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カテゴリー「性・精神医学」の26件の記事

2017/04/29

熟女好きになる要因とは

 後白河法皇の『梁塵秘抄』巻二394番「女の盛りなるは、十四五六歳、廿三四とかや、三十四五にし成りぬけば、紅葉の下葉に異ならず」は歌謡研究者にはあまりにも有名な今様だが、結婚適齢期の女ざかりは14~16歳とするのである。
 女性の肉体が輝いているのはこの年代にほかならない。たとえジェイケービジネスを規制しようとも真実はかわりない。この今様では三十四五は大年増という評価である。「もみじの下葉」の扱いである。
 ところが大統領当選が有力視されているマクロンは24歳年上の妻がいるというのである。政略結婚でもありえないような年齢差のように思える。
 夕刊フジ4月28日付の脳科学者中野信子のコラムによれば、鼻唇溝のある顔を好む人が熟女好きである。彼らを産んだときの母親の年齢は30歳以上だという。つまり、高齢出産は熟女好きを生み、悪循環に陥る危険を指摘している。
 若くて美しい女をえり好みするのは人間ならではの特徴である。なぜならば、サルや類人猿は人間のようなえり好みはしないということである。ニホンザルには閉経はない。したがって、年増のメスも好まれる。むしろ子育て経験の豊富なほうが、遺伝子を遺しやすい。類人猿のオランウータンは遊動域で偶然遭遇したメスが発情していればえり好みせずレイプする。もっとも発情しているのを確かめるので正確にいえばレイプではない。ゴリラは一夫多妻の集団をつくるが、ハーレムに参加の選択権はメスにある。人間のように二足歩行はできないので。メスを誘拐できないのだ。
 年増好きが増えたら人類はサルに退化していくことになると考えられるのである。

2015/06/27

西洋文明2500年の道徳的教訓の崩壊

  月曜日かとおもってたら金曜日だったんだな。予測されていたとはいえショックである。6月26日全ての州で同性婚を認める5対4の連邦最高裁判決であるが、同性愛が悪であるというのは聖書的根拠がある。旧約聖書のレビ記20章13節。  「女と寝るように男と寝るのは、ふたりとも憎むべきことをしたので、必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰することになるであろう」それが西洋文明2500年の規範的価値といえるのである。つまりこの判決で文明規範は崩壊したといえる。人間は野蛮に回帰していくのか。非常に困ったことになった。

 アメリカ合衆国は至福千年の道徳的教訓を捨て去ったことなるが、神学的にも同性婚は受け容れられない。

 今日の西洋人の結婚観の基本は12世紀の古典カノン法、合意主義婚姻理論である。これはペトルス・ロンバルトゥスの見解とも、教皇アレクサンデル3世自身の持論とも云われるが、グラティアヌスらの合衾主義理論との論争に決着をつけたものである。合意主義とは処女であったマリアもヨゼフとの真正の結婚があったとする立場から、合衾に至らずとも男女の合意で婚姻は成立するというものである。西洋人の結婚観、それは現代日本も基本的には同じだが、両性の合意の重視、恋愛結婚が許容されているのはこのためである。しかし合衾主義との折衷がロンバルトゥスとあれ教皇アレクサンデル3世の理論であって合衾(肉体的結合)により結婚は完成することになっている。つまり肉体的結合がなければ離婚は可能という理論であったから、合衾の意義も重視されていた。

 しかも肉体的結合は神聖なものであって、花婿キリストと花嫁教会の結びつきを意味するサクラメントとされたのである。これが伝統的結婚観念であるが、だから男女の結合は神聖だ。

 しかし同性婚には神聖な結合などありえない。なぜならば、そのアナルセックスは憎むべきものであり、凹凸のないレズビアンにはそのような結びつきはありようがないと考えられるからである。であるから同性の真正の結婚など認めるわけにはいかないのである。

 合衆国憲法の平等保護条項と日本国憲法は違うし、明文で両性の合意とあるとはいえ、ノイジーマイノリティが騒ぐこととなる。これはオバマの勝利かもしれない、連邦裁判所下級審にリベラルな裁判官が送りこますぎた。ケネディ判事がもっと慎重な判断ができなかったのか非常に遺憾な結果だといわなければならない。

2014/10/20

刑法176条・177条改正反対 その2

自民党に出した600文字以内のバージョン

松島法相の政策である強姦罪について親告罪の見直しと、同意であっても強姦とみなすいわゆる「法定強姦罪」を13歳未満とする(刑法176条・177条)規定を見直し年齢の引き上げる方針に反対である。
 刑法以前の定律例第260条は、12歳以下との同意性交を違法としていることから一貫して同じで変える必要など全くない。成熟した女子、土俗的にいえば赤い腰巻をした娘と合意性交は犯罪と考えるべきではない。
 
先進的な立法も13歳を基準としているからである。
 近年米国では法定強姦罪年齢が、特に良家の娘の貞操を守るというバターナリズムよって、近代になって18歳等高い年齢を設定する方向で法改正されたことが批判され、改革されている。1974年のミシガン州法改正が強姦罪見直しのモデルとされているが、第一級性行為罪(性的挿入)は13歳未満とされている。[1]最も先進的な性犯罪法のモデルとなっている1974年ミシガン州第一級性行為罪は、我が刑法とほぼ同じことである。
 松島法相は、強姦より強盗の罪が重いはおかしいという議論をしているが近代市民法の基本原理が所有権、財産権。契約の自由であるから、強盗の罪が重くて不自然だとは全然思わない。しかも強姦は我が国では減少している。

