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2018年5月の3件の記事

2018/05/20

麻生太郎財相がセクハラ認定を渋ったとの報道とについての感想

 麻生太郎財務大臣は、福田事務次官とテレビ朝日記者のケースについて、セクハラ罪はないと言ったこと、セクハラ認定を渋ったとか、「被害者」への謝罪がない配慮のない発言だとしてさかんに叩かれているが、セクハラ認定に慎重な姿勢をとることは正しいと考える。
 問題の事案について、全体像が不明なので総合的な評価ができないから安易にきめつけられない。
 報道によれば女性記者は以前にパジャマ姿を見せたりしている。性的挑発的な服装をしていたのかもしれないし、「おっぱい揉ませて」発言に至る前にも交際が有り良好な人間関係を築き、性的冗談や性的会話にも不機嫌にならず乗ってくる女性だったので、性的会話を歓迎せざる行為と相手は認識していないと思わす状況があったから、この女性が好みなので機を見てをみて口説いたということかもしれない。そもそも本当に嫌悪していたのかも本人の発言が直接ないからわからないのである。このときだけの口説きならば執拗性も感じない。性的誘いに応じないなら何か不利益をこうむるぞと威嚇されたというわけでもない。
 加えて、政治記者ならばたんに政策に通じ質疑ができるだけでなく、特ダネを得るために、取材対象にくらいつき取入っていく交渉術にたけているのがプロだろうから、一般のOLを比較すれば、大物に物怖じせずメンタル面の強い人がなる職種といえるので、世間でいわれているほど同情はしない。
 もっとも国の枢要な地位にある幹部としては録音をばらされたり脇が甘く、仮にセクハラではないとしても不倫に発展しうる行為であり、特定の政治記者を信用しすぎたのは軽率としてなにがしかの処分は免れないとしてもセクハラ認定は別問題にしてもよかったのではないか。

一.不快な言動はそれだけでセクハラ認定できないのは当然
(一)EEOCのガイドライン
 アメリカ合衆国ではセクハラはもっぱら、性別に基づく雇用上の差別を禁じた1964年タイトル7の性差別の問題なのだが、1980年EEOC(雇用機会均等委員会)のガイドラインを要約すると、歓迎せざる性的言動がセクシャルハラスメントとなる場合を次のように定義している。
(1) その言動に対する服従が個人の雇用の条件とする場合
(2) その言動に対するその言動に対するある個人の服従または拒絶が、その個人の雇用にに関する決定の起訴となる場合する決定の基盤となる場合
(3) その言動が個人の職務遂行を妨げたり、敵対的職場環境をつくり出した場合 (篠田実紀2004)
 敵対的職場環境型セクハラの定義は、
 「‥‥望まれない性的言い寄り、性的行為の要求、その他の性質を有する言葉又は身体的行為は、次の場合セクシャルハラスメントを構成する‥‥かかる行為が個人の職務遂行を不合理に妨げる又は脅迫的、敵対的もしくは侮辱的な職場環境を不合理に創り出す目的と効果を有する場合」(山崎文夫2004『セクシュアル・ハラスメントの法理』184頁)
 
(二)日本の労働省のガイドライン
 労働省の雇用機会均等法21条2項の管理上配慮すべき指針(平成10年労働省告示第20号及び通達女発第168号平成10年6月11日)の環境型セクシャル・ハラスメントの定義は「職場において行われる女性労働者の意に反する性的言動により当該女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該女性労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じること‥‥‥‥」
 通達では指針を解説して「『女性労働者の意に反する性的言動により当該女性労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該女性労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じること』とは、職場環境が害されることの内容であり、単に性的言動のみでは就業環境が害されたことにはならず、一定の客観的要件が必要である
 私はこのガイドライン自体もセクハラの定義が厳密でなく問題があると思っているが、単に性的言動のみでなく職場環境が害されたた客観的な条件が必要と明確に述べている。
(三)1998オンケール判決のスカリア判事法廷意見-公民権法Title7が職場における全ての言動や肉体的な嫌がらせを禁じてはいないと明言
 米国では1993年連邦最高裁ハリス対フォークリフトシステムズ判決Harris v. Forklift Systems, Inc., 510 U.S. 17 (1993)が敵対的環境型セクハラの判断基準を示した先例になっているが、要するに客観的に敵対的・虐待的職場環境が作出されているが認定され、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合であり、且つ当該被害者によって主観的にいやがらせ行為であればセクハラと認定される。
 1998年のファラハー対シティオブボカラトン判決Faragher v. City of Boca Raton, 524 U.S. 775 (1998)、では「嫌がらせの客観的過酷さ」は、状況とかかる振舞いが行われた社会的文脈の全てを考慮に入れた上で、「合理的な通常人」が従業員の立場に置かれた観点から判断するべきものとされた。つまり合理的通常人テストプラス総合的判断としたのである。「単なるからかい、当てこすり、極度に重大な場合を除く単独の行為は、労働条件の差別的な変更にあたるものではない‥労働条件の変更にあたるほど極端なものでなければならない」と述べている。 
 同年のオンケール対サンダウン・オフショア・サービスィズ社事件Oncale  v. Sundowner Offshore Services,Inc, et al., 523U.S.75(1998)「Title7は、職場における全ての言動や肉体的な嫌がらせを禁じてはいない。それは、『性を理由とする差別』のみを指している。我々は、たとえ職場での異性間のいやがらせであったとしても性的な内容や暗示を含む言葉をつかったという事だけで機械的に性差別だとは決して判示してこなかった。」「Title7は礼儀作法規範でもない」としている。 
 敵対的環境型ハラスメントは、このような趣旨から突発的、1回性、散発的、間延びした行為ではセクハラと認定されないのである。但し、下級審判例で男性器より精液の発射を見せた事例で1回性のものでもセクハラと認定された例、管理職からレイプされた事例は重大だとされたが例外である。女性器を意味するスラング(日本語に訳すと「オマンコ」)をはいたケースではセクハラと認定されていない。
例えば式守伊之助が酔って若手の胸を触って云々というだけでかなり重い処分が下された、1回性のものである限りセクハラとはいえないと思う。
 要するに環境型セクハラとは
○客観的に敵対的・虐待的な職場環境と認定
○雇用状況の深刻な悪化
○当事者が主観的にも歓迎せざるいやがらせと認識
の3要件がそろわなければ公民権法違反にならない。我が国の労働省の基準も矮小化はされているが大筋では同じである
 ところが3条件でなく1条件未満でもセクハラにしてしまうのが人事院規則である。
 
