カテゴリー「反フェミニズム」の16件の記事

2008/05/20

子育て支援政策は直ちに中止すべき

 時短・残業免除を義務化へ子育て支援で厚労省という記事がありますが。http://sitesearch.asahi.com/.cgi/sitesearch/sitesearch.plばっかじゃないの。時代錯誤ですよ。ドイツやフランスでも時短の行きすぎが見直されてるのに。民間企業も公務員みたいなとろい働き方にしようなんて。
だいたい次世代育成支援とか少子化対策とか、出産とか子育てといったドメスティックな領域に政府が干渉することが不愉快です。産みの苦しみは神が女に与えた罰なんだから、支援する必要なんてない。出産費用がかさんで、救貧民に転落しようが、昔はかまっていなかったわけですよ。何もかまう必要はないです。
キャリアウーマンって、男と同じ土俵で働かないといけないんですよ。仕事か子どもか選択の自由があるんだから其れで機会均等で十分だ。
だいたい子どもなんてコスト以外の何物でもないんですよ。自分より出来の良い子どもが生まれるとは限らない。むしろ親に反抗したり非行に走ったりするわけです。子どもに継承させる家業も財産もないわけだから、子どもなんて必要ない。最近の女どもは、男も育児に参加しろとか厚かましいこと言うから、余計子どもが嫌いになるわけ。
  しかも少子化対策の実質的効果もが疑問なわけで、効果がある政策の一つは、大卒女子の賃下げでしょう。私はアドキンス判決支持と言っておりますから政府の賃金統制には反対ですが、何が何でも少子化対策と言うなら。
つまり女子は高卒と大卒の賃金格差が男子より大きく、進学による経済的効果が大きいと認識されていることが、女子の高学歴化を促すと同時に教育投資効果を回収するため、結婚を遅らせますから。
第二に男女雇用機会均等法その他の、女性の社会進出を促し、継続雇用を保障するような政策を全廃することです。
シカゴ大学のエプステイン教授は、公民権法タイトル7のような雇用差別禁法はいらないと言ってますが、共鳴できる見解です。 
 合衆国のタイトル7より、我が国の女性労働政策は悪性だからなおさら。
 つまり女性の社会進出を歓迎し、継続雇用保障と女性特別待遇を後押しする政策が、男に頼らなくてもやっていけるとの期待を持たせ、結婚して苦労を分かち合う生活より、独身の方が収入を独占できるので、晩婚化と未婚化を促していると考えられるからだ。
 70年代までは、大抵の女子は高卒で就職して適齢期の結婚で退社してたわけでしょ。だから私は80年代に大手都市銀行が高卒女子採用を短大卒に切り替えたのが、少子化問題の発端だったと考えております。

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2008/05/13

新聞記事の感想

  本日の読売夕刊11面に日テレ文化部記者の鈴木美潮のコラムがあって、山田昌弘・白川桃子共著「『婚活』時代」という本を紹介してます。少子化の直接の原因が未婚化であるのに、保育所整備や育児休業導入などの子育て支援政策に疑問を呈していることを紹介している。この本は読んでませんが、要するに少子化対策は完全に間違っており、フェミニストが喜ぶ政策にすりかえられているということです。それはそのとおりでしょう。

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2008/03/06

福田は割り当て制をやりかねない危険な首相だと思う

 <女性管理職>公務員わずか1~5%台 民間も10%という報告に対して福田は女性の進出が遅れている分野に特化した具体策を4月上旬までにまとめるよう指示したというニュースがあります。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080304-00000138-mai-soci
 女性の優先処遇、アファーマティブアクション、ポジティブアクション大反対です。最悪なのは割り当て制や女性にゲタを履かせるような優先処遇ですが、女に甘い福田ならやりかねない。危険な首相と言うほかない。単に女という理由で昇進に有利な制度は男性差別だ。

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2008/02/24

児童ポルノ単純所持処罰絶対反対

 インターネットによる児童ポルノ画像などの拡散に歯止めをかけるため、自民党は23日、児童買春・児童ポルノ禁止法を改正する方針を固めたhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080224-00000007-mai-sociとの記事がありますが絶対反対。
 ポルノは精神医学でいう代償充足により性犯罪抑止効果があり、むしろ犯罪抑止のために必要。警察が私生活やプライバシーに干渉しやすくなるのは大反対。そのような趣旨を自民党のご意見募集にもみ書きました。

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2008/02/09

週刊現代 坂東眞理子記事等の感想

 『女性の品格』なんてなぜ280万部も売れるのか不思議に思ってます。アサヒビールの社外取締役になるとかhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080205-00000205-jij-biz、4日発売の週刊現代2月16日号で、-坂東眞理子「品格なき礼状」事件を直撃-は些末な事柄にも思えるが好感のもてる記事です。
 ある建築家が坂東の2000年8月11日付日本経済新聞の「ポスト核家族、「個」が選択」という論説記事が自著の盗用ではないかとの疑念を懐いていることについて直撃したところ、坂東は自分が書いた記事ですら知らない、その建築家の著書も知らないと答えたという。週刊誌の直撃にうろたえる坂東眞理子の写真が面白いです。
 役人上がりなのに坂東眞理子は紅白の審査員に登場して顔も知られ、有名人であります。さきほどの2000年の日経記事の一部を読みましたが、男性に家庭責任はないという役割分担を前提とした男性の長時間労働を攻撃してます。この考え方は仕事に対するコミットメント、粉骨砕身、仕事に励む勤労倫理、労働の自由、経済活動の自由を否定するもので、日本をダメな国にします。ワークライフバランスをフェミニズム的に潤色した元兇はこいつですね。こいつの家族論が公定イデオロギー化されつつあり、夫婦倫理や家族倫理は否定され、結婚と家族の価値を否定していくことになります。
 こちらこそ巨悪です。人気歌手を苛めるのはやめましょう。

 スーパーチューズデ-は思ったより重要州を制したヒラリーが強かった。
 週刊現代2月16日号59頁堀田佳男「アメリカ火曜決戦はヒラリーKO勝ちする」という記事も読みました。5日はKO勝ちまでいきませんでしたが、ヒスパニック系の票を掘り起こしているヒラリーが主戦場であるカリフォルニアで勝つというのは当たりですね。3月4日のテキサスはどうでしょうか。
 ニュージャージーやアリゾナもヒラリーが勝ち、世論調査報道はオバマ寄りだったのではとの心証。というのは、直前の世論調査でオバマはカリフォルニアでもいけるとの報道があったからです。http://www.camajorityreport.com/index.php?module=articles&func=display&aid=2719&ptid=9
 今回久しぶりにカリフォルニアが予備選で影響力を行使しましたが、ロサンゼルスタイムズはReuters/CSPAN/Zogby pollが敗者と云う記事を書いてます。http://www.latimes.com/news/politics/la-na-trailzogby8feb08,1,3386327.story
 率直に云うと私は女嫌いだしヒラリーも嫌いですが、さりとてオバマを応援する気にもなれないので複雑な心境です。

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2008/02/04

児童ポルノ単純所持罰則規定反対!

