カテゴリー「反フェミニズム」の25件の記事

2009/07/29

女子法定婚姻適齢16歳より18歳引上げ絶対反対

法制審議会が選挙年齢、民法の成人年齢…「18歳が適当」との結論に達したというニュースが出てます。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090729-00000107-mai-sociそもそも成人年齢18歳の引き下げは徴兵制で若者が国のために貢献することを前提したもので徴兵制のない我が国にはなじまない。成人年齢の引き下げに反対だが、併せて女子婚姻適齢引き上げを求めていることに強く反対する。
 主要国と比較してみるとイギリスが男女とも16歳が法定婚姻適齢である(正確にはイングランドが16~17歳は親の同意要、スコットランドは親の同意も不要)。ドイツは成年である18歳を基準とするが、未成年者においても配偶者が成年であるという条件で16歳以上で婚姻の可能性を開いている。つまり男女を問わず結婚相手18歳以上なら16歳の婚姻を可としている。16-16はダメだが、18-16なら良いというものです。フランスは男18歳、女15歳(例外規定もある)であるが、それが差別だとは論じられていないとする。
 アメリカ合衆国は、50州及びDistrict of Columbia and Puerto Ricoの法定婚姻適齢については、コーネル大学ロースクールLIIのMarriage lawsのサイトを見てくださいhttp://topics.law.cornell.edu/wex/table_marriage。各州の婚姻適齢の一覧表があります。
 1970年以前は18-16のケースが多かったのですが、アメリカでは古くから統一州法全国委員会が主体となって統一州法というものが幾つかあるが、婚姻法についても一定の方向性を打ち出ししている。これは拘束力はないが、男女とも16歳を婚姻適齢とし、18歳は親の同意を得ないで結婚できる年齢とするもので、16歳未満についても裁判所の許可で婚姻が可能なモデルで、各州で70年代以降部分的に採用されてます。従って、多くの州で男女とも基準を同一にする州が多くなりました。不成立でしたが男女同権条項は35州が批准していることもあります。その場合でも、統一州法のモデルどおり男女とも16歳を法定婚姻適齢の基準としている州が圧倒的に多い。私が数えたところでは50州のうち41州は16歳女子は文句なしに婚姻適齢とされています。17歳、18歳を基準とする州でも例外規定があるケースが多い。さらに16歳未満でも例外規定で裁判所の許可により結婚可能としている州が結構多く、男女差をなくす場合でも、16歳、17歳の結婚の可能性を否定することにはなっていないんです。
 要するに米英独仏いずれも女子は16歳で結婚できます。結婚できなくするというのは間違いです。
 詩人ミルトンの初婚の女性メアリー・バウエルは16歳です。超絶主義思想家エマソンの初婚の女性は17歳、植民地時代アメリカの宗教指導者の一人コトン・マザーの初婚の女性16歳、黒人解放の先駆、偉大少数意見裁判官ハーラン合衆国最高裁判事は旅先で出会った16歳の女性に求婚し2年後に結婚しているように、理想主義者は16~17歳の美女が大好きです。私もそうだ。16~17歳が女性が一番美しいのであって求婚できないようでは人生にロマンもなくなる。

 参考 http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/49362/48533/56655863?page=1 

 この意見と同文を自民党にメールしましたが、これからも反対をやっていきます。

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2009/06/07

勝間和代の嘘「先進国の出生率は労働時間に影響される」(2)

   (承前)
  勝間和代は我が国も1993年EU労働時間指令に倣って1週間の労働時間を48時間以内とすべきだという危険な主張を行っている。http://mainichi.jp/select/biz/katsuma/crosstalk/2009/01/post-7.html
   1993年EU労働時間指令についてはイギリス保守党メジャー政権が激しく抵抗したため、結果として例外規定として週48労働時間の上限の免除を受けるかどうかについて個々の労働者が選択するオプト・アウト制度を勝ち取っている。イギリスは、EUに加盟しながらも、本来、加盟国の義務であるユーロの導入や労働時間指令についてオプトアウト(適用除外)の権利を獲得し、「社会福祉国家」を標榜する欧州大陸諸国と一線を画してきたのである。
  保守党政権ではEU労働時間指令を受け容れず、一律の労働時間規制はなかったが、労働党ブレア政権によりEU労働時間指令を受け容れた。つまり、労働時間は週平均48時間を超えてはならないとされている「1998年労働時間規則」を設けたが、しかしながら同時に労働者により署名された書面による個別的オプト・アウトの合意により、法定労働時間規則の適用を免除する制度も設けた(個別的オプトアウト)。
  2004年の『海外労働情報』によるとEU加盟国の平均週労働時間が40時間をわずかに超える程度で、加盟国の半数以上が40時間を下回っているのに対し、英国は43時間を超え突出している。週48時間以上働く労働者の割合は16%で、そのうち46%は管理職的な地位にあり指令の対象外となるため、実際にオプト・アウトを必要とする労働者の数は限られている。しかし、使用者側のあるアンケート調査では、759社中65%の企業が、自社の従業員(一部または全部)にオプト・アウトに同意するよう求めているほか、CBI(イギリス産業連盟)の調査では、英国の労働者の33%が同意書にサインしており、事実上労働時間指令がイギリスでは空洞化しているとされている。http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2004_4/eu_01.htm
    サッチャー・メジャーの保守党政権は労働組合を弱体化して、団体交渉と協約による集団主義から人的資源管理等の個別主義に労使関係のパラダイム転換を図ってきたのであり、労働時間指令がそもそも自由主義的労働政策と、個別主義が進行しているイギリスの実情に反するものであった。
    私は昨年の金融危機まで15年間イギリスの経済が好調で景気が拡大していた要因の一つとして、労働党政権で指令を受け容れつつも適用免除の個別的オプトアウト制度が採られたため、ホワイトカラーの生産性を維持向上させたことがあると考える。
    このようにイギリスはEU労働時間指令に抵抗したことが経済成長に有益となり国益にもなった。反対に我が国は林=プレスコット説が1990年代の我が国の経済低迷の要因として労働時間の短縮を挙げているように、政府の時短政策で「失われた10年」を経過することになったのである。
     
    もっとも欧州議会には個別的オプトアウト制度の廃止を求める議論があります。 http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2009_1/eu_01.htmしかし「オプト・アウトは競争力の維持と雇用を創出するために重要」とイギリスが強く反発した。これをなくしたら欧州での経済的自由は窒息するのではないかと思う。2009年4月28日のニュースではオプト・アウト制度は維持されることとなったとあります。Press Associationの記事によるとイギリスでは300万人が48時間以上働いている。ビジネス長官のマンデルソン卿は 「何百万人もの人々がオプトアウトのため、より暮らし向きが良いです、そして、私は私たちが取り外しに抵抗できたのに安心しています。」と言いました。

http://www.independent.co.uk/news/world/europe/eu-fails-to-curb-britains-work-hours-optout-1675368.html

http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/europe/article6184467.ece

http://www.guardian.co.uk/money/2009/apr/02/working-time-directive-eu-negotiations

  (参考)
   海外労働情報 2006年 EU労働時間指令のオプト・アウト(適用除外)を維持
   http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2006_8/england_01.htm
  海外労働情報2005年労働時間指令の改正案をめぐる論議
   http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2005_6/eu_01.htm
   PDF http://www.jil.go.jp/institute/reports/2005/documents/036_4.pdf
   
