カテゴリー「公務員に労働基本権付与反対」の12件の記事

2008/05/28

痛恨の極みだが、川田亜子のように死ぬことはない

 公務員制度改革で玉虫色的表現を残しつつも、団体協約締結権付与に道を開いたとされている決着は痛恨の極みである。http://www.asahi.com/politics/update/0528/TKY200805280116.html。締結権を付与したら公務員が労働組合の職務統制に支配されていく可能性が強い。そもそもこの問題は森内閣の頃から足かけ9年ぐらいになるが、理論的に明快に改革は必要だが、労働基本権は付与しないことが正しいという対抗言論を展開できず8~9年無為に過ごしたことは非常に後悔している。もっともその間に停職1ヶ月の他、特別指導職員とされ昇給停止や、不本意配転、狭心症、心筋梗塞の発作と、手術があり、健康状態も思わしくなかったので、意欲がそがれた投げやりになった面もあるが、しかし川田亜子のように人生に絶望せずに、地道に対抗言論をやっていく予定である。
 『海外労働情報』2003年4月号「難航の公共部門、Verdiが賃金協約締結 」
 という記事http://www.jil.go.jp/jil/kaigaitopic/2003_04/germanyP01.htmlにドイツの公共部門ストライキについて載ってます。それによると
 「難航を極めた交渉の最終段階で、Verdiは交渉決裂の場合には1月末から新たな戦術を取り入れて無期限ストに打って出る強硬姿勢を示していたが、これに対する使用者側の譲歩の背景には、1992年のOTVのストで、多額のコストとともに市民生活に大きな支障を来したという事情がある。同年の公共部門のストでは、公共部門の労働者と郵便・鉄道関係の職員約40万人が11日間ストライキを行い、この間バスは止まり、郵便は遅配され、収集容器が放置されてごみ収集が滞る等、6大経済研究所の一つミュンヘンのIfo経済研究所の試算では、このときのスト関連の損失は10億マルク(当時)に達したとされる。その意味では、使用者側の今回の譲歩も、ストの損失を回避するためと言える。しかし財務省の試算によると、今回の公共部門の協約締結で連邦・州・自治体にかかる財政負担は、2003年が25億ユーロ、2004年が29億ユーロの合計54億ユーロであり、このような財政負担を招いた使用者側の大幅譲歩に対しては、財政の逼迫する州・自治体レベルの不満は大きい。1パーセントの賃上げで自治体の財政負担は年間7億ユーロ増加するとして、ゼロ回答に近い妥結を要望していたシュラム市町村連合会長は勿論、州・自治体レベルでは、交渉団体からの離脱の声のほか、現行の連邦主導による労組との協約交渉の在り方自体に疑問を呈する声が上がっている。」
 ドイツの公共部門にみられるように協約締結交渉が決裂した場合、長期ストを打つぞという脅しは相当きくし、多大の財政負担を強いられることになる。
 

 
 

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2007/04/22

労働基本権が基本的人権だなどいうのは大きな間違いである(2)

  ストライキは本来犯罪である(コモンロー共謀法理について)-(1)

要旨-本来、団結は共謀法理により徹底的に弾圧されてしかるべきである。社会正義の回復のために共謀法理の継受復権を望む

川西正彦

 ここでは1800年小ピット政権の団結禁止法までのイギリスの法制を概観しておく。イギリスの労働を論じる場合1349年エドワード3世の治世の労働者勅令から取り上げるのが通例になっている。この勅令では日雇いを禁止、年期奉公を強制、就労場所の限定、契約満了以前の労働放棄の投獄、慣習的賃金より高い賃金の支払、受領を禁止した。これは百年戦争が勃発し、ペスト大流行による人口減少により賃金が極端に高騰し、過大な賃金を受け取らなければ働かなくなった在り方を旧に復す目的があった。年期奉公の期間満了まで解雇を規制したのは労働者の保護ではなく深刻な労働力不足から勝手な離職させないためのものであったといわれている。
 1543年法は、一定の賃金もしくは一定の労働時間でなければ働かないと共謀した労働者に対して重く処罰するものとしたが、コンスピラシー(共謀)に理由に労働者の団結が犯罪とされるようになったのである。
 1563年エリザベス1世治世の職人規制条例は、徒弟条項、移動禁止・強制就労条項、賃金条項があるが、賃金条項では治安判事にその年ごとの各職種の賃金を裁定する権限を権利を与え、裁定賃金を上回る賃金を支払った雇主と受領した労働者を投獄する権限を与え、この条例を無効、変更ならしめる労働者の団結を禁止した。
 1720年の主従法は仕立て職人の雇用期間中ないし仕事完成前の労務放棄および、法定、裁定賃金によって就労することの拒否には、治安判事が理由ありとしない限り2ヶ月以下の懲治監での重労働、その後主従法は、就労強制条項は含まなくなったが、契約期間満了前の労働放棄、非行や、仕事完成前に履行を怠る場合、懲治監での重労働が科された。中世の立法のような雇主の解雇規制はなくなった。

 しかし、産業革命以後、急速に発展してきた労働者の団結活動に対して、もっとも効果があったのは、刑事共謀法理を労働運動に適用することだった。
 そもそも、共謀法理は13世紀中世高期黄金時代の裁判手続に起源を有する裁判法上の不法行為概念だった。当時イギリスにおいて陪審裁判の手続でしばしば悪用が行われていた。損害賠償の不可能な12歳未満の者に告訴させたり、共謀して誣告的な告発がなされていたのである。悪用をなくすためエドワード1世の治世1285年にコンスピラシー条例により共同謀議を犯罪とした。1305年の共同謀議者令はコンスピレイターについて次のように定義した。「宣誓・誓約その他の約束により、互いに共同もしくは結合して虚偽の申立を行い、それによって他人を起訴ないし起訴の危険に陥し入れ、あるいは他人をして有罪の責任を免れせしめ、あるいは訴訟を提起もしくは支持し、あるいは12歳未満の者に、他人に対して重罪の告訴をなさしめるもの‥‥」。
 当初の適用範囲は重罪としての誣告だったが、「営業の制限の法理」に適用された。これは独占取引を禁止することにより営業の自由を確保するもので、使用者の団結に向けられたものだったが、18世紀から19世紀にかけてのイギリスの裁判所は、「営業」には使用者の取引のみならず労働者ないし労働組合の取引も含まれるという想定のもとに労働者の団結は「営業の制限」に該当するとして刑事共謀法理を適用した。
 コモンロー上の刑事共謀法理が初めて適用されたのが、1721年のジャニーメン・テイラーズ事件である。ケンブリッジの仕立職人が団結して賃上げのストライキをしたことが、1720年の主従法に違反するとして起訴された事件で、裁判所は制定法の有無にかかわらず、労働者の団結はコモンロー上の共謀罪で処罰しうること。個人で行えば合法的である場合でも、共謀すなわち団結することによって不法となることを明らかにした。さらに1783年のエックレス事件はリバプールに住むエイチ・ブースの営業を妨害する労働者の団結であったが、共謀罪は妨害がなされたか否かにかかわりなく、いかなる方法にせよ妨害を意図して数人が共謀することによって成立するとし営業妨害をたくらむ共謀それ自体が犯罪となることを明らかにした。さらに1799年のハムモンド事件で労働組合結成も刑事共謀罪とした。
 18世紀の裁判所の判断は正義であると思う。コンスビラシーの法理は大変優れたものである。労働者の団結とは営業を制限する共謀であり、犯罪なのである。犯罪であるべきものが、憲法上保障された基本的人権になる。こんな馬鹿げたことはないのである。価値観が顛倒している。悪魔を神として崇めることと同じである。労働組合は共同謀議を恒常化するものである。団結権は財産権を侵害し、本来個別契約であるべき雇用契約の自由を侵害し、個人の就労する自由を侵害し、コモンロー上の黙示的誠実労働義務を否定し働き方を統制することにより、個人の幸福追求権まで否定する。これほど悪い思想はないのである。
 もっともコンスビラシーの法理を継受しなくても労働組合を駆逐する方法はある。しかしこれを継受して労働組合(共謀犯罪団体)を絶滅させることも選択肢の一つと私は考える。