鳩山と福田が乗り気らしいがhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080204-00000048-yom-pol、外圧に屈する必要はない。我が国には我が国の事情がある。性的表現物はむしろ代償的性的充足になり、性犯罪の抑制効果があると云うのが精神医学的な常識論だ。
結婚できないもてない男の楽しみを奪うな。

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2008/02/03

コメントに対してその1

 >高齢出産を批判する理由がわかりません

 私は都の公務員ですが、東京の平均初婚年齢は高く、出産休暇、育児休暇をとって他人にしわ寄せコストをかけている女どもは大抵30代以上、場合によっては40代です。そういう女どもと子育て支援、ワークライフバランスが事実上、高齢出産支援になっていることからこの政策に対する敵意の表明である。
 男も女並みに育児休暇をとれとか、男性の長時間労働はけしからんとか、男も女に合わせろとか厚かましいことをいうフェミニストに反対なんです。
 我が国ではワークライフバラスがフェミニズム的に潤色され理解されている例えばこれhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/s1013-3.html、ノーー残業とかさかんにやってますよ。育児休暇のつけを回された挙げ句、実績主義の趨勢なのに献身的に仕事に励むことは悪とされていることに対する不満です。
 少子化対策は平均初婚年齢を下げる政策を考えればよいのであって、晩婚化を女性の高学歴化・社会進出に伴う自明のものとしてとらえ、ひたすら働く女性の厚遇を少子化対策のは誤りだというのが私の意見です。

 >35才以上の女性が出産をするのはアホとおっしゃっている

 リスクを承知で出産するのは自由ですよ。朱雀天皇御誕生は、生母醍醐后藤原穏子が39歳であった。村上天皇御誕生時は42歳である。高齢出産は否定しませんよ。女性厚遇政策他人のコストになっている高齢出産が不愉快だということですよ。

 >紀子さまが男児をお産みになったのも35歳を超えた高齢出産でしたね

 紀子様は出産・育児休暇で会社のコストになってませんから、問題ないです。

 >女性厚遇政策に断乎反対って、……反対するのは勝手ですがそんな事をしたら少子化が進むだけでしょうね。
 
 女性厚遇政策と合計特殊出生率との実質的関連はありません。むしろなくしたほうが、少子化対策になるかもしれない。例えばアメリカでは、1990年以降は合計特殊出生率が2.00を若干上回る傾向にあり、人口置き換え水準に最も近いところで安定的に推移している。アメリカ合衆国は少子化問題なんてありませんし、日本ほど手厚い女性厚遇政策はやってません。
 そもそも、最大の女性団体である全米女性機構が男性と同じ土俵で働きたいと言っているわげて、女性を厚遇する妊娠・出産休暇にも反対してますから。以前のブログでこう書きました。
 出産休暇だ育児休業だと働く女性の厚遇政策を疑問に思う。国立社会保障・人口問題研究所の第12回出生動向基本調査http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou12/chapter5.html#51aによると結婚5年未満では就業している妻が45 %、専業主婦が54 %いるが、子を持ちながら就業するケースは全体の中で2割弱(18.1 %)、正規雇用に限ると約1 割(10.7 %)である。女性雇用のコストを増大させるばかばかしい政策によって、その分コンティンジェントワーカーへの置き換えが進み、高卒女子の採用を見送ることになってはいないか。…20代前半の若い層で出産ペースが上がっているが、働く女性の厚遇とさほど関係がないのではないか。むしろ一部の女性を厚遇するために、他の女性にしわよせがかかっている方が問題だ。
 
>民主党っていつかの選挙以降調子に乗り過ぎだと思いますよ 

 勘違いされているのでは私は18歳成人年齢とか民主党の政策に反対してますよ。国会でピケを張るのも反対だ。民主党の支持団体である労働組合と立場が逆ですから、子育て支援とか、ワークライフバランスといった悪い政策は、別に政府だけでなく連合とか民主党もみんな言ってるでしょ。
 

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オメガ氏のコメントに対して

私は労働基準法の母性保護反対、妊娠出産休暇、育児休暇反対です。
合衆国の1978年妊娠差別禁止法は、妊娠出産を一時的労働不能状態とみなし、傷病で労働不能になったケースと同等に処遇することとしただけで、女性を厚遇する趣旨ではありません。つまり傷病で長期休暇をとった社員の原職復帰を認めていなければ、同等に原職復帰させなくても良いということだと思います。が、これでも女性厚遇だと思ってます。
合衆国の1993年家族医療休暇法は50人以上雇用する使用者は出産、養子の受け入れ、子・配偶者・親の重大な疾病、本人の重大な疾病のために1年間に12週の無給休暇を被用者が取得することを認めなければならないとするもので、ブッシュ大統領(父)は2度にわたって拒否権を発動したように、共和党支持団体の多くが反対だったんですよ。私はこれすら反対です。
よって、仮に私が結婚するとしても妻に出産育児休暇はとらせません。会社や他人に迷惑をかけたくないから会社をやめるようにいいます。
私は2回お見合いをしたことがありますが、結局断れましたが中小企業に勤めていて、結婚を期に会社をやめる家庭的なタイプのお嬢さんでした。あと、歌舞伎町のアメリカンクリスタルに気に入った娘がいて口説こうと考えたことがありますが、失敗しました。いずれにせよ、公務員や大企業勤めの女性は結婚相手には想定しませんから、出産休暇はあり得ません。というかもう糖尿病なりかけで使い物になりませんから、生涯未婚はすでに確定しております。
独身童貞だなんて良く知ってますね。正確には素人童貞です。別にピューリタンじゃありませんから、新大久保のホテトル嬢と遊んだことはありますよ。

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倖田來未発言は素晴らしい!

