カテゴリー「公務員に労働基本権付与反対」の12件の記事

2008/05/28

痛恨の極みだが、川田亜子のように死ぬことはない

 公務員制度改革で玉虫色的表現を残しつつも、団体協約締結権付与に道を開いたとされている決着は痛恨の極みである。http://www.asahi.com/politics/update/0528/TKY200805280116.html。締結権を付与したら公務員が労働組合の職務統制に支配されていく可能性が強い。そもそもこの問題は森内閣の頃から足かけ9年ぐらいになるが、理論的に明快に改革は必要だが、労働基本権は付与しないことが正しいという対抗言論を展開できず8~9年無為に過ごしたことは非常に後悔している。もっともその間に停職1ヶ月の他、特別指導職員とされ昇給停止や、不本意配転、狭心症、心筋梗塞の発作と、手術があり、健康状態も思わしくなかったので、意欲がそがれた投げやりになった面もあるが、しかし川田亜子のように人生に絶望せずに、地道に対抗言論をやっていく予定である。
 『海外労働情報』2003年4月号「難航の公共部門、Verdiが賃金協約締結 」
 という記事http://www.jil.go.jp/jil/kaigaitopic/2003_04/germanyP01.htmlにドイツの公共部門ストライキについて載ってます。それによると
 「難航を極めた交渉の最終段階で、Verdiは交渉決裂の場合には1月末から新たな戦術を取り入れて無期限ストに打って出る強硬姿勢を示していたが、これに対する使用者側の譲歩の背景には、1992年のOTVのストで、多額のコストとともに市民生活に大きな支障を来したという事情がある。同年の公共部門のストでは、公共部門の労働者と郵便・鉄道関係の職員約40万人が11日間ストライキを行い、この間バスは止まり、郵便は遅配され、収集容器が放置されてごみ収集が滞る等、6大経済研究所の一つミュンヘンのIfo経済研究所の試算では、このときのスト関連の損失は10億マルク(当時)に達したとされる。その意味では、使用者側の今回の譲歩も、ストの損失を回避するためと言える。しかし財務省の試算によると、今回の公共部門の協約締結で連邦・州・自治体にかかる財政負担は、2003年が25億ユーロ、2004年が29億ユーロの合計54億ユーロであり、このような財政負担を招いた使用者側の大幅譲歩に対しては、財政の逼迫する州・自治体レベルの不満は大きい。1パーセントの賃上げで自治体の財政負担は年間7億ユーロ増加するとして、ゼロ回答に近い妥結を要望していたシュラム市町村連合会長は勿論、州・自治体レベルでは、交渉団体からの離脱の声のほか、現行の連邦主導による労組との協約交渉の在り方自体に疑問を呈する声が上がっている。」
 ドイツの公共部門にみられるように協約締結交渉が決裂した場合、長期ストを打つぞという脅しは相当きくし、多大の財政負担を強いられることになる。
 

 
 

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2007/04/22

労働基本権が基本的人権だなどいうのは大きな間違いである(2)

  ストライキは本来犯罪である(コモンロー共謀法理について)-(1)