引用文献・参考文献
高橋保「イギリス労働法における共謀法理(コンスピラシー)の形成と展開」『創価法学』7巻4号1978
小宮文人『現代イギリス労働法』信山社2006
中西洋『《賃金》《職業-労働組合》《国家》の理論』ミネルヴァ書房(京都)1998
 

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労働基本権が基本的人権だなどいうのは大きな間違いである(1)

(公務員に労働基本権付与反対シリーズ)

 自分の人生はがけっぷちである。非常にまずい状態です。昨年のある要因があって5月頃から異常な無気力状態でした。ワールドカップ日-豪戦でロスタイム大黒投入というほど絶望的というわけでもないけれど、自分が怠けていたことは率直に反省しますが、もう死にものぐるいにやらないとダメです。だからここから死にものぐるいで通常人の3倍ぐらいの生産性でやっていくしかない。ブログで宣言してしまったほうがよいと思います。今、宣言しましたから、本日から365日無休でやります。小さいものを量産していきたいと思います。

川西正彦
 
ストライキは本来犯罪で非常に恐ろしいものである
 
 私は、脅迫、威嚇、罵り、襲撃、監禁、殺し合いのようなことが白昼堂々行われるストライキを憎む者であり、ストライキが権利だなどいう思想は、大罪に値し、そういう悪を許容する「法制度」を持っているのは道徳的倫理的に腐敗した国家・社会だといわなければならないと思います。そんなものは人権であるはずがない。実は争議権の名のもとに殺人も容認するプロレーバーの学者や弁護士もいたことを吾妻光俊が講演で述べている箇所があるんです。吾妻光俊(中労委公益委員)の「〔講苑〕中郵事件の最高裁判決について」『中央労働時報』66巻12号(447号)から引用します。
「労組法一条二項が、暴力行使はこの限りにあらずなんて、わざわざいったのか‥‥事実、争議行為なら人を殺してもいい、けがをしてもいい、そういうことをいう学者もいたし、弁護士さんもいたんです。あれは、昭和二十二・三年ですから、労働法なんていうのを議論する皮切りのころです。ある弁護士さんがいったことには、人殺しでも傷害でも暴行でも強迫でも、労働組合が勝つための手段は全部一条二項だと。正当業務だと。こういうんですから、すごいことをいう人があるもんだと思って私は口をつぐみました。これは、あるところの主催でやった、研究会、判例批評のときです。‥‥ともかく、終戦後そういう考え方はあったです。‥‥争議というレッテルさえはれば、本来なら許されないはずのものが許されるという気分はあった」「今度の事件はわりと単純な職場放棄でした‥‥この判決に乗っかっていくストライキというものは、腕力は使わないようなストライキ、ピケでも平和的説得だとかいうものとこの判決は、だいたい同一線にあると思うんです。だからスクラムは組み放題、乗務員の奪い合いはやりたいほうだい、人の職場のなかにははいりほうだい、仕事もしないのにはいり込んでわんさかやっているような、そういう実態がこっちにあって、この判決を歓迎しているというのは、私は気心が知れないと思うんです。ほんとうをいえば、はずかしいんじゃないかと思います」
 プロレーバーは労働基本権の名のもとに、最大限の威圧、強迫で団体行動を強要することがができると解釈するのが常です。ストとなれば殺し合いもありえます。1984年のイギリスの炭労ストでは二人の死者が出ました。このとき炭労委員長のスカーギルは組合員の秘密投票もなくストを指令したため、採算がとれて閉山の可能性の少ないノッティンガムシャ-の炭坑労働者はストに反対した。スト派とスト反対派の抗争になりましたが、サッチャー政権はスト派の切り崩し工作をする一方、1980年雇用法では、被雇用者以外の者がピケに参加することを禁止していましたが、フライングピケットという遊撃ピケ隊に警官隊が投入され、各地でピケ隊と警官隊の衝突乱闘となり、多くの労働者が逮捕され、乱闘に巻きこまれた炭坑夫1人が死亡しました。もう一人の死者はスト反対派の炭坑夫を乗せてきたタクシーの運転手で、スト派の炭坑夫二人から追い越しざまにコンクリートブロックが投げつけられタクシーが潰れたためです。ストライキとなると憎しみあいになります命懸けなんですよ。この暴力事件で、世論は恐れをなし組合側の行動は支持されなくなり、敗北しました(アンドリュー・ローゼン著川北稔訳『現代イギリス社会史1950-2000』岩波書店2005、86頁)。組合側は警官隊によるピケ隊の逮捕を非難しましたが、世論は同調しなかった。
 しかし公務員にスト容認となればスト破りの襲撃や監禁はつきものであってスト派と反対派の暴力抗争は当然じゃないですか。東京都水道局はしょっちゅう闘争をやっているから殺気だってますよ。メキシコプロレスみたいな乱闘や揉み合いはは何回もやってます。管理職が争議推進なので組合と協力し私がギブアップする所まで苦しむのを見ていて楽しむ陰険さがあります。私は4~5人の下敷きになって一ヶ月以上寝返りができない怪我をして死ぬかと思うくらい苦しい思いをしたことがあります。組合と管理職が結託して威圧、強迫して業務を妨害し違法行為に巻きこんできますから、自力救済しかないわけです(管理職は勤務時間内の庁舎内、事務室内の争議行為をあおり、非組合員を攻撃する趣旨のアジ演説のある職場集会やオルグ活動を是認し、いっさい解散命令や就労命令を発出しないことなど争議行為の協力者であることが常である)。だから争議権容認なんてとんでもない。
 暴力は許されないといったって、人格的に屈辱を与える暴行と限定的に解釈されますから、争議権の名のもとに強圧的な脅迫と擦れ合い相当の暴力は容認でしょう。スト破りの襲撃や暴力も是認されることになるでしょう。公務員に争議権を付与すると、強迫、腕力をふるいほうだい、なんでもありといなってしまうのではないかという懸念が強くあるわけです。アメリカの労働組合であれば2~3年の労働協約改訂期にストを打ちますが、日本の公務員は年中行事的にしょっちゅう闘争やってますから、今までも、多くの人が処世術として組合の指令に唯々諾々と従ってますが、今まで以上に組合のジョブコントロール、締め付けが強くなり、労働組合に脅迫されて組合の奴隷とされる公務員になる可能性が強い。 
 
