私鉄総連春闘ワッペン闘争の法的評価(下書きその4)
3)大成観光リボン闘争事件最三小判昭57・4・13民集36-4-659をどう評価すべきか
目次
ア、はじめに
(ア)多数意見の何が問題か
(イ)訴訟経過
A 事件の概要
B 東京都地労委命令昭47・9・19
C 東京地判昭50・3・11
D 東京高判昭52・8・9
(ウ)最高裁自身の理由が示されていない意味
A 左派2判事の存在
B 企業秩序論に批判的な判事が半数では理論的説示は不可能
イ、論点1「誠意に労務に服すべき労働者の義務」に言及しなかった問題点
ウ、論点2 目黒電報電話局事件最高裁判決が引用されていない問題
エ、論点3 リボン闘争の一般的違法性を是認しておらず未解決の部分を残しているという判例批評は妥当か
オ、論点4 本件リボン闘争を争議行為ではなく、組合活動とみなした理由
カ、論点5 伊藤正己補足意見は単独少数意見にすぎず、主張の多くが最高裁判例で否認されているにもかかわらず過大評価されている
引用・参考文献
ア、はじめに
(ア)多数意見の何が問題か
裁判長環昌一、横井大三、伊藤正己、寺田治郎各裁判官全員一致の法廷意見の主要部分は以下の通り。
https://www.mhlw.go.jp/churoi/meirei_db/han/h00209.html
「‥‥本件リボン闘争について原審の認定した事実の要旨は、参加人組合は、昭和四五年一〇月六日午前九時から同月八日午前七時までの間及び同月二八日午前七時から同月三〇日午後一二時までの間の二回にわたり、被上告会社の経営するホテルオークラ内において、就業時間中に組合員たる従業員が各自「要求貫徹」又はこれに添えて「ホテル労連」と記入した本件リボンを着用するというリボン闘争を実施し、各回とも当日就業した従業員の一部の者(九五〇ないし九八九名中二二八ないし二七六名)がこれに参加して本件リボンを着用したが、右の本件リボン闘争は、主として、結成後三か月の参加人組合の内部における組合員間の連帯感ないし仲間意識の昂揚、団結強化への士気の鼓舞という効果を重視し、同組合自身の体造りをすることを目的として実施されたものであるというのである。
そうすると、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件リボン闘争は就業時間中に行われた組合活動であって参加人組合の正当な行為にあたらないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。‥‥」
本件はリボン闘争について最高裁が初めて判断を下し、これを就業時間中の組合活動として、労働組合の正当な行為にあたらないとし「原審の判断が結論において正当」とした(上告棄却)。
とにかく減給・けん責処分を不当労働行為とした東京都地労委の救済命令を取消した原審の判断を最高裁が維持したのだから、法的にも実務的にも労働組合側に厳しい判決とはいえるが、「原審の判断が結論において正当」というときはその前に最高裁自身の理由を示すのが通例であるが、本件判旨はそれがない。
このため、判文を読むかぎりでは原審の一般的違法性を是認したのか、伊藤正己補足意見のように顧客に不快感や嫌悪感を与え、ホテルの品格を損なうという本件の特殊事情を重視したものかは不明である。
使用者は就業時間中の組合活動である限り大筋でリボン闘争を受忍する義務はない、否定的な判断を示したとも受け取ることができるが、理論的説示がないためリボン闘争について未解決の部分を残したとする評価もある。このためにそれぞれの立場で都合がよいように玉虫色的に解釈される傾向があるという問題がある。
しかし、この判決から35年以上経過しても私鉄総連などワッペン闘争は行われており、これを法的に評価する場合、この先例をどう評価するかはかなり重要であるから、多数意見に最高裁自身の理論的説示がなかった意味を吟味し今日的観点から再評価したいというのが本稿の趣旨である。
(イ)訴訟経過
A 事件の概要
昭和45年10月、ホテルオークラ(従業員約1200人)の従業員で組織するホテルオークラ労働組合(組合員約300人)が結成三か月後、賃上げ闘争の一環として、2回にわたってリボン闘争を行った。
リボンは直径5~6センチの花形に長さ6センチ幅2センチの白地に「要求貫徹」「ホテル労連」という文字を黒や朱色で印刷されていたもの。第1回のリボン闘争は10月6日から8日午前7時まで、リボン着用者は約226名(客面に出た者約25名)、7日は276名(客面に出た者約59名)であった。
会社はリボンを外すよう説得し、担務変更などの対抗策を講じたが、組合は無視しリボン闘争を強行したため、組合三役らの6名の幹部責任を問い、就業規則にもとづいて減給処分とした。
第2回のリボン闘争は、処分撤回の目的で団交決裂後の10月28日午前7時から30日午後12時まで実行され、リボン着用者は28日256名(客面に出た者は約50名)、29日243名(同じく約49名)だった。11月9日賃金紛争は妥結し、11 日再び組合三役を譴責処分とした。
B 東京都地労委命令昭47・9・19不当労働行為事件命令集47-348
https://www.mhlw.go.jp/churoi/meirei_db/mei/m00332.html
ホテルオークラ労働組合及びホテル労連は、減給及び譴責処分を労組法7条1号及び3号に違反するとして東京都地労委に救済を申し立て、東京都地労委は、労組法7条1号の不当労働行為に該当するとして、処分の取り消し、減給分の賃金の支払いを命じた。
命令の内容は、リボン闘争は、組合の団結を誇示し、団体交渉を有利に導くための日常的業務阻害行為であり、争議行為の一類型に存することは疑いないから、従業員の平常時に関する規律である就業規則をこれに適用することは誤りとした。またリボン着用者は出勤者のおよそ四分の一、しかも客面にでた者はその五分の一程度であり、会社と組合役員との間に若干の紛争があったとはいえ、この事態が勤務秩序を不当に乱したとは認められないとしている。
C 東京地判昭50・3・11民集36-4-681判時776号96頁
https://www.mhlw.go.jp/churoi/meirei_db/han/h00003.html
会社側は救済命令を不服として東京地裁に行政訴訟を提起した。
