とし、実体的デュープロセスとして結婚し家庭を築く権利を憲法が保障することを明らかにした。筆者は見てないが、この最高裁判決を題材にした「ラビング-愛という名の二人」という映画が現在我が国で公開中でアカデミー賞最有力だという。
 Zablocki v。Redhail 、 434 US 374 (1978)は、無職で貧困のため非嫡出子の養育料を支払っていない男性が別の女性と結婚するための結婚許可証を州が拒否した事件で、結婚の権利を再確認し違憲とされた。
 Turner v. Safley, 482 U.S. 78 (1987)は刑務所の所長の許可がなければ囚人は結婚出来ないとするミズーリ州法を違憲とし、受刑者であっても結婚の権利があり、憲法上の保護を受けることを明らかにした。[米沢広一1989]。
 年少者の結婚について憲法問題になっていないとしても、慎重な政策が求められるのし当然といえる。
 以上のように英米独の立法例と比較するとも政府案の16歳・17歳婚姻資格剥奪は配慮を欠くものとして非難されてやむをえないと私は考えるものである。

[参考](四)英国の婚姻法制の歴史と婚姻適齢

〈1〉 古典カノン法=古き婚姻約束の法=コモンローマリッジ

    (人類史上もっとも結婚が容易ら成立する法文化)
   男14歳 女12歳    [ルネ・メッツ1962 滝澤聡子2005] (親の同意要件なし、諾成婚姻理論で挙式を要しない、1753年イングランドで世俗議会立法により古典カノン法は無効となり、挙式を要件とし、未成年者の親ないし保護者の同意要件を課すようになるが、男14歳、女12歳という基準は1929年迄続く)
  男14歳 女12歳はローマ法の継受であるが、教会法学者はさらに緩く解釈した。「要求される年齢はいくつか?女子は最低11歳半、男子は13歳半である‥‥ただし、法律のいう、早熟が年齢を補う場合は別である。その例=10歳の少年が射精、もしくは娘の処女を奪い取るに足る体力・能力を備えているならば、結婚が許されるべきこと疑いをいれない。‥‥男との同衾に耐え得る場合の娘についても同様であり、その場合の結婚は有効である」Benedicti, J1601. La Somme des péchés1601[フランドラン1992 342頁]。
 (なお教会法は成年期を満20歳と定められているが、これと別に成熟年齢があり男子14歳、女子12歳であり、未成熟者の7歳以下を幼児と区別するのである。[ルネ・メッツ1962」カトリック教会は1918年カノン法大全を廃止し、成文の教会法典で、婚姻適齢を男子16歳、女子14歳としている。カトリック教国が14歳でも結婚可能としているケースがあるのはそのためであるが、歴史的に影響力が多きかったのし古典カノン法てである。ローマ法から中世教会法、コモンロー何れも男14歳、女12歳である、今でもマサチューセッツ州が古い時代のままである。
 メイトランドがまさしく述べたように、イングランド婚姻法とはローマ教会婚姻法そのものだった。10世紀に西方キリスト教世界では教会の霊的裁治権として婚姻を教会裁判所の管轄権とした。特に英国では婚姻と遺言による動産処分等は教会裁判所の管轄権として明確であり近代まで続いた(イングランドで議会制定法により中世教会婚姻法を無効となったのが、1753年。家族法と遺言検認の裁判管轄権が世俗裁判所に移管されたのが1857年である)。11~12世紀の秘蹟神学の進展と、12世紀の教皇授任裁判の進展により、とくに英国から婚姻事件の活発な教皇上訴があり、教皇アレクサンデル3世(在位1159~1181)緩和的合意主義婚姻理論(それは教皇自身の持論でもあったが、概ね中世最大の神学者ペトルス・ロンバルドゥスの理論と同じ)を決定的に採用するなどして婚姻に関する古典カノン法が整備され、古典的教会婚姻法が成立した。
 古典的教会婚姻法の最大の特徴は、諾成婚姻理論により挙式を要求せず、二人以上の証人(俗人でよい)のもとで「我汝を妻とする」「我汝を夫とする」といった現在形の言葉による男女の合意により容易に婚姻が成立する。将来形の言葉による合意は、合衾した時点で婚姻は成立する。緩和的合意主義というのは、合意で婚姻が成立するが、合衾により完成婚となり婚姻不快消な絆となるということである。
 第二に領主や親の同意要件がないこと。このために教会婚姻法は秘密婚や誘拐婚の温床となり、世俗権力から非難を招くことになるが、教会は当事者の自由意思による結婚を断乎擁護し、数世紀にわたって世俗権力と抗争したのである。
 1217年にラテラノ公会議が婚姻予告の制度を奨励したが、依然として聖職者がかかわらない、合意主義の婚姻は有効であった。
 しかしカトリック教会は秘密婚に許容的との非難をかわすため1563 年トリエント公会議第24 総会で婚姻法改正が採択され、教会挙式を要件とし、要式主義に転じたのである。[滝澤聡子2005]しかしフランス(ガリカニスム教会)からの親の同意要件の要求は拒否、このためガリカニスムvarnish無かフランスはトレント公会議の採択を拒否、1566年フランス国王アンリ2世は「婚姻に関する王示」により、独自の婚姻法を定めた[小梁吉章2005]。これが婚姻法の還俗化のの嚆矢となった。
 フランス王権は婚姻の公示を義務付け成人年齢を男30歳、女25歳と高めに設定して未成年者の婚姻に親の同意要件を課し、秘密婚を防止したが、対照的に英国は宗教改革によりトレント公会議の婚姻法改正を受けていれる必要がなく、要式主義はとらない中世の古典カノン法のが諾成婚姻理論がそのまま、古き婚姻約束の法として継承され、これをコモン・ローマリッジともいう。居酒屋など俗人当時者の合意により容易に婚姻が成立する法が生ける法として継承されることとなった。中世、英国においてにおいて教会の扉の前の儀式を要求したのは世俗裁判所である、それは寡婦産の確定のためだった。土地の相続は世俗裁判所の管轄だからである。
 