 無署名のコメント読みましたが、子どもが欲しい女性に同情なんか全然しません。倖田來未発言は特定個人や特定の境遇にある人を攻撃しているわけでは全然ないです。ラジオの発言の脈絡は報道によると
発言は番組の冒頭でのこと。倖田は、担当マネジャーが最近結婚したことを話題にし、その際「35(歳)ぐらいをまわると、お母さんの羊水が腐ってくる。だからできれば35歳ぐらいまでに子供をつくってほしいなって話をしたのです」といった発言をしたという。関係者によると、倖田の真意は、マネジャーに「早く、赤ちゃんが誕生してほしい」という激励の思いを込めたものだったというhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080202-00000007-dal-ent
 要するに、マネージャーに対して結婚を祝福し、子作りを激励しただけ。気に障るといってもそれはあなたの勝手な解釈というか主観にすぎませんし、それが平均人の考え方とは思えません。
 むしろセクハラとか女性に対して心理的な側面まで過度に保護する風潮が間違いですよ。倖田來未があなたに面と向かって言ったわけではないですよ。こんなことでバッシングされる社会は善くないです。
 別にこの発言によって、あなたの権利が侵害されたとか、精神疾患に陥ったとかそういう実害などありうるはずがなく、倖田來未を悪者にするのは間違いです。
 私自身は別の脈絡でこの発言を支持したわけです。高齢出産批判-女性の社会進出、男女共同参画批判-女性厚遇子育て支援政策(事実上の高齢出産支援)批判-反フェミニズムという脈絡です。もっとも倖田來未さん本人はそのようなイデオロギー意図はなかったが、高齢出産は女性の社会進出がすすんだ以上当然だというフェミニズム思想に迎合しなかった歌手に拍手を送るという意味です。
 出産・育児休暇の負担とかろくなもんじゃないですよ。他人の子どもなんて憎たらしいだけです。私は他人の子どもをみて可愛いなんて全然思いません。妊娠出産は本来私事なのに私事のために他者に負担をかけても当然だみたいな風潮に怒っているわけですよ。1970年代みたいに高卒で安定的に就職して、婚姻適齢期に退社するパターンのほうがよかったです。今は女が厚遇されすぎ。昔は、女子で大学出ても、教職ぐらいしかなかった、そのような時代のほうがよかったです。東京都の公務員はろくなもんじゃないですが、ダブルインカムで育児休暇で給与の8割保障されて、左団扇、何も働いてない人が威張っちゃって、管理職や監督職員は女性に気に障ることをおそれてなんでも女のいいなりですから。そういう風潮に頭来ているわけですよ。育児休暇とかとる連中というのが本当に我が儘で、母性保護で人に仕事をおしつけるのは当然、おまえは残業するから不愉快だとか、しわよせをかけてるみたいで部分休業がとりにくくなるとかいって、他人仕事の制限まで管理職と共謀してやるわけですよ。労働組合のジョブコントロールより悪質です。人の仕事のやり方まで指図してくる。負担は増えているのに残業はさせないというから、手抜きしろっていうことですよ。最近ではワークライフバランスといって仕事よりも男は育児にかかわるべきだとか、くだらないフェミニズム思想が蔓延して、仕事をさせない主義で仕切っちゃうんでえらい迷惑を被っている。
 公務員でも目標管理制度というのがあって、ある程度権限委譲で裁量的な仕事ができて、成果を出したら実績として認められるようになっているけど、負担は増えているのに時間は制限される。協力的でない人ばかりで、育児休暇で休んでいる人の負担もこなさなきゃいかんから、進んだ仕事をやっている余裕がないですよ。結局、尻ぬぐい的な仕事をこなすだけで、実績が上げられないから頭に来ているわけですよ。
 
 倖田來未発言は大筋で正しいと思う。仮に「羊水が腐る」が医学的に正確でない見解であるとしても、「羊水検査」というのがあるんでしょう。ちょっと言葉を勘違いしただけですよ。発言の趣旨、脈絡としては高齢出産にはリスクがあり、早期出産が望ましいと云うものでそれ自体は医学的にもまっとうな見解である。タバコは健康を害するから良くないというのと大差ない発言であり、むしろよくぞ言ってくれたものだ。
 

 私も高齢出産は染色体異常児や流産の確率は高くなる程度の医学的知識しかなかったわけですが、グーグルで「高齢出産・羊水」で検索したら、次のようなサイトで高齢出産のリスクを述べています。
  女性 高齢出産 リスク ~卵子の老化~
http://www.koureishussan.net/jyosei-koureishussan-risk(ranshinorouka).html
「卵子というのは、その都度新たに作り出される性質のものではなく、常に女性の体のなかにあるのであり、年月が経つにしたがって、老化していくのです。老化した卵子では、受精しても、細胞分裂がうまくいかなくなったり、染色体の数に異常が出たりして、その結果、流産になったりします。」
 高齢出産 リスク ダウン症
http://www.koureishussan.net/koureishussan-risk-daunshou.html
 「ダウン症の子供は、新生児のおよそ1000人に1人の割合で生まれています。これを母親の年代別に見ると、25歳の妊婦の場合、1200人に1人ほどの割合ですが、35歳だと、300人に1人ほどの割合になり、40歳以上になると、100人に1人の割合になっていきます。」
 今日、医学の進歩で高齢出産で流産などリスクは低減されているかもしれません。しかし、高齢出産が回避できればそれにこしたことはないといえます。出産力の高い20代前半の出産を推奨していいんですよ。 それは男女共同参画に反するからけしからんとかもしれないが、やっぱり、婚姻適齢期、出産適齢期というのはあるということでいいんじゃないですか。
 フェミニストは男女共同参画・女性優遇子育て支援いう公定政策に反する婚姻適齢期とか、出産適齢期みたいな考え方を発言する者を罰したいのかもしれませんが、倖田來未叩きにソフトファシズム、全体主義との臭いがして不愉快です。
 

私も当ブログで少子化問題を取り上げたことがありますがhttp://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_bd36.html。このさい再度掲載します。
 我が国の歴史人口学の代表的な業績である速水融の徳川時代西濃地方(現岐阜県輪之内町)の家族復元分析を引用して、ある伝統的農村の例では、女子平均初婚年齢が25歳以上だと人口が減るということを述べました。今日では置き換え水準が低くなっており、初婚年齢は高くなっても人口は減りませんが、伝統的農村を基準にすると25歳を曲がり角にして結婚するという婚姻適齢期信仰、出産適齢期という発想自体間違いではないです。
 平均初婚年齢は地域差があり傾向について過当な一般化を避けるべきですが、西濃地方の農村の例でいうと上層農民は下層の農民よりも初婚年齢が低かった。下層の農民は出稼ぎや奉公で婚期が遅れるためです。家系を維持するためにも、婚期が遅れるのは望ましくなかった。

階層別の分家率と絶家率
(速水融『歴史人口学からみた日本』文春新書2001 125頁)

               分家率%   絶家率%
地主(持高10石以上) 29.4         0
自作(持高5~10石)  16.1      6.5
自小作(持高2~5石) 12.9      12.9
小作(持高2石以下)  15.8       35.0

女子の階層別平均結婚年齢( )人数
(速水融『近世濃尾地方の人口・経済・社会』創文社1992 230頁)
        奉公経験あり 奉公経験なし
地主     24.3歳(4)   21.2歳(26)
自作・自小作 27.1歳(24)   21.0歳(20)
小作      25.6歳(62)      22.3歳(22)
計        25.9歳(90)      21.5歳(68)
 
