カテゴリー「教育」の9件の記事

2009/08/08

30年前の懐かしい番組

 NHK教育の「みんなの科学」。http://www.youtube.com/watch?v=cq8yO59Hc7U&feature=relatedアシスタントの梅田由利香は覚えているが可愛かったと思う。オープニングだけなので残念。一応私の出身校は理科系の園芸高校園芸科だからそのころは視聴していた。これでも化学Ⅰ、生物Ⅰ、作物保護、土・肥料、草花園芸、総合実習の成績は5だったから。実は私は放課後も学校農業クラブ花卉班の活動で圃場で作業をしていたので、この番組を見る時間までに家に帰ってなかったことが多かったが、たんほぽの外来種に関する番組を見た記憶がある。花卉班の一年先輩の女生徒もその番組の話をしていた。しかし花より美人のほうに酔ってしまったので花屋には就職しなかったというのは冗談です。
 百合のオリエンタルハイブリッドの品種カサブランカがオランダで作出されたのがそのころで、草花の先生が、この百合はすごいとか興奮していたのを思い出す。

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2009/02/10

感想 大沼直樹「幼少の頃の夏目漱石」

『教育学雑誌』日本大学教育学会32号1998年。たまたま、ネットで漱石と落語の関連で検索していたら出てきた論文であるPDF http://www.nuedu-db.on.arena.ne.jp/pdf/032/32-r-002.pdfhttp://www.nuedu-db.on.arena.ne.jp/backno2.htmlそもそも高校教科書以外で漱石など読んだことなどない。著名人の人生に関心があるだけだ。
  これを読むと、漱石は我が儘で悪戯もやっていた。養父は浅草の扱所(現在の区役所)の頭だった。24頁に---養父は,漱石のために「尾の長い金魚」「武者絵,錦絵」「緋絨しの鎧と龍頭の兜」「脇差し」 など,言うがままに買ってくれたのである--- 外へ出る時は,「黄八丈の羽織を着せたり」「縮面の 着物を買うためにわぎわざ越後屋(現在の三越)迄引っ張って」行ったりした。25頁に自分の好きなものが手に入らないと,往来でも道端でも構わずに,すぐ其所へ坐り込んで動かなかった。とある。養父母は吝嗇とも書かれているが物質的には中流以上の恵まれた生活だったと考えられる。やっぱり物質的に恵まれていたからこそ、学歴の頂点に立ち、作家としても成功したのである。
  特徴的なのはやはり、子供であるのに寄席に通っていること。24頁----「硝子戸の中」には「私は小供の時分能く日本橋の瀬戸物町にある伊勢本といふ寄席へ講釈を聴きに行った」と述べており,この伊勢本が度数からいうと一番多く通った と漱石は回想している。幼少の頃からずいぶん寄席通いをしていたらしい。漱石はまた芝居小屋に も顔を出している。当時の寄席と芝居小屋は,いわば公共語としての日本語の訓練の場であったと いわれる。漱石の言語感覚がそこで磨かれたであろう---
  私はテレビ世代なので、寄席も講釈も全く知らない。ボキャブラリーが乏しいのは仕方ないが、漱石は作家としての素養を寄席で磨いたと考えられる。伊勢本は当時、東京でも一流の寄席だった。
  なお、漱石は『三四郎』で三代目小さんが天才だと書いているらしいが、作家になってから牛込に住み、神楽坂の和良店という寄席に通ったらしい。当時神楽坂には5軒も寄席があった。