    勝間和代がオプト・アウト制度にどういう見解を持つか知らないが、労働時間を規制したいということだから、欧州議会の考え方とたぶん同じだろう。勝間を経済閣僚に起用しEU労働時間指令のような政策が推進されるとするならば我が国の経済は低迷し、自由な企業の進展を阻害することになるだろう。それは悪夢というほかない。すでに林=プレスコット説で労働時間の短縮が「失われた10年」の要因とされているのにそれを繰り返すことほど愚かなことはない。
  すでに、勝間をはじめとするフェミニストが推し進めている男性の長時間労働をなくす政策、それは少子化対策と男女共同参画が口実として推進しているわけですが、フェミニストが言うように本当に男子長時間労働者の割合と出産率の相関関係があるか検討するため、次のデータを提示したいと思います。

  
 男子の長時間労働者 合計特殊出生率
(週49時間以上%)    (2005年)
  韓国   54.0    1.08 
  日本  39.6*    1.26
  イギリス34.5       1.78
ニュージーランド34.0 1.96***
 豪州    29.1         1.79
アメリカ 24.3**      2.05
フランス 20.4        1.94
カナダ  15.7       1.54
フィンランド13.7     1.80****
オランダ  11.0*       1.71
ノルウェー 5.3**  1.84****
 
出所 労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較』199頁、69頁
PDFhttp://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2009/06/p199_t6-3.pdf
PDFhttp://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2009/02/p069_t2-9.pdf
長時間労働者率は 2004年~2005年のデータである。
  豪州は週50時間以上のデータ
 無印 対象年齢は25歳以上
*対象年齢 15歳以上
** 対象年齢16歳以上
***2000~2005年            
**上記の資料にないためEU“Eurostat”、Council of Europe“Recent Demographic Developments in Europe”のデータ内閣府共生社会統括官のサイト「補章海外の少子化の動向74頁)から2005年のデータを引くhttp://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2007/19pdfhonpen/pdf/j1040200.pdf

 上記データを検討してみると、男子長時間労働者が34%と相対的に高いニュージーランドの出生率が1.96に対し、男子長時間労働者が5.3%とかなり低いノルウェーが1.84である例、地理的に接近している例では、34.5%と男子長時間労働者比率が相対的に高いイギリスが、11%と相対的に低いオランダより、合計特殊出生率では上回っているということからして、勝間のいう男子の長時間労働と出生率の相関を読み取ることができない。
 韓国と日本の出生率の低さは別の要因だと言わなければならない。
 また 統計上、長時間労働者の割合が多いとされるのは韓国・日本だけではないのである。ニュージーランド・イギリス・オーストラリア・アメリカといったカナダを除く英米法圏諸国も長時間労働者率が高いことも注目したい。一方、個別オプト・アウトでEU労働時間規則を事実上空洞化しているイギリスを除く、欧州諸国の長時間労働者の比率は低いといえる。
このことは、やや古いデータですがこの平成18年の内閣府国民生活書のグラフ がわかりやすいです。http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/3130.html  内閣府共生社会統括官のこのサイトもわかりやすいと思います。http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2007/19webhonpen/html/i1423601.html
 ニュージーランド、イギリス、オーストラリアが相対的に長時間労働者が多い理由は、国民党・保守党・自由党といった保守政党が新自由主義的政策を推進した結果かもしれません。典型的には ニュージーランドの1991年雇用契約法(Employment Contracts Act)個人は企業と直接雇用条件を定めることができる自由主義的政策がそうですが、労働時間が減らない要因の一つかもしれない。ニュージーランド・イギリス・アメリカは欧州のような集権的な産業別組合とのコーポラティズム体制、社会福祉国家とは性格が異なるのである。いずれにせよ、相対的に長時間労働者の割合の高い米英豪ニュージーランドと、長時間労働者の割合が低い欧州諸国と比較すると、アメリカやニュージーランドのようにむしろ合計特殊出生率の高い事例があることから明らかなように相関関係を見いだすことはできない。

つづく

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2009/06/06

勝間和代の嘘「先進国の出生率は労働時間に影響される」(1)

 勝間和代はプラネット・ウーマン養成塾というサイト2009/03/24 付「先進国の出生率は労働時間に影響される」というコラムでhttp://xbrand.yahoo.co.jp/magazine/marieclaire/2774/2.html「少子化問題解決の最大の敵は、長時間労働を信仰するオヤジたちです」と結論していますが、論理的な見解とはとても思えません。
  合計特殊出生率は社会的・文化的・経済的諸条件で変位するだろうとは思いますが、労働時間(労働政策)と合計特殊出生率の相関関係を見いだすことは困難です。

 勝間和代が出している出生率と労働時間のデータはこうです。
               週労働時間     出生率
     韓国  46.0     1.20
     香港  45.5        0.96
     日本  43.5         1.27
  イギリス   40.8     1.82
  アメリカ   40.7      2.05
  スウェーデン37.7   1.80
 フランス  36.9    1.89
  出典:世界人口白書、独立行政法人 労働政策研究・研修機構
出所の詳細が不明ですがおよそ2004年~2006年のデータを採っていると思われます。

 しかしこのデータにはドイツ、イタリアといった合計特殊出生率が世界で最も低いレベルの国を欠いてる。意図的に排除したと思われる。ここにドイツの2006年のデータ週労働時間37.9出生率1.32(出所後述)を加えると、勝間の主張は意味をなさなくなるでしょう。
 また日本の数値ですが、総務省の労働力調査〔以下「労調と略す〕では日本は米英より長時間になりますが、厚生労働省の毎月勤労統計〔以下「毎勤」と略す〕・ILO-LABORSTAデータでは米英より短くなっている。製造業では日本は2000年以降、37.7~38.7で推移しており欧州の時短先進国に近い。「労調」は個人(世帯)に質問をし、「毎勤」は事業主への質問なので違いがあるが、勝間が採っているのは自己の主張に有利な「労調」です。そこで、カウンターオピニオンとして私も独自にデータを提示したいと思います。
 労働時間の資料は各種ありますがhttp://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000040648、手頃なところで、労働政策研究・研修機構の『データブック国際労働比較2009』http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/(PDFとExcelファイルでダウンロードできます)から引用します。
 69頁に2006~2007年までの合計特殊出生率のデータがありますPDF http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2009/02/p069_t2-9.pdf(なお6月3日に厚生労働省が2008年の我が国の合計特殊出生率を発表してます。4日の朝日のトップニュースhttp://www.asahi.com/national/update/0603/TKY200906030278.htmlには外国のデータも記載されています)。
 197頁にG5の生産労働者の年間総実労働時間、198頁に15カ国の週労働時間(製造業)、199頁に11カ国長時間労働者の割合がありますhttp://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2009/ch6.html
  
  製造業の週労働時間    合計特殊出生率
 
 シンガポール  50..5    1.26  
 インド         47.2 *      3.11*
 韓国         45.5**    1.26**  
  香港         45.9**     1.02**
 フィリピン      44.8*    3.54*
 日本 (労調)    42.9**     1.34**
 アメリカ       41.1        2.10
  イギリス       40.7        1.84
  日本(毎勤)    38.7**     1.34**
 豪州         38.2        1.81
  カナダ        38.2 *     1.54*
 ニュージーランド38.0 *    1.96*
  ドイツ          37.9       1.32
  スウェーデン     37.7       1.85
 フランス        37.1       2.00

