公務員に労働基本権付与絶対反対-政府は巨悪と手を結ぶな

無料ブログはココログ

州公務員団体交渉制度オーバーホールの動き-注目州

日本語 検索・ポータルサイト

合衆国-労働サイト(アンチ・ユニオン系・その他)

合衆国-連邦政府行政

合衆国-州政治

Reference Sites

« 2017年4月 | トップページ

2017年5月の11件の記事

2017/05/28

民法731条改正案反対シリーズ(下書き)16・17歳女子に求婚し結婚した偉人たち

三. 婚姻の自由の抑制に強く反対
(一)16・17歳女子に求婚し結婚した偉人たち
 
 政府の法改正案は、たんに16・17歳女子の婚姻資格はく奪というだけではない。男性にとっても16・17歳女子に求婚し結婚する権利をはく奪するものである。これは男性にとってもかなり痛い権利喪失になる。
 1998年タレントの高橋ジョージが24歳年下の16歳三船美佳と結婚したことはこれまでは正当だった、2015年離婚したとは言え、長年鴛鴦夫婦としてよく知られていた。三船美佳もタレントとして成功している。法改正されれば今後はこのような結婚は非行となり、袋たたきになる可能性がある。経過的内縁関係は可能かもしれないが、法律婚が否定される以上、建前として未成年者との同棲も白眼視されるからである。
 しかし16・17歳女子と結婚ないし婚約した偉人は決してすくなくないし、いずれも歴史上の大人物である。したがって16・17歳に求婚する男性をバッシングとしなければならないというなら、以下の偉人の業績も否定しなければならないことになる。それは全く理不尽である。
1.ジョン・ミルトンの初婚の女性メアリー・パウエル16歳〔17歳とも〕
 
  ジょン・ミルトン(John Milton, 1608~ 1674)は、長編叙事詩『失楽園』や『言論の自由』などの散文で著名である。ミルトンが33歳の時、16歳の美女メアリー・パウエルと結婚した。〔平井正穂1958、ただし17歳とする論文も多い]性格の不一致で『離婚論』執筆の動機となった女性として知られている(死別)。
 
2.コトン・マザーの初婚の女性アビゲイル・ フィリップス16歳
 
  植民地移住第三世代の宗教指導者コトン・マザー(Cotton Mather, 1663~1728)は23歳の時アビゲイル・ フィリップス(Abigal Philips, 1670~1702)16歳を妻に迎えている。彼女は16年間で11人の子供を出産したが、31歳で死亡したときに生き残っていた子供は4人だけだった。
  当時のニューイングランド清教徒の社会は、早婚・多産・多死型で、女性は結婚して閉経まで約26ヶ月に1度、平均10回前後、出産 を繰り返していたという。[佐藤哲也2012]
 
  3.エマーソンの初婚の女性エレン・ルイザ・タッカー〈17歳で婚約、18歳で結婚〉
 
  エマーソン(Ralph Waldo Emerson、1803~1882年)は自恃の精神を説く超絶主義哲学者であり、アメリカ最大の思想家ともいわれる。初婚の女性エレン・ルイザ・タッカーは、婚約時17歳だった。
  エマーソンは1828年12月24日付の兄ウィリアム宛の書信で次のように婚約の喜びを率直に語っている。
  「‥彼女は、並み居るお嬢さんの中でも申し分なく美しく立派な方です。‥‥彼女は17歳で、誰でもその美しさにかけては異論はなく、彼女の感性はデリケートで高貴です。私はお兄さんに彼女と会っていただければと思うのです」
  婚約ののち、エマーソンはボストン第二教会の牧師という公職を得た。しかし彼女は婚約後結核と判明したのである。喀血する病人となったにもかかわらず結婚。南部へ転地旅行の甲斐なく彼女は20歳で死亡、悲しみのあまり墓を掘り返したというエピソードが知られている。
  エマーソンの結婚について舟橋雄氏は次のようにコメントした「学者の結婚ばかり危かしいものはない。浮世をよそに学問に没頭して、値打ちのないものを高く評価する。ミルトンの失敗にもなお懲りず、ウェスリの殷鑑をも顧みず、無論彼等の妻のような悪妻でないにしても、みすみす病者を妻としようとするエマソンの高潔さもことによりけりである。」
{市川尚久1994 70~72p}
 
  (なお舟橋の言及するメゾジスト運動の指導者であるジョンウェスレー(John Wesley、1703~ 1791)ははジョージア伝道の際、現地のフィア・ホブキー (Sophia Hopkey) との恋愛事件を起こしている。彼女は18歳で親密となったが、ウェスレーは伝道者としてパウロのように独身聖職者でいたいとの気持ちもあり、煮え切らなかったため彼女は突然別の男性と結婚した。ウェスレーは牧師として彼女を陪餐停止処分にした 。彼女の夫から名誉毀損で訴えられ逮捕された。このためにジョージア伝道を撤退したのである。〉
 
  4.ジョン・マーシャル・ハーラン判事の妻マルビナ・シャンクリン16歳で求婚
  John Marshall Harlan ( 1833~1911合衆国最高裁判事就任は1877)は、列車座席の黒白分離を合憲としたプレッシー対ファーガソンPLESSY v. FERGUSON, (1896)判決で、ただ一人、強硬な反対意見を記し、「わが憲法は色盲である」と言ったことでり「偉大な少数反対意見裁判官」と称される、黒人解放の先駆者であるが、旅行中に出会った16歳のマルビナ・シャンクリンに求婚し2年後に結婚している。良妻であり内助の功のある妻としてエピソードが知られている。[桜田勝義1973]
 
  以上、いずれも英米の事例であるが、コモンローの婚姻適齢は男14歳女12歳であり、これはローマ法や中世教会婚姻法も同じであるから、16~17歳の結婚はもちろん合法である。これほど偉大な人物の業績を否定することはだれもできないのであるから、英米では16歳で結婚可能な婚姻法制であるともいえるのである。
 

民法731条改正案反対シリーズ(下書き)成人擬制を廃止し、婚姻適齢を成人年齢に一致させることの不合理

二 .成人擬制を廃止し、婚姻適齢を成人年齢に一致させることの不合理

 

今回の民法731条改正は、1996年法制審議会手答申を下敷きにしているものの、ひとつ違うのは、当時は20歳成人年齢が前提だったが、今回は、成人年齢18歳引き下げに伴う法改正で、この際、成人年齢と婚姻適齢を一致させ、成年者の婚姻による成人擬制〈753条〉と未成年者の婚姻の父母の同意〈737条〉も廃止するというものである。

 成人年齢が18歳に引下げられる以上、18・19歳の同意要件は不要ということについて異議はないが、私の修正案は、男女を問わず配偶者が18歳以上なら、16歳以上で結婚可能とする案であり、形式的平等を達成しつつ、現行法制どおり、16・17歳女子も結婚を可能として婚姻資格剥奪という野蛮はやめ、十分配慮のいきとどいたものにしようというものであり、成人擬制〈753条〉と未成年者の婚姻の父母の同意〈737条〉も廃止しないというものである。

 民法学者に多いのが、成人擬制と親権者の同意要件を廃止して、婚姻適齢を成人年齢と一致させるのがシンプルな法規定で合理的という見解であるが、私は大反対である。

 シンプルだからいいなどいうのは暴論である。未成年者は、成人より広範な規制を受け、憲法上の権利も制約されるというのは一般論であるとしても、しかし成人年齢に基づく区分のみでは、未成年者の年齢差や個人差を考慮しえないし、年長の未成年者を子供扱いすることには問題がある。一定の未成年者は、一定の事項について成人と同等に扱うことも考慮されてしかるべきであるということしは一般論として認められる議論であり、婚姻の権利については、個人の幸福追求に不可欠な意義を有するものであり、成年擬制制度もこれまで問題を生じることなくつづいてきたことであるから、なおさら重視されなければならない。以下、その理由を記す。

 

 (一) 45州の成人年齢が18歳であるアメリカ合衆国にも成年擬制制度がある

 

 アメリカでは1971年の憲法修正26条1項で「18歳以上の合衆国市民の投票権は、合衆国または州により、年齢を理由として剥奪、制約されない」と定められているためが、成人年齢は統一化されてない。

米国の成人年齢は45州が18歳、コロラド、ミネソタ、ミシシッピが21歳、アラバマ、ネブラスカが19歳である。コモンローの21歳を墨守している州もあり、選挙年齢と成人年齢が違っていても別によいわけである。

もちろん婚姻適齢と選挙権は別の問題であり、すでに述べたように米国では16歳を婚姻適齢とする州が三分の二以上を占めるが、16歳未満でも裁判所の承認等により未成年者でも結婚は可能としている州が多い。

 

 すでに述べたように米国では16歳を婚姻適齢とする州が三分の二以上を占めるが、16歳未満でも裁判所の承認等により未成年者でも結婚は可能としている州が多い。

 米国の各州法では我が国の成年擬制と同じ未成年解放制度があるのである。

婚姻、妊娠、親となること、親と別居し自活していること、軍隊への従事等を理由として原則として成年として扱うのである。(原則としてというのは刑法上の成年とはみなさないこと、選挙権、アルコール、タバコ、小火器の所持、その他健康・安全に関する規則では成年とみなされないという意味)。[永水2017

 したがって、米国の立法例からみて成人を18歳に下げても婚姻による成年擬制があって当然よいのである。

 

 

(二)伝統的には成人年齢と成熟年齢は違う

 

 法制史的にみれば、西洋では成人年齢とは別に成熟年齢を設定している、教会法は成年期を満20歳と定められているが、これと別に成熟年齢があり男子14歳、女子12歳であり、未成熟者の7歳以下を幼児と区別するのである。婚姻適齢や証拠法上の証人は、成年より低い年齢を設定している。ローマ法も同様の規定である。

 

 (三)16歳で大人扱いするスコットランド法

 

現代のスコットランド法では成熟年齢の男子14歳女子12歳未満をpupilといって法的能力は極めて限定されるが、それ以上成人の18歳に満たない範疇をminorといって16歳で何人の同意なしに婚姻できる重要な能力をもつというように、成人年齢で権利能力の付与を一元化するという発想をとってない。[平松・森本1991]

 スコットランド法の特徴は、16歳であらゆる契約締結能力をもたせており、12歳以上で遺言の作成、弁護士に代理を支持する能力を持つとする。スコットランドでは男女とも親の同意要件なく婚姻適齢であることはすでに述べたとおりである。

 これは婚姻に親の同意要件を認めない古典カノン法がが「古き婚姻約束の法」として近代まで生ける法だった伝統に由来するものと思われる。グレトナ・グリーン結婚の結婚風俗で知られるとおの婚姻の自由の聖地としての国の誇りを看取することができる。

 私は、

 

  (四)16歳未満がchild1617歳のyaungと明らかに区別するイングランド法

 イングランドにおいては同じ未成年であっても16歳未満がchild1617歳のyaung

personでは明確な線引きがあるのが特徴である。

 有効な意思確認は12歳以上、ヘッドギアなしの乗馬14歳以上、婚姻16歳以上(親の同意要、スクーターの運転16歳以上、避妊ピルの購入16歳以上、宝くじの購入16歳以上、オートバイ、自動車の運転17歳以上、飲酒は購入が18歳以上だが、親の責任下で自宅での飲酒は16歳以上、喫煙も購入は18歳以上だが喫煙自体は16歳以上となっている。[田巻2017

 なお、イングランドは義務教育が16歳までであるから、婚姻適齢と重なる。私は英国の制度が必ずしも良いとは思ってないが婚姻適齢についは妥当であると考える。児童福祉法の定義で18歳未満はすべて子どもでなければならないというような、我が国にみられる考え方が杓子定規である。

 

(五)成人年齢でなにもかも一元化するのは不合理

 

 我が国の伝統社会(中世以降の臈次情合成功制宮座)において座入り、烏帽子成、官途成、乙名成と、段階的な通過儀礼があって村人身分の標識となっていた。[薗部2010]、烏帽子成は元服に相当するが、本当の意味で村人として責任のある地位につくのは官途成と考えられる。人間は成長し段階的に大人としての権利と責任を負うようになるというのが普通の考え方である。したがって、成人年齢になにもかも一元化してしまうのは本来不合理なものである。

 なお、多くの人が誤解していることであるが。元服式とは、本質的には父の地位の継承者であることを明らかにする儀式であり、添(副)臥のような性行為がなされ、そのまま妻となることもあったが、平安中期以降、貴族の元服が低年齢化ししたことをもって成人年齢が引き下がったとみねるべきではない。

 わが国の元服儀礼は、天皇とその周辺から政治的社会的地位の確立過程で出現したものである。

位階は王権との距離をあらわし本来律令では臣君に仕えて忠をつくし功を積んでから授与されるものであった。

  令性の蔭位資格者は、五位以上の子に限り21歳で、蔭位の特権のない者は初叙年齢25歳以上、この位階授与原理は8世紀には遵守され、勅授すら21歳にほぼ蔭位どおりに授与され、祥瑞出現の特例でも20歳だった。

 令制の本来のあり方では21歳以上が今日でいう成人の概念にあたるとみてよいだろう

一方、戸令聴婚嫁条男15歳女13歳(唐永徽令の継受)が婚姻適齢であることはすでにのべたとおりであり、それが成人年齢ではない以上、成人と婚姻は別の問題とすべきであろう。

  元服と叙位は別であるという原則が破られのは9世紀末期以降である。 

藤原時平は仁和二年(886)正月二日仁寿殿において「天皇手ずから冠をとって」元服儀礼が行われると同時に正五位下に叙位(初叙叙爵)がなされた。位記には「名父の子、功臣の嫡」と叙位理由が記載され、こののち元服儀礼は父の功績、政治的社会的地位の父子継承表明の性格が濃厚なものとなるのである[服藤早苗1991]

 

 

   適切な例とはいえないが例えば映画の観覧制限はもともと成人年齢とは関係ない、ピンク映画は18歳未満観覧制限だが、PG12指定、R15指定と段階があるはず。そうした事例からしても成人・未成人の線引きを明確にすることにこだわる理由はない。

 米国では証拠法や医療などで「成熟した未成年者の法理」がある。成人年齢に基づく区分のみでは、未成年者の年齢差や個人差を考慮しえないし、年長の未成年者の権利能力をことさら否定し子供扱いすることは全く不当といえるのである。

 私の提案は、未成年者の結婚は親権者の同意要件を継続させるというもので、未成年者のオートノミー・自己決定を重視しすぎるものではないから穏当なものであると思う。

 

(五)法律家だけでなく、発達心理学的見地、精神医学、人間学的洞察の必要性

 

  結婚の権利のはく奪という深刻な問題に際しては、法律家だけでなく発達心理学、精神医学、人間学的洞察にもとづく慎重な判断でなければならない。性欲も人間性の重要な一部分とて認識するならば、思春期以降の女子の性的欲求を是認した議論でなければならない。女子は性的欲求において、愛情の損失や失望による不満が多い。故に男性は性交によらなくても自慰によって性的不満を解消できるが、女性は対人関係によるのであり自分には容易に解決できないのであり、性的欲求と愛情欲求を満足させるだけでなく生活の支えとなる若年者の結婚を否定すべきではない。

  今回の改正案は性的に早熟な女子に対する敵意が看取できるが、性的に乱交傾向のある少女は、性的同一性の発達課題からみるべきであって、相手を独占できる結婚は情緒的に安定するので、結婚という選択肢を否定するのは酷である。

  特に女子は妊娠するのである。この点について、婚姻適齢を引上げても非嫡出子の法定め相続の差別は廃止され婚外子となっても不利益はないから問題ないとの主張がある。しかし法律婚制度をとっている以上、嫡出子となるべき子供をみすみす婚外子にしてしまうという議論はおかしい。嫡出子でも婚外子でもどうでもよいという議論は、乱暴である。少なくとも当事者の利益に寄り添った見解とはいえない。

  また農山村や離島において今なお古風な婚姻慣習がなされている可能性はあり、民法は国民全体に適合的なものでなければならない。

 

 (六)18歳未満の第二級市民化のおそれ

 