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2008/12/06

高校生にとって携帯電話は必需品 橋下知事の持ち込み禁止強権発動やめろ

   橋下が政令指定都市をのぞく府下の公立学校で携帯電話禁止令という強権政治をやってるがとんでもない。  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081205-00000010-yom-soci   9月23日にも書きましたが、月刊高校教育8月号によると 2007年7月発表の内閣府調査によるとケータイ所有率は、小学生31%、中学生57.6%、高校生96%で、高校生は必需品となっている。2008年4月の日本青少年研究所の調査でも96.5%である。千葉勝吾の記事によると1998年の都立高校生1200名の調査では3%だったからここ10年で3%から96%に上昇したことになる。当初ケータイはアルバイト率の高い学校から自立の象徴とみなされ広まったと言っている。
 高校生は必需品ですよ。教育社会学的に言うと、学校は友人をつくったり、情報を交換したりするために登校するものなんですよ。勉強をするのは建前というか第一義ではないんですね。まじめに校則を守っていたらピーアグループ の文化にとけ込めなくて孤立するだけでしょ。橋下の母校は進学校で勉強してたかもしれんが、一般的にはそうではないです。学校なんてたいしたことは教えませんから。校則を守って一生懸命勉強したところで、学校が安定した就職先を斡旋してくれるのか、そういうことはない。むしろ、アルバイトで社会経験を積んだり、異性関係で社交的な技術を覚えたほうが社会では役に立つわけですよ。私は成人年齢引き下げに反対だが、半分以上大人の高校生を子供扱いしていて不愉快だ。
 このIT時代にIT機器を取り上げたりするとは野蛮ですよ。私は東京在住だが、関西が好きだし、大阪にもっと発展してもらいたいと思ってるが、強権橋下は嫌いです。こんなことでは大阪がクリエイティブてスマートな都会のイメージとかけはなれてしまう。

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2008/09/24

感想 月刊高校教育9月号

 114頁の今月の教育ニュース 新学習指導要領解説書の竹島記述問題です。
 竹島とは、隠岐諸島北西約160キロにある、2つの小島と数十の岩礁からなる群島で、23ヘクタールと総面積は日比谷公園程度、海面にそびえ立っていて、植生や飲料水に乏しい。
 記事によると、領有権問題を扱っている中学校の地理の教科書は6冊中1冊、公民は8冊中3冊、「我が国固有の領土」と明記しているのは扶桑社と東京書籍の2冊のみ。竹島が日本領となった歴史を解説しているのはない。ある中堅出版社の担当者は「中学生の発達段階を考えると難しいと危惧した」とあります。
 なるほど無主地先占とか、サンフランシスコ平和条約での米国の認定、李承晩ラインと不法占拠、日本船が拿捕されたり、日韓漁業協定、暫定水域まで説明するのは難しいかもしれない。私自身よく知らない。
 
 以下記事から引用です。「江戸時代の初期の1618年には、鳥取藩伯耆国米子の町人が幕府から鬱陵島への渡海免許を受けました。当時の竹島は鬱陵島渡航の目標やアワビの漁獲地として利用され、日本は17世紀半ばに領有権を確立したそうです。竹島が正式に日本領となる契機はアシカともいわれます。乱獲されるアシカ猟を安定させようと島根県隠岐島民の中井養三郎は、明治政府に竹島の領土編入と貸し下げを要望。政府は1905年、同県編入を閣議決定しました。」とありますが、アシカが群棲して漁獲の好地だったという歴史は中学生にも難しくはないように思います。(外務省のホームページ竹島問題の概要http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/gaiyo.html 参考http://blogs.yahoo.co.jp/dune01220227/54234892.html http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=105200145

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2008/09/23

感想 月刊高校教育2008 8月号 10月号

 8月号の特集は「ネット・ケータイとの共生を図る」 2007年7月発表の内閣府調査によるとケータイ所有率は、小学生31%、中学生57.6%、高校生96%で、高校生は必需品となっている。2008年4月の日本青少年研究所の調査でも96.5%である。千葉勝吾の記事によると1998年の都立高校生1200名の調査では3%だったからここ10年で3%から96%に上昇したことになる。当初ケータイはアルバイト率の高い学校から自立の象徴とみなされ広まったと言っている。
 私はITに弱いんで、モバゲーとかプロフと言われても何かわからないんだよね。時代遅れと言うほかないな。

