カテゴリー「英米法」の11件の記事

2008/06/26

感想 リチャード・エプステイン『公用収用の理論』(2)

 エプステインはブラックストン『釈義』の財産の定義を重視している。37頁以下です。「財産権ほど、かくも広く人類の想像力を喚起し、その心を魅了するものはない。それは1人の人が外界の事物に対して主張し行使する唯一の独裁的な支配であり、世界中の他の人々がその権利をもつことを全面的に排除するものてある」「第三の絶対的な権利、これはイングランドの人間なら誰もが生まれながらにして持っているものだが、この権利とは財産についての権利であり、それは、自分の取得したものは何であれそれを、自由に使用、収益、処分できるということである。そして、その制約を受けたり減らされたりすることは、唯一国の法律によるのでなければ、一切なしえないのである」
 注釈がある。「国の法律」の意味だが、20世紀の社会経済規制立法のように財産権を制約することを正当化するものでは全くないのである。「正規の手続によらなければ個人から財産を奪うことはできず、特例的、臨時的な手続きでは裁判の代わりになりえないことを意味するものでしかない‥‥ブラックストンの時代にあっては‥‥議会優位の発展は見られなかった」(49頁)と説明されている。
 ブラックストンに忠実だということは保守的で安心できる。なるほどこれは重要な事を言っている。財産権は絶対的なのである。

 しかし私は、合衆国最高裁で極保守派といわれたブリューワ判事(David Josiah Brewer任1889~1908)のは1891年のイェール大学の講演も好きである。。
「イヴが禁断の果実さえ欲して占有をした、その記録に残る最初の時代から、財産の観念とその占有権の神聖さとは、一度も人類から離れたことはなかったのである。理想的人間性についていかなる空想が存在しえようとも‥‥歴史の夜明けから現代の時代にいたるまで、現実の人間の経験は、占有の喜びと一緒になった獲得の欲求が、人間活動の現実的な動機となっていることを明らかにしている。独立宣言の断定的な表現のなかで、幸福の追求は譲渡することのできない権利の1つであると断言されているとき、財産の獲得、占有、及び享有は、人間の政府が禁ずることができず、それが破壊することのない事柄であることが意味されているのである。‥‥永遠の正義の要請は、合法的に取得され合法的に保有されたいかなる私的財産も公衆の健康、道徳あるいは福祉の利益のために、補償なく略奪されあるいは破壊されることを禁ずるものである」ラッセル・ギャロウェイ著佐藤・尹・須藤共訳『アメリカ最高裁判所200年の軌跡 法と経済の交錯』 八千代出版1994年 89頁
 私有財産権は神聖だと述べている。しかしブラックストンがより論理的であることに気づく。それは私有財産の排他的占有「世界中の他の人々がその権利をもつことを全面的に排除する」ものが財産であると。

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2008/05/21

感想 宮田智之 「連邦最高裁判所、 テキサス州のソドミー法に違憲判決」

ローレンス対テキサス判決の要領の良い論評http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/219/021904.pdf 外国の立法219号2004年2月
ケネディ法廷意見の難点として、バウアーズ対ハードウィック判決のスティーブンス反対意見を支持しているところが問題。道徳に対する罪を否定するのはリベラルな刑事政策で、私はそれを否定しないが、実体的デュープロセスという憲法上の権利とまでいえるかは疑問である。

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2008/05/18

感想 根本猛「男女別学の合憲性 ―VMI判決を中心に―

  1996年のバージニア州立士官学校の男性のみを入学させると言う政策が平等保護条項に反し違憲(7対1)とした判決の論評。http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/handle/10297/1343静岡大学法政研究3巻2号1998年。
  ワースト判決だと思う。フェミニストのギンズバーグ判事の法廷意見は不愉快だ。
  私はスカリア判事の原意主義とは立場が異なるが、建国以来の長い伝統に支えられた慣行を覆すべきではない。男女別学の教育的価値について司法部が干渉すべきではないとする反対意見に大筋で同意する。
  そもそも、私は女性差別を平等保護条項で違憲とした1971年のリード判決がウーマンリブに迎合したものとして反対なのである。クレイグ判決で採用された中間審査基準も厳格過ぎると思っていた。ホーガン判決も5対4の僅差だったはず。
  ところがギンズバーグ法廷意見は9回も性差別が正当化されるためには「非常に説得的な正当化理由」が必要だと述べ、これは厳格過ぎるし(強められた中間審査基準)、中間審査を採用した先例からも逸脱しているというスカリア反対意見に同調する。

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2008/05/15

感想 根本猛 「実体的適性(ママ)手続の新たな射程 ― いわゆるソドミー法をめぐって ―」

   ローレンス対テキサス判決の論評です。静岡大学法政研究9巻4号http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/handle/10297/1290気になったのは引用されている次のBarnetの論評

----ローレンス判決はニューディール憲法学の転換を画するという。すなわち、ローレンス判決が革命的なのは、ゲイの権利を承認したからではなく、ニューディール後の憲法判例の枠組み「合憲性の推定」対「基本的権利」を壊すことになるからである。繰り返し報道されているのとは反対に、ローレンス判決は、「プライバシー権」ではなく「自由」を保護したのである----

私は、実体的デュープロセスによる司法積極主義それ自体は好意的なので、もしそうなら、決して悪くない判決かもしれない。しかし、ケネディ判事にそこまで深い意図があったのかは疑問だろう。
 要するに私の意見は「ゲイの権利」なんて認めたくない、そんなんだったらロックナー判決を復権させたほうがよっぽどましということ。

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感想 會澤 恒 「憲法裁判におけるトランスナショナルなソースの参照をめぐって 」