要旨-本来、団結は共謀法理により徹底的に弾圧されてしかるべきである。社会正義の回復のために共謀法理の継受復権を望む

川西正彦

 ここでは1800年小ピット政権の団結禁止法までのイギリスの法制を概観しておく。イギリスの労働を論じる場合1349年エドワード3世の治世の労働者勅令から取り上げるのが通例になっている。この勅令では日雇いを禁止、年期奉公を強制、就労場所の限定、契約満了以前の労働放棄の投獄、慣習的賃金より高い賃金の支払、受領を禁止した。これは百年戦争が勃発し、ペスト大流行による人口減少により賃金が極端に高騰し、過大な賃金を受け取らなければ働かなくなった在り方を旧に復す目的があった。年期奉公の期間満了まで解雇を規制したのは労働者の保護ではなく深刻な労働力不足から勝手な離職させないためのものであったといわれている。
 1543年法は、一定の賃金もしくは一定の労働時間でなければ働かないと共謀した労働者に対して重く処罰するものとしたが、コンスピラシー(共謀)に理由に労働者の団結が犯罪とされるようになったのである。
 1563年エリザベス1世治世の職人規制条例は、徒弟条項、移動禁止・強制就労条項、賃金条項があるが、賃金条項では治安判事にその年ごとの各職種の賃金を裁定する権限を権利を与え、裁定賃金を上回る賃金を支払った雇主と受領した労働者を投獄する権限を与え、この条例を無効、変更ならしめる労働者の団結を禁止した。
 1720年の主従法は仕立て職人の雇用期間中ないし仕事完成前の労務放棄および、法定、裁定賃金によって就労することの拒否には、治安判事が理由ありとしない限り2ヶ月以下の懲治監での重労働、その後主従法は、就労強制条項は含まなくなったが、契約期間満了前の労働放棄、非行や、仕事完成前に履行を怠る場合、懲治監での重労働が科された。中世の立法のような雇主の解雇規制はなくなった。

 しかし、産業革命以後、急速に発展してきた労働者の団結活動に対して、もっとも効果があったのは、刑事共謀法理を労働運動に適用することだった。
 そもそも、共謀法理は13世紀中世高期黄金時代の裁判手続に起源を有する裁判法上の不法行為概念だった。当時イギリスにおいて陪審裁判の手続でしばしば悪用が行われていた。損害賠償の不可能な12歳未満の者に告訴させたり、共謀して誣告的な告発がなされていたのである。悪用をなくすためエドワード1世の治世1285年にコンスピラシー条例により共同謀議を犯罪とした。1305年の共同謀議者令はコンスピレイターについて次のように定義した。「宣誓・誓約その他の約束により、互いに共同もしくは結合して虚偽の申立を行い、それによって他人を起訴ないし起訴の危険に陥し入れ、あるいは他人をして有罪の責任を免れせしめ、あるいは訴訟を提起もしくは支持し、あるいは12歳未満の者に、他人に対して重罪の告訴をなさしめるもの‥‥」。
 当初の適用範囲は重罪としての誣告だったが、「営業の制限の法理」に適用された。これは独占取引を禁止することにより営業の自由を確保するもので、使用者の団結に向けられたものだったが、18世紀から19世紀にかけてのイギリスの裁判所は、「営業」には使用者の取引のみならず労働者ないし労働組合の取引も含まれるという想定のもとに労働者の団結は「営業の制限」に該当するとして刑事共謀法理を適用した。
 コモンロー上の刑事共謀法理が初めて適用されたのが、1721年のジャニーメン・テイラーズ事件である。ケンブリッジの仕立職人が団結して賃上げのストライキをしたことが、1720年の主従法に違反するとして起訴された事件で、裁判所は制定法の有無にかかわらず、労働者の団結はコモンロー上の共謀罪で処罰しうること。個人で行えば合法的である場合でも、共謀すなわち団結することによって不法となることを明らかにした。さらに1783年のエックレス事件はリバプールに住むエイチ・ブースの営業を妨害する労働者の団結であったが、共謀罪は妨害がなされたか否かにかかわりなく、いかなる方法にせよ妨害を意図して数人が共謀することによって成立するとし営業妨害をたくらむ共謀それ自体が犯罪となることを明らかにした。さらに1799年のハムモンド事件で労働組合結成も刑事共謀罪とした。
 18世紀の裁判所の判断は正義であると思う。コンスビラシーの法理は大変優れたものである。労働者の団結とは営業を制限する共謀であり、犯罪なのである。犯罪であるべきものが、憲法上保障された基本的人権になる。こんな馬鹿げたことはないのである。価値観が顛倒している。悪魔を神として崇めることと同じである。労働組合は共同謀議を恒常化するものである。団結権は財産権を侵害し、本来個別契約であるべき雇用契約の自由を侵害し、個人の就労する自由を侵害し、コモンロー上の黙示的誠実労働義務を否定し働き方を統制することにより、個人の幸福追求権まで否定する。これほど悪い思想はないのである。
 もっともコンスビラシーの法理を継受しなくても労働組合を駆逐する方法はある。しかしこれを継受して労働組合(共謀犯罪団体)を絶滅させることも選択肢の一つと私は考える。

