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2021/08/28

内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持することを可能とする案は排除すべき--「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議 を批判する その3

承前,動画作成用台本

 

 

有識者会議が検討している夫婦別姓の事実婚のような歪な構造の女性宮家は異常なものだ

 

 女性宮家というのは、英国のような女性当主でプリンスコンソートを迎えるイメージだと思っていた。ウィキペディアによれば、「女王の配偶者が共同国王として戴冠していない場合、その人物のことをプリンス・コンソート(prince consort 、日本語訳は「王配」)といい、王家の成員としてプリンスと見なすようになった。」

 しかし有識者会議が考えているのは、女性皇族を結婚後も皇室に残すととし、配偶者と所生子は当面皇族にせず、時期がきたら、男系でいくか、女系容認かを判断するという。なにか夫婦別姓の事実婚のような歪な構造であり、女性当主に添え物としての男性という非常におかしな制度にしようとしている。

 ここではプリンスコンソートのあるイギリスの模倣が妥当ではないということを述べる。有識者会議が検討しているのは、王配を皇族の成員とはしないで、成員にすることは時期がたったら判断するというものであり、英国の模倣ではないが、将来的には想定されていることなのでこの問題を論じる。

 

 アン女王-カンバーランド公

 

エリザベス2世―エジンバラ公

 

女王の配偶者が共同国王として戴冠していない場合、その人物のことをプリンス・コンソート(prince consort 、日本語訳は「王配」)といい、王家の成員としてプリンスと見なすようになった。」  ウィキペディア

 

 

 

〇もちろん英国王室のプリンスコンソート方式も強く反対する

 

 

 有識者会議のヒアリングで英国王室に詳しい君塚直隆関東学院大教授が、男女を問わず長子(初生子相続)、女系容認と主張されたというが、英国は2013年の王位継承法で長子相続による男子優先を撤廃している。

 しかし、そもそも14世紀の英仏百年戦争というのは王位継承戦争で、エドワード三世が、母方でカペー朝直系の血統を継いでいるので、男系だが傍系のヴァロア家のフィリップ6世よりフランス王にふさわしいと主張し宣戦布告し始まったものであり [福井憲彦, 2019]、英国王室というのは昔から、女系で王位継承の正当性ありという思想で戦争してきた国家なのである。

 令制の皇親が男系で一貫している日本の皇室とは根本的に違った思想なのである。

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  イギリスの場合男系が途絶すると女系をたどって後継者を見つけてきた。例えばエリザベス一世の後はヘンリー七世の娘マーガレットの曾孫に当たるジャームス一世が即位し、スチュアート朝ですね。

 名誉革命でジェームス二世が追放された後は、娘のメアリー2世と夫君でオランダ人の女系でスチュアート朝の血を引いているウィリアム三世の共同統治とした。

 しかしウィリアム3世とメアリ2世に子供がないため、メアリー2世の妹アンが王位を継承する、配偶者がいてカンバーランド公のジョージであるが「女王の配偶者」(王配Prince Consort)及び海軍総司令官の地位を与えられたが、統治者としての君臨は行わなかった。

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日本の女帝はすべて不婚です。先帝皇后等の寡婦か生涯非婚内親王ですから、それとは違いますね。

 女性宮家の雛型がたぶんこれだと思いますね。これは我国とは異質のものです。

 エリザベス2世と、今年薨ぜられたエジンバラ公も共同統治者ではないわけです。その前例ではないかと思います。

 1701年王位継承法とは、アン女王の異母弟カトリック教徒のジェームズ・フランシス・エドワード・ステュアート、ジェームズ老僭王といいますが、この方の王位継承を排除するため英国議会が制定した。

 国王は女系であれスチュアート朝の血を引いており英国国教会会信徒のみとされ、この制定法は王位継承者を、ジェームズ1世の外孫にあたるゾフィー(父はジェームズ1世女エリザベスと結婚したプファルツ選帝侯兼ボヘミア王のフリードリヒ5世)の子孫に限定するものだったため、ゾフィー母とするブラウンシュバイク・リューネブルク選帝のゲオルグ・ルートヴィッヒがジョージ1世としてイギリス王となった。

 つまりスチュワート朝の男系ではなく女系をとったのでハノーヴァー朝となったのである。

 英語が喋れない国王といわれますが、日本ではそのようなことはありえないことはいうまでもないです。

 

 イギリスの場合でも男系が途絶すれば姓が変わるから、プランタジネット朝、チューダー朝、スチュアート朝というように王朝名が変わるが、我が国は英国王室とは原理原則が異なるのであって、英国王室など初生子相続にしている外国に合わせよなどという意見は棄却されるべき。