  無印2006年のデータ
  * 2005年のデータ 但しインド、フィリピン、ニュージーランドの合計特殊出生率は2000年~2005年
 **2007年のデータ

 上記のデータから労働時間と出生率の相関関係は見いだせません。

つづく

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2009/04/12

夫婦別姓旧慣習説に根拠はない-- 感想 後藤みち子『戦国を生きた公家の妻たち』その2

 (承前)

 第二の見解「皇后藤原氏ナランニ皇后ヲ王氏トスルハ甚タ不可ナリ皇后ヲ皇族部中ニ入ルゝハ王氏タルヲ以テノ故ニアラスシテ皇后タルヲ以テナリ」ですが、「王氏」というのは令制の「皇親」概念の範疇でしょう。
 この見解では明治聖后藤原美子(昭憲皇太后-従一位左大臣一条忠香女)、皇太后藤原夙子(英照皇太后-孝明女御明治養母-関白九条尚忠女)はあくまでも藤原氏ということです。皇后はその身位ゆえに皇族部なのであって、族姓ゆえに皇族なのではないと言ってます。臣下の女子は、皇后に立てられることによって皇親ないし王氏に族姓が変更されるのではないという趣旨になります。
 それは当然のことです。例えば光明皇后(聖武后孝謙生母藤原安宿媛)ですが、父右大臣藤原不比等の封戸を相続し、例えば天平十三年正月国分寺の丈六仏像を造る料に不比等の食封三千戸が施入されている。こうした財政支出が可能なのも藤原氏の成員であるからですし、『楽毅論』天平十六年十月三日の署名をみると「藤三娘」である。皇后は皇室の成員ですが、あたりまえのことですが皇后であっても自らを藤原氏と認識していたことがわかる。もし光明皇后が藤原氏でなく、ありえないことだが皇親になると仮定すると、天皇大権の掌握どころか、即位してもよかったということになります。そんなばかなことはありません。現実にはありえないことでしたが、仮に光明皇后は則天武后のように即位(武周革命)したら、藤原氏の王朝になります。唐が周に国号をあらためたように、日本から別の国号に改めることとなったでしょう。
 であるから、第三の見解も同様の趣旨でしょうが、これは正論です。したがってその限りにおいて、天皇・皇族の后妃、配偶者は「所生の氏」から族姓 を変更するものでないという論旨を認めますが、しかし、皇室のルールと、皇族以外の家継承のルールがまったく異なることをこの議論では無視してます。
 いうまでもなく日本的家制度が中国の宗族、韓国の門中と違う、最大の特徴が、非血縁継承があり、血筋が中切れになっても継承されていくことです。皇位継承は単系出自系譜という規則性を有しているので日本的家制度とは全然違う。異姓養子厳禁父系規則の貫徹する宗法・儒教文化と日本的家制度とも全然違う。日本的家制度は家職の継承に対応しているが、中国の宗族にはないわけです。さらにいえば令制以来の三后皇太夫人や後宮職員令にあるキサキの性格は、現代的な婚姻家族とは違う。立后それ自体が政治行為で、政治的班位としての性格が強い(三后は令旨を発給し、しりへの政という政治的権能を有する)。例えば光明皇后は聖武践祚の6年後、橘嘉智子が嵯峨践祚6年後、藤原穏子にいたっては醍醐践祚の26年後の立后ですから、立后は婚姻家族概念でなく皇太子(孫)を引き出す政治行為とみなしてよい。政治的な理由で一帝二妻后の例もある。また政治的理由で皇后が里第で籠居を余儀なくされるようなケースもあるわけで、嫡妻権が明確で婚姻家族理念に近い中国の王権とも性格が違います。
 であるから、皇室のルールがこうであると言っても、家族慣行の全く異なる民間にもそれを強要することは無理なのであり、この論理ははじめから破綻していたといえる。要するに家族制度は王権と民間とを区別して議論する必要があります。もちろん幕府が朱子学を官学としていたことから士族家族慣行と一般庶民の家族慣行には違いがある。武家には筋目論というのがあって、異姓養子が好ましくないなど宗法・儒教倫理は濃厚に認められますが、しかしながら例えば出羽米沢藩主(第四代)上杉綱憲の実父は忠臣蔵で有名な吉良義央で、実母が第二代米沢藩主上杉定勝女富子(第三代綱勝の妹)ですから、先々代からみて外孫、先代からみて外甥を養嗣子としたことになりますが、これは異姓養子ですが、非血縁継承ではなく、血縁としては女を介して繋がっているので女系継承ですが、このように幕府は異姓養子や女系継承を認めてしまっている事例があって、単系出自系譜、宗法・儒教倫理で貫徹されてわけではないという意味で、士族家族慣行も日本的家制度に接近したものと認識できます。

 
 日本的家制度の起源(非血縁継承と女系継承)
 
 日本は律令制度を導入しても、親族構造を宗法によって再編することはなかった。宇根俊範(註1)の指摘するように九世紀以後の「氏族」の性格は甚だ曖昧であり、奈良貴族と平安貴族はストレートに直結しないというのである。「氏族」の特性のひとつとされる「同一の祖先から出た」ということが九世紀以後の新氏族にはあてはまらないからである。
 我が国は大化元年の「男女の法」が「良民の男女に生まれた子は父に配ける」と定め父系規則であり。律令国家の良民の族姓秩序は父系相承規則である(なお「氏」というのは厳密にいうと「氏族」という広義の概念のなかでも天武八姓の忌寸以上のカバネを有し、五位以上の官人を出す資格と、氏女を貢上する資格を有する範囲をいうのであって、臣・連・造等の卑姓氏族を含まない)。
 しかしながら、九世紀以降の改賜姓の在り方、十世紀以降、天皇の改賜姓権能が有名無実化していくと、中小氏族が門閥の厚い壁ゆえ、系譜を仮冒して大族に結びつかんとしたために「氏族」が父系出自のリニージとは言い難いケースが少なくないのである。宇根は改賜姓の具体的事例を列挙しているが、ここでは局務家についてのみ引用する。院政期以後になると史官や外記局などの実務官人は「官職請負」的な、ほぼ特定の氏によって担われることになるが、局務(太政官外記局を統括する大外記)中原朝臣・清原真人がそうである。

 宇根によると「局務家の清原真人は延暦十七年(798)にはじまる清原真人と直接系譜的につながるものではなく、その前身は海宿祢で、寛弘元年(1004)十二月、直講、外記等を歴任した海宿祢広澄が清原真人姓に改姓したものである。」「中原朝臣も、その前身は大和国十市郡に本貫ををもつ十市氏であり、天慶年間に少外記有象が宿祢姓を賜与され、更に天禄二年(971)にウジ名を中原に改め、天延二年(974)に至って中原朝臣となったものである。これも推測を加えるならば『三代実録』にみえる助教中原朝臣月雄らの系譜にむすびつけたものかも知れない。」(註2)とされている。
 局務家清原真人と、舎人親王裔の皇別氏族(王氏)で崇文の治の大立者右大臣清原真人夏野や、夏野とは別系だが、やはり舎人親王裔である清少納言の父清原元輔の清原氏とは系譜で繋がらないということである。
 舎人親王系皇別氏族清原氏と、局務家清原氏は同一姓氏であるが同一の祖先でないから父系出自集団のリネージとみなすわけにはいかない。これと同様の例は少なくないのであるから、九世紀以後の氏族の性格は曖昧なものであった。