 さらに18歳での一元化は、18歳未満の第二級市民化を促すということである。18才未満は憲法上の権利を享受しえない、第二級国民に貶められる危険性である。すでに青少年保護育成の観点から18歳未満のJKビジネス就労規制、セクスティング規制の政策が打ち出されているが、これまでは婚姻適齢が16歳だったから通常の恋愛について政府の介入を防ぐことができても、婚姻適齢から外されることにより今後18歳未満ということで、死語となったはずの桃色遊戯として非行とされ、性行動の規制の口実として強化されることを強く懸念する。恐ろしい時代になりかねない。18歳以上は大人、未満は子供なので無権利でいいという極端な合理主義的思考に反対する。

  歴史的にみても1617歳の女子は性的に成熟し婚姻にふさわしい年齢であったはずである。(前掲 補遺参照)

民法731条改正案反対シリーズ(下書き)(補遺)我が国の婚姻慣習・習俗からみても女子18歳は不当に高すぎる年齢だ

 

(1)「女の盛りなるは、十四五六歳‥‥」

 

後白河法皇が編者の歌謡集『梁塵秘抄』(1180年頃)巻二394番「女の盛りなるは、十四五六歳、廿三四とかや、三十四五にし成りぬけば、紅葉の下葉に異ならず」は歌謡研究者にはあまりにも有名な今様だが、結婚適齢期の女ざかりは1416歳とするのである。[渡邊2004 165]。もっとも民謡では十七八歳が女ざかりとするものが多いとされる[植木1999]。女の肉体の輝きを謳歌するのは数え年なので1617歳といえるのである。

 

2)民間習俗では裳着、鉄漿つけ(お歯黒)、十三参り、十三祝等が女子の婚姻資格を取得する通過儀礼

 

民間の習俗としては、子供から婚姻資格のある成女となる通過儀礼としては裳着、鉄漿つけ(お歯黒)、十三参り、十三祝、娘宿入り等がある。端的にいえば赤い腰巻を着用した娘は成女であり、早乙女が赤い腰巻をチラリとみせるのが日本的エロティシズムの原風景であり、それは娘が婚姻資格のある一人前の女となったことの誇示を意味していた。中世の武家は9歳で鉄漿つけ、眉毛を抜いて元服をしたというが、17世紀頃は、「十三鉄漿つけ」の語の伝存するように、満年齢の1112歳初潮をみるころが折目とみられる。十三参り、十三祝は初潮をみての縁起習俗とみられる[渡邊2004 142-143]。成女式は徳川時代よりおよそ1314歳とみられる、徳川時代の皇族の裳着は16歳、近代の対馬の成女式が17歳とされ比較的高い年齢といえる。歌垣など集団見合いの土俗などは古くから知られいることである。

  従って1617歳女子は女さかりとして肉体の輝く時期であり古くより成熟した年齢であり結婚するに相応しい、婚姻適応力のある年齢とされてきたのである。

 

3)江戸の三美人の年齢

 

 江戸では明和期と寛政期に美人ブームがあった。明和の三美人は笠森お仙(谷中笠森稲荷鍵屋)・柳屋お藤(浅草楊枝見世柳屋)・蔦屋およし(浅草大和茶屋)または堺屋おそでであるが、最大級のアイドルとして爆発的ブームになったのが谷中笠森稲荷の水茶屋鍵屋のお仙である。鍵屋は父親の五兵衛が建てた単にお茶と菓子を出すだけの純喫茶、社務所直営の健全な水茶屋であるから、講談などの色恋沙汰は創作なのであって、本物の清純派アイドルといえる。鈴木春信の画いた錦絵は三十種に及び、双六、手ぬぐい・人形などのグッズも売れたのである。

お仙は11~12歳頃父の店を手伝うようになった。既に明和元年13歳時に評判の美人娘だったが人気絶頂の明和七年に19歳で姿を消した。武家の養女となったうえ、幕府御休息御庭者支配の倉地政之助と結婚、役人の妻として桜田門外の御用屋敷で77歳まで幸福な生涯を送った。

要するにアイドルとしては13歳ころから評判となり、人気絶頂の19歳で引退とであるる

 寛政の三美人は浅草寺随身門前難波屋おきた、両国薬研堀高島屋おひさ、芝神明町菊本おはんである。おきたは寛政五年の『水茶屋娘百人一笑』によると16歳で、14~15の頃から見世に出ていたとみられている。おひさは両国米沢町の煎餅屋の内儀であり、おきたより1歳年長だった。従って寛政の三美人とは16~17歳である。喜多川歌麿が三美人を画いているが、おきたは18歳が最後なので、寛政7年18歳で姿をかくしたとみられている。[佐藤要人1993

 従って娘盛りは16~17歳という認識をもってよいと思う。

 幕府の人口政策で農村からの流入を防止したので、江戸は幕末・維新期には男女同じ比率となっていた。大坂は大店が大量の未婚の奉公人を長期に抱え込んでいたのに対し、江戸では未婚の奉公人は、独立自営者となるケースが多く、幕末から明治の東京は結婚しやすい都市だったと考えられる。

 

4)明治前期の東京は早婚で離婚率も高かった

 

 江戸および明治東京の庶民史研究者の小木新造氏(元江戸東京博物館長)によると、1870~80年代明治前半期の東京が離婚率が高く早婚であったということを指摘している[小木1979 287330頁]

 

 明治民法(明治31年、1898年施行)は法定婚姻適齢男子17歳、女子15歳としているが、それ以前は婚姻適齢の成文法はなかった。だたし改定律例第260条「十二年以下ノ幼女ヲ姦スモノハ和ト雖モ強ト同ク論スル」により、12歳以下との同意性交を違法としていることから、内務省では12年を婚嫁の境界を分かつ解釈とされていた。

 松村操『東京穴探』明治14年によると、東京の中等以上の資産を有する者の子女は「大抵男子二十歳前後、女子十四歳ニシテ結婚スルヲ以テ常トス」とある。

 

 

東京現住結婚年齢者対象表

『東京府統計書』

明治17年

       男    女

14年以下   11  128

15年以上  604 2740

20年以上 1880 2691

25年以上 2679 1496

30年以上 1607  811

35年以上  871  442

40年以上  略    略

 小木前掲書309頁

 この統計書を見る限り明治17年の東京は早婚の傾向をみてよいと思う。つまり女子は20~24歳の結婚より15~19歳の方が多い。14歳以下が128例、内訳が12歳7、13歳34、14歳87と決して多くないが、公式文書にこれだけの数値が記録されていることは重要であると小木は述べており、統計上現れない実態もあるとすれば12歳を婚姻年齢の境界とする解釈はぼ実態に即したものといえる。

 また松村操『東京穴探』明治14年第二篇九頁では東京における中等以上の資産を有する者の子弟は「大抵男子二十歳前後、女子十四歳ニシテ結婚スルヲ以テ常トス」とあり、14歳を標準的婚姻年齢とする見解がある。

 

5)東京におやいて娘盛りとは15歳から17歳であったという決定的証拠

 

 小木新造は東京における娘盛りが15歳から17歳と認識されていたことを示す資料として番付『東京箱入娘別品揃』を挙げている。これは朱引内六大区のうち三大区までの評判美人娘を番付にしたもので、年齢が記入されている。

これによると「日本橋品川町十六年二ヶ月佃屋おひさ」から「赤坂一ツ木十九年三ヶ月荒物屋おとき」まで96名に張出2名を加えて98名の娘が登場するがその内訳は

13歳  5人

14歳 11人

15歳 24人

16歳 19人

17歳 31人

18歳  2人

19歳  5人

20歳  0人

21歳  1人

 小木前掲書310頁以下

 98名のうち90名、92%が17歳以下である。美人・別嬪娘とは15~17歳をおおむねさしたのである。俗に娘十八番茶も出花と言うが十八歳は娘盛りを過ぎており、二十歳では年増との認識とみてよいだろう。現代でも山口百恵などの中三トリオをはじめとして15~17歳でデビューするアイドルが成功することが多い。例えば広末涼子は第1回クレアラシル「ぴかぴかフェイスコンテスト」でグランプリ獲得が14歳でタレントとなった。爆発的人気はNTTドコモポケベルのCMであるが15~16歳である。吉永小百合も『キューポラのある街』でヒロインとなり、『いつでも夢を』でレコード大賞を獲り清純派女優として人気を得たのが17歳である。

 15~17歳を娘盛りとする認識は実は現代もさほど変わらない。よって女性がもっも魅力的な16~17歳が婚姻適齢から外すことは自然に反したものであり18歳に引き上げることは適切なものではない。

文献表(引用・参考)

赤阪俊一

2008「教会法における結婚」Marriage in the Canon Law埼玉学園大学紀要. 人間学部篇 8

荒井献

1988『新約聖書の女性観』岩波書店

石崎泰助

1975「秘跡概念の発展についての一考察」アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 3521

石田尚

1988『実体的適法手続』大学図書

 

泉ひさ

1975「結婚の意義と条件--心理学的調査及び考察」アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 25317

市川尚久

1994『エマソンとその時代』玉川大学出版部

稲福日出夫

1985<論説>ミルトンの離婚論 : 法思想史におけるその位置づけ」<Article>Milton's Idea on Divorce : Its Significance in the History of Legal Thoughts同志社法學 371/2号【ネット公開】

岩井託子 

1996a「グレトナ・グリーン英国随一の結婚式場(1)  中京大学文学部紀要 31288

1996b 「グレトナ・グリーン英国随一の結婚式場(2)」中京大学文学部紀要 313434 34

1997「グレトナ・グリーン英国随一の結婚式場(5)第三部描かれたグレトナ婚三」 中京大学文学部紀要 32([英文学科]特別号) 1

1999a「グレトナ・グリーン 英国随一の結婚式場(8)第二部 さまざまなエピソード(2)駆け落ちカップル()華麗なるスキャンダル」中京大学文学部紀要 34199 

1999 bグレトナ・グリーン 英国随一の結婚式場(9) 3 描かれてきたグレトナ・グリーン(1)18世紀芸術におけるハードウィック婚姻法とスコットランド婚」 中京大学文学部紀要 342 65 

2002『イギリス式結婚狂騒曲 駆け落ちは馬車に乗って』中公新書

岩志和一郎

1991「ドイツの家族法」 黒木三郎監修 『世界の家族法』 敬文堂図書所収

上野雅和

1962「イングランドのキリスト教化と婚姻法-イングランドにおける近代的婚姻の成立過程」松山商大論集132号 115

1981 「イギリス婚姻思想史-市民的夫婦一体観の成立をめぐって」福島正夫編『家族 : 政策と法. 4 (欧米資本主義国)』東京大学出版会所収45

植木敏一

1971「ミルトンおける「男」と「女」」"Man" and "Woman" in Milton大手前女子大学論集 5

内村公義

1997「ジョン・ウェスレーの回心をめぐる人間学的一考察」長崎ウエスレヤン短期大学紀要 20

枝村茂

1975「婚姻の秘跡性をめぐる神学史的背景」アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 25197

1978「婚姻の不解消性と教会権についての神学的考察」アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 281

1980「カトリック教説における婚姻の目的の多元性」 アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 311

1985「カトリック教会法における婚姻の形式的有効要件とその史的背景」宗教法学3

大野秀夫

1993(書評)栗原眞人著「「秘密婚とイギリス近代」(1)(4)(「香川法学」一一巻一・三・四号、一二巻一・三号) 法制史研究 (43) 488

大日向幻

1978「離婚論におけるミルトンと「失楽園」の二つのFallMilton's Divorce Tract and the two Falls in Paradise Lost人文論究 27(1/2)

岡光民雄

1993「婚姻及び離婚制度の見直し審議に関する中間報告(論点整理)」について」 ジュリスト1019


 

 

小木新造

1979『東京庶民生活史』日本放送協会

河原温

2001『中世フランドルの都市と社会』中央大学出版会

1993「「中間報告」に対する私見」ジュリスト1019 

加藤東知

1927『英国の恋愛と結婚風俗の研究 』日本大学出版部

栗原真人

1991 <論説>秘密婚とイギリス近代 (1)<Article>Clandestine Marriage and the Modern Society in England (1) 香川大学 11巻1号(ネットオープンアクセス)

1992 「〈論説>秘密婚とイギリス近代 (3)<Article>Clandestine Marriage and the Modern Society in England (3) 香川法学 121号 79 (ネットオープンアクセス)

1992 <論説>秘密婚とイギリス近代(4・完)<Article>Clandestine Marriage and the Modern Society in England (4) 香川法学 122 105 (ネットオープンアクセス)

1996 フリートとメイフェア : 一八世紀前半ロンドンの秘密婚」 香川法学 1541, 1996

栗原涼子

2003「革新主義考アナーキストフェミニズムについて」Anarchist Feminism in the Progressive Era岩手県立大学盛岡短期大学部研究論集 5

 

 

国会図書館調査及び立法考査局 佐藤 令 大月晶代 落美都里 澤村典子

2008『基本情報シリーズ② 主要国の法定婚姻適齢』2008-

小梁 吉章

2015「わが国とフランスの婚姻の方式 : 外国の婚姻の効力の承認について <論説> 広島法科大学院論集11号【ネット公開】

近藤勝彦

1995「ミルトンにおける自由の理論と終末論」The Theory of Liberty in the Eschatology of John Milton神学57

桜田勝義

1973『輝やく裁判官群像 : 人権を守った8人の裁判官』有信堂

佐藤全

1984『米国教育課程関係判決例の研究』風間書房

佐藤哲也 

2012「近代教育思想の宗教的基層(1) : コトン・マザー『秩序ある家族』(1699)

The Religious Basis in Modern Educational Thought(1) : Cotton Mather, A Family Well-Ordered(1699) 宮城教育大学紀要 47号【ネット公開】 

佐藤要人

1993『江戸水茶屋風俗考』三樹書房 

 

柴田敏夫

1987「「コモン・ロー・マリッジ」略史」A Concise History of "Common Law Marriage"大東法学 14【ネット公開】

清水昭俊

1987『家・身体・社会』弘文堂

島津一郎

1974『妻の地位と離婚法』第42イギリスにおけるコモン・ロー婚の展開 有斐閣225

社本時子

1999『中世イギリスに生きたパストン家の女性たち-同家書簡集から』創元社

 

坂上敏子

1967「結婚-家族関係からの考察」大阪城南女子短期大学研究紀要 2

 

澤村雅史

2017「聖書における結婚と独身新薬テキストを中心に」福音と世界724

鈴木繁夫

2004「交わりの拡張と創造性の縮小 : ミルトンの四離婚論をめぐる諸原理について」

The Uncreative Interaction : Milton in his Divorce Tracts言語文化論集 261

(名古屋大学)【ネット公開】

2013「性格不一致の離婚とその起源 : ミルトン離婚論と現代離婚観の宗教性」

Incompatibility as Sufficient Grounds for Divorce : Religiosity in Milton's Divorce Tracts and Current Ideas on the Subject言語文化論集 35(1)

 

苑田 亜矢

1997 1159年の教皇選挙と教皇庁上訴 : イングランド史からの一考察」

The Papal Schism of 1159 and the Appeal to Pope Alexander III from England

有明工業高等専門学校紀要 33

2000「一二世紀イングランドにおける教皇庁への上訴をめぐって--1164年のクラレンドン法第8条および1172年のアヴランシュの和約の再検討」法制史研究 (50)

薗部寿樹

2010『日本の村と宮座』高志書院

 

高橋友子

2008「第7章夫婦と親子」齊藤・山辺・藤内『イタリア都市社会史入門』昭和堂

滝沢聿代

1994「民法改正要綱思案の問題点(上)」法律時報66巻12号1994年11月号72頁

滝澤聡子

200515世紀から17世紀におけるフランス貴族の結婚戦略 : 誘拐婚」人文論究551号【ネット公開】

田中和夫

1958「イギリスの婚姻法」比較法研究18号 25

田中通裕

1987「フランス親権法の発展 (1)<Article>L'evolution de la puissance paternelle en France (1) 法と政治 38(2)

田巻帝子

2017「「子供」の権利と能力-私法上の年齢設定-」山口直也編著『子供の法定年齢の非核法研究』成文堂所収

直江眞一

1990「『我々はイングランド法を変更することを欲せず』(Nolumus leges Anglie mutare)について」『法学』東北大 543

 