 ところで、イギリス王室の例から、女系容認でないと続かないというような意見は間違いです。

 フランス王権はユーグ・カペーの989年の即位から、男系継承で、復古王のブルボン朝最後のフランス王シャルル10世(在位1824~30)まで一貫している。七月王政のルイ・フィリップ(在位1830~48)もオルレアン家という傍系だが、カペーの系譜につながっている [福井憲彦, 2019]。

 フランス王権は単婚婚姻非解消主義の文化圏でありながら、男系継承でもざっと千年、王位継承者が枯渇することはなかったのである。

 

 フランス 男系継承を法定 明文化

 1374年シャルル5世

 ヴァンセンヌ勅令 

 

サリカ法典

「ただ土地に関しては、いかなる相続財産も女に帰属するべきではなく、全ての土地は兄弟たる男なる性に帰属すべし」

 

 カペー朝は直系男子に恵まれ、15代341年続き、カペー朝の奇跡といわれる。続くヴァロア朝は傍系の男系男子で、1374年シャルル5世のヴァンセンヌ勅令で男系継承の王位継承法を成文化した。これはゲルマン部族法典のサリカ法典で「ただ土地に関しては、いかなる相続財産も女に帰属するべきではなく、全ての土地は兄弟たる男なる性に帰属すべし」を法源としている [佐藤賢一, 2014]。ヴァロア朝はアンリ3世で途絶したため、1589年に末流のブルボン公家の分家でヴァンドーム伯家(後に公家)のアンリ4世が即位したが、十代遡ってカペー朝に繋がる傍系である。当時の人々はヴァロア朝が絶えた時は、ブルボン公家が王位に就くときちんと認識していたため混乱することはなかった。

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 ヨーロッパ大陸では、サリカ法の影響が大きく、フランス、神聖ローマ帝国、ドイツ領邦など男系であった。1979年にスウェーデン、1990年にノルウェー、1991年ベルギーなど性別にかかわらず長子相続制をとるようになった。近年ではルクセンブルグは2010年[山田敏之. (2017)]、2013年に英国がそうなった‹。欧州では男系男子長子相続(サリカ法典)を墨守しているのはリヒテンシュタインしかないといわれます。

〇女子差別撤廃条約に条文の解釈は締約国にゆだねられ、杓子定規に解釈する必要なし

 

 ルクセンブルグは女子差別撤廃条約との関連で、王位継承法を変更したという。 女系推進派は、これがトレンドだといいます しかし女子差別撤廃条約(アメリカ合衆国が批准していないので、これが国際的スタンダードな考え方とはいえない)は人権条約の実施措置としてはもっとも緩い報告制度をとっている。締約国の義務は国連の女子差別撤廃委員会(CEDAW) に条約批准の一年後とその後は四年ごとに条約の実施のためにとった立法上、司法上、行政上のその他の措置の報告をするだけにすぎない。CEDAWの権限は弱く条約十八条で提案と一般的勧告をを行うことができるが条文の解釈は締約国に委ねられいるから[浅山郁(1985)]、勧告に強制力はないので問題にせずともよい。

 ただ女子差別撤廃条約の危険性は慣習法を否定する理念を持っていることです。慣習法で規律された公序良俗を否定したい政治勢力に利用されることです。

 

 私はジェンダー平等論はラムダ株より恐ろしい害毒、女子差別撤廃条約はアメリカ合衆国が未批准なので意味なしという考え方ですから、ルクセンブルグや英国のようなあり方に変更することに当然反対です。

 

 女子差別撤廃条約で法改正するなど論外というのは、文明の正統的な規範・思想から逸脱している。

 ジェンダー平等論はエンゲルス主義の発展バージョン

 

 

 

〇ルクセンブルグと英国に絶対追随するな

 有識者会議は女系容認の議論を棚あげするが、内親王を婚姻しても皇室に残し、既成事実として女性宮家を推進する可能性があり、非常によくない

 

 

 西洋文明的脈絡でいえば、文明世界の規範とは明確な性差別、神の宣告(創世記3章16節)による

 

 男性による女性の支配である。ここでは西洋文明的脈絡から述べます。すなわち神の宣告、神が女に下した罰「なんじは夫をしたい、彼はなんじを治めん」(創世記3:16)つまり男性による女性の支配をいう。神の宣告だから忽せにできない決定的な価値です。これが、文明世界の秩序、鉄則、社会的正義であります。この規範からの逸脱は文明から転落、反文明とみなさなければならない。