(2)1604年教会法は教会挙式と21歳未満の親の同意を要件とするが、古き婚姻約束の法(古典カノン法と同じ)も生ける法として有効であり、秘密婚が広く行われた。
 

  1604年教会法は婚姻予告か、婚姻許可証による教区教会もしくは礼拝堂での挙式婚を正規の婚姻と定め、親ないし保護者の同意のない21歳未満の婚姻を違法(ただし無効ではない)であり、そうでない秘密婚を違法としたが、無効とすることはできなかった。古き婚姻約束の法は生ける法であり、英国教会主教の統治の及ばない、特別教区、特権教会、たとえばロンドンのメイフェア礼拝堂や、フリート監獄のような特許自由地域が秘密婚センターとなり、親の同意のない21歳未満であっても容易に婚姻することができた。1740年のロンドンで結婚する人々の二分の一から四分の秘密婚であったとされる[栗原1996]。多くの人々が教区教会の挙式ではなく、結婚媒介所での個人主義的な自由な結婚を行っていたので、事実上1604年教会法は死文化していたといえる。
 
(3)1753年ハードウィック卿により婚姻法の還俗化、古き婚姻約束法を無効とする
 1753年「秘密婚をよりよく防止するための法律」(通称ハードウィック卿法)聖職禄を剥奪されたフリート監獄の僧侶による結婚媒介所が一大秘密結婚センターとなったことが国の恥と認識されたことにより、反対意見も少なくなかったが、イングランドで500年以上継続した古き婚姻約束の法を議会制定法により無効とした。フランスより200年遅い婚姻法の還俗化であったが、皮肉なことに還俗化とは、教会挙式を強要することだった。すなわち、国教会方式の教会挙式婚を有効な婚姻とし、21歳以下の未成年者は親ないし保護者の同意を要するとした。[栗原真人1992b]  
                                          
(4)グレトナ・グリーン結婚-それでも自由な結婚が有効だった
 しかし1753年法はスコットランドには適用されず、俗人の証人のもとでの現在形の言葉での合意で容易に婚姻が成立する古き婚姻約束の法(古典カノン法)はなお有効だった。また協定によりイングランドの住民がスコットランドの婚姻法により結婚してもそれは有効とされた。
 このため未成年者で親の同意のないケースや、駆け落ちなど自由な結婚を求めるカップルの需要に応え、スコットランドの国境地帯の寒村に結婚媒介所が営業されるようにった。、結婚に反対する親族の追跡を振り切るため、四頭立て急行馬車を雇い上げ、純粋な愛に燃える二人が胸を轟かせ恋を成就させるためにスコットランドを目指すロマンチックな結婚は人気となった。スコットランド越境結婚を総称してグレトナ・グリーン結婚といい、18世紀の多くの文学作品で題材となっている。[加藤東知1927、岩井託子1996a]
 グレトナ・グリーン結婚の衰退は過当競争で結婚媒介料が低廉化し、風紀が乱れ、有名人士が嫌うようになったこと。鉄道の開通で馬車で駈ける風情がなくなったこと。1856年のプールアム卿法で、スコットランド法による結婚はスコットランド人か、スコットランドに3週間居住した住民に限られるようにしたことである。