註(1)斉藤豊治「アメリカにおける性刑法の改革」『大阪商業大学論集』5(1)200

刑法176条・177条改正反対


 松島法相辞任のニュースをみて法務省と首相官邸にメールを送りました


松島法相の政策である強姦罪について親告罪の見直しと、同意であっても強姦とみなすいわゆる「法定強姦罪」を13歳未満とする(刑法176条・177条)規定を見直し年齢の引き上げる方針に反対である。松島法相が「うちわ」の問題で辞任されたのだからこの際この政策もやめてもらいたい。。
 刑法以前の定律例第260条「十二年以下ノ幼女ヲ姦スモノハ和ト雖モ強ト同ク論スル」により、12歳以下との同意性交を違法としていることから一貫して同じでありこれを変える必要など全くない。。成熟した女子、土俗的にいえば赤い腰巻をした娘と合意性交は犯罪と考えるべきではないのである。
 養老令の女子婚姻適齢が数えの13歳、持統女帝の結婚年齢も13歳である(唐の永徽令も同じ)。これは西洋でも基本的には同じことである。ローマ法、古典カノン法、コモンローの女子婚姻適齢が12歳だからである。つまり12歳が古今東西女性の成熟の世界の標準なのである。
(なお教会法は成年期を満20歳と定められているが、これと別に成熟年齢があり男子14歳、女子12歳であり、未成熟者の7歳以下を幼児と区別するのである[1]。1918年成文の教会法典では婚姻適齢を男子16歳、女子14歳としているが、古くから教会法は、ローマ法を継受し男子14歳、女子12歳を婚姻適齢とし、将来の婚姻約束は7歳から可能としたのである。(コモンローも教会法と全く同じ14-12歳である)。教会法学者はローマ法の婚姻適齢をさらに緩和した。婚姻適齢未満でも成熟に達していれば婚姻適齢とみなすとしたのである。生理学的成熟(初潮・精通)ではなく、同衾に耐えられる大人っぽさであり心理学的成熟を含む概念とされる。
合意性交でも処罰する法定強姦罪はイギリスでは13世紀の制定法で、12歳未満であったが、16世紀に10歳に引き下げられ、その後13歳に引き上げられ、1885年に16歳となったとされる[2]。)

要するに私は、養老令、唐永徽令、ローマ法、古典カノン法、コモンローの基準である12~13歳を変える必要はないと思う。それは古いのではないかというかもしれないがそれはあたらない。先進的な立法も13歳を基準としているからである。。

 

 近年アメリカでは法定強姦罪(合意性交でも強姦とみなす)の年齢が、か弱き女性を保護する、特に良家の娘の貞操を守るというバターナリズムよって、近代になって18歳等高い年齢を設定する方向で法改正されたこと[3]が批判され、法定強姦罪は改革されている。1974年のミシガン州法改正が強姦罪見直しのモデルとされているが、第一級性行為罪(他人に対する性的挿入)は13歳未満とされている。ただし13歳以上16歳未満については、親族や被害者の通学する学校の教師が性行為を行った場合市は第一級性行為罪とされるのである[4]アメリカで最も先進的な性犯罪法のモデルとなっている1974年ミシガン州の法定強姦罪に相当する第一級性行為罪を13歳未満としていることからすれば、我が刑法177条とほぼ同じことであり、教会法やコモン・ローの成熟年齢と大きな隔たりはない、我が刑法は先進立法と合致し、現代にも通用するのである。
松島法相は、強姦より強盗の罪が重いはおかしいという議論をしているが近代市民法の基本原理が所有権、財産権。契約の自由であるから、強盗の罪が重くて不自然だとは全然思わない。しかも強姦は我が国では減少しており、性欲を人間性の重要な一部分として重視する立場なので厳罰化には反対である。
 女性の特殊生理的感覚や、ラディカルフェミニストの男性の性欲敵視思想に乗って刑法を改正するのは筋の悪い法改正と考える。

註(1)ルネ・メッツ著 久保正幡・桑原武夫訳『教会法』ドン・ボスコ社1962年 107頁
(2)中村秀次「アメリカにおける Statutory Rape Laws をめぐる平等保護論争とフェミニスト法学」『 熊本法学』 57 1988
(3) 例えば、マイケルM判決Michael M. v. Superior Court of Sonoma County, 450 U.S. 464 (1981)で問題になったカリフォルニア州法は1850年に10歳未満の法定強姦罪を制定し、1889年に14歳となり、1897年に16歳、1913年に18歳に引き上げられた。州によっては21歳にまで引き上げられた。(中村前掲論文)
(4)斉藤豊治「アメリカにおける性刑法の改革」『大阪商業大学論集』5(1)200

2014/06/16

児童ポルノ法改正18日にも参院可決を目前にして猛反省の弁

 私にとってヒーローというか最も尊敬していたのは実は左派(人権派)の大御所ブレナン判事だった。表現の自由ではなんといっても1989年の星条旗焼き捨て処罰違憲判決の法廷意見、プライバシー権では同年の死ぬ権利容認をする反対意見。終身任官のため大統領よりもアメリカ社会に絶大な影響力を行使した男である。ブレナン判事のすごいところは、保守派をとりこんでしまうところである。多くの人権判例で元来は保守的なブラックマンを味方につけ、星条旗焼き捨ていではスカリアとケネディを味方につけた。
 児童ポルノ単純所持処罰についても1990年のオズボーン判決(6対3)では反対意見を記している。
 ブレナン判事マンセーと言っている以上、児童ポルノ単純所持処罰反対は当然のことであったが、このような重大な表現権、プライバシーの危機にほとんど抵抗することもせず、言行不一致もはなはだしい、死んでお詫びをするのが筋だが、残念ながら、自分は歳を食って、人間が少し汚くなったので反省の弁を述べるとどめます。
 今後は、当面職場改革に専念し、実績を挙げたうえで国政の問題にも取り組みたいと考えます。
 

