私鉄総連春闘ワッペン闘争の法的評価(下書きその5)
3)大成観光リボン闘争事件最三小判昭57・4・13民集36-4-659をどう評価すべきか
前回
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承前
キ 結論(まとめ)
その1 本件リボン闘争を争議行為ではなく就業時間中の組合活動とした意義は有益である
法廷意見はその理由を何も説示していないが、新村正人調査官判解が詳しく解説しており、原審のいう使用者に対する団結示威の作用、機能を直ちに争議行為とする根拠はないと述べている。最高裁はリボン闘争が類型的に争議行為に当たらないとする見解に好意的とも言っている。リボン闘争を争議行為としてとらえ正当性の限界を確定する理論的作業は困難というほかなく、積極的に解することはまずないのではないか。そうするとストライキと併用するケースを別として、労働組合側がリボン闘争は争議行為であるとして労組法8条の適用があると主張しても認められることはまずないといえる。
リボン闘争が一般的に就業時間中の組合活動であるとすると、済生会中央病院事件最二小判平元・12・11民集43-12-1786が、「一般に、労働者は、労働契約の本旨に従って、その労務を提供するためにその労働時間を用い、その労務にのみ従事しなければならない。」「労働組合又はその組合員が労働時間中にした組合活動は、原則として、正当なものということはできない」勤務時間中の無許可集会に対する警告書交付は「労働契約上の義務に反し、企業秩序を乱す行為の是正を求めるものにすぎない」ので不当労働行為にあたらないと判示しており、この趣旨からすると無許可集会とリボン闘争を別異に解する理由もないから厳格な職務専念義務論にこだわらなくても企業秩序論的脈絡から封じることが可能と考える。
その2 判例法理上、目黒電報電話局事件判決の厳格な職務専念義務論が引用されてなくても同判決を踏襲もしくは依拠した判決と評価すべきであるが、しかし法廷意見に引用と理論的説示がない以上、労働組合側に反論の余地を与えており、実務的には企業秩序論に依拠してリボン闘争に対峙していく手法が堅実
大成観光リボン闘争事件最三小判昭57・4・13民集36-4-659は、目黒電報電話局反戦プレート事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974を引用することもなく、最高裁自身の理由を述べずに本件リボン闘争を組合活動の正当な行為にあたらないとしているが、目黒電報電話局事件判決を踏襲ないし依拠した判断とみるのが判例法理上の必然である。とすれば大筋で原審の一般的違法性を是認した判決とみなすのが妥当である。
目黒電報電話局事件・最三小判昭52・12・13民集31-7-974公社法三四条二項が「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び勤務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。」と判示した。
新村正人調査官判解は目黒電報電話局事件判決について「‥‥右事案におけるプレートの着用は組合活動として行われたものではないが、その判旨の趣旨を推し及ぼすと、同様に職務専念義務を肯定すべき私企業においてリボン闘争が就業時間中の組合活動としておこなわれたときは、労働組合の正当な行為とはいえないことになる。‥‥本件リボン闘争が組合活動として行われたものとの前提に立つ限り、その正当性を否定することは、判例理論上必然のことといってよい」としているが、これが法律家の標準的見解であり、通説でもある。
例えば 菊池高志[1983]によれば、目黒電報電話局事件判決は直接には公社法所定の職務専念義務に関する判断であるが、判決は「公社と職員との関係は、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係と本質を異にするものではなく、私法上のものである」としており、公社職員の職務専念義務も雇用契約関係における被用者一般の義務とその本質を異にするものではないと捉えられているから、職務専念義務の判断も特殊公社法上の解釈として示されたものではなく、雇用契約関係において労働者が負う義務に関する一般的理解として述べられたものと解するべきとしており、この見方が有力なのである。
(上記の見解に反対し、あくまでもこれは政治活動事案、公共部門の実定法の解釈で事案を異にするとして先例拘束性を認めない伊藤正己補足意見はプーレイバー的左派的な少数意見にすぎないが、裁判長の環昌一も目黒局事件判決では、反戦プレート着用を懲戒処分理由とは認めない見解を補足意見で示していることから、4人のち2人という半数の判事が左派で目黒局事件判決に批判的な立場のため先例拘束性を無視したので同判決は引用されなかったと推測できる。)
しかし、いかに調査官解説が、目黒局判決は組合活動にも私企業にも適用されるのは判例法理上必然といっても、2判事の抵抗で法廷意見に引用と理論的説示がない以上、本件事案は正当な組合活動ではないとするものの、原審のリボン闘争の一般的違法性を是認していないとの解釈も一理あるため、リボン闘争を正当化する余地もあるとした伊藤正己補足意見に依拠してプロレイバー側に反論の余地を与えてしまっており、実務的には厳格な職専義務論だけでリボン闘争を封じこめることは少し厳しいように思える。目黒局判決を引用させなかった2判事の抵抗は不当に思えるが、実務的にはこのことによりリボン闘争を完封させないようにした影響は残念ながらある。