 11世紀になると諸道博士の家で非血縁養子が指摘されている。曽根良成によると史や外記などの実務官人の姓は、11世紀中葉を境とした時期に三善・中原・清原などの姓が、増加する。これらは、それらの一族が血縁者を飛躍的に拡大させた結果ではなく官司請負制のもとで請負の主体となった博士家の姓を名のった官人が増加したための現象だった。その実態は11世紀中葉までと同じく地方豪族出身の有能な官人だった。‥‥これは養子形式の門弟になることによって居姓の改姓を制限した延喜五年宣旨の空文化を図るものだった。〔違法であるが〕政府は暗黙のうちにこれを認めることにより、官司請負に必要な有能な実務官人を安定的に地方から補給できた」(註3)とする。
 
 従ってすでに平安時代に実系系譜で繋がらなくても同一姓氏が許されていること。11世紀になると違法であるにも関わらず、諸道博士の家で非血縁の門弟が博士家の姓を名乗る実務官人が増加した歴史的事実から、日本的家制度の特徴である非血縁継承は少なくとも11世紀に起源があると断定してよいと考える。
 
 次に鎌倉時代の武家の継承であるが、明石一紀(註4)の論説が参考になるので引用する。
 鎌倉幕府法は男子がいない場合、嫡子として兄弟の子をはじめ「一族並二傍輩」の男子を養子とするのが一般的であった。原則は同姓養子であるが、他人養子といって非血縁の傍輩を養子とする(異姓養子)や女人養子といって女性が養子を取って継がせることは禁止していなかった。のみならず、平安末期から女系の妹の子(甥)や女子の子(外孫)を跡取り養子とする方法が多くとられるようになったという。
 明石が列挙されている事例は中原広季(大江広元の養父)は外孫藤原親能を、大友経家(頼朝より豊前と豊後の守護を命じられ九州大友氏の祖となった)は外孫藤原能直を、宇都宮朝定は外孫三浦朝行を、得川頼有(清和源氏の新田氏から分立したは得川氏の祖)外孫岩松政経を、大屋秀忠(藤原氏秀郷流)は外孫和田秀宗をそれぞれ養子とし跡を継がしめている。これを明石一紀は婿養子への過渡的な養子制とみなしている。
 中央の貴族社会で限嗣単独相続となったのは、室町時代以後だから、限嗣単独相続の日本的家制度の成立は室町から戦国時代以後となるが、武家においても非血縁継承や女系継承のある原型は少なくとも12~13世紀に遡ることができると私は考える。
 また、婚入配偶者たる嫁が亡者の遺跡を相続し、家連続者となり新たに婿を迎えて血筋が中切れでも家産が継承される事例の原型と思える歴史的事例として、室町幕府管領家畠山氏を挙げることができる。
 畠山氏はもとは桓武平氏、秩父氏の一族で武蔵国男衾郡畠山荘の荘司となって畠山氏を称し、畠山重忠は源頼朝の有力御家人となり、戦功多く鎌倉武士の鑑と称揚されたが、元久二年(1205)六月畠山重忠の子息重保が、北条時政の後妻牧の方の女婿で時政が将軍に擁立しようとした平賀朝雅(信濃源氏)と争ったため、北条時政夫妻に叛意を疑われ武蔵二俣川で追討軍に滅ぼされた後、後家(北条時政女)に遺跡を継がせて、足利義兼の長子義純を婿として子孫に畠山を名乗らせている。
 明石(註5)は、秩父一門の平姓系図の畠山氏と、足利一門・管領家の源姓系図の畠山氏は全く別の存在で、義純は重忠を先祖とは認めていないので源氏畠山家を新しく興したという解釈を示している。

 そういう解釈は無難かもしれないが、名字(家名といってもよい)と家産を継承しているのである。私は畠山氏は平姓から源姓に血筋が切り替わったという見方をとってさしつかえないと思う。
 要するに平姓畠山氏は婚入配偶者で後家の北条時政女が足利義純を娶ったため、平姓から源姓に切り替わる非血縁継承となったのである。家の非血縁継承の重要な先例だと思う。--つづく
 
(註1)宇根俊範「律令制下における賜姓について-宿禰賜姓-」『ヒストリア』99 関連して宇根俊範「律令制下における賜姓についてー朝臣賜姓ー」『史学研究』(広島大)147 1980
(註2)宇根俊範「律令制下における賜姓について-宿禰賜姓-」『ヒストリア』99
(註3)曽根良成「官司請負下の実務官人と家業の継承」『古代文化』37-12、1985
(註4)明石一紀「鎌倉武士の「家」-父系集団から単独的イエへ」伊藤聖子・河野信子編『女と男の時空-日本女性史再考③おんなとおとこの誕生-古代から中世へ(上)』藤原書店2000 256頁以下
(註5)明石一紀 前掲論文

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2009/04/11

夫婦別姓旧慣習説に根拠はない-- 感想 後藤みち子『戦国を生きた公家の妻たち』その1

 吉川弘文館歴史ライブラリー2009年4月刊行。この本の帯に「なぜ、妻は夫の名字を名乗るのか 戦国の妻たちの生き様から夫婦同姓・夫婦同母の謎にせまる」とあります。後藤みち子は『中世公家の家と女性』と言う学術書も買っているので三条西家の研究業績などを知ってましたが。この本は夫婦別姓旧慣習説否定の補強する材料になると思い買いました。
 民主党政権になれば小宮山洋子が文部科学大臣になり、選択制夫婦別姓導入の民法改正される悪夢が現実になるでしょう。私はもちろん絶対反対であり夫婦同氏(苗)を断乎として守りたいと考えますが、仕事が忙しくてこの問題に取り組む余裕がありましたが、待ったなしの土壇場の状況になりましたので書いていきたいと思います。
 