東京地裁判決はリボン闘争による団結示威の機能領域の異別という視点から、組合活動の面と争議行為の面とにわけて考察したうえ、「いわゆる組合活動の面においても、争議行為の面においても、労働組合の正当な行為ではありえないというべき」と断じ、救済命令を取消した。
労働側が殆ど勝てないため地獄の東京地裁民事19部と恐れられた中川幹郎裁判官チームの有名な判決である。
(判決理由の要約)
○組合活動としてのリボン闘争の一般的違法性
労働者の連帯感を昂揚し、その士気を鼓舞するための集団示威は労働組合が自己の負担及び利益においてその時間及び場所を設営しておこなうべきもので、勤務時間の場で労働者がリボン闘争による組合活動に従事することは、人の褌で相撲を取る類の便乗行為であるというべく、経済的公正を欠く。労働者が使用者の業務上の指揮命令に服して労務の給付ないし労働をしなければならない状況下でのリボン闘争は、誠意に労務に服すべき労働者の義務に違背し違法であり、使用者はそれを受忍する理由はない。
○争議行為としてのリボン闘争の一般的違法性
使用者の指揮命令に従って業務を遂行しつつ、それに乗じて団結の示威を行うことは、心理上の二重機能的メカニズム、一面従順、他面反噬という精神作用を分裂させて二重人格の形成を馴致する虞れがあり、労働人格の尊厳を損なう性質のものであるのに加え、リボン闘争に対して使用者が、賃金カット、ロックアウトで対抗するのは困難であって、労使間の公平の原則に悖るため、争議行為としても違法であり、使用者が受忍する理由もない。
○特別違法性
リボン闘争は、労使が互いに緊張していることをまあたりに現前させるので、客がホテルサービスに求めている休らい、寛ぎ、そして快適さとはおよそ無縁であるばかりでなく、徒らに違和、緊張、警戒の情感を掻き立てることなり、ホテルの品格、信望につき鼎の軽重を問われ、客の向背を左右することは必定。ホテル業の使用者において忍受しなければならない理由はさらにない。
労働委員会は不服として控訴した。
D 東京高判昭52・8・9民集36-4-702
https://www.mhlw.go.jp/churoi/meirei_db/han/h00077.html
控訴棄却、若干付加訂正したが一審の判断を維持。 労働委員会が不服として上告した。
(ウ)最高裁自身の理由が示されていない意味
A 左派2判事の存在
4判事の結論は一致したとしても、その判断にいたる理由がまとまらなかったのは、先例である目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13の判旨を批判している左派(非主流派)の2判事(弁護士出身の環昌一、学者出身の伊藤正己各判事)の存在を指摘できる。
2判事は下記のような重要な労働事件で補足意見や反対意見を記し、プロレイバー学説に近い発言をしており、最高裁の主流派の考え方とは明らかに違う。
仮に横井大三(高検検事長出身)、寺田治郎(高裁長官出身)各判事が主流派で先例拘束性に基づいて判断したとしても、2対2ではまとまらなかったということは容易に推測できる。
a)裁判長 環昌一判事の司法判断の傾向-左派、プロレイバー
○ 目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974の補足意見はビラの配布行為が、勤務時間内における組合活動をあおる行為にあたるものであることは否定しないとして戒告処分を適法とする一方、反戦プレート着用を懲戒処分理由としては公社就業規則の懲戒処分事由のいずれにも該当しないとしており、多数意見の論理構成を批判している。
○全逓名古屋中郵事件最高裁大法廷判決昭52・5・4民集31-3-182 反対意見
公労法17条1項の争議行為禁止規定に違反する争議行為は、刑事免責されないと判示して、東京中郵判決を判例変更した画期的判例だが、環判事は、五現業及び三公社の職員の争議行為も正当なものは刑事法上違法性が阻却されるという反対意見を述べている。
○神戸税関懲戒処分事件最三小判昭52・12・20民集31-7-1101 反対意見
公務員の争議行為を理由とする懲戒免職等を最高裁が初めて是認した指導判例であるが、環判事は賛同し難いとしている。
○全逓プラカード懲戒事件最三小判昭55・12・23民集34-7-959 反対意見
郵便集配を職務とする国家公務員が、勤務時間外にメーデーに参加し、「アメリカのベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒‥‥」と記載された横断幕を掲げて行進したことを理由とする戒告処分を合憲適法とした判決で伊藤正己判事は多数意見であるが、環判事は懲戒処分を違法であるとの反対意見である。
b)伊藤正己判事の司法判断の傾向-プロレイバーに近い、嫌らしい意見を書く
○目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974
本件補足意見は、同判決を批判するものであり、先例と認めていない。職務専念義務について厳格な理論を執拗に批判しているうえ、同判決のプレート着用が政治活動にあたること、実定法で職務専念義務の規定されている公共部門の職場における活動であつたことにおいて、本件とは事案を異にするので先例ではないとしているが、この見解は、先例無視、謝った解釈であることは後述する。
○広島営林署事件最三小判昭62・3・20判時1228 補足意見
林野職員の約4時間のストライキ参加に対し1か月10分の1の減給処分を適法とした判決だが、伊藤補足意見は、同盟罷業の単純参加行為に対し、減給処分をもって臨むことが、その行為の違法性の程度に比して権衡を失していないか、いささか疑念の余地がないとする。
○池上通信機事件最三小判昭63・7・19判時1293 補足意見
組合集会のための食堂の無許可使用に対する社内放送の利用による中止命令、警告書の交付をいわゆる施設管理権の指導判例である国労札幌地本ビラ貼り戒告事件最三小判昭54・10・30民集33-6-676の判例法理にもとづき不当労働行為に当たらないとした原審を維持した判決である。
伊藤正己補足意見は国労札幌地本判決の判断法理である『権利の濫用と認められるような特段の事情』に法益権衡的な違法性阻却の判断枠組みを設定し、風穴を開けようとする試みを行ったのがこの補足意見であるが[渡辺章2011]、これは判例法理を変質させる性格のプロレイバー寄りの少数意見にすぎず、このような見解はその後も採用されたことはない。