 社会的常識論を述べたいと思います。市民法のものさしでは争議権はわりきれないものがあるという常識的な見解を引用します。再び吾妻光俊(中労委公益委員)の「〔講苑〕中郵事件の最高裁判決について」『中央労働時報』66巻12号(447号)です。
「戦前にはご承知のように争議行為という社会現象を無理矢理といいますか、ものの考え方もそうだったわけでしょうけども、市民法のワクのなかにしょっぴいてきて、そして業務妨害だ、やれ債務不履行だ。これは別に裁判所がそういったというだけの意味ではなしに、明治以来、俗なことばを使えば、不逞の輩の行動だという考え方の奥底には、仕事をやめるということは、賃上げの要求があるか、人員整理反対の要求をかざしているにせよ、ともかく平常請け負っている仕事をやめるということは、なにか契約違反である。しかも仕事のじゃまになる。業務のじゃまになるという意味では業務妨害の要素を含んでいるんだと。こういう意識があったと思うんです。もっとも戦前の判例で別に業務妨害罪でやられたというケースが多いわけじゃないんですけど、‥‥一般の社会常識でなかったかと思うんです。戦後反動というんですか、そういう考え方は欧米的な労働運動に対する、あるいはストライキに対するものの考え方や、天下の大勢に合わないという意味で、これは末広さんあたりの音頭とりで一条二項とか八条という労組法のなかにはいってきている‥‥刑法学者でもない私が口幅ったいことはいえないなですれれども、いままで争議行為というものは、そもそも債務不履行であるべきものだとか、それから実は業務妨害というものになるはずのものだ。しかし、憲法二十八条は保障しているんだから、違法でないなだという考え方には、少々賛成しかねるというのが私の実感なんです。‥‥いってみれば市民法というのはご承知のように、市民法のなかにも団体法がありますけれども、市民法が労使関係というものを考える考え方はも契約原理なんです。‥‥だからストライキというのは一致団結して契約違反をやることであり、一致団結してやれば刑法上からいえば業務妨害のうちだ、こういうものさしで割り切るほかない」
 逆にいえば市民法的なものさしはあくまでも基本であって本質的にストライキは悪である。とにかく私はプロレーバーの労働法理論というのは全く信用していない。
 「従来いろいろな学説がありましたけれども、公務員法とか公労法とかの争議権の制限というのは、一方には憲法違反だという非常に強い主張がある。一方といいましたが、そちらのほうがおそらく大多数。どちらかというとそういう考え方が非常にきつかった。‥‥学説といいましてもこれが民法とか刑法とかいうことになりますと、多数説、少数説、通説、異端邪説というものが、いちおう通用するわけなんですが、こと労働法らーに関する限り私の実感から言いますと、多数の学者がある立場をとったから正しいんだという安心感というものが全然ない」
 それはそのとおりでしょう。社会常識では、他者に損害を与えること、他者の自由を拘束すること、他者の意思に反する行為を強要すること(就労妨害、スト破りの襲撃・監禁など)はよくないことなんです。しかし労働組合やプロレーバーはそれが権利だという。暴力団の暴力、強迫、威嚇は、みかじめ料の徴収は悪で(ただし暴力団が社会紛争の調停者としての役割をはたしており是認する考え方もありうる)、労働組合の暴力、強迫、威嚇、組合費の収奪は良いことだとはいえないのであります。