(5)1929年年齢法

 婚姻適齢を男女とも16歳となり、未成年者(当初は21歳以下)は親ないし保護者の同意を要する。)
 
三 理由2 16・17歳女子は社会的・精神的に未熟な段階とし、当該年齢での婚姻が当事者の福祉に反するという決めつけは根拠薄弱である。
 
 結婚し家庭を築き子どもを育てること権利が、憲法13条の幸福追求権に一つに含まれるとう前提でいえば、古くより婚姻適齢として認められ、1990代には年間3千組の当事者が存在していた16・17歳女子の婚姻資格を剥奪するからには、国民の権利を狭めるものであるから、それ自体が当事者の最善の利益にはならない、当事者の福祉に反するという、相当説得力のある理由がなければならない。また16・17歳女子の婚姻資格剥奪に賛同する民法学者の見解も疑問をもつものであり、総じて根拠薄弱なのである。
(一)高校卒業程度の社会的・経済的成熟の要求という理由は法改正の根拠にならない
 義務教育終了後、進学・就職・行儀見習い・結婚、何を選択しようとそれは親の身上統制権、本人の選択の問題で、政府が干渉するのは悪しきパターナリズムである。当事者にとって結婚が最善の利益に役立つと親も本人も判断するなら結婚すべきであり、それは第三者や政府が干渉すべきことがらではない。
 仮に、せめて高校卒業が望ましいという価値観を受入れるとしても、単位制高校など結婚と両立しうる履修の可能な高校もある。ちなみに16歳で結婚した三船美佳は横浜インターナショナルスクールを卒業している。高校教育の必要性という理由は全く論理性がない。
 16歳で結婚した三船美佳が離婚したのは遺憾であるが、しかし鴛鴦夫婦として有名だった。16歳の三船美佳に婚姻適応能力がなかったとはいえない。
 この点については民法学者の滝沢聿代氏(元成城大学・法政大学教授)が的を得た批判をされているのでここに引用する。{
 「要綱試案の説明は、高校進学率の高まりを指摘し、婚姻年齢に高校教育終了程度の社会的、経済的成熟を要求することが適当であるとする。しかし、婚姻適齢の制度制度自体がそもそも少数者の例外的状況を念頭に置いた理念的内容のものである。高校を終了したら誰でも婚姻しようと考えるわけではない。他方、義務教育のみで学校教育を終える者は以前存在し、これらの者こそ婚姻適齢の規定が意味をもつ可能性は高い。加えて、高校進学率の高さの実態に含まれる病理に思いを至すならば、安易な現状肯定から導かれる改正案の裏付けの貧しさに不安を覚える‥‥。 高校教育修了程度の社会的、経済的成熟を要求するとはどのような意味であろうか。まさか義務教育を終了しただけの社会的地位、経済力では婚姻能力に疑問があるという趣旨ではなかろう」
 さらに滝沢氏は人口政策としても疑問を呈し、「一八歳未満に法的婚姻を全く否定する政策は、婚姻適齢を比較的高くし(男二二歳、女二〇歳)、一人っ子政策によって人口抑制を図る中国法のような方向に接近するものと理解しなければならない。それは明らかに婚姻の自由に対する抑制を意味する」
 
二)成人擬制を廃止し、婚姻適齢を成人年齢に一致させることにこだわるのは視野が狭い
 民法学者に多いのが、この見解である。成人擬制〈753条〉を廃止して、婚姻適齢を成人年齢と一致させるのがシンプルな法規定で合理的というものである。
 しかしながら法制史的にみれば、西洋では成人年齢とは別に成熟年齢を設定している、教会法は成年期を満20歳と定められているが、これと別に成熟年齢があり男子14歳、女子12歳であり、未成熟者の7歳以下を幼児と区別するのである。ローマ法も同様の規定であるが、現代のスコットランド法では成熟年齢の男子14歳女子12歳未満をpupilといって法的能力は極めて限定されるが、それ以上成人の18歳に満たないニminorといって16歳で何人の同意なしに婚姻できる重要な能力をもつというように、成人年齢で権利能力の付与を一元化するという発想をとってない。[平松・森本1991]
 我が国の伝統社会(中世以降の臈次情合成功制宮座)において座入り、烏帽子成、官途成、乙名成と、段階的な通過儀礼があって村人身分の標識となっていた。[薗部2010]、烏帽子成は元服に相当するが、本当の意味で村人として責任のある地位につくのは官途成と考えられる。したがって、成人年齢になにもかも一元化してしまうのは本来不合理なものである。
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