 ブログは他者に読んでもらうのが基本だが、読書カードとしても使える。電子データでプリントアウトできる研究論文は増えていくだろうから、素人なので出来の善し悪しは判定できないが、斜め読みでも多くの量を読んでいきたいと考える。
 上掲の論文『北大法学論集』 58巻4号http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/30250(フルテキストが読める)であるが、テーマがしぼられていて手堅い内容に思えた。
 テキサス刑法による成人間の合意による男色行為の処罰を6対3の票決で違憲判決を下したローレンス対テキサス州事件(Lawrence v. Texas, 539 U.S. 558 (2003))は、先例の1986年のバウアーズ対ハードウィック事件(ジョージア州のソドミー処罰法を合憲とした)を覆したことで大きな反響を呼んだが、私は判例変更に反対であり、ローレンス判決はワースト判決と考えている。
 ケネディ法廷意見はかなり問題があると考えるが、その1つの論点として、法廷意見が先例、バウアーズ判決の5年前に欧州人権裁判所が同意に基づく同性愛行為を禁止する法は欧州人権条約の下で無効としていたのに、合憲判断をとったことは誤りだったとしている点である。
 いうまでもなく、憲法判例で外国の裁判所の判断に追随したり拘束される理由はなく、先例を覆す典拠にはなりれえない。引用は不適切であると考える。いつからアメリカ合衆国は欧州の子分になってしまったのか、そんなばかな。合衆国最高裁と比較したら欧州人権裁判所なんてくだらないし、たいした権威はないでしょ。
 なるほどヨーロッパの趨勢は80年代には同性愛は非犯罪化が進んでいた。しかし外国の意向にふりまわされる必要はないのである。欧州はアメリカと比較して世俗化がすすんでおり、アメリカ人ほど教会の礼拝に熱心とはいえない。だからバッグラウンドは同じではないです。
 スカリア判事の反対意見「この裁判所は、外国のムードや流行やファッションを、アメリカ人に押し付けるべきではない」に賛同します。
 アトランタオリンピックの開会式の行進で欧州の女子選手団や日本の田村亮子なんかが見たくもないミニスカートでしたが、アメリカ選手団はロングスカートだったのをよく覚えてます。アメリカはミニスカートについて日本ほど許容的ではないです。それと同じことですよ。
 ただし私は「被害者なき犯罪の非犯罪化」といったリベラルな刑事政策に賛成なんですよ。とくに売春と賭博ですが、しかし、ユダヤ-キリスト教2500年の伝統、道徳的倫理的基準から逸脱する男色行為を憲法上の権利とすることはないでしょうということです。バウアーズ判決の補足同意意見でバーガー主席判事が「至福千年の道徳的教訓を棄て去ること」はできないとしましたが名文句だと思います。
 合衆国は売春に厳しくて、ネバダ州の一部以外は違法のようですが、もともと西洋文明社会は娼婦は職業として認められていた。古代ヘレニズム世界にコリントだけでなくどんな都市でも神殿娼婦はいたでしょうし、中世であればローマであれ、パリであれどんな都市でも多くの娼婦がいた。コモンローは売春それ自体を犯罪とはしていない。聖職者と娼婦は相性がいいんですよ。売買春は単婚婚姻非解消主義のキリスト的文化を維持するためのコストでもあったと考えます。男色だけ憲法上の権利になってしまうんじゃおかしいじゃないですか。売春婦より同性愛者の政治的発言権が圧倒的に強いからでしょうか。だとすれば政治的な判決のように思える。
 以上は私の意見でしたが、上掲論文は最高裁判例における欧州人権規約や欧州人権裁判所判例のようなトランスナショナルな典拠の善し悪しについて考察しているものですが、結論がわかりにくかった。
 スカリア判事が反対するのは原意主義から論理的な帰結としているが、反対論者の主たる見解は、トランスナショナルなソースによって解釈する技法が、アメリカのコモンローの伝統と相反するものだというものである。しかし、ドレッド・スコット判決やレイノルズ判決、ミュラー対オレゴンのような著名判決でも外国法を参照しており、トランスナショナルなソースの参照が新奇なものであるわけではないということも指摘されている。
 とすると、外国法の参照それ自体、否定はできないだろう。しかし、ローレンス判決の欧州人権裁判所の引用はくだらなさすぎるし、先例を覆すのにくだらない欧州人権規約なんかをたてまつるのはひどいと思ったわけである。

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2008/01/21

ネタ探し(2)

  ロックナー判決起草者として極保守派裁判官として有名な「ペッカム判事」を検索していたら、ベッカムはカルテルを容認した下級審判決をひっくり返したと裁判官だということが書かれているのがヒットしました。21世紀COEプログラム「新しい法律学の創造を目指す横断シンポジウム―企業と市場と市民社会をキーワードに― 」2005年2月5日,早稲田大学国際会議場井深大記念ホールPDFhttp://www.21coe-win-cls.org/english/activity/pdf/4/02.pdf
 川濱昇(京都大学教授-経済法)の発言です(45頁)。長文ですが、重要なことを言っているので引用します。
「初期のシャーマン法1条の解釈というのは実はカルテルを容認するものであり,それが下級審の判例でありました。その方向を一気に変えたのがぺッカム判事です。ペッカム判事というのは,ロックナー判決, 1905年に出た実体的デュープロセス条項により契約の自由を過度に保護したことで有名な判決の多数意見を書いたことで著名な判事です。……契約の自由のチャンピオンとペッカム判事は目されていました。ところが,そのペッカム判事が契約の自由の名の下にカルテルを容認していた下級審判決をひっくり返しました。そのときのロジックが興味深いものです。……後に,ポピュリスト的ないし共和主義的(通常は同一視されませんが) な理論構成を採りました。要するに,カルテルのような経済権力を容認することが,それに従属する個人しか容認しないようになってしまい,それがひいてはアメリカ国家の存立基盤を崩すこととなる。これは,いわば共和主義型の市民の存在を重視し,そのような市民の場を維持するためには独禁法が必要だとする立場なのです。……今でもアメリカ合衆国のみでは銀行と産業との分離原則が強固に守られておりまが,これは明らかにペッカムなんかの思想をいまに受け継ぐものです。」
 と述べてます。
 契約の自由のチャンピオンたるベッカム判事は、契約の自由ゆえ、カルテルの自由があるなどという馬鹿なことは言わないのです。その反対です。ベッカム判事は独占放任レッセフェール主義者ではなく、反独占型経済自由主義でしょう。
 ホームズが、ロックナー判決のベッカム法廷意見をスペンサーの社会進化論に基づく憲法解釈みたいな批判をするもんで、適者生存論者みたいなイメージが流布されてますが、そうではないですよ。
 私なら、そもそも価格協定はコンスピラシーだった。古い時代の判例、マンスフィールド卿をなどを引用しつつ、ペッカム判事に同調しますよ。