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2007/03/03

渡辺喜美行革担当相の公務員への労働基本権付与の方針に反対です

政府行革推進本部へのメール

川西正彦 

 東京都水道局のヒラ職員(非組合)ですが、組合に権力を与えることになる労働基本権に反対の趣旨で簡単に意見を述べます。私の反対意見はこれだけではないですが、さしあたりストライキの怖さを強調しておきたいです。
 組合側の論理では団結権とは団体行動に従わない「スト破り」対する害意を正当化する権利で、威嚇・威圧は当然でしょうから、いったんスト権一票投票でストが決まったら、プロレーバーのいう組合員は階級の下の集合人格となって、個人の良心的な自己決定は一切排斥され、攻撃対象となります。仕事へのコミットメント、誠実に献身的に働くことが悪ということになります。組合にコントロールされ団体行動(スト・ピケ・集会・座り込み・示威行為)を強要させられるわけですが、タフト・ハートレー法のように被用者に団体行動に加わらない権利が、勤労者に与えられていないため、労働組合の権力の濫用が強く懸念されます。とくに、東京都など公務員の組合は民間の企業内組合と違って、頻繁に行われる争議行為で(先方は「大衆運動」といいますが)職員を威圧して団体行動を強要して、威圧、示威行為により組合に逆らえない雰囲気を醸成して高い組織率を維持して組合員から高額の組合費を収奪する構造ですから、スト権を与えるとこれまで以上に強い権力で職員を食い物にしていく可能性があります。
 ストライキで何が怖いかといいますと、ストに反対する職員の立場からしますと、労働組合から襲撃されることです。組合の哨戒行為から、威圧、威嚇、面罵などで殺気だってやりあうことです。1980年代のイギリスの炭坑ストでは、スト推進派と反対派で暴力抗争になって殺し合いのようなことも起きてますし、ストで起きることは業務停止・遅滞の影響だけじゃないです。「スト破り」となる就労派を組合員が襲撃したり監禁したりすることが起きるわけです。労-労間の暴力抗争で組織を疲弊していくデメリットも考えてください。
 日本ではスト自体が少なく、長期に及ぶことがないのでストの怖さを知らない人が多い。
 東京都のように組合のオルグ活動(事務所内での演説など自由)、示威行為や争議行為に管理職が好意的な職場ではしょっちゅう時限ストライキを構えた闘争が組まれて(水道局の場合、最低11月の都労連闘争と、12月の局内闘争、3月の春闘は年中行事で、それ以外に3年前の業務手当闘争(スト決行した)のような大きな課題があるときは夏場であれ、しょっちゅう闘争をやっていますから、組合の威圧感というものが相当なものがあります。日常的にも組合のジョブコントロールがありますが(例えば、これは5年ほど前の話ですが、OA化に反対するため、紙ベースの出力を増やす無駄な仕事をさせたり、1人1台パソコンとイントラネットに反対するため、パソコンが1人ずつ配置されても、実質ワープロや表計算ソフトは使わせない、組合と管理職が結託して監視して従前どおり共用のパソコンを使わせたり、能率を無視して労働意欲を萎縮させるようが平気で行われますが、闘争期間は、スト権投票で97%とか高率で批准されたと宣言されると、もう組合の職場支配ということになって争議行為に全職員をまきこんでいきます。事務所内の勤務時間内の囚われの聴衆の状態の職場集会は通常からやってますが、大声でアジ演説をし、鬱陶しいほど大量のビラ貼り、赤旗掲示、たて看板、闘争宣言の掲示、その他の示威行動のほか2割動員とか3割動員とかいう勤務時間内職場集会、本庁や支所などで行われるものですが、これは組合役員が引率する団体行動です。動員指令で職場離脱が強要され身柄が拘束させられるわけです。
 もちろん数年前の「ながら条例」の改正で、勤務時間内組合活動の無給化が拡大され、時間内に管理職の席に大勢の組合員がおしかけて、所長をどなりつけたりして組合の威力をみせつける所長交渉や、午後3時以降組合活動による離席自由などの慣行はなくなるなど改善された面もありますが、実際には勤務時間内の組合活動の規制は不十分。これは都議会の政治力によるもので、東京都に自浄能力があったわけではないんです。よその職場がどうかは知りませんが、しょっちゅう組合役員が大声で号令をかけたり、組合のジョブコントロールに従って、非能率的に働いているかどうかの監視があり、組合の威圧感は相当なものがあります。水道局の多数組合全水道東水労の組合費は本部費だけで給与の2%、年間500万の給与とすると10万円も天引きで払っているわけです。暴力団のみかじめ料といってもこんなにはしないでしょう。組合費による収奪や、座り込みとか示威行為・団体行動その他の組合活動の強要についての不満が一部組合員にくすぶっているにもかかわらず、ユニオンショップでなく、組合費も割高なのになぜ、組合の組織率が高いかといいますと、非組合員だと私のように組合の威圧、威嚇で攻撃されてストレスがたまるからでしょう。
 実際、こういうことがありました。4年前のことですが、当時経済産業省は冷房の摂氏28度設定をコマーシャルなどでさかんに宣伝し、実際掲示板には関東電気保安協会の28度設定にせよとのポスターが貼られてました。その営業所には室内で温度を設定できる空調のほかに窓際にファンコイルがあって、強・中・弱(H・M・L)とつまみで操作できるようになってます。全体の空調も25度設定と低いうえに、組合分会役員で同じ係の男がファンコイル2台を最強にしているうえに扇風機を回してました。その男は私より年下ですが、いつもふんぞりかえって坐っているだけでなく、挨拶もしないし人を睨むだけで不愉快な男ですが、フォンコイルの冷房にあたっている時間が多く、とにかく汗をかきたくない男で「他人の不幸は蜜の味」とか平気で言う男でした。私が2500円で買ったエムペックスの精密温湿度計は23度5分まで下がっているうえに冷気が直接あたるので寒気がして風邪をひきそうになりました。私がつまみをLにすると、先方はHにする。またLにするとHにする。風邪気味だから冷房を弱くしてくれというと、そんなら休めよ、病原菌をうつすなよ。と罵倒してきたので、少しは遠慮しろとやりあったら、結局管理職の裁定は先方が正しいというものでした。これは私が狭心症の発作の起きる半年前です。その翌年の11月に発作がひどくなり緊急入院で冠動脈バイパス手術をしました。動脈硬化と心臓を悪くしたのは私の責任ですが、当時外回りの仕事をしていたので急激に身体が冷えるので、外気と10~15度以上の温度差は堪えました。しかも扇風機を向けたりするしぐさがあったので、扇風機が凶器となると判断したのでどかしたのですが、先方の悪意は明白であるのに管理職はそれもけしからんといいます。所長はそもそもファンコイルのつまみの調整とかつまらないことで苦情を言うことが間違いという。基本的に私は何も文句をいわず黙々と働くタイプです。都立園芸高校出身ですが、校長よりハードワークでは誰にも負けない根性のある人間になりなさいということをいわれて育った。余程のことがなければ苦情は言いません。最強の冷気で堪えていたからですよ。スーパーの電気用品売り場で温度計が29度をさしていたのをみたことがある。29度は節電し過ぎと思いました。しかし別に動脈硬化が進んでなくても23度は冷房としてはかなり低いです。せめて24度5分以上にして貰いたいことをいっただけです。しかし公式的には28度でなければならないのに23度が当然という理由を尋ねても説明はない。同僚職員と折り合わないのがけしからんしと所長はいいますが、28度が望ましいがせめて24度5分以上といっております。先方が年下だから折り合うべきじゃないですか。
 以前新入職員が16度設定にしていたら、年配の職員が体をこわして病気休職になったという話をしても、どういう因果関係があるんだとか検事みたいなことをいうわけですよ。あくまでも組合役員の判断が正しいというもの、われわれひらは組合役員にコントロールされなさいということです。
 次にその男が二年間ほとんど毎日、午後4時25分頃から25分ぐらい風呂に入っていることは、規律違反ではないか尋ねたところ、内規によると勤務時間内の入浴は認めていないが、入浴とは浴槽に入って湯につかることで、シャワーであるから問題ないとのことであった。客との応接があるので身だしなみを整えることも重要な仕事であり、シャワーは望ましいという。入浴とシャワーは違うという理屈で事実上容認という解釈です。定時で帰宅する直前に入浴しているのだから、接客と身だしなみは関係ない。水道局は浴室を備えているが、通常オフィスビルには浴室はないし、外回りの仕事でも勤務時間内にシャワー浴びて帰宅する慣行はないはず。もしオフィスビルでシャワー自由になったら、水道代がかさんで非経済的で家主が許さない。水道局は節水を指導しているのにじゃんじゃんシャワーを使えというのか社会通念に反する規律違反を容認するのかと反論したら、他企業のことは関係ない、そういう内規の解釈だと組合の受け売りのようなことを言う。しかも私が汗くさく働いているのがけしからんというニュアンスであなたもシャワーを浴びなさいと非行を奨励するような神経を逆撫ですることを平気でいう。内規をみせてもらったら、汚れがあった場合上司の許可を得てシャワーを浴びることになっている。その男は外回りにでない日や汚れのない日も、上司の許可を得ずシャワーを浴びているのだから規則違反のように読めるが、とにかく汚れていたんだということでシャワー当然と言い切る。組合支部長が机上勤務で勤務時間後に汚れていないのに風呂に入ってました。それは問題にしなかったです。勤務時間内の職場離脱自由という慣行を非難することがタブーになっているわけです。所長は「職場環境の改善も大切なことだからねえ」とうそぶくので、その男への顧客からの電話は、いま用があって席を外しているといっているが、シャワーに入っているので少し後に電話しろと客に伝えますか。本当のことをいうと収拾がつかなくなると思いますが、所長は顧客に節水よりシャワーを認める職場環境を与えることが重要ですと説教してくれますかと喧嘩腰になったら、それがけしからんということで、結局私は、所長と大声をはりあげてけんか腰になったことと、その他の理由をいろいろつけられて、勤務不良職員で、昇給停止となり強制配転されました。その制度ができて最初の年です。反論しようかとも思いましたが、実はその男よりずっと多くの仕事量をこなしてましたから事務の引き継ぎを優先し心臓発作も起きて元気がなくなったので、反論しないで配転しました。新しい職場は机上勤務が主体となったので、心筋梗塞寸前まで働くことができ、結果的には悪くなかったともいえますが、でも納得はしてませんよ。結果的に組合との力関係で逆らうと大変なことになるという組合の威力をみせつけることで組合の利益になりました。要するに管理職は組合役員のジョブコントロールに従いなさいとしかいわないわけです。ショップスチュワードを通じての職員の間接管理のような職場慣行なんです。アメリカの非組合企業のようなオープンドアーポリシーはありませんから、風通しも悪い。もちろん、風呂場に入るなどの離席の監視もいっさいしない。長文になるのでこの2点にとどめますが、同様の事例は沢山あります。私の経験では、水道局というのはみだりな離席、長時間の離席とか注意する人はひとりもいないです。それをやると組合が出てきて威圧するから、規律を欠く非常に悪い文化で、ふまじめな職員が増長しやすい。新入職員がみだりに離席しておしゃべりしたり、長時間の私用電話をかけているのを注意すると、注意した私が叩かれて、仕事の負担を増やしたりして陰険に攻撃してくる職場がほとんどです。
 結局、組合の威圧・統制に服して仕事をしないと叩かれることになる。オルグ活動で非組合員は利敵行為だというアジ演説をきかされそういう威力威圧をみせつけられているので(ストを打たなくてもストを構える闘争により組合の団結強制による威圧感と強面を演出することで組合費の収奪を容易にしている。暴力団と構造は同じです)組合費が高くても、処世術として組合に加入している職員が多いのだと思います。米国のタフト・ハートレー法のように、使用者が労働組合員たることを奨励することも不当労働行為とすれば、東京都の管理職はアウトです。壁の組合のビラ貼りのスローガンに威圧感があり争議行為を助長していると言っても、はがすことを許さない管理職は、心を入れ替えて気にならないようにしなさいという。人の内心の自由にまで干渉しますし、そもそも、囚われの聴衆の状況で、職場集会に半ば強制的に参加させられて一方的に組合の見解を聞かされていること自体問題です。結局これは、職場の規律を確立せず、組合を泳がしてきた当局の方針によるところが大きく、非常に悪い企業文化といえます。組合にスト権という権力を与えたらもっと悪いことになります。

 私は思想的にも性格的にも使用者に対し誠実労働義務を果たすモットーですから、怠業や職場離脱に反対です。だから労働組合と行動をともにするは1度もないし、水道局で時限ストライキを6~7回ぐらい経験してますが。先方は利敵行為を行っている「スト破り」と称して攻撃目標に常になっているわけですが、もちろん労働組合法で暴力が禁止されても、それは人格的に屈辱的な態様を指し、擦れ合う程度のことは暴力ではないというのが普通の解釈でしょうから、侮辱されたり、面罵されたり、多少手をだして殴り合うことも当然覚悟のうえです。実際には、ピケの通過で威圧されても実力で阻止されたことはない。ただ先方の哨戒行為で中に入ってきて、私を5~6人でとり囲んで罵倒してくることはある。当然殺気立ち、先方の就労妨害を阻止するためには手をだすしかない殴り合いも覚悟しますが、庁舎内に入れない経験はこれまでなかったです。というより、非組合員を攻撃する役員でも強力なピケはやらないと私に言ってきた例があります。
 それはどうしてかというと、たぶん組合側が管理職に新入職員等の非組合員に争議行為で協力させることになっているからです。ストや組合の示威行為に管理職が協力することから(スト時、もしくは闘争時の勤務時間内外を含めた庁舎敷地内、事務所内での職場集会については一部のものについて事前に中止を申し入れるだけ、警告をしつこくやることもないし、庁舎管理規則に反する団体行動や拡声器その他の物品の持ち込みについて現場で監視、解散命令、就業命令を発することはない。一般職員に対しても庁内放送と掲示による形式的な示達を行うだけで警告はない、ストではなく勤務時間内集会で営業所の正面玄関前の敷地内で赤旗を何本も立てて、職場集会をやるような態様、明らかに顧客の出入りを萎縮させ、業務を妨害しているものでもいっさい監視、解散命令はない)、組合側もピケで揉み合いになったり手荒なことはしないような取引があるのだと思います。当局は事実上争議行為を助長しても、ストは違法とされていることは暴力・威嚇の一応歯止めにはなっている。