2014「アレクサンデル三世期における婚姻法 : 一一七七年六月三〇日付ファウンテン修道院長およびマギステル・ヴァカリウス宛教令をてがかりとして」法政研究. 81 (3

中川淳

1993「婚姻・離婚法改正の中間報告について」 ジュリスト1019

中川律

2008「合衆国の公教育における政府の権限とその限界(11920年代の連邦最高裁判例Meyer判決とPierce判決に関する考察」法学研究論集29

2009「合衆国の公教育における政府権限の限界-ロックナー判決期の親の教育の自由判例/マイヤー判決とピアース判決に関する研究」憲法理論研究会編『憲法学の最先端』敬文堂所収

長澤順治

1997『ミルトンと急進思想 英国革命期の正統と異端』沖積舎

永水裕子

2017「米国における医療への同意年齢に関する考察」山口直也編著『子供の法定年齢の非核法研究』成文堂所収

西川健誠

2005「夫婦の交わり,神との交わり : 『楽園喪失』における夫婦愛と信仰()

Conjugal Union as a Holy Communion : Love and Faith in Paradise Lost' (Part II)

神戸外大論叢 56(2)

2004「夫婦の交わり, 神との交わり : 『楽園喪失』における夫婦愛と信仰 ()'Conjugal Union as a Holy Communion : Love and Faith in Paradise Lost' (Part I) 神戸外大論叢 55(3)【ネット公開】

西島正

1954「ミルトンの女性觀」Milton's View of Woman紀要 3,

 

野田愛子

1993 「法制審議会民法部会身分法小委員会における婚姻・離婚法改正」の審議について」(上)」戸籍時報419 18

波多野敏

1990「フランス、アンシャン・レジームにおける結婚の約束と性関係」Promesses de mariage et relations sexuelles dans la France de l'Ancienne Regime京都学園法学 創刊号

平松紘・森本敦

1991「スコットランドの家族法」黒木三郎監修 『世界の家族法』 敬文堂所収

廣瀬隆司

1985「明治民法施行前における妻の法的地位」」愛知学院大学論叢. 法学研究2812

服藤早苗

1991『家成立史の研究』 校倉書房1991

JL・フランドラン/宮原信訳

1992『性の歴史』藤原書店

福地陽子

1956<論説>カトリツク教婚姻非解消主義の生成と發展<Article>THE GROWTH AND DEVELOPMENT OF THE CATHOLIC PRECEPT AGAINST DIVORCE」法と政治 7(4

本田弘子

1986「英国婚姻法(主として離婚法)と裁判所」The English Family Law and the courts : Chiefly on the Divorce Act日本法政学会法政論叢 22

 

松下晴彦

2004「グレトナ・グリーン「駆け落ち婚」の聖地」英米文化学会編『英文学と結婚-シェイクスピアからシリトーまで』彩流社所収

村井衡平

1974「【資料】一婚姻・離婚法() : 一九七〇年八月六日公表第一次草案」神戸学院法学 523

ルネ・メッツ 

1962久保正幡・桑原武夫訳『教会法』ドン・ボスコ社

森道子

2011「「めでたし、結婚愛よ」 : ミルトンの妻像におけるオウィディウスの妻」

"Hail, Wedded Love"--Ovid's Wife in Milton's Images of Wife大手前大学論集 12,

 

平井正穂

1958『ミルトン』研究社出版

不破勝敏夫

1984『私の家族法』 徳山大学総合経済研究所

山館香菜

2011「「自負と偏見」におけるリディア・ベネットのグレトナ・グリーン婚 : 物語への効果と役割」北星学園大学大学院論集 1

Lydia Bennet's Gretna Green Marriage : Its Effects and Roles in Pride and Prejudice

山中永之佑

1957「明治期の逆縁婚Levirate Marriage of Meiji Era in Japan

法制史研究 (7)

 

吉田道也

1954「教会裁判所の民事裁判権の終末」The End of Civil Jurisdiction of the Ecclesiastical Court法政研究 22(1)

 

 

吉中孝志

2002「アダムの肋骨とマーヴェルの庭(後編)The Rib of Adam and Marvell's 'The Garden' (Part III) 広島大学大学院文学研究科論集 62【ネット公開】

米沢広一

1984 「子ども、親、政府-アメリカの憲法理論を素材として-1- <Articles> Child, Parent and State神戸学院法学 152

1985a「子ども、親、政府-アメリカの憲法理論を素材として-2-Articles> Child, Parent and State (2) 神戸学院法学 153

1985b 「子ども,,政府--アメリカの憲法理論を素材として-3- <Articles> Child, Parent and State (3) 神戸学院法学 154

1989「家族と憲法(二)」法学雑誌(大阪市立大)361, 1

幸重 美津子

2003Milton's Bogyの向こう側 : ヴァージニア・ウルフのミルトン観についての一考察」

Virginia Woolf : When We Look Past Milton's Bogy英語英米文学論輯 : 京都女子大学大学院文学研究科研究紀要 2

 

ウタ・ランケハイネマン/高木昌史ほか訳

 1996『カトリック教会と性の歴史』三交社

フレデリック・ジュオン・デ・ロングレイ/有地亨訳

1967「フランス家族の成立過程 : フレデリック・ジュオン・デ・ロングレイ著"Le precede de la formation de la famille francaise" : F. Jouon des Longrais」法政研究 34(1)

 

渡邊昭五

2004『梁塵秘抄にみる中世の黎明』岩田書院 2004

ウェブサイトからの引用

1 Pew Research CenterChild marriage is rare in the U.S., though this varies by stateNovember 1, 2016

2 ニュースの穴 女性の婚姻適齢が改正で18歳に引き上げへ 早ければ2021年にも施行 

2017-02-08

3 ニューヨークタイムズ記事「 Its Legal for 14-Year-Olds to Marry. Should It Be? By LISA W. FODERAROMARCH 13, 2017

4 CBSN.Y.2ch記事「 Advocates Call For End To N.Y. Law Allowing Children As Young As 14 To MarryFebruary 14, 2017 10:58 PM

5 WMUR-TV記事「NH House rejects bill to raise minimum marriage age to 18

Existing law allows 13-year-old girls, 14-year-old boys to marry with parental, court approval Updated: 10:56 PM EST Mar 9, 2017

6 PDF http://nownyc.org/wp-content/uploads/2016/02/Factsheet.pdf

7PDF「諸外国における成年年齢等の調査結果」ttp://www.moj.go.jp/content/000012471.pdf

ユタ州経済 近隣諸州より好調維持

http://blog.goo.ne.jp/numano_2004/e/eb4e275ac3ec0f8a79b4614e9309e147

 

2017/05/27

ワークライフバランスの勘違い

 うるさいくらいワークライフバランスとかいわれてますが、これはもともと優秀な女性社員の離職率を低下させるための企業の政策で、男性と、優秀でない普通の労働者にとっては男女を問わず無関係な事柄である。ワークライフバランス=働かない主義で、仕事を手抜きしたり遅滞させると結局、その人の評価が下がる。優秀な人は手抜きの仕方がわかるが、普通の人はそうはできないから、時間をかけてクオリティの高い仕事を維持するしかない。従って優秀な女性のいない企業、公務員のようにもともと離職率の低い企業にとって合理性はなく、大多数の労働者には有害な政策なのである。
 女性活躍国是、安倍の考えた東大出の高橋まつりさんが活躍できない長時間労働が悪いとかいう特殊な問題を一般的な労働政策とするところに大きな飛躍がある。出会い系バーに通おうが、何しようが、安倍に楯突いた前川さんを尊敬しますよ。九条二項を削除しないとはっきりいった安倍は結局左翼と同じ、公明党が認める憲法改正しかやりませんなんて、偽装保守としかいいようがない。もういい加減に、石破さんでもいいから変わってもらいたい。
 

民法731条改正案反対シリーズ(下書き)男女とも18歳とする1996年法制審議会民法部会の答申の改正理由に全く論理性がない(続)

4.社会的・経済的成熟の要求は結局不当な主観的判断といえる

 

1)漠然不明確な婚姻の自由抑制理由

 

 1996年法制審議会答申は、当時成人年齢引き下げが議論になっていなかったにもかかわらず18歳とする理由として「社会生活が複雑化・高度化した現時点でみれば、婚姻適齢は、男女の社会的・経済的成熟度に重きを置いて定めるのが相当」としているが、結局それし主観的判断である。社会的・経済的に成熟した年齢とは21歳といえるし30歳ともいいうる。18歳とも16歳ともいえるし、人によって異なるともいえる。婚姻適応能力以上のものを求める理由が社会生活の複雑化・高度化というはの漠然としていて、具体的に何をさしているのか不確定である。こんな理由で、婚姻の権利をはく奪し、幸福追求権を奪うのは根拠薄弱だといわなければならない。

 政府が社会的・経済的成熟に達してないとする断定する年齢、例えば17歳の結婚が、当事者の福祉に反する、当事者の最善の利益にならない、婚姻適応能力がないという立証は不可能である。

 これだけ裏付けが乏しいのに国民の権利を縮小することがあつてはならない。

 

2)もともと婚姻適齢に自由主義的だった我が国の伝統に反する

 

翻って考えるならば我が国の婚姻適齢法制は 養老令戸令聴婚嫁条男15歳女13歳(唐永徽令の継受)、ただし数え年なので実質、ローマ法やカノン法と同じである。

明治初期は婚姻適齢の成文法はなく、改定律例第260条「十二年以下ノ幼女ヲ姦スモノハ和ト雖モ強ト同ク論スル」により、12歳以下との同意性交を違法としていることから、内務省では12年を婚嫁の境界を分かつ解釈としていた。[小木新造1979

明治民法(明治31年、1898年施行)は婚姻適齢男子17歳、女子15歳と定めた。女子15歳は医学上の見地で、母胎の健康保持のため15歳以上とするのが適切との見地による。それは一応合理的な立法理由となっている。

医学が発達し、女子の体格も栄養状況も良くなった今日、婚姻適齢を引き上げる理由はむしろなくなったというべきである。

戦後民法の男子18歳、女子16歳は、アメリカ合衆国で多くの州がそうだったとしてねたんに「宗主国」の法制の継受にすぎない。

筆者は、婚姻適齢法制のなかった明治前期の意義も大きいと考えており、挙式を要求せず、離婚も協議離婚で容易な結局我が国の婚姻法制は、欧米と比較しても自由主義的であり、民間の婚姻慣習を尊重しているといえるのであり、この伝統から婚姻適齢に関しても、政府の干渉は好ましくないと考える。

 

3)庶民の家族慣行に適合させることを重視している我が国の家族法の伝統にも反する

 

明治民法についても庶民の家族慣行を尊重している立法趣旨が伺えられるのである。それは逆縁婚の合法化で明確だと思う。

亡妻の妹と再婚することを順縁婚、人類学ではソロレート婚、亡兄の嫂を娶ることを逆縁婚、人類学でレヴィラート婚という

明治前期、逆縁婚が禁止されていた時代があった(明治8年太政官布告)。[山中永之佑1957]逆縁婚は士族の家族慣行では儒教倫理に反し許容できない。

しかし明治民法起草者3名のうちもっとも開明的な梅謙次郎が、庶民の家族慣行では、逆縁婚により家継承が円滑になされることを知っており、民法は庶民の慣習に適合すべきとして士族の筋目論を排除した。

貞女は二夫に仕えずという儒教倫理よりも家継承が重視されるのが日本の庶民の家族慣行であり、明治民法では庶民の家族慣行を重視し 順縁婚、逆縁婚とも合法としたのは大英断であったと考える。というのは、戦争未亡人の多くが逆縁婚で再婚し、家を継承しているのであり、無用の混乱を回避できたのである。

順縁婚は、逆縁婚ほど問題にはならなかったが、西洋では教会法によって近親相姦として禁止され、イギリスやフランスでは死別でなく離婚後の順縁婚を禁止していた。近代化にあたって、西洋のような立法政策もありえたのであるが[廣瀬隆司1985]、やはり入夫婚姻(聟入)のケースで妻が死亡したとき、聟がそのまま亡妻の妹と再婚して家を継承することはありうることであって、庶民の慣習からみて順縁婚合法は妥当なものである。

明治民法制定より以前には夫婦同氏も庶民では普通の慣行となっており、明治9年の太政官指令を覆したともいえるが、そのように、家族法とは、国が上から目線で支配階級の家族慣行を国民に強要するものではないのであり、民間の慣習に合致することを重視していた。

しかし、今回の1617歳女子婚姻非合法化は、あつかましくも高卒程度の社会的・経済的成熟の要求という、上から目線のもので、庶民の婚姻慣習を重視していたこれまでの家族法の立法思想とも違和感がある。

 

 

4)平均初婚年齢の上昇や、18歳未満の結婚が0.21%と少ないことは婚姻適齢引き上げの根拠にはならない

 

 我が国では、平均初婚年齢、生涯未婚率の上昇が人口問題となっていることは周知のとおりであり、90年代三千組いた未成年者の結婚も2015年の1617歳女子の結婚が1357組ですぎず、全体の0.21%にとどまっており、アメリカ合衆国の2014年に1517歳の未成年者の結婚が約 57,800人、全体の0.46%と比較しても少数である。

 しかし、初婚年齢や未婚率は、社会的・経済的・文化的・政治的状況で変異する変数であるが、先進国だからとか、高度産業社会だから晩婚化するというような性質のものではない。ユタ州女子の平均初婚年齢は22歳だという。人口政策的にはうらやましい限りだが、経済が好調であることもあるがモルモン教の文化に由来することはほぼ間違いない。

 我が国でも、文化的状況の変化や政策転換で未婚率上昇はくいとめることは可能である。

 個人がおかれた社会的・経済的・文化的諸状況は個人差があるので、早婚の人もいれば晩婚の人もおり、生涯結婚できない人もいるのである。

 したがって理念的な法廷婚姻適齢の問題とは別である。

ローマではアウグスティヌスの立法以来、婚約最低年齢を7歳、婚姻適齢を男子14歳、女子12歳としてり、教会法(カノン法)もローマ法を継受し、コモンローもそうである。カトリック教会は1918年カノン法大全を廃止し、成文の教会法典で、婚姻適齢を男子16歳、女子14歳とし、英国は1929年に婚姻適齢を男女とも16歳としているから、男子14歳、女子12歳は2千年に近い長きにわため婚姻適齢の基準であったわけが、だからといって、前近代社会が早婚であったわけではない。

これは近年の歴史人口学、歴史民勢学の成果で明らかなことであり、ヘイナルの指摘するように北西ヨーロッパは、前近代から女子の10代の結婚は少なく20代半ばが普通だった。晩婚で未婚率が高かった。むしろ工業化で女子が工場労働に参入することにより、持参金効果をもたらし婚姻年齢が下がった。

なおイタリアは比較的若かったといえる1427年フィレンツェは、市内でも農村部でも女子は18歳、ヴェネチアは貴族では1416歳だった。[高橋友子2008]

我が国でも、持統女帝(ウノノ皇女)が13歳、光明皇后(藤原安宿媛)は16歳と若いが、一般の庶民は20代と婚姻年齢は高かったと考えられている。

従って、法定婚姻適齢は、初婚年齢などの推移で上げ下げするような性質のものではない。

 

 

2017/05/25

キッズウイークは不愉快

  また国家社会主義者安倍が鬱陶しい政策を出してきた。大人の有給休暇取得促進のためのキッズウィークとか。ネットでも評判がわるいが、どこまで政府は働かない主義で干渉したら気が済むのか。アメリカのように法定有給休暇がない国のほうがまとも。経済低迷しているのに働かない主義の奨励は異常。一億総中流といわれたのは80年代のことで、土曜日も働いてたから、たまには観光旅行という気分になったが、いまはそういう時代じゃないでしょ。
 18世紀イギリスの貧しい労働者は1日14~15時間労働、週6日休まず働き、休日はクリスマス、イースター、聖霊降臨節。年8日ある処刑の日だけ。処刑の日が休みなのは怠惰とその報いの見せしめにしようというもので、別に労働者保護が目的ではない。もちろん労災補償とかはないわけだし、一方、金持ちは10時か11時に起き、おそい朝食のあと、街中を散策する。5時から7時に正餐をとり、夜は居酒屋かクラブと友人に会い、カルタをしたり酒を飲む。夜食を10時から午前2時の間にとるという生活だった。18世紀が進むとより遅い夜食が流行した。(リチャード・B.シュウォーツ 著 ; 玉井東助, 江藤秀一 訳『十八世紀ロンドンの日常生活』研究者出版1990 127頁以下)
 要するに朝寝坊し夜更かして遊びたければ、ビジネスに成功し金持ちになれということ。それが身の丈ににあった生活でまともな考え方だったように思える。
 政策を180度かえて経済や雇用判断に政府は干渉しないレッセフェールに転換すべきだ。一億総活躍とか、休み方改革とかうるさいスローガンをかかげる政府にうんざり。クーリッジ大統領のような「目にみえるだけで、声が聞こえない政府」が最善だと思う