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2008/01/20

極保守派主導による1895年判決の意義(2)

前回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_0e0b.html

 此の世の3悪といえば労働組合、フェミニズム、日弁連だと思ってますが、私は労働組合の本質、仕事を制限し時間、仕事量、業務遂行過程を統制する、献身的忠実な職務遂行を妨害し、ショップ・スチュワードの支配下におく、横並び、競争の否定それ自体反対です。私は根っから生真面目なんですよ。ピューリタンのように職業労働は神与の隣人愛実践として忠実に履行できる環境が最善であると考えですから、労働組合とは180度考え方が違います。
 さんざん書いたことですが、米国の非組合の優良企業はどこでもオープンドアー・ポリシーがあって、役職にかかわらず、会社幹部に自由に物が言えて、風通しの良い職場になります。最初にやったのはイーストマン・コダックですが、企業文化として良く知られている会社としては例えば、ウォルマート、ホームデポ、パプリックス、SASインスティチュート、ヒューレット・パッカード、非組合企業は大抵そうですよ。これもさんざん書いてますが、働きやすく、従業員に親切なのは実は非組合企業の文化でもある。組合が支配している職場はそうは絶対ならない。労働条件等の苦情とか吸い上げるのは組合役員の専管になるから。従業員はただショップ・スチュワードの威圧と指揮の下に、働きすぎず、横並びで、非能率な仕事をすることを強要されるだけです。会社幹部も各従業員を相手にしません。それは組合の支配下にあるものですから、駆り立てることは組合が許しませんから、手出しできないわけです。駆り立てることは悪になるので、労働意欲は萎縮します。その人の善し悪しもいかに貢献したか、成果ではない。労働組合の威圧下でいかに柔順に非能率に働くかそれだけです。組織はフラット化し、実際に実務をやる従業員に権限が与えられる職場の方が能率的で高業績になりますが、その逆の分断的で疎通を欠く文化になります。労働組合の存在意義を否定する、オープンドアーポリシー、待遇や職場環境のアンケート調査は当然否定されます。組合があることによって、風通しの悪い、人の顔色を見て仕事をするような官僚主義的で硬直した体質が温存される。具体的なことはいずれ書きます。
 しかしもっと単純に言えば、労働組合の暴力とか、脅迫、威嚇、恫喝、執拗な説得と、暴徒の脅威に直面したことがある人は労働組合が嫌いになりますね。レイバー・インジャンクションに徹底的に好意的な理由はそれです。
 
 英米法ではコモンローのパプリックニューサンス(公的妨害)、衡平法のインジャンクション(差止命令)法理がありますが、私はアメリカのレイバー・インジャクションに関心があります。
 これは大鉄道ストのあった1877年にはじまりました。1895年のもう一つの重要判決デブスに関する非訟事件IN RE DEBS, 158 U.S. 564 (1895) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=158&invol=564 同判決は1894年7月のプルマン・ストライキにおいて発せられたレイバー・インジャンクションを支持したものですが、これを契機に「雪だるまが転がるように」差止命令が増加しました。 アメリカでは1880~1930年に4300件のレイバー・インジャンクションが発せられました。とりわけ1920年代にはストライキの25%に差止命令が発せられ、秩序の維持と労働組合の抑圧に大きな効果がありました(註1)。しかし、私がもっとも敵視する左翼急進主義の法律家フランクファーター(後に最高裁判事、ルーズベルトのブレインでスピーチライター、第二次大戦参戦を大統領に勧めた人物でもありますが、こいつさえいなければと思うくらい嫌いです。ただ誤解しないで下さい。私はかれがユダヤ人であり、シオニズム運動に深く関わったから嫌いなのではありません。私は女性蔑視主義ですが、人種差別主義ではありません。かれの労働組合に好意的なその思想であります)が深く関わった1932年ノリス・ラガーディア法により「平和的ストライキ」においてはレイバー・インジャクションを全面的に禁止した。これこそ悪法中の悪法である。但し、鉄道は適用除外となり、1947年のタフト・ハートレー法で限定的に復活した。大統領は、国民の健康と安全が危険にさらされていると判断した場合には、ストあるいはロックアウトに対する80日間の差止め命令を裁判所に求めるよう、司法長官に要請することができることになっている。近年では2002年の西海岸港湾労働者ストで、ブッシュ大統領が司法長官を通じて、港湾封鎖(ロックアウト)を強制解除する差止命令を裁判所に申請したケースがある。http://www.jil.go.jp/jil/kaigaitopic/2002_12/americaP01.html私は20年代のような在り方が望ましいという考え方である。
 差止命令の根拠になっている衡平法の淵源については、神への崇敬と慈悲に訴えるキリスト教徒の本来の欲求である福音の救済という教会法理念から、衡平と善という自然的正義の請願に合流し訴訟分野で発達したものとされています(註2)。すべてが打算と欲と処世術で動いている腐った根性の人には、福音の救済、衡平と善という自然的正義と言っても、馬鹿げたこと、きれい事を言っておれるかとか言うでしょう。とんでもないです。私はつねに何が規範として正しいか、自然的正義にかなっているかをつねに考えていますよ。
 インジャンクションとは、ある人の権利の侵害が衡平に反するとみられる場合に、申請を受けて裁判所が侵害者たる個人や団体に対してその行為を差止るために発する禁止命令です。コモン・ロー上の救済(損害賠償救済)が事後的であるのに対して、エクイティ上の救済である差止命令は、事前的、保全的に発給が可能である。素人である陪審員は排され、裁判官単独で迅速に救済を発しえるだけでなく、差止命令違反は法廷侮辱罪となり、これは起訴にもよらず、侮辱を受けた裁判官が審理するという特徴がある。元々イギリスにおいて財産権が不法に侵害され、回復不能な損害が生じるおそれがある場合に、侵害の継続を禁止することから出発したが、合衆国で適用範囲が拡大されたのである。
 

