一 男女とも18歳とする1996年法制審議会民法部会の答申の改正理由に全く論理性がない
男女とも18歳とする案は、1996年の法制審議会民法部会の答申にもとづく。その理由はの一つは、婚姻年齢を18歳以上とするのは世界的趨勢であることとしているが全く虚偽である。
第二に婚姻資格者には高校修了程度の社会的・経済的成熟を要求すべきということを理由としているが、論理性は全くない。
裏づけが乏しいにかかわらず権利剥奪を強行する理由は、これまで18歳引き上げを主張してきた日弁連女性委員会ほか女性団体のメンツをたてることだけでしかない。女性団体の主張が、幸福追求権や婚姻の自由よりも重視されている政策として糾弾に値する。
(一) 法制審議会答申のいう婚姻適齢 「18歳が世界的趨勢」というのは全くの偽情報であり、法制審議会は国会・国民をだましている
1.先進国において16歳が婚姻適齢とされている立法例
ここでは、英国・アメリカ合衆国等の婚姻適齢法制をとりあげるがいずれも16歳で結婚できる。したがって18歳が成人年齢というのは世界的趨勢であっても、婚姻適齢については全く誤りである。
特にアメリカ合衆国は、統一州法委員会の統一婚姻・離婚法のモデルが16歳は親の同意要件より婚姻てきる年齢と定めており立法政策の推奨モデルなのである。従って婚姻適齢16歳がアメリカでの一般的な法制であり大多数の州がそうであるから、スタンダードが16歳である。
にもかかわらず18歳が世界的趨勢などというのは虚偽であり、したがって、1996年法制審議会は故意に偽情報を流し、不当に英米独などの先進国の立法例を無視して安易に結論したものであり、国会、国民を騙す詐欺行為の手口きわめて悪質であり、糾弾されてよいレベルである。
男女とも婚姻適齢を18歳とするのは、ソ連・東独の社会主義モデルであり、世界全体がそのような傾向にあるわけではない。それが正しいわけでもない。もっともフランスが2008年に婚姻適齢を引上げている。ドイツも今年18歳に引上げる見直しがされているが、改正理由がイスラム圏からの移民が増加し、親による強制的な結婚の防止ということであり、フランスのような改正例を一般的傾向とみなすことはできない。
(1) 英国
婚姻障碍を16歳未満の者、18歳未満で親の同意のない者、近親婚、重婚と規定しており、男女とも16歳を婚姻適齢とする。イングランド、ウェールズ、北アイルランドでは未成年者は親の同意を要するが、スコットランドでは親の同意も不要である。[田中和夫1958 松下晴彦2005 平松・森本1991]
なお婚姻適齢を男女とも16歳としたのは1929年法である。それ以前はコモン・ローの男14歳・女12歳であった。なお英国婚姻法の歴史的変遷については後述する。
(2) アメリカ合衆国
A 要旨
我国の戦後民法改正による現行法の婚姻適齢は1940年代米国で男18歳、女16歳とする州が多かったことによるので米法の継受である。
しかし現在では大多数の(34州) では男女とも16歳を法定婚姻年齢(ただし16・17歳を親ないし保護者の同意を要する)とし、加えて16歳未満でも裁判所の承認で婚姻可能としている州が多い。27州が最低年齢未満であってもあらゆる年齢で、技術的に裁判所の承認により結婚可能である。
各州の婚姻適齢法制一覧で、信頼できるものとしてコーネル大学ロースクールの https://www.law.cornell.edu/wex/table_marriage Marriage Laws of the Fifty States, District of Columbia and Puerto Ricoがある。このほかhttp://family.findlaw.com/marriage/state-by-state-marriage-age-of-consent-laws.htmlState-by-State Marriage "Age of Consent" Lawsもある。
Pew Research CenterのChild marriage is rare in the U.S., though this varies by stateNovember 1, 2016によれば、16歳と17歳は34州で親の許可を得て結婚することができる。と記載されている
国会図書館調査及び立法考査局 佐藤令 大月晶代 落美都里 澤村典子2008『基本情報シリーズ② 主要国の法定婚姻適齢』2008-bの記載は「ほとんどの州が、親の同意なしに婚姻できる年齢 を男女とも18歳とし、親の同意と裁判所の承認を必要とする年齢をこれより低く設定してい る(135州及びワシントンD.C.が男女16歳であり、その他の州の規定ぶりは多様である(男女17歳、15歳、14歳、また 男女差を設けている州もある)。
06)。ただし、カリフォルニア、カンザス、マサチューセッツの3州は、婚姻適齢の最低年 齢に関して明文規定がない)‥‥」との記載であるが、18歳はあくまでも親の同意を要しない婚姻適齢であって、親の同意要件を前提とすれば16歳を基準とする州が大多数な点を注意してほしい。