2017/05/21

民法731条改正案反対シリーズ(下書き)男女とも18歳とする1996年法制審議会民法部会の答申の改正理由に全く論理性がない

一 男女とも18歳とする1996年法制審議会民法部会の答申の改正理由に全く論理性がない

  男女とも18歳とする案は、1996年の法制審議会民法部会の答申にもとづく。その理由はの一つは、婚姻年齢を18歳以上とするのは世界的趨勢であることとしているが全く虚偽である。
 第二に婚姻資格者には高校修了程度の社会的・経済的成熟を要求すべきということを理由としているが、論理性は全くない。
   裏づけが乏しいにかかわらず権利剥奪を強行する理由は、これまで18歳引き上げを主張してきた日弁連女性委員会ほか女性団体のメンツをたてることだけでしかない。女性団体の主張が、幸福追求権や婚姻の自由よりも重視されている政策として糾弾に値する。
            
 
(一) 法制審議会答申のいう婚姻適齢 「18歳が世界的趨勢」というのは全くの偽情報であり、法制審議会は国会・国民をだましている
  1.先進国において16歳が婚姻適齢とされている立法
 ここでは、英国・アメリカ合衆国等の婚姻適齢法制をとりあげるがいずれも16歳で結婚できる。したがって18歳が成人年齢というのは世界的趨勢であっても、婚姻適齢については全く誤りである。
 特にアメリカ合衆国は、統一州法委員会の統一婚姻・離婚法のモデルが16歳は親の同意要件より婚姻てきる年齢と定めており立法政策の推奨モデルなのである。従って婚姻適齢16歳がアメリカでの一般的な法制であり大多数の州がそうであるから、スタンダードが16歳である。
 にもかかわらず18歳が世界的趨勢などというのは虚偽であり、したがって、1996年法制審議会は故意に偽情報を流し、不当に英米独などの先進国の立法例を無視して安易に結論したものであり、国会、国民を騙す詐欺行為の手口きわめて悪質であり、糾弾されてよいレベルである。
 男女とも婚姻適齢を18歳とするのは、ソ連・東独の社会主義モデルであり、世界全体がそのような傾向にあるわけではない。それが正しいわけでもない。もっともフランスが2008年に婚姻適齢を引上げている。ドイツも今年18歳に引上げる見直しがされているが、改正理由がイスラム圏からの移民が増加し、親による強制的な結婚の防止ということであり、フランスのような改正例を一般的傾向とみなすことはできない。 
 
(1) 英国
 婚姻障碍を16歳未満の者、18歳未満で親の同意のない者、近親婚、重婚と規定しており、男女とも16歳を婚姻適齢とする。イングランド、ウェールズ、北アイルランドでは未成年者は親の同意を要するが、スコットランドでは親の同意も不要である。[田中和夫1958 松下晴彦2005 平松・森本1991]
 なお婚姻適齢を男女とも16歳としたのは1929年法である。それ以前はコモン・ローの男14歳・女12歳であった。なお英国婚姻法の歴史的変遷については後述する。
 
(2) アメリカ合衆国
A 要旨

 我国の戦後民法改正による現行法の婚姻適齢は1940年代米国で男18歳、女16歳とする州が多かったことによるので米法の継受である。
 しかし現在では大多数の(34州) では男女とも16歳を法定婚姻年齢(ただし16・17歳を親ないし保護者の同意を要する)とし、加えて16歳未満でも裁判所の承認で婚姻可能としている州が多い。27州が最低年齢未満であってもあらゆる年齢で、技術的に裁判所の承認により結婚可能である。
 各州の婚姻適齢法制一覧で、信頼できるものとしてコーネル大学ロースクールの https://www.law.cornell.edu/wex/table_marriage Marriage Laws of the Fifty States, District of Columbia and Puerto Ricoがある。このほかhttp://family.findlaw.com/marriage/state-by-state-marriage-age-of-consent-laws.htmlState-by-State Marriage "Age of Consent" Lawsもある。
 Pew Research CenterのChild marriage is rare in the U.S., though this varies by stateNovember 1, 2016によれば、16歳と17歳は34州で親の許可を得て結婚することができる。と記載されている
 
 国会図書館調査及び立法考査局 佐藤令 大月晶代 落美都里 澤村典子2008『基本情報シリーズ② 主要国の法定婚姻適齢』2008-bの記載は「ほとんどの州が、親の同意なしに婚姻できる年齢 を男女とも18歳とし、親の同意と裁判所の承認を必要とする年齢をこれより低く設定してい る(135州及びワシントンD.C.が男女16歳であり、その他の州の規定ぶりは多様である(男女17歳、15歳、14歳、また 男女差を設けている州もある)。
06)。ただし、カリフォルニア、カンザス、マサチューセッツの3州は、婚姻適齢の最低年 齢に関して明文規定がない)‥‥」との記載であるが、18歳はあくまでも親の同意を要しない婚姻適齢であって、親の同意要件を前提とすれば16歳を基準とする州が大多数な点を注意してほしい。
 
         
B 男女とも16歳を婚姻適齢としている州が多い理由
a)統一婚姻・離婚法モデル
 男女とも16歳としている州が多い理由の第一は、米国には私法の統一運動があり1970年代に統一州法委員会(各州の知事の任命した代表者で構成される)の統一婚姻・離婚法モデルが法定婚姻年齢を男女共16歳(18歳は親の同意を要しない法定年齢)としモデル案を示していたことによる。
 米国では 16歳を親の同意があれば婚姻適齢とするのが標準的な婚姻法モデルなのである。もっとも婚姻法はあくまでも州の立法権であり、統一婚姻・離婚法モデルは州権を拘束しないが、多くの州がモデル案に大筋で従った法改正を行った。
 ちなみに1970年公表統一婚姻・離婚法(案)は次のとおりである。[村井衡平1974]
203条
1 婚姻すべき当事者は、婚姻許可証が効力を生じるとき、18歳に達していること。または16歳に達し、両親・後見人もしくは裁判上の承認(205条1項a)を得ていること。または16歳未満のとき、双方とも、両親もしくは後見人または裁判上の承認(205条2項a)を得ていること‥‥
205条[裁判上の承認]
a裁判所は未成年者当事者の両親または後見人に通知するため、合理的な努力ののち、未成年者当事者が、婚姻に関する責任を引き受けることが可能であり、しかも婚姻は、彼の最善の利益に役立つと認定する場合にかぎり、婚姻許可書書記に対し、
1 両親または後見人がいないか、もしくは彼の婚姻に同意を与える能力をもたないか、または彼の両親もしくは後見人が枯れの婚姻に同意を与えなかった16歳もしくは17歳の当事者のため、
2 彼の婚姻に同意を与える能力があれば、両親が、さもなくば後見人が同意を与えた16歳未満の当事者のため、婚姻許可書‥‥の書式の発行を命ずることができる。妊娠だけでは当事者の最善の利益に役立つことを立証しない。
 この案はアメリカ法曹協会家族法部会が関与しているので、アメリカの法律家の標準的な考え方としてよいだろう。
 
b)ERAの批准過程
 
 第二の理由は、男女平等憲法修正条項(ERA)が1972年に議会を通過し、各州が批准の過程で、多くの州が男女平等に法改正したことである。もっとも35州の批准で止まったため憲法は修正されていないので、男女差のある州も残っている。
 このように米国では男女平等を達成する場合でも既得権であった16・17歳女子の婚姻資格を剥奪せず、男子の婚姻適齢を引き下げるを方法をとっているのである。
            
c)年間5万8千人が18歳未満で結婚しているという現実
 
 Pew Research CenterのChild marriage is rare in the U.S., though this varies by stateNovember 1, 2016によれば、。2014年に15~17歳の未成年者は約 57,800人だった。これは全体の0.46%である。未成年者の結婚多い州はウェストバージニア.0.71%、テキサス0.69%だった。我が国の2015年の16・17歳女子の結婚が1357組で、全体の0.21%と比較すると、アメリカは未成年者の婚姻比率は高く、無視できないものとなっている。
 
C 年少者の婚姻可能性を否定しない理由は何か

a) 憲法上の基本的権利である結婚し家庭を築く自由
 
○実体的デュープロセス
 合衆国では、年少者の婚姻資格斬り捨てをしない理由として憲法により明文されていないが、修正14条の実体的デュープロセスとして結婚の自由が憲法上の基本的権利とされていることと関連があると考える。
 合衆国憲法修正14条(1864年確定)第1節は「合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。また正当な法の手続きによらないで、何人から生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護を拒んではならない。」と規定している。
 もともとデュープロセス条項は告知・弁護の機会という最小限の手続きの保障だった。ところが実体的デュープロセス理論が発展し、デュー・プロセス・オブ・ロ-、適正な法の過程とは法執行の手続きだけ関する概念ではなく、法の内容にも適正さを要求する概念と主張された。つまり生命・自由・財産を「適正な手続きによらずして」だけでなく「適正な法によらずして」剥奪してはならないとするのである。
 この理論により、個人から生命・自由・財産を奪うことになる実体法の内容の審査、政府の実体的行為が司法審査の対象とされ、裁判所が成文憲法中の特定の明文に依拠せずとも裁判所が基本的性質を有するとする価値を憲法中に織り込み憲法規範として宣言し、それを侵害する制定法を無効とした。先例はアルゲイヤー対ルイジアナ判決Allgeyer v. LouisianaA, 165 U.S. 578 (1897)  である。
 
○1923年マイヤー対ネブラスカ判決の卓越性
 
 連邦最高裁は第八学年まで英語以外の現代語教育を禁止する州法を違憲としたMeyer v. Nebraska, 262 U.S. 390 (1923)で憲法には明文規定がなくても傍論で初めて幸福追求の権利の一つとして「結婚し家庭を築は子どもを育てる」自由が憲法修正14条の保護する「自由」にあたるとした。1923年のこの判決は、我が国の憲法13条の幸福追求の権利の母法に値するものと考える。
 事案は大略して次のとおりである。第一次世界大戦はアメリカニズムを高揚させ、敵国ドイツの移民の多かった中西部では、ドイツ系移民の子弟が多く通う宗教系私立学校が敵国を利する企みの巣窟として厳しい疑いの目でみられた。そのような背景のもとで1919年のネブラスカ州は、第八学年修了まで外国語教育を禁止するサイモン法を制定する。
マイヤーはジオン福音主義ルター派教会の教区立学校で10歳の児童にドイツ語で聖書物語を教えたため訴追された。州最高裁は有罪を確認したが、連邦最高裁は、同法が合衆国憲法修正14条に違反し違憲と判決した。
 マクレイノルズ判事執筆による法廷意見は憲法修正第14条が保障する自由とは「単に身体的な拘束からの自由のみならず、個人が契約し、なんらかの普通の生業に従事し、有用な知識を習得し、結婚して家庭を築いて子供を育て、自己の良心の命ずるところに従って神を礼拝する権利、および公民(freemen)が通常幸福追求にあたって不可欠なものとして コモン・ローにおいて長い間によって認められている諸特権(privileges) を遍く享受する権利をさす。」「先例によって確立されている法理によれば、この自由は、州の権能内にある何らかの目的と合理的なかかわりをもたない立法行為によって妨げられてはならない。‥‥」「単なるドイツ語の知識が有害であるとは考えられない。これまで、それは有益で望ましいものであるとみなされてきた。‥‥当該教員は、彼の職務としてドイツ語を学校で教えたのである。教員の教える権利と、彼によって自分の子供にドイツ語を教えてもらう親の権利は、修正14条の範囲内にある‥‥」「明らかに州立法府は、現代語学の教師の職業。生徒の知識を獲得する機会、自分の子供の教育をコントロールする親の結果を、多大に侵害しようとしているとして」修正14条のデュープロセス条項に違反すると結論づけた。[佐藤全1984 173頁、米沢広一1984、中川律2008]
 この判決は親の監護教育権、職業を不当に奪われない権利の先例として評価され、結婚の自由は傍論部分にすぎないし、契約の自由は1937年に判例変更されていることは周知のとおりであるが、自由人が通常幸福追求にあたって不可欠なものとして「結婚して家庭を築いて子供を育て、自己の良心の命ずるところに従って神を礼拝する権利」を示した意義は大きく、その後の宗教の自由や。結婚の自由等の人権判例に引用されるところとなった。
 
○1967年ラビング対ヴァージニア判決(結婚を人間の基礎的な市民的権利と宣言)
 
 そして連邦最高裁はLoving  v. Virginia, 388 U.S. 1 (1967)でバージニア州の異人種間の婚姻を刑罰をもって禁止する州法を違憲とした。
 本判決の争点は平等保護条項(人種差別)とデュープロセス条項(結婚の自由=実体的デュープロセス)である。
 本判決はまず、厳格な審査テストを用いて、人種のみを理由とする結婚の自由への制約は平等保護条項違反とする。次いで次のようにデュープロセス条項違反にもなるとしている。ウォーレン長官による法廷意見は「結婚の自由は、自由な人間を秩序だってと追求するのに不可欠で重要な個人の権利の一つとして、長らく認められてきた。結婚は『人間の基礎的な市民的権利』の一つである。まさに我々の存立と存続にとって基本的なものである」。とし、「結婚への権利を直接的かつ実質的に妨げる場合」厳格な審査テスト、もしくは厳格な合理性のテストの対象となるとしている。[米沢広一1989]
 なお筆者は見てないが。この事件を題材にした「ラビング-愛という名の二人」という映画が我が国でも公開され、その宣伝によればアカデミー賞最有力とのことである。
Zablocki v.Redhail 434 US 374 (1978)は、無職で貧困のため非嫡出子の養育料を支払っていない男性が別の女性と結婚するための結婚許可証を州が拒否した事件で、結婚の権利を再確認し違憲とされた。
  Turner v. Safley, 482 U.S. 78 (1987)は刑務所の所長の許可がなければ囚人は結婚出来ないとするミズーリ州法を違憲とし、受刑者であっても結婚の権利があり、憲法上の保護を受けることを明らかにした。[米沢広一1989]。
 このほか法廷意見を構成できなかったが住居地域規制による同居者制限が違憲判断されたものとしてMoore v. City of East Cleveland 431 U.S. 494 (1977 )がある。問題の家族制地域条例は、世帯主の孫との同居は孫が兄弟である場合に制限していたが、ムーア夫人は従兄弟同士の孫と同居したため、条例違反で処罰されたという事案で、パウエル判事の相対多数意見は、実体的デュープロセスに反しこの条例を無効とした。「先例は家庭という構成がアメリカの歴史と伝統に深く根差しているとの理由で、家庭の神聖が憲法上保護されているとしている。アメリカの伝統は、核家族員のみの結合の尊重を受に限定されねものではない。‥‥殊に祖父母が世帯をひとつにする伝統も、同じく尊重を受け。憲法上の権利として認めるに値する深いルーツを持っている。」と述べている。[石田尚1988 101頁]以上のような判例からみて、アメリカ合衆国における結婚し家庭を築く権利性は明白である。
 米法で家族関係一般に政府が介入する根拠として主張される伝統的な理論はポリス・パワー(公衆の衛生、安全、モラル、一般福祉を促進するための政府の全権的権限)とバレンス・パトリエ権限(国親思想)であるが、結婚の自由が基本的権利とされた以上、結婚を妨げる政策に緩やかな審査基準がとられることはない。
 このような結婚の自由の判例の進展からみて年齢制限も憲法問題になるのであり、安易な理由で年齢制限の強化はやりにくいのである。
 