 インジャクションが19世紀末期から「雪だるまが転がるように」増加していった理由の一つはこうだろう。そもそも労働者の団結をコンスピラシー(共謀罪)とする歴史は古いのです。イギリスで1718年に綿糸紡績工が賃上げのために団結した事件で、その首領が2年間投獄されましたが、何と400年前の1304年の共謀者令(The Ordinance of Conspirators)が適用されました(註3)。
 しかしこれは全く正しいのです。英国において共謀法理の本格的な展開は19世紀後半から20世紀初期であります。これは制定法が労働組合を法認するという馬鹿なことをやったので、裁判所(最高裁は貴族院)がコモン・ローの共謀法理を適用したためですが、 共謀法理は中世に由来します。谷原修身によると、既に中世において、労働者の団結による共謀を刑事犯として扱ってきた。1349年に製パン業者の使用人が賃金を2~3倍でなければ働かないという共謀したケース、製靴業の使用人が自ら定めた曜日でなければ働かないとして共謀したケースで告発されている。その後団結を規制するための一連の法令が公布されたが、1548年法によって統合され、熟練工又は労働者が一定の価格又は料金以下では仕事をしないという共謀又は約束は刑事犯として扱われ、初犯の場合は10ポンドの罰金と20日間の禁錮刑が科された。同様に商品の価格を決定するための結合も、賃金協定と同様に「当然違法」とされた(註4)。
 コモン・ローは賃金協定も価格協定も対等に同じ原則で嫌っていたのである。それはコンスピラシーであり、犯罪だった。要するに我が国で労働基本権などといっているものは犯罪だった。そうすると1890年合衆国シャーマン法第1条「州際、外国との間の取引あるいは通商を制限する全ての契約、トラストその他の形態の団結、共謀を不法とする」が、この時代の法理を受け継いでいるとするならば、労働組合に適用されて当然だということになる。又、ハーラン判事の「当然違法」原則によるシャーマン法の厳格な解釈も(極保守派のフラー主席判事もベッカム判事も同調した)、古い時代の精神に沿った良性のものと評価できるのである。
 イギリス18世紀においては、古い法で団結が禁止されているにもかかわらず、労働者の団結が行われた場合に親方達は、法廷に頼ろうとせず、直接国会に請願した。このために18世紀には特定産業別に凡そ40の制定法で団結が禁止された(註3)。1799-1800年の全般的団結禁止法は、産業別の制定法を統合する意味もあった。
 しかしアメリカでは、英国のように制定法で団結を禁止するやり方でなく、コモン・ローの刑事共謀法理を適用した。1806年のフィラデルフィアなめし靴職人組合事件で、賃金引き上げのための団結が刑事共謀罪にあたるとされた。検事は団結して賃上げをすることによって、需要供給の自然法則による賃金の決定を妨げた。賃上げのために威圧して労働者を組織に加入させ、非組合員には同一使用者の下での労働を拒否して彼らを組織に加入させることは、イギリス慣習法の罪になる。靴工の共謀のごときは、社会に有益な製造工業を妨害し、高賃金高物価を意味し、裁判所は、社会、消費者、産業、個々の労働者を保護しなければならないとしているが(註5)、正論のように思える。
 これはイギリスの刑事共謀法理を継受したものである。1809年のニューヨーク靴工事件では労働者に靴工職人団体に加入することを強要し、メンバー以外の労働者を雇用する親方の下では働かないと合意し、それを親方達を強制的に服従させる共謀を共謀罪にあたるとした(註5)。
 この判決では靴工団体それ自体を不法とするものではないが、他者に損害を与える不法な行為を目的とする団結は疑いなく共謀罪。目的は不法でなくても目的実現のため恣意的、不法な手段が用いられた場合は共謀罪に当たるとしたものである。このように19世紀においてアメリカでは刑事共謀法理が適用されていた。
 ところが、マサチューセッツ州最高裁1942年のハント事件で、これは、ボストン製靴職人組合が規約違反で組合員資格を失った被用者に対して、組合側が親方に解雇を要求し、解雇された事件で刑事共謀法理が適用されず、組合は無罪となった。
 但し、この事件は、刑事共謀法理それ自体を否定するものではない。目的・手段で判断すべきものという趣旨だった。「マサチューセッツの普通法は、違法かつ犯罪とされるような行為を行う団結をなすことは犯罪であるというイギリスの原理を採用した。しかしイギリスにおいて違法でありもしくは犯罪であった多くの行為は、マサチューセッツにおいては、必ずしも犯罪ではなく、もしくは違法行為でもなかった」と言うのである(註5)。しかしこの判決は大きな影響を及ぼし、これを契機に刑事共謀法理は適用されなくなっていく。民事共謀法理はなお適用されたが、転換点になっている。
 しかし、これによって組合活動のすべてが解放されたけでは全然なく、その目的と手段によって組合活動の正当性が厳しく審査された。すべての州で、共謀・脅迫・強要を犯罪とし、若干の州がピケ、ボイコット、鉄道等への不法な妨害行為を明文で違法としていた。賃上げや時間短縮を求める目的は正当であるとしても、クローズドショップ獲得のためのストや、ストに伴うピケッティングや説得も脅迫と判断され違法とされたのである(註6)。私から言わせればそれは当然のことに思えるが、いずれにせよ、刑事共謀法理が廃れたことにより、労働組合を抑圧する別の手段が必要となった。それがレイバー・インジャクションだったのだと思う。 続く