B 男女とも16歳を婚姻適齢としている州が多い理由
a)統一婚姻・離婚法モデル
男女とも16歳としている州が多い理由の第一は、米国には私法の統一運動があり1970年代に統一州法委員会(各州の知事の任命した代表者で構成される)の統一婚姻・離婚法モデルが法定婚姻年齢を男女共16歳(18歳は親の同意を要しない法定年齢)としモデル案を示していたことによる。
米国では 16歳を親の同意があれば婚姻適齢とするのが標準的な婚姻法モデルなのである。もっとも婚姻法はあくまでも州の立法権であり、統一婚姻・離婚法モデルは州権を拘束しないが、多くの州がモデル案に大筋で従った法改正を行った。
ちなみに1970年公表統一婚姻・離婚法(案)は次のとおりである。[村井衡平1974]
203条
1 婚姻すべき当事者は、婚姻許可証が効力を生じるとき、18歳に達していること。または16歳に達し、両親・後見人もしくは裁判上の承認(205条1項a)を得ていること。または16歳未満のとき、双方とも、両親もしくは後見人または裁判上の承認(205条2項a)を得ていること‥‥
205条[裁判上の承認]
a裁判所は未成年者当事者の両親または後見人に通知するため、合理的な努力ののち、未成年者当事者が、婚姻に関する責任を引き受けることが可能であり、しかも婚姻は、彼の最善の利益に役立つと認定する場合にかぎり、婚姻許可書書記に対し、
1 両親または後見人がいないか、もしくは彼の婚姻に同意を与える能力をもたないか、または彼の両親もしくは後見人が枯れの婚姻に同意を与えなかった16歳もしくは17歳の当事者のため、
2 彼の婚姻に同意を与える能力があれば、両親が、さもなくば後見人が同意を与えた16歳未満の当事者のため、婚姻許可書‥‥の書式の発行を命ずることができる。妊娠だけでは当事者の最善の利益に役立つことを立証しない。
この案はアメリカ法曹協会家族法部会が関与しているので、アメリカの法律家の標準的な考え方としてよいだろう。
b)ERAの批准過程
第二の理由は、男女平等憲法修正条項(ERA)が1972年に議会を通過し、各州が批准の過程で、多くの州が男女平等に法改正したことである。もっとも35州の批准で止まったため憲法は修正されていないので、男女差のある州も残っている。
このように米国では男女平等を達成する場合でも既得権であった16・17歳女子の婚姻資格を剥奪せず、男子の婚姻適齢を引き下げるを方法をとっているのである。
c)年間5万8千人が18歳未満で結婚しているという現実
Pew Research CenterのChild marriage is rare in the U.S., though this varies by stateNovember 1, 2016によれば、。2014年に15~17歳の未成年者は約 57,800人だった。これは全体の0.46%である。未成年者の結婚多い州はウェストバージニア.0.71%、テキサス0.69%だった。我が国の2015年の16・17歳女子の結婚が1357組で、全体の0.21%と比較すると、アメリカは未成年者の婚姻比率は高く、無視できないものとなっている。
C 年少者の婚姻可能性を否定しない理由は何か
a) 憲法上の基本的権利である結婚し家庭を築く自由
○実体的デュープロセス
合衆国では、年少者の婚姻資格斬り捨てをしない理由として憲法により明文されていないが、修正14条の実体的デュープロセスとして結婚の自由が憲法上の基本的権利とされていることと関連があると考える。
合衆国憲法修正14条(1864年確定)第1節は「合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。また正当な法の手続きによらないで、何人から生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護を拒んではならない。」と規定している。
もともとデュープロセス条項は告知・弁護の機会という最小限の手続きの保障だった。ところが実体的デュープロセス理論が発展し、デュー・プロセス・オブ・ロ-、適正な法の過程とは法執行の手続きだけ関する概念ではなく、法の内容にも適正さを要求する概念と主張された。つまり生命・自由・財産を「適正な手続きによらずして」だけでなく「適正な法によらずして」剥奪してはならないとするのである。
この理論により、個人から生命・自由・財産を奪うことになる実体法の内容の審査、政府の実体的行為が司法審査の対象とされ、裁判所が成文憲法中の特定の明文に依拠せずとも裁判所が基本的性質を有するとする価値を憲法中に織り込み憲法規範として宣言し、それを侵害する制定法を無効とした。先例はアルゲイヤー対ルイジアナ判決Allgeyer v. LouisianaA, 165 U.S. 578 (1897) である。
○1923年マイヤー対ネブラスカ判決の卓越性