「夫婦別姓旧慣習説」批判
 
 フェミニスト・夫婦別姓推進者の主張するところの「夫婦別姓旧慣習説」は豊田武などの説である。つまり明治九年三月十七日の太政官指令が、内務省の見解「婦女ハ総テ夫ノ身分ニ従フ筈ノモノ故婚嫁シタル後ハ婿養子同一ニ看做シ夫家ノ苗字ヲ終身称ヘサセ候方穏当ト相考へ候」という夫婦同氏(苗)案を覆して、「婦女人二嫁スルモ仍ホ所生ノ氏ヲ用ユ可キ事、但、夫ノ家ヲ相続シタル上ハ夫家ノ氏ヲ称スヘキ事」とされたため夫婦別姓が士族旧慣習だったはずという考え方ですが、これについては社会生活において実態はないという厳しい批判があります。夫婦別姓旧慣習説を否定する実証的な研究、有力な学説として大藤修『近世農民と家・村・国家』(吉川弘文館)1996年と、山中永之佑「明治民法施行前における妻の氏」『婚姻法の研究上高梨公之教授還暦祝賀』有斐閣1976年を挙げておきたいと思います。
 つまり、近世においても明治維新後も銘文、文書として残っている各種資料を精査しても社会生活において、出嫁女の生家姓(または名字)冠称の自称、指称、呼称の事例はきわめて例外的な事例しか見いだすことができないのである。もちろん徳川時代に氏の公称は一般庶民は許されなかったが、明治以前に一般庶民に名字がなかったというのはかなり古い学説で、今日では大多数の庶民は名字を有していたとみなされている。にもかかわらず、出嫁女が生家姓(または名字)冠称している資料をほとんど見出すことができないのである。
 もっとも井戸田博文(註1)によると墓碑において例えば山口県下関市長府の功山寺という毛利氏の菩提寺に「坂田七斎妻藤村イシ子之墓」などいくつかの夫婦異姓墓碑の事例を挙げているが、なるほど士族においては「腹は借り物武士の種」のような自然血統主義的家族観を指摘することはできるが、しかしながら、墓碑において妻が所生の氏であるとしても、それは妻の由緒、出自を明らかにするものであって、生前において、社会生活で生家姓(名字)冠称が通例であったとみなすことはできないのであって、墓碑のいくつかの事例を拡大解釈することはできない。
  
 そうしたことから太政官指令「婦女人二嫁スルモ仍ホ所生ノ氏ヲ用ユ可キ事」は社会生活の実態とまったく乖離しており、事実上実効性がなかったと考えられる。それは夫婦の別氏を称することの不便さが各府県の多くの伺文で取り上げられていることでも明らかである。役所が公文書に生家姓を強いることも困難な実態にあり、事実上明治民法に先行して夫婦同氏が普及し慣行となっていたことが看取することができる。代表的な伺文を引用する。
 
 明治22年12月27日宮城県伺
 「婦女嫁スルモ仍ホ生家ノ氏ヲ用フベキ旨曽テ石川県伺御指令モ有之候処嫁家ノ氏ヲ称スルハ地方一般ニ慣行ニシテ財産其他公私ノ取扱上ニ於テモ大ニ便益ヲ覚候ニ付嫁家戸主トナル者ノ外ト雖モ必ズシモ生家ノ氏ヲ称セサルモ便宜ニ任セ嫁家ノ氏ヲ称スルハ不苦義ニ候哉」

 明治23年5月2日東京府伺
 「婦人結婚ヲ為シタル後ト雖夫ノ氏ヲ称セス其生家ノ氏ヲ称用スル事ニ付イテハ明治九年四月石川県伺ニ対シ内務卿御指令ノ趣モ有之候得共凡ソ民間普通ノ慣例ニ依レハ婦ハ夫ノ氏ヲ称シ其生家ノ氏ヲ称用スル者ハ極メテ僅々二有之然ルニ右御指令之レアルカ為メ公文上ニ限リ強イテ生家ノ氏ヲ称用セシメサルヲ得スシテ習慣ニ反シ往々苦情モ相聞実際ノ取扱上ニ於テモ錯誤ヲ生シ易キ義ニ付夫家ノ氏ヲ称セシムル方事実適当ナルノミナラス既ニ民法人事編草案第三十六条ニモ婦ハ夫ノ氏ヲ称用云々ト有之法理ニ於テモ然ルヘキ義ト相信シ候ニ付自今夫家ノ氏ヲ称用セシメ候様致度」(註2)
 
 明治民法の起草委員は帝国大学法科大学教授の穂積陳重、梅謙次郎、富井政章であったが、梅謙次郎は逆縁婚(生存する妻が死亡した夫の兄弟と再婚する)の取り扱いなどで士族家族慣行の採用を却下し、民法を庶民の家族慣習に合致させることを強調した。その政策判断は正しかったと思う。亡兄の嫂を娶るというのは人類学でいうレヴィラート婚ですが、「貞女は二夫に従わず、忠臣は二君に仕えず」と言うように宗法・儒教規範では人倫に反するとされるのである。しかし日本の一般庶民はそのように考えてない。例えば兄が戦死したり不慮の事故があった場合、家を継承するもっとも無難な在り方がレヴィラート婚なのであった。戦争未亡人の再婚の多くがレヴィラート婚であることはよく知られている事実だろう。レヴィラート婚を禁止する儒教規範の建前のほうが悲劇である。そのへんのことがよくわかっていた。
 夫婦同氏についても強く推進したのが梅謙次郎である。穂積陳重・富井政章も異論はなく、世間の実態を追認したものともいえる。梅謙次郎は法典調査会で次のように夫婦同氏を強調した。「支那ノ慣例ニ従テ、妻ハ矢張リ生家ノ苗字ヲ唱フベキモノト云フ考ヘガ日本人ノ中ニ広マッテ居ルヤウデアリマス〔ガ〕‥‥之カ日本ノ慣習少ナクトモ固有ノ慣習テアルトハ信シラレマセヌ、兎ニ角妻カ夫ノ家ニ入ルト云フコトガ慣習デアル以上ハ夫ノ家ニ入ッテ居ナガラ実家ノ苗字ヲ唱ヘルト云フコトハ理窟ニ合ワヌ」。
 夫婦同氏を成文化したのが明治民法であっても、それ以前から夫婦同氏が普通の慣行であったわけである。夫婦同氏はイギリスやドイツにおいても中世より慣行となっていたのであるから、西欧と家族慣行とも同じであった。

 女叙位の位記の宛名は所生の氏(古代的姓氏による-したがって夫婦別姓)だが、明治四年以後、古代的姓氏をなのることが禁止されただけでなく、女性の本姓と実名は社会生活において指称されることはなかったのであって従って旧慣習とみなす理由がない
 

 では、明治九年の太政官指令が所生の氏にこだわった主たる理由は何かというと、明治九年の太政官政府法制局の見解は次のとおりであった。
 「内務省伺嫁姓氏ノ儀審案候処婦女人ニ嫁シタル者夫家ノ苗字ヲ称スルコト不可ナル者三ツアリ
第一 妻ハ夫ノ身分ニ従フヲ以テ夫ノ姓ヲ冒サシムヘシト云ハ是ハ姓氏ト身分ヲ混同スルナリ
第二 皇后藤原氏ナランニ皇后ヲ王氏トスルハ甚タ不可ナリ皇后ヲ皇族部中ニ入ルゝハ王氏タルヲ以テノ故ニアラスシテ皇后タルヲ以テナリ
第三 今ニシテ俄カニ妻ハ夫ノ姓ニ従フトスレハ歴史ノ沿革実ニ小事ニアラス例ヘハ何々天皇ハ何々天皇ノ第幾子母ハ皇后〔王〕氏ト署セントスル歟 
 帰スル処今別二此制ヲ立テント欲スルヲ以テ一ノ大困難ヲ醸スナリ右等ハ都テ慣法ニ従ヒ別ニ制ヲ設ケサル方可然歟因テ御指令案左ニ仰高裁候也 」