(註1)竹田有「アメリカ例外論と反組合主義」古矢旬・山田史郎編『シリーズ・アメリカ研究の越境第2巻権力と暴力』ミネルヴァ書房(京都)2007年 
(註2)海原文雄「英国衡平法の淵源(二)『金沢法学』4巻1号
(註3)内藤則邦「英国団結禁止法の社会政策的意義について--1799年,1800年法の一研究」『立教経済学研究』6巻1号1952年
 なお内藤は1305年の陰謀者法としているが、1304年法ではないか。
(註4)谷原 修身  「 コモン・ローにおける反独占思想-4- 」『東洋法学』38巻2号1995年 
(註5)高橋保・谷口陽一「イギリス・アメリカにおける初期労働運動と共謀法理」『創価法学』35巻1号2006年
(註6)辻秀典「アメリカにおける連邦鉄道労働政策の起源-アメリカ鉄道労働法の研究緒論」『廣島法學』16巻2号1982年
その他引用・参考文献
大沢秀行『現代アメリカ社会と司法―公共訴訟をめぐって 』慶応大学出版会1987年
 山内久史「アメリカ連邦労働政策の変化とレイバーインジャンクションの機能ノリスー・ラガーディア法の成立とタフト・ハートレー法以後の展開」『早稲田法学会誌』36巻1986年
インターネットでも読めます。 PDF http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/6448/1/A05111951-00-036000183.pdf
荒木誠之「 アメリカ団結立法の形成と運営(一)  ワグナー法を中心として」  『法政研究』九大44巻3号 1978年
インターネットでも読めます。
PDF   https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/bitstream/2324/1741/4/KJ00000742893-00001.pdf

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2008/01/16

ネタ探し(1)

  そもそもブログというものは、サイトを見て感想を書いたり、気楽に書くものらしいので、気楽に書きます。
「コーク卿」で検索して、グーグル2位が学生の素人っぽいレポートだが 藤川天芳の - 「法の支配」思想とアメリカにおける違憲立法審査制の成立-http://nycc.hp.infoseek.co.jp/papers/paper-5.htm をちらっと読んだ。本屋にも売ってない 畑博行とか引用していてのでまずまず。センスは悪くないと見た。4位に当ブログだけど内容は全然ない。
 「英国近世反独占」シリーズはやっとこさ、レイバー・インジャンクション、プルマン・ストライキまで話が進んできた。これはアメリカ近現代の話で英国近世と関係ねえじゃないじゃないかと言うかもしれないが、シャーマン法の考え方を遡っていくと、17世紀の反独占になるからいいんですよ。これからが本番というか。本当は財産権のほうから入っていく予定だったんだけど、ピューリタン革命の話からいきなりシャーマン法になるんで変な作文になった。で、次は1908年の「ダンベリー帽子工事件」をやって1920年代のタフトコートの判例でクレイトン法の労働組合適用除外が骨抜きになったことを書いて、ノリス・ラガーディア法批判をやる段取りだが、行き当たりばったりだから別の方向に行くかもしれない。
 それでネタ探しをしていたら「ダンベリー帽子工事件」の検索で PDF楠井敏朗「アメリカ独占禁止政策の成立と意義(下)」  『横浜経営研究』第13巻4号(1993)
http://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/bitstream/10131/662/1/KJ00000160084.pdf というのがあった。
 この論文は難しいが、初期の判例について説明しているので資料的価値はあると見た。シャーマン法の解釈は2つあって、字義どおりの当然違法というハーラン判事の解釈(強制的競争主義)1897~1911の多数説と、E.Dホワイト主席判事の「条理の原則」、「条理」の有無、「公正」か否かで違法か否かを判断するコモン・ロー原則に沿った穏やかなものとがあるということだが、これは難しいですね。しかも極保守派でもフラ-主席判事とかペッカム判事はリベラル派のハーラン判事に与し、フィールド判事は穏やかな判断をとるということで。
 あと、セオドア・ルーズベルトとタフトの政策の違いについても述べてます。ルーズベルトは良いトラストと、悪いトラストを行政的により分けようとしていた。タフトはE.Dホワイトを主席判事にして「条理の原則」を確立させ、司法部に判断をゆだねるやり方だったので、ルーズベルトより遠慮なく、巨大法人企業を提訴したと書いてあります。

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2007/12/16

読書感想 中川八洋『保守主義の哲学』

  自由は「法の支配」の下で最も確実に保障される。
  中川八洋教授の『保守主義の哲学』PHP 2004年ではコーク卿型「法の支配」の系譜、マグナカルタからブラクトン等-コーク卿-ヘイル-ブラックスト-ンの18世紀末まで続いた伝統、これはアメリカに引き継がれ19世紀末まで堅持されたが、20世紀初頭からの社会主義と人定法主義(legal positivism)の跋扈、デモクラシーの発展による「社会正義」という魔物のような新しい概念により衰退したと述べられてます。(346頁)
  ハイエク型「法の支配」の思想はヒューム/アダム・スミス/アダム・ファーガソンらのスコットランド哲学者の法思想を源流としており、コーク卿型のコモン・ロー法曹家直系の系譜とは違うということです。
いずれにせよ、私は中川教授の保守主義哲学に基本的に同意します。中川氏が引用している中世ゲルマン法思想や、中世史の R.W.サザーンの著書も読んだことがあるし、元々中世的な思考が好きだし、中川教授の皇位継承学三部作で女帝反対で論陣を張ったことでも尊敬してますし、当然のことです。ただ自分の立場は中川氏よりずうっ-と寛容主義です。中川氏のように援助交際を非難するような堅苦しいことは口が腐っても言いたくない。被害者なき犯罪(大麻、賭博など)の非犯罪化にも好意的ですから。
  「法の支配」というのは昭和30年代の学習指導要領でも高校社会科にも項目にあったんですよ。ところが「法の支配」を理解する法曹家や法学者が日本にはほとんどいないとされています。支配者が自らの支配意思を法律の形で制定して、法律で総括するという 「法治主義」と混同、同一視している人も結構多い。 中川氏は「法の支配」の法とは、人間の意志から超越した古来の神聖な真理のことを意味し、法はつくるものではなく、祖先の叡智のなかに発見するものであるから、つくる(制定する)ものである法律は「法の支配」の法とはなりえない(前掲書78頁)。と説明されてますが、これは奥が深いので別途検討したいと思いますが、J.オースティンに代表される法命令説のような意味の法とは全然違います。法命令説の法とは「主権者、あるいは主権者に服従する従属者によって発せられた威嚇を背景とする一般的命令」http://homepage3.nifty.com/martialart/inoue5.htm(井上彰「H.L.A.ハート『法の概念』をめぐって」)とするものです。
要するに法秩序維持、法の遵守といっても、「法の支配」を前提したものか、支配者のコマンドに過ぎない「法命令説」的法令遵守かで意味が全然異なってくる。