連邦最高裁は第八学年まで英語以外の現代語教育を禁止する州法を違憲としたMeyer v. Nebraska, 262 U.S. 390 (1923)で憲法には明文規定がなくても傍論で初めて幸福追求の権利の一つとして「結婚し家庭を築は子どもを育てる」自由が憲法修正14条の保護する「自由」にあたるとした。1923年のこの判決は、我が国の憲法13条の幸福追求の権利の母法に値するものと考える。
事案は大略して次のとおりである。第一次世界大戦はアメリカニズムを高揚させ、敵国ドイツの移民の多かった中西部では、ドイツ系移民の子弟が多く通う宗教系私立学校が敵国を利する企みの巣窟として厳しい疑いの目でみられた。そのような背景のもとで1919年のネブラスカ州は、第八学年修了まで外国語教育を禁止するサイモン法を制定する。
マイヤーはジオン福音主義ルター派教会の教区立学校で10歳の児童にドイツ語で聖書物語を教えたため訴追された。州最高裁は有罪を確認したが、連邦最高裁は、同法が合衆国憲法修正14条に違反し違憲と判決した。
マクレイノルズ判事執筆による法廷意見は憲法修正第14条が保障する自由とは「単に身体的な拘束からの自由のみならず、個人が契約し、なんらかの普通の生業に従事し、有用な知識を習得し、結婚して家庭を築いて子供を育て、自己の良心の命ずるところに従って神を礼拝する権利、および公民(freemen)が通常幸福追求にあたって不可欠なものとして コモン・ローにおいて長い間によって認められている諸特権(privileges) を遍く享受する権利をさす。」「先例によって確立されている法理によれば、この自由は、州の権能内にある何らかの目的と合理的なかかわりをもたない立法行為によって妨げられてはならない。‥‥」「単なるドイツ語の知識が有害であるとは考えられない。これまで、それは有益で望ましいものであるとみなされてきた。‥‥当該教員は、彼の職務としてドイツ語を学校で教えたのである。教員の教える権利と、彼によって自分の子供にドイツ語を教えてもらう親の権利は、修正14条の範囲内にある‥‥」「明らかに州立法府は、現代語学の教師の職業。生徒の知識を獲得する機会、自分の子供の教育をコントロールする親の結果を、多大に侵害しようとしているとして」修正14条のデュープロセス条項に違反すると結論づけた。[佐藤全1984 173頁、米沢広一1984、中川律2008]
この判決は親の監護教育権、職業を不当に奪われない権利の先例として評価され、結婚の自由は傍論部分にすぎないし、契約の自由は1937年に判例変更されていることは周知のとおりであるが、自由人が通常幸福追求にあたって不可欠なものとして「結婚して家庭を築いて子供を育て、自己の良心の命ずるところに従って神を礼拝する権利」を示した意義は大きく、その後の宗教の自由や。結婚の自由等の人権判例に引用されるところとなった。
○1967年ラビング対ヴァージニア判決(結婚を人間の基礎的な市民的権利と宣言)
そして連邦最高裁はLoving v. Virginia, 388 U.S. 1 (1967)でバージニア州の異人種間の婚姻を刑罰をもって禁止する州法を違憲とした。
本判決の争点は平等保護条項(人種差別)とデュープロセス条項(結婚の自由=実体的デュープロセス)である。
本判決はまず、厳格な審査テストを用いて、人種のみを理由とする結婚の自由への制約は平等保護条項違反とする。次いで次のようにデュープロセス条項違反にもなるとしている。ウォーレン長官による法廷意見は「結婚の自由は、自由な人間を秩序だってと追求するのに不可欠で重要な個人の権利の一つとして、長らく認められてきた。結婚は『人間の基礎的な市民的権利』の一つである。まさに我々の存立と存続にとって基本的なものである」。とし、「結婚への権利を直接的かつ実質的に妨げる場合」厳格な審査テスト、もしくは厳格な合理性のテストの対象となるとしている。[米沢広一1989]
なお筆者は見てないが。この事件を題材にした「ラビング-愛という名の二人」という映画が我が国でも公開され、その宣伝によればアカデミー賞最有力とのことである。
Zablocki v.Redhail 434 US 374 (1978)は、無職で貧困のため非嫡出子の養育料を支払っていない男性が別の女性と結婚するための結婚許可証を州が拒否した事件で、結婚の権利を再確認し違憲とされた。
Turner v. Safley, 482 U.S. 78 (1987)は刑務所の所長の許可がなければ囚人は結婚出来ないとするミズーリ州法を違憲とし、受刑者であっても結婚の権利があり、憲法上の保護を受けることを明らかにした。[米沢広一1989]。