 私が知る限り組合が非組合員やスト反対者も管理職の指導によって職場離脱を強要する論理は、労働基準法です。ストを構えたときは超勤拒否闘争が多いわけですが、スト当日は36協定は締結しないため、組合の理屈では管理職に対し、職員を始業時間以前に職員を入れさせないように指導しなければならないというもので、実際、ストのときは新入職員で組合に加入してない人は、庁舎内に入らず、裏の目立たないところで待機しているように命じられた例があります。管理職が事実上の監禁行為を代行しているわけです。時限スト時に窓口業務でレジを私がやろうとすると、おまえにはさせない、そういうしきたりだとかいって、せっかく組合の哨戒行為や侮辱や面罵に屈せず就労しても、業務に参加させようとしないことがありました。でも結局管理職だけでは電話や顧客の対応はできませんからね私はきちんとやってます。
 本来なら非組合員にはピケを破って就労せよと命令すべきですが、逆なんですよ争議行為が尊重される。スト権が付与されてない現状でもこれだけ問題がある。安易に労働基本権を付与したら、組合の職務統制(ジョブコントロール)威嚇・威力が強まって、より敵対的な職場環境となることを懸念します。組合に権力を付与するということは、仕事に対する責務、コミットメントより、組合の団体行動やジョブコントロールに従えということになって、労働意欲も萎縮する悪影響も考えてください。スト権が認められると殺し合いも覚悟して出勤しなければならなくなります。労働組合法が暴力を禁止しているといっても、罵ったり、侮辱したり、擦れ合う程度のことはもちろん、プロ野球の乱闘程度のものは暴力でないともいえます。だからに事実上暴力解禁になると思います。
 現代社会は、非暴力的な環境にあります。街で喧嘩や騒動、強引な客引きもみかけることはない。ただ労働法により職場においては不逞の輩のような行動が容認されている。暴力に遭遇する危険性は職場だけなんです。
 スト権とは団結により他者の就労・業務妨害、他者への物理的経済的損害・害意の容認と理解してますから。つまり先方は、私のような反組合の「スト破り」の襲撃の合法化と解釈します。私はつねに攻撃の標的にさらされることになる。やられたら、やりかえすが、先制攻撃も検討しなれれば。イギリスの炭坑労働者のような殺し合いをやるのはやだなあとは思いつつも、政治家がこれほどストに好意的なのでは仕方ないかもしれませんね。ただでさえ動脈硬化で薬漬け糖尿病になったら命短いよと医者に言われているのにストレス死しそうです。私は死んでもいいです。実績もなにもないし血管ボロボロで役に立たない人間ですから。しかし法文化として粉骨砕身働いて仕事へのコミットメントや誠実労働義務といった正しい労働倫理を持つ人 を苛めて叩く文化は醜すぎる。アリストテレスを持ち出すつもりはないですが、徳のある行動を実践することが幸福なんですよ。銭ゲバや打算、処世術だけで生きることは幸福な人生ではない。だから私は、使用者に不誠実な労働倫理に反する団体行動はたとえ死んでもやりません。

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2007/02/11

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(4)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo871_cadb.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo87_06e8.html
第3回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/ilo87_892a.html

川西正彦

(5)昭和38年1~5月-ILOからの圧力の増加と倉石ILO世話人代表と社会党・総評との非公式折衝について

 自民党倉石忠雄ILO世話人会代表、斎藤邦吉ILO世話人会委員、社会党河野密ILO条約批准促進特別委員会議長らによる窓口折衝が進められているなか、87号条約批准の国際的圧力が増加したのが昭和38年のことである。 我が国に圧力をかけているのは国際自由労連(ICFTU)の直接的圧力とILO内の労働者グループの間接的圧力であった。ILO内では日本の国内事情から同情論もあったが、日本政府が速やかな解決を図れないことが明らかになるにつれ日本の政策の擁護に説得が弱くなった。国際自由労連はOECDを通じて圧力をかけてきた。外務省と通産省は我が国の国際的ステータスと欧州経済への橋としてOECD加盟に熱心だったが、そうした事情から大平正芳外相は与党に警告した。
 ILOは昭和34年2月以降、昭和37年11月までに12回も日本政府に対してILO87号条約の批准を勧告している。37年11月には「日本政府は87号条約を批准する意思があると述べ数回にわたって約束を与えておきながらまたこの臨時国会にも批准されずに終わったことに対して強い失望を表明」したばかりか「実情調査調停委員会」の派遣を示唆してきたのである。38年5月、青木盛夫在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部特命全権大使は、結社の自由委員会は、日本政府が国会の今会期中にILO問題の解決のために採ろうとしている措置の報告を要請したが、これが最後通牒であることを通報してきた。
 昭和38年11月結社の自由委員会は遂に理事会に対し日本事件を「結社の自由実情調査調停委員会」の審査に付託することを勧告した。39年2月には理事会が日本事件を「結社の自由実情調査調停委員会」に委ねることを決定。同委員会の来日を受諾するか否かの回答を4月15日までに迫られることになるのだが、この間の経過について新聞記事も引用して時系列にみていきたいと思います。今回は昭和38年の5月までです。

昭和38年1月5日
朝日新聞2面「ILO批准-今国会も難航模様」は次のように伝えている。

「‥自民党は〔ILO〕案件の早期成立を図る建前から今年も社会党、総評と国内法改正案についての折衝を進める考えだが、自民党は折衝にはいるには再開国会の正常化が先決だとしており、しかもの正常化問題は難航する気配なので、“ILO折衝”が決着をみるのは相当先にのびる見通しが強い。
 しかし一方二月には国際労働機構(ILO)の理事会が控えており、場合によっては労働側代表から「実情調査調停委員会」を日本に派遣する要求が出されることも予想されるので、政府としては、この時期までにはILO問題の処理になんとかメドをつけたいわけで、こうしたことからかなり苦しい立場に追い込まれそうな形勢だ。
 ILO八十七号条約批准承認案件と関連国内法改正案はすでに三回国会に提出されたが、いずれは、野党の対立から審議未了となった。このため自社両党は‥‥昨年は二度にわたる臨時国会中、公式あるいは非公式に折衝を進め、その結果改正案の問題点のうち①在籍専従の廃止、②職員の組合費の天引き廃止については、専従廃止の猶予期間の緩和などでほぼ折り合いがついた。
 しかし「総理府に人事局を設け、人事院の権限を人事行政の公正の確保、職員の利益保護に関する事務に限定する」との点については、社会党、総評側はその“代償”として「公務員の団体交渉権の承認」を要求しているといわれる。
 これに対し政府、与党は現行公務員制度の根本的な改正が必要であるとして、はじめは難色を示したが、党内はその打開策として「問題を適当な機関に移し、今後自社両党で共同研究する」との妥協案も出はじめている。‥‥しかし‥‥日韓問題の論議が国会の焦点になる見込みが強いので「ILO案件」はこれら重要案件の“谷間”に落ち込み、かえりみられなくなる可能性もある。
 ところが一方ではILOは三十四年二月以降、昨年十一月までに十二回も日本政府に対してILO八十七号条約の批准を勧告しておりとくに昨年十二月には「日本政府は八十七号条約を批准する意思があると述べ数回にわたって約束を与えておきながらまたこの臨時国会にも批准されずに終わったことに対して強い失望を表明」した‥‥いきさつもある。‥‥再開国会でどうさばくか、かなり難しい局面に立つことも予想される」