 我が国の憲法学界、法曹界の風土のように「法の支配」なき「法治主義」は馬鹿げた「社会正義」を振りかざすことにより全体主義になだれ込む危険性を常に持っているということである。
 自由を侵害する立法(法律)万能-それは実質的に権力者(国会)の命令-思想に汚染されているのが現代社会だと言うことです。日本の国会議員は「主権者である国民」に選出されたという虚構を根拠に、思いつきのまま、やりたい放題に法律(命令)を制定していると中川氏は言います。つまり圧力団体の利害調整や政党の取引、官僚の思いつきのために自由はどんどん侵害されていくということです。

 中川氏の著作は正邪善悪をはっきりさせるからわかりやすいです。「法の支配」を破壊した思想、煽動家をこき下ろします。イギリスではホッブス-ベンサム-オースティンは悪、ドイツでは「法の支配」を理解したサヴィニーを評価するが、カール・シュミットや人定法主義のハンス・ケルゼンは悪、フランスでは、テュルゴー、ヴォルテール、ルソー、ベッカリーアは悪とはっきり言うので気持ちいいですね。
  米国にケイトー研究所http://www.cato.org/researchareas.phpというリバータリアンのシンクタンクがありますが、『カトーの書簡』第60番の「国会議員の立法を自制する心得」に由来することが、この本を読んで初めて知りました。(360頁)

グーグルのページランクというのがあるのを最近知ったんですが、現在このブログは10段階の2の評価になってます。あっちこっち見たんですが、2でも質のよいサイトはありますが、アクセス数が少ないもんで、多くしないと3にはならないようですね。職場では私は人を肋骨骨折させた狂暴な人間として否定的評価しかされません。たとえ2でも客観評価をもらえるのはうれしい。インターネットの世界のほうが公正でしょう。

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2007/12/09

極保守派主導による1895年判決の意義(1)

 ブリューワー判事の有名な講演
 
 合衆国最高裁で極保守派といわれたDavid Josiah Brewer判事(任1889~1908)は1891年のイェール大学の講演で次のように述べました。
「イヴが禁断の果実さえ欲して占有をした、その記録に残る最初の時代から、財産の観念とその占有権の神聖さとは、一度も人類から離れたことはなかったのである。理想的人間性についていかなる空想が存在しえようとも‥‥歴史の夜明けから現代の時代にいたるまで、現実の人間の経験は、占有の喜びと一緒になった獲得の欲求が、人間活動の現実的な動機となっていることを明らかにしている。独立宣言の断定的な表現のなかで、幸福の追求は譲渡することのできない権利の1つであると断言されているとき、財産の獲得、占有、及び享有は、人間の政府が禁ずることができず、それが破壊することのない事柄であることが意味されているのである。‥‥永遠の正義の要請は、合法的に取得され合法的に保有されたいかなる私的財産も公衆の健康、道徳あるいは福祉の利益のために、補償なく略奪されあるいは破壊されることを禁ずるものである」(註1)。
 「イヴが禁断の果実さえ欲した」のフレーズが印象的です。私的財産権保護のチャンピオン的見解としてブリューワー判事は永遠に記憶に残ることになるだろう。
 この価値観は人類に普遍的な価値観といえるだろうか。母系社会においてはそういえないだろう。父から子に遺産を継承できないのである。獲得した財産は母方親族の共有財産に吸収されてしまうから、財産を蓄積する動機づけに欠いているのである。ゆえに母系社会は多くの場合、生産力の低い未開社会にとどまるのである。母系社会では高度文明が発達しないのはそういう理由である。例えばメラネシアのトロブリアンド諸島民、アメリカインディアン。
 また、宗教的に財産を放棄する思想もあるだろう。例えば聖フランチェスコの戒律は全ての財産を放棄して福音を説くものであった。だから私は信仰に基づく財産放棄思想そのものを否定するわけではない。
 しかし、文明が発達した世俗社会においてはブリューワー判事の見解は正しいと考える。
私的財産権が重要な価値として保護される社会、それは善い社会である。