二 セクハラとはいえないものセクハラとし違法性のないものもセクハラと定義する人事院の定義
 我が国のセクハラ概念は、対価型・環境型の区別について米国の定義を輸入しているものの、環境型の被害者の雇用状況を変え、 敵対的労働環境をつくり出すほど十分に深刻または蔓延的であるという定義は直訳されず、米国の判例では当然のように出てくる「敵対的」「虐待的」「濫用的」「威嚇、嘲笑、侮辱」「悪質な職場環境を創出する」「十分にひどく浸透」といった語が欠落しているのである。このためにセクハラ概念が拡大しやすい素地をつくっているといえる。
 人事院規則10-10及び運用について(通知)平成10年11月13日人事院事務総長における環境型セクハラ定義の問題点(東京都もほぼ同じ) セクシャル・ハラスメントを「及び職員が他の職員を不快にさせる職場外の性的言動」と異常に幅広く定義し、「セクシャル・ハラスメントに起因する問題」を「セクシュアル・ハラスメントのため職員の勤務環境が害されること及びセクシュアル・ハラスメントへの対応に起因してその職員が勤務条件につき不利益をうけること」とし、通知によると『職員の勤務環境が害されること』とは「職務に専念できなくなる等のその能率の発揮が損なわれる程度に当該職員の勤務環境が不快になることをいう」(山崎文夫『セクシュアル・ハラスメントの法理』2004 345頁以下)としているが、米国や労働省における環境型セクシャル・ハラスメントの成立要件になっている悪質な職場環境を作り出したという客観的な成立要件を外して、セクハラの概念規定ではなく「起因する問題」にすり替えたことにより、異常に拡散した概念となっていることである。これは本末転倒であり、労働省機会均等法ガイドラインの環境型セクハラ概念には、「敵対的・虐待的」といった言葉を欠いていることを疑問としても、一応、セクハラの概念規定として、「能力の発揮に重大な悪影響が生じ」「就業するうえで看過できない程度の支障」が生じなければそれはセクハラではないとしているし、例えば性的冗談は継続性、繰り返しが要件としているように、アメリカの基準を矮小化しているものの、一応限定的にセクハラ概念を規定しているが、人事院規則やそれに準拠した東京都のセクハラ概念にはそれすらなく、労働省がグレイゾーンとしていたものも含めてなんでもセクハラと言いつのるものとなっている。
  なお、山崎文夫2004『セクシュアル・ハラスメントの法理』348頁によると人事院規則の指針で例示されている、身体的特徴を話すこと、卑猥な性的冗談、性的からかいの対象とする等の行為には人格権侵害の不法行為が成立しない行為が多数含まれていると批判的なコメントを述べている。
 一口でいえば人事院規則はセクハラ概念をはみ出ており、一般には違法とされることのない行為を含み、事実上無害な行為も禁止し、エチケット規範のようになってしまっている。
 一般企業でも従業員とのデートを禁止する規則を制定する場合があるが、セクハラの芽をを摘む趣旨としての自主規制であり、これらの規則は人事院規則も含めてセクハラと認定されるにいたらない行為まで広範に禁止しているというべきである。むろん企業は企業秩序維持のために就業規則を定め実質的違反者を懲戒処分できるが、従業員は企業秩序遵守義務はあっても、一般的な支配に服するものではないから問題はある。
 要するに「他の者を不快にさせる職場における性的な言動」という漠然不明確なき規定はセクハラ認定の一要素ともいえない緩さがある。
 この規定は一般論にされやすい。正確には対象となった個人が主観的に歓迎されない行為と認識していることがセクハラと認定するための一要素である。一要素にすぎないものを十分条件にすることももちろん間違っている。
 3つの必要条件があるのに1つの必要条件かそれ未満でも十分条件にしてしまうのは非論理的なのである。
 マスコミ報道なども、不快な表現だからセクハラだと言いつのっているが、私には私鉄総連の春闘ワッペンはきわめて不快だが、不快でない人もいるように、セクハラはあくまでも当事者の問題であり、加えて、客観的な職場環境等の悪化等の認定が必要でそれだけではセクハラと認定はされないのである。 
 セクハラといっても、それはどの概念規定にもとづくのか、違法性がないものもセクハラとするような人事院の規則なのか、厳密ではないが一応限定的に概念規定をする労働省のものか、私のようにそもそもセクハラは合衆国の公民権タイトル7違反(性差別)の問題からはじまったから、その観点から厳密に概念規定すべきという立場によって、違ってくる性格のものであり、いわんやセクハラとはポリティカル・コレクトネスでもなければ、礼儀作法規範でもないのに、本件に限らずなにか一言言えばセクハラと糾弾するのは間違っているし、マスコミや野党議員から迫るからセクハラと認めるという性格のものではない。
 結局些細なことでもセクハラにしてしまう風潮は、ロマンチックパターナリズム、過剰な女性に対する心理的保護になっていると考え、有能な男性の働き手を貶める結果にもなることは社会にとっても損失であり、そのような見地からみて麻生大臣の一連の発言それ自体は非難するに値しないというのが私の意見です。
 
三、付録【本文と一部重複するが合衆国連邦最高裁主要判例の要点を以下述べます】
 
 ざっくりいえぱ対価型ハラスメントとは性的要求に応えることが雇用継続・昇給・昇進の要件とされること。敵対的環境型ハラスメント脅迫的・敵対的・侮辱的不良環境におかれ被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透すること。性的誘い等を受けた側が歓迎せざる行為であることは前提条件である。
 対価型ハラスメントについてはわかりきったことなのでここでは言及しない、問題は敵対的不良環境型セクハラだが、以下アメリカ合衆国で判断基準を示した主要判列の要点を記す
 
(一)Meritor Savings Bank v. Vinson, 477 U.S. 57 (1986),

  連邦最高裁が初めてセクハラについて判決をくだし、敵対的不良環境型セクハラを当該行為 が「『被害者の雇用状況を変え、 敵対的労働環境をつくり出す』 ほど十分に深刻または蔓延的である」 (sufficiently severe or pervasive ‘to alter the conditions of[the victim’s]employment and create an abusive working environment)ことと定義した。
   事案は ヴィンソン女史は19歳の1974年にMeritor Savings銀行の金銭出納係訓練生として雇用され、係長にまで昇進したが1978年11月病欠を過度に使いすぎたために解雇された。上司Taylor氏に初めて誘われたのは彼女が訓練生の時だった。その後数年間にわたり、解雇を恐れるあまり上司Taylor氏と営業時間内外にわたって40~50回の性関係に陥ったという主張である。又、ある証言によればTaylor氏は他の従業員の前で彼女を撫でていた。又Taylor氏はトイレに入っている彼女をレイプしたという。事実審連邦地裁では相反する証言があって(彼女は性的挑発するドレス、音声の証言がある)それは自発的な関係で、銀行における継続的雇用と無関係という判断からセクハラとは認定しなかった。最高裁は二人の関係は 自発的ではなく要求がヴィンソン女史にとって歓迎されるものか否かという点を判断基準とした控訴審の判決を支持した。それが歓迎せざる行為だったのか事実審に差し戻す判決を下した。(平野晋1991、岡本幹輝2002。篠田実紀2004)
 もし連邦地裁の判断を支持していたなら、セクハラという言葉が世界的に広がることはなかったという意味で残念な判決だが、このケースでも40~50回の性行為が自発的な関係で歓迎せざる行為ではなかったなら当事者にとってはセクハラにはならない。
 問題は、 何を敵対的職場環境というか、被害者の精神的損害の査定の判断基準だが、下級審判例では、女性側に不利な基準と有利な基準とが現れたので混乱した状況となった。
 第6巡回区のRabidue v.Osceola Refining Co., 805 F.2d 611, 620 (CA6 1986)の厳格な判定基準で(環境型セクハラが成立する要件として、発言や行為で、他人を困らせたり、不愉快にさせただけでは救済を求めることはできないのであって、被害者は明確な、有形の被害Tangible Harmを被ったことを証明を要件とする。 有形の害とは、経済上の損害や、精神科医や分析医の診断によって認められた精神上の傷害である。神経症に陥るほどの深刻な精神的危害が客観的に立証されない限りセクハラで救済を求めることはできないとした。私はコモンローの不法行為法依拠した保守的な司法判断として優れていたと評価する。(平野晋1991)
 一方、第9巡回区のElison v ,Brady ,924F 2d.872(91hCir.1991)は Rabidue 判決に反対するとした上 で 、“reasonable woman ” 或いは” reasonable victim of the same sex” の基準を適用し、より女性固有の心理に焦点をあてるものであり、フェミニズムに近いこれは女性に有利な判断基準といえる。(篠田実紀2004)
 