「労働組合又はその組合員が当該施設を利用して行う組合活動が常に正当性がないということはできず‥‥特段の事情があるかどうかについては、硬直した態度で判断するのではなく、当該施設の利用に関する合意を形成するための労使の努力の有無、程度が勘案されなければならないことはもちろんであるが、さらに、いわゆる企業内組合にあっては当該企業の物的施設を利用する必要性が大きい実情を加味し、労働組合側の当該施設を利用する目的(とくにその必要性、代替性、緊急性)、利用の時間、方法、利用者の範囲、労働組合によって当該施設が利用された場合における使用者側の業務上の支障の有無、程度等諸般の事情を総合考慮して判断されるべきものであると考える」
類似の意見を中労委、下級審が試みているが、それは受忍義務説を否定した国労札幌地本判決の意義を否定するに等しく、先例の判断枠組に依拠しながら例外的な部分を拡張して、判例法理を換骨奪胎していこうという非常にいやらしい意見なのである。
この考え方は下記の最高裁判例によりよって明確に棄却されており、この補足意見は破綻したといえる。
日本チバガイギー事件最一小判平元・1・19労判533号7頁3号
済生会中央病院事件最二小判平元・1・12・11民集43-12-1786
オリエンタルモーター事件最二小判平7・9・8判時1546号130頁
○北九州市病院局事件最三小判平元・4・25判時1336号128頁
市長部局、教育委員会の1時間職場離脱、市立二病院(門司・八幡)の1日の同盟罷業を企画し遂行したことを理由とする市職執行委員長兼病院労組執行委員長の懲戒免職、その他組合幹部3名の停職六月を裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものではなく適法とするものであるが、伊藤正己判事は、市立病院の24時間ストについて日曜休日なみの診療体制が維持されていたとして懲戒免職が違法性の程度と対比して著しく均衡を失し違法との反対意見・補足意見を記している。
その他北九州市事件最三小判平元6・20労判552の4判決に補足意見及び反対意見を記している。
上記に示すように最高裁非主流派が半数をしめる小法廷では、理論的説示は不可能である。仮に非主流派の言い分を通せば先例と矛盾することになるからである
B 企業秩序論に批判的な判事が半数では理論的説示は不可能
昭和52年8月9日の控訴審から、上告審判決昭和57年4月13日まで5年近く経過しているが、その間に重要な判例法理の進展があった。最高裁が案出した企業秩序論の判例法理である
富士重工原水禁事情聴取事件最三小判昭52・12・13民集31-7-1037、目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974、国労札幌地本ビラ貼り戒告事件最三小判昭54・10・30民集33-6-676である。
とくに目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974は類似事案であり、国労札幌地本ビラ貼り戒告事件最三小判昭54・10・30民集33-6-676は、企業施設内の無許可組合活動に受忍義務はないと言いきった判例である
本件原審も受忍義務説を否定しており、そもそもプロレイバー学説の受忍義務説を初めて否定したのが、中川幹郎チームの動労甲府ビラ貼り事件・東京地判昭和50・7・15判時784なのである。
原判決は、プロレイバー学説にみられる使用者の私法上の権利と労働基本権の法益権衡ないし調整論や、それにもとづく受忍義務説を明確に排除し、市民法(私法上の権利)・秩序重視を打ち出してきている点で、最高裁の企業秩序論と類似性、親近性があるといえる。
それゆえ、最高裁判例法理の進展を踏まえ本件上告審でも企業秩序論に関連づけた説示があってもよかったはずである。
原判決は、就業規則に言及することもなく、労働組合の自主的対抗性の観点の理論的説示と、労働契約上の誠意に労務に服すべき義務に反するとして一刀両断にリボン闘争を違法としている。私はこれを名判決だと思うが、今日的観点では、就業規則を無視した議論は成り立たず(例えばフジ興産事件最二小判平15・10・10判時1840号144頁は、使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定め、適用を受ける労働者に周知させる手続が採られていることを要すると判示)、やや強引な印象を否めない。
企業秩序論は一刀両断に違法とする論理とは異なり、企業が定立した企業秩序に実質的に反しているか否かで経営内の組合活動その他の正否を画定するものである。
企業は、従業員に対し企業秩序に服することを求める権利があり、それは就業規則や労働協約に拠って定立され、企業秩序を乱した行為をした場合。実質的に就業規則等に反していれば具体的な業務阻害がなくても、法益権衡論による総合的事情を勘案する必要もなく、正当な行為な行為とみなさないというものである。
この趣旨からすると、本件懲戒処分に適用された就業規則は、「第68条(2)この規則、会社の諸規程、諸通達に違反したとき、(3)勤務中会社の指定した服装以外のものを着用したとき」は出勤停止、減給に処する。但し情状により譴責に止めることがあるとするものであり、仮に客面に出ずとも、リボン着用が特殊は雰囲気かもしだしそれをみた他の従業員の職務への集中を妨げ、注意を散漫にするおそれ等の抽象的な理由等、あるいは不要に、職場の規律秩序風紀を乱すおそれがある、この規則が正常かつ能率的な業務運営を維持するために必要等の理由で、本件は形式的な就業規則違反でなく、実質的に規則に反し秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情は認められないのであるから、企業秩序論の判例法理から懲戒処分も是認できるし、正当な組合活動とはみなされないと評価されるのであって、そのような説示も可能であったか、そのような先例を引用した説示がいっさいないのは、既にのべたとおり2裁判官が、先例を認めない非主流派の立場にあるからである。
イ、論点1「誠意に労務に服すべき労働者の義務」に言及しなかった問題点
本件最高裁判決がわかりにくい理由は、原審が「労働者が使用者の業務上の指揮命令に服して労務の給付ないし労働をしなければならない状況下でのリボン闘争は、誠意に労務に服すべき労働者の義務に違背し違法」としているのに、原審の判断を維持しつつも誠実労働義務に反し違法と言い切らない点にある。