 122頁今月の教育ニュースは「3分の1の大学で高校範囲学習」文部科学省の昨年11~12月の国公立710校の調査によると、33%がリメディアル教育(補習授業)、36%が学力別クラス編成を行っていることです。
 アメリカでは昔から当たり前ですよ。入学時にプレイスメントテストと言う学力調査テストをやって、振り分けるんです。高校-大学の接続関係を円滑にするため当然だと思います。つまり、高校の履修科目や水準にばらつきがあるから当然だし、それをやっているのは親切な大学だと思います。71%の大学がリポートの作成や図書館の利用方法を教える「初年次教育」を行ってますがとても親切ですね。昔は何にもやらなかったそんなものやってられるかというぐらい教育不熱心だった。今の大学は親切だし学生も真面目なんじゃないですか。
 記事は「お手軽入試」とか入試を甘くしてきたツケとか書いてますが、私は反対です。大学は入試で一定の偏差値以上の人を採って治療教育みたいな手間をかけないでふんぞり返っていられる時代じゃない。適性をある人を採って高校教育の穴埋めも大学でやって育てると言うことでいいんじゃないですか。
 これは最新の10月号の特集「これからの高大接続を考える」特集の斎藤剛史の記事ですが2008年の大学。短大進学率が52.8%。2007年の私立大学の入学者全体のうち一般入試合格者は49.6%で5割をきっている。つまり、推薦入試、アドミッションオフィス入試等で入ってきているわけです。「大学入試により学生の学力が保障されるという選抜システムが既に機能しなくなりつつある」とのことです。 

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2008/02/16

中学校保健体育1・2年武道・ダンス男女必修絶対反対

 近年の保健体育教育はかつての体力の鍛錬とかではなく、生涯スポーツの基礎を教えるような在り方に教育目標の重点が変化してきたことは良いことだと思っているが、今回の学習指導要領改訂案http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080215-00000946-san-sociでは政治的思惑が強く反映され、本来の体育教育の教育目的に反していると考える。
 前から強く疑問に思っていたことではあるが、このさい言っておくと、中学1・2年の従来選択必修だった武道・ダンスを男女とも必修とするという。
 選択必修というのは各学校の指導計画での取捨選択で、生徒が選択する趣旨ではないから、従来は、男子が柔道・剣道・相撲などをやって、女子がダンスを指導内容とするのが一般的な考え方だったのだと思うが、武道を男女とも必修にしたいがゆえに、男子にダンスも必修とさせるのは本当に迷惑。従来ダンスは女子の指導計画で男子にやらせるのはばかばかしく思う。ダンスなんてやってられるかバカ野郎。何でも男女必修にしてジェンダーフリーにすれば、フェミニストも反対しないというかなり、政治的な思惑で教育が道具にされているように思う。
 武道は生涯スポーツたりえないのでhttp://blog.livedoor.jp/man_ji/archives/50979106.html、体育教育で強調すべきではないと思う。実際私などは、指導要領で選択必修でも武道は履修していない。
 男子に家庭科が押しつけられたうえに、今度はダンスもやらせる。男子にくだらない負担をさせて受難時代になっている。
 もう一点、私は宗教の自由に関して徹底的にリベラルな見解である。平和主義を信奉する、エホバの証人は信仰上の理由で武道指導を拒否することで知られるが、良心の自由には十分配慮していただきたい。

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2007/08/18

カレッジランキング2008

  かわりばえのしない恒例のニュースですが、U.S. News & World Reportカレッジランキングが発表されたので引用しておきます。
総合大学では8年連続でプリンストンが1位です。2位、3位も変動なし。
   http://colleges.usnews.rankingsandreviews.com/usnews/edu/college/rankings/brief/t1natudoc_brief.php
  ノースカロライナでは、8位にDuke University(ダーラムにある)、28位に  University of North Carolina Chapel Hill  30位にWake Forest University(ウィンストンセーラムにある)85位にNorth Carolina State University Raleigh が入ってます。
 チョ・スンヒ事件で有名になった Virginia Tech は71位でした。

  リベラルアーツカレッジはhttp://colleges.usnews.rankingsandreviews.com/usnews/edu/college/rankings/brief/t1libartco_brief.phpではWilliams College が1位、アマーストが2位、スワスモアが3位、ノースカロライナではDavidson Collegeが9位に入ってます。