 第一の見解は女性は夫の姓を冒してはならないとい自然血統主義的家族観は精査が必要ですが、さしあたり女性への叙位における位記の宛名が所生の氏の本姓+実名であり、古代的姓氏による夫婦別姓であることと関連する事柄だろう。
 だからといって、それを旧慣習とみなさないのは、女性の叙位は特定の限られた範囲にすぎず、一般庶民とは無関係であるだけでなく、貴人の女性は実名忌避の慣習があって、実名で呼称、指称されることはないということである。
 通常、貴族の女性や、宮廷女官を本姓+実名で呼称されることはない。社会生活では宮廷女官であれば、女房名、候名で呼称される、平安時代は父や夫の官職に由来する女房名が多い、中世になると、京都の大路名や播磨局、伊予局というような国名など時代による変遷はあるが、社会生活において宮廷女官などは符牒としての女房名で称されるのである。例外的には赤染衛門であるが、これは特殊な例である。
 実名が社会生活でほとんど意味をなさないというのは、例えば将軍徳川綱吉生母桂昌院の従一位の位記の宛名は藤原光子である。もとは京都堀河の八百屋の娘ともいわれるが、母が関白二条光平の家司である本庄資俊と再婚したため資俊の養女となる。玉と称し、春日局の部屋子として家光に見初められ、家光の側妾となった女性である。
 桂昌院は徳川将軍家に妾として入った女性だが、なぜ藤原光子が実名になるのか。養父の本庄氏の本姓が藤原氏なので、本姓藤原氏とされているのだ。そのように女性の叙位は男官の叙位と同じことだが、源平藤橘等の古代的姓氏で、父または養父の本姓が記される、姓は既婚・未婚を問わず一部の例外を除き父系帰属主義で一貫している。
 したがって位記における夫婦異姓の伝統は事実として認めざるをえない。しかし一般的な社会生活では指称されることはないのであって、そもそも実名は知られてないし、将軍の母を藤原光子と呼び捨てにできる人などまずいない。今日における個人名とはかなり意味が違うものである。 
 とはいえ、もちろん近世においても本姓(古代的姓氏)つまり源平藤橘等の天皇の賜与認定による古代的姓氏は国家的礼的秩序に編成されており、当然現実的意味を有していた。
 しかし重要なことは、明治政府は近世以前の天皇の賜与・認定に由来する本姓と、土地の名称など自然発生的な由緒の苗字(名字)の二元的システムを解消し、名字に一元化したことである。
 すなわち近世は姓氏二元システムになっていて、朝廷から賜る位記、口宣案、宣旨の宛名は本姓+実名、例えば常陸土浦藩主の場合「源寅直」、将軍の領知主印状の宛名は苗字+官職「土屋能登守」但し官職が侍従であったときのみ居城+官職「土浦侍従」になる(註3)。要するに天皇との君臣関係は公式的には王朝風の古代的姓氏(本姓)。将軍との君臣関係は名字(苗字)であった。
 明治四年明治四年十月十二日一切公用文書に姓を除き苗字を用いるとの太政官布告により、苗字(公家の場合は近衛・九条等の称号)に一元化された。つまり藤原朝臣実美ではなく三条実美、大江朝臣孝允ではなく木戸準一郎(のち孝允)、越智宿祢博文ではなく伊藤博文と、源朝臣栄一ではなく渋沢栄一と書くべきだと命じたのである。
 この布告によって、令制以来の源平藤橘等古代的姓氏はその機能を実質的に終了したのである。むろん天皇の賜与・認定による姓であるから、重んじられてはいても、王朝風に古代的姓・カバネを用いた明治二年の職員録によると源平藤橘で85%をしめ、ほかに菅原氏、高階氏、大江氏、紀氏、越智氏、清原氏、加茂氏など44の姓があったがそれほど多くない。源氏だけで40%、藤原氏は35%をしめていた。政府職員の75%が源姓か藤原姓だった(註1)。これでは個人識別の標識としてははなはだ不便であり、機能的でないのもこの布告の理由だろう。

 明治四年十月十二日太政官布告は現代にも生きているはずである。したがって、たとえば細川護熙元首相が源氏の棟梁を自認しても、公文書に「源朝臣護熙」と王朝風に署名することはできないと思う。名字(苗字)である細川でなければならないはずだ。
 王朝風の古代的姓氏(本姓)が明治四年で公文書で用いることを禁じた以上、もはや女性の位記の宛名が所生の氏の本姓であった伝統も意味をなさないのであって、女叙位の伝統を考慮する必要がないというのはそういう理由である。--つづく
 
 

(註1)井戸田博史『『家』に探る苗字となまえ』雄山閣1986 
(註2)廣瀬隆司「明治民法施行前における妻の法的地位」『愛知学院大学論叢法学研究』28巻1・2号 1985.03
(註3)大藤修『近世農民と家・村・国家-生活史・社会史の視点から-』吉川弘文館1996 

○1876〔明治9〕年3月17日太政官指令、1875〔明治8〕年11月9日内務省伺
内務省伺
華士族平民ニ論ナク凡テ婦女他ノ家ニ婚嫁シテ後ハ終身其婦女実家ノ苗字ヲ称ス可キ儀ニ候哉 又ハ婦女ハ総テ夫ノ身分ニ従フ筈ノモノ故婚嫁シタル後ハ婿養子同一ニ看做シ夫家ノ苗字ヲ終身称ヘサセ候方穏当ト相考へ候へ共右ハ未タ成例コレナキ事項ニ付決シ兼候ニ付仰上裁候 至急何分ノ御指令被下度 此段相伺候也
指 令
伺ノ趣婦女人ニ嫁スルモ仍ホ所生ノ氏ヲ用ユ可キ事
但夫ノ家ヲ相続シタル上ハ夫家ノ氏ヲ称スヘキ事
法制局議案
別紙内務省伺嫁女姓氏ノ儀審案候処女人ニ嫁シタル者夫家ノ苗字ヲ称スルコト不可ナル者三ツアリ
第一 妻ハ夫ノ身分ニ従フヲ以テ夫ノ姓ヲ冒サシムへシト云ハ是レ姓氏ト身分ヲ混合スルナリ
第二 皇后藤原氏ナランニ皇后ヲ王氏トスルハ甚タ不可ナリ 皇后ヲ皇族部中ニ入ルヽハ王氏タルヲ以テノ故ニアラスシテ皇后タルヲ以テナリ
第三 今ニシテ俄カニ妻ハ夫ノ姓ニ従フトスレハ歴史ノ沿革実ニ小事ニアラス 例ヘハ何々天皇ハ何々天皇ノ第幾子母ハ皇后〔王〕氏ト署セントスル歟
帰スル所今別ニ此制ヲ立テント欲スルヲ以テ一大困難ヲ醸スナリ 右等ハ都テ慣法ニ従ヒ別ニ制ヲ設ケサル方可然歟 因テ御指令案左ニ仰高裁候也 〔二月五日内務〕
(『太政類典第二編』第133巻29項)