 昭和38年3月9日朝日新聞(夕刊)1面
団結権侵害やめよ 岩井章総評事務局長談話
「政府がこの問題の批准を望むならば、五年前の労働問題懇話会の結論である「公労法四条三項、地方公労法五条三項のみを改正すべきだ」との結論を思い起こすべきである。自民党の党内事情によって国内法改悪をおこなおうとすることはゆるされない。私と倉石(忠雄)、斎藤(邦吉)両氏との間に会合が続けられている最中に自民党の指導で国労の第二組合作り、三池労組の幹部の解雇など、この条約の精神に正反対の方向がとられているが、自民党がこのような団結権侵害の行為をやめることがまず必要である」

 3月14日朝日新聞2面「『ILO』審議メド立たず譲れぬ公務員団交権」という特集記事は3月2日ILO八十七号条約批准承認案件及び関係国法改正案が提出されたが、特別委員会の設置をめぐる入口の議論で与野党が対立し審議が始まるメドが立っていない理由を解説している。

 「足かけ五年にわたってもめつづけているのは、一口にいえば条約批准にともなう国内法改正問題である。政府は‥‥国家公務員法、地方公務員法、公共企業体等労働関係法、地方公共企業労働関係法、鉄道営業法の五法律の改正案を国会に提出している。
 もともと国内法の改正が必要とされたのはILO八十七号条約の第三条が「労働者団体は自由にその代表者を選ぶことができる」としているのに、公労法四条三項、地公労法五条三項が「職員でなければ組合員またはその役員になることができない」としている点がふれているからだ。このため、まずこの両項目を削除する必要があり、この点はどこにも反対はない。
 対立の原因は、その他の改正点にある。その主なものは①在籍専従の廃止=職員がその身分のままで組合活動に専従できるのを退職してからでなければ専従できないよう改める。ただし、三年間は現制度を残す②チェックオフの改正=給料から天引きで集められているのを改め、組合の手で集めることにする③管理職の非組合員化=学校の場合を例にとると、校長や教頭が組合員になれないよう改める④争議指令の不拘束=組合が争議行為の指令を出してもね組合員を拘束しないとの規定を設ける⑤人事局の設置=総理府に人事局を設置し、人事院が扱っている事務の中から職階制、懲戒など職員関係や給与関係をこれに移す⑥政治活動制限=公務員の政治活動の規制は人事院規則で定められているのを、法律で定めるよう改める⑦鉄道営業法改正=鉄道係員が列車の運行業務や旅客・貨物業務を取り扱わず、または不当な扱いをした場合に処罰する規定を設ける、など。
 これは、これを機会に組合運営の近代化(在籍専従の廃止など)をはかったり外部から入る役員が特定のイデオロギーでひき回すことのないようになどの組合対策を含めて、自民党内部の強い主張によってとりあげられたものだ。
 ところが、社会党、総評はこれを「条約批准に便乗する改悪だ」として猛反対した。付託委員会についても自民党が条約批准だけをいわば“食い逃げ”されるのをおそれて「特別委員会の一括審議」を主張するのに対し、社会党は“便乗改悪防止”のために特別委設置に反対する形になっているわけだ。
 しかし、昨年からの自民党と社会党、自民党と総評の非公式折衝で、ある程度妥協の余地も出てきている。社会党、総評も改正点の全てに反対という態度を改め、重要視されていた項目についても①在籍専従制度は法律上なくし、専従役員は退職することになるが、希望により復職できる②組合費の天引きは禁止するが、労働金庫に預金する形で事実上天引きできることとする。③政治活動規制は当面現行どおりとする④管理職の非組合員化は校長だけのふくみで、その範囲は政令にまかせるなどの妥協案が研究されている。ところが、人事局の設置について総評は「それとひきかえに国家公務員に団体交渉権を認めよ」と主張し、対立したままになっている。今のところ“団交権”がひっかかりになって折衝が先に進まなくなっている。
 一方自民党内部、さらには総評内部にもそれぞれ“家庭の事情”があり、これも折衝難航の一因になっている。自民党を代表して社会党・総評側と折衝しているのはILO世話人会の倉石忠雄・斎藤邦吉両氏だが、倉石氏が仮に総評と妥協案をまとめても、自民党の大勢がそれを承認しなければ意味はない。党内には「ILO条約を批准すると共産化する」と真面目に主張するほどの極端な保守派があり、一部には、これを材料に池田内閣をゆさぶろうとする派閥的思惑もとりざたされている。
 総評内部をみても、団交権問題に直接関係のある国家公務員組合や無関係の組合があり、さらに在籍専従や天引き禁止などでも、組合ごとに利害関係が食違ったりする‥‥団体交渉問題では、自民党内では「団交権なんてとんでもない」と頭から否定する空気があり、総評内では、将来のスト権奪還の布石として団交権の獲得を望む声は非常に強い。だが一口に団交権といっても、西独の場合には、高級、中堅、現業関係と公務員を三段階に区別し、労働法上別個の扱いをしているし、日本でも「現業関係者には認めてもよい」との意見が少なくない」。倉石氏らは公務員制度全般にわたる「審議会」を設けて問題を検討することにしようと提案しているがねこれは、こうした外国の例なども研究して妥協点を発見しよう。という意味合いがあるわけだ。だから双方で話をキメ細かくつめていけば、まとまる可能性は残されているが、当事者の立場では、内部事情を考慮すると軽々しく話をすすめられないというのが現状のようだ」

 要するに、自民党と社会党・総評の非公式折衝は在籍専従とチェックオフ、政治活動などで妥協案はまとめられる可能性があっても、社会党・組合側が団交権を持ち出したため調整が難しく先に進まない状態ということである。なお、鈴木伸一氏の論文によると、38年1月の段階で組合は在籍専従制度が存置されるという条件付きで、チェックオフ制度の廃止を受け入れる容易があるとことを明らかにしたというが、上記朝日記事とは若干ニュアンスが違う。また、この記事ではふれていないが、労働省労政課長だった青木勇之助氏の記事によると、3月7日に倉石忠雄元労相と槇枝元文日教組書記長の会見があり、12日に労相と日教組が会見し陳情を受けている。
 3月25日に総評、同盟、新産別、中立労連の労働4団体が池田首相と会見、労働側の申し入れは87号条約の早期批准を妨げているのは国内法整備に便乗して労働組合の権利を制限しようとしていることだとし、公労法4条3項、地公労法5条3項の削除だけにとどめ同条約を直ちに批准すべきだというものだった。
 3月27日社会党は黒金泰美官房長官に以下の公開質問状を手渡した。
一 ILO87号条約について、国内関連法の改正を公労法4条3項、地公労法5条3項になど必要最小限のものに限り、すみやかに批准を促進する考えはないか
一 ILO105号条約(強制労働禁止)を批准する考えはないか
一 公務員に団交権を付与する考えはないか

ILO問題は5月に入って折衝が再開された

 昭和38年5月8日に自民党の倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長、山田国労書記長(スト権奪還特別委員会議長)、案納総評企画部長が3時間会見した。同日社会党はILO案件で3原則を確認した。それは条約の批准促進、批准に便乗した国内法整備の反対、衆院での特別委員会設置反対であった。
 5月14日倉石・斎藤両氏と、山田国労書記長、案納総評企画部長会見
 5月15日プリンスホテルで自民党から倉石忠雄ILO世話人会代表、斎藤邦吉ILO世話人会委員、社会党から河野密ILO条約批准促進特別委員会議長、多賀谷真稔同副委員長、永岡光治同事務局長により正式折衝再開。
 5月18日倉石・斎藤両氏と、山田国労書記長、案納総評企画部長会見
 5月20日公務員団交権問題で総評が労相に自民党説得要請(朝日新聞5月21日2面)
 総評の案納企画部長と、槇枝日教組書記長らは大橋武夫労相と会い①87号条約の即時批准②国内法改悪反対③特別委員会設置反対の三原則を内容とした太田総評議長名の申入書を手渡すとともに「人事局の設置は公務員に団体交渉権を与えるという立場から検討されるべきであり、団交権を与えるよう労相から自民党内を説得してもらいたい」と要請した。
 5月22日倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長の会見が設定されていたが、新聞記者に予定がもれたためとりやめ。
 5月30日自民党緊急総務会があり、倉石忠雄元労相より社会党、組合側との折衝経過を説明、公務員制度審議会も了承される。
 5月31日ホテル・オークラで、倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長宝樹文彦全逓委員長(スト権奪還特別委員会議長)案納総評企画部長が会談、日教組の中央交渉問題、公務員の団交権問題について意見交換される。