 またパウロが教えるように「男の頭はキリスト、女の頭は男、そしてキリストの頭は神である」(第一コリント11:3)「男は神のかたちであり栄光であるから、かしらに物をかぶるべきでない。女はまた男の光栄である。というのは、男が女から出て来たのではなく、女が男から出て来たのだし、男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのだから」(第一コリント11:7~9)。「婦人たちは教会で黙っていなさい。婦人たちに語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい」(第一コリント14:34)

 真正パウロの勧告であるコリント前書に忠実であるべき。男女平等とか同権とか、女子差別撤廃なんていうのは文明規範に対する叛逆です。秩序紊乱です。

 第二パウロ書簡では

「妻は自分の夫に対して主に対するように(従え)。キリストが教会の頭であるのと同様、男が女の頭なのだ。キリストはまた(教会という)身体の救済者でもあるけれども、教会がキリストに従うようにして、妻はあらゆることについて夫に従え」(エぺゾ書5章22-25節田川健三訳) 「女たちよ、男たちに従え。それが主にあってふさわしいことである。男たちよ、女たちを愛せ。そして女たちに対してきつく対応してはならない」(コロサイ書3章18-20節

 

 

神が女に下した罰

「なんじは夫をしたい、彼はなんじを治めん」

(創世記3:16)

 

 神の宣告を否定するウーマンリブ・ジェンダー平等論は、神に対する重大な反逆

 

 

 

 

 神の宣告(文明規範)の反逆思想

 SDGsも反逆思想

 

  

  

人間(男性)は神の像と似姿にしたがってつくられた。

女は男の補助者

ジェンダー平等論=不法

 

 

 秩序を紊乱させる恐るべき異端思想

 女性に説教を許すカタリ派にはアビショニア十字軍が差し向けられた

 

 

現代社会の何が問題か

世俗主義、世俗化が進行しすぎ、反聖書思想、反キリスト教思想の跋扈、キリスト教の左傾化

特にヨーロッパがひどい

非嫡出子の権利

ジェンダー平等

同性婚 LGBTQ

 

 

 

さらにアメリカでも

ウォークカルチャー

エンゲルス主義に呑みこまれるのかこの世界は

この流れをとめるのはリヴァイヴァルしかない

 

〇神の宣告は西洋文明の根幹的価値というべきだ 

 

 『グラ ティアヌス法令集』の冒頭の一節に「人類は二 つの法によって規律されている,すなわち,自 然法と慣習である。 自然法とは聖書および福音 書の中に含まれているものである」(坂本進2004)聖書=自然法なのである。

 私はクリスチャンではない。ただし親近感はある。宗教的な理由でなくてもバイブルなのである。聖書が西洋文明二千五百年の規範を提示した書物と理解している。

 

 『創世記』ヤハウェ資料において、女は男の補助者として創られたが、彼の誘惑者となり彼を破滅に導いた。神は女に次のように宣告した。「私はあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなおあなたの欲望はあなたの夫に向かい、彼はあなたを支配するであろう」〔『創世記』3・16〕。神自らが、妻に対する夫の権威を高めた。男性支配による社会的、法的、経済機構は神の認可にもとづく決定的な秩序なのであります。

 

 女王メアリー・チューダーに反対した

スコットランド宗教改革者ジョン・ノックス

 女王反対論は正論といえる

 

 

 カルヴァン派のスコットランド長老教会を誕生させたジョン・ノックス(1505-72)がジュネーブで1558年に匿名で刊行した『女たちの奇怪な統治に反対するラッパの最初の高鳴り』という著作ですが、これはイングランド女王メアリー・チューダーと、スコットランド摂政ギーズのメアリの統治に反対し、転覆する反乱のアジテーションという政治目的の文書ですが、宗教倫理的な事柄は古代教父を多く引用しており、翻訳が出版されているので一部を引用する。

 つまり女王メアリの統治を女性という理由で非難している。カルヴァン派の思想です。

 

 

 

〇ヨアンネス・クリュソストモス(聖人) コンスタンティノーブル司教 東方教会最大の説教師

 

 女に優先権を与えた男を叱って「男に悪しき助言を与える女をはねつけるのが男の役割である。男に有害な助言を与えた女の耳には、四六時中、エバに与えられた罪を聞かせてやらなければならない」又、神の宣告を引き合いに出し「‥‥あなたは神の許を離れ、あの悪しき動物と喜んで親しみ、その助言を受け入れようとしたゆえに、わたしはあなたを男に服させるのであり、あなたが男の支配を認めるようにと、わたしは明確に男をあなたの主に任じる。あなたは支配することはできないから。支配されることを学べ」又「たとえ男は堕落しているにせよ、男の上に立つ権威を女が奪い取ることは許されない」さらに「女性というものは短気で無鉄砲で、その貪欲さは地獄の底なし沼のよう、つまり飽くことを知らない」と教えております。