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2009/01/06

国籍法改正の次

 政権交代でおそれるもののひとつに、凍結状態にある法制審議会で答申された民法改正が一気にやられるのではないかという懸念である。つまり選択的夫婦別姓の導入と非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1と定めている規定の撤廃です。国籍法が外堀だとするとこれは本丸ですから、嫡出子と非嫡出子が相続で対等となれば、結婚と婚姻家族、嫡妻たる地位、日本的家制度、醇風美俗を崩壊させる危機になりますからもっと大変です。
 こちらのほうの最高裁判決は合憲なわけです。遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告 平成7年07月05日  最高裁判所大法廷 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25608&hanreiKbn=01ですから昨年6月違憲判決の出た国籍法とは性質の違う事柄ですが、国籍法改正の趣旨が非嫡出子差別撤廃という旗印なので民法改正の弾みがつくことを警戒したいと思います。
 夫婦別姓ももちろん強く反対です。フェミニストと言うのは、日本的家族制度に異常な憎しみを持ってますから、土間で嫁に食事をさせていたのが日本の伝統家族であると糾弾し、舅に仕えるのはまっぴらごめん。舅や夫と同じ墓に入りたくない。婚家の主婦となって家を継承するなんていう認識はさらさらない。舅になにも尽くしたくないが法定相続で婚家の財産だけはぶんどりたい。だから事実婚より有利な法律婚で夫婦別姓導入とか言っているわけですよ。女の強欲と打算がすべてに優先する異常な社会になるでしょう。

 迂闊なことに昨年の6月はニュースも見る余裕もなくて、平成20年06月04日 最高裁判所大法廷 違憲判決を知らなかったのですがhttp://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=36416&hanreiKbn=01平成20年06月04日 最高裁判所大法廷 違憲判決を知らなかったのですが、ちょろっと読んだ感想を述べておきますと、ワースト判決だと思います。横尾和子,津野修,古田佑紀判事による少数反対意見「国籍法が,出生後に認知を受けた子の国籍取得について,準正子に届出による取得を認め,非準正子は帰化によることとしていることは,立法政策の選択の範囲にとどまり,憲法14条1項に違反しない」という結論に同意する。とくに多数意見で気に入らないのが市民的及び政治的権利に関する国際規約及び児童の権利に関する条約を憲法判断の根拠のひとつにしていること。こんなものは法源としての価値を認めるべきではない。
 今回、的確な問題点をついて先頭に立って国籍法改正に反対した赤池誠章代議士は高く評価しますが、委員会で少数反対意見を引いて当局に質問しているのをチャンネル桜で見ましたが、反対意見の方が説得力があると思いました。

 「多数意見は,出生後の国籍取得を我が国との具体的な結び付きを考慮して認めることには合理性があり,かつ,国籍法3条1項の立法当時は,準正子となることをもって密接な結び付きを認める指標とすることに合理性があったとしながらも,その後における家族生活や親子関係に関する意識の変化,非嫡出子の増加などの実態の変化,日本国民と外国人との間に生まれる子の増加,諸外国における法制の変化等の国際的動向などを理由として,立法目的との関連において準正子となったことを結び付きを認める指標とする合理性が失われたと」としているが家族生活や親子関係に関する意識の変化,非嫡出子の増加などの実態の変化,日本国民と外国人との間に生まれる子の増加が違憲の論拠になっているのはおかしい。それには具体的、実証的な論拠はないのです。
 ウィキペディア「非嫡出子」によると2003年度の各国の非嫡出子の割合は、アイスランド63.6%、スウェーデン56%、ノルウェー50%、デンマーク44%、イギリス43%、アメリカ 33%、オランダ31%、イタリア10%となっている。
対して日本は「昭和60年において1万4168人(1.0%),平成15年において2万1634人(1.9%)であり,日本国民を父とし,外国人を母とする子の出生数は,統計の得られる昭和62年において5538人,平成15年において1万2690人であり,増加はしているものの,その程度はわずかである」と反対意見にあるように、非嫡出子2%未満の状況で、家族観に大きな変化とはいえないのである。
 我が国は婚外子の多いヨーロッパほど「進歩的」な社会ではないし、法律婚は動揺していないどころか、安定しているのである。
 戸籍をなくしたいとか言っているのは弁護士とかフェミニストであって、日本の戸籍と結婚制度を敵視していない国民一般の意識からは離れている。
 むしろ日本の法律婚は世界的に見ても比較的安定したシステムとして評価したい。我が国の法律婚は世界的にも類例のない自由主義ともいわれる。挙式の必要はない。届け出により容易に法律婚となり、協議離婚など離婚も容易。これも戸籍という優れたシステムがあるからでしょうが。戸籍のない国例えば合衆国の各州では手数料をとって結婚許可証を発行するわけですよ。州によっては待婚期間とか、性病などの検査証明とか要求される場合もある。それなりに厳格である。イギリスでは18世紀に軍事費調達のために結婚に印紙課税したりした。そういうことは日本ではないわけです。
 明治・大正時代は足入れ婚の悲劇もあったし、長期の内縁関係も多く必ずしも庶民に法律婚が徹底していない面も多分にあった。しかし今日では国勢調査などでわかっているように法律婚が完璧といっていいいくらい普及していて、だれでも結婚といえば入籍だと思っている。嫁が家風になじまなければ返してしまうとか入籍しない足入れ婚なんて今はないんですよ。芸能人だって、できちっゃた結婚をするわけです。法律婚は国民に広く受け入れられている。
 ところが、日弁連やフェミニストはスウェーデンのように完全に非嫡出子差別のない国家にしたいわけです。しかし非嫡出子の割合が56%もあるような法律婚が非常に不安定な社会を国民の多くが望んでいるわけではないです。
 さらにいえば、反対意見にもあるように、ヨーロッパのように国際結婚が多い地理的状況とは違います。日本のナショナリズムの基本は9世紀の新羅の入寇という対外危機にあると思いますが、承和年間に張宝高事件というのがあって新羅の権力抗争に我が国も巻き込まれる危険もあった。大宰大弐藤原衛4条起請というのがあって、新羅人の来航を全面禁止すべきというものだったが、この強硬意見は認められず、徳を慕って来日する者に「仁恕」を示すべきとされ、賊虜を放還するなど中途半端な対応となった。しかし新羅人の帰化は以後認められなくなったといわれる。このように日本は9世紀の段階で国民純血主義的な方向で文化が形成されていったのだから、ヨーロッパの歴史的背景とは違う国民意識である。日弁連の女性委員会がギヤーギャー言っていも、こんなの無視していいんですよ。

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2008/10/16

尾身幸次元財務相は正論を述べていた

 迂闊にも2007年4月のこのニュース--尾身財務相、「残業半減では日本はキリギリスに」と発言--
ワークライフバランス政策批判の正論http://news.ameba.jp/2007/04/4227.phpを見落としてました。
 まともなことを発言する閣僚もいたのですね。ワークライフバランスに好意的な安倍晋三元首相は経済的自由を否認する社会民主主義者というほかない。いまだに日本が長時間労働だと思っているのが誤った認識、アメリカ人の方が良く働いている。
 私は女帝に反対ですが、元明・元正女帝の治世の貨殖富国政策は高く評価しています。元正女帝(霊亀元年即位-715年)の詔勅「国家の隆泰は、要ず、民を富ましむるに在り。民を富ましむる本は、務、貨食に従ふ。故に、男は耕運に勤め、女はジム織を脩め、家に衣食の饒有りて、人に廉恥の心生ぜば、刑錯の化け爰に興り、太平の風到るべし‥‥」(霊亀元年十月七日条)。民を富ませることが国政の基本方針であることを述べ、人民に貨殖に励むよう諭し、勤勉に働くよう命じた。
 統治者なら、もっと国民は誠実な勤勉さで長時間働けと命じるべきだ。
 