しかしながら、左派の伊藤正己補足意見も、原審の特別違法性の部分は是認し、リボン闘争は、「労働者の職務を誠実に履行する義務」と両立しないと述べており、結論は同じなのであるから、誠実労働義務の内容について不一致だったので言及がなかったとみてよい。
○実定法上の職務専念義務と労働契約上の誠実労働義務は同一内容とするのが通説
リボン闘争の先行する下級審判例(国労青函地本リボン闘争事件・ 札幌高判昭48・5・29労民集24-3-257、神田郵便局腕章事件・東京地判昭49・5・27労民集25-3-23、全逓灘郵便局事件・大阪高判昭51・1・30労民集27-1-1、全建労事件・東京地判昭52・7・25行裁集28-67-680等)と、目黒電報電話局事件判決は、下記の通り実定法上(国家公務員法96条、日本国有鉄道法第32条第2項、日本電信電話公社法第32条4項)の職務専念義務違反としている。
●国労青函地本リボン闘争事件・ 札幌高判昭48・5・29労民集24-3-257
本件はリボン闘争を違法とするリーディングケースで、国鉄職員が勤務時間中に職務の遂行に関係のない行為または活動をするときは、具体的な業務阻害がなくても、職務に対する精神的・肉体的活動の集中を妨げない特別の事情がある場合を除いて国鉄法32条2項の職務専念義務に違反するとしたうえで、本件リボンを着用することにより、勤務に従事しながら、青函地本の指令に従い、国労の組合員として意思表示をし、相互の団結と使用者に対する示威、国民に対する教宣活動をしていたものであり、組合活動を実行していることを意識しながら、その職務に従事していたものであるから、その精神的活動力のすべてを職務の遂行にのみ集中していたものでないことは明らかであり、職務専念義務違反とした。
● 目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974
数日間継続して、作業衣左胸に、青地に白字で「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプレートを勤務時間中に着用した行為に対する戒告処分を適法としたもの。
判決理由は、局所内の政治活動を禁止する就業規則にたんに形式的に違反するだけではなく、実質的にみても局所内の秩序をみだすと判定し処分を是認しているが、職務専念義務論は、プレート着用が職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱しているから、実質的に就業規則違反になるという脈絡で展開されており、直接職務専念義務違反として処分を適法としている下級審判例と異なるが、その内容は、国労青函地本リボン闘争事件の判旨を踏襲しており、同じといえる。
つまりプレート着用が公社就業規則5条2項の局所内の政治活動を禁止した規定に違反する行為とした。ただし、この就業規則は局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであることにかんがみ、形式的に右規定に違反するようにみえる場合であっても、実質的に局所内の秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないという判断枠組を示したうえで、大筋以下の2点で実質的に局所内の秩序を乱すもしくは乱すおそれがあるので、就業規則違反として懲戒事由となると結論する。
a)職務と無関係な同僚への訴えかける行動は、職務の遂行と無関係な行動であり、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱している
b)他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出し、よって他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げるおそれがあることは局所内の秩序維持に反する。
a)について同判決は、公社法三四条二項が「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び勤務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。」と判示した。
菊池高志[1983]によれば目黒電報電話局判決は「勤務中は‥‥職務以外のことは行ってはならないのが職務専念義務であると言う。そうである以上、職務専念義務違反の判断は、職務以外の行為があったという事実さえ認められれば目的、態様、行為の及ぼす影響などは改めて吟味を要旨はないこととなる」とするが、これが普通の解釈である
国労青函事件札幌高裁判決や、目黒電報電話局事件上告審判決が示した職務専念義務論が、私企業の労働契約上の誠実労働義務と同一内容といえるかについては議論があるが、通説は同一内容とみなす。
「職務専念義務」あるいは「誠意に労務に服すべき義務」というにしても、法的に考えるならば、両者の義務は職場規律を遵守し、就業時間中仕事以外のこといっさいかんがえてはならない義務として使用されており、「誠意に労務を提供する義務」は職務専念義務と同一内容をもつものと考えられる[石橋洋1982]。
加えて最高裁は、国鉄中国支社事件判決・最一小昭49・2・28民集28-1-66において日本国有鉄道法31条1項に基づく懲戒処分は、行政処分ではなく、私法上の行為としているから、国鉄職員懲戒処分の判例は、公労法17条1項の争議行為が禁止されている点は異なるとはいえ、私企業一般の先例なのである。
目黒電信電報電話局事件判決は直接には公社法所定の職務専念義務に関する判断であるが、判決は「公社と職員との関係は、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係と本質を異にするものではなく、私法上のものである」としており、公社職員の職務専念義務も雇用契約関係における被用者一般の義務とその本質を異にするものではないと捉えられているから、私企業一般の先例なのである。
とすれば、職務専念義務の判断も特殊公社法上の解釈として示されたものではなく、雇用契約関係において労働者が負う義務に関する一般的理解として述べられたものと解するべき[菊池高志1983]という見方が有力なのである。