2014/06/03

児童ポルノ法改正単純所持処罰に強く反対

いまさら遅すぎて話にならないじないかとの非難があってやむをえない。何もしないで悪法が成立してしまうと、ショックが大きく手立ち直れなくなるので自分の精神衛生のため、ほとんど自慰行為かもしれないが、一応三党に意見をおくりました。

日本維新の会が3000字の字数制限なのでかなり長文のものが書ける。それが次のとおりです。

単純所持処罰となると思想の制約を課し、家庭内のプライバシーの重大な侵害となる。深刻な問題と認識している。

I たんにヌード写真、たんに女子の乳首の露出した写真は性的虐待・搾取と無関係であり、過度に広汎な規制といえる

 現行の児童ポルノ法は児童に対する性的搾取及び性的虐待の防止を規制目的としながら、「三号ポルノ」規定により規制目的とは密接な関連のないたんにヌード写真、女子の乳首の露出した写真まで規制の網にかけているため過度に広汎な規制といえる。
 アメリカ判例では、チャイルドポルノは猥褻、喧嘩言葉などの範疇と同じく憲法によって保護されない範疇に加えられてはいるが、規制が合憲であるためには、規制にはやむにやまれぬ利益が存在すること、さらに、規制している行為と未成年者の福祉という州の規制利益に密接な関連が存することを要するのである[NEW YORK v. FERBER, 458 U.S. 747(1982)]
 また、アメリカの判例理論には表現の自由の規制は、規制目的を達成するのに必要最小限度において認められるとする「過度に広汎性ゆえに無効の法理」があるが、たんにヌード写真、女子の場合は乳首が露出した写真ですら摘発の対象としているのは、過度の広汎性の基準を満たすものではない。むろん外国の判例理論ではあるが表現権の最先進国の基準に照らせば、我が国の児童ポルノ法はアウトといえるのである。
問題となる事例をいうと、例えば篠山紀信『神話少女 栗山千明』(新潮社1997年)12歳の少女の半裸写真を含む写真集である。栗山千明は女優として成功しており、この写真集は「クールビューティ」という彼女のイメージをつくり芸能界での成功のステップといえる。が性的虐待であるとは到底思えないのであるが、法改正で廃棄しなければ、刑罰に処される危険性がある。性的虐待とは無関係と主張しても警察は許さないだろう。到底納得できるものではない。またこれほどの美しい写真集を国会議員の淫欲敵視思想により焚書にするのはとても惜しい。

 またセクスティングは現行児童ポルノ法でも単純製造罪で有罪とされている。交際中の男女間で自撮りのヌード写真や思わせぶりな画像を送信する行為を「セクスティング」というが、IT機器が普及した今日においては相当広汎に行われているはずだ。単純所持処罰となればより深刻さは増す。
 私はたんにヌード写真はむろんのこと、俗に言う「くぱぁ画像」(性器開帳)であっても、それが無邪気なお遊びにすぎないものである以上、性的虐待、性的搾取とは関連がないから、児童ポルノ法の規制対象からは外すべきであると思う。とりわけ、性的にも成熟し大人っぽい年齢の「児童」が被写体である場合は。
 なぜならば、刑法176条・177条により、性的行為性交が合意のものであれば強姦とされない年齢が13歳とされており、性的に成熟した女子とみなされ、これは我が国の民俗的慣行と一致するだけでなく、教会法の成人は20歳であっても、成熟年齢はローマ法と同じく男子14歳・女子12歳としている考え方とも類似しているが、13歳以上の女子は法的に慣習としても性的行為を受容して性交に同意する能力(性的自己決定権)があるものと解釈されるのであって、また、民法731条法定婚姻年齢も女子は16歳であることから、親密な人間関係を築き、結婚し家庭を持つことが、幸福追求権のなかでも核心的な価値である以上、セクスティングのある男女交際から結婚にいたるケースも想定しうることを考慮するならば、英米法とくに表現権を専門とする紙谷雅子学習院大学教授も、児童ポルノ法でのセクスティング訴追は疑問[紙谷雅子「セクスティングとチャイルド・ポルノグラフィ」『学習院大学法学会雑誌』46巻1号2010年]としており、私もそう思う。被害者なき犯罪の拡大と非難されるべきである。

II 児童ポルノ法単純所持処罰を許せないのは「児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止」する立法趣旨が、異常な性欲敵視思想であり、事実上の全体主義的思想統制になるためだ