1895年の重要判決

 フラー主席判事、ブリューワー判事、ペッカム判事の3人が極保守派といわれるのは、この3人が主導権を握った最高裁で改革運動に打撃を与えた1895年の3つの重要判決についての後世の評価なのです。革新主義者は保守反動と評価しますが、私は逆に高く評価する立場です。
 第一に合衆国対E. C.ナイト社判決U. S. v. E. C. KNIGHT CO., 156 U.S. 1 (1895) 156 U.S. 1 http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=156&invol=1である。1890年合衆国議会はシャーマン法(反トラスト法)を制定した。これは州際通商の独占を共謀することを違法として、各州の独占禁止法を補完するものであったが、最高裁は、経済活動に対する連邦政府の権限に歯止めをかけることとしたのが同判決の意義である。
 1892年アメリカン製糖会社は、フィラデルフィアにある製糖会社4社の株式を取得する合意を締結した。この株式の取得が完成すれば同社は合衆国内の製糖事業の98%を支配することになった。合衆国はシャーマン法に基づいて、この株式取得を差し止める訴訟を提起したが、最高裁はシャーマン法は製造における独占に適用がないと判断した。
 フラ-主席判事による法廷意見は製造と通商を区別した。通商に属するものは合衆国の権限内にあるが、通商に属さないものは州の内部事項管理権限にある。製造はたとえそれがいかに全国の経済や他州の経済に影響を及ぼそうとも、製造を規制することは州の内部事項の管理であるとしたのである。従って連邦政府は98%を支配する製糖会社をシャーマン法によって解散することはできないとした。この判決によって、農場や鉱山、工場における労働条件を規制する立法は州のみであるとされたのである。
 この判決はポピュリストの怒りをかった。最高裁は大企業に甘いというわけだが、保守的な裁判官は改革派への批判を一層強めた(註2)。
 
改革派に打撃を与えた第二の判決はポロック対農場経営者信託貸付会社判決POLLOCK v. FARMERS' LOAN & TRUST CO., 157 U.S. 429 (1895) 157 U.S. 429 http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=157&invol=429で、これは連邦所得税法の違憲判断である。合衆国憲法第1条、第2項の3は「下院議員および直接税は、連邦に加入する各州の人口に比例して、各州の間に配分される」と規定されており、直接税は州の人口に比例して割り当てられた場合にのみ課税されるというものである。
 課税反対側の主任弁護士は、同法(累進所得課税)は共産主義的であり、人民主義的な原理に基づいており、私的財産権の保護という根本原理を否定するものと非難した。
 この違憲判断により、最高裁は累進所得課税を妨げた。進歩派は所得税を徴収するために憲法の修正を要した。1913年の憲法修正第16条「連邦議会は、いかなる源泉から生ずる所得に対しても、各州の問に配分することなく、また国勢調査あるいは人口算定に準拠することなしに、所得税を賦課徴収する権限を有する」である。
 
 これは不人気な判決でしたが累進所得課税がない国家は、国民に経済的に成功すれば富裕となる夢を与えると私は考えます。

改革派に打撃を与えた第三の判決これがもっとも重要ですがデブス判決です。(続く)

(註1)ラッセル・ギャロウェイ著佐藤・尹・須藤共訳『アメリカ最高裁判所200年の軌跡 法と経済の交錯』 八千代出版1994年 89頁
(註2)M.L.ベネディクト著常本照樹訳『アメリカ憲法史』北海道大学図書刊行会1994年 128頁
 木南敦『通商条項と合衆国憲法』東京大学出版会1995年 152頁以下