とりわけ目黒局事件判決は最高裁判例であり無視できず、本件上告審においても、通説に従って雇用契約上の誠意に労務に服すべき労働者の義務において、被用者はその勤務時間及び勤務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならず、誠実労働義務違反というには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件としないとなぞった説示してもよいのに、それをしていないのは目黒電報電話局事件判決に批判的なプロレイバー2裁判官の存在であることは既に述べたとおりである。(次節の論点に続く)
しかし職務専念義務=誠実労働義務を、本件上告審判決が説示しなかったことによって、目黒局事件判決等の論理構成が否定されたわけではもちろんない。裁判官の構成の特殊な事情で先例を引用しなかっただけといえる。
目黒電報電話局事件判決は政治活動事案だが、下記の通り組合活動も含めて多くの判例がその判断枠組を引用しており、指導的判例として評価してよいのである。その引用のされ方は、必ずしも使用者側の立場ではない。形式的な就業規則違反では懲戒処分できないとい判断枠組もよく引用されているのが特徴である。
もっとも職務専念義務の説示自体の引用は少ない、教員が国旗掲揚に抗議するため青いリボンを着用した国立ピースリボン事件や「OBJECTION HINOMARU KIMIGAYO」等と印刷したトレーナーを着用した都立南大沢学園養護学校事件といった公立学校教員の事件くらいである。これは、私企業では企業秩序論から、無許可組合活動を禁止できるので、非現業公務員を除いて厳格な職専義務論にこだわる必要性が少なくなったという事情によるものだろう。
○目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974を引用している判例
明治乳業福岡工場事件・最三小判昭58・11・1判時1100号511頁(政治活動)
電電公社帯広電報電話局事件・最一小判昭61・3・13労判470号(職員の精密検診)
倉田学園(大手前高(中)校・53年申立)事件・最三小判平6・12・20民集48-8-1496(ビラ配り)
JR東海(国労バッジ新幹線支部)事件・東京高判平9・10・30判時1626号38頁(組合バッジ)
大和交通事件・大阪高判平11・6・29労判773号50頁(タクシーパレード)
金融経済新聞社(賃金減額)事件・東京地判平15・5・9労判858号117頁(休憩時間中の集会)
国立ピースリボン事件・東京地判平18・7・26裁判所ウェブサイト
産業能率大学教員解雇事件・東京地判平22・2・4TKC
エスアールエル事件・東京地判平24・2・27TKC(ビラ配り)
JR西日本(国労バッジ訓告処分)事件・東京地判平24・10・31 別冊中央労働時報1434号20頁
JR東日本国労バッジ事件・東京地判平24・11・7労判1067号18頁
JR西日本(動労西日本戒告処分等)事件・東京地判平26・8・25労判1104号26頁(ビラ配り)
都立南大沢学園養護学校事件・東京地判平29・5・22TKC
ウ、論点2 目黒電報電話局事件最高裁判決が引用されていない問題
(要旨)目黒電報電話局事件最高裁判決が引用されてなくても同判決を踏襲もしくは同判決に依拠した判決と法的には評価できるとみるのが有力である。しかし実務的には直接職務専念義務論から違法性を指摘するのではなく企業秩序論に依拠したほうが堅実である。
伊藤正己補足意見は、目黒電報電話局事件・最三小判昭52・12・13を「プレート着用が組合の活動でなかったこと、‥‥その着用が政治活動にあたること、それが法律によって職務専念義務の規定されている公共部門の職場における活動であったことにおいて、本件とは事案を異にする」先例とみなさない見解を示しているが、これはあくまで勝手な持論述べた少数意見にすぎず、先例無視といえる。
なぜならば 新村正人調査官判解は目黒電報電話局事件最高裁判決について「‥‥右事案におけるプレートの着用は組合活動として行われたものではないが、その判旨の趣旨を推し及ぼすと、同様に職務専念義務を肯定すべき私企業においてリボン闘争が就業時間中の組合活動としておこなわれたときは、労働組合の正当な行為とはいえないことになる。‥‥本件リボン闘争が組合活動として行われたものとの前提に立つ限り、その正当性を否定することは、判例理論上必然のことといってよい」これは明確に伊藤補足意見を否定する見解でありこちらのほうが法律家の標準的な見解として信用できるからである。
最高裁調査官の仕事は、当該事案の争点等の整理、過去の判例や学説の分析を裁判官に提示するが、結論の方向性を示すことはない。とはいえ担当の調査官が目黒電報電話局判決の判旨は組合活動にも私企業にも適用されることは「判例法理上必然」と言い切っていることは、多数意見が引用していないとしても先例拘束性から目黒電報電話局判決を踏襲している判決であると理解するのが有力と考える。
このことは、裁判官の構成で左派が1人であれば、同判決に依拠した判断を示していた可能性を示唆するものである。
同趣旨の判例批評としては菊池高志[1983]。多数意見は直接言及していないが、目黒電報電話局事件判決を強く意識した判決とする(言及があるのは伊藤正己補足意見であるが、多数意見が目黒局判決を強く意識したものであるからこそ、補足意見で批判しているという構図が成り立つ)。
つまり、大成観光という一般私企業労使の関係においても、目黒電報電話局事件上告審判決と同様の判断枠組に立ち得る以上、大成観光リボン闘争事件上告審判決同事件判決は、組合活動が就業時間中の行為であるという事実さえ認定できれば、その結果・影響等を考慮することに立ち入ることなく判断を下し、これをもって足れりとできるのであって、先例の引用がないのは不可解としても、目黒電報電話局事件上告審判決を踏襲したものと解釈できるのである。
実質的に目黒電報電話局事件上告審判決の職務専念義務違反論に依拠した判決とみなしている点は、西谷敏[1983]の判例批評も同じ見解である。
補足すれば、目黒電報電話局事件の判列法理は、組合活動における受忍義務説を明確に否定した国労札幌地本ビラ貼り事件・最三小判昭54・10・30に踏襲されている。