 地主層の絶家率ゼロに着目したい。小作層で戸主がいなくなった場合三回に一回は跡継ぎがいなかった。正確には跡継ぎを設けようとしなかった。これに対して地主は必ず跡継ぎがいて家の継承が行われた(註1)。なぜそうなるのか。地主の平均初婚年齢は21.6歳、小作層は24.7歳である。農民の上層と下層ではかなりの差があった。江戸時代においては4歳の年齢差は出生数に大きな影響を与えた。速水によると出産力が最も高いのが21~25歳層で婚姻内出生率0.319である。つまり3年結婚年齢が上昇すると出生数が1人減るという計算である。なおこのデータには史料に現れない乳児の死亡を含んでいないので、死亡率は25%として2.4年に1人の出産である。
 小作層の初婚年齢が高いのは出稼奉公による遅延により婚期が遅れるのである。これが決定的だった。出稼から帰った小作層の平均初婚年齢は25.6歳で、計算上求められる生涯出生数は4.2である(註2)。一方地主の平均初婚年齢だと5.3~5.4ぐらい(註3)。西条村の人口の置き換え水準4人の出生ということだが実際には夫婦のいずれかが死亡してしまうことがあり、初婚年齢25.6歳では人口を維持できない。速水によると西条村の場合24歳が再生産率をポジティブにする最も遅い年齢であるという(註4)。そのため小作層は絶家が多いのである。一方、上層農民は家系維持の戦略のためか比較的若い年齢で結婚して出生数も多い、その結果、絶家がないのである。貧乏人の子だくさんという俗諺は誤り(註5)だと速水融は言っています。
 京都所司代の板倉重宗だったか、女子奉公人は24歳になったら里へ帰したともいわれるが、適齢期信仰のクリスマスケーキ症候群というのは伝統的な感覚としてはそれなりに正しかったのである。これはあくまで西濃の一農村の事例であるが、江戸時代では家系維持のためには25歳以上の結婚はよくない。現代では置き換え水準が低くなっており20歳前半にこだわることもないのだが、私は人口問題という観点では、適齢期信仰を崩壊させたのは誤りだったし、高卒女子の安定的な就職により、適齢期までに退社するというパターンを崩さないほうがよかったと考える。 

(註1)速水融「序章 歴史人口学と家族史」速水融編著『近代移行期の家族と歴史』ミネルヴァ書房2002 10~11頁
(註2)速水融『近世濃尾地方の人口・経済・社会』創文社1992 279~280頁
(註3)同上 217頁表9-4を参照した。
(註4)同上 280頁
(註5)同上 217頁

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倖田來未を支持するぞ!レコ大歌手をを苛めるな!

  「暴言余波…倖田來未2月スケジュール白紙」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080203-00000005-dal-entという記事を読んで驚いたんだけど、こんなの暴言でも何でもないよ。多分医学的には正しくないことなのかもしれないが、高齢出産を批判するニュアンスと感性は正しい。それは自然に反しているからだ。こんな些末な事でバッシングされるのはとても気の毒だ。
  倖田來未ってレコード大賞歌手でしょ。一度きいたことあるけど歌は上手いと思ったよ。なんでこんなことで1ヶ月もPR活動などの営業を自粛しなきゃいかんの。30日にアルバムを出したばかりなのに。ホームページから写真が削除されるなんてあほな。四人組の江青じゃあるまいし。
  フェミニストはそんなに権力を握っているのか。
一般論として高齢出産(35歳以上)はリスクがあるっていうのは間違いじゃないでしょ。一昔前まではそういうことは普通にいわれていたんじゃないの。昔は大名の正妻はおしとねさがりとかいって、30歳になると侍女の中から器量の良い娘を側妾として差し出すのが習わしだった。
女性が出産力の高いのはたぶん21~24歳でしょ。平均初婚年齢を20代前半に下げないと少子化問題は解決しませんよ。少子化対策というなら、出産力の高い20代前半に出産するよう奨励すべきですよ。
俺なんか、子育て支援、ワークライフバランスといった女性厚遇政策に断乎反対ですよ。妊娠・出産、育児休暇とかで休んでいる女子職員の穴を埋めて、しわよせがかかっても文句ひとついわずこなしてきたのに、ご苦労の一言もなくて怒っているんですよ。女の我が儘、出産にコストとしわよせがかかる社会になってますから、迷惑かかっている人もたくさんいるんだ。むしろ当てつけ的発言として倖田來未を支持しますよ。

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2007/12/31

NHK紅白歌合戦の男女混合演出非常に不愉快だ

 モーニング娘から北山たけしまで、実家で見て、移動、自宅に戻って徳永英明から見てるが、男女混じって応援している演出がやたらに多く、フェミニズム、男女共同参画を意識しすぎ、非常に不愉快だ。審査員の坂東真理子なんて顔も見たくねぇ-。うせろ。
 これでは女性歌手対男性歌手の対抗戦の意味が薄れてしまう。
 男性と女性が唯一対抗できる職域、それが歌手なんだと思う。そもそも男性の声質と女性の声質が異質だから、どっちが勝とうとイデオロギーとは無関係。私は徹底的に女性蔑視主義だけど常に紅組応援してますよ。歌手ぐらいは男性と張りあえる職域と認めてやるという思想だから。
 いずれにせよ、どっちが勝とうと性の優劣の問題にならないから娯楽番組として成立しているのにくだらないイデオロギーを持ち込むな。
 中村中の性同一障害の注釈必要ねぇー。紅組から出してやるのが思いやりとでも言いたいだろうが、娯楽として見てるのに厚かましい人権教育みたいなばかなことやるな。その前の徳永英明と比較すると歌が上手いと思えなかった。ミニスカートはキモかった。中村中は人権枠で出てるのかよ。オマケにイッコーが出てきて「桃組」とかくだらないギャグを見せられて不愉快だ。

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2006/11/14

反女性・女性敵視主義宣言(2)