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2006/10/29

森元総理の言うとおり。必修科目の追加履修なんてやめるべきだ

 マスコミがつまらないことで大騒ぎしてますが、文部科学大臣が小役人根性丸出しで補習させるとか言ってますが、こんなのどうでもいいよ。首相が文科相の発言に反発して特例的救済を検討するよう指示という報道もありますが、補習みたいな無意味なことやめたほうがよい。さきほどTBSのサンデーモーニングでも森元総理が昨日補習の必要なしとの見解を述べていた映像が流れました。森元総理の言うとおりだ。さすがは首相経験者だ。
 前にも書きましたが、そもそも教育課程なんていいかげんなもので、私が中学校の時は指導要領改訂の目玉である現代化教材を教えなかったり(図形の位的な見方とか二進法とか)、義務教育の到達水準ともいうべき等加速度運動を教えなかったり、建前は現代化ですが、全然現代化していない陳腐な授業でとてもがっかりしました。国語だって10分の2だったかな。授業の一定割合を作文にあてるよう指導要領にあるわけですが、小学校の低学年ほど作文を多くやって、学年が上がるごとに減っていって、高校では1年生の箱根の遠足の感想1回だけで終わり。指導要領どおりでは全然ないんですよ。ある意味で教師はさぼっているともいえます。体育だって男子が格技、女子はダンスが指導内容にありますが、中学校で武道はやってませんから。だから私は柔道がわからないです。当時は保健でタバコは酒やコーヒーと同じ「嗜好品」と教えてたんです。だから警戒感がなかった。私がタバコをやったのは20歳になって職場の宴席で係長に勧められたのと、財布の落とし物を届けたらお礼にマイルドセブンを1ダースもらったことがきっかけですが、薬物中毒になることとかきちんと教えてもらえば24年間もタバコ中毒で苦しみ、動脈硬化でボロボロになって人生を無駄にすることもなかったです。ろくなことも教えないで時間だけは履修しても中味のない授業が多かった。もっとも近年は大学改革でシラバスがはやったり、こうした点はずっと改善されていると思います。
 私は園芸高校で当時の化学Ⅰの成績は5ですけど、モル概念や原子のボーアモデルを理解した程度の水準です。たいしたことはございません。当時の生物Ⅰも5ですけど園芸科なのにメンデルの法則を教えないで終わり。それでいておまえらの安い月謝じゃこの程度のことしか教えてやらないとか教師が威張っちゃってるんですよ。補導担当の教師でしたが、最初に言ったことで驚いた。女生徒のなかから必ず万引きで捕まる生徒が出ますと予言するんです。自由が丘のピーコックなら碑文谷署、大井町の阪急なら大井署にお世話になることになります云々と述べ、予断と偏見で人をみているのでひどいなあと思いました。生物と関係ないでしょ。実際にはそういう女生徒は出なかったんですよ。外国語は職業高校なんで当時の英語A9単位だと思いますが、なぜか教科書は英語Bのリーダーだった。これは就職対策かたんに見栄だけなのかなとも思いましたが、普通科の当時の英語B15単位は読本・文法・作文と三種類の教科書があるんですが、読本だけというのはヘンだと思いました。世界史なんて無茶苦茶で、毛沢東はどこの国のなんていう肩書きかというクイズを書かせて、誰も正解者がいないんで、あんたらなんでこんな常識も知らないんだとか愚痴っぽいことをさんざんいって1時限終わりですよ。それで中国の制度や毛沢東の事績を説明するわけでもないんです。私は「中国で一番偉い人」と書いたんですが、党主席と言う肩書きは知っていたが、国家主席が空席なのか兼ねるのかよくわからなかった。中央軍事委員会主席というのも知ってましたが党なのか国家なのか判然としなかったから、そういう答えになった。大人でも国家主席と党主席の区別ができない人がふつうなのになんでこんなことを質問するのかと思った。フランス革命なんて、教科書を黙読させ感想を言わせるだけで、経過についての説明がない。だいたいプランジジネット朝とかカペー朝とか王朝名を覚えさせることもないんですよ。
 だいたい高校学習指導要領は大分前から大綱的基準で生徒の実態に応じて弾力的に運用することが基本になっているし、今回、マスコミに叩かれた高校は、進学などで実績を上げて評判の良いところも多いようだ。行政側もそれを求めてきたわけだし、進学実績を上げる努力をしている高校が叩かれるのはおかしい。企業のコンプライアンスみたいな感覚で追加履修を強要するのはばかげていると思います。