日テレ報道番組コメンテーターとしても活躍された河上和雄による判批[1980]は、「本判決が、具体的企業の能率阻害を判示せず、抽象的な企業秩序の侵害のおそれのみをもって、施設管理権の発動を認めている点は‥‥目黒電報電話局事件に関する最高裁判決(昭和五二・一二・一三)の延長線上にある判示として、あらためていわゆる抽象的危険説を確立したもの」と評されているとおりである。
つまり目黒電報電話局判決に依拠した判決とする解釈が有力という観点では、大筋で原審のいう一般的違法性を是認した考え方に近いものであり、国労札幌地本ビラ貼り事件判決にも踏襲されている、抽象的危険説(業務の具体的阻害がないことは組合活動を正当化しない)、法益権衡的な、総合的事情を勘案した調整的アプローチを排除していることを意味するので、伊藤補足意見の主要な部分は失当ということになる。
とはいえ、実務的には、本判決が目黒電報電話局判決を引用しなかった影響は小さくない。
先に述べたとおり、目黒電報電話局判決の職務専念義務論を引用しているのは、企業秩序労が適用されない非現業公務員の懲戒処分に関する判例であり、JRの一連の国労バッチ事件でも、就業規則にある職務専念義務違反としているが、目黒電報電話局判決の該当部分は引用されていない。
実務的にいえば左派2判事の抵抗は、服装闘争に対して企業秩序論や就業規則を介さずストレートに職務専念無義務違反=誠実労働義務違反としてバッサリ違法判断するような手法を低調にした原因にはなっている。
したがって実務的には服装闘争に対して中止命令や懲戒を行うには、安定的に維持されている企業秩序論の判例法理にもとづいて、JR各社にみられるように、就業規則等で、職務専念義務の明文化、就業時間中の無許可組合活動の禁止の明文化、会社が認めていない、腕章、徽章、襟章、胸章等の着用の禁止を明文化しておくことが堅実な対策といえるのである。
ただ、かりに実務的に目黒局判決の引用は難しいとしても一方で、石橋洋[1982]は「昭和四十八年以降の下級審判例においてリボン等着用等を違法とする違法とする考え方が顕在化し、定着しつつあっただけに、最高裁がリボン闘争の正当性を否定する見解を明らかにしたことは、最高裁の主観的意図にかかわらず、受忍義務説を否定するリボン等着用闘争違法判決における正当性評価の判断枠組を追認し、集大成する意義をもつことになる‥‥」というように、目黒局判決にこだわらずとも、大筋でリボン闘争の受忍義務説を否定してきた下級審判例の傾向を追認したものとの評価もあるから、国労青函地本リボン闘争事件・ 札幌高判昭48・5・29労民集24-3-257、神田郵便局腕章事件・東京地判昭49・5・27労民集25-3-23、全逓灘郵便局事件・大阪高判昭51・1・30労民集27-1-1、全建労事件・東京地判昭52・7・25行裁集28-67-680等、リボン闘争等を違法とする判断を大筋で肯定した判決とみてよいのであって本判決が、なにか労働組合側に有利な要素のある判例とはいえない。
エ、論点3 リボン闘争の一般的違法性を是認しておらず未解決の部分を残しているという判例批評は妥当か
花見忠[1982]は、判旨にあらわれた限りでは、この判例を一般違法についての判断まで是認した趣旨と読むことはやや無理で、特別違法の観点からする判断、「一流ホテルにおける従業員の接客勤務態度に対する要請からみて『就業時間中に行われた組合活動』として正当な行為には当たらないとしたもの」との見解である。
しかし、顧客に不快感や嫌悪感を与え、ホテルの品格を損なうという特殊事情を重視して結論を支持しているのは伊藤正己補足意見であって一少数意見に引きずられた見解といえる。
伊藤補足意見が主張する法益権衡的な諸般の事情を勘案するアプローチは原審が否認した東京都地労委命令にもみられるが、原審は東京地労委命令の論理構成を全面的に否認するものであって、最高裁判決多数意見が企業秩序論の先例を否定している調整的アプローチをとったうえでの判断とることはありえないし、一言も言ってないのにそのように断定することは不可能である。
しかも原審のホテル業務に関連した特別違法性の説示は諸般の事情を勘案するアプローチではなく、一般違法性だけでも十分であるのに、違法の論理を補強し、ダメ押しする説示として展開されているのであって、就業時間中のリボン闘争でも適法とされる場合があることを示唆する伊藤補足意見とは本質的に異なる。
とはいえ、一般的違法性の是認は判文では不確定としつつも、少なくとも原審の特別違法性の論点を是認していることは間違いないとする趣旨なら、そのような解釈であっても有益な面はある。
というのは原審のいう特別違法性「リボン闘争は、労使が互いに緊張していることをまあたりに現前させるので、客がホテルサービスに求めている休らい、寛ぎ、そして快適さとはおよそ無縁であるばかりでなく、徒らに違和、緊張、警戒の情感を掻き立てる」という、それは左派の伊藤正己判事ですら認めている趣旨は、ホテル業務に限らず、サービス提供業務一般に広くいえることであって、鉄道事業にもあてはまる。
例えば、近年大手私鉄の主要路線で有料着席ライナーが運行するようになったが、京王ライナーでは、しばしの間お寛ぎください云々とのアナウンスが流れるのである。着席状況を確認するため、車掌が各車両を見回るが、春闘シーズンには、私鉄総連のワッペンを着用し客にみせつけている。
これは有料着席ライナーの指定席券を買った乗客が求める「休らい、寛ぎ、そして快適さとはおよそ無縁なことといえる」のであって、原審の説示した特別違法性は今日的問題、他業種にも広く該当するといえるからである。
本件ホテルオークラは、VIPが宿泊する一流ホテルであり、それゆえリボン着用のまま客面で出るようなことは極力避けたいという使用者側の事情はよくわかるが、それがリボン闘争と違法した決め手などとするのは限定的に解釈しすぎだろう。
とはいえ、本判決は本件事案について組合の正当な行為ではないとしているだけで、リボン闘争一般について未解決の部分を残している解釈は否定できないし、そのような読み方も可能である。本件は懲戒処分事案であるが、少なくともリボン着用が債務の本旨を履行しないものとして賃金カットしたり労務提供を拒否したりする事案については最高裁の判断がないから未解決とはいえるだろう。