性差別禁止というなら母性保護はやめろ

 そこで、女性尊重フェミニズムに対する反撃として、まずはアンチテーゼとなる法理論をみておきたい。
 合衆国公民権法タイトル7の性差別禁止規定の判例理論ですが、鉛の被曝を避けるための胎児保護ポリシー(間接的母性保護)を性差別と断定し違法とした全米自動車労組対ジョンソンコントロールズ事件判決 AUTOMOBILE WORKERS v. JOHNSON CONTROLS, INC., 499 U.S. 187 (1991) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=US&vol=499&invol=187は、を取り上げたいと思います。この判例は我が国ではあまり紹介されていないが、根本猛(註1)によると公民権法が制定された「1964年以来、最も重要な性差別事件」判決と評されているとのことです。これほどの重要判決が我が国で無視されてしまっているのはいかがなものだろうか。
 事案は大略次のとおりである。ジョンソンコントロールズ社はバッテリーの製造工程における鉛の被曝が胎児に有害なことを認識しつつも女性労働者を排除していなかったが、1979~83年までに妊娠した女性労働者のうち8人の血中の鉛が職業安全衛生局の基準を超えていたため、鉛を被曝する職種から女性を排除するに至ったところ、女性労働者より公民権タイトル7に違反する性差別であるという訴訟が提起され、ウィスコンシン東部地区の連邦地裁、第七巡回区連邦控訴裁判所は合法判決を下したが、連邦最高裁は結論については全員一致で、原判決を破棄した。ブラックマン判事が法廷意見を記しマーシャル、スティーブンス、オコーナー、スーター各判事が賛同した。ホワイト判事が結果的同意意見を記し、レーンキスト主席判事、ケネディ判事がその一部に賛同した。スカリア判事は単独で結果的同意意見を記している。
 ブラックマン判事による法廷意見は、「ジョンソンコントロールズのポリシーに偏見があることをは明らかである。生殖能力のある男性は、特定の職種に就いて、その生殖能力を危険にさらすかどうかの選択の機会が与えられているのに、生殖能力のある女性にはない。‥‥被上訴人の胎児保護ポリシーは、女性に対する明示的な性差別にあたる。‥‥第一に、ジョンソンコントロールズのポリシーは、生殖能力の有無だけではなく、性と出産能力に基づいて、労働者を分類している。被上訴人は、その労働者のすべてのまだ妊娠していない子供を保護しようとしているわけではない。鉛の被曝には男性の生殖システムも衰弱させる効果があるという証拠が記録上あるにもかかわらずジョンソンコントロールズは、その女性労働者のこれから生まれてくる子孫にふりかかる危険のみに関心を示した。‥‥‥‥女性労働者にのみ生殖能力がないことの証明を要求しているのであるから、ジョンソンコントロールズのポリシーは文面上違法である。」そして最後に次のようにいう「女性の子孫を残す役割が彼女と家族にとって彼女の経済的役割よりも重要かどうかを決定するのは、個々の使用者にとって適切ではないのと同様、裁判所にとっても適切ではない。連邦議会はこの選択を彼女が決定すべきものとして女性に委ねたのである。」(翻訳前掲根本論文より)子どもをとるか仕事をとるかリスクを承知のうえで労働するか否かは個人の自己決定の領域との見解である。
 なお、スカリア判事の結果的同意意見は、法廷意見の「鉛の被曝には男性の生殖システムも衰弱させる効果があるという証拠」は本件と無関係で、端的に妊娠能力に基づいて女性を別扱いにすることが性差別だと言っている。
 ここで「真性職業資格」という例外規定の問題に立ち入る余裕がないが、1点だけ言及しておきたい。下級審判例で妊娠したフライト・アテンダント(スチュワーデス)のレイオフの合法性を支持した判例があるが、それは乗客の安全確保という業務遂行上に支障があったから、レイオフを支持したのであって、胎児を保護するためではなかったのである。本件は生殖能力のない人(閉経後の女性ないしインポテンツの男性)でなければ、バッテリーは製造できないという性質のものではないから、生殖能力の有無と業務遂行能力は本質的に無関係であった。
 本判決の意義について私は次のように思う。第一に合衆国最高裁が間接的母性保護を性差別と断定し違法としたことは、女子差別撤廃条約第4条2が母性保護政策を差別とみなさないとしている見解と一線を画す性格のものとみてよい。米国は女子差別撤廃条約を批准していないのであって、それを国際的標準とみなすのは大きな誤りである。母性保護とは女性を厚遇もしくは排除する口実となるひとつの性差別思想であって普遍的価値でもなんでもない。最高裁判事にそのような思想的偏向がなかったことを評価してよいと思う。
 1964年公民権法タイトル7は「報酬、労働条件、または雇用上の特典に関して人種、肌の色、宗教、性別、または出身国を理由に、どんな個人についても雇用を拒否したり、解雇したり、もしくは差別したりすることが、使用者による違法な雇用慣行になる」と規定する。要するに労働者を性別という集団概念で分類すること。雇用判断基準に集団概念を排除し、個人の能力で判断するものとしたのである。露骨にいえばその人の持ち物がペニスかヴァギナかによって労働者を分類し、雇用条件を設定することが性差別である。例えば女性のみの労働時間の制限、女性のみの重量物取扱規制、作業現場において女性のみ椅子が与えられる規則などである。従って同法により女性保護立法・規則やロマンチックパターナリズム(女性を庇護されるべき弱い性とみなし処遇しようとする)は排撃されたのである。
 この法の理念について憲法学者の釜田泰介(註2)は次のように解説する「この法律は、アメリカ国民が憲法上いまだ達成することのできないことを実現したのである。それは性別判断の恣意性のゆえに、雇用判断は個人に基づいて行わなければならないというルールの宣言だった。企業は募集、採用、配置、昇進、賃金、解雇、労働条件の設定等、あらゆる問題領域で幅広い裁量権を持っている。その裁量権に対し第七編は制限を加えたのである。しかしそれは裁量権全体を否定するものではなく、唯ひとつのことについてのみ裁量事項から取り去るということだった。それは、使用者は雇用領域で諸々の事項との関係で個人に関する判断を形成するのであるが、その判断基準として性を使用してはならないということであった。幅広い裁量権の中で制約を受けるのはこの1点だけであって‥‥法文はこの立法趣旨を、個人に対する性別を理由とする採用拒絶、解雇等の禁止と、個人に対する性を理由とする雇用機会剥奪の禁止という形で表明しているのである。この法律によって、雇用に関する決定は、個人の持つ当該業務遂行能力の判定に基づいて行わなければならないということが使用者に課された唯一の法的義務となった。これ以外のことは使用者の自由判断で行いうるのである。使用者は男性、女性というグループ概念に基づいて具体的個人にかかわる雇用関係の判断を形成してはならないということである。従って使用者は常に自己の雇用判断については、グループ概念を使用したものではなく当該個人の業務遂行能力を判定したものであることを説明する義務を負わされている。しかしこの立証責任も雇用権利を大幅に制限するような性格ではなく、個人の業務遂行能力を確かに判定したことを証明すれば事足りるのである」
 要するにグループ概念ではなく個人は個人として判断せよというのであるが、我が国の雇用機会均等法のようなフェミニズム的なイデオロギー的潤色はないので比較的良性なのである。
、日本の男女雇用機会均等法は、今年の改正で性差別禁止にしたとか言ってますが、合衆国の公民権法タイトル7とは理念的にはかなり隔たりがあると思います。第一条で「女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る」第二条で「女性労働者に母性を尊重されつつ充実した職業生活を」云々とあり、やはり女性という特定の集団の利益のための立法という性格が残されてます。性差別禁止とかいってますが、依然として性差別立法のように思う。
 ジョンソンコントロールズ判決は、胎児保護ポリシーという間接的母性保護が、性差別だという判決ですが、男女雇用機会均等法はいまだに母性を尊重といってますから、公民権法との隔たりがあることは明白なのである。