このほか法廷意見を構成できなかったが住居地域規制による同居者制限が違憲判断されたものとしてMoore v. City of East Cleveland 431 U.S. 494 (1977 )がある。問題の家族制地域条例は、世帯主の孫との同居は孫が兄弟である場合に制限していたが、ムーア夫人は従兄弟同士の孫と同居したため、条例違反で処罰されたという事案で、パウエル判事の相対多数意見は、実体的デュープロセスに反しこの条例を無効とした。「先例は家庭という構成がアメリカの歴史と伝統に深く根差しているとの理由で、家庭の神聖が憲法上保護されているとしている。アメリカの伝統は、核家族員のみの結合の尊重を受に限定されねものではない。‥‥殊に祖父母が世帯をひとつにする伝統も、同じく尊重を受け。憲法上の権利として認めるに値する深いルーツを持っている。」と述べている。[石田尚1988 101頁]以上のような判例からみて、アメリカ合衆国における結婚し家庭を築く権利性は明白である。
米法で家族関係一般に政府が介入する根拠として主張される伝統的な理論はポリス・パワー(公衆の衛生、安全、モラル、一般福祉を促進するための政府の全権的権限)とバレンス・パトリエ権限(国親思想)であるが、結婚の自由が基本的権利とされた以上、結婚を妨げる政策に緩やかな審査基準がとられることはない。
このような結婚の自由の判例の進展からみて年齢制限も憲法問題になるのであり、安易な理由で年齢制限の強化はやりにくいのである。
B バレンス・パトリエ権限による介入は論理性がない
未成年者に対して成人に認められている権利の制約を正当化する理論でとしてバレンス・パトリエ権限がある。これは、13世紀の精神障害者に対する国王の後見権限を起源とする。自ら最善の利益になるよう行為する能力に欠ける子どもや精神障害者のような人々を保護するための政府の限定的なパターナリスティックな権限であり、例えば、親が社会の害悪から子供を保護しえない場合、虐待や遺棄など子供を保護するための介入がそれである。ただし子供の最善の利益を促進するときのみ行使されなければならないとされる。[米沢1984]
しかし「子どもにとっての最善の利益」という概念は、非常に曖昧であり、政府が恣意的に家族生活に介入する危険がある。このために、概念を限定化。明確化すべきで、その場合に子供の将来にとってとりかえしのつかない負担が生じるという認定が専門家によったなされた場合のみ政府が介入を許容さされるべきとの主張がある。[米沢1985b]
16・17歳で本人が結婚を望み、親も同意しているにもかかわらず、政府が当事者に婚姻適応力がない、あるいはそれが、害悪である。過酷である、当事者の最善の利益を促進しない、あるいはし当事者の将来についてとりかえしのつかない負担が生じると断定する根拠を示すことは不可能なであり、年齢制限には慎重にならざるをえない。
C 成熟した未成年者の法理
未成年者は、成人より広範な規制を受け、憲法上の権利も制約されるというのは一般論であるとしても、しかし成人年齢に基づく区分のみでは、未成年者の年齢差や個人差を考慮しえないし、年長の未成年者を子供扱いすることには問題がある。一定の未成年者は、一定の事項につい成人と同等に扱うことも考慮されてしかるべきである。
米国の各州法では我が国の成年擬制と同じ未成年解放制度がある。婚姻、妊娠、親となること、親と別居し自活していること、軍隊への従事等を理由として原則として成年として扱う。(原則としてというのは刑法上の成年とはみなさないこと、選挙権、アルコール、タバコ、小火器の所持、その他健康・安全に関する規則では成年とみなされないという意味)。[永水2017]
医療領域では、成熟した未成年者と、未成熟な未成年者に分け、前者に親の同意を得ずとも自己決定を是認する考え方がある。証拠法 、医療 などの領域で多くの州の法令は成人年齢より低い年齢を設定している。
未成年者の結婚は親の同意要件が前提で、親の要保護権を無視するものではなく、未成年者の自己決定を重視しすぎるものでもないから、16歳以上であれは成熟した未成年者として婚姻適齢とすることは理にかなっている。
D 文明史的コンテキスト(結婚は自由でなければならない、性欲の鎮静剤としての結婚の意義という教会法の理念の継承)
しかし婚姻の自由が基本的権利とされるのは文明史的コンテキストが重要である。結婚は自由でなければならないというのは教会婚姻法(とりわけ古典カノン法)の理念であり、現代西洋人の結婚観の基本は教会婚姻法にある。〔わが国でも明治15妻妾制を廃止し、西洋の単婚理念を継受、戦後憲法24条では合意主義婚姻の理念を継受しているから無関係ではない〕
結婚の目的として初期スコラ学者はコリント前書7:2,7:9(ふしだらな行為を避けるための結婚)を決定的に重視した。淫欲の治療薬remedium concupiscentiaeと公式化された教説である。姦淫を避け放埓さを防止するため、人は妻を持たなければならないというもので、ゆえに結婚は自由で容易に成立するものでなければならない。
だからこそ無式合意主義婚姻理論をとる古典カノン法は、領主、親の同意要件を明確に否定し秘密婚を許容した。婚姻の自由の理念の核心はこれである。真正パウロ書簡を根拠とする神律であるから妥協の余地は全くないのであり、教会は数世紀にわたって結婚の自由のために秘密婚に反対する世俗権力と抗争した。