(二)Harris v. Forklift Systems, Inc.,510 U.S. 17 (1993) 
 1985年4月から1987年10月までの2年半の間を通して女性マネージャーに対して,他の社員の前で何回か「君は女だ。なにが分かるというんだ。」「男のレンタル・マネージャーがほしい。」と発言し、一度は「ムレムレ尻女」と言うなど、しばしば女性であることを理由として侮辱し、また、他の社員の前で「君の昇給交渉のためにホリデーインに行かないか」、「顧客と週末にセックスすると約束したか」と言ったり,自分のズボンの前ポケットにコインを入れて女性社員にそれを取り出すよう要求したり,女性社員の前に物を投げてそれを拾わせて覗いたり、女性社員の衣服について椰楡するなど,しばしば女性社員を性的あてこすりのターゲットとした使用者(社長)の行為について、会社側勝訴の高裁判決を覆し、公民権法違反の環境型セクシュアル・ハラスメントが成立するとしたものであ
 ハリス判決は第六巡回区連坊高裁のラビデュー対オセオラ判決の判断基準により深刻な心理的傷害の立証がないとしてセクハラと認めなかった連邦高裁の判断を覆し環境型セクハラの判定基準を次のように示した。
『差別的な威嚇、嘲笑、侮辱などが、被害者の雇用条件を変化させ、悪質な職場環境を創出するほど十分にひどく浸透している場合には、Title7違反になる』When the workplace is permeated with discriminatory intimidation, ridicule, and insult that is sufficiently severe or pervasive to alter the conditions of the victim’s employment and create an abusive working environment, Title VII is violated.”
『客観的な敵対的、虐待的職場環境、すなわち合理的人間(道理をわきまえた通常人)ならば敵対的ないし虐待的であると認定できるような環境を作出するほどひどくはなくまた広範でもない行為は、Title7の適用範囲を超えている』“Conduct that is not severe or pervasive enough to create an objectively hostile or abusive work environmentan environment that a reasonable person would find hostile or abusiveis beyond Title VII’s purview.”
また「私たちは、環境が「敵対的である」か「虐待的であるか」が単にすべての事情を見ることによって決定できると言うことができる。これらは差別している行為の頻度を含むかもしれない。厳しさ。それは、物理的に険悪であるか、屈辱的であるか、単なる不快な発声か。そして、それは無分別に従業員の業務遂行を妨げるのであるかどうか。原告が、環境が虐待的であることが実際にわかったかどうか決定すると従業員の心理学的な幸福への効果はもちろん関連している。しかし、いかなる他の関連要素のようにも、精神的傷害は考慮に入れられるかもしれないが、どんなただ一つの要素も必要ではない。」と述べ、、客観的に敵対的、虐待的職場環境と形成していることが環境型セクハラの基準であって、深刻な心理的傷害の立証は不要であると結論した。
 私の見解は精神的傷害という医学的に客観的に判定ができるラビデュー判決の判断基準がコモンローの不法行為法に依拠した判断で安定的で、優れていたと判断するため残念に思う。この判断基準を退けた(コモンローの否定)ことで、ハリス判決は女性に有利な基準といえる。但し、本判決は敵対的職場環境の認定につき「合理的通常人」reasonable personテストを採用し、第9巡回区のより女性に有利な「合理的女性」テストはとらなかった。女性固有の心理理に配慮すべきとする下級審判例も退けられているからフェミニスト法学に迎合したわけではなく、中道的な判断基準と評価してもよい。
(三)Faragher v. Boca Raton, 524 U.S. 775 (1998)

 ハリス判決を踏襲し「嫌がらせの客観的過酷さ」は、状況とかかる振舞いが行われた社会的文脈の全てを考慮に入れた上で、「合理的な通常人」が従業員の立場に置かれた観点から判断するべきものとされた。つまり合理的通常人テストプラス総合的判断としたのである。「単なるからかい、当てこすり、極度に重大な場合を除く単独の行為は、労働条件の差別的な変更にあたるものではない‥労働条件の変更にあたるほど極端なものでなければならない」と述べている。 
(四)Oncale  v. Sundowner Offshore Services,Inc, et al., 523U.S.75(1998 )

 被害者が同性である場合にセクハラが認められるかが争われた容認した事件だが、スカリア法廷意見は次のように環境型セクハラの基準について述べた。
『Title7は、職場における全ての言動や肉体的な嫌がらせを禁じてはいない。それは、『性を理由とする差別』のみを指している。我々は、たとえ職場での異性間のいやがらせであったとしても性的な内容や暗示を含む言葉をつかったという事だけで機械的に性差別だとは決して判示してこなかった。』『我々が‥‥強調したように、この規定は、同性のあるいは異性との日常的なふれあいのなかの真正ではあるが害の無い相違には及ばない。職場での性を理由とするセクハラの禁止は‥‥ただ、被害者の職場環境を変えるのに十分な客観的いやがらせを禁じているだけである』『通常の職場における社交(男同士の馬鹿騒ぎや異性間でのいちゃつきであっても)を『職場の環境』に関する差別であると誤解しないことを保証する』『我々はさらに『全ての状況を考慮して』、原告の立場に置かれた合理的な人間という観点で、セクハラの客観的なひどさを判断すべきだということを強調してきた』『職場における行為の現実的影響は、しばしば、使用された言葉の詳細あるいは行われた肉体的行為の単なる再現によっては十分に把握されることのない周囲の環境、予期、人間関係の配置に依存している。良識や社会的背景に対する適切な感受性によって、裁判官や陪審は、単なるからかいや同性間での馬鹿騒ぎと、合理的な人間が原告の立場に立ったときに過度に敵対的で虐待的であると認識する行為とを見分けることが可能になるのである。』。などとして、単なるからかいや馬鹿騒ぎがセクハラにはあたらない。
 
参考文献
岡本幹輝
2002 「米国判例に見る教育現場での最近のセクハラ・性差別事例」白鴎大学論集,17(1)(ネット公開)
篠田 実紀
2004「アメリカ合衆国における職場のセクシュアル・ハラスメント : 救済から防止への道のり」神戸市外国語大学外国学研究 59 (ネット公開)
中野通明
1992「米国における雇用差別と最近の状況(上)」国際商事法務20巻6号1992
平野晋
1991「セクシャル・ハラスメント法入門」国際商事法務19巻12号
山崎 文夫
2004「セクシュアル・ハラスメントと企業内自主規制」比較法制研究 (27)(ネット公開)
2004『セクシュアル・ハラスメントの法理』労働法令)
ウェプサイト
米国におけるセクハラ問題(如水会ネット)
http://jfn.josuikai.net/ronbun/0011.html
ケネス J. ローズ米国の性的嫌がらせ法の法的遵守
http://rosegroup.us/files/Website--Sex%20Harassment--ILS--v.2%20Japanese%20version%20(00009052).PDF
 

2018/05/13

私鉄総連春闘ワッペン闘争の法的評価(下書きその2)

承前
 (3)国労札幌地本ビラ貼り事件昭和54・10・30民集33-6-647について
 事案は大略して次のとおりである。国労は昭和44年春闘に際して各地方本部に対してビラ貼付活動を指令した。原告らは支部・分会の決定を受けて「合理化反対」「大幅賃上げ」等を内容とする春闘ビラ(ステッカー)を勤務時間外に職員詰所等ににある自己又は同僚組合員の使用するロッカーに、セロテープ、紙粘着テープによって少ない者は2枚、最も多い者は32枚貼付した(原告以外の組合員も含めて総計310個のロッカーに五百数十枚のビラを貼った)。原告らは貼付行動の際、これを現認した助役ら職制と応酬、制止をはねのけた。
 この行為が掲示板以外での掲示類を禁止した通達に違反し、就業規則に定めた「上司の命令に服従しないとき」等の懲戒事由に該当するとして、戒告処分に付し、翌年度の定期昇給一号俸分の延伸という制裁を課したため、原告らは戒告処分の無効確認を請求して訴えたものである。
 一審(札幌地判昭47・12・22判時709)は被告国鉄勝訴、原審(札幌高裁昭49・12・28は一転して原告国労札幌支部組合員の請求を全面的に認めたが、最高裁第三小法廷は全員一致で原判決破棄自判して、原告の請求を終局的に斥けた。
 企業秩序論の3つめの最高裁判例である。富士重工事件は企業秩序違反行為の社内調査協力拒否に関して、目黒電報電話局事件は施設内での政治活動事案であったが、国労札幌事件は企業施設内での組合活動事案で、本件はロッカーのビラ貼りであるが、集会・演説その他企業施設を利用する組合活動全般の判断枠組みを示しており、多くの判例で引用される指導判例の位置づけにある。
 判旨は労働組合又はその組合員が使用者の許諾を得ないで企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが、使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、物的施設を管理利用する使用者の権限を侵し、企業秩序を乱すものであつて、正当な組合活動にはあたらないとするものである。
 