川西正彦

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2006/07/02

小学校体育着替えは男女同室であたりまえ

文部科学省が体育着替えなどの男女同室の是正を指導するとか言ってますが、全く必要ないと思う。「<体育着替え>公立小学校の6割強で男女同室 文科省調査」という見出しですが、違和感は全くない。6割強の学校のほうが健全だと思う。へんに配慮してついたてを立てたりするほうがよっぽど不自然。小学校まで分けようとする発想は行き過ぎだ。こんなつまらないことにいちいち目くじらをたてるのは全くばかげている。だいたい小学校の同室着替えは昔からそうですよ。当局は勘違いしてるんじゃないか。別にジェンダーフリー思想の影響ということではないですよ。
 毎日の記事
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060701k0000m040095000c.html
 要するに 男女同一の指導計画を前提とするならば、小学校の着替えは男女同室で整合的である。体育の着替えはジェンダーフリー思想とは基本的に関係ない事柄でしょ。私は、家庭科共修、男女役割分担の定型概念の打破とか、女性にゲタをはかせて優遇する政策には反対だし、親の監護教育権も尊重しますが、施設設備の同一の便宜供与という意味での男女平等は賛成してもよいし、とくに着替えの男女同室は賛成する。
 
 着替えについて羞恥心云々とかいってますが、教育課程で宗教的良心にもとづく理由でない以上配慮する必要は全くない。そもそも日本の土俗的文化では男女入り乱れて雑魚寝状態になったり混浴に羞恥心をもたない文化であるから、そういう文化的伝統からいっても着替えや身体検査は鷹揚な考え方でいいんじゃないですか。
 そんなことより女子体育のハーフパンツをやめて、ブルーマーを復活すべきだ。学校体育は競技スポーツとは違うが、もし自分に娘がいたら、あんなだぼたぼした服装はださくて我慢できない。身体にフィットしていないとだめ。