  B バレンス・パトリエ権限による介入は論理性がない

 未成年者に対して成人に認められている権利の制約を正当化する理論でとしてバレンス・パトリエ権限がある。これは、13世紀の精神障害者に対する国王の後見権限を起源とする。自ら最善の利益になるよう行為する能力に欠ける子どもや精神障害者のような人々を保護するための政府の限定的なパターナリスティックな権限であり、例えば、親が社会の害悪から子供を保護しえない場合、虐待や遺棄など子供を保護するための介入がそれである。ただし子供の最善の利益を促進するときのみ行使されなければならないとされる。[米沢1984]
 しかし「子どもにとっての最善の利益」という概念は、非常に曖昧であり、政府が恣意的に家族生活に介入する危険がある。このために、概念を限定化。明確化すべきで、その場合に子供の将来にとってとりかえしのつかない負担が生じるという認定が専門家によったなされた場合のみ政府が介入を許容さされるべきとの主張がある。[米沢1985b]
  16・17歳で本人が結婚を望み、親も同意しているにもかかわらず、政府が当事者に婚姻適応力がない、あるいはそれが、害悪である。過酷である、当事者の最善の利益を促進しない、あるいはし当事者の将来についてとりかえしのつかない負担が生じると断定する根拠を示すことは不可能なであり、年齢制限には慎重にならざるをえない。
 
  C 成熟した未成年者の法理

 未成年者は、成人より広範な規制を受け、憲法上の権利も制約されるというのは一般論であるとしても、しかし成人年齢に基づく区分のみでは、未成年者の年齢差や個人差を考慮しえないし、年長の未成年者を子供扱いすることには問題がある。一定の未成年者は、一定の事項につい成人と同等に扱うことも考慮されてしかるべきである。
 米国の各州法では我が国の成年擬制と同じ未成年解放制度がある。婚姻、妊娠、親となること、親と別居し自活していること、軍隊への従事等を理由として原則として成年として扱う。(原則としてというのは刑法上の成年とはみなさないこと、選挙権、アルコール、タバコ、小火器の所持、その他健康・安全に関する規則では成年とみなされないという意味)。[永水2017]
 医療領域では、成熟した未成年者と、未成熟な未成年者に分け、前者に親の同意を得ずとも自己決定を是認する考え方がある。証拠法 、医療 などの領域で多くの州の法令は成人年齢より低い年齢を設定している。
 未成年者の結婚は親の同意要件が前提で、親の要保護権を無視するものではなく、未成年者の自己決定を重視しすぎるものでもないから、16歳以上であれは成熟した未成年者として婚姻適齢とすることは理にかなっている。
 
  D 文明史的コンテキスト(結婚は自由でなければならない、性欲の鎮静剤としての結婚の意義という教会法の理念の継承)
 しかし婚姻の自由が基本的権利とされるのは文明史的コンテキストが重要である。結婚は自由でなければならないというのは教会婚姻法(とりわけ古典カノン法)の理念であり、現代西洋人の結婚観の基本は教会婚姻法にある。〔わが国でも明治15妻妾制を廃止し、西洋の単婚理念を継受、戦後憲法24条では合意主義婚姻の理念を継受しているから無関係ではない〕
 結婚の目的として初期スコラ学者はコリント前書7:2,7:9(ふしだらな行為を避けるための結婚)を決定的に重視した。淫欲の治療薬remedium concupiscentiaeと公式化された教説である。姦淫を避け放埓さを防止するため、人は妻を持たなければならないというもので、ゆえに結婚は自由で容易に成立するものでなければならない。
 だからこそ無式合意主義婚姻理論をとる古典カノン法は、領主、親の同意要件を明確に否定し秘密婚を許容した。婚姻の自由の理念の核心はこれである。真正パウロ書簡を根拠とする神律であるから妥協の余地は全くないのであり、教会は数世紀にわたって結婚の自由のために秘密婚に反対する世俗権力と抗争した。
 中世教会婚姻法の自由な結婚の理念は、教会婚姻法が要式化により変質したトレント公会議の受け容れる必要のなかった英国において生ける法として継続したため、自由な結婚は近代に至るまで色濃く継承された。結婚の目的の第一義は、親族のためでもなく、財産のためでもなく、子供の育成でもなく、個人主義的な心理的充足のためであるという近代個人主義的友愛結婚は教会法の理念に由来する。したがって現代人の結婚観と基礎となっている西洋文明二千年のレガシー「婚姻の自由」は継承されるべきである。
 カノン法の婚姻適齢はローマ法を継受し男14歳、女12歳であるが、教会法学者はさらに緩めた。
「要求される年齢はいくつか?女子は最低11歳半、男子は13歳半である‥‥ただし、法律のいう、早熟が年齢を補う場合は別である。その例=10歳の少年が射精、もしくは娘の処女を奪い取るに足る体力・能力を備えているならば、結婚が許されるべきこと疑いをいれない。‥‥男との同衾に耐え得る場合の娘についても同様であり、その場合の結婚は有効である」Benedicti, J1601. La Somme des péchés1601[フランドラン1992 342頁]。
 結婚の第一次目的が淫欲の治療薬であるから、性行動が可能な身体的・心理的成熟=婚姻適齢でよいのである。これこそが文明的基準であったのである。
 
 
(3)カナダ
 オンタリオ州、ケベック州、ブリティッシュコロンビア州など主要都市のある州では16歳で結婚できる。,BC州では16歳未満は裁判所の許可を得て,16歳,17歳は親の 同意があれば認められる。ケベック州では,16歳を婚姻適齢とし,18歳未満は両親の同意及び裁判所の許可があ れば認められる。オンタリオ州では, 16歳を婚姻適齢とし,18歳未満は両 親の同意があれば認められる。
 

(4) ドイツ(2016年までの法)

 東西ドイツ統合後の婚姻適齢は成年(満18歳)である。ただし、当事者の一方が満16歳であり、他方が成年に達していれば、申立により免除が与えられる。[岩志和一郎1991]
 
*なおドイツのメルケル政権は200175日、18歳未満の婚姻を原則禁じる改正法案を閣議決定した。これまでは、16歳から結婚が可能だったが、中東などイスラム圏から難民らが大量流入して18歳未満で結婚している少女が急増、し与党内で政府に対応を求める声が高まっていたとの報道があるが、年少結婚に反対するする人権活動家の突き上げや中東の移民は親に強制されて結婚しているとの非難によるもので、特殊な事情からの法改正である。これが適切かどうかは検証が必要である。
2. 仏独型の改革でなく英米型の法思考がのぞましい

         

(1) 仏独・イスラム圏からの移民対策による婚姻年令引上げの愚
         
   フランスは2008年に従前の男18歳、女15歳から、男女とも18歳に引き上げている。法改正理由は男女平等と、イスラム圏からの移民が増え、未成年者の結婚が、親による強制結婚を助長しているとの非難にもとづくもあった。
  既述のとおりドイツもフランスと同様に、中東などイスラム圏の移民で、必ずしも当事者の本意でない年少者の結婚が増えていることの非難から、18歳引き上げヲ閣議決定したとの報道がある。
  これは、当事者の合意を重んじる西欧の結婚文化とイスラム圏の結婚慣習とが異なり文化摩擦ともいえるだろう。
   フランスに加えドイツも18歳に引き上げた例をあげて我が国もそうすべきだと、法務省言ってくるだろうが、我国では、親の同意を要する未成年者の婚姻が、親の強制を助長する弊害という問題は起きていないのであり、中東や北アフリカから移民が多いわけでもなく事情は異なる。特にフランスは法律婚が軽視され事実婚のカップルが多数であることを考慮するなら、我が国も仏独に追随する理由はない。年少者の結婚を害悪とする人権団体に踊らされており、社会政策として婚姻適齢をいじる仏独の姿勢に反発を覚えるものである。
   むしろ16歳を婚姻適齢の基準としている英米型の、婚姻の自由を幸福追求にとって不可欠のものと考え、年齢制限に慎重な法制度に倣っていくべきだということを強く国会議委員に訴えたい。
  (2)ニューヨーク州クォモ知事が婚姻適齢引上げ発言の問題点
         
   1929 年以来ニューヨーク州では、14、15 歳は司法及び親権者の承認を得て行う結婚でき、16・17 歳は単なる親の同意で結婚できる制度である。また27 州が州の法令で最低年齢未満であってもあらゆる年齢で、技術的に裁判所の承認により結婚可能であるが。ニューヨーク州は 14 歳であっても親と司法の同意を得て結婚することができる 3 つの州の一つである。ニューヨーク州では2000~2010年に3,853の未成年者が結婚している。
 2017年2月年少者の結婚に反対する民主党女性議員が、司法の許可による婚姻年齢を17歳に引き上げる法案を出し、クォモ知事も強制結婚をなくすため18歳に引き上げる政策を発表しているが、宗教的コミュニティ例えばユダヤ教ハシディーム派(Hasidic Jews)のある選挙区の議員は反対するだろうとの観測記事が有り、成立するかは不透明である。
   なおニューハンプシャー州ではコモンローの婚姻適齢に近い男子14歳女子13歳で婚姻できる州であるが、18歳に引上げる法案を2017年3月州議会下院は否決している。
   未成年者の結婚に反対する人権団体の主張は、早婚は性病罹患率が高い、結婚した者は未婚者と比較してハイスクールを中退する可能性を高める。早婚した者の貧困に陥る率が高い。早婚した女子は夫から暴力を受ける可能性が高いなどというものであるが、それが統計学的事実であるとしても、いずれの主張も憲法上の基本的権利を否定してよいほど「子どもにとっての最善の利益」を促進するものとは考えられない。人権活動家の一方的な見解であり、結婚が幸福追求の権利であること考慮していない。夫婦の情緒的な依存関係、相手を共感的に理解し、力づけあい、感謝し合うことの価値、それによって、人生の危機、苦労が乗り越えられるのである。そうした結婚の肯定的価値を捨象し、結婚よりジェンダー論的に女子の経済的自立を優先する価値観をとっている。結婚よりも経済的自立は絶対的な価値と思えない。むしろ危険な思想で、活動家の主張によれば結婚は21歳以上であるべきだというものとである。これは結婚の価値を不当に貶めているし、自己の価値観を他者におしつけようとしている余計なお世話。高校中退や貧困の可能性が高いという漠然とした理由で、結婚により幸福追求権を否定するものである。文化の多様性も考慮してない。クォモ知事の政策は人権活動家に踊らされている。
 
 
  (3)早婚を非難する人権団体はジェンダー論者で結婚よりも女性の経済的自立を望ましいとする偏った思想である
 
   私の価値観では、結婚し家庭を築く自由こそ、幸福追求に不可欠な基本的権利とし主張したい。他方人権活動家は、早婚は社会的・教育的・経済的に不利益となる確率が高く、若い女性の結婚を妨げ、経済的自立を促す政策が望ましいとの立場である。結婚を妨げることこそ人権だという主張であるが、これは幸福追求権の否定というほかない。この溝は大きく埋めようがないし、妥協の余地もない。
     結局人権活動家は、女性が男性の稼得能力に依存し従属することに反対しているのであるが、しかし、結婚が男性の稼得能力に依存する性格のものであれ、夫に従属するものてあれ、結婚することが幸福追求に不可欠だと考える女子の人生の選択を狭めるの女性の権利の侵害を公共政策とすべてとしいう主張なのである。
   米国国の主流の法思想では1923年のマイヤー対ネブラスカ判決や、1967年のラビング対バージニア判決をはじめとして結婚し家庭を築く権利は幸福追求に不可欠な憲法上の基本的権利とされているほか、カノン法以来、コモンローマリッジといった文明史的コンテキストによる結婚の自由を擁護する価値観があるので、たやすく年齢制限を肯定することはないと考える。
 実際ニューハンプシャー州議会は、男子14歳女子13歳を18歳に引き上げる法案を2017年3月否決したのである。さすがに「自由をしからずんば死を」を州のモットーとする州だと感心するものである。
 法務省あたりは18歳に引き上げたフランスの例、それに追随するドイツ、アメリカでもクォモ知事が14歳から18歳に婚姻適齢を引き上げたいという政策を打ち出しているなど、早婚の弊害を主張する人権団体の突き上げが強まっているとし、18歳にあげておくのが、今後人権団体やジォンダー論者のつきあげをかわすために必要というのだろうが、アメリカ合衆国の大勢は、1970年代の統一婚姻・離婚法モデルにそった16歳婚姻適齢、16歳未満でも裁判所の承認で救うというあり方がなお標準なのであり、この点くれぐれも国会議員はだまされないようにしてもらいたい。
  以上縷々述べたように英・米・カナダ等など16歳を婚姻適齢とする立法例と比較すると、我が国政府案の16歳・17歳婚姻資格剥奪は慎重さを欠き、配慮を欠くものとして非難されてやむをえない。
   
(二)16・17歳女子は社会的・精神的に未熟な段階とし、当該年齢での婚姻が当事者の福祉に反するという決めつけは根拠薄弱である
  1.相互扶助共同体を形成することは幸福追求に不可欠なものという認識に乏しい政治家・官僚
 結婚し家庭を築き子どもを育てること権利が、憲法13条の幸福追求権、24条1項の趣旨から看取できる婚姻の自由に含まれるだろうという前提でいえば、古くより婚姻適齢として認められ、1990代には年間3千組の当事者が存在していた、近年では2015年には1357組まで減少したとはいえ決して無視してよい数ではない。
 法律婚の意義は配偶者の相続権(民法890条)や夫婦間の子が嫡出子となること(同法772条1項等)にとどまるものではない。相互扶助の共同体を形成する意義が大きいのである。
 二人の仲が情緒的に依存する間柄であり、、最も共感的な理解者が結婚相手であり、お互い励まし合い、感謝し合う仲であれば、結婚で得られるものは大きく、人生の困難も乗り越えていくことができる。男女が相互扶助の共同体を得ることにより喜びは二倍に、苦労は半減するのである。
 しかも結婚はタイミングが重要である。恋愛感情の絶頂のときにスムーズに結婚するのが、最も満足感が高いものとなる。待婚を強いるのは過酷といえる。
 これは社会的に恵まれている階層よりも、そうでない階層にとってより切実で意義が大きいといえる。むろん性的アイデンティティを確立し、性欲を合法的に充足できるという結婚の意義も大きいものでありむ、この点はコリント前書7:9のとおりである。
 にもかかわらず、法制審議会や政府は、婚姻資格のはく奪、幸福追求権の否定に躍起になにっているのは異常なことだといわなければならない。
 16・17歳女子の婚姻資格を剥奪するからには、国民の権利を狭めるものであるから、それ自体が当事者の最善の利益にはならない、当事者の福祉に反するという、相当説得力のある理由がなければならないがそのようなものはない。また 1996法制審議会答申は「社会生活が複雑化・高度化した現時点でみれば、婚姻適齢は、男女の社会的・経済的成熟度に重きを置いて定めるのが相当と考えられ」とするが、それが高校卒業の18歳に求められ、16・17歳女子に婚姻適応能力がないという説得力のある根拠はなにも示されていない。またの婚姻資格剥奪に賛同する民法学者の見解も疑問をもつものであり、総じて根拠薄弱であるのに権利はく奪を強行しようとする姿勢に強い怒りを覚える。
 