 6月1日朝日新聞1面「総評側2点を要求-大詰のILO議案折衝-倉石・岩井会談」は次のように伝えている。
「‥31日、東京・赤坂のホテル・オークラでおこなわれた自民党ILO問題世話人代表の倉石忠雄、斎藤邦吉両氏と総評の岩井事務局長との会談で、岩井氏が現在自民党との間で争点となっている問題点のうち①「公務員制度審議会」(仮称)を内閣に設置し公務員制度全般を検討するとの自民党案は認めるが、公務員に労働協約締結権をふくむ団交権を付与することをなんらかの形で認めるべきだ。②日教組との中央交渉の道を開くよう法律上明文化すべきである、との2点について「これは総評としてぎりぎりの態度である。したがって自民党側がこれをどう受けとめるか回答してほしい」と述べた、といわれる。
 ‥‥自民党の党内情勢がかなり複雑で、とくに公務員の団体交渉権付与問題については根強い反対論があることなどから容易に即断はできないと慎重である。‥‥倉石氏らはすでにさる三十日、自民党代議士会などで報告した線をくずさず、三十一日の岩井氏との直接会談でも特に明確な態度はみせなかったようである。しかし倉石らとしてはILO結社の自由委員会が「日本政府が今国会でILO87号条約の批准をするよう希望するとの」との報告書をILO理事会に提出することとも関連し、できるだけ早く野党折衝とケリをつけ、今国会で条約の批准承認をとりつけ、関係国内法案を成立させたいとの池田首相の強い希望を反映して党内の意見調整を急ぐ意向だ‥」
 6月1日朝日新聞1面「首相の裁断も-黒金長官談話
 黒金泰美官房長官は三十一日夜の記者会見で次のように語った。
「ILO87号条約批准問題で与、野党の話し合いが始まっているが、ある段階では池田首相自身が“泥をかぶる”ことを覚悟して裁断に乗出すことがありうる。この場合“泥をかぶった”からといって実質的な成果が上がるかどうかはわからないが、かりに成果がえられなくても池田首相が乗出したことで国際的にも幾分申し訳がたとう」
 実際に池田首相が泥をかぶる”ことを覚悟して裁断に乗出すことはなかった。決断をしないから、結社の自由実情調査調停委員会(ドライヤー委員会)の来日受諾というところまでいき、ILO問題の解決をみることなく喉頭癌により辞任することになったのである。

引用参考文献

鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2

青木勇之助「ILO八七号条約批准問題(2)「倉石問題点」前後-昭和三十八年-前後季刊公企労70最終号

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2007/02/04

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(3)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

 今回はILO問題が動き出す昭和38年の経過にはふれず小幅の内容とします。

川西正彦
 
4)総評のILO闘争の強化と倉石忠雄ILO問題世話人会代表らによる社会党との窓口折衝の開始

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo871_cadb.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo87_06e8.html

 昭和35年岸内閣が提出したILO87号条約批承認案件にともなう関連法の改正案ではつぎのような規定があった。
(1)管理、監督又は秘密を扱うカテゴリーに属する職員は、一般の職員が結成する組合に加入できないこと
(2)在籍専従は、法律施行後三年間に制限されること。この規定は公労法、地公労法、国公法及び地公法のすべてに設けること。
(3)職員は、違法な組合指令に従うことが禁止されること。
(4)総理府に設置される人事局は、人事院からその主要な機能を引き継ぐこと。
(5)人事院規則で規定している組合の登録に関する事項を法律で規定すること。
(6)国鉄の服務違反に関する罰則は強化すること

 組合側は公労法4条3項、地公労法5条3項(職員でなければ組合員にも組合役員にもなれないことになっていた)の削除については賛成したが、残余の部分の多くは組合活動に制限を科すものであったから、これを批准承認にともなる便乗改悪として反対したため、国会では一度も審議されずに廃案となった。
 もちろん安保条約を批准したときのように野党にその意思を強要することも不可能ではなかったはずである。しかし、87号条約批准は政府にとって主要な緊急課題ではなかったし、自民党は国内法改正案のすべてに賛成というわけでもなかった。内閣もILO問題の解決の緊急性を感じておらず、国会の活動は延期され、対決が回避された。
 87号条約というのは労使おのおのによる団体設立・加入の自由、労使の各団体の代表者選任の自由、これらの団体の行政権限による解散からの自由を定めたものであるが、第1回で述べたとおり、ILO87号条約は争議権を扱うものではないから、公務員の争議権の否定を前提としての87号条約批准である。また日本が既に批准していた98号条約(団結権・団体交渉権についての原則の適用に関する条約)は「この条約は公務員の地位を取り扱うものではなく、また、その権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならない」とあるように、公務員は適用除外になっている(行政改革推進本部専門調査会12月資料27頁全農林警職法判決参照http://www.gyoukaku.go.jp/senmon/dai5/siryou2.pdf)。しかも岸内閣の提出した最初の法案には、違法な組合指令に従うことを禁止し、国鉄の服務違反の処罰強化がもりこまれていたわけです。
 また、岸首相は人事院の改組にも積極的な見解を述べているが、別にこれは今日よくいわれるような労働基本権の付与との引き替え、リンケージとかそういうことではない。公務員に労働基本権は付与することはしないで人事院を縮小・改組するという政策である。リンケージは組合側の発想である。後述する、倉石ILO問題世話人会代表と社会党との窓口折衝で38年の1月組合側から公務員に団体交渉を認めることを条件に総理府に人事局を設けることを受け入れるとしたことにはじまる発想だろう。
 労働省の政策がプロレーバー的色彩が濃いとしても政府においてはILO条約批准によって公務員に労働基本権を付与するという発想は初めから全くなかったし、それをやる義務など課されているわけでは全くない。
 
 前回仲裁裁定完全実施の慣行を確立させた昭和32年岸信介首相-鈴木茂三郎社会党委員長会談、政府自民党と社会党の合意による政治決着が労働組合を増長させる要因になったと述べましたが、これはILO提訴の前の事柄だからILO問題は関係ない。
 労働省のプロレーバー政策を石田博英官房長官の強力な説得により岸首相が追認したものである。要するに社会党とつるんだ合意というものは、石田氏個人の政治力によるところが大きいと考える。『石田労政』によると石田氏は「仲裁裁定の完全実施ををきめた時は、三日ほど池田蔵相に口をきいてもらえなかった」と述懐しているように、石田官房長官主導の政治判断については財政当局は不満があったことを看取することができる。
 岸内閣の方針は、仲裁裁定完全実施というアメを与えつつ、労働組合の違法行為には厳格に対処するというムチをともなうものだったということは、32年6月の岸内閣6月改造で石田官房長官が労相に就任し衆院社労委で「今後とも仲裁裁定については責任をもって対処したい。しかし労組の違法行為に対しては峻厳な態度をもって一貫する」としていることで明らかである。
 その趣旨は仲裁裁定は実施するから違法行為はやめさせ、労働運動の健全な発展と言うことになろうが、しかし、そんなものはしょせん幻想に過ぎなかったのである。
 社会党は安保闘争の集団行動で自信を強め昭和35年11月20日の総選挙で議席倍増により再び社会党の指導下で集団行動が再起することを期待していた。同年公務員共闘が発足した。国と地方公務員、教員の大衆的共闘組織が強化され安保闘争とも連動し、公務員共闘は数次の時限ストを行っているが、人事院勧告が12・5%引き上げという高率ベア勧告となった。闘争で味をしめていることになる。
 昭和35年10月に総評は、スト権奪還特別委員会を設置した。スト権は直接の標的ではなく窮極の目標であるとしても、ILO87号条約批准問題で組合側に譲歩を促し、組合活動に制限を加える法改正に反対していくための戦略とみることもできる。しかし、総選挙で社会党の議席は伸びず保革の議席の割合は変わらなかったのであり、国内政治だけで組合側に譲歩を迫ることはできなかった。
 そこでスト権奪還特別委員会はILO闘争を強化して、ILOに提訴するナショナル・ユニオンを支援した。国公共闘の申し立てからはじまり、日教組、国労、自治労が続いた。
 ここに至ってILO提訴の趣旨は変質した。1960年代は国際的にも公務員の労度運動が高揚した時期とされるが、公務員法制という国制の根幹にかかわる政策を国際機関への提訴によって圧力をかけ問題の解決を延引させることにより日本政府への制裁を期待し、政府を困らせて泥沼にはめてしまおうという悪質なものになっていった。
 そもそも89号条約条約批准の発端は労働組合員の役員選出の制限(公労法4条3項、地公労法5条3項)が労働組合権を否認しているという提訴からはじまり、労働省当局が推進した第一の目的は公労法4条3項、地公労法5条3項の削除であったことは第1回に述べたとおりであり、当初は批准にあたって公務員は考えなくてよいということだった。
 それが、87条約批准とは直接関係ない事柄である、公務員のスト権、団体協約締結権にまで提訴の内容が拡大していったのである。
 