中世教会婚姻法の自由な結婚の理念は、教会婚姻法が要式化により変質したトレント公会議の受け容れる必要のなかった英国において生ける法として継続したため、自由な結婚は近代に至るまで色濃く継承された。結婚の目的の第一義は、親族のためでもなく、財産のためでもなく、子供の育成でもなく、個人主義的な心理的充足のためであるという近代個人主義的友愛結婚は教会法の理念に由来する。したがって現代人の結婚観と基礎となっている西洋文明二千年のレガシー「婚姻の自由」は継承されるべきである。
カノン法の婚姻適齢はローマ法を継受し男14歳、女12歳であるが、教会法学者はさらに緩めた。
「要求される年齢はいくつか?女子は最低11歳半、男子は13歳半である‥‥ただし、法律のいう、早熟が年齢を補う場合は別である。その例=10歳の少年が射精、もしくは娘の処女を奪い取るに足る体力・能力を備えているならば、結婚が許されるべきこと疑いをいれない。‥‥男との同衾に耐え得る場合の娘についても同様であり、その場合の結婚は有効である」Benedicti, J1601. La Somme des péchés1601[フランドラン1992 342頁]。
結婚の第一次目的が淫欲の治療薬であるから、性行動が可能な身体的・心理的成熟=婚姻適齢でよいのである。これこそが文明的基準であったのである。
(3)カナダ
オンタリオ州、ケベック州、ブリティッシュコロンビア州など主要都市のある州では16歳で結婚できる。,BC州では16歳未満は裁判所の許可を得て,16歳,17歳は親の 同意があれば認められる。ケベック州では,16歳を婚姻適齢とし,18歳未満は両親の同意及び裁判所の許可があ れば認められる。オンタリオ州では, 16歳を婚姻適齢とし,18歳未満は両 親の同意があれば認められる。
(4) ドイツ(2016年までの法)
東西ドイツ統合後の婚姻適齢は成年(満18歳)である。ただし、当事者の一方が満16歳であり、他方が成年に達していれば、申立により免除が与えられる。[岩志和一郎1991]
*なおドイツのメルケル政権は200175日、18歳未満の婚姻を原則禁じる改正法案を閣議決定した。これまでは、16歳から結婚が可能だったが、中東などイスラム圏から難民らが大量流入して18歳未満で結婚している少女が急増、し与党内で政府に対応を求める声が高まっていたとの報道があるが、年少結婚に反対するする人権活動家の突き上げや中東の移民は親に強制されて結婚しているとの非難によるもので、特殊な事情からの法改正である。これが適切かどうかは検証が必要である。
2. 仏独型の改革でなく英米型の法思考がのぞましい
(1) 仏独・イスラム圏からの移民対策による婚姻年令引上げの愚
フランスは2008年に従前の男18歳、女15歳から、男女とも18歳に引き上げている。法改正理由は男女平等と、イスラム圏からの移民が増え、未成年者の結婚が、親による強制結婚を助長しているとの非難にもとづくもあった。
既述のとおりドイツもフランスと同様に、中東などイスラム圏の移民で、必ずしも当事者の本意でない年少者の結婚が増えていることの非難から、18歳引き上げヲ閣議決定したとの報道がある。
これは、当事者の合意を重んじる西欧の結婚文化とイスラム圏の結婚慣習とが異なり文化摩擦ともいえるだろう。
フランスに加えドイツも18歳に引き上げた例をあげて我が国もそうすべきだと、法務省言ってくるだろうが、我国では、親の同意を要する未成年者の婚姻が、親の強制を助長する弊害という問題は起きていないのであり、中東や北アフリカから移民が多いわけでもなく事情は異なる。特にフランスは法律婚が軽視され事実婚のカップルが多数であることを考慮するなら、我が国も仏独に追随する理由はない。年少者の結婚を害悪とする人権団体に踊らされており、社会政策として婚姻適齢をいじる仏独の姿勢に反発を覚えるものである。
むしろ16歳を婚姻適齢の基準としている英米型の、婚姻の自由を幸福追求にとって不可欠のものと考え、年齢制限に慎重な法制度に倣っていくべきだということを強く国会議委員に訴えたい。
(2)ニューヨーク州クォモ知事が婚姻適齢引上げ発言の問題点
1929 年以来ニューヨーク州では、14、15 歳は司法及び親権者の承認を得て行う結婚でき、16・17 歳は単なる親の同意で結婚できる制度である。また27 州が州の法令で最低年齢未満であってもあらゆる年齢で、技術的に裁判所の承認により結婚可能であるが。ニューヨーク州は 14 歳であっても親と司法の同意を得て結婚することができる 3 つの州の一つである。ニューヨーク州では2000~2010年に3,853の未成年者が結婚している。
2017年2月年少者の結婚に反対する民主党女性議員が、司法の許可による婚姻年齢を17歳に引き上げる法案を出し、クォモ知事も強制結婚をなくすため18歳に引き上げる政策を発表しているが、宗教的コミュニティ例えばユダヤ教ハシディーム派(Hasidic Jews)のある選挙区の議員は反対するだろうとの観測記事が有り、成立するかは不透明である。