実際、多くの判例が目黒局判決の判断枠組を引用しているが、比較的多いのが、形式的な就業規則違反では懲戒処分できないとする部分であり、職務専念義務論を引用する判例は少なく教員が国旗掲揚に抗議するため青いリボンを着用した国立ピースリボン事件・東京地判平18・7・26裁判所ウェブサイトや、「OBJECTION HINOMARU KIMIGAYO」等と印刷したトレーナーを着用した都立南大沢学園養護学校事件・東京地判平29・5・22TKCぐらいで、いずれも地方公務員法違反の事案である。
もちろん私は、使用者の私法上の権利を侵害する受忍義務説を否定し、リボン闘争を違法と判示した、本件一審東京地判昭50・3・11の中川幹郎チーム判決、同じく国労青函地本リボン闘争事件・ 札幌高判昭48・5・29の意義を高く評価し職場の規律秩序の正常化に寄与した意義を認めるが、厳格な職専義務=労働契約上の誠実労働義務の線だけで押し切る一本調子的な議論はそれなりの抵抗があるため、伊藤正己補足意見の主張の多くを否定し、今日まで安定的に維持されている企業秩序論の判例法理な依拠した手法で服装闘争に対峙していくのが堅実と考える。
またフジ興産事件最二小判平15・10・10判時1840号144頁が、使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定め、適用を受ける労働者に周知させる手続が採られていることを要すると判示している以上、いずれにせよ就業規則等によって企業秩序を定立する必要がある。
その3 単独少数意見にすぎない伊藤正己補足意見が影響力を持っているのは異常である。主張の多くが企業秩序論の最高裁判例によって否定されていることから論外のトンデモ説といえる。
○「使用者の業務を具体的に阻害することのない行動は、必ずしも職務専念義務に違背するものではない」というが
企業秩序論の判例法理は抽象的危険説で、具体的危険説は完全に否定されている。下記の最高裁判例は業務を具体的に阻害することのないことから経営内の無許可組合活動を正当化できないことを明らかにしている。
既に引用した目黒電報電話局事件判決のほか
◇国労札幌地本ビラ貼り戒告事件最三小判昭54・10・30民集33-6-676
「本件ビラ貼付により‥‥業務自体が直接かつ具象的に阻害されるものでなかつた等の事情のあることは‥‥いまだもつて上記の判断を左右するものとは解されない」
◇済生会中央病院事件最二小判平元・1・12・11民集43-12-1786
無許可集会の警告書交付が病院の業務に直ちに支障が生ずるものではないことなどを理由に不当労働行為とした原判決を破棄自判
◇オリエンタルモーター事件最二小判平7・9・8判時1546号130頁
「組合がそれを使用することによる上告人の業務上の支障が一般的に大きいとはいえないこと‥‥などの事情を考慮してもなお‥‥、上告人の食堂使用の拒否が不当労働行為に当たるということはできない。 」
○「職務専念義務に違背する行動にあたるかどうかは、使用者の業務や労働者の職務の性質・内容、当該行動の態様など諸般の事情を勘案して判断されることになる」と法益権衡的な諸般の事情を勘案する調整的アプローチを主張するが、企業秩序論判例はこれを明確に否定している。
◇日本チバガイギー事件最一小判平元・1・19労判533号7頁3号
労働組合の食堂使用および敷地内屋外集会開催の不許可が不当労働行為に当たるかが争われた。中労委の上告趣意書が法益権衡論である。上告趣意は「労働者の団結権、団体行動権保障の趣旨からする施設利用の組合活動の必要性と、その施設利用により使用者が蒙る支障の程度との比較衡量により、両者の権利の調和を図ることが要請される。そして、使用者の施設管理権行使が右の調和を破るときには、権利の濫用があるといわなければならない」とする。この法益調整比較衡量は国労札幌地本判決が否定したプロレイバー学説の受忍義務説にかぎりなく近づいていく意味で判例法理の否定といってもよい。
最高裁は集会不許可を「業務上ないし施設管理上の支障に藉口」するもので不当労働行為にあたる中労委の判断を違法とする原判決を維持し、「本件食堂の使用制限及び屋外集会開催の拒否が施設管理権を濫用したものとはいえず、したがって、右使用制限等が労働組合法七条三号所定の不当労働行為に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができ」るとして中労委の上告を棄却しているので調整的アプローチを否認したのである。
◇オリエンタルモーター事件最二小判平7・9・8判時1546号130頁
組合執行委員長らによる守衛への暴言、脅迫を契機として業務に支障のない限り食堂の集会利用等の使用を承認してきた慣行を変更し不許可とした事案につき、東京地判平2・2・21労判559号は不当労働行為に当たらないとして、中労委の救済命令を違法として取消した。ところが、控訴審東京高判裁平成2・11・21労判583号は、それでは組合活動が著しく困難となるとして、不当労働行為に当たるとした。控訴審の判断が法益権衡論である。