 

 ジョン・ノックス著 飯島啓二訳「女たちの奇怪な統治に反対するラッパの最初の高鳴り」『宗教改革著作集第十巻カルヴァンとその周辺Ⅱ』教文館 1993

 

〇聖アウグスティヌス

「女はキリストに服するように男に服さなければならない。‥‥肉が霊に服すように女は男に服さなければならない。現世の弱さと滅びのうちにある肉は霊にさからって欲望を燃やし求めるからであり、従って聖霊は女に対し肉が権威となりうるようなものを与えようとしない」

 

 ジョン・ノックス著 飯島啓二訳「女たちの奇怪な統治に反対するラッパの最初の高鳴り」『宗教改革著作集第十巻カルヴァンとその周辺Ⅱ』教文館 1993

 

 

〇聖アンブロジウスの教え ミラノ司教 『六日間天地創造説』

 

「エペソ人への手紙」に触れ「女は自然法により、男に服するように命じられている。なぜならば、男は女の作成者で創始者であるから。すなわちキリストが教会のかしらであるように、男は女のかしらである。教会はキリストに始原を持つのだから、教会はキリストに服する。同じように女は男に始源を持つのだから女は服従すべきである」と教えている。

 

ジョン・ノックス著 飯島啓二訳「女たちの奇怪な統治に反対するラッパの最初の高鳴り」『宗教改革著作集第十巻カルヴァンとその周辺Ⅱ』教文館 1993

 

 

 ノックスの引用はほかにもありますがここまでにします。超大物の引用ですから十分でしょう。

 次に宏学博才、普遍的博士と尊称された大アルベルトゥスの見解を見ておきます。

 

〇アルベルトゥス・マグヌス(1206-80、列聖1931)の見解『動物論』。

「女性は男性よりも道徳には向いていない‥‥女性は気まぐれで好奇心が強い。女が一人の男と交わっているとき、彼女はできれば別の男と寝たいと思っている。女というのは誠を知らない。‥‥。女性とは出来損ないの男性であり、男性に比べると欠点だらけの性質を持っている。だから内面は信用できない。自分で手の届かないものは、ごまかしや悪魔のような嘘で手に入れようとする。つまり短く言えば、毒蛇か角の生えた悪魔に用心するように、あなたはあらゆる女性に気をつけなければならない。.」

 ウタ・ランケ-ハイネマン著 高木昌史他訳 『カトリック教会と性の歴史』三交社1996 178頁

 

 

 ただし12世紀秘跡神学は女性の地位を上昇させたのではないか、その意義は十分検討する必要がある。

 

 

 結婚の秘跡

 花婿キリストと花嫁教会 

   

    

  教皇アレクサンデル3世が法定

  中世最大の神学者

  ペトルス・ロンバルトゥスの理論 

  合意主義婚姻理論

婚姻は当事者の合意により容易で、家父長権と対立する理論

 

  自由主義の原型は秘跡神学とカノン法だった

 

 〇次に17世紀の価値観

 

 ミルトンの『失楽園』(4・297-301)

男は思索と勇気のために造られていた、

女は柔和さと美しく優雅な魅力のために。

男はただ神のために、女は男の内なる神のために。

男の美しく広い額と清らかな目は、絶対的支配を語っていた。

 

 滝沢正彦(1997)「『失楽園』の夫婦像-「人間」への成長としての原罪-」辻裕子,佐野弘子編 『神、男、そして女 : ミルトンの『失楽園』を読む 』 英宝社

 

 ミルトンは『闘士サムソン』1671年で次のようにいう。

「女性の精神的天稟は急いでつくられたため未完成のままであり、判断力は乏しく、能力は最善のものを理解し尊重するほど高くなく、又選択にあたってはしばしば悪いものを愛しないではいられないように低劣である‥‥」

「女が男のためにつくられたもので、そして男が女のためにつくられたものでないということを知らないものが誰があろう」

 『失楽園』1667年も男性が女性を支配しなければならないことを強調している 

 「‥‥彼等の性がちがうように、両人は対等でなかった。すなわち彼(アダム)は思索と勇気ある行為をするためにつくられており、彼女(イーヴ)はやさしさと甘美な魅力の美のためにつくられていた。彼は神のためにのみ、彼女は彼をとおして神のためにつくすようにつくられていた。」 

 「イーヴは、その人(アダム)にいともうるわしい様子で次のように答えた。「私の創造者であるかたよ、あなたがお命じになることには、私は絶対服従です。神様はそのように命じていられます。神様があなたのおきてで、あなたが神のおきてです。それ以上何も知らないのが女のもっとも幸福な知識であり、女の美徳なのです」[西島正1954]