 
A 国労札幌地本事件判決の意義
 
1. プロレイバー学説「受忍義務説」の否定
 
 判決は「労働組合が当然に当該企業の物的施設を利用する権利を保障されていると解すべき理由はなんら存しないから‥‥‥使用者の許諾なしに右物的施設を利用する権限をもっているということはできない。‥‥‥利用の必要性が大きいことのゆえに、労働組合又はその組合員において企業の物的施設を組合活動のために利用しうる権限を取得し、また、使用者において労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うとすべき理由はない」と判示し明確に受忍義務説を否定した。
 学説多数説であった受忍義務説とは、組合活動の場合は、施設利用について使用者に受忍義務があるとするものである(たとえば籾井常喜1965 183頁 片岡曻・大沼邦博1991 321頁)。立論の基礎は憲法28条の団結権、団体行動権をプロ・レ-バー的に広く解釈し、それは私人間効力の及ぶもので使用者の権利や自由(その中心は財産権、具体的には労務指揮権や施設管理権)を一定の制約の契機が含まれていると解する。その根底にある思想は、憲法28条を、近代市民法秩序の核心である財産権、所有権、営業の自由を制約する契機として理解し、市民法秩序を超克し階級闘争としての労働運動を支援するというイデオロギー的背景を持つ学説である。
 受忍義務説を採用した下級審判例としては、刑事事件で全電通東海電通局ビラ貼事件名古屋地判昭38・9・28判時359があり「使用者の施設管理権も労働者の団結権保障とのかねあいから、‥‥権利の本質的な意味で制約をうけ、そこから生じる使用者の不利益は使用者において受忍すべき場合がある。」と受忍義務を団結権保障のコロラリーとして承認する判断をとつている。
 事案は昭和34年年3月全電通役員が中心となって東海電気通信局庁舎の正面玄関やガラス窓等に、不当処分撤回、大巾賃上げ等を求める趣旨のビラ約四千枚を糊で貼付した行為が、庁舎の外観を著しく汚したものとして刑法260条の建造物損壊罪に問われたものであるが、同条の構成要件に至ってないとし、軽犯罪1条33号も労使の紛争状態の組合活動については同法は適用されないと断じ、仮に本件ビラ貼りが形式上建造物損壊に当たるとしても、それは組合活動の一環として合法的であり、違法性を欠き無罪であるとした(控訴審名古屋高判昭39・12・28判時407では破棄自判有罪)。
 しかしプロレイバー側でも、受忍義務説の論理に批判があって、団結権は施設管理権を当然に制約する明確な内容は与えられていない(小西国友1975)、使用者の団交応諾義務(労組法7条2項)や組合活動の妨害・介入の禁止(労組法7条3項)みと無関係に受忍義務を課す実定法上の根拠はなく、受忍義務とはすなわち便宜供与義務になるから、経費援助の肯定は経費援助禁止の原則((労組法2条但書3号、7条3号)と矛盾する(下井隆史1980)との指摘がある。(なお小西、下井が主張する違法性阻却説も、後述するがこの判決の判断枠組みでは排除するものであることが判例の蓄積によって明らかになっている)
 また下級審判例で受忍義務説を否定した判例としては、動労甲府支部ビラ貼り事件東京地判昭50・7・15判時784(中川幹郎チーム)が、「助士廃止粉砕」などと記載したビラ約三千五百枚を鉄道管理局庁舎内に貼った行為は、使用者の所有権や施設管理権「管理及び運営の目的に背馳し、業務の能率的正常な運営を一切排除する権能」を強調する一方、たとえ企業内組合の場合であっても組合活動のために企業施設を利用する「権限」を当然有するものではないとし、それが認められない以上、使用者が無断ビラ貼りを「受忍」すべきいわれはなく、当該のビラ貼りは使用者の所有権ないし施設管理権の侵害にあたるとして、ビラ貼り事件で初めて、労働組合や組合員に損害賠償責任を認め、ビラはがし代142,300円の支払いを動労側に命じ、明確に受忍義務を否定したリーディングケースである。
 ビラ配布事案であるが日本エヌ・シー・アール事件東京高判裁昭52・7・14判時86881は組合活動は原則として就業時間外に事業場外においてなすべきことを明確に述べ、受忍義務説を排除した判例と評価できる。
 「一般に事業場は、当然に使用者の管理に属し、労働者は、自己の労働力を使用者に委ねるために事業場に出入りを許され、就業時間中は使用者の指揮命令に従い労務に服する義務を負うものであり、労働組合は労働者が団結により経済的地位の向上を図ることを目的として自主的に結成加入した団体であって、使用者から独立した別個の存在である。従って、労働者の労働組合活動は原則として就業時間外にしかも事業所外においてなすべきであって、労働者が事業上内で労働組合活動をすることは使用者の承認のない限り当然には許されず、この理は労働組合運動が就業時間中の休憩時間に行われても、就業時間外に行われても変わりがないと解すべきである」と説いた。こうした下級審判例の説示を企業秩序論として構成しなおしたのが国労札幌地本判決といえるだろう。
 企業施設は使用者の所有管理に属し、市民法(私法)理論からすれば、労働組合の利用権は当然には認められないものである。したがって受忍義務説の否定は、労働組合に実定法で与えられたもの以上の、市民法秩序を超える権利を付与されるものではないことを示した判決と評価してもよい。
2 施設管理権の脆弱性の解消
 判決は、次のように企業秩序論を説示する。
「思うに、企業は、その存立を維持し目的たる事業の円滑な運営を図るため、それを構成する人的要素及びその所有し管理する物的施設の両者を総合し合理的・合目的的に配備組織して企業秩序を定立し、この企業秩序のもとにその活動を行うものであつて、企業は、その構成員に対してこれに服することを求めうべく、その一環として、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規則をもつて定め、又は具体的に指示、命令することができ、これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発し、又は規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当である」
 この企業秩序論の判例法理が最高裁によってが案出された最大の理由は「施設管理権」の脆弱さと空隙を埋める必要性があったと解する。
 すなわち、終戦直後、経営者が直面した生産管理闘争のようなきわめて悪質な争議行為や経営内での団結示威その他無許可組合活動に対し、組合規制力を強化するための使用者は「経営権」を確立する必要があった。
 当初経営者は企業内組合活動を規制する根拠を、労働規律から施設利用までカバーする「経営権」に求めていたが、包括的な経営権の観念を裁判所が必ずしも受け入れなかったために根拠は「労務指揮権」+「施設管理権」であるとされるようになった。
 しかし、「労務指揮権」はその法的根拠を労務当事者の契約に求めざるをえず、「施設管理権」の主張も脆弱性を有していた。その根拠を所有権・占有権という物権的権利に求める限り、所有権の一部をなし、建物、敷地等の会社施設を維持、保全、改良する具体的機能として内容づけられることとなり、妨害排除の物権的請求権か、無権利者による無断利用、毀損行為をとらえて行う不法行為にともなう賠償請求という、民法上の主張にとどまり従業員懲戒の根拠としては難点があったのである。
 また労務指揮権+物的維持管理権限に限定された施設管理権の主張は、直接労務指揮権限をもって規律しえない時間帯である、休憩時間、就業時間前、就業後の組合活動について空隙を残すことになった(菊地高志1973)
 このことはプロレイバー労働法学につけ込む隙を与えた。受忍義務説の論理構成は「施設管理権」とは元来法律用語ではなく、昭和28・9年頃使用者側から主張された政策概念としたうえ、所有権・占有権の一つの機能として位置づけ、物的管理権に限定して承認するというものであった(西谷敏1980})。それゆえ「物的管理権である以上、施設管理権は組合活動に対して直接向けられるべきものではない」とされる。(峯村光郎1969 161頁、本多淳亮1964 21頁)。
 つまり受忍義務説に潰すには、施設管理権を侵害するような行為を懲戒するには理由づけが必要であり、それには施設管理権を企業秩序と関連づける必要があった。懲戒処分は企業秩序の維持の目的をもって制定されるからである。
  以下時岡肇調査官の判解をそのまま引用する。―ー本判決が「施設管理権」  という用語を用いずに  「職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保しうるように当該物的施設を管理利用する使用者の権限」と判示したのは。以上のようにな理由から物的施設の管理運用を施設の所有権(物的管理権)のみから理論づけないで使用者の企業秩序維持のため必要な措置をとりうる機能も含む趣旨、すなわち人的・物的両面を含む使用者の権限として構成したことを明らかにしたものーーである。
 