川西正彦

(註1)根本猛「アメリカ法にみる母性保護と男女平等」『法経論集』静岡大学法経短期大学部67・68号1992年

(註2)釜田泰介「雇用機会均等法案の比較的評価-アメリカの経験が示すもの」『日本労働協会雑誌』26巻11号 [1984.11]

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2006/11/12

反女性・女性敵視主義宣言(1)

大変間延びしましたが、以下のコメントについて簡潔に答えます。

「人間として女性が男性より価値が無いって言う意味ですか?」

全くそのとおりです。

「極端なジェンダーフリーには自分も反対ですが、差別ではなく区別だと思ってます
 
 私が敵視しているのは女性尊重フェミニズムであって、ジェンダーフリーではありません。ジェンダーフリー反対論は結局変な方向で性差を強調し、ロマンチックパターナリズム(女性はか弱い存在で庇護され保護されるべきという19世紀的な空想的でばかげた考え方)に接近する危険性もあり疑問です。例えば女性専用車両とか不愉快です。それなら合衆国の公民権法タイトル7のようなセックスブラインドアプローチによる徹底した性差別禁止のほうがよりまし。そもそも私は母性保護、間接的母性保護、妊娠出産休暇、育児休暇の全てに反対だ。女性の厚遇には敵意と憎しみがあります。その理由は後日述べますが、女性の特別待遇、原職復帰を叩き潰したい。
 だからコメント記者の「差別せず区別する」という考え方は、一方で平等を主張しながら、一方で女性の地位向上、職業生活の利益のため、優先処遇や女性に特別な配慮を求めるフェミニストに利用されやすく反対です。

川西正彦

 男女の区別というならば、例えば次の見解なら好意的に支持することもできます。

ミルトンの『失楽園』(4・297-301)
男は思索と勇気のために造られていた、
女は柔和さと美しく優雅な魅力のために。
男はただ神のために、女は男の内なる神のために。
男の美しく広い額と清らかな目は、絶対的支配を語っていた。(註1)

 
 近代個人主義的友愛結婚の提唱者とされるミルトンですが、これは基本的に、西洋文明、ユダヤ・キリスト教の伝統に沿った性差別思想であり、男性の優越性の含意が看取できますから大筋で支持できます。ミルトンの性差別意識については批評者によって議論のあるところだが、フェミニストは上記の文脈をファロセントリスムの表明とみなしてますが、上記の見解は17世紀ならたぶん常識的なものでしょ。
 しかし、自分は古典カノン法の理念を尊重するし、ミルトンが離婚論で批判する教皇アレクサンドル三世は法律と行政の天才、規範提示者と思ってますからミルトンとは思想的立場が違うので、次のような独身の中世の神学者の見解のほうを好む。

 全科博士・熟練博士と尊称され、ギリシャ・イスラムの学問を同化吸収し、同時代人から「あらゆる学問の道に神的な人であるので、現代の驚異と呼ぶにふさわしい」「非常に明るくて普遍的な全キリスト教世界のあらゆる哲学者の太陽」と称賛され、その知識の広さと活動の多様性において、世界史のなかでも最も偉大な人物の一人であるアルベルトゥス・マグヌス(1206-80、列聖1931)は『動物論』で次のように主張する。
「女性は男性よりも道徳には向いていない‥‥女性は気まぐれで好奇心が強い。女が一人の男と交わっているとき、彼女はできれば別の男と寝たいと思っている。女というのは誠を知らない。私の言うことを信じなさい。もしあなたが彼女を信用すると、あなたは失望するだろう。経験豊かな師の言葉を信じなさい。賢明な男ならば自分の計画や行動を妻にはわずかにさえ知らせないものだ。女性とは出来損ないの男性であり、男性に比べると欠点だらけの性質を持っている。だから内面は信用できない。自分で手の届かないものは、ごまかしや悪魔のような嘘で手に入れようとする。つまり短く言えば、毒蛇か角の生えた悪魔に用心するように、あなたはあらゆる女性に気をつけなければならない。もし私が女性について知っていることを言ってもよければ、世界中が驚くだろう‥‥女性は男性よりも賢明なのではなくずるがしこい(抜け目がない)のだ‥‥だから、悪い、自然に反した行動においては女性は男性より賢い、つまりずるがしこいのだ。彼女らの感情はあらゆる悪へ駆り立てる。それは理性が男性をあらゆる善に促すのと同じである。」(註2)
 さすがに全科博士は女の本質を見抜いていた。女を見たら毒蛇か角の生えた悪魔と思え。女はあらゆる悪を指向する傾向性がある。だから信用してはいけない。私はこの教えに忠実でありたいと思います。

 というよりも明確な性差別意識が正しいんです。『創世記』ヤハウェ資料において、女は男の補助者として創られたが、彼の誘惑者となり彼を破滅に導いた。神は女に次のように宣告した。「私はあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなおあなたの欲望はあなたの夫に向かい、彼はあなたを支配するであろう」〔『創世記』3・16〕。神自らが、妻に対する夫の権威を高めた。男性支配による社会的、法的、経済機構は神の認可にもとづく決定的な秩序なのであります。
 それがこの世の秩序、この文明の秩序なのであります。従って男性が女性の支配を抛棄するとは、神を蔑ろにするものであるから、フェミニズムへの敵意は当然であり、有害思想、女性尊重フェミニズムを駆逐すべく行動しなければならないと考える。

 この観点から古代教父の教えも当然引用したいです。まずスコットランド宗教改革戦争の理論的指導者で、カルヴァン派のスコットランド長老教会を誕生させたジョン・ノックス(1505-72)がジュネーブで1558年に匿名で刊行した『女たちの奇怪な統治に反対するラッパの最初の高鳴り』という著作ですが(註3)、これはイングランド女王メアリー・チューダーと、スコットランド摂政ギーズのメアリの統治に反対し、転覆する反乱のアジテーションという政治目的の文書ですが、宗教倫理的な事柄は古代教父を多く引用し、反フェミという観点でも優れた著作と思うので一部を引用したい。

 ラテン教父テルトゥリアヌスは女の服装に関する著作で女に対し「あなたは、あなた自身がエバであることを知らないのか。神の宣告は生きており、この種属に対して効力を持つ。この世にあって、あの罰もまた生きているのはしごく当然である。あなたは悪魔の港であり門である。あなたは神の律法の最初の違反者である‥‥」と語っている。