 2. 高校卒業程度の社会的・経済的成熟の要求という理由は論理性が全くない
(1)中卒で婚姻適応能力がないという論理性はない
 義務教育終了後、進学・就職・行儀見習い・結婚、何を選択しようとそれは親の身上統制権、監護教育権、本人の選択の問題で、政府が干渉するのは悪しきパターナリズムである。もちろん中卒で就業することは労働法でも規制していないから、中卒で稼得能力がないということはありえない。
  いかに、政府が嫌おうとも幸福追求に不可欠な権利を剥奪を正当化するための当事者にとって結婚が最善の利益に役立ない、あるいは当事者の福祉に反すると立証できないのに、権利はく奪をすることは許されるべきではない。結婚という私的な事柄は、親も本人も結婚が望ましいと考えるなら結婚すべきであり、それは第三者や政府が干渉すべきことがらではないし、我が国の結婚慣習もそのようなものである。。
 仮に、高校卒業が望ましいという価値観を受入れるとしても、単位制高校など結婚と両立しうる履修の可能な高校もある。古いデータだが、1957年カリフォルニア州の75の高校で1425組の既婚高校生を調査した結果44~66%が妊娠のための結婚だった[泉ひさ1975]としているが、彼女らが学校から排除されているわけではない。ちなみに16歳で結婚した三船美佳は横浜インターナショナルスクールを卒業している。高校教育の必要性という理由は全く論理性がない。
  16歳で結婚した三船美佳が離婚したのは遺憾であるが、しかし鴛鴦夫婦として有名だったし、16歳の三船美佳に婚姻適応能力がなかったとはいえないのである。
 この点については民法学者の滝沢聿代氏(元成城大学・法政大学教授)が的を得た批判をされているのでここに引用する。[滝沢聿代1994]
 「要綱試案の説明は、高校進学率の高まりを指摘し、婚姻年齢に高校教育終了程度の社会的、経済的成熟を要求することが適当であるとする。しかし、婚姻適齢の制度自体がそもそも少数者の例外的状況を念頭に置いた理念的内容のものである。高校を終了したら誰でも婚姻しようと考えるわけではない。他方、義務教育のみで学校教育を終える者は依然存在し、これらの者こそ婚姻適齢の規定が意味をもつ可能性は高い。加えて、高校進学率の高さの実態に含まれる病理に思いを至すならば、安易な現状肯定から導かれる改正案の裏付けの貧しさに不安を覚える‥‥。 高校教育修了程度の社会的、経済的成熟を要求するとはどのような意味であろうか。まさか義務教育を終了しただけの社会的地位、経済力では婚姻能力に疑問があるという趣旨ではなかろう」
 さらに滝沢氏は人口政策としても疑問を呈し、「一八歳未満に法的婚姻を全く否定する政策は、婚姻適齢を比較的高くし(男二二歳、女二〇歳)、一人っ子政策によって人口抑制を図る中国法のような方向に接近するものと理解しなければならない。それは明らかに婚姻の自由に対する抑制を意味する」
法制審議会の趣旨、義務教育を終了しただけの社会的地位、経済力では婚姻適応能力を否定する見解は根拠薄弱である。
  なお、法制審議会は、未成年の結婚は性病罹患率が高い、高校中退の可能性を高める、夫から暴力を受ける可能性が高い、貧困を促す、親の強制結婚を助長しているといったような外国の人権団体のような反早婚思想を示しているわけではないが、我が国にはそうしたことは問題視されていないので理由にならない。
   むしろ高校を中退せざるをえなかった。あるいは退学されられたといった立場の女子を救う手段としての結婚に切実な価値があるとみるべきではないだろうか。
 民法学者の中川淳[1993]は「社会的・経済的な家庭生活の維持という立場、一八歳という年齢設定をしてもよい」平均初婚年齢が20歳を下ることはないことなどを18歳引き上げの理由としているが、平均初婚年齢は、社会的、経済的、文化的状況の変数であり、人々おかれる社会的、経済的、文化的状況が異なるから早婚の人もいるし、晩婚の人もおり生涯未婚の人もいる。結婚するには経済的収入は重要であるが、各人のおかれた立場はことなり平均にあわせる必要などないのであり、このように漠然とした理由では、幸福追求に不可欠な権利を剥奪を正当化するほどの理由とはとても思えないのである。
 アメリカの統計では未成年者の結婚は0.5%程度であり、我が国では0.21%と低く、圧倒的に18歳以上の結婚が多い。しかし0.21%だから切り捨ててよいという問題ではない。民法はあらゆる境遇におかれた国民に対応できるものでなければならず、特定の社会階層の価値観から一刀両断してよいものではない。
 
  3. 野田愛子氏(故人)の意見が不当にも無視された
 野田愛子氏とは女性初の高等裁判所長官、中央更生保護審査会委員、家庭問題情報センター理事などを務めた。法制審議会のなかでは少数派であり、婚姻適齢改正に反対、16歳・17歳の婚姻資格のはく奪に反対されていて、下記の平成4年の講演は傾聴に値するものである。
「‥‥現行法どおりでいいのではないか。つまり、婚姻適齢は男女の生理的な成熟度にあった規定であるからそれでいいという考え方と、いや、男女とも高校教育が一般化した今日、教育的、社会的平等に合わせて、年齢を男女とも一八歳にするべきという考え方とあります。一八歳にしますと、女子の場合は一八歳未満で事実上の関係ができて、妊娠するという問題がある。ここに何か手当てが要るというと、むしろ一六歳に揃えたらどうか、という考え方もあります。しかし一六歳に揃えますと、婚姻による成年(民法七五三条)の問題があります。一六歳に成年となっては法律行為等においても問題ではなかろうか。それぞれにメリット、デメリットがございます。
 そこで仮に一八歳に揃えた場合には、一六歳で結婚しようというときに婚姻年齢を下げて婚姻を許すような法律的な手立てが、どうしても必要になります。各国の法制を見ますと婚姻適齢を男女同年齢(一八歳以上)にした法制の下では、必ず要件補充の規程を設けて、裁判所が許可を与えるとか、行政機関が許可を与えるとか、そういうような条文を設けている国もございます。
 そうなりますと、婚姻の問題に国家の機関が介入するということも問題ではなかろうかという議論もでてまいります。家庭裁判所の立場からは、婚姻を認めるとか認めないとか、いったい何を基準に判断するのかというようなことも一つの疑問として定義されましょう。統計的に、一六、一七歳で婚姻する者は、約三〇〇〇件あるそうです。私の家庭裁判所判事当時の経験に照らすと、一六、一七歳の虞犯の女子が、よい相手に巡り合って、結婚させると落着く、という例も多く経験しています。あながち、男女平等論では片付かない問題らように思われます」〔野田愛子「法制審議会民法部会身分法小委員会における婚姻・離婚法改正の審議について(上)『戸籍時報』419 18頁〕
 最後の「虞犯女子」云々の発言は実務家の経験として貴重なものであると私は思う。」 90年代に16・17歳で結婚する女子は年間三千人いた。今日は当時より減っているだろうが、それが二千人であれ、永く認められていた権利の剥奪は慎重でなければならない。
 「虞犯女子」は社会的に恵まれていない社会階層といえる。夫婦の情緒的な依存関係、相手を共感的に理解し、力づけ、感謝し合う、それは結婚以外に得難いものなのだ。結婚相手と喜びと苦労を分かち合うことにより、喜びは倍増し生活の苦労は軽減され、困難があっても乗り越えられる。そのような人間学的考察からみても年少者であれ結婚の価値は高いものであるといえよう。
 野田愛子氏のような実情に詳しい実務家のまともな意見が無視されている要因は、18歳に男女とも揃える改正は、男女平等を主張してきた日弁連女性委員会、婦人団体の悲願達であり、この圧力団体のメンツを潰すことはできないという事情によるものと推察する。そこで思考停止状況になっているためである。
 ジェンダー論の観点から、16歳・17歳で結婚する女性というのは、男性の稼得能力に依存した結婚にほかならないから、このような結婚を認めることが性的分業の定型概念を助長するためよろしくないということになるが、しかし、ジェンダー論による男女共同参画法のもとに政府が行っていることとはいえ、憲法的要請ではない。形式的平等は、16歳・17歳の婚姻資格を剥奪しない形でも可能なのであるからそれを選択すべきである。
 そもそも民法は社会変革のための道具ではない、特定の社会変革思想や特定社会階層の見解に偏った改革は好ましくない。ナポレオン民法はポティエによるフランスの慣習法の研究が基礎になっていたものであり、社会変革のためのものではなかったはずである。
 

文献表(引用・参考)

赤阪俊一

2008「教会法における結婚」Marriage in the Canon Law埼玉学園大学紀要. 人間学部篇 8

荒井献

1988『新約聖書の女性観』岩波書店

石崎泰助

1975「秘跡概念の発展についての一考察」アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 3521

石田尚

1988『実体的適法手続』大学図書

 

泉ひさ

1975「結婚の意義と条件--心理学的調査及び考察」アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 25317

市川尚久

1994『エマソンとその時代』玉川大学出版部

稲福日出夫

1985<論説>ミルトンの離婚論 : 法思想史におけるその位置づけ」<Article>Milton's Idea on Divorce : Its Significance in the History of Legal Thoughts同志社法學 371/2号【ネット公開】

岩井託子 

1996a「グレトナ・グリーン英国随一の結婚式場(1)  中京大学文学部紀要 31288

1996b 「グレトナ・グリーン英国随一の結婚式場(2)」中京大学文学部紀要 313434 34

1997「グレトナ・グリーン英国随一の結婚式場(5)第三部描かれたグレトナ婚三」 中京大学文学部紀要 32([英文学科]特別号) 1

1999a「グレトナ・グリーン 英国随一の結婚式場(8)第二部 さまざまなエピソード(2)駆け落ちカップル()華麗なるスキャンダル」中京大学文学部紀要 34199 

1999 bグレトナ・グリーン 英国随一の結婚式場(9) 3 描かれてきたグレトナ・グリーン(1)18世紀芸術におけるハードウィック婚姻法とスコットランド婚」 中京大学文学部紀要 342 65 

2002『イギリス式結婚狂騒曲 駆け落ちは馬車に乗って』中公新書

岩志和一郎

1991「ドイツの家族法」 黒木三郎監修 『世界の家族法』 敬文堂図書所収

上野雅和

1962「イングランドのキリスト教化と婚姻法-イングランドにおける近代的婚姻の成立過程」松山商大論集132号 115

1981 「イギリス婚姻思想史-市民的夫婦一体観の成立をめぐって」福島正夫編『家族 : 政策と法. 4 (欧米資本主義国)』東京大学出版会所収45

植木敏一

1971「ミルトンおける「男」と「女」」"Man" and "Woman" in Milton大手前女子大学論集 5

内村公義

1997「ジョン・ウェスレーの回心をめぐる人間学的一考察」長崎ウエスレヤン短期大学紀要 20

枝村茂

1975「婚姻の秘跡性をめぐる神学史的背景」アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 25197

1978「婚姻の不解消性と教会権についての神学的考察」アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 281

1980「カトリック教説における婚姻の目的の多元性」 アカデミア 人文自然科学編,保健体育編(南山大学) 311

1985「カトリック教会法における婚姻の形式的有効要件とその史的背景」宗教法学3

大野秀夫

1993(書評)栗原眞人著「「秘密婚とイギリス近代」(1)(4)(「香川法学」一一巻一・三・四号、一二巻一・三号) 法制史研究 (43) 488

大日向幻

1978「離婚論におけるミルトンと「失楽園」の二つのFallMilton's Divorce Tract and the two Falls in Paradise Lost人文論究 27(1/2)

岡光民雄

1993「婚姻及び離婚制度の見直し審議に関する中間報告(論点整理)」について」 ジュリスト1019


 

河原温

2001『中世フランドルの都市と社会』中央大学出版会

1993「「中間報告」に対する私見」ジュリスト1019 

加藤東知

1927『英国の恋愛と結婚風俗の研究 』日本大学出版部

栗原真人

1991 <論説>秘密婚とイギリス近代 (1)<Article>Clandestine Marriage and the Modern Society in England (1) 香川大学 11巻1号(ネットオープンアクセス)

1992 「〈論説>秘密婚とイギリス近代 (3)<Article>Clandestine Marriage and the Modern Society in England (3) 香川法学 121号 79 (ネットオープンアクセス)

1992 <論説>秘密婚とイギリス近代(4・完)<Article>Clandestine Marriage and the Modern Society in England (4) 香川法学 122 105 (ネットオープンアクセス)

1996 フリートとメイフェア : 一八世紀前半ロンドンの秘密婚」 香川法学 1541, 1996

栗原涼子

2003「革新主義考アナーキストフェミニズムについて」Anarchist Feminism in the Progressive Era岩手県立大学盛岡短期大学部研究論集 5

 

 

国会図書館調査及び立法考査局 佐藤 令 大月晶代 落美都里 澤村典子

2008『基本情報シリーズ② 主要国の法定婚姻適齢』2008-

小梁 吉章

2015「わが国とフランスの婚姻の方式 : 外国の婚姻の効力の承認について <論説> 広島法科大学院論集11号【ネット公開】

近藤勝彦

1995「ミルトンにおける自由の理論と終末論」The Theory of Liberty in the Eschatology of John Milton神学57

桜田勝義

1973『輝やく裁判官群像 : 人権を守った8人の裁判官』有信堂

佐藤全

1984『米国教育課程関係判決例の研究』風間書房

佐藤哲也 

2012「近代教育思想の宗教的基層(1) : コトン・マザー『秩序ある家族』(1699)

The Religious Basis in Modern Educational Thought(1) : Cotton Mather, A Family Well-Ordered(1699) 宮城教育大学紀要 47号【ネット公開】 

柴田敏夫

1987「「コモン・ロー・マリッジ」略史」A Concise History of "Common Law Marriage"大東法学 14【ネット公開】

清水昭俊

1987『家・身体・社会』弘文堂

島津一郎

1974『妻の地位と離婚法』第42イギリスにおけるコモン・ロー婚の展開 有斐閣225

社本時子

1999『中世イギリスに生きたパストン家の女性たち-同家書簡集から』創元社

 

坂上敏子

1967「結婚-家族関係からの考察」大阪城南女子短期大学研究紀要 2

 

澤村雅史

2017「聖書における結婚と独身新薬テキストを中心に」福音と世界724

鈴木繁夫

2004「交わりの拡張と創造性の縮小 : ミルトンの四離婚論をめぐる諸原理について」

The Uncreative Interaction : Milton in his Divorce Tracts言語文化論集 261

(名古屋大学)【ネット公開】

2013「性格不一致の離婚とその起源 : ミルトン離婚論と現代離婚観の宗教性」

Incompatibility as Sufficient Grounds for Divorce : Religiosity in Milton's Divorce Tracts and Current Ideas on the Subject言語文化論集 35(1)

 

苑田 亜矢

1997 1159年の教皇選挙と教皇庁上訴 : イングランド史からの一考察」

The Papal Schism of 1159 and the Appeal to Pope Alexander III from England

有明工業高等専門学校紀要 33

2000「一二世紀イングランドにおける教皇庁への上訴をめぐって--1164年のクラレンドン法第8条および1172年のアヴランシュの和約の再検討」法制史研究 (50)

薗部寿樹

2010『日本の村と宮座』高志書院

 

高橋友子

2008「第7章夫婦と親子」齊藤・山辺・藤内『イタリア都市社会史入門』昭和堂

滝沢聿代

1994「民法改正要綱思案の問題点(上)」法律時報66巻12号1994年11月号72頁

滝澤聡子

200515世紀から17世紀におけるフランス貴族の結婚戦略 : 誘拐婚」人文論究551号【ネット公開】

田中和夫

1958「イギリスの婚姻法」比較法研究18号 25

田中通裕

1987「フランス親権法の発展 (1)<Article>L'evolution de la puissance paternelle en France (1) 法と政治 38(2)

田巻帝子

2017「「子供」の権利と能力-私法上の年齢設定-」山口直也編著『子供の法定年齢の非核法研究』成文堂所収

直江眞一

1990「『我々はイングランド法を変更することを欲せず』(Nolumus leges Anglie mutare)について」『法学』東北大 543

 

2014「アレクサンデル三世期における婚姻法 : 一一七七年六月三〇日付ファウンテン修道院長およびマギステル・ヴァカリウス宛教令をてがかりとして」法政研究. 81 (3

中川淳

1993「婚姻・離婚法改正の中間報告について」 ジュリスト1019

中川律

2008「合衆国の公教育における政府の権限とその限界(11920年代の連邦最高裁判例Meyer判決とPierce判決に関する考察」法学研究論集29

2009「合衆国の公教育における政府権限の限界-ロックナー判決期の親の教育の自由判例/マイヤー判決とピアース判決に関する研究」憲法理論研究会編『憲法学の最先端』敬文堂所収