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2006/11/29

カラーブラインドとセックスブラインド

 それはハプニングだった。1964年公民権法タイトル7は「報酬、労働条件、または雇用上の特典に関して人種、肌の色、宗教、性別、または出身国を理由に、どんな個人についても雇用を拒否したり、解雇したり、もしくは差別したりすることが、使用者による違法な雇用慣行になる」と規定するが、いうまでもなくこの主たる立法趣旨は人種差別禁止にあった。もともとジョンソン大統領の提案した原案に「性別」の規定はなかった。ところが公民権法の通過に激しく反対していたバージニアのハワード・スミス下院議員が法案通過を阻止する狙いで「性別」を加える修正がなされた。「性別」を加えれば可決されないだろうという判断だった。ところがその2日後に修正案が通過してしまい、ハプニング的に性差別禁止が盛り込まれてしまったのである(註1)。なんともばかばかしいが、これは意図せざる結果だった。政治というのは本当につまらないことで変な方向に進展してしまうからおそろしい。
 1964年公民権法タイトル7の性差別禁止を決定的な意味で支持することはもちろんできません。ハプニングによって社会の進展は方向を大きく誤った。大きな過ちを犯したと思う。スミス下院議員のちよっとした判断ミスがアメリカ社会のみならず、性差別撤廃と言う考え方は米国の公民権法の運用実績により世界的に波及したから、国境を越えて我々の生活にまで害を及ぼすことになったのである。仮にリベラルな立場で人種・出身国・民族・宗教の違いによって人を差別しないと言う理念を好意的に理解するとしても、オマケのように付け足された性差別禁止は納得はしません。
 ただ、雇用における人種差別禁止につるむかたちでハプニング的に性差別禁止が挿入されたため、法の理念としては公民権運動のスローガンだった「カラーブラインド」と相似形の「セックスブラインド」型の性的中立な理念となった。これはウーマンリブ運動の成果ではない。それは60年後半以降のことだ。フェミニズムを公定イデオロギーとするものではないので、その点が比較的良性のものと認識している理由である。そこで周知の事柄かもしれないが、「セックスブラインド」の由来について考えてみたいと思います。
 「セックスブラインド」とは、個人について性はみえないものとして処遇し性別で分類しないことなのでこの絶対平等理論を貫徹することが真の平等になると思います。従って平等政策としてはもっともわかりやすい。これは公民権運動のスローガンだった「カラーブラインド」とパラレルな概念なのである。
 「カラーブラインド」というのはプレッシー対ファーガソン判決PLESSY v. FERGUSON, 163 U.S. 537 (1896) http://caselaw.lp.findlaw.com/scripts/getcase.pl?court=us&vol=163&invol=537におけるJ・M・ハーラン判事(ヘイズ任命の先代、アイゼンハワー任命の同姓同名の判事とは祖父-孫の関係)の少数反対意見にある「Our constitution is color-blind 我が憲法は色盲である」というフレーズに由来するものである。この少数反対意見は白人と黒人の絶対平等を述べていて、「黒人解放の先駆として、ジェファーソンの独立宣言やリンカーンの奴隷解放宣言に比すべき卓見」として賞揚されたのみならず、約60年を経た1954年ブラウン対トペカ教育委員会判決BROWN v. BOARD OF EDUCATION, 347 U.S. 483 (1954) によって判例変更になって結実した。
 事案は大略次のとおりであった(桜田勝義のハーランの伝記-註2より引用する)。1890年にルイジアナ州は鉄道内で白人・黒人は施設は平等だが、分離して使用することを定めた法律を作り、これに違反した者に25ドルの罰金を科すこととした。白人と黒人の混血であるホーマー・プレッシーが、ニューオルリンズから汽車に乗り、白人専用車に坐って再三車掌に黒人専用車に移るよう注意されたが、そのまま乗っていたところ、汽車から引きづりおろされ、監獄にぶちこまれたうえ、有罪判決で罰金を科せられた。プレッシーはルイジアナ州最高裁で敗訴したので憲法修正第13・14条に違反するとして連邦最高裁に上訴した。しかし最高裁はハーラン判事を除く全員一致で上訴を棄却した。
 「憲法修正14条は、法の下における白人と黒人間の平等を実現しようとして作られたものである。しかしこの憲法は、事物の性質上、体色にもとづく区別を禁止したり、政治的平等以上の社会的平等までも実現したり、両種族が不満とする条件の下に混合したりすることまでも、意図して制定したものとは考えられない。したがって、白人・黒人両種族の接触する場所で、その分離を強制したり、許したり法律を作ることは決して一種族を劣後的地位におくことを意味するものではない‥‥したがって、その施設において平等であるが二種族を分離することを定めたルイジアナ州法は、修正14条に違反しない」
 まず妥当な判決だと思うが、唯一人ハーラン判事が同州法は憲法に反するとして強硬な少数反対意見を記したのである。
 「憲法修正13・14条は、体色による基づく人種間の差別をなくそうとするものである。しかるに問題のルイジアナ州法は、白人専用車から黒人を締めだそうとするものであって、これは明らかに、市民の個人的自由を侵害するものである。したがって、その州立法が、州の警察機能の合理的行使であるというのは当たらない。憲法の見地からも、法律の立場からも、わが国には特別の支配的市民はいない。わが憲法は色盲であってOur constitution is color-blind、市民間に階級のあることも知らないし、それを許さないのである。市民権については、一切の市民は法の下に平等である。最も卑しい者も、最も権力のある者も同輩である。法は人間を一個の人間とみなし、その体色を考えないのである。これに対して多数意見が、州が人種差別を規定する権限ありとしたことを悲しく思うものである。人種により市民を勝手に分離することは、憲法に定められた私的自由と、法の下における平等と矛盾するものであり、奴隷制度への束縛である‥‥」
 我が憲法は色盲なので体色によって人を区別しないというのは一見奇妙な論法のように思える。当時は列車の黒白分離はあたりまえの時代なのであって、ジャーナリズムがハーラン反対意見を格別論評することもなかったらしい。
 ところが20世紀なかばに公民権運動が盛り上がると、ハーラン判事は「偉大な少数意見裁判官」に祭り上げられ、人種別学を否定した1956年のブラウン事件で弁護人だったサーグッド・マーシャルが「カラーブラインド」を引用し瞳の色がブルーか茶色かで社会的に差別されないのと同じように体色を意識することのない社会であるべきだという「高邁な」理想論を述べ、「カラーブラインド」は公民権運動のスローガンとなった。
 「分離すれども平等」という先例プレッシー判決を覆したブラウン判決はウォーレンコートにおける最も著名な判決であるが、平等保護条項の起草者の意思から導きだされたものではなく、人種別学の影響に関する社会科学的研究に依存したものであったため、学説では批判もある(註3)。私は裁判官の熱意や司法積極主義を決して否定はしないが、ブラウン判決は裁判官の社会改革に対する勝手な熱意と勝手な理想主義により先例を覆した点で司法部による公共政策形成のように思える。
 ここで一つの疑問を持つものである。仮にリベラルな立場で「カラーブラインド」を好意的に理解するとしても、だからといって「セックスブラインド」に進展すべきものではないはずだ。合衆国において人種隔離政策は社会を引き裂きかねない深刻なものであった。これに対して性差別というのはそういう社会問題ではない。女性解放運動は60年代後半から盛んになりますが、公民権運動とは別の事柄である。

  そもそも憲法修正第14条平等保護条項は「何人に対しても、法律の平等な保護を拒むことができない」とするが、この憲法修正は黒人を法律による差別から守るためのものなので、黒人男性は初めから、その規定の「人」personの範囲に含まれていた。しかし女性は修正14条の「人」の範囲には含まれていなかった。これは数々の判例で明白なことなので、後日具体的に述べる。

 連邦最高裁は1971年のリード対リード判決で初めて州法中の性差別条項に違憲判断をとり、女性も修正14条の「人」の範囲に取り込まれた。1973年のフロンティエロ対リチャードソン判決で違憲論を連邦法に拡大させ、合衆国憲法には性差別禁止の明文規定がないにもかかわらず、性別による別扱いが、平等保護ルールにより違憲(連邦法の場合第5修正のデュープロセス・オブ・ロー違反)となる場合がありうるということになった。

   私はリード対リード判決に反対である。ここで問題になったのは死亡した子どもの不動産管理に関する州法における男性優先であるが、これを違憲として叩き潰す必要などなかったし、女性を修正14条の「人」の範囲に取り込んだのは司法部の大きな過ちだと思うが、いずれにせよ1964年の段階では女性は修正14条の平等保護条項で守られる権利などなかったから、公民権法が性差別にまで及んだことは行き過ぎであったと考えるのである。

これは反女性・女性敵視宣言(3)に続く予定

川西正彦

(註1)C.S.ト-マス著 上野千津子訳『アメリカ性差別禁止法』木鐸社1997 200頁 
(註2)桜田勝義『輝やく裁判官群像 - 人権を守った8人の裁判官』有信堂1973「ジョン・マーシャル・ハーラン-黒人解放の先駆者」66頁以下
(註3)松井茂紀『アメリカ憲法入門』第5版 有斐閣2004 292頁

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