 昭和38年までにILOに申し立てられた数は厖大なものになったが、鈴木伸一(人事院研修審議室参事官、筑波大学社会工学系教授を歴任)の論文によると次の15項目を列挙している。

(1)労働組合の組合員資格及び役員選出に対する制限(公労法、地公労法)

(2)スト権否認並びに調停及び仲裁制度の欠陥(公労法、及び地公労法)
(3)管理職員等の結社の権利の否認(公労法及び地公労法 )
(4)団体交渉の否認(地公労法)
(5)警察官、監獄職員といった特定の職務に従事する職員の結社の権利の否認(国公法) 
(6)在籍専従制度の削除
(7)団体交渉(国公法及び地公法)
 ⅰ団体協約締結権の否認(国公法及び地公法)
 ⅱ組合費のチェック・オフに関する団体交渉の法の干渉(地公法)
 ⅲ地方公務員の団結権によってカバーされている諸事柄の規制(地公法)
(8)地公法下の組織の登録と範囲
(9)スト権の否認及び代償的保障の欠如(地公法)
(10)国公法の改正
(11)警職法に関する陳述
(12)国労への干渉行為及び組合への労働者の加入に対する干渉行為
(13)日教組に影響を与えている反組合的差別待遇行為及び組合の否認行為
(14)政府職員で作られた特定組織への干渉行為及び否認行為
(15)自治労加盟組合に対する干渉行為

 池田勇人首相(在任昭和35年7月~39年11月)は87号条約の早期批准を考えていたとされる。自民党では福田赳夫政調会長がILO問題の解決のために倉石忠雄元労相(岸・福田派)を代表とする「ILO世話人会」という非公式な委員会を設けた。倉石忠雄氏は自民党右派とみなされるが、労働政策はリベラルで、岩井総評事務局長とのパイプがあり、社会党との合意による早期批准を目指す独自の立場をとっていた。倉石ILO世話人会代表が主として社会党との窓口折衝を行った。なお、この窓口折衝の幾つかには岩井章総評事務局長と宝樹文彦全逓委員長といった総評のリーダーも参加していた。
 一方、自民党内には文教部会・文教調査会及び治安対策特別委員会に拠っていた、文教・治安関係議員が組合との妥協によるILO問題の解決に強く反対していた。このグループの最有力者である荒木万寿夫文相(池田派)は昭和36年1月20日の会見で、仮に結社の自由委員会が日教組の申し立てに共鳴し日本政府を非難したときはILOを脱退すべきとまで述べた。
 自民党倉石忠雄元労相と社会党河野密議員の窓口折衝が軌道に乗ったのは昭和38年の通常国会であったが、窓口折衝の内容が朝日新聞にスクープ記事としてトップに掲載されたことから幾多の論議を巻き起こすことになった。「倉石問題点」という折衝のなかには、当時文部大臣が会見を拒否していた日教組とのいわゆる中央交渉の問題に触れられていたことから、自民党の文教関係議員の間に強硬な反対論を巻き起こすことになったのである。

 引用・参考文献
 芦村庸介「裁定完全実施に道拓いた岸・鈴木会談の実現」『季刊公企労』70最終号
 鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2
 堀秀夫「ILO八七号条約批准問題(1)「ドライヤー委員会」の思い出」季刊公企労70最終号

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2007/01/28

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(2)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

川西正彦

(3)ストの脅しに屈した昭和30年代の労働政策に対する疑問
  (岸・鈴木会談、池田・太田会談は労働組合に甘い政策判断だと思う)

 前回述べたようにILO87号条約批准問題の発端は昭和33年に機関車労組と、全逓が非解雇役員を抱えていることを理由に当局が交渉に応じないことについてILOに提訴したことにはじまる。労働省当局の関心は職員でなければ組合員にも組合役員にもなれないとする公労法4条3項、地公労法5条3項の削除だけにありILO事務局が当初非現業公務員は考えなくてよいとしていたことから当局は条約批准を安易に考えていた。しかし、倉石忠雄労相(鳩山内閣)がILO総会で批准に前向きな発言を行うと、ILO事務局は掌を返して公務員も適用されると言いだしたため、ILO87号条約批承認案件にともなう関連法の改正案では国家公務員法や地方公務員法も改正や人事院の改組をともなう幅広い内容となった。昭和35年に岸内閣が提出した改正案ではつぎのような規定があった。
(1)管理、監督又は秘密を扱うカテゴリーに属する職員は、一般の職員が結成する組合に加入できないこと
(2)在籍専従は、法律施行後三年間に制限されること。この規定は公労法、地公労法、国公法及び地公法のすべてに設けること。
(3)職員は、違法な組合指令に従うことが禁止されること。
(4)総理府に設置される人事局は、人事院からその主要な機能を引き継ぐこと。
(5)人事院規則で規定している組合の登録に関する事項を法律で規定すること。
(6)国鉄の服務違反に関する罰則は強化すること

 組合側は公労法4条3項、地公労法5条3項の削除については賛成したが、残余の部分の多くは組合活動に制限を科すものであったから、これを批准承認にともなる便乗改悪として反対したため、国会では一度も審議されずに廃案となった。
 鈴木伸一によると公労法4条3項、地公労法5条3項は実質的には空文にひとしくなってから以降、社会党はILO問題の解決が組合の権利を一層制限するにすぎないという理由で、その解決に熱心でなくなったが、社会党は総評は未解決な問題の処理を延引させることでILOの制裁が一層厳しくなることを期待していたと言う。要するに組合側へ譲歩するよう要求を出して解決を延引してごたつくだけごたつかせて、日本政府への風当たりを強くしてILO制裁に期待するという作戦だった。それゆえにこの問題は複雑な政治過程を経ることとなったが、その前に本筋から離れるが昭和30年代の労働政策に私が疑問に思うことがあるのでそれを述べよう。

 昭和32年岸・鈴木会談-仲裁裁定完全実施の慣例化は実力行使の威嚇に屈したように思える

 昭和31年の公労法の改正で同法35条で「政府は仲裁裁定が実施できるようにできるだけ努力しなければならない」ことを法文で明確にしたが、これは明らかにプロレーバーの政策であり労働組合を増長させる要因になったと思う。なぜならば昭和24年公労法制定以後、仲裁裁定は15件に達したが、財政事情から実施されたのは専売の3件のみだった。この明文化は組合の闘争意欲をかきたてるものになったに違いない。公労法改正にともない予算中の給与総額制度に弾力を持たせるため、各公社法の一部改正がなされ、仲裁裁定があった場合、裁定を実施するに必要な金額は、予算の定めるところにより、主務大臣の承認または認可を受け、給与