長澤順治

1997『ミルトンと急進思想 英国革命期の正統と異端』沖積舎

永水裕子

2017「米国における医療への同意年齢に関する考察」山口直也編著『子供の法定年齢の非核法研究』成文堂所収

西川健誠

2005「夫婦の交わり,神との交わり : 『楽園喪失』における夫婦愛と信仰()

Conjugal Union as a Holy Communion : Love and Faith in Paradise Lost' (Part II)

神戸外大論叢 56(2)

2004「夫婦の交わり, 神との交わり : 『楽園喪失』における夫婦愛と信仰 ()'Conjugal Union as a Holy Communion : Love and Faith in Paradise Lost' (Part I) 神戸外大論叢 55(3)【ネット公開】

西島正

1954「ミルトンの女性觀」Milton's View of Woman紀要 3,

 

野田愛子

1993 「法制審議会民法部会身分法小委員会における婚姻・離婚法改正」の審議について」(上)」戸籍時報419 18

波多野敏

1990「フランス、アンシャン・レジームにおける結婚の約束と性関係」Promesses de mariage et relations sexuelles dans la France de l'Ancienne Regime京都学園法学 創刊号

平松紘・森本敦

1991「スコットランドの家族法」黒木三郎監修 『世界の家族法』 敬文堂所収

廣瀬隆司

1985「明治民法施行前における妻の法的地位」」愛知学院大学論叢. 法学研究2812

JL・フランドラン/宮原信訳

1992『性の歴史』藤原書店

福地陽子

1956<論説>カトリツク教婚姻非解消主義の生成と發展<Article>THE GROWTH AND DEVELOPMENT OF THE CATHOLIC PRECEPT AGAINST DIVORCE」法と政治 7(4

本田弘子

1986「英国婚姻法(主として離婚法)と裁判所」The English Family Law and the courts : Chiefly on the Divorce Act日本法政学会法政論叢 22

 

松下晴彦

2004「グレトナ・グリーン「駆け落ち婚」の聖地」英米文化学会編『英文学と結婚-シェイクスピアからシリトーまで』彩流社所収

村井衡平

1974「【資料】一婚姻・離婚法() : 一九七〇年八月六日公表第一次草案」神戸学院法学 523

ルネ・メッツ 

1962久保正幡・桑原武夫訳『教会法』ドン・ボスコ社

森道子

2011「「めでたし、結婚愛よ」 : ミルトンの妻像におけるオウィディウスの妻」

"Hail, Wedded Love"--Ovid's Wife in Milton's Images of Wife大手前大学論集 12,

 

平井正穂

1958『ミルトン』研究社出版

不破勝敏夫

1984『私の家族法』 徳山大学総合経済研究所

山館香菜

2011「「自負と偏見」におけるリディア・ベネットのグレトナ・グリーン婚 : 物語への効果と役割」北星学園大学大学院論集 1

Lydia Bennet's Gretna Green Marriage : Its Effects and Roles in Pride and Prejudice

吉田道也

1954「教会裁判所の民事裁判権の終末」The End of Civil Jurisdiction of the Ecclesiastical Court法政研究 22(1)

 

 

吉中孝志

2002「アダムの肋骨とマーヴェルの庭(後編)The Rib of Adam and Marvell's 'The Garden' (Part III) 広島大学大学院文学研究科論集 62【ネット公開】

米沢広一

1984 「子ども、親、政府-アメリカの憲法理論を素材として-1- <Articles> Child, Parent and State神戸学院法学 152

1985a「子ども、親、政府-アメリカの憲法理論を素材として-2-Articles> Child, Parent and State (2) 神戸学院法学 153

1985b 「子ども,,政府--アメリカの憲法理論を素材として-3- <Articles> Child, Parent and State (3) 神戸学院法学 154

1989「家族と憲法(二)」法学雑誌(大阪市立大)361, 1

幸重 美津子

2003Milton's Bogyの向こう側 : ヴァージニア・ウルフのミルトン観についての一考察」

Virginia Woolf : When We Look Past Milton's Bogy英語英米文学論輯 : 京都女子大学大学院文学研究科研究紀要 2

 

ウタ・ランケハイネマン/高木昌史ほか訳

 1996『カトリック教会と性の歴史』三交社

フレデリック・ジュオン・デ・ロングレイ/有地亨訳

1967「フランス家族の成立過程 : フレデリック・ジュオン・デ・ロングレイ著"Le precede de la formation de la famille francaise" : F. Jouon des Longrais」法政研究 34(1)

 

渡邊昭五

2004『梁塵秘抄にみる中世の黎明』岩田書院 2004

ウェブサイトからの引用

1 Pew Research CenterChild marriage is rare in the U.S., though this varies by stateNovember 1, 2016

2 ニュースの穴 女性の婚姻適齢が改正で18歳に引き上げへ 早ければ2021年にも施行 

2017-02-08

3 ニューヨークタイムズ記事「 Its Legal for 14-Year-Olds to Marry. Should It Be? By LISA W. FODERAROMARCH 13, 2017

4 CBSN.Y.2ch記事「 Advocates Call For End To N.Y. Law Allowing Children As Young As 14 To MarryFebruary 14, 2017 10:58 PM

5 WMUR-TV記事「NH House rejects bill to raise minimum marriage age to 18

Existing law allows 13-year-old girls, 14-year-old boys to marry with parental, court approval Updated: 10:56 PM EST Mar 9, 2017

6 PDF http://nownyc.org/wp-content/uploads/2016/02/Factsheet.pdf

7PDF「諸外国における成年年齢等の調査結果」ttp://www.moj.go.jp/content/000012471.pdf

 

2017/05/14

民法731条改正案反対シリーズ(下書き)婚姻の自由の抑制と憲法問題

婚姻の自由の抑制と憲法問題
1.再婚禁止期間違憲訴訟の判断基準に照らしても違憲の疑いがある


 私の考えでは、16歳・17歳女子の婚姻資格はく奪は、憲法13条の幸福追求権、人格的利益、14条1項の法の下の平等、24条1項の両性の合意のみに基いて婚姻が成立し、法律は個人の尊厳に立脚して制定されなければならないとする趣旨の憲法適合性にいずれも反していると判断するのでその理由を述べる。
 またわたくしの修正案は、成人年齢を18歳に引き下げる前提で男女とも結婚相手が18歳以上で親の同意があれば18歳未満16歳以上で結婚できるようにするよう修正するというものである。
 つまり16歳-16歳はだめだが、男女いかんにかかわらず配偶者の一方が成人の18歳であれば18歳-16歳で結婚可能とする案である。
 未成年者の婚姻の父母の同意〈737条〉と、未成年者の婚姻による成人擬制〈753条〉も継続すべきという主張である。
 形式的に男女平等の案であるから、14条1項の問題は基本的にクリアしており、14条1項も争点としたのは17歳が結婚できなくて、18歳なら結婚できるという年齢差別の問題だけであるから、主たる問題はもっぱら従前の16歳・17歳女子の婚姻資格はく奪の憲法的適合性である。
 1996年法制審議会民法部会長だった加藤一郎元東大総長も、現行の男女別の取り扱いは子合理的理由があり合憲といっているので、男女別の取り扱いを維持する案でもよかったが、世間の空気に妥協し、男女同じ取り扱いとしたものである。
「婚姻をする自由」については近年注目された再婚禁止期間違憲訴訟大法廷判決・最大判平27・12・16民集69-8-2427が14条1項と24条1項についての違憲判断基準を判示している。
「憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定が,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきことは,当裁判所の判例とするところである(引用-略)。そして,本件規定は,女性についてのみ前婚の解消又は取消しの日から6箇月の再婚禁止期間を定めており,これによって,再婚をする際の要件に関し男性と女性とを区別しているから,このような区別をすることが事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものと認められない場合には,本件規定は憲法14条1項に違反することになると解するのが相当である。
 ところで,婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって,その内容の詳細については,憲法が一義的に定めるのではなく,法律によってこれを具体化することがふさわしいものと考えられる。憲法24条2項は,このような観点から,婚姻及び家族に関する事項について,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものといえる。また,同条1項は,「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。」と規定しており,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものと解される。婚姻は,これにより,配偶者の相続権(民法890条)や夫婦間の子が嫡出子となること(同法772条1項等)などの重要な法律上の効果が与えられるものとされているほか,近年家族等に関する国民の意識の多様化が指摘されつつも,国民の中にはなお法律婚を尊重する意識が幅広く浸透していると考えられることをも併せ考慮すると,上記のような婚姻をするについての自由は,憲法24条1項の規定の趣旨に照らし,十分尊重に値するものと解することができる。
 そうすると,婚姻制度に関わる立法として,婚姻に対する直接的な制約を課すことが内容となっている本件規定については,その合理的な根拠の有無について以上のような事柄の性質を十分考慮に入れた上で検討をすることが必要である。」
 本件は憲法14条1項の違憲審査基準の合理的関連性のテストという緩い審査基準を採用しながら6か月の禁止期間が、父性の推定の重複を回避するという立法目的と合理関連性がないとして違憲と判断されたものである。
 この判決で補足意見を記した千葉勝美元最高裁判事の著書は「婚姻する自由」について次のようにいう。
「『婚姻する自由』はあくまでも婚姻という法制度を前提としたものであり、婚姻の制度をどのような内容とするかは、我が国の歴史、伝統、婚姻の形態の変遷や国民の意識、家族観等を踏まえた立法裁量によるものであるから、「婚姻する自由」は具体的な法制度である婚姻制度を前提としたものであって、いわゆる天賦人権とはいえない。そうすると、再婚禁止婚期間の定めは、基本的人権の制約ないし自由権の規制そのものではなく、その意味で合憲性審査も、厳格な基準により判断される必要はない。しかしながら婚姻について誓約を設けることは、自由な婚姻に関する無利益(それが憲法上の基本的人権とはいえなくても、憲法二四条や一三条と密接な関連のある法的利益であろう)を制限するものであることは間違いなく、制約が過度なものである場合には、憲法適合性が問題になる」としている。
 基本的に立法裁量といっているのは、我が国の歴史、伝統、婚姻の形態の変遷や国民の意識とかけはなれた主張、たとえば重婚する権利とか、同性婚の権利の主張に対して、それが直ちに憲法問題となるのではなく、立法裁量の問題とするのはうなずける。
 しかし、従来から国民の権利だった婚姻適齢の引き上げは別の問題である。
 婚姻年齢の制限は正当な立法目的と実質的な関連がなければないないと判断する。
そうすると、婚姻年齢の制限の立法趣旨は、婚姻適応能力のない社会的・精神的に未熟な段階での婚姻がその者の福祉に反することが懸念されるということにあるといえるだろう。
したがって16歳・17歳女子の婚姻資格当事者をはく奪するにあたっては、それが当事者の福祉は反する、あるいは当事者の最善の利益にならないという合理的な根拠がなければならない。
しかし、これまで法制審議会その他が示した法改正趣旨に合理的なものがひとつもないのである。
むろん合理性のテストは、緩いものでありなんらかの理屈が示さればそれでよいといしう主張もありうるが、16・17歳の資格はく奪は、婚姻制度に関わる立法として,婚姻に対する直接的な制約を課すものであり、さらに再婚禁止期間とは違って、従来権利であったものをはく奪するものなので、余計に慎重であるべきであり、たんに理屈があればよいというものではない。
しかも結婚に伴う利益は、配偶者の相続権や夫婦間の子供が嫡出子になることにどまるものではない。
相互扶助の共同体としての結婚生活の意義における人格的利益こそ重要である。性欲を充足できることはもちろん重要だが、結婚相手こそ最大の共感的理解、ともに励まし合い、感謝しあう間柄としての結婚は、人生の困難を緩和させ、喜びを倍に、苦労を軽減させるのである。憲法13条の幸福追求権、人格的利益のはく奪として問題にされるべきである。
以下、主張されている見解について逐一反論する。
(1)成人年齢を18歳に引き下げるにあたって、未成年者の婚姻による成人擬制〈753条〉と未成年者の婚姻の父母の同意〈737条〉親の同意要件を廃止して、男女とも18歳とするのが法制度としてはシンプルで合理的という説明
米国では大多数の州で16・17歳は親の同意があれば結婚できる。我が国の成人擬制と同じ未成年解放制度をとっている、外国の立法例からみて、上記の見解が合理的とは思えない。
(2)世界では婚姻適齢を18歳とするのが趨勢という説明
英国は16歳が婚姻適齢、米国の大多数の州は16歳が婚姻適齢、カナダの主要な州は16歳を婚姻適齢としており事実に反する。
(3)婚姻年齢に高校教育終了程度の社会的、経済的成熟を要求することが適当であるという説明。
社会的、経済的結婚生活の維持という観点で、義務教育を終了しただけの社会的地位、経済力では婚姻能力がないというのは合理的な理由はない
高校が義務教育でない以上、義務教育終了後、高校以外の専門学校進学・就業・行儀見習い・結婚、何が子供にとっての最善の利益であるかは、それは親の身上統制権、監護教育権、本人の選択の問題で、政府が干渉するのは悪しきパターナリズムである。もちろん中卒で就業することは労働法でも規制していないから、中卒で稼得能力がないということはありえず、上記の説明は合理性がない。
 仮に、高校卒業が望ましいという価値観を受入れるとしても、単位制高校など結婚と両立しうる履修の可能な高校もある。ちなみに16歳で結婚した三船美佳は横浜インターナショナルスクールを卒業している。高校教育の必要性という理由は全く論理性がない
経済的に女性が高卒程度の賃金を得ることが結婚生活を維持するために必要という主張も合理性はない、中卒でも収入は得られるし、配偶者に稼得能力があれば問題ないし、婚家が自営業の場合も問題ない。裕福な家なら親から経済的援助が得られる場合もあり、結婚生活の維持という観点から婚姻適応能力がないという断定はゆきすぎである。
義務教育のみもしくは高校中退で学校教育を終える者は依然存在し、これらの者こそ婚姻適齢の規定が意味をもつ可能性は高い。結婚により相互扶助の共同体を形成することこそ後期中等教育を受けることを強いることよりも当人にとっての利益となる人々は存在するのである。加えて、高校進学率の高さの実態に含まれる病理に思いを至すとき、改正案の理由の裏付けは乏しい。
(4)近年フランスがイスラム系の移民が増加し、親が未成年者に結婚を強制することが社会問題となり婚姻適齢を引き上げた事例があるが、我が国では、子供に強制結婚をさせるようなことは社会問題になっておらず、西欧の結婚文化と異なるイスラム圏の移民も少ない。フランスのような立法例も合理的な理由とはいえない。
(5)外国では子どもの人権活動家が統計的に早婚は貧困を促す、離婚率が高い、配偶者から暴力を受ける可能性が高いなどの否定的な見解が示されることもあるが、初婚年齢は社会的、経済的、文化的状況で変異する変数で、人々がおかれた状況はそれぞれ異なるので、合理的な理由とはならない。
(6)年齢制限は待婚を強いるだけで、当事者の将来の結婚それ自体を否定しないとする見解もあるかもしれないが、先に述べたように相互扶助共同体として結婚の意義があるのであり、1年とか半年待たせるというのは苛酷なことである。また幸福追求権の観点で、恋愛感情の絶頂で、結婚するのが最も満足度の高いものであるから、結婚はタイミングが重要であり、恋愛感情がさめないうちに結婚すべきである。
(7)婚姻適齢引き上げによりこどもが非嫡出子となっても、嫡出子との相続分での差別は撤廃されたので子供に不利益にならない主張があるが、法律婚制度をとっている以上、非嫡の子供を増やす政策は本末転倒している。
(8)法律婚を否定されても、経過的内縁関係まで否認するものではないという主張もありうるが、法律婚制度をとっている以上、また立法趣旨で婚姻適応能力がないとされるのだから、建前として事実婚を慫慂するようなことはできないのであり、実質待婚を強いることになる。
(9)具体的な事例で例えば平成10年歌手の高橋ジョージが15歳年下の16歳の三船美佳と結婚した事例がある。鴛鴦夫婦として知られていたが、平成27年協議離婚した。
離婚は遺憾だが、それは成人間の結婚でもありうることであり、三船美佳はタレントしとしても成功しており、この結婚が未成年者の福祉に反した結婚であるとは断定できない。もし政府がそういいつのるなら高橋ジョージ氏に大変失礼な見解ということになる。
(10)私の案では男女いかんにかかわらず18歳-16歳で結婚可能とする案であり、形式的に平等であるが、とはいえ実際は未成年者側が女子になるケースが多数と考えられる。結局この案では、夫の稼得能力に依存した結婚となり、男女役割分担の定型概念を助長するとのジェンダー論者から難色が示されると考えられるが、憲法14条や24条はジェンダー論を公定イデオロギーとするものではなく、そのような政策的目的と当時者の福祉、最善の利益に反するという本来の年齢制限の趣旨とは無関係である。権利をはく奪する
人類学者は婚姻家族を定義して性的分業を前提とするものとしている。政府は本来、民間の家族観、夫婦倫理に干渉すべきではないし、それは私的自治の領域であり、我が国の民法も特定の結婚観をおしつける性格ではない。
例えば宗教改革500周年だが、マルティン・ルターが家庭訓と呼んだコロサイ書3:18~4・1が家庭倫理の規範とするならば
コロサイ書3:18「妻たる者よ、夫に服従しなさい。それが、主にある者にふさわしいことである」は決定的に重視しなければならない。
私は新約聖書の夫婦倫理護持の立場なので結婚することがあれば妻にそのように教育する。夫婦がそのような立場をとるにせよ。堀北真希のように仕事と家庭の両立という政府の政策に逆らって、専業主婦になろうと、それは国民の自由であり、私的自治への干渉は非難されるべきことで信教の自由は憲法上の権利であるから政府が干渉は許されない。
(11)婚姻適齢を18歳とすることは、婦人団体や日弁連女性委員会が古くから主張していたことで、18歳引上げは、安倍首相の秘蔵っ子稲田朋美政調会長によって承認された事項なので「安倍ユーゲント」と化した自民党議員としては逆らいにくい問題だが、圧力団体メンツを重んじることしは合理的な理由にはならない。
引用
千葉勝美
2017『違憲審査-その焦点の進め方』有斐閣