しかし、本判決をいかに労働組合側に有利なニュアンスがあると解釈したとしても、国労札幌地本ビラ貼り戒告事件最三小判昭54・10・30以降,組合活動に対して企業秩序定立権に関する判例法理が最高裁によって案出され、同判決は指導判例とされ、同判決を引用する判決は多く、済生会中央病院事件最二小判平元・1・12・11民集43-12-1786、オリエンタルモーター事件最二小判平7・9・8判時1546号130頁等、その判例法理は安定的に維持されていることから、既にのべたとおりそれは就業規則や労働協約を根拠とすることが前提となるが、企業秩序論の脈絡からリボン闘争等に対し中止命令し、懲戒に付すことも可能である。
例えば組合バッジの事案でJR東海新幹線支部国労バッジ事件 東京高判平9・10・30判時1626号38頁がそうである。
したがって、本件最高裁判決が未解決の部分を残したとしても、リボン闘争を就業時間中の組合活動ととらえる限り、それが正当化される余地は小さいものだということができる。
もっとも、JR東日本神奈川国労バッチ事件 東京高判平11・2・24判時1665号130頁のように就業規則に実質的に違反しているから懲戒、不利益処分を禁止するものではないとしつつも「使用者の行為が従業員の就業規則違反を理由としてされたもので,一見合理的かつ正当といい得るような面があるとしても,それが労働組合に対する団結権の否認ないし労働組合に対する嫌悪の意図を決定的な動機として行われたものと認められるときには,その使用者の行為は,これを全体的にみて,当該労働組合に対する支配介入に当たるものというべき」として不当労働行為にあたるとされる判例もあり、正当な組合活動でないという評価が、不当労働行為に当たらないという評価に直結しないので注意が必要ではある。
要するに、企業秩序風紀規律の維持のために業務に無関係な徽章の着用を禁止するのであって、労働組合に対する嫌悪の意図などが決定的な動機でなければよい。
オ、論点4 本件リボン闘争を争議行為ではなく組合活動とみなした理由
リボン闘争が争議行為なのか、その他の組合活動とするかは、当然にその法的性格を異にし、労組法7条1号との関係においても正当性の判断がことなりうるし、学説では労組法8条の民事免責を争議行為について認め、その他の組合活動について否定する見解があるので、重要な論点である
東京地労委命令は争議行為とした。原審は本件リボン闘争を組合活動と争議行為の両面を兼ねそなえたものと捉え、いずれにしても違法としているが、最高裁は本件リボン闘争を争議行為ではなく就業時間中の組合活動とした。
西谷敏[1983]によれば従来の判例・学説は伊藤補足意見の示している立場、リボン闘争自体が労務の停止に等しい場合は争議行為であるが一般には類型として争議行為には該当しないとするので、従来説にしたがったものとみることができるが、多数意見が伊藤補足意見と同趣旨であるかは判文では不明である。
新村正人調査官の判解は、多数意見が説示してない、本件リボン闘争を争議行為とみなさない意味を説明しているが、原審の論理構成で、争議行為としているのは、一般論として、リボン闘争は作用、機能面において使用者に対する団結示威という一面があることを指摘しているにすぎず、具体的事実に基づいて争議行為とは認定していないので問題があると述べている。
リボンの着用に嫌悪、異和感をもつ使用者に対して心理的圧迫を与えており、要求を知らせるとともに団結力を誇示し、第三者(顧客)ら対しても労使対立状況を知らせる作用、機能を有しているからといって、それが直ちに争議行為に当たるものとする根拠はないと述べている。
それゆえ、原審の争議行為という認定は採用しなかったのであって、結局最高裁はリボン闘争が類型的に争議行為に当たらないとする見解に好意的なのだという。
そうすると、奥山明良[1989]はリボン闘争が類型として争議行為を構成しうるか、積極的に解した場合の正当性の基準や具体的範囲等も明らかでなく、未解決の問題として残されたと批評しているが、リボン闘争を争議行為としてとらえ、正当性の限界を確定する理論的作業は困難というほかなく、積極的に解することはまずないのではないか。
つまり労働組合側がこれは就業時間中の組合活動でなく争議行為だと言い張り、労組法8条の適用があると主張するとしても、ストライキと併用している場合を別として、リボン闘争それ自体を争議行為と裁判所が認定する可能性はかなり小さいのではないか。
カ、 論点5 伊藤正己補足意見は単独少数意見にすぎず、主張の多くが最高裁判例で否認されているにもかかわらず過大評価されている
伊藤補足意見が影響力を有しているとの見解がある。裁判所が服装戦術について否定的にもかかわらず、労働委員会命令の傾向は、服装戦術を団結活動の一環としてとらえ、服装規定にもとづく懲戒処分の不当労働行為性を認定するとされている。その根拠が伊藤補足意見なのだという。
松田保彦[1982]によれば、「伊藤裁判官の補足意見により‥‥労働委員会が実態に即し、不当労働行為制度の趣旨を生かす判断を行う余地が残されるようになった」と肯定的評価がなされている。
しかし、多数意見に理論的説示がないからといって単独の少数意見を相対的に高く評価する根拠はないばかりか、伊藤補足意見は、リボン闘争が争議行為の類型には当たらないとした以外の主要な主張は、先例を無視した勝手な持論であり,後の最高裁判例においても伊藤補足意見の趣旨は完全に否定されていることから、影響力を持つ事自体が不当である。
逐一検討すれば下記のとおりである。
○ 目黒電報電話局事件・最三小判昭52・12・13を「プレート着用が組合の活動でなかったこと、‥‥その着用が政治活動にあたること、それが法律によって職務専念義務の規定されている公共部門の職場における活動であつたことにおいて、本件とは事案を異にする」と先例ではないとしている意見について
繰り返しになるが 新村正人調査官判解は目黒電報電話局事件最高裁判決について「‥‥右事案におけるプレートの着用は組合活動として行われたものではないが、その判旨の趣旨を推し及ぼすと、同様に職務専念義務を肯定すべき私企業においてリボン闘争が就業時間中の組合活動としておこなわれたときは、労働組合の正当な行為とはいえないことになる。‥‥本件リボン闘争が組合活動として行われたものとの前提に立つ限り、その正当性を否定することは、判例理論上必然のことといってよい」と述べ、伊藤補足意見は否定されており、こちらが通説である。
○ 「使用者の業務を具体的に阻害することのない行動は、必ずしも職務専念義務に違背するものではない」「職務専念義務に違背する行動にあたるかどうかは、使用者の業務や労働者の職務の性質・内容、当該行動の態様など諸般の事情を勘案して判断されることになる」とのプロレイバー学説に拠った意見について