 ここでいう「児童」とは「児童の権利条約」の「児童」(18歳未満)であるが、性的行為の自己決定権を有する13歳以上も含むものである。正常な男性ならば第二次性徴期ないし破瓜期以降の女性は性的魅力があり性欲の対象となるものであり、それは自然である。土俗的には赤い腰巻きをした思春期以降の女子は成女とされたのである。18歳未満を性的対象とする風潮の防止とする公定イデオロギーは、ストア主義者顔負けの異常な性欲敵視思想であり、それは、性を人間性の重要な一部分のみなす、精神医学の考え方にも反するものである。
 しかし、仮に私が『神話少女』を所持し、法改正後も廃棄せず、家宅捜索され発見されたとする。モデルの性的虐待・性的搾取にかかわった者として刑罰に処されるのは全く不合理である。にもかかわらず児童ポルノ法は「児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止」する立法趣旨もあるので、あなたが性的虐待にかかわってないとか規制目的と関連してないと主張しようとそんなのは関係ない、18歳未満のヌード写真の所持を取り締まることが「児童を性的対象とする風潮の助長」を防止する効果があるので、あなたはこの公定イデオロギーにさからったから刑罰に処されて当然ですと警察は言うはずだ。
 これは事実上の全体主義的思想統制になるし、むろんプライバシーの重大な侵害である。
 アメリカ判例ではOsborne v. Ohio, 495 U.S. 103 (1990)が思わせぶりなポーズをとった少年のヌードの単純所持処罰を6対3で合憲としているが、ホワイト判事の法廷意見は、見る人に対する道徳的倫理的観点からの規制ではなく、あくまでも未成年の身体的精神的健全性を保護し、子どもに対する搾取と虐待を処罰するというチャイルドポルノグラフィ規制であるのため合憲とされたのである。(ただし私は反対意見を期したブレナン判事が正しいと考えている) つまりこの判決は、パターナリスティックな立法目的、特定の価値観を強制するようなものであれば、先例であるStanley v. Georgia 394 U.S. 557(1969)が猥褻物件の単純所持処罰について、この州法の立法目的がわいせつ作品がそれを見る者にとって有害であるがゆえに規制する必要性があるというパ夕一ナリスティックなものであったが、そうした規制は思想の自由の制約として合憲 とはいえないとして猥せつを規制する州の権限は、個人が自己の住居内で私的に所持しているにすぎない場合まで拡張されるものではないと違憲判断を下したこととの整合性から合憲判断にはならないということを言っているのであって、そうすると、この理論からすると明らかに立法目的がパターナリスティックな日本の児童ポルノ法は、国民に思想の制約を課すものであるから単純所持処罰まで拡大することはなじまないと明確にいえる。
(詳論は、川西正彦のブログをご笑覧いただければ幸甚に損します)

2014/06/02

国会議員へ 児童ポルノ法改正単純所持処罰導入に強く反対する意見(下書き)

 私は、現行の児童ポルノ法が表現権を侵害していると考えるが、さらに単純所持処罰となると思想の制約を課し、家庭内のプライバシーの侵害となり、思想の自由、プライバシーの重大な危機となるので強く反対である。

 

 

Ⅰ たんにヌード写真、たんに女子の乳首の露出した写真は性的虐待・搾取と無関係であり、過度に広汎な規制といえる

 

 現行の児童ポルノ法は児童に対する性的搾取及び性的虐待の防止を規制目的としながら、「三号ポルノ」規定により規制目的とは密接な関連のないたんにヌード写真、女子の乳首の露出した写真まで規制の網にかけているため過度に広汎な規制といえる。

  アメリカ判例では、チャイルドポルノは猥褻、喧嘩言葉などの範疇と同じく憲法によって保護されない範疇に加えられてはいるが、規制が合憲であるためには、規制にはやむにやまれぬ利益が存在すること、さらに、規制している行為と未成年者の福祉という州の規制利益に密接な関連が存することを要するのである[NEW YORK v. FERBER, 458 U.S. 7471982]

 また、アメリカの判例理論には表現の自由の規制は、規制目的を達成するのに必要最小限度において認められるとする「過度に広汎性ゆえに無効の法理」があるが、たんにヌード写真、女子の場合は乳首が露出した写真ですら「三号ポルノ」の解釈から摘発の対象としているのは、過度の広汎性の基準を満たすものではない。むろん外国の判例理論ではあるが表現権の最先進国の基準に照らせば、我が国の児童ポルノ法はアウトといえるのである。

  具体的に問題となる事例をいうと、例えば篠山紀信『神話少女 栗山千明』(新潮社1997年)12歳の少女の半裸写真を含む写真集である。栗山千明はチャイドル美少女と評判だったが、ハリウッドに進出し準主役に抜擢されるなど女優、タレントとして成功したおり、この写真集は「クールビューティ」という彼女のイメージをつくり芸能界での成功のステップといえるものである。これが性的虐待であるとは到底思えないのであるが、法改正で廃棄しなければ、刑罰に処される危険性がある。性的虐待とは無関係と主張しても警察は許さないだろう。到底納得できるものではない。またこれほどの美しい写真集を国会議員の淫欲敵視思想により焚書にするのはとても惜しい。

 またセクスティングは現行児童ポルノ法でも単純製造罪で有罪とされている。交際中の男女間で自撮りのヌード写真や思わせぶりな画像を送信する行為を「セクスティング」というが、携帯やIT機器が普及した今日においては相当広汎に行われているとみるのが自然である。単純所持処罰となればより深刻さは増す。

 私はたんにヌード写真はむろんのこと、俗に言う「くぱぁ画像」(性器開帳)であっても、それが無邪気なお遊びにすぎないものである以上、性的虐待、性的搾取とは関連がないから、児童ポルノ法の規制対象からは外すべきであると思う。とりわけ、性的にも成熟し大人っぽい年齢の「児童」が被写体である場合は。