引用文献・参考文献
高橋保「イギリス労働法における共謀法理(コンスピラシー)の形成と展開」『創価法学』7巻4号1978
小宮文人『現代イギリス労働法』信山社2006
中西洋『《賃金》《職業-労働組合》《国家》の理論』ミネルヴァ書房(京都)1998
 

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労働基本権が基本的人権だなどいうのは大きな間違いである(1)

(公務員に労働基本権付与反対シリーズ)

 自分の人生はがけっぷちである。非常にまずい状態です。昨年のある要因があって5月頃から異常な無気力状態でした。ワールドカップ日-豪戦でロスタイム大黒投入というほど絶望的というわけでもないけれど、自分が怠けていたことは率直に反省しますが、もう死にものぐるいにやらないとダメです。だからここから死にものぐるいで通常人の3倍ぐらいの生産性でやっていくしかない。ブログで宣言してしまったほうがよいと思います。今、宣言しましたから、本日から365日無休でやります。小さいものを量産していきたいと思います。

川西正彦
 
ストライキは本来犯罪で非常に恐ろしいものである
 
 私は、脅迫、威嚇、罵り、襲撃、監禁、殺し合いのようなことが白昼堂々行われるストライキを憎む者であり、ストライキが権利だなどいう思想は、大罪に値し、そういう悪を許容する「法制度」を持っているのは道徳的倫理的に腐敗した国家・社会だといわなければならないと思います。そんなものは人権であるはずがない。実は争議権の名のもとに殺人も容認するプロレーバーの学者や弁護士もいたことを吾妻光俊が講演で述べている箇所があるんです。吾妻光俊(中労委公益委員)の「〔講苑〕中郵事件の最高裁判決について」『中央労働時報』66巻12号(447号)から引用します。
「労組法一条二項が、暴力行使はこの限りにあらずなんて、わざわざいったのか‥‥事実、争議行為なら人を殺してもいい、けがをしてもいい、そういうことをいう学者もいたし、弁護士さんもいたんです。あれは、昭和二十二・三年ですから、労働法なんていうのを議論する皮切りのころです。ある弁護士さんがいったことには、人殺しでも傷害でも暴行でも強迫でも、労働組合が勝つための手段は全部一条二項だと。正当業務だと。こういうんですから、すごいことをいう人があるもんだと思って私は口をつぐみました。これは、あるところの主催でやった、研究会、判例批評のときです。‥‥ともかく、終戦後そういう考え方はあったです。‥‥争議というレッテルさえはれば、本来なら許されないはずのものが許されるという気分はあった」「今度の事件はわりと単純な職場放棄でした‥‥この判決に乗っかっていくストライキというものは、腕力は使わないようなストライキ、ピケでも平和的説得だとかいうものとこの判決は、だいたい同一線にあると思うんです。だからスクラムは組み放題、乗務員の奪い合いはやりたいほうだい、人の職場のなかにははいりほうだい、仕事もしないのにはいり込んでわんさかやっているような、そういう実態がこっちにあって、この判決を歓迎しているというのは、私は気心が知れないと思うんです。ほんとうをいえば、はずかしいんじゃないかと思います」
 プロレーバーは労働基本権の名のもとに、最大限の威圧、強迫で団体行動を強要することがができると解釈するのが常です。ストとなれば殺し合いもありえます。1984年のイギリスの炭労ストでは二人の死者が出ました。このとき炭労委員長のスカーギルは組合員の秘密投票もなくストを指令したため、採算がとれて閉山の可能性の少ないノッティンガムシャ-の炭坑労働者はストに反対した。スト派とスト反対派の抗争になりましたが、サッチャー政権はスト派の切り崩し工作をする一方、1980年雇用法では、被雇用者以外の者がピケに参加することを禁止していましたが、フライングピケットという遊撃ピケ隊に警官隊が投入され、各地でピケ隊と警官隊の衝突乱闘となり、多くの労働者が逮捕され、乱闘に巻きこまれた炭坑夫1人が死亡しました。もう一人の死者はスト反対派の炭坑夫を乗せてきたタクシーの運転手で、スト派の炭坑夫二人から追い越しざまにコンクリートブロックが投げつけられタクシーが潰れたためです。ストライキとなると憎しみあいになります命懸けなんですよ。この暴力事件で、世論は恐れをなし組合側の行動は支持されなくなり、敗北しました(アンドリュー・ローゼン著川北稔訳『現代イギリス社会史1950-2000』岩波書店2005、86頁)。組合側は警官隊によるピケ隊の逮捕を非難しましたが、世論は同調しなかった。
 しかし公務員にスト容認となればスト破りの襲撃や監禁はつきものであってスト派と反対派の暴力抗争は当然じゃないですか。東京都水道局はしょっちゅう闘争をやっているから殺気だってますよ。メキシコプロレスみたいな乱闘や揉み合いはは何回もやってます。管理職が争議推進なので組合と協力し私がギブアップする所まで苦しむのを見ていて楽しむ陰険さがあります。私は4~5人の下敷きになって一ヶ月以上寝返りができない怪我をして死ぬかと思うくらい苦しい思いをしたことがあります。組合と管理職が結託して威圧、強迫して業務を妨害し違法行為に巻きこんできますから、自力救済しかないわけです(管理職は勤務時間内の庁舎内、事務室内の争議行為をあおり、非組合員を攻撃する趣旨のアジ演説のある職場集会やオルグ活動を是認し、いっさい解散命令や就労命令を発出しないことなど争議行為の協力者であることが常である)。だから争議権容認なんてとんでもない。
 暴力は許されないといったって、人格的に屈辱を与える暴行と限定的に解釈されますから、争議権の名のもとに強圧的な脅迫と擦れ合い相当の暴力は容認でしょう。スト破りの襲撃や暴力も是認されることになるでしょう。公務員に争議権を付与すると、強迫、腕力をふるいほうだい、なんでもありといなってしまうのではないかという懸念が強くあるわけです。アメリカの労働組合であれば2~3年の労働協約改訂期にストを打ちますが、日本の公務員は年中行事的にしょっちゅう闘争やってますから、今までも、多くの人が処世術として組合の指令に唯々諾々と従ってますが、今まで以上に組合のジョブコントロール、締め付けが強くなり、労働組合に脅迫されて組合の奴隷とされる公務員になる可能性が強い。 
 