なおニューハンプシャー州ではコモンローの婚姻適齢に近い男子14歳女子13歳で婚姻できる州であるが、18歳に引上げる法案を2017年3月州議会下院は否決している。
未成年者の結婚に反対する人権団体の主張は、早婚は性病罹患率が高い、結婚した者は未婚者と比較してハイスクールを中退する可能性を高める。早婚した者の貧困に陥る率が高い。早婚した女子は夫から暴力を受ける可能性が高いなどというものであるが、それが統計学的事実であるとしても、いずれの主張も憲法上の基本的権利を否定してよいほど「子どもにとっての最善の利益」を促進するものとは考えられない。人権活動家の一方的な見解であり、結婚が幸福追求の権利であること考慮していない。夫婦の情緒的な依存関係、相手を共感的に理解し、力づけあい、感謝し合うことの価値、それによって、人生の危機、苦労が乗り越えられるのである。そうした結婚の肯定的価値を捨象し、結婚よりジェンダー論的に女子の経済的自立を優先する価値観をとっている。結婚よりも経済的自立は絶対的な価値と思えない。むしろ危険な思想で、活動家の主張によれば結婚は21歳以上であるべきだというものとである。これは結婚の価値を不当に貶めているし、自己の価値観を他者におしつけようとしている余計なお世話。高校中退や貧困の可能性が高いという漠然とした理由で、結婚により幸福追求権を否定するものである。文化の多様性も考慮してない。クォモ知事の政策は人権活動家に踊らされている。
(3)早婚を非難する人権団体はジェンダー論者で結婚よりも女性の経済的自立を望ましいとする偏った思想である
私の価値観では、結婚し家庭を築く自由こそ、幸福追求に不可欠な基本的権利とし主張したい。他方人権活動家は、早婚は社会的・教育的・経済的に不利益となる確率が高く、若い女性の結婚を妨げ、経済的自立を促す政策が望ましいとの立場である。結婚を妨げることこそ人権だという主張であるが、これは幸福追求権の否定というほかない。この溝は大きく埋めようがないし、妥協の余地もない。
結局人権活動家は、女性が男性の稼得能力に依存し従属することに反対しているのであるが、しかし、結婚が男性の稼得能力に依存する性格のものであれ、夫に従属するものてあれ、結婚することが幸福追求に不可欠だと考える女子の人生の選択を狭めるの女性の権利の侵害を公共政策とすべてとしいう主張なのである。
米国国の主流の法思想では1923年のマイヤー対ネブラスカ判決や、1967年のラビング対バージニア判決をはじめとして結婚し家庭を築く権利は幸福追求に不可欠な憲法上の基本的権利とされているほか、カノン法以来、コモンローマリッジといった文明史的コンテキストによる結婚の自由を擁護する価値観があるので、たやすく年齢制限を肯定することはないと考える。
実際ニューハンプシャー州議会は、男子14歳女子13歳を18歳に引き上げる法案を2017年3月否決したのである。さすがに「自由をしからずんば死を」を州のモットーとする州だと感心するものである。
法務省あたりは18歳に引き上げたフランスの例、それに追随するドイツ、アメリカでもクォモ知事が14歳から18歳に婚姻適齢を引き上げたいという政策を打ち出しているなど、早婚の弊害を主張する人権団体の突き上げが強まっているとし、18歳にあげておくのが、今後人権団体やジォンダー論者のつきあげをかわすために必要というのだろうが、アメリカ合衆国の大勢は、1970年代の統一婚姻・離婚法モデルにそった16歳婚姻適齢、16歳未満でも裁判所の承認で救うというあり方がなお標準なのであり、この点くれぐれも国会議員はだまされないようにしてもらいたい。
以上縷々述べたように英・米・カナダ等など16歳を婚姻適齢とする立法例と比較すると、我が国政府案の16歳・17歳婚姻資格剥奪は慎重さを欠き、配慮を欠くものとして非難されてやむをえない。
(二)16・17歳女子は社会的・精神的に未熟な段階とし、当該年齢での婚姻が当事者の福祉に反するという決めつけは根拠薄弱である
1.相互扶助共同体を形成することは幸福追求に不可欠なものという認識に乏しい政治家・官僚
結婚し家庭を築き子どもを育てること権利が、憲法13条の幸福追求権、24条1項の趣旨から看取できる婚姻の自由に含まれるだろうという前提でいえば、古くより婚姻適齢として認められ、1990代には年間3千組の当事者が存在していた、近年では2015年には1357組まで減少したとはいえ決して無視してよい数ではない。
法律婚の意義は配偶者の相続権(民法890条)や夫婦間の子が嫡出子となること(同法772条1項等)にとどまるものではない。相互扶助の共同体を形成する意義が大きいのである。
二人の仲が情緒的に依存する間柄であり、、最も共感的な理解者が結婚相手であり、お互い励まし合い、感謝し合う仲であれば、結婚で得られるものは大きく、人生の困難も乗り越えていくことができる。男女が相互扶助の共同体を得ることにより喜びは二倍に、苦労は半減するのである。