 なぜならば、刑法176条・177条により、性的行為性交が合意のものであれば強姦とされない年齢が13歳とされており、青少年保護育成条例でたぶん大多数の自治体がみだらな性行為を禁止しているとしても、国の法律は13歳未満でなければ性的に成熟した女子とみなされ、これは我が国の民俗的慣行と一致するだけでなく、教会法の成人は20歳であっても、成熟年齢はローマ法と同じく男子14歳・女子12歳としている考え方とも類似しているが、13歳以上の女子は法的に慣習としても性的行為を受容して性交に同意する能力(性的自己決定権)があるものと解釈されるのであって、また、民法731条法定婚姻年齢も女子は16歳であることから、親密な人間関係を築き、結婚し家庭を持つことが、幸福追求権のなかでも核心的な価値である以上、セクスティングのある男女交際から結婚にいたるケースも想定しうることを考慮するならば、英米法とくに表現権を専門とする紙谷雅子学習院大学教授も、児童ポルノ法でのセクスティング訴追は疑問[紙谷雅子「セクスティングとチャイルド・ポルノグラフィ」『学習院大学法学会雑誌』46巻1号2010年]としており、私もそう思う。被害者なき犯罪の拡大と非難されるべきである。

 

Ⅱ 児童ポルノ法単純所持処罰を許せないのは「児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止」する立法趣旨が、異常な性欲敵視思想であり、事実上の全体主義的思想統制になるためだ

 

 ここでいう「児童」とは「児童の権利条約」の「児童」(18歳未満)であるが、性的行為の自己決定権を有する13歳以上も含むものである。正常な男性ならば第二次性徴期ないし破瓜期以降の女性は性的魅力があり性欲の対象となるものであり、それは自然である。土俗的には赤い腰巻きをした思春期以降の女子は成女とされたのである。18歳未満を性的対象とする風潮の防止とする公定イデオロギーは、ストア主義者顔負けの異常な性欲敵視思想であり、それは、性を人間性の重要な一部分のみなす、精神医学の考え方にも反するものである。

 しかし、仮に私が『神話少女』を所持し、法改正後も廃棄せず、なんらかの口実で家宅捜索されて、それが発見されたとする。モデルの性的虐待・性的搾取にかかわった者として刑罰に処されるのは全く不合理である。にもかかわらず児童ポルノ法は「児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止」する立法趣旨もあるので、あなたが性的虐待にかかわってないとか規制目的と関連してないと主張しようとそんなのは関係ない、18歳未満のヌード写真の所持を取り締まることが「児童を性的対象とする風潮の助長」を防止する効果があるので、あなたはこの公定イデオロギーにさからったから刑罰に処されて当然ですと警察は言うはずだ。

 これは事実上の全体主義的思想統制になるし、むろんプライバシーの重大な侵害である。

 アメリカ判例ではOsborne v. Ohio, 495 U.S. 103 (1990)が思わせぶりなポーズをとった少年のヌードの単純所持処罰を6対3で合憲としているが、ホワイト判事の法廷意見は、見る人に対する道徳的倫理的観点からの規制ではなく、あくまでも未成年の身体的精神的健全性を保護し、子どもに対する搾取と虐待を処罰するというチャイルドポルノグラフィ規制であるのため合憲とされたのである。(ただし私は反対意見を期したブレナン判事が正しいと考えている)

 つまりこの判決は、パターナリスティックな立法目的、特定の価値観を強制するようなものであれば、先例であるStanley v. Georgia 394 U.S. 5571969)が猥褻物件(8ミリフィルム)の単純所持処罰について、この州法の立法目的がわいせつ作品がそれを見る者にとって有害であるがゆえに規制する必要性があるというパ夕一ナリスティックなものであったが、そうした規制は思想の自由の制約として合憲 とはいえないとして猥せつを規制する州の権限は、個人が自己の住居内で私的に所持しているにすぎない場合まで拡張されるものではないと違憲判断を下したこととの整合性から合憲判断にはならないということを言っているのであって、そうすると、この理論からすると明らかに立法目的がパターナリスティックな日本の児童ポルノ法は、国民に思想の制約を課すものであるから単純所持処罰まで拡大することはなじまないと明確にいえる。

 

 以上が私の反対意見の概要であるが詳論は、川西正彦のブログhttp://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-7bb7.htmlをご笑覧いただければ幸甚に存じます。

 

2014/06/01

児童ポルノ法改正単純所持処罰導入に対する反対意見(その7完)

承前

(各論)

 

 

Ⅲ 写真集『神話少女 栗山千明』単純所持処罰絶対反対

 

児童ポルノ法が規制目的と密接な関連のない存しないものまで網にかけている例として、ここでは写真集『神話少女 栗山千明』を一つの例にして取りあげたい。

 

篠山紀信の『神話少女 栗山千明』(新潮社1997年)という11歳の美少女を被写体とした上半身ヌードを含む写真集が出版されているが、その後、たぶん児童ポルノ法制定との関連で出版社が自主回収し、絶版となり、たぶん現在では古本としても流通していない。

栗山千明(1984年生)は5歳のころからファションモデルであったが、日産ステージアのCМ(1996年)で美少女と評判となり、「チャイドル」ブームを巻き起こした。深作欣二監督の「バトルロワイヤル」(2000年)が女優としての出世作で、ハリウッドに進出、『キル・ビル Vol.1』(2003年)で準主役に抜擢されるなど、女優、モデル、タレントとして成功している。