 社会的常識論を述べたいと思います。市民法のものさしでは争議権はわりきれないものがあるという常識的な見解を引用します。再び吾妻光俊(中労委公益委員)の「〔講苑〕中郵事件の最高裁判決について」『中央労働時報』66巻12号(447号)です。
「戦前にはご承知のように争議行為という社会現象を無理矢理といいますか、ものの考え方もそうだったわけでしょうけども、市民法のワクのなかにしょっぴいてきて、そして業務妨害だ、やれ債務不履行だ。これは別に裁判所がそういったというだけの意味ではなしに、明治以来、俗なことばを使えば、不逞の輩の行動だという考え方の奥底には、仕事をやめるということは、賃上げの要求があるか、人員整理反対の要求をかざしているにせよ、ともかく平常請け負っている仕事をやめるということは、なにか契約違反である。しかも仕事のじゃまになる。業務のじゃまになるという意味では業務妨害の要素を含んでいるんだと。こういう意識があったと思うんです。もっとも戦前の判例で別に業務妨害罪でやられたというケースが多いわけじゃないんですけど、‥‥一般の社会常識でなかったかと思うんです。戦後反動というんですか、そういう考え方は欧米的な労働運動に対する、あるいはストライキに対するものの考え方や、天下の大勢に合わないという意味で、これは末広さんあたりの音頭とりで一条二項とか八条という労組法のなかにはいってきている‥‥刑法学者でもない私が口幅ったいことはいえないなですれれども、いままで争議行為というものは、そもそも債務不履行であるべきものだとか、それから実は業務妨害というものになるはずのものだ。しかし、憲法二十八条は保障しているんだから、違法でないなだという考え方には、少々賛成しかねるというのが私の実感なんです。‥‥いってみれば市民法というのはご承知のように、市民法のなかにも団体法がありますけれども、市民法が労使関係というものを考える考え方はも契約原理なんです。‥‥だからストライキというのは一致団結して契約違反をやることであり、一致団結してやれば刑法上からいえば業務妨害のうちだ、こういうものさしで割り切るほかない」
 逆にいえば市民法的なものさしはあくまでも基本であって本質的にストライキは悪である。とにかく私はプロレーバーの労働法理論というのは全く信用していない。
 「従来いろいろな学説がありましたけれども、公務員法とか公労法とかの争議権の制限というのは、一方には憲法違反だという非常に強い主張がある。一方といいましたが、そちらのほうがおそらく大多数。どちらかというとそういう考え方が非常にきつかった。‥‥学説といいましてもこれが民法とか刑法とかいうことになりますと、多数説、少数説、通説、異端邪説というものが、いちおう通用するわけなんですが、こと労働法らーに関する限り私の実感から言いますと、多数の学者がある立場をとったから正しいんだという安心感というものが全然ない」
 それはそのとおりでしょう。社会常識では、他者に損害を与えること、他者の自由を拘束すること、他者の意思に反する行為を強要すること(就労妨害、スト破りの襲撃・監禁など)はよくないことなんです。しかし労働組合やプロレーバーはそれが権利だという。暴力団の暴力、強迫、威嚇は、みかじめ料の徴収は悪で(ただし暴力団が社会紛争の調停者としての役割をはたしており是認する考え方もありうる)、労働組合の暴力、強迫、威嚇、組合費の収奪は良いことだとはいえないのであります。