 東方教会最大の説教師で、コンスタンティノープル司教でもあったヨアンネス・クリュソストモス(聖人)は女に優先権を与えた男を叱って「男に悪しき助言を与える女をはねつけるのが男の役割である。男に有害な助言を与えた女の耳には、四六時中、エバに与えられた罪を聞かせてやらなければならない」又、神の宣告を引き合いに出し「‥‥あなたは神の許を離れ、あの悪しき動物と喜んで親しみ、その助言を受け入れようとしたゆえに、わたしはあなたを男に服させるのであり、あなたが男の支配を認めるようにと、わたしは明確に男をあなたの主に任じる。あなたは支配することはできないから。支配されることを学べ」又「たとえ男は堕落しているにせよ、男の上に立つ権威を女が奪い取ることは許されない」さらに「女性というものは短気で無鉄砲で、その貪欲さは地獄の底なし沼のよう、つまり飽くことを知らない」と教えております。
 
 アウグスティヌスは、「女はキリストに服するように男に服さなければならない。というのは、女は服すべき権威を体と肉から引き出せないので、肉が霊に服すように女は男に服さなければならない。現世の弱さと滅びのうちにある肉は霊にさからって欲望を燃やし求めるからであり、従って聖霊は女に対し肉が権威となりうるようなものを与えようとしない」と述べている。

 四大教父の一人、聖アンブロシウスは『六日間天地創造説』で「アダムはエバにだまされたのであり、エバがアダムにだまされたのではない。従って女が女らしい手軽さのために再び足をすべらせて堕落しないように、女が罪に誘い込んだ男を支配者として受け入れ認めるのが正しいことである。」又、「エペソ人への手紙」に触れ「女は主に向かうように夫に服従せよ。なぜなら男は女のかしら、キリストは教会のかしらで体の救い主であるからである。ところで教会はキリストに服しているのであるから、そのように女はあらゆることで夫に服さなければならない」さらに続けて「女は自然法により、男に服するように命じられている。なぜならば、男は女の作成者で創始者であるから。すなわちキリストが教会のかしらであるように、男は女のかしらである。教会はキリストに始原を持つのだから、教会はキリストに服する。同じように女は男に始源を持つのだから女は服従すべきである」と教えている。
 私はこうした古代教父の教えに忠実でありたいと考えます。ゆえにフェミニズムへの敵意は当然のことです。
 
 なお「女は男に始源を持つ」というのは現代科学の成果と一見、矛盾するようだが結論は同じことである。私は発生生物学は全く素人だが、たぶんこうだろう。つまり胎児はテストステロンの分泌によってはじめて男性になる。原型が女で、その特殊型・進化型が男です。祖型類人猿が原型で、その特殊型・進化型がヒトである。生物学では後から出てきたものが高等なのです。時系列的問題は本質的なものではなく、後から出てきた男が原型の女より高等なのであって、後から出てきたヒトがサルを支配するべきなのであり、サルがヒトを支配したり平等を主張することは容認できないから、結局生物学の成果は、聖書や教父の見解を補強するものと理解できる。
 
 そんな私の解釈は全くくだらないものであるが、四世紀に教皇によって編まれたものとされる『使徒教憲』は決定的な意義を有するもので、これは12世紀にグラティアヌスの教令集の中に広く受け入れられ、現代に至るまで重要な意味を持つ。
 「われわれは、女性が教会で教えるという仕事をなすことを許さない。彼女らは祈り教師の教えを聞くのみでなければならない。なぜならわれわれの師である主イエスは、民衆と異教徒に教えるため、われわれに十二人の男性のみを遣わされたのであり、決して女性をお遣わしにならなかった。女性がいなかったというわけではないのに。というのも、主の母とその姉妹、マグダラのマリアやヤコブの母マリア、ラザロの姉のマルタとマリア、サロメ、その他がいたのだから、であるから、もし女性にふさわしい事がらであるなら、彼自身が女性をお呼びになったであろう。しかし男が女の頭であるなら、体の他の部分が頭を支配するのは適当ではない」第三巻、六(註4)
 これが正統的な教会の規範である。ところが1994年に英国国教会のジョージ・ケアリー・カンタベリー大主教は女性司祭の叙任を容認した。このため不満を持つ信徒がカトリックに改宗したということが報道されていましたが、非常に不愉快であるとともに女性司祭容認のリベラルな教派には幻滅しました。こうしたリベラルな教会はもはやグノーシス派やカタリ派のような異端に接近してしまったといわざるをえません。現代はフェミニストの攪乱によって混乱に陥っています。

(註1)滝沢正彦「『失楽園』の夫婦像-「人間」への成長としての原罪-」辻裕子,佐野弘子編 『神、男、そして女 : ミルトンの『失楽園』を読む 』 英宝社 1997 28頁
(註2)ウタ・ランケ-ハイネマン著 高木昌史他訳 『カトリック教会と性の歴史』三交社1996 238~239頁     
(註3)ジョン・ノックス著 飯島啓二訳「女たちの奇怪な統治に反対するラッパの最初の高鳴り」『宗教改革著作集第十巻カルヴァンとその周辺Ⅱ』教文館 1993
(註4)ウタ・ランケ-ハイネマン著 高木昌史他訳 『カトリック教会と性の歴史』三交社1996 178頁 

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2006/07/23

鈴香事件に思う

 事情があって暫く更新がとだえてしまい、このためにランキングが落下してしまいました。このままだとランク外になりかねないので書きました。ブログをつくった理由の一つは、たまっているものを吐き出す精神衛生的なものでした。そこで方針を少し変えたいと思います。タイトルを「公共政策研究」としたためにきばりすぎていた。これからは気楽にばかばかしい雑感的なものも書いて行きたいと思います。
 政治・社会的なテーマでは、公務員の労働基本権付与反対、ホワイトカラー裁量労働制(時間外手当除外)全面支持など労働契約関係立法問題(法改正の方向が労組や従業員代表制(必要ないと思う)の集団的労働関係によって個別労働者の適用の可否が決められてしまうことに強い不満があるだけでなく、そもそも労働基準法それ自体不合理であり、少なくともオーバータイム法制は低賃金低所得者に苛酷な長時間労働を強いることを防止する立法趣旨に限定することを徹底して、一定の収入たとえば600万以上は時間外手当適用除外にするようでなければだめ。生産性の低いホワイトカラーはもっと長時間労働すべきなのに、少子化対策とのからみで時間外手当を増やすなんてもってのほか)。ウォルマート絶対支持論、少子化政策批判、皇室典範問題をやっていきたいと思ってます。
 そこで本題ですが、秋田の能代のような地方の事件のわりには東京のキー局のリポーターが現場実況したり、専門家も現場検証して凄いなあと思ってるんですが、犯罪心理学者のコメントを拝聴しなくても、私の一目みた勘では鈴香被告は悪女じゃない。ワイドショーをみた感じでは娘より母が美人だなと思う程度のことで子供に同情しません。むしろ鈴香被告がマスメディアに「鬼母」よばわりされるのが気の毒だ。そういう人もいるでしょうよ、それがどうしたと思うくらいです。悪女というのは、上品ぶってて実はおそろしく下品な女とかですよ。むしろ生活保護世帯でガス契約もしていないという侘びしい生活で鈴香被告に同情します。大人のおもちゃを所持して何が悪いんだ。米国の保守的な州では大人のおもちゃを規制しているところもあるようだが、日本は自由でしょ。世の中にはもっと我が儘やりたい放題で悪い女はうようよいます。男性に女性の役割分担を押しつけようとするインテリ女や、セクハラで男を刺したりするのが本物の悪女です。鈴香はそういうタイプじゃないから好意的、少なくとも鈴香被告は私に害を及ぼすことはないし、悪い思想を喧伝しているわけでもないので同情するわけです。
 だいたい世間はフェミニストに迎合して良妻賢母教育を否定し、某有名歌手みたいに育児は婚家をかえりみることもなく生家の老親にまかせっきり、仕事もしたい、外タレと不倫もしてみたいそういう勝手な生き方を推奨してきたんじゃないですか。鈴香被告を非難する筋合いはないです。ワイドショーで育児抛棄だの児童虐待だの言ってますが、ドメスティックな領域に政府の干渉を強化することは反対です。