篠山紀信は芸術的と評されるのが嫌いな写真家で、ヌード写真とは美しく、見ていて気持ちよく想像力を刺激するものを追求しているとされる[i]。オーソドックスな手法で見る人に喜ばれるものを提供してくれる写真家であるが、クールビューティと称される栗山千明を魅力的に撮っている。これはたんに美しい写真で、3号ポルノにあたらないという解釈もありうるが、3号ポルノとされる可能性ももちろんある。

篠山紀信は『少女館』というヌードのないチャイドルの集合写真集も出版しているが、モデルの中で最も魅力的なのが栗山千明であった。むろん親の身上統制権による承認のもとで撮影されたものであろうし、この撮影が少女に生理的、感情的、精神的な面での悪影響があったとは到底思えない。こうした芸能活動を規制することが未成年者の福祉と密接に関連するものとはいえないのである。むしろ栗山千明が女優・タレントとして成功するステップとなっている。児童ポルノ法はこうした芸能活動を規制し、表現活動を委縮させる効果をもたらしているが、それは子供の虐待防止と無関係だ。

仮に、私が『神話少女 栗山千明』を所持していたとする。法改正にもかかわらず廃棄せず、そのために捜索を受け、発見されたとする。それによって私は栗山千明の性的虐待に性的搾取にかかわった者として刑罰に処されるのは全く不合理である。にもかかわらず児童ポルノ法は「児童を性的対象とする風潮が助長されることを防止」する立法趣旨もあるので、あなたが性的虐待にかかわってないとか規制目的と関連してないと主張しようとそんなのは関係ない、18歳未満のヌード写真の所持を取り締まることが「児童を性的対象とする風潮が助長」を防止する効果があるので、あなたは刑罰に処されて当然ですということになる。そうなると非常におそろしい社会といえる。

 

 

  セクスティング処罰絶対反対

 

 

セクスティング(sexting)とは、近年、アメリカの青少年の間で流行している性的行動であり、携帯電話などで自分のヌード写真や動画を恋人や友人などに送信する行為である。アメリカの非営利団体であるInternet & American Life Projectが行った調査ではアメリカのティーンエージャーの15%はセクスティングの経験があると報告されている。

我が国ではセクスティングは、現行児童ポルノ法でも単純製造罪とされている[ii]

東京高裁平成22.8.2判決の事案は大略次の通りである。被告人は、A子(当時13歳)にメールや電話を通じて、グラビアのモデルの仕事であるなどと甘言を弄して、A子にその乳首を露出させる姿態をとらせ、これをA子の携帯電話機付属のカメラにより静止画として撮影させた上、画像を電子メール添付ファイルとして送信させ、その画像データを被告人の携蒂電話機により受信して同機に挿入されたマイクロSDカード内に記録・蔵置させたというものであり、一審静岡地裁平成21.12.25判決は、児童ポルノ法7条3項の単純製造委罪の成立を認め罰金100万円に処した。

東京高裁平成22.8.2判決は控訴棄却。判旨は「法73項が設けられた趣旨は、「他人に提供する目的を伴わない児童ポルノ製造であっても、被害児童に法23項各号に掲げる児童ポルノに該当する姿態をとらせ、これを写真撮影等して児童ポルノを製造する行為は、強制によるものでなくても、被害児童の心身に有害な影響を与える性的搾取行為にほかならず、かつ、流通の危険性を創出する点でも非難に値し、可罰性があると解されたところにあるといえる。」

 「本件では、被害児童の行為が被告人によって利用された部分があるとしても、それは、『姿態をとらせ』といった構成要件に沿うものである。また、前記原判示の罪となるべき事実中、被告人が被害児金童の姿態を電磁的記録媒体に描写する過程で被害児童による撮影や送信という行為が介在しているのも、犯罪構成要件である『描写』の手段方法を原判決がより具体的に説示したことによるものであると解され、しかも、被害児童がそのような行為をしたのは、(略)児童ポルノの製造という真意を秘した被告人が、甘言を弄して判断能力の未熟な被害児童を錯誤に陥れたためであるから、被告人が本罪の単独正犯であることに疑問が生じることにはならない。」[iii]

 

この事件は交際していた男女の例でないようであり、被写体も13歳と比較的年少者といえるが、しかし性的にも成熟し、大人っぽく判断能力も備わっている女子高校生の場合はどうか。女子高生なら大抵携帯を所持しているし、交際している男性に対し、自らを被写体とした写真は当然のこととして、場合によってはヌードや思わせぶりな画像等を携帯電話等で送信しているケースは、公式の調査はないとしても相当広範に行われていると考えられる。勝手にポーズをとったのか、勝手に露骨な写真を送ってきたのかにかかわりなく、性的虐待とは思えない単なる「お遊び」、無邪気なヌード写真であるにもかかわらず、所持したことにより、犯罪者としてのレッテルと貼られたうえ刑罰に処すのは行き過ぎであると考える。

国会議員の大多数はセクスティングなんか処罰してしまえと考えているのもしれないが、私はそれが、それが愚かなことであるとか不純異性交遊とか、非行であるときめつけるのは正しくない。それはむしろ親密さの証しと考える。

親しい人間関係を築き、結婚し家庭を持つことは幸福追求権にかかわる基本的権利である。セクスティングの交際が合法な婚姻関係に進展することもありうることを考慮しなければならない。英米法とくに表現権を専門とする紙谷雅子学習院大学法学部教授は児童ポルノ法でのセクスティング訴追は疑問[iv]としており、私もそう思う。被害者なき犯罪の拡大と非難されるべきである。