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2007/03/03

渡辺喜美行革担当相の公務員への労働基本権付与の方針に反対です

政府行革推進本部へのメール

川西正彦 

 東京都水道局のヒラ職員(非組合)ですが、組合に権力を与えることになる労働基本権に反対の趣旨で簡単に意見を述べます。私の反対意見はこれだけではないですが、さしあたりストライキの怖さを強調しておきたいです。
 組合側の論理では団結権とは団体行動に従わない「スト破り」対する害意を正当化する権利で、威嚇・威圧は当然でしょうから、いったんスト権一票投票でストが決まったら、プロレーバーのいう組合員は階級の下の集合人格となって、個人の良心的な自己決定は一切排斥され、攻撃対象となります。仕事へのコミットメント、誠実に献身的に働くことが悪ということになります。組合にコントロールされ団体行動(スト・ピケ・集会・座り込み・示威行為)を強要させられるわけですが、タフト・ハートレー法のように被用者に団体行動に加わらない権利が、勤労者に与えられていないため、労働組合の権力の濫用が強く懸念されます。とくに、東京都など公務員の組合は民間の企業内組合と違って、頻繁に行われる争議行為で(先方は「大衆運動」といいますが)職員を威圧して団体行動を強要して、威圧、示威行為により組合に逆らえない雰囲気を醸成して高い組織率を維持して組合員から高額の組合費を収奪する構造ですから、スト権を与えるとこれまで以上に強い権力で職員を食い物にしていく可能性があります。
 ストライキで何が怖いかといいますと、ストに反対する職員の立場からしますと、労働組合から襲撃されることです。組合の哨戒行為から、威圧、威嚇、面罵などで殺気だってやりあうことです。1980年代のイギリスの炭坑ストでは、スト推進派と反対派で暴力抗争になって殺し合いのようなことも起きてますし、ストで起きることは業務停止・遅滞の影響だけじゃないです。「スト破り」となる就労派を組合員が襲撃したり監禁したりすることが起きるわけです。労-労間の暴力抗争で組織を疲弊していくデメリットも考えてください。
 日本ではスト自体が少なく、長期に及ぶことがないのでストの怖さを知らない人が多い。
 東京都のように組合のオルグ活動(事務所内での演説など自由)、示威行為や争議行為に管理職が好意的な職場ではしょっちゅう時限ストライキを構えた闘争が組まれて(水道局の場合、最低11月の都労連闘争と、12月の局内闘争、3月の春闘は年中行事で、それ以外に3年前の業務手当闘争(スト決行した)のような大きな課題があるときは夏場であれ、しょっちゅう闘争をやっていますから、組合の威圧感というものが相当なものがあります。日常的にも組合のジョブコントロールがありますが(例えば、これは5年ほど前の話ですが、OA化に反対するため、紙ベースの出力を増やす無駄な仕事をさせたり、1人1台パソコンとイントラネットに反対するため、パソコンが1人ずつ配置されても、実質ワープロや表計算ソフトは使わせない、組合と管理職が結託して監視して従前どおり共用のパソコンを使わせたり、能率を無視して労働意欲を萎縮させるようが平気で行われますが、闘争期間は、スト権投票で97%とか高率で批准されたと宣言されると、もう組合の職場支配ということになって争議行為に全職員をまきこんでいきます。事務所内の勤務時間内の囚われの聴衆の状態の職場集会は通常からやってますが、大声でアジ演説をし、鬱陶しいほど大量のビラ貼り、赤旗掲示、たて看板、闘争宣言の掲示、その他の示威行動のほか2割動員とか3割動員とかいう勤務時間内職場集会、本庁や支所などで行われるものですが、これは組合役員が引率する団体行動です。動員指令で職場離脱が強要され身柄が拘束させられるわけです。