  (つづく)
 
引用・参考
片岡曻・大沼邦宏
1991『労働団体法』青林書院
菊地高志
1973「組合のビラ配布と施設管理権-日本ナショナル金銭登録事件を中心として-ー」日本ナショナル金銭登録機事件横浜地裁昭43・2・9判決 労判172号
小西国友
1975「ビラ貼付と施設管理権」季刊労働法95号
下井隆史
1980「労働組合のビラ貼り活動に関する再論」判タ406号
時岡肇『最高裁判所判例解説民事篇昭和54年度』 339頁
西谷敏
1980「施設管理権の法的性格とその限界」『法学雑誌』大阪市立大学法学会26(3・4)
本多淳亮
1964『業務命令施設管理権と組合活動』労働法学出版 
峯村光郎
1969『経営秩序と団結活動』総合労働研究所
籾井常喜
1965『経営秩序と組合活動-不当労働行為の法理経営秩序と組合活動』総合労働研究所 

2018/05/06

私鉄総連春闘ワッペン闘争の法的評価(下書きその1)

 毎年恒例となっている2月中旬より3月中旬の私鉄総連春闘ワッペン着用闘争であるが、この行為は、私鉄労連組合員として春闘に参加していることを示す自己表示であり、団結内部で組合員相互の連帯感や、闘争意識を高める目的を有し、使用者に対しての団結示威である。のみならず、乗客に春闘への連帯を訴えかける教宣活動として絶大な宣伝効果をもち、私は春闘に連帯したくもない一利用客であるから、みせつけられるのは非常に不快であり、業務外の徽章の着用、勤務をしながら駅員や乗務員が団結示威ないし誇示する組合活動は、職務に専念せず債務の本旨を履行しない勤務態度として強い不快感をもつのであって、これを放置しているかにみえる各社の労務管理の緩いことにも強い不信感をもつ。
  会社側や国会議員等にこのことの苦情を出すための準備として服装戦術(リボン、プレート、腕章、ゼッケン、鉢巻、バッジの着用による訴えかけや団結示威)判例を検討する。
 このまま既成事実として放置してよいものではないからである。
 ここで問題とするのは民鉄の労務管理である。東京メトロ、東急、京浜急行、京成、東武、京王の各社である、上記の六社はいずれも駅員・乗務員の春闘ワッペン着用を私自身がこの目で見ている。関西その他の地方は現場を見てないので特に言及しないこととする。(なお組合が私鉄総連に加盟していない西武[コーポレートメッセージのワッペン着用を見たが会社の宣伝なのでもちろん問題ない]や新ダイヤを宣伝するプレート着用を見たが春闘ワッペンは見ていない小田急は対象外である。)
 むろん労務管理は経営者の裁量によるものであり、株主でもないのに文句をいう筋合いはないし、私鉄は国鉄のように公共の福祉を目的とする公法人ではない。
しかし鉄道事業は,国民の社会経済生活に不可欠の公共性の極めて高い事業であるとともに,乗務員、駅員の職務は不特定多数の利用客の生命、身体及び財産の安全に深くかかわるものであるから、職務規律が強く求められ、その労務の提供のあり方と企業秩序の乱れについては関心をもたれて当然なのであって、利用者の立場から従業員の職務専念義務の履行、服装の整正について相応の労務管理が求めてよいと考える。
とくに東京メトロは国と東京都が株主の公的資本会社でもあるから、国会や都議会で問題提議してよい事柄と考える。
 
一、判例法理では正当な行為とみなされる余地はかなり小さいが、実際に取り締まるには、就業規則や労働協約で会社が認めた腕章、胸章等の着用の禁止等を明示する必要があり、会社が事実上容認している慣行をあらためるには政治家の働きが必要に思われる
一) リボン闘争それ自体の判例法理は未解決な部分を残しているが、企業秩序定立維持権に関する判例の判断枠組、判断基準は安定して維持されており、勤務時間中の組合活動や企業秩序侵害の違反を、具体的な業務阻害から判断することを排除していることから、勤務時間中のワッペン着用闘争が正当な行為とされる余地はかなり小さい
 
 労働組合法第7条は、労働組合の正当な行為をしたことの故をもって、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な扱いをすること、 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入することなどを禁止しており、労働組合は労働委員会に救済申立を行うことができ、労働委員会は救済命令を発し、使用者側がそれに不服な場合は救済命令取消訴訟を起こすことができる。
 問題はワッペン闘争等の服装戦術が労働組合の正当な行為か否かであるか、これは労働委員会命令、多数蓄積している救済命令取消し訴訟等の判例及び学説で判断していくことになる。
 結論を先にいうと、ワッペン着用を勤務時間中の組合活動ととらえると正当な行為と評価される余地は小さいといえる。企業秩序論の観点からJRのようにしかるべき就業規則や労働協約があることを前提とすれば文句ないが、私は各社の状況を具体的に知らず民鉄では例えば会社で認めた胸章、腕章等以外の着用を禁止する規定がないとなると、企業秩序の定立のために規則から見直す必要がある。
 とはいえ将棋に譬えると、取締まる側のほうが初めから評価値で千点有利な形勢、積極的に攻めていけば負けることはない。ただやる気のなさだけの問題とさえいえるのである。
 