しかも結婚はタイミングが重要である。恋愛感情の絶頂のときにスムーズに結婚するのが、最も満足感が高いものとなる。待婚を強いるのは過酷といえる。
これは社会的に恵まれている階層よりも、そうでない階層にとってより切実で意義が大きいといえる。むろん性的アイデンティティを確立し、性欲を合法的に充足できるという結婚の意義も大きいものでありむ、この点はコリント前書7:9のとおりである。
にもかかわらず、法制審議会や政府は、婚姻資格のはく奪、幸福追求権の否定に躍起になにっているのは異常なことだといわなければならない。
16・17歳女子の婚姻資格を剥奪するからには、国民の権利を狭めるものであるから、それ自体が当事者の最善の利益にはならない、当事者の福祉に反するという、相当説得力のある理由がなければならないがそのようなものはない。また 1996法制審議会答申は「社会生活が複雑化・高度化した現時点でみれば、婚姻適齢は、男女の社会的・経済的成熟度に重きを置いて定めるのが相当と考えられ」とするが、それが高校卒業の18歳に求められ、16・17歳女子に婚姻適応能力がないという説得力のある根拠はなにも示されていない。またの婚姻資格剥奪に賛同する民法学者の見解も疑問をもつものであり、総じて根拠薄弱であるのに権利はく奪を強行しようとする姿勢に強い怒りを覚える。
2. 高校卒業程度の社会的・経済的成熟の要求という理由は論理性が全くない
(1)中卒で婚姻適応能力がないという論理性はない
義務教育終了後、進学・就職・行儀見習い・結婚、何を選択しようとそれは親の身上統制権、監護教育権、本人の選択の問題で、政府が干渉するのは悪しきパターナリズムである。もちろん中卒で就業することは労働法でも規制していないから、中卒で稼得能力がないということはありえない。
いかに、政府が嫌おうとも幸福追求に不可欠な権利を剥奪を正当化するための当事者にとって結婚が最善の利益に役立ない、あるいは当事者の福祉に反すると立証できないのに、権利はく奪をすることは許されるべきではない。結婚という私的な事柄は、親も本人も結婚が望ましいと考えるなら結婚すべきであり、それは第三者や政府が干渉すべきことがらではないし、我が国の結婚慣習もそのようなものである。。
仮に、高校卒業が望ましいという価値観を受入れるとしても、単位制高校など結婚と両立しうる履修の可能な高校もある。古いデータだが、1957年カリフォルニア州の75の高校で1425組の既婚高校生を調査した結果44~66%が妊娠のための結婚だった[泉ひさ1975]としているが、彼女らが学校から排除されているわけではない。ちなみに16歳で結婚した三船美佳は横浜インターナショナルスクールを卒業している。高校教育の必要性という理由は全く論理性がない。
16歳で結婚した三船美佳が離婚したのは遺憾であるが、しかし鴛鴦夫婦として有名だったし、16歳の三船美佳に婚姻適応能力がなかったとはいえないのである。
この点については民法学者の滝沢聿代氏(元成城大学・法政大学教授)が的を得た批判をされているのでここに引用する。[滝沢聿代1994]
「要綱試案の説明は、高校進学率の高まりを指摘し、婚姻年齢に高校教育終了程度の社会的、経済的成熟を要求することが適当であるとする。しかし、婚姻適齢の制度自体がそもそも少数者の例外的状況を念頭に置いた理念的内容のものである。高校を終了したら誰でも婚姻しようと考えるわけではない。他方、義務教育のみで学校教育を終える者は依然存在し、これらの者こそ婚姻適齢の規定が意味をもつ可能性は高い。加えて、高校進学率の高さの実態に含まれる病理に思いを至すならば、安易な現状肯定から導かれる改正案の裏付けの貧しさに不安を覚える‥‥。 高校教育修了程度の社会的、経済的成熟を要求するとはどのような意味であろうか。まさか義務教育を終了しただけの社会的地位、経済力では婚姻能力に疑問があるという趣旨ではなかろう」
さらに滝沢氏は人口政策としても疑問を呈し、「一八歳未満に法的婚姻を全く否定する政策は、婚姻適齢を比較的高くし(男二二歳、女二〇歳)、一人っ子政策によって人口抑制を図る中国法のような方向に接近するものと理解しなければならない。それは明らかに婚姻の自由に対する抑制を意味する」
法制審議会の趣旨、義務教育を終了しただけの社会的地位、経済力では婚姻適応能力を否定する見解は根拠薄弱である。
なお、法制審議会は、未成年の結婚は性病罹患率が高い、高校中退の可能性を高める、夫から暴力を受ける可能性が高い、貧困を促す、親の強制結婚を助長しているといったような外国の人権団体のような反早婚思想を示しているわけではないが、我が国にはそうしたことは問題視されていないので理由にならない。
むしろ高校を中退せざるをえなかった。あるいは退学されられたといった立場の女子を救う手段としての結婚に切実な価値があるとみるべきではないだろうか。