 川西正彦

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2005/12/29

補説「少子化」問題の分析と対策についての疑問

目次 (歴史人口学の理論)
   (社会経済的要因とその問題点)
   (文化的状況と問題点)

川西正彦(平成17年12月29日)

 皇室典範に関する有識者会議が「少子化」問題を持ち出しているため、「少子化」問題をフェミニストの図式に乗り、結婚観の変化や女性の社会進出にともなう時流とみなし、ひたすら働く女性の厚遇や子育て経済支援のような政策的議論になりがちな点について非難したうえで、私自身の意見を述べるともに、初婚年齢や出生力など人口統計上指標というものは、たんに時流とか単純に考えるのは誤りで、社会経済的状況、文化的状況によって変位する変数であることを強調するために若干コメントしておきたい。

(歴史人口学の理論)
 
 私は個人的に西欧の婚姻法制史に関心があり、家族史や歴史人口学は流行なので、ある程度の本は読んでいる。平均初婚年齢との関連で印象に残った理論についてまず述べる。
 歴史人口学ではヘイナルのライフサイクルサーバントの理論がよく知られている。西欧の晩婚型社会の説明であるが、日本の直系家族が親子共に汗を流して働く小農経営ですが、イギリスは伝統的に親子が同居しない絶対核家族社会である(むしろ老親と同居するようになったのは産業革命以後)。農村において子どもは男女とも十代前半までに両親と離れて奉公人になって技能を学ぶことになる。イギリスの伝統的な小農経営は赤の他人である奉公人をこき使って合理的な経営を行うのだ。親は子に経済的に援助もしない、奉公人が自力で世帯を形成できるようになるまで結婚は抑制されるので晩婚型で未婚率の高い社会になる。女子は年季奉公で持参金を蓄え、友人や場合によっては雇用主の援助も得て結婚するが、出産で費用がかさめば忽ち救貧民に転落した。しかし、産業革命で女子が工場労働に参入したことが持参金効果をもたらし初婚年齢が低下して人口増加になったものと私は理解している。
 我が国の歴史人口学(近世の宗門改帳・人別改帳の分析を基本とする)の代表的な業績についてもこの際、引用しておこう(註3)。速水融の美濃国安八郡西条村(現在の岐阜県輪之内町)の宗門改帳の家族復元による分析である。

 階層別の分家率と絶家率
(速水融『歴史人口学からみた日本』文春新書2001 125頁)

               分家率%   絶家率%
地主(持高10石以上) 29.4         0
自作(持高5~10石)  16.1      6.5
自小作(持高2~5石) 12.9      12.9
小作(持高2石以下)  15.8       35.0

女子の階層別平均結婚年齢( )人数
(速水融『近世濃尾地方の人口・経済・社会』創文社1992 230頁)
        奉公経験あり 奉公経験なし
地主     24.3歳(4)   21.2歳(26)
自作・自小作 27.1歳(24)   21.0歳(20)
小作      25.6歳(62)      22.3歳(22)
計        25.9歳(90)      21.5歳(68)
 
 地主層の絶家率ゼロに着目したい。小作層で戸主がいなくなった場合三回に一回は跡継ぎがいなかった。正確には跡継ぎを設けようとしなかった。これに対して地主は必ず跡継ぎがいて家の継承が行われた(註1)。なぜそうなるのか。地主の平均初婚年齢は21.6歳、小作層は24.7歳である。農民の上層と下層ではかなりの差があった。江戸時代においては4歳の年齢差は出生数に大きな影響を与えた。速水によると出産力が最も高いのが21~25歳層で婚姻内出生率0.319である。つまり3年結婚年齢が上昇すると出生数が1人減るという計算である。なおこのデータには史料に現れない乳児の死亡を含んでいないので、死亡率は25%として2.4年に1人の出産である。
 小作層の初婚年齢が高いのは出稼奉公による遅延により婚期が遅れるのである。これが決定的だった。出稼から帰った小作層の平均初婚年齢は25.6歳で、計算上求められる生涯出生数は4.2である(註2)。一方地主の平均初婚年齢だと5.3~5.4ぐらい(註3)。西条村の人口の置き換え水準4人の出生ということだが実際には夫婦のいずれかが死亡してしまうことがあり、初婚年齢25.6歳では人口を維持できない。速水によると西条村の場合24歳が再生産率をポジティブにする最も遅い年齢であるという(註4)。そのため小作層は絶家が多いのである。一方、上層農民は家系維持の戦略のためか比較的若い年齢で結婚して出生数も多い、その結果、絶家がないのである。貧乏人の子だくさんという俗諺は誤り(註5)だと速水融は言っています。
 京都所司代の板倉重宗だったか、女子奉公人は24歳になったら里へ帰したともいわれるが、適齢期信仰のクリスマスケーキ症候群というのは伝統的な感覚としてはそれなりに正しかったのである。これはあくまで西濃の一農村の事例であるが、江戸時代では家系維持のためには25歳以上の結婚はよくない。現代では置き換え水準が低くなっており20歳前半にこだわることもないのだが、私は人口問題という観点では、適齢期信仰を崩壊させたのは誤りだったし、高卒女子の安定的な就職により、適齢期までに退社するというパターンを崩さないほうがよかったと考える。 

このように、平均初婚年齢というものは、社会階層によっても異なるし、社会的経済的要因で変位する性格の