1.昭和57年大成観光リボン闘争事件最高裁第3小法廷判決までの判例の推移
 
(1)判例法理転換期の下級審判例について
 
 大局的見地から判例法理の推移を概観しておく。
  我が国では昭和40年代まで、階級闘争としての戦闘的な労働運動を支援する立場から労働基本権によって財産権や所有権という市民法秩序の侵害を正当化させようとする赤い思想にもとづいて、労働組合に通常なら犯罪とされる行為でも処罰されない特権を付与する可罰的違法論、企業内組合活動では、受忍義務説(法益権衡、法益調整論により使用者の権限の侵害を正当化)や施設管理権を物的管理権に限定する悪質なプロレイバー学説が司法にも影響力を持っていたため職場秩序の混乱をもたらしていた。
 リボン闘争についても、全逓灘郵便局事件・ 神戸地判昭42・4・6労民集18-2-302、国労青函地本事件・函館地判昭47・5・19労民集23-3-347が正当な組合活動としている。
  しかし、昭和48年石田和外コート末期の最高裁の構成の変化等で司法の左傾化に歯止めがかかったことにより、住居侵入罪、公務執行妨害に問われたマスピケ事犯で可罰的違法論を適用して無罪とした原判決を覆した国労久留米駅事件大法廷判決昭48・4・25刑集27-3-418を決定的なターニングポイントとしてプロレーバー学説は明確に否認の方向に舵がきられ、企業内組合活動についていえば、受忍義務説より許諾説に転換していった。
   服装戦術では、●ノースウエスト航空事件・東京高判昭47・12・21労判速805-9が初めて腕章着用の就労を職務専念義務違反と判示した。
三井鉱山賃金カット事件・福岡地判昭46・3・15労民集22-2-268は「不当処分反対、三川通勤イヤ!」「抵抗なくして安全なし」等と書きつけた組合員のゼッケンの着用が、就業時間中の会社構内における情宣等を禁止する労働協約の条項に違反し、正当な組合活動とはいえないと判示した。
●国労青函地本リボン闘争事件・ 札幌高判昭48・5・29
労民集24-3-257は、判断枠組みを提示し、理論的説示をしていることで、リーディングケースとなっている。
 国鉄職員が勤務時間中に職務の遂行に関係のない行為または活動をするときは、具体的な業務阻害がなくても、職務に対する精神的・肉体的活動の集中を妨げない特別の事情がある場合を除いて国鉄法32条2項の職務専念義務に違反するとしたうえで、本件リボンを着用することにより、勤務に従事しながら、青函地本の指令に従い、国労の組合員として意思表示をし、相互の団結と使用者に対する示威、国民に対する教宣活動をしていたものであり、組合活動を実行していることを意識しながら、その職務に従事していたものであるから、その精神的活動力のすべてを職務の遂行にのみ集中していたものでないことは明らかであり、職務専念義務違反とした。
 また服制及び被服類取扱基準規程の「被服類には、腕章、キ章及び服飾類であって、この規程に定めるもの及び別に定めるもの以外のものを着用してはならない」とする規定にも違反するとした。
 さらに国鉄職員がこれを着用して勤務していることに対し旅客公衆の中には不快感を抱く者があることは十分予想されると述べ、被控訴人らは、そのような不快感は反組合的感情で保護するに値しないと主張するが、しかし、その不快感が、本件リボンの内容である国労の要求内容に対する不満にあるのではなく、被控訴人らが職務に従事しながら本件リボンを着用して組合活動をしているその勤務の仕方に対する不信、不安によるものであるときは、国鉄が公共の福祉の増進を目的とする公法人で、その資本は全額政府が出資していることを考えると、右の趣旨の旅客公衆の不快感は十分理由があるものであつて、これを単なる反組合的感情にすぎないものということはできない。さらに、国鉄内には、国労のほか、これと対立関係にある鉄道労働組合があることは顕著な事実であり、本件リボンの着用が鉄労組合員その他組合未加入者に心理的な動揺を与え、国労の組合員の中にも指令に反し本件リボンを着用しなかつた者が相当数あったことが認められるが、これらの者にも精神的な重圧となったことも十分考えられ、勤務時間中の本件リボンの着用は、その勤務の場において、不要に職場の規律、秩序を乱すおそれのあるものというべきであると述べ、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
神田郵便局事件・東京地判昭49・5・27労民集25-3-236も「全逓神田支部」と染め抜いた腕章を着用した行為は就業規則に違反し、職務専念義務に違反するとした。二審東京高判昭51・2・25訴務月報22-3-740も一審を支持。
大成観光事件・東京地判昭50・3・11労民集26-2-125は、中川幹郎チームの著名な判決である。リボン闘争はそれが争議行為であれ、その他の組合活動と評価されるものであれ違法と断じた。勤務時間の場で労働者がリボン闘争による組合活動に従事することは、人の褌で相撲を取る類の便乗行為であるというべく、誠意に労務に服すべき労働者の義務に違背し違法であり、使用者はそれを受忍する理由はないなどとして、労組の正当な行為とした東京都地労委の救済命令を取消す強烈な判決である。二審東京高判昭52・8・9労民集28-4-362もこの判断枠組を支持した。
全逓灘郵便局事件・大阪高判昭51・1・30労民集27-1-18は、一審判決の被告敗訴部分を取消し、本件リボン等の着用は、上司の取外し命令を拒否する決意の下に組合活動目的を客観的持続的に表明し、組合員が互いにこれを確認し、当局および第三者に示威する趣旨の精神的活動を継続したものにほかならないから、これによって具体的にどのような業務遂行上の支障を生じたかを問うまでもなく、右は、それ自体本来の職務遂行に属しないのはもちろん、郵便業務の秩序ある正常な運営と相容れぬところの積極的な職場秩序攪乱行為であつたと断ずるを相当とし、勤務時間内における組合活動禁止と職務専念義務を定めた就業規則の趣旨に抵触する。さらに「正しくない服装」を禁止する規則にも違反するとした。郵政省ではこれまで業務成績の向上を計る目的で職員に対し本件リボンとほとんど同形同色のリボンで「簡易保険新加入運動」「郵便貯金五千億円突破」等と記載したものを着用させたことがある。しかし、リボン等の着用が正しい服装であるかどうかは、単にその外形のみによって判断すべきものではなく、記載文字等によってその着用が一定の目的を持った意味ある行為であることを考えて綜合判断する必要があると判示した。
●沖縄全軍労事件・那覇地判昭51・4・2
1労民集27-2-228は在日米軍基地の従業員が赤布の鉢巻を着用して労務の提供することは、雇用契約上の債務の本旨に従った履行の提供とはいえないとして賃金カットを適法と認めた。二審福岡高那覇支判昭53・4・13労民集29-2-253も一審を支持。
全建労事件・東京地判昭52・7・25行裁集28-67-680 は、本件建設省職員のリボン闘争が職務専念を欠く結果を招く蓋然性の高い行為であり、職場全体においては違和感を生ぜしめ、国民に対しては国家公務員の信用を失墜するおそれを生み出す。リボン闘争に参加した原告らは全体の奉仕者たる国家公務員として規律保持に欠けるところがあつたものといわざるを得ないなどとして、リボン闘争の指導、着用を勤務成績評価のマイナス評価とすることを認めている。
 
  以上のリボン闘争等を違法ないし正当な行為とみなさない下級審判例を類型化すれば以下のとおりである。
●雇用契約上の債務の本旨に従った労務の提供ではない 
ノースウエスト航空事件・東京高判昭47・12・21
  沖縄全軍労事件・那覇地判昭51・4・21
誠意に労務に服すべき労働者の義務に違背する
  大成観光事件・東京地判昭50・3・11
職務専念義務に違反する
国労青函地本リボン闘争事件・ 札幌高判昭48・5・29
全逓灘郵便局事件・大阪高判昭51・1・30
(いずれも具体的にどのような業務遂行上の支障を生じたかを問わず職務専念義務違反とする)
●就業規則の服装整正規定や正しくない服装の禁止に違反する