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2008/10/15

感想 週刊東洋経済-大学別生涯給料獲得ランキング

 発売中の10月18日号64頁ですが、二位に聖心女子大(30歳推計年収665万)、三位神戸女学院大(30歳推計年収661万)、発売中の雑誌なので詳しく引用しませんが、6位、7位、9位が女子大です。これは主要408社のうち平均年収が開示されている364社のデータから生涯に獲得されるだろう給料の順位である。女子大がこれだけ上位を占めているということは、共学の女子も生涯給料は高いと推定できる。金融・商社がメーカーより生涯給料は高く、それを反映した結果と書かれてますが、このランキングを見ればもはや女性は経済的にも弱者ではないように思えます。とりわけ高学歴女子は、当然夫も高学歴になるからダブルインカムで高収入となるわけです。その子どもも高学歴となり社会階層は固定化していくでしょう。
 にもかかわらず、次世代育成支援だの、ワーク・ライフ・バランスだの実質的にフェミニズム思想を公定イデオロギーとして特定社会階層の女性の利益のための政策をやってますが必要ないように思えます。
 私はサッチャーの言う不平等の価値に賛成ですし、格差社会に反対しませんが、特定の社会階層のための政策で格差を助長する立法政策は反対です。
 90年代後半以降、ITの進歩、目標管理、成果主義、組織のフラット化、コミットメント、高業績業務システム、顧客第一主義、エンパワーメント、官僚制の打破と権限委譲、全方位360度評価、ホワイトカラーエグゼンプションの検討というような趨勢で、仕事にやる気が出てきて、これからは頑張れば評価されるし、仕事も楽しくなる。できれば時間外手当適用除外で土日も働きたい、週60~70時間は当たり前に働いて業績を挙げたいという意欲が出てきていたのに、ワークライフバランスで相当冷や水を浴びせられてますよ。
 成果や目標達成、コミットメントより、男性も育児に参加するため、仕事をやらない、やらせない。フェミニストが男性は働くなと言ってるから労働意欲を持ってはいけない。休暇を取らないから悪者扱いにされて、迫害状況になっています。 
 プロクター&ギャンブルやSASインスティチュートのような生産性の高い一流企業がファミリーフレンドリーな政策を採ろうが何も文句はいいませんが生産性が低いのに時短を強要するから、益々おかしなことになっている。アメリカは地位が高い人ほど長時間働くといいますが、都庁だと、管理職率先定時退庁ですから。率先して仕事しない主義なんでどうしようもないです。都庁なんてぬるい職場ですが、40代になって役職につかないと居場所がなくなる会社だってあるわけですから、必死になって働かなければいけないのに、フェミニズムが許さないと言うことになってます。
 結局、ワークライフバランスのような社会民主主義的な政策で社会階層は固定化し、高学歴階層が既得権保護のため女性厚遇を続けることになり、クラス上昇の困難な風通しの悪い社会になります。中の下ぐらいの男性がハードワーク主義で成果を挙げて昇進することはワークライフバランスに反し許さないということですから、昇進の見込みもない男は、結婚も諦めて社会的に淘汰されるだけ。

 

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2008/09/06

12週無給の家族医療休暇法制しかないアメリカ合衆国では平均出産後11週で職場に復帰するらしい 

 ペイリン副大統領候補が4月に生まれたダウン症の赤ん坊がいるのに、選挙に出ることが議論を呼んでいるというニュースがありますが、http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-33601120080904
 アメリカでは「仕事を持つ母親は、米国では平均で出産後11週で職場に復帰する」ということが書かれてます。2ヶ月半ですね。
 アメリカ合衆国は有給の出産・育児休暇制度を持たない。というのも連邦法で妊娠差別禁止とは、一時的労働不能状態の傷病者と同等の処遇とすることが差別禁止の内容であるから。
 連邦法としては1993年家族・医療休暇法(50人以上雇用する使用者は出産、養子の受け入れ、子・配偶者・親の重大な疾病、本人の重大な疾病のために1年間に12週の無給休暇を被用者が取得することを認めなければならないとする性的中立立法)があるだけ。ブッシュ父が二度拒否権を発動したいわくつきの悪法です。もちろん私は反対。レーバーコストになるから。
 これを利用するとしても無給で12週休めることになっている。大企業やファミリーフレンドリーをポリシーとしている企業ではそれ以上に厚遇されることもありえるが、ファミリーフレンドリーな政策というのは例えば世界一の日用品メーカー、プロクター&ギャンブルのような優良企業の個別政策にすぎないのであって、我が国のように、政府が音頭をとって女性厚遇のためのワークライフバランスを強要するようなものではない。
 アメリカとの比較においても、我が国の実情は有給の育児休暇だのは女性を甘やかししすぎる。大企業で余裕のあるところだけがやればよいのであってワークライフバランスを大合唱して、女を甘やかすのは異常な政策といわなければならない。

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2008/05/20

子育て支援政策は直ちに中止すべき

 時短・残業免除を義務化へ子育て支援で厚労省という記事がありますが。http://sitesearch.asahi.com/.cgi/sitesearch/sitesearch.plばっかじゃないの。時代錯誤ですよ。ドイツやフランスでも時短の行きすぎが見直されてるのに。民間企業も公務員みたいなとろい働き方にしようなんて。
だいたい次世代育成支援とか少子化対策とか、出産とか子育てといったドメスティックな領域に政府が干渉することが不愉快です。産みの苦しみは神が女に与えた罰なんだから、支援する必要なんてない。出産費用がかさんで、救貧民に転落しようが、昔はかまっていなかったわけですよ。何もかまう必要はないです。
キャリアウーマンって、男と同じ土俵で働かないといけないんですよ。仕事か子どもか選択の自由があるんだから其れで機会均等で十分だ。
だいたい子どもなんてコスト以外の何物でもないんですよ。自分より出来の良い子どもが生まれるとは限らない。むしろ親に反抗したり非行に走ったりするわけです。子どもに継承させる家業も財産もないわけだから、子どもなんて必要ない。最近の女どもは、男も育児に参加しろとか厚かましいこと言うから、余計子どもが嫌いになるわけ。
  しかも少子化対策の実質的効果もが疑問なわけで、効果がある政策の一つは、大卒女子の賃下げでしょう。私はアドキンス判決支持と言っておりますから政府の賃金統制には反対ですが、何が何でも少子化対策と言うなら。
つまり女子は高卒と大卒の賃金格差が男子より大きく、進学による経済的効果が大きいと認識されていることが、女子の高学歴化を促すと同時に教育投資効果を回収するため、結婚を遅らせますから。
第二に男女雇用機会均等法その他の、女性の社会進出を促し、継続雇用を保障するような政策を全廃することです。
シカゴ大学のエプステイン教授は、公民権法タイトル7のような雇用差別禁法はいらないと言ってますが、共鳴できる見解です。 
 合衆国のタイトル7より、我が国の女性労働政策は悪性だからなおさら。
 つまり女性の社会進出を歓迎し、継続雇用保障と女性特別待遇を後押しする政策が、男に頼らなくてもやっていけるとの期待を持たせ、結婚して苦労を分かち合う生活より、独身の方が収入を独占できるので、晩婚化と未婚化を促していると考えられるからだ。
 70年代までは、大抵の女子は高卒で就職して適齢期の結婚で退社してたわけでしょ。だから私は80年代に大手都市銀行が高卒女子採用を短大卒に切り替えたのが、少子化問題の発端だったと考えております。

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