民法学者の中川淳[1993]は「社会的・経済的な家庭生活の維持という立場、一八歳という年齢設定をしてもよい」平均初婚年齢が20歳を下ることはないことなどを18歳引き上げの理由としているが、平均初婚年齢は、社会的、経済的、文化的状況の変数であり、人々おかれる社会的、経済的、文化的状況が異なるから早婚の人もいるし、晩婚の人もおり生涯未婚の人もいる。結婚するには経済的収入は重要であるが、各人のおかれた立場はことなり平均にあわせる必要などないのであり、このように漠然とした理由では、幸福追求に不可欠な権利を剥奪を正当化するほどの理由とはとても思えないのである。
アメリカの統計では未成年者の結婚は0.5%程度であり、我が国では0.21%と低く、圧倒的に18歳以上の結婚が多い。しかし0.21%だから切り捨ててよいという問題ではない。民法はあらゆる境遇におかれた国民に対応できるものでなければならず、特定の社会階層の価値観から一刀両断してよいものではない。
3. 野田愛子氏(故人)の意見が不当にも無視された
野田愛子氏とは女性初の高等裁判所長官、中央更生保護審査会委員、家庭問題情報センター理事などを務めた。法制審議会のなかでは少数派であり、婚姻適齢改正に反対、16歳・17歳の婚姻資格のはく奪に反対されていて、下記の平成4年の講演は傾聴に値するものである。
「‥‥現行法どおりでいいのではないか。つまり、婚姻適齢は男女の生理的な成熟度にあった規定であるからそれでいいという考え方と、いや、男女とも高校教育が一般化した今日、教育的、社会的平等に合わせて、年齢を男女とも一八歳にするべきという考え方とあります。一八歳にしますと、女子の場合は一八歳未満で事実上の関係ができて、妊娠するという問題がある。ここに何か手当てが要るというと、むしろ一六歳に揃えたらどうか、という考え方もあります。しかし一六歳に揃えますと、婚姻による成年(民法七五三条)の問題があります。一六歳に成年となっては法律行為等においても問題ではなかろうか。それぞれにメリット、デメリットがございます。
そこで仮に一八歳に揃えた場合には、一六歳で結婚しようというときに婚姻年齢を下げて婚姻を許すような法律的な手立てが、どうしても必要になります。各国の法制を見ますと婚姻適齢を男女同年齢(一八歳以上)にした法制の下では、必ず要件補充の規程を設けて、裁判所が許可を与えるとか、行政機関が許可を与えるとか、そういうような条文を設けている国もございます。
そうなりますと、婚姻の問題に国家の機関が介入するということも問題ではなかろうかという議論もでてまいります。家庭裁判所の立場からは、婚姻を認めるとか認めないとか、いったい何を基準に判断するのかというようなことも一つの疑問として定義されましょう。統計的に、一六、一七歳で婚姻する者は、約三〇〇〇件あるそうです。私の家庭裁判所判事当時の経験に照らすと、一六、一七歳の虞犯の女子が、よい相手に巡り合って、結婚させると落着く、という例も多く経験しています。あながち、男女平等論では片付かない問題らように思われます」〔野田愛子「法制審議会民法部会身分法小委員会における婚姻・離婚法改正の審議について(上)『戸籍時報』419 18頁〕
最後の「虞犯女子」云々の発言は実務家の経験として貴重なものであると私は思う。」 90年代に16・17歳で結婚する女子は年間三千人いた。今日は当時より減っているだろうが、それが二千人であれ、永く認められていた権利の剥奪は慎重でなければならない。
「虞犯女子」は社会的に恵まれていない社会階層といえる。夫婦の情緒的な依存関係、相手を共感的に理解し、力づけ、感謝し合う、それは結婚以外に得難いものなのだ。結婚相手と喜びと苦労を分かち合うことにより、喜びは倍増し生活の苦労は軽減され、困難があっても乗り越えられる。そのような人間学的考察からみても年少者であれ結婚の価値は高いものであるといえよう。
野田愛子氏のような実情に詳しい実務家のまともな意見が無視されている要因は、18歳に男女とも揃える改正は、男女平等を主張してきた日弁連女性委員会、婦人団体の悲願達であり、この圧力団体のメンツを潰すことはできないという事情によるものと推察する。そこで思考停止状況になっているためである。
ジェンダー論の観点から、16歳・17歳で結婚する女性というのは、男性の稼得能力に依存した結婚にほかならないから、このような結婚を認めることが性的分業の定型概念を助長するためよろしくないということになるが、しかし、ジェンダー論による男女共同参画法のもとに政府が行っていることとはいえ、憲法的要請ではない。形式的平等は、16歳・17歳の婚姻資格を剥奪しない形でも可能なのであるからそれを選択すべきである。
そもそも民法は社会変革のための道具ではない、特定の社会変革思想や特定社会階層の見解に偏った改革は好ましくない。ナポレオン民法はポティエによるフランスの慣習法の研究が基礎になっていたものであり、社会変革のためのものではなかったはずである。
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