 もちろん数年前の「ながら条例」の改正で、勤務時間内組合活動の無給化が拡大され、時間内に管理職の席に大勢の組合員がおしかけて、所長をどなりつけたりして組合の威力をみせつける所長交渉や、午後3時以降組合活動による離席自由などの慣行はなくなるなど改善された面もありますが、実際には勤務時間内の組合活動の規制は不十分。これは都議会の政治力によるもので、東京都に自浄能力があったわけではないんです。よその職場がどうかは知りませんが、しょっちゅう組合役員が大声で号令をかけたり、組合のジョブコントロールに従って、非能率的に働いているかどうかの監視があり、組合の威圧感は相当なものがあります。水道局の多数組合全水道東水労の組合費は本部費だけで給与の2%、年間500万の給与とすると10万円も天引きで払っているわけです。暴力団のみかじめ料といってもこんなにはしないでしょう。組合費による収奪や、座り込みとか示威行為・団体行動その他の組合活動の強要についての不満が一部組合員にくすぶっているにもかかわらず、ユニオンショップでなく、組合費も割高なのになぜ、組合の組織率が高いかといいますと、非組合員だと私のように組合の威圧、威嚇で攻撃されてストレスがたまるからでしょう。
 実際、こういうことがありました。4年前のことですが、当時経済産業省は冷房の摂氏28度設定をコマーシャルなどでさかんに宣伝し、実際掲示板には関東電気保安協会の28度設定にせよとのポスターが貼られてました。その営業所には室内で温度を設定できる空調のほかに窓際にファンコイルがあって、強・中・弱(H・M・L)とつまみで操作できるようになってます。全体の空調も25度設定と低いうえに、組合分会役員で同じ係の男がファンコイル2台を最強にしているうえに扇風機を回してました。その男は私より年下ですが、いつもふんぞりかえって坐っているだけでなく、挨拶もしないし人を睨むだけで不愉快な男ですが、フォンコイルの冷房にあたっている時間が多く、とにかく汗をかきたくない男で「他人の不幸は蜜の味」とか平気で言う男でした。私が2500円で買ったエムペックスの精密温湿度計は23度5分まで下がっているうえに冷気が直接あたるので寒気がして風邪をひきそうになりました。私がつまみをLにすると、先方はHにする。またLにするとHにする。風邪気味だから冷房を弱くしてくれというと、そんなら休めよ、病原菌をうつすなよ。と罵倒してきたので、少しは遠慮しろとやりあったら、結局管理職の裁定は先方が正しいというものでした。これは私が狭心症の発作の起きる半年前です。その翌年の11月に発作がひどくなり緊急入院で冠動脈バイパス手術をしました。動脈硬化と心臓を悪くしたのは私の責任ですが、当時外回りの仕事をしていたので急激に身体が冷えるので、外気と10~15度以上の温度差は堪えました。しかも扇風機を向けたりするしぐさがあったので、扇風機が凶器となると判断したのでどかしたのですが、先方の悪意は明白であるのに管理職はそれもけしからんといいます。所長はそもそもファンコイルのつまみの調整とかつまらないことで苦情を言うことが間違いという。基本的に私は何も文句をいわず黙々と働くタイプです。都立園芸高校出身ですが、校長よりハードワークでは誰にも負けない根性のある人間になりなさいということをいわれて育った。