この見解は目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974の先例に反するほか、具体的な業務阻害がないことは、企業施設内の組合活動を正当化しないこと、法益権衡論的な総合的に諸般の時用を勘案する調整的アプローチを否定する判旨は下記の判例にみられることであって最高裁によって明確に否定されている主張である。
国労札幌地本ビラ貼り戒告事件最三小判昭54・10・30民集33-6-676
済生会中央病院事件最二小判平元・1・12・11民集43-12-1786
オリエンタルモーター事件最二小判平7・9・8判時1546号130頁
○「就業時間中において組合活動の許される場合はきわめて制限されるけれども、およそ組合活動であるならば、すべて違法の行動であるとまではいえない」とする意見について
就業時間中の組合活動はすべて違法とまでいえないとする見解は、先に引用した済生会中央病院事件最二小判平元・12・11民集43-12-1786が、「一般に、労働者は、労働契約の本旨に従って、その労務を提供するためにその労働時間を用い、その労務にのみ従事しなければならない。」「労働組合又はその組合員が労働時間中にした組合活動は、原則として、正当なものということはできない」としたうえで、勤務時間中の無許可集会に対する警告書交付は「労働契約上の義務に反し、企業秩序を乱す行為の是正を求めるものにすぎない」ので不当労働行為にあたらないと判示したことによって、勤務時間中の無許可組合活動が正当化される余地はなくなったのであって、伊藤補足意見は完全に否定されているというべきである。
引用・参考文献
石橋洋
1982「組合のリボン闘争戦術と実務上の留意点-大成観光(ホテルオークラ)事件」労働判例391号【ネット公開】
1987「企業内政治活動・ビラ配布の自由と企業秩序 : 目黒電報電話局事件・明治乳業事件判決を素材として」季刊労働法142【ネット公開】
奥山明良
1989「リボン闘争――大成観光事件」別冊ジュリスト101号244頁
樫原 義比古
1985「就業時間中のリボン闘争の正当性」法政論叢 21【ネット公開】
門田信男
1982「ホテル従業員のリボン着用闘争[重要判例解説][労働判例]:大成観光事件」季刊労働法124号189頁
河上和雄
1980「企業の施設管理権と組合活動--昭和54年10月30日最高裁第三小法廷判決について(最近の判例から)」法律のひろば33(1)
菊池高志
1983「労働契約・組合活動・企業秩序」法政研究 49(4)【ネット公開】
楠元 茂
1978「いわゆる服装斗争の法的考察 : 人権規定の第三者効力との関連において」商経論叢27【ネット公開】
小嶌典明日本労働法学会誌60号
1982「リボン闘争の正当性-大成観光(ホテルオークラ)事件日本労働法学会誌60号
小西国友
1983「 組合活動に関する正当性の判断基準--大成観光事件を契機として-上- 」『 判例時報 』1067号
近藤昭雄
1975「協約自治の限界と政治活動禁止条項の効力-日本パルプ工業事件を中心に-」労判229
佐藤時次郎
1974「国労青函地本訓告処分無効確認損害賠償請求控訴事件 : 勤務時間中のリボン着用行為は職務専念義務等に違反」大東法学 創刊
新村正人
1986ホテル業を営む会社の従業員で組織する労働組合が実施したいわゆるリボン闘争が労働組合の正当な行為にあたらないとされた事例 法曹時報38巻1号
(1987最高裁判所判例解説民事篇昭和57年度373頁)
高木紘一
1978「政治活動の禁止と反戦プレートの着用-目黒電報電話局事件」ジュリスト666
座談会竹下英男・水野勝・角田邦重
1974「企業内における政治活動の自由-横浜ゴム事件・東京高裁判決をめぐって-」労働法律旬報850
竹下英男
1975「リボン戦術の法的評価と対応手段--判例の変遷と大成観光事件判決の意義」『労働法学研究会報』26(23)
坪内利彦
1982「ホテルオークラ労組員のリボン闘争事件」法律のひろば35巻7号
中嶋士元也
2002「就業時間中の組合活動――(1)大成観光事件,(2)JR東日本(神奈川・国労バッジ)事件――」別冊ジュリスト165号200頁
西谷敏
1983「リボン闘争と懲戒処分――大成観光事件」ジュリスト臨時増刊792号226頁
河上和雄
1980「リボン闘争の正当性-ホテル・オークラ事件最高裁判決」ジュリスト711号
はやししうぞう
1982「労組員のリボン闘争についての最初の最高裁判例」時の法令1149号
古川陽二
2016「就業時間中の組合活動:大成観光事件」〔労働判例百選 第9版〕別冊ジュリスト230号176頁
松田保彦
1982「いわゆるリボン闘争の正当性-ホテルオークラ事件」・法学教室22号
宮橋一夫
1983「いわゆるリボン闘争の違法性」『警察学論集』36(5)
宮原 孝之
1980「憲法二八条とリボン闘争」法政論叢 16【ネット公開】
籾井常喜
1982「最高裁「リボン着用行動違法論」批判」季刊労働法125号70頁
森井利和
1982「リボン闘争--ホテルオ-クラ事件(最判昭和57.4.13)(労働判例研究)」『労働法律旬報』1223
柳沢旭
1979「労働判例研究」法政研究 45(3-4)【ネット公開】
山口浩一郎
1982 「リボン闘争の違法性と使用者の対抗手段--最高裁「ホテルオ-クラ事件」判決を契機として」『労働法学研究会報』 33(20)
吉田美喜夫・2009「就業時間中の組合活動:大成観光事件」〔労働判例百選 第8版〕別冊ジュリスト197号184頁
脇田滋
1997 「組合バッヂ着用を理由とする一時金減額の不当労働行為性/JR東海(新幹線支部)事件」法律時報69巻2号
渡辺章
2011『労働法講義下労使関係法雇用関係法Ⅱ』信山社出版
« 谷川とむ議員を支持します | トップページ | 私鉄総連春闘ワッペン闘争の法的評価(下書きその5) »
「鉄道」カテゴリの記事
- 私鉄総連組合員の春闘ワッペン着用を規制すべき(2023.02.25)
- 春闘ワッペンの法的評価(その2)(2018.09.30)
- 春闘ワッペンの法的評価(その1)(2018.09.24)
- 私鉄総連春闘ワッペン闘争の法的評価(下書きその8完)(2018.09.02)
- 私鉄総連春闘ワッペン闘争の法的評価(下書きその7)(2018.08.22)
コメント