法改正が審議入りするとなれば、営利目的のそれと親しい人間関係のなかで無邪気に撮影されたものとどう区別するのかしないのか、恋人どうしのセクスティングも単純所持適用不可避と国会議員と考えているのか当然議論されるとは思うが、私は、既に死語となった「不純異性交遊」「桃色遊戯」という言葉が復権し、警察が男女交際をとりしまる社会を望んでいないがゆえに、法改正に反対なのである。

 


[i]「写真家篠山紀信の世界」『週刊現代』561420144/26

[ii]園田寿「いわゆるセクステイングと児童ポルノ単純製造罪東京高裁平成2282日判決(公刊物未登載)」『甲南法務研究』7 2011年大林啓吾「所持規制をめぐる憲法問題-児童ポルノの単純所持規制を素材として-」『千葉大学法学論集』283号 2014

[iii]園田前掲論文

[iv]紙谷雅子「セクスティングとチャイルド・ポルノグラフィ」『学習院大学法学会雑誌』46巻1号2010年

児童ポルノ法改正単純所持処罰導入に対する反対意見(その6)

承前

エ.脳科学は男性が破瓜期以後の女子を性的対象と認識することが正常であることを明らかにしている脳科学的にもそれは自然に反する

女性のウェストとヒップの黄金比は7対10とされる。このことは2009年1月11日OAの「NHKスペシャル女と男 科学が読み解く男女の秘密」という番組でテキサス大学シン教授が登場し、男性の脳はウェスト7対ヒップ10の割合のくびれをもっとも魅力的なものとして判断するよう仕組まれているという学説を説明しており、ニューズウィークなどでも記事となっていたから比較的知られていることである。それはヒトの女に閉経があり、出産可能な時期が限定されているためで、第二次性徴期に達した出産適齢女性であることのサインであるということだった。

 しかし、脳科学者中野信子は別の学説で説明していた(BS日テレ2012/11/10「加藤浩次の本気対談コージ魂!)。脳は油脂の多い組織である。脳の原料となっている良質の脂肪は女性のお尻と太腿の脂肪の物質と一致するのであり、実際にウェスト・ヒップポイント0.6~0.7の母親から生まれた子供とそうでない子供で認知テストを行う実証的研究があり、前者の成績が良かった。つまり男性の脳がプロポーションの良い女性を好むのは、「自分の遺伝子を賢く産んでくれる」対象を(無意識に)選択するためだという説であった。

中野信子は男性の脳が見ているのは女性のお尻とはっきり言っていた。顔ではなく重要なのはお尻であり、具体的には腰から尻、太腿のプロポーションである。2.3秒の視覚で脳が対象の性的魅力を判定している。また中野信子は女性の魅力をケーキに喩えて説明していた。つまりお尻や太腿の魅力がケーキのスポンジ部分にあたり、顔やその他はそれを修飾するクリームの部分に当たる。

この喩えはわかりやすく男性ならうなづくはずである。顔はさほど美人でなくても若くて腰から太腿の部分のプロポーションの良い女性は性的対象として魅力がある(欲情の対象となる)。スポンジがおいしければ飾りやクリームがさほどなくてもケーキはおいしい。

実際第二次性徴期(破瓜期)に達すれば女子は概ね7対10の黄金比率になる。具体的データを示そう。

 

90年代の人気雑誌『投稿写真』1991年1月号の'90新人アイドル名鑑BEST28からもう少し若いタレントのウェストヒップポイント(ヒップに対するウエストの割合)を拾ってみる。年齢は90年12月1日の満年齢。一部のタレントは省略

 

 

 

ribbon佐藤愛子17歳 B78-W58-H86 0.674

 

ribbon永作博美20歳 B81-W60-H81 0.741

 

ribbon松野有里巳17歳 B81-W61-H84 0.726

 

和久井映美19歳 B82-W57-H85 0.695

 

千堂あきほ21歳 B83-W58-H87 0.667

 

裕木奈江20歳 B82-W61-H87 0.701

 

越智静香19歳 B78-W55-H80 0.686

 

田中陽子16歳 B80-W59-H82 0.719

 

LIP'S山本京子15歳 B82-W58-H86 0.674

 

高橋由美子16歳 B82-W56-H82 0.683

 

BABY'S小倉光代14歳 B72-W57-H80 0.712

 

BABY'S豊田樹里15歳 B79-W56-H83 0.675

 

BABY'S星野明美15歳 B76-W59-H81 0.728

 

寺尾友美17歳 B86-W58-H86 0.674

 

久我陽子16歳 B81-W58-H86 0.674

 

宍戸留美17歳 B73-W57-H79 0.722

 

佐月亜衣15歳 B79-W62-H86 0.721

 

中野理絵17歳 B72-W58-H85 0.682

 

西野妙子14歳 B77-W58-H82 0.703

 

芳賀ゆい16歳 B78-W58-H80 0.725

 

杉本理恵16歳 B78-W58-H79 0.734

 

桜井幸子16歳 B77-W57-H82 0.695

 

早坂好恵15歳 B78-W51-H80 0.638

 

GIRLFRIEND岡本千鶴16歳 B76-W58-H80 0.725

 

GIRLFRIEND晴山ミキ15歳 B78-W55-H80 0.688

 

GIRLFRIEND本多美帆16歳 B78-W55-H80 0.688

 

COTTON福田浩子15歳 B80-W59-H83 0.711

 

COTTON岡田有紀16歳 B81-W58-H83 0.699

 

東京パフォーマンスドール篠原涼子17歳 B78-W56-H82 0.683

 

東京パフォーマンスドール篠原リエ15歳 B82-W59-H83 0.711

 