 国労青函地本リボン闘争事件・ 札幌高判昭48・5・29
全逓灘郵便局事件・大阪高判昭51・1・30
●勤務時間中の組合活動を禁止する就業規則、労働協約に違反する

三井鉱山賃金カット事件・福岡地判昭46・3・15
全逓灘郵便局事件・大阪高判昭51・1・30
 
(2)昭和52年目黒電報電話局反戦プレート事件判決について
(要旨のみ)
  本件勤務時間中の反戦プレート着用行為に絞って就業規則違反か否かについて概略を述べれば、公社法三四条二項の職務専念義務規定について「規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではない」と述べているが、実はプレート着用は政治行為禁止の規則に違反したので戒告処分とされており、職務専念義務違反が直接の理由にはなっていない。
 この判決では、まず形式的な就業規則違反、実質的に局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは規則違反にならないとする判断基準を示した。
  (これは、政治活動に関する下級審判例の具体的危険説を排除し抽象的危険説を採用した意味が含まれている。具体的危険説とは学説多数が支持した現実且つ具体的な経営秩序紊乱の結果を招来する場合のみ禁止できるとする立場だが、そうではなく何々のおそれというような抽象的危険であっても合理的理由とするのである)。
  そのうえで、本件は、就業規則の政治活動禁止規定違反とされるプレート着用行為が、同僚に訴えかける行動が職務専念に専念すべき規律秩序を乱しているだけでなく、他の職員の職務への集中を妨げるおそれがあるものとして、実質的に企業秩序を乱すおそれがない特別の事情があるものとはいえないから、就業規則違反とされた。  
  要するに抽象的危険、秩序を乱すおそれかがあるという理由づけで、就業規則違反-懲戒事由となりうることを示している。
  問題は、本件が職員単独の政治活動事案であり、組合活動ではない。このため組合活動としての団結示威であるリボン・ワッペン闘争の先例となりうるか、この点については大成観光リボン闘争事件・最三小判昭57・4・1の法的評価(理論的説示がないため評価が割れている)の項目で検討することだが、若干重複しても触れておく。
  目黒電報電話局判決は、ビラ配りも含めた本件政治活動禁止の合理性を説くにあたって、「企業施設‥‥管理を妨げるおそれ」「他の従業員の業務遂行‥‥妨げるおそれ」「他の従業員の休憩時間の利用を妨げ‥‥るおそれ」「企業秩序の維持に支障をはたすおそれが強い」と結論づけているが、これは政治活動に限ったことではなく、労働組合による無許可集会、演説行為、署名、募金活動等にもいいうるのであって、組合活動をも射程範囲とした判示と推測できる。
 加えて目黒電報電話局判決の職務専念義務の説示は、国労青函地本リボン闘争事件・ 札幌高判昭48・5・29の説示と同じであり、同判決の判断枠組みを大筋で支持していることとを推測できる。
 理論的な説示がなく、当該事案のリボン闘争を正当な行為ではないとした大成観光リボン闘争事件・最三小判昭57・4・1について、新村正人調査官解説(判解)は目黒電報電話局反戦プレート事件最高裁判決の先例としての意義につき次のように述べている。
「‥‥右事案におけるプレートの着用は組合活動として行われたものではないが、その判旨の趣旨を推し及ぼすと、同様に職務専念義務を肯定すべき私企業においてリボン闘争が就業時間中の組合活動としておこなわれたときは、労働組合の正当な行為とはいえないことになる。‥‥本件リボン闘争が組合活動として行われたものとの前提に立つ限り、その正当性を否定することは、判例理論上必然のことといってよい」
  調査官解説(判解)は公式注釈ではない。あくまでも私的見解にすぎないが、とはいえ判解は事情に通じている法律家の標準的な解釈とみてよい。調査官は暗に目黒電信電話局判決を引用することもなく、判決理由のないことで混迷を招いた多数意見を批判しているのだ。
  これは、当時この判決に関与した4裁判官のうち2人が目黒電報電話局判決に批判的だった特殊事情による。
(本文)
 
  プレート着用行為で最高裁判例では目黒電報電話局事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974がある。
先例として引用されることが多く、指導的判例といえる。
  事案は電電公社職員が、昭和42年6月16日から22日まで継続して左胸に青地に白色で「ベトナム侵略反対 米軍立川基地拡張阻止」と書かれたプラスチック製のプレートを着用して勤務した。その間目黒局の管理職により取り外すよう注意を受けたが従わず、6月23日の休憩時間に、管理職の態度に抗議し、ワッペン、ブレートの着用を呼びかけるビラ数十枚を配布した。
電電公社は、プレート着用行為が就業規則5条7項「職員は、局所内において選挙活動その他の政治活動をしてはならない」らに違反し、ビラ配布行為は5条6項「職員は、局所内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない」に違反し懲戒事由に該当するとして、戒告処分に付したが、被処分職員が戒告処分の無効確認を請求した訴訟である。
一審東京地判昭45・4・13労民集21-2-574は、公社就業規則の「政治活動」とは「政治目的の政治活動」のことであり一般職公務員の政治活動の制限と同趣旨と解釈し、本件プレート着用行為は懲戒事由として規定する「政治活動」に当たらないなどとして、戒告処分を無効とした。二審東京高判昭47・3・10労判速781-3一審の判断正当として控訴を棄却。
上告審は、原判決を破棄し、一審判決を取消して原告の請求を棄却(戒告処分を有効と)した。
多数意見はまず、電電公社の使用者と労働者の関係は私法上のものであるとして、就業規則制定の目的を論じ、本件政治活動禁止の就業規則は、私企業と同様に、企業秩序の維持を主眼とするものして、一般公務員と同趣旨とした一審の解釈を退けたうえで、次のように企業秩序論を展開し、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、当然許されるとする。
「一般私企業においては、元来、職場は業務遂行のための場であって政治活動その他従業員の私的活動のための場所ではないから、従業員は職場内において当然には政治活動をする権利を有するというわけのものでないばかりでなく、職場内における従業員の政治活動は、従業員相互間の政治的対立ないし抗争を生じさせるおそれがあり、また、それが使用者の管理する企業施設を利用して行われるものである以上その管理を妨げるおそれがあり、しかも、それを就業時間中に行う従業員がある場合にはその労務提供業務に違反するにとどまらず他の従業員の業務遂行をも妨げるおそれがあり、また、就業時間外であっても休憩時間中に行われる場合には他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後における作業能率を低下させるおそれのあることがあるなど、企業秩序の維持に支障をきたすおそれが強いものといわなければならない。したがって、一般私企業の使用者が、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、合理的な定めとして許される‥‥」
  そして、次のように形式的就業規則違反では懲戒処分に付すことはできない。実質的に秩序を乱すおそれのない特別の事情の認められるときは違反にはならないという、先例としてよく引用される判断基準が示される。
「それは社会通念上政治的な活動にあたり、しかもそれが目黒局の局所内で行われたものである以上、公社就業規則五条七項に違反することは、明らかである。もつとも、公社就業規則五条七項の規定は、前記のように局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであることにかんがみ、形式的に右規定に違反するようにみえる場合であっても、実質的に局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときには、右規定の違反になるとはいえないと解するのが、相当である」
  そのうえで、勤務時間中におけるプレート着用行為が局所内の規律秩序を乱すおそれがあるか判断しているが、大筋以下の2点で実質的に局所内の秩序を乱すもしくは乱すおそれがあるので、就業規則違反として懲戒事由となると結論する。
 
○職務と無関係な同僚への訴えかれける行動は、職務の遂行と無関係な行動であり、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱している
○他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出し、よって他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げるおそれがあることは局所内の秩序維持に反する
 
  公社法三四条二項が「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び勤務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。本件についてこれをみれば、被上告人の勤務時間中における本件プレート着用行為は、前記のように職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、それ自体、公社職員としての職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行ったものであつて,身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかつたとしても、精神的活動の面からみれば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかつたものと解されるから、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱すものであつたといわなければならない。同時にまた、勤務時間中に本件プレートを着用し同僚に訴えかけるという被上告人の行動は、他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出し、よって他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げるおそれのあるものであるから、この面からも局所内の秩序維持に反するものであつたというべきである。すなわち、被上告人の本件プレート着用行為は、実質的にみても、局所内の秩序を乱すものであり、公社就業規則‥‥所定の懲戒事由に該当する」と判示した。
 