アベっちの人間性に疑問

 結局のところ、アべノミクスは円安株高に誘導し希望をもたせて、人たらしの安倍が財界などに取り入り、最低賃金引上げ、女性活躍、一億総活躍、残業時間上限規制のように労使関係に深く干渉して、雇用主の雇用判断・裁量権を奪う社会主義的な政策を実現した。安倍は隠れ左翼の本性を明らかにしたといってもよい。民主党や共産党に投票した人のやってほしい政策ばっかりやっている。もつとも戦中の革新官僚とかも左翼だったから、日本の保守に左翼と親和的な部分が大きいともいえるが。
 最近は自衛隊の存在を認めるだけの加憲とか、高等教育無償化とかリベラルな政策を打ち出しており、結局この人はたんに権力を維持したいだけの人なのか人間性を疑問にもつようになった。9条2項の改正を考えていた保守派の期待も裏切ったといってよい。
 森友事件だって、あれほど安倍を崇拝していた人を悪く言うのは義理に欠くように思える。最後まで面倒をみてあげるのが筋ではなかったか。
 高等教育の無償化って、左翼のサンダースの政策のまねみたいだが、州立大学のシェアの大きい米国とちがって日本の国公立のシェアは低く、だいたい赤の他人の教育投資のための私立大の授業料もなんて、とても支持されるとは思えない。学問的適性のない人に高等教育をほどこしても教育投資した分だけ社会に還元されることはない。今後大学の経営が苦しくなるのを救うくらいの意味しかない。中卒・高卒が減ると、ものつくりとか労働力の基盤が弱くなるのでは。中卒でも横綱になれるし、組織のトップにもなれる世界もありそれが悪いというわけではない。
 日刊ゲンダイ5月12日付の室井佑月のコラムが「ズブズブの関係」は下品でないと指摘している。抜き差しならない関係のこと。「ズコバコ」の関係と勘違いしたのではとの指摘であり、安倍首相の国語力に疑問を呈している。なるほどズッコンバッコンなら下品かもしれないがズブズブが発言できないなら言論の府の言論統制みたいなもの。

2017/05/09

きょうの新聞をみた感想

労基署をつぶすのが規制撤廃、新自由主義だと思うが、逆に長時間労働規制強化のために労基署の事業を民間委託で拡大させるって、それが規制緩和政策とか本末顛倒である。(サンケイ)、真宗大谷派の僧侶が残業代要求してタイムカード導入を検討とか、人手不足なのに労働時間規制する安倍の政策のおかげで社会は異常な状況になっている。(フジ)宇賀なつみアナが結婚とか、30歳なのか。昔だったらお褥ね下がりの年だな。(フジ)。藤井四段非公式戦(岡崎将棋まつり)で負ける。素人でも豊島八段勝ちは順当な結果だと思う。コンピュータに勝った棋士だから。(読売)

2017/05/08

民法731条改正案反対シリーズ(下書き)成人擬制を廃止し、婚姻適齢を成人年齢に一致させることにこだわるのは視野が狭い

成人擬制を廃止し、婚姻適齢を成人年齢に一致させることにこだわるのは視野が狭い

 民法学者に多いのが、成人擬制と親権者の同意要件を廃止して、婚姻適齢を成人年齢と一致させるのがシンプルな法規定で合理的という見解であるが、私は大反対である。

 未成年者は、成人より広範な規制を受け、憲法上の権利も制約されるというのは一般論であるとしても、しかし成人年齢に基づく区分のみでは、未成年者の年齢差や個人差を考慮しえないし、年長の未成年者を子供扱いすることには問題がある。一定の未成年者は、婚姻について成人と同等に扱うことも考慮されてしかるべきである

 すでに述べたように米国では16歳を婚姻適齢とする州が三分の二以上を占めるが、16歳未満でも裁判所の承認等により未成年者でも結婚は可能としている州が多い。

 米国の各州法では我が国の成年擬制と同じ未成年解放制度がある。婚姻、妊娠、親となること、親と別居し自活していること、軍隊への従事等を理由として原則として成年として扱う。(原則としてというのは刑法上の成年とはみなさないこと、選挙権、アルコール、タバコ、小火器の所持、その他健康・安全に関する規則では成年とみなされないという意味)。[永水2017

 したがって、米国の例からみて成人を18歳に下げても婚姻による成年擬制があって当然よいのである。

  法制史的にみれば、西洋では成人年齢とは別に成熟年齢を設定している、教会法は成年期を満20歳と定められているが、これと別に成熟年齢があり男子14歳、女子12歳であり、未成熟者の7歳以下を幼児と区別するのである。婚姻適齢や証拠法上の証人は、成年より低い年齢を設定している。ローマ法も同様の規定であるが、現代のスコットランド法では成熟年齢の男子14歳女子12歳未満をpupilといって法的能力は極めて限定されるが、それ以上成人の18歳に満たないニminorといって16歳で何人の同意なしに婚姻できる重要な能力をもつというように、成人年齢で権利能力の付与を一元化するという発想をとってない。[平松・森本1991]

 スコットランド法の特徴は、16歳であらゆる契約締結能力をもたせており、12歳以上で遺言の作成、弁護士に代理を支持する能力を持つとする。

 イングランドにおいては同じ未成年であっても16歳未満がchild1617歳のyaung

Personでは明確な線引きがあるのが特徴である。

 有効な意思確認は12歳以上、ヘッドギアなしの乗馬14歳以上、婚姻16歳以上(親の同意要、スクーターの運転16歳以上、避妊ピルの購入16歳以上、宝くじの購入16歳以上、オートバイ、自動車の運転17歳以上、飲酒は購入が18歳以上だが、親の責任下で自宅での飲酒は16歳以上、喫煙も購入は18歳以上だが喫煙自体は16歳以上となっている。[田巻2017] 

 私は英国の制度が必ずしも良いとは思ってないが婚姻適齢についは妥当であると考える。

 我が国の伝統社会(中世以降の臈次情合成功制宮座)において座入り、烏帽子成、官途成、乙名成と、段階的な通過儀礼があって村人身分の標識となっていた。[薗部2010]、烏帽子成は元服に相当するが、本当の意味で村人として責任のある地位につくのは官途成と考えられる。人間は成長し段階的に大人としての権利と責任を負うようになるというのが普通の考え方である。したがって、成人年齢になにもかも一元化してしまうのは本来不合理なものである。

適切な例とはいえないが現行でも例えば映画の観覧制限は成人年齢とは関係ない、ピンク映画は18歳未満観覧制限だが、PG12指定、R15指定と段階があるはず。成人・未成人の線引きを明確にすることにこだわる理由はない。

 米国では証拠法や医療などで「成熟した未成年者の法理」がある。(註) 成人年齢に基づく区分のみでは、未成年者の年齢差や個人差を考慮しえないし、年長の未成年者の権利能力をことさら否定し子供扱いすることは全く不当といえるのである。

 私の提案は、未成年者の結婚は親権者の同意要件を継続させるというもので、未成年者のオートノミー・自己決定を重視しすぎるものではないから穏当なものであると思う。

1990年代の統計では1617歳女子の婚姻は年間3千組ほどあり、これは決して少ない数ではない。私は建前の議論を好まないし、法律家だけでなく発達心理学、人間学的洞察にもとづく慎重な判断でなければならない。性欲も人間性の重要な一部分とて認識するならば、思春期以降の女子の性的欲求を是認した議論でなければならない。女子は性的欲求において、愛情の損失や失望による不満が多い。故に男性は性交によらなくても自慰によって性的不満を解消できるが、女性は対人関係によるのであり自分には容易に解決できないのであり、性的欲求と愛情欲求を満足させるだけでなく生活の支えとなる若年者の結婚を否定すべきではない。

今回の改正案は性的に早熟な女子に対する敵意が看取できるが、性的に乱交傾向のある少女は、性的同一性の発達課題からみるべきであって、相手を独占できる結婚は情緒的に安定するので、結婚という選択肢を否定するのは酷である。

特に女子は妊娠するのである。この点について、婚姻適齢を引上げても非嫡出子の法定め相続の差別は廃止され婚外子となっても不利益はないから問題ないとの主張がある。しかし法律婚制度をとっている以上、嫡出子となるべき子供をみすみす婚外子にしてしまうという議論はおかしい。嫡出子でも婚外子でもどうでもよいという議論は、乱暴である。少なくとも当事者の利益に寄り添った見解とはいえない。

また「足入れ婚の悲劇」を助長する蓋然性も指摘しておく。試験期間をへて段階的に婚姻が成立する習俗であるが、足入れ婚は昭和40年代ころまでは広範におこなわれており、トラブルも少なくなかった。足入れしても舅姑が気に入らないと破談となるケースもしばしばあり、法律婚年齢の引上げが当事者にとって不利益になる場合もあると考える。そんなことをいうと都会人から一笑にふされるかもしれない。法律家などのインテリ階級には無縁なことかもしれないが、民法は、特定の社会階層や都会の人のためにあるのではない、農山村や離島において今なお古風な婚姻慣習がなされている可能性はあり、民法は国民全体の婚姻慣習に適合的なものでなければならない。

さらに18歳での一元化は、18歳未満の第二級市民化を促すということである。18才未満は憲法上の権利を享受しえない、第二級国民に貶められる危険性である。すでに青少年保護育成の観点から18歳未満のJKビジネス就労規制、セクスティング規制の政策が打ち出されているが、これまでは婚姻適齢が16歳だったから通常の恋愛について政府の介入を防ぐことができても、婚姻適齢から外されることにより今後18歳未満ということで、死語となったはずの桃色遊戯として非行とされ、性行動の規制の口実として強化されることを強く懸念する。恐ろしい時代になりかねない。

 

(註)[米沢広一1985]より引用する。

 コモン・ローの一般原則では、医者が未成年の患者を治療する場合、親の同意が必要であるが、しかし州法では①緊急性の法理、②親の後見を離れた未成年者の法理、③成熟した未成年者の法理により例外により、親の同意を得ずとも本人の同意で治療できるものとしている

 

. Planned Parenthood v. Danforth, 428 U.S. 52 (1976)18歳未満の未婚の妊婦が妊娠初期12週間以内に中絶を行うには親の書面による同意が必要であるとするミズーリ州法を違憲とした。ただし多数意見は、未成年者を一律に扱うのではなく、成熟した未成年者と未成熟な未成年者とを区別し、後者の判断は留保している

.Bellotti v. Baird, 443 U.S. 622 (1979)18歳未満の未婚の妊婦が妊娠初期12週間以内に中絶を行うには両親の同意を要し、一方の同意が得られないとき正当かな理由がある場合には裁判所によって中絶の決定がなされるというマサチューセッツ州法を違憲とした。この判例は一律に年齢を基準とせず、中絶決定を行うのに十分成熟している未成年者、成熟していなくても中絶が妊婦の最善の利益となる場合中絶は認められなければならないとした

.City of Akron v. Akron Center for Reproductive Health, 462 U.S. 416 (1983) 15歳未満の妊婦の中絶に際して、両親の一方の書面による同意、裁判所の同意を要するとしてアクロン市条例を違憲とした。法廷意見は個別判断のための手続きを創設しなければ

ならないとする。

.しかし、Planned Parenthood Assn. v. Ashcroft462 U.S. 476 (1983)では、18才未満の未成年者の中絶を行うために。(ⅰ)本人の同意に加えて親の同意の一方の同意を得るか(ⅱ)未成年者が親の後見を離れている場合に本人の同意を得るか(ⅲ)未成年者自らが同意する権利を裁判所によって与えられるか(ⅳ)裁判所は、中絶への同意に関して成人と同等の権利を求める申立を容認するか、中絶が未成年者の最善の利益と認定するか、理由を明示して申立を却下せねばならないと規定するミズーリ州法を合憲とした。ブラックマン判事の一部反対意見は、未成年者の中絶決定の拒否権を親や裁判所に付与することを違憲とみなしている。

.いくつかの州法は精神病院への親の同意による未成年者の強制入院について、18歳よりも低く設定している。テネシー州、コネチカット州は16歳未満、バーモント州は14歳未満を未成年者とする。

.いくつかの州法は年長の未成年者の親の同意による入院につき、本人の同意も必要としている。ワシントン州は13歳以上、ウィスコンシン州は14歳以上。またイリノイ州は12歳以上の本人の意義申し立てを認め、聴聞会が開催される。ウィスコンシン州は14歳未満についてそのような規定がある。

.ペンシルベニア州は14歳以上の未成年者につき、原則として自らの意思で退院できるとする。

.親の後見から離れた未成年者の法理により、結婚したり、出産したり、軍隊に入隊したり、親と別居し独立した生計を営んだりする未成年者についても自らの治療に同意しうると、多くの州が規定している。

.成熟した未成年者の法理により、ごく少数の州法(アーカンソー、ミシシッピ)は、治療の結果に十分なに認識力を有する未成年者は、治療に自ら同意しうるとする。

.オレゴン州は15歳以上の未成年者は自らの治療に同意しうる。

.. ほとんどすべての州は、性病、アルコール中毒、薬物中毒等の治療と献血について、一定年以上、またはすべての未成年者が自ら同意しうるとしている。

 

引用・参考

薗部寿樹

2010『日本の村と宮座』高志書院

田巻帝子

2017「「子供」の権利と能力-私法上の年齢設定-」山口直也編著『子供の法定年齢の非核法研究』成文堂所収

 永水裕子

2017「米国における医療への同意年齢に関する考察」山口直也編著『子供の法定年齢の非核法研究』成文堂所収

 平松紘・森本敦

1991「スコットランドの家族法」黒木三郎監修 『世界の家族法』 敬文堂所収

米沢広一

1984 「子ども、親、政府-アメリカの憲法理論を素材として-1- <Articles> Child, Parent and State神戸学院法学 152

1985a「子ども、親、政府-アメリカの憲法理論を素材として-2-Articles> Child, Parent and State (2) 神戸学院法学 153

1985b 「子ども,,政府--アメリカの憲法理論を素材として-3- <Articles> Child, Parent and State (3) 神戸学院法学 154

1989「家族と憲法(二)」法学雑誌(大阪市立大)361, 1

« 2017年4月 | トップページ

最近のトラックバック

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

世界旅行・建築

シンクタンクその他

リポジトリ及び電子化した研究紀要等のリンク