 楽園追放は男が神に従わず女に従ったことによる。この教訓は至福千年の道徳的教訓というべきものであって決して棄て去ることのできないものである。

 17世紀プロテスタントは、男は頭、女は身体、神は男性による女性の支配を神聖な秩序として定め給うたと牧師は説教した[久留島京子1989]。万人祭司の理念とは、家庭も一つの小さな教会であり、家長たる夫が小さな教区の主教であるということ、市民社会は男性に求心力のある家庭があってこそ成立したというべきだ。

 

〇 18世紀の価値観

 

 18世紀中葉のブラックストーンの英法釈義では、「婚姻によって、夫と妻は法律上一人となる。すなわち、婦人の存在または法律上の存在そのものは、婚姻中、停止されるか、または少なくとも夫のそれに合体され、統合される。夫の翼、保護、そして庇護のもとに、彼女はあらゆることを行う‥‥covertbaronすなわちbaronまたは領主(lord)であるかの彼女の夫の保護と勢力のもとにあると言われる。そして婚姻中の妻の状態は、そのカバチュアとよばれる。」

 夫とは妻の領主です。

 

 ダニエル・デフォーは1724年「ロクサーナ」と言う作品でこう言っている。「結婚契約の本質そのものが、自由、財産、権威その他一切を男に委ねることにほかならない。結婚してしまえば、女は単なる女中にすぎない、つまり奴隷である。」 財をたくわえて独立の生活ができたのも結婚していない時だけ。娼婦や愛人のほうが自由な人間であった

 問題はアン女王です。18世紀の初期の女王ですが、夫のカンバーランド公ジョージは、共同統治者ではなくプリンスコンソート、添え物である。夫は妻の領主ではないわけです。

 こういう歪な夫婦をのありかたが正当化されたことは、適切ではなかったです。

 

 世俗主義、反聖書的世俗的ヒューマニズムがよくない理由は、キリスト教において自然法とは聖書に体現されているものです。男性は神の宣告も神の法であり自然法です。それがウォークカルチャーそれが否定される方向に向かっているからです。 この文明における道徳的価値を掘り崩してします。

 その行きつく先は、「宗教は阿片」だといった社会主義、全体主義です。

 

 神の宣告の反逆は罪と思えます。私は地獄に行きたくないので、神の宣告に忠実でありたい。アダムへの罰として,労働の苦しみと生涯を終えれば,「土に帰る」(創 3 : 17- 19)労働に励むのは当然、過労死しても恨むことはありません。。

 男性による女性の支配を放棄するイクメンのような行為は死んでもやりません。 

 神の像に似せてつくられたのは男性であるからであります。そもそも人権なんていうのは、男性が神の似姿としてつくられたという神学的フィクション以外の何物でもないのです。

 もちろん「人間の尊厳」などというのか不遜で、アダムの罪を意識していない表現でこの好ましくありませんが、仮に「人間の尊厳」を認めても、それは「男性の尊厳」であって、女性の人権とか、ジェンダー平等などという新奇な思想はものは文明規範から逸脱以外の何物でもない。

 正統思想ではないです。カタリ派は女性も聖職者となりえたため、異端とされアビショニア十字軍が差し向けられたのではないですか。カタリ派の弾圧といっても全然同情なんてしません異端ですから。

 現今の状況はは異端思想、反逆思想がのさばっている、まったく異常です。

 

我々はエンゲルス主義に屈服するわけにはいかない

 

 ジェンダー平等論とはマルクス主義フェミニズムの発展形、エンゲルス主義の変異株といってもよいだろう。

 エンゲルス主義は婚姻家族を解体させる志向

ジェンダー平等論 SDGsも同じなので社会主義思想と親和的。

 

 もちろん、私は夫婦別姓も反対ですが、ジェンダー平等論という反文明規範的思想に与して、女性当主の宮家を既成事実化することは反対であります。

 

 私は聖書を重んじます。聖人、古代教父の教え、著名な中世の神学者を重んじます。

文明の正統な価値観を継承していくべきだと思います。

ゆえにエンゲルスやSDGsのような怪しい思想に強く反対します。

 

 男性は神に従わず、女に従ったから、楽園を追放され、死がもたらされた。

 

ジェンダー平等論に男性が屈服するのはパラダイスロストの教訓を生かすことなく同じことを繰り返す、非常に愚かなことである

 

 ほぼ完結

 

 引用参考文献はシリーズ全体で前回のその2の末尾にあります。

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