 そこで私自身の経験を述べることとする。自分は著名人でいうとノーベル化学賞の田中耕一フェローと同じ世代、昭和47年中学1年で集合論を初めて履修するようになった「理数教育の現代化」学習指導要領世代で、あと著名人としては村上世影氏とも同い年ですが、株主主権論は正論だし、検察当局の国策捜査に疑問を持ちます。要するに谷間の世代ですが、それはともかく自分は世田谷区立烏山北小出身ですけど、小学校(昭和41~46年度)では水着の着替えも男女同室というか男女交互に座っている自席でそのまま着替えていた。だからそれがあたりまえだと思っている。当時は空き室もないしどの学校でもそうでしょ。6年生になるとタオルなどで隠して着替える児童が多かったが、自分はそういう面倒なことが嫌いなのでふるちんになってさっさと着替えてましたよ。女子もそれなりに隠してけっこう器用に着替えていたと思うし、みられないで着替える方法があるし、全員が黙々を短時間にさっさと着替えるだけだから、困惑している児童はいないし、児童同士でからかうようなことは一切ない。なんら問題はない。そういう経験から小学校の着替えまで分けたいという超アナクロな発想に強い疑問を持つ。
 烏山中学校(47~49年度)では男女いずれか一方が別のクラスの教室に出て行って着替えるスタイルだが、中学校では体育が男女別の指導計画を基本としていたので、2クラス合同だったのかな。たぶん隣のクラスで着替えたのだと思うがほとんど記憶がない。記憶として残っているのは教室廊下側の上部に通気用のガラス窓が斜めに半開きになっていて光の反射の具合で中の様子が覗けたこと。階段からかがみこむと女子の着替えを覗けるスポットもすぐ発見した。しかし実際に覗いてみる度胸はなかったな。
 脱線しますが中学校はものすごく不満が多かった。現代化っていうのは1957年のスプートニクショック以降、いわゆる生徒中心の進歩主義教育や陳腐化した教育内容が批判されて、現代的な教材をとりいれていったもので60年代から米国ではじまった、PSSC物理、ケムス化学、BSCS生物などの“学問性中心” のカリキュラム 改革運動です。日本でも文部省が模倣していった。
 当時マスコミは「詰め込み教育」とか「新幹線教育」と批判していましたが、本質はそういう問題じゃないです。小学生だから教育課程行政の詳細は知らなかったが、教育テレビで「新しい数学」という八木光生のナレーションの番組があって、昭和47年からカリキュラムが改訂されることは宣伝されていたし、現代化カリキュラムに期待して中学校に入学したのですが、実態としては教師がそれに対応できておらず旧態依然とした指導姿勢で現代化教材の教え方が下手というか、勝手に手抜きをしていたことが非常に不満でした。
 例えば数学に「図形の位相的見方」という指導項目があって、トポロジーっていうんですか。教師が勝手に教科書を飛ばしちゅうんですよ。それが都立高校の入試に出た(新指導要領の目玉だから、当然予想されていたことなのに)ので今でも怒ってます。30年たっても怒りが収まらない。教えてくれないのに試験で答えられるか。理科なんか当時の義務教育の到達目標ともいえる「運動の第一法則」はどうせ高校の物理でやるからとかいって教えてくれないんです。「現代化カリキュラム」以前の問題ですね。俺は園芸高校だから当時は「物理Ⅰ」という科目でしたが、高校3年の履修なんですよ。中学3年でやることが高校3年に持ち越しになったわけです。要するに問題は「詰め込み」じゃないです。教育課程改訂の趣旨が徹底してないし「手抜き」が問題だったんです。“学問性中心” のカリキュラムというふれこみが実際にはそうじゃないというのが非常に不満だった。
 公務員は無責任だしいいかげんだと思いました。必修クラブなんか出てこない担当の先生がいて、自然解散になったりしていた。そんなことに比べたら、体育の着替えのなんたらこうたらくだらないよ。どうでもよいことです。
 高校の試験で思い出したが、この際、30年以上溜め込んだ不満を吐き出しておきます。都立高校の合格発表の後に貸し切りバスに乗って向ヶ丘遊園のスケートリンクに行く行事があった。予想に反して出席者が全体(1学年10クラス)の半数かもっと少なかったかな。親しい友人も欠席していたので、時間をやりすごすこともできなくなって非常に困惑した。生徒を困惑させるというのはこういうことをいうんですよ。本当は行きたくなかったけどこれは公式の特別活動の学校行事というふれこみだったし教師も引率していて参加が義務づけられていたので出ていったんですが、後日欠席した友人から、全員参加は建前にすぎないのであって勝ち組が合格した後に滑って楽しもうという余興だから律儀に出る必要はないんだよといわれました。へぇ~と思ったわけです。どういう会計処理だったか忘れましたが、それだったら始めから勝ち組のごほうびにして任意参加にすればいいのに。
 スケート靴なんて履いたのははじめてだし、予想に反して指導してくれる教員もいないので、初めから興味もないし、けがしたら大変だから、一日動かないでじいっとしているだけでした。戸山とか青山とか有名高校に受かった人はいいんだろうけど、俺は「園芸高校」で非公式な格付けでいうと下位だったので、全く場違いな感じがして、女の子とはしゃいでいる野郎を見せつけられるのは面白くないし、逃げ出したくなったよ。そんなわけで、死角になるような陰に隠れて終了時間をじいっと待っていました。
 でも烏山中の学校行事でよかったのは、歌舞伎町ミラノ座の映画鑑賞会。大きな映画館に入るだけで嬉しかった。題名を忘れたがシドニー・ポアチエ主演でサンフランシスコを舞台とした映画をみた記憶がある。ミラノ座前の広場に集合して現地解散だったと記憶している。遠足は毎年西武沿線で正丸峠とか巾着田とかだったな。西武新宿から貸し切りの電車だった。河口湖の移動教室や、京都・奈良の修学旅行も疲れたが悪くなかった。なお2チャンネルの千歳烏山スレッドによると、荻野目洋子、男闘呼組の高橋一也(現和也)、黒田勇樹、脚本家の三谷幸喜が烏山中出身らしい。それなりにタレントを輩出していることになるが、これはたぶん教育の善し悪しとは無関係だと思います。

川西正彦
 
 
 

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