 

 

上記はそれなりに売れたタレントだが、『投稿写真』から主としてミドルないしローティーンのウェストヒップポイントを拾う。

 

 

 

98年2月号 13歳大森玲子 身長150B75-W57-H73 0.780

 

95年7月号 14歳川田磨衣子 B82-W56-H84 0.667

 

 14歳中村麻美B81-W57-H81 0.715

 

95年10月号 15歳島田ゆうきB80-W55-H83 0.662

 

95年12月号 13歳原みすず B78-W59-H85 0.695

 

96年10月号 11歳尾崎裕美 B70-W60-H78 0.769

 

90年12月号 15歳持田真樹 B76-W59-H82 0.720

 

97年2月号 16歳柳明日香 B83-W57-H86 0.662

 

96年9月号 15歳河村理沙 B78-W58-H78 0.744

 

 14歳橘里奈 B75-W56-H80 0.712

 

 15歳渡辺かおる B80-W58-H84 0.690

 

85年11月号 15歳山崎貴美子 B83-W58-H84 0.690

 

 

 

要するに、破瓜期に達した女子を見ると脳は性欲の対象と認識するようにできており、それかが自然で正常である。

ところがとっくに破瓜期に達し成熟している女子すら「児童」として性欲の対象とすること風潮を防止するという立法目的とする児童ポルノ法は、近年の脳科学の成果にも反する反自然的、異常な性欲敵視思想だといわなければならないのである。

この時代に大グレゴリウス、ストア主義顔負けの淫欲敵視思想を公定イデオロギーとしてふりかざし国民の思想を、プライバシーに干渉してまで統制しようとする。それが児童ポルノ法改正の本質であると私は考える。

全体主義的思想統制に反対するのは自由主義、リバータリアンを一応標榜している私としては強く反対するのは当然のことである。

 

 

 

児童ポルノ法改正単純所持処罰導入に対する反対意見(その5)

(承前)

イ.明治中頃までの婚姻適齢は12歳だった

 

 

 明治時代の庶民文化について一家をなした研究者で国立歴史民俗博物館教授などを歴任した小木新造によると、1870~80年代明治前半期の東京が離婚率が高く早婚であったということを指摘している(『東京庶民生活史』日本放送協会1979の287~330頁参照)

 明治民法(明治31年、1898年)は法定婚姻適齢男子17歳、女子15歳としているが、それ以前は婚姻適齢の成文法はなかった。但し、定律例第260条「十二年以下ノ幼女ヲ姦スモノハ和ト雖モ強ト同ク論スル」により、12歳以下との同意性交を違法としていることから、内務省では12歳を婚嫁の境界を分かつ解釈とされていた。

 

東京現住結婚年齢者対象表

 

『東京府統計書』

 

明治17

       男    女

14年以下   11  128

 

15年以上  604 2740

 

20年以上 1880 2691

 

25年以上 2679 1496

 

30年以上 1607  811

 

35年以上  871  442

 

40年以上  略    略

 

 (小木前掲書309頁)

 

 この統計書を見る限り明治17年の東京は早婚の傾向をみてよいと思う。つまり女子は20~24歳の結婚より15~19歳の方が多い。14歳以下が128例、内訳が12歳7、13歳34、14歳87と決して多くないが、公式文書にこれだけの数値が記録されていることは重要であると小木は述べており、統計上現れない実態もあるとすれば12歳を婚姻年齢の境界とする解釈はほぼ実態に即したものといえる。

また松村操『東京穴探』明治14年第二篇九頁では東京における中等以上の資産を有する者の子弟は「大抵男子二十歳前後、女子十四歳ニシテ結婚スルヲ以テ常トス」とあり、14歳を標準的婚姻年齢とする見解がある。

 

ウ.明治の東京評判美人は17歳以下が92%、17歳以下が最も望ましい性的対象であった

 

小木は明治時代、東京におけて娘盛りが15歳から17歳と認識されていたことを示す資料として番付『東京箱入娘別品揃』を挙げている。これは朱引内六大区のうち三大区までの評判美人娘を番付にしたもので、年齢が記入されている。

これによると「日本橋品川町十六年二ヶ月佃屋おひさ」から「赤坂一ツ木十九年三ヶ月荒物屋おとき」まで96名に張出2名を加えて98名の娘が登場するがその内訳は

 

13歳  5人

 

14歳 11人

 

15歳 24人

 

16歳 19人

 

17歳 31人

 

18歳  2人

 

19歳  5人

 

20歳  0人

 

21歳  1人

 

 (小木前掲書310頁以下)

 

98名のうち90名、92%が17歳以下である。美人・別嬪娘とは15~17歳をおおむねさしたのである。俗に娘十八番茶も出花と言うが十八歳は娘盛りを過ぎており、二十歳では年増との認識とみてよいだろう。現代でも山口百恵などの中三トリオをはじめとして15~17歳でデビューするアイドルが成功することが多い。例えば広末涼子は第1回クレアラシル「ぴかぴかフェイスコンテスト」でグランプリ獲得が14歳でタレントとなった。爆発的人気はNTTドコモポケベルのCMであるが15~16歳である。吉永小百合も『キューポラのある街』でヒロインとなり、『いつでも夢を』でレコード大賞を獲り清純派女優として人気を得たのが17歳である。

15~17歳を娘盛りとする認識は実は現代もさほど変わらない。よって18歳未満を性欲の対象としてはならないなどという立法趣旨は甚だしく、日本の伝統や文化に反するものである

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