これに対し上告審最高裁第二小法廷判決は控訴審の判断を覆し、これまで業務に支障のない限り使用を認めてきたとしても、それが食堂の使用について包括的に許諾していたということはできないし、食堂の無許可使用を続けてきた組合の行為は正当な組合活動に当たらないとした。さらに条件が折り合わないまま、施設利用を許諾しない状況が続いていることをもって不当労働行為には当たらないとしたことから、調整的アプローチはとらないことを維持した判例といえる。
○「就業時間中において組合活動の許される場合はきわめて制限されるけれども、およそ組合活動であるならば、すべて違法の行動であるとまではいえない」とする見解も否定されている
先に引用した済生会中央病院事件最二小判平元・12・11民集43-12-1786が、「一般に、労働者は、労働契約の本旨に従って、その労務を提供するためにその労働時間を用い、その労務にのみ従事しなければならない。」「労働組合又はその組合員が労働時間中にした組合活動は、原則として、正当なものということはできない」としているので、就業時間中の無許可組合活動が正当化される余地はなくなったといえる。
上記引用した判例はすべて無許可集会等いわゆる企業施設の利用に関する判例で、リボン闘争とは事案を異にするとの反論があるかもしれないが、関西電力事件・最一小判昭58・9.8判時1094号121頁は電力会社従業員が就業時間外に会社社宅にビラを配布したことに対してなされた譴責処分の効力が争われたところ、労働者には労働契約上労務提供義務とともに企業秩序を遵守すべき義務があるから、職場外の職務の遂行に関わらない労働者の行為であっても企業秩序に関係を有する場合、使用者が懲戒を課し規制の対象とすることも許されると判示しているように、施設管理権に限定することなく、企業秩序論の射程は広い。
指導判例である国労札幌地本ビラ貼り戒告事件最三小判昭54・10・30民集33-6-676が「思うに、企業は、その存立を維持し目的たる事業の円滑な運営を図るため、それを構成する人的要素及びその所有し管理する物的施設の両者を総合し合理的・合目的的に配備組織して企業秩序を定立し、この企業秩序のもとにその活動を行うものであつて、企業は、その構成員に対してこれに服することを求め」ることができるとしており、ここでいう企業秩序とは、人的要素と物的施設の両者を総合した範疇であるから、ロッカーに貼るビラと同様、従業員の身体に着用するリボンや、ワッペンも企業秩序定立維持の観点から禁止できることは当然のことと考える。
その4 本件は原審の一般違法性を是認せず、特別違法性だけを認めたという解釈は難点があり、是認できないが、仮にそうだとしても有益な面がないわけではない。
花見忠[1982]は、判旨にあらわれた限りでは、この判例を一般違法についての判断まで是認した趣旨と読むことはやや無理で、特別違法の観点からする判断、「一流ホテルにおける従業員の接客勤務態度に対する要請からみて『就業時間中に行われた組合活動』として正当な行為には当たらないとしたもの」との見解である。
なるほど、原審の一般的違法性を是認したとの説示はない、しかし法益権衡論的な諸般の事情を勘案する調整的アプローチをとることはありえない。組合活動判例である国労札幌地本ビラ貼り戒告事件最三小判昭54・10・30民集33-6-676がそれを否定しているので、先例と矛盾するからである。
原審のホテル業務に関連した特別違法性の説示は諸般の事情を勘案するアプローチではなく、一般違法性だけでも十分であるのに、一般違法性を補強し、ダメ押しする論理として展開されているのであって、就業時間中のリボン闘争でも適法とされる場合があることを示唆する伊藤補足意見とは本質的に異なる。
とはいえ、一般的違法性の是認は判文では不確定としつつも、少なくとも原審の特別違法性の論点を是認していることは間違いないとする趣旨なら、そのような解釈であっても有益な面はある。
というのは原審のいう特別違法性「リボン闘争は、労使が互いに緊張していることをまあたりに現前させるので、客がホテルサービスに求めている休らい、寛ぎ、そして快適さとはおよそ無縁であるばかりでなく、徒らに違和、緊張、警戒の情感を掻き立てる」という、左派の伊藤正己判事ですら認めているのであるが、ホテル業に限らず、従業員が客面に出るサービス提供業務一般に広くいえることであって、鉄道事業にもあてはまる。
例えば、大手私鉄の主要路線では、有料着席ライナーを運行するようになったが、京王ライナーでは、空気清浄機が具えられたうえ、しばしの間お寛ぎください云々とのアナウンスが流れるのである。ところが着席状況を確認するため、車掌が各車両を見回るが、春闘シーズンには、私鉄総連のワッペンを着用し客にみせつけている。
春闘ワッペンをみせつけて、第三者である乗客に春闘との連帯を訴えかける行為は、有料着席ライナーの指定席券を買った乗客が求める「休らい、寛ぎ、そして快適さとはおよそ無縁なことといえる」のであって、原審の説示した特別違法性は、他業種にも広く該当するといえるからである。
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