A 目黒電信電話局事件最高裁判決の全般的評価
 プロレイバー学者がこぞって特異な判例として非難したため、左翼人士や組織労働者に評判が悪い。しかし私は含蓄の深い意義を肯定的に評価する。
  それは企業秩序論(企業秩序定立維持権ともいう)のリーディングケースとして、政治活動に関する先例としては、下級審判例の具体的危険説を排除し抽象的危険説を採用した意義が大きい。プレート着用に関する先例として、職務専念義務の先例として、いわゆる施設管理権の先例としても重要で、休憩時間自由利用原則は施設管理権の制約原理とならないことを示し「休憩時間中であっても、局所内の施設の管理を妨げるおそれがあり、更に、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後の作業能率を低下させるおそれがあって‥‥企業秩序を乱すおそれがある」行為は「管理者の許可にかからせる」ものであることを明らかにし、施設管理権を物的管理権に限定するプロレイバー学説を明確に否認したといいうる。ここで注意すべきことは、休憩時間の従業員の行動を規制する根拠として「施設管理権」だけではなく「企業秩序を維持するための規律に従うべき義務」を加えていることである。従業員には企業秩序遵守義務があるということは、本件決と同日の富士重工業原水禁事情聴取事件最大小判昭52・12・13民集31-7--1037でも説示している。
  またこの判決は真面目に働く勤労者にとって有益である。他の職員の注意力を散漫にし、他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げる勤務時間中の行為は企業秩序を乱すもので排除されるべきとされている。
  なお菊池高志の判例批評は「多数労働者が密接な関連・協力関係にたって業務が遂行される近代的経営の現実に立てば、他の労働者の義務遂行の障害とならないよう配慮すべき義務を負うと考えることにも合理性がある」との評価である。
  本件は政治活動の事案であるしても、私企業一般の企業秩序論の先例でもあるという位置づけにあることから、勤務時間中のそれが政治活動であれ、組合活動であれ、職務専念妨害のおそれのある行為は、リボンやワッペン等の服装戦術のみならず、地声での演説行為いわゆる頭上報告、業務と関係のないマイク放送、署名募金活動、職場離脱を促す行為等、就業規則制定を前提とするが禁止されてしかるべきことを示唆しているとみてよい。企業秩序論判例法理を根拠に勤労者が使用者に職務専念妨害抑止義務の履行を主張しうるというのが私の見解である。
  また就業規則違反は形式的違反では足らず、実質的な違反でなければ懲戒事由にならないという判断基準は、先例として多く引用されており、懲戒処分が無効された例もある。全般的にいえば実はバランスの取れた判例法理であると私は評価する。
B 基本的な性格としては企業秩序論判例といえる。同日の富士重工事件判決とセットで把握する必要がある。
 企業秩序論とは、最高裁第三小法廷が案出した画期的な判例法理であり、企業運営の諸権利を統合する上位概念として形成された判例法理である。今日まで判例は安定的に維持されている
  リーディングケースは富士重工原水禁事情聴取事件最大小判昭52・12・13民集31-7--1037、と同日の目黒電報電話局事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974である。
代表的な判例を挙げるなら、
●国労札幌地本ビラ貼り事件昭和54・10・30民集33-6-647企業が職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、一般的規則を定め又は具体的指示、命令を発し、その違反者に対し、企業秩序を乱す者として所定の措置をとりうる旨を明らかにした。
●関西電力社宅ビラ配布事件・最一小判昭58・9・8
判時1094-21労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるとした。
済生会中央病院事件・最一小判平元・12・11民集43-12-1786労働者は、労働契約の本旨に従って、その労務を提供するためにその労働時間を用い、その労務にのみ従事しなければならない。したがって、労働組合又はその組合員が労働時間中にした組合活動は、原則として正当なものということができないとする。
 企業秩序論の案出は要だった。特に施設管理権の問題、ビラ貼り、無許可集会その他の企業施設内の組合活動が戦後状況から解決されておらず、この混乱を収拾する必要があった。あたかも労働組合に労働基本権を根拠として、使用者の所有権・財産権その他の権限を制約して、企業施設無断利用権があるかのようなプロレイバー学説である受忍義務説は駆逐されなければならなかった。
戦後の混乱状況における使用者の経営権確立運動は、企業内組合活動を規制する根拠として、当初は労働規律から施設利用までカバーする「経営権」に求めていたが、包括的な経営権の観念を裁判所が必ずしも受け入れなかった。そのために根拠は「労務指揮権」+「施設管理権」であるとされるようになった。
 しかし、「労務指揮権」はその法的根拠を労務当事者の契約に求めざるをえず、「施設管理権」の主張も脆弱性を有していた。その根拠を所有権・占有権という物権的権利に求める限り、所有権の一部をなし、建物、敷地等の会社施設を維持、保全、改良する具体的機能として内容づけられることとなり、妨害排除の物権的請求権か、無権利者による無断利用、毀損行為をとらえて行う不法行為にともなう賠償請求という、民法上の主張にとどまり、ビラ貼りや無許可集会等に対して、中止命令を行い従わない者を懲戒処分に付す根拠としては弱いという難点があり、プロレイバーにつけこむ隙を与えていた。
また労務指揮権+物的維持管理権限に限定された施設管理権の主張は、直接労務指揮権限をもって規律しえない時間帯である、休憩時間、就業時間前、就業後の組合活動について空隙を残すことになった。(註-このパートの出所が菊池高志だったのか出所が不明になってしまった)
 この空隙を埋めたのが、目黒電報電話局事件・最三小判昭52・12・13以降進展した「企業秩序論」と称される判例法理なのである。
 そのような画期的意義を有する企業秩序、目黒電報電話局事件判決は同日の同じ裁判体による富士重工原水禁調査事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-1037とセットにして企業秩序論のリーディングケースとして捉えるのが適切である。
 富士重工原水禁調査事件は、人事課長らによる企業内原水禁実行委員会とはどういうものか。メンバー、資金カンパ、署名の集計状況などの質問に対して、回答せず会社の調査に協力しなかった社員に対する譴責処分を適法とした原判決を破棄し、違法無効とした事案であるが、次のように企業秩序論を説示した。
  「そもそも、企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであり、企業は、この企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもつて一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示、命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があつた場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができる‥‥‥労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによって、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできない」
 この説示を目黒電報電話局事件に当てはめると、企業は企業秩序を維持確保するため、局所内での政治活動、無許可の演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等を禁止する規則を定めることができ、違反者に中止命令、懲戒処分ができる。ただし実質的に企業秩序を乱すおそれのない特別な事情がある場合は規則違反にはならないと判示したということである。
(続く)
(引用・参考)
 
池田 恒男「国労札幌ビラ貼り事件」最高裁判決の「画期的」意義--現代日本法の一断面」『社會科學研究』33(5) 1981
石橋洋「企業内政治活動・ビラ配布の自由と企業秩序 : 目黒電報電話局事件・明治乳業事件判決を素材として」『季刊労働法』142 ?1987 http://hdl.handle.net/2298/14089
菊池高志「労働契約・組合活動・企業秩序法政研究 『法政研究』49(4) 1983 http://hdl.handle.net/2324/1792
喜多實 ?公社職員の反戦プレート着用と懲戒処分-目黒電報電話局事件 季刊労働法108号116頁
楠元茂「<論文>いわゆる服装斗争の法的考察 : 人権規定の第三者効力との関連において」『商経論叢』27 1978  http://ci.nii.ac.jp/naid/110000048788
越山安久・最高裁判所判例解説民事篇昭和52年度 362頁
中嶋士元也「最高裁における『企業秩序論』」『季刊労働法』157号1992年
中嶋士元也 就業時間中の組合活動(1)大成観光事件,(2)JR東日本(神奈川・国労バッジ)事件――別冊ジュリスト165 号200頁
新村正人・最高裁判所判例解説民事篇昭和57年度 373頁
西谷敏「施設管理権の法的性格とその限界」『法学雑誌』大阪市立大学法学会26(3・4), 1980)
西谷敏 リボン闘争と懲戒処分 大成観光事件 ジュリスト臨時増刊792 号226 頁
松田保彦 いわゆるリボン闘争の正当性-ホテルオークラ事件 法学教室22号
花見忠 リボン闘争の正当性-ホテル・オークラ事件最高裁判決 ジュリスト711号
宮本安美 〔労働判例百選 第6版〕 リボン闘争 大成観光事件 別冊ジュリスト134 号 182 頁
山口浩一郎 電電公社職員の反戦プレート着用と懲戒戒告処分(新判例評釈524 )判例タイムズ357号105頁
吉田美喜夫〔労働判例百選 第8版〕就業時間中の組合活動:大成観光別冊ジュリスト197号184頁

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