余程のことがなければ苦情は言いません。最強の冷気で堪えていたからですよ。スーパーの電気用品売り場で温度計が29度をさしていたのをみたことがある。29度は節電し過ぎと思いました。しかし別に動脈硬化が進んでなくても23度は冷房としてはかなり低いです。せめて24度5分以上にして貰いたいことをいっただけです。しかし公式的には28度でなければならないのに23度が当然という理由を尋ねても説明はない。同僚職員と折り合わないのがけしからんしと所長はいいますが、28度が望ましいがせめて24度5分以上といっております。先方が年下だから折り合うべきじゃないですか。
 以前新入職員が16度設定にしていたら、年配の職員が体をこわして病気休職になったという話をしても、どういう因果関係があるんだとか検事みたいなことをいうわけですよ。あくまでも組合役員の判断が正しいというもの、われわれひらは組合役員にコントロールされなさいということです。
 次にその男が二年間ほとんど毎日、午後4時25分頃から25分ぐらい風呂に入っていることは、規律違反ではないか尋ねたところ、内規によると勤務時間内の入浴は認めていないが、入浴とは浴槽に入って湯につかることで、シャワーであるから問題ないとのことであった。客との応接があるので身だしなみを整えることも重要な仕事であり、シャワーは望ましいという。入浴とシャワーは違うという理屈で事実上容認という解釈です。定時で帰宅する直前に入浴しているのだから、接客と身だしなみは関係ない。水道局は浴室を備えているが、通常オフィスビルには浴室はないし、外回りの仕事でも勤務時間内にシャワー浴びて帰宅する慣行はないはず。もしオフィスビルでシャワー自由になったら、水道代がかさんで非経済的で家主が許さない。水道局は節水を指導しているのにじゃんじゃんシャワーを使えというのか社会通念に反する規律違反を容認するのかと反論したら、他企業のことは関係ない、そういう内規の解釈だと組合の受け売りのようなことを言う。しかも私が汗くさく働いているのがけしからんというニュアンスであなたもシャワーを浴びなさいと非行を奨励するような神経を逆撫ですることを平気でいう。内規をみせてもらったら、汚れがあった場合上司の許可を得てシャワーを浴びることになっている。その男は外回りにでない日や汚れのない日も、上司の許可を得ずシャワーを浴びているのだから規則違反のように読めるが、とにかく汚れていたんだということでシャワー当然と言い切る。組合支部長が机上勤務で勤務時間後に汚れていないのに風呂に入ってました。それは問題にしなかったです。勤務時間内の職場離脱自由という慣行を非難することがタブーになっているわけです。所長は「職場環境の改善も大切なことだからねえ」とうそぶくので、その男への顧客からの電話は、いま用があって席を外しているといっているが、シャワーに入っているので少し後に電話しろと客に伝えますか。本当のことをいうと収拾がつかなくなると思いますが、所長は顧客に節水よりシャワーを認める職場環境を与えることが重要ですと説教してくれますかと喧嘩腰になったら、それがけしからんということで、結局私は、所長と大声をはりあげてけんか腰になったことと、その他の理由をいろいろつけられて、勤務不良職員で、昇給停止となり強制配転されました。その制度ができて最初の年です。反論しようかとも思いましたが、実はその男よりずっと多くの仕事量をこなしてましたから事務の引き継ぎを優先し心臓発作も起きて元気がなくなったので、反論しないで配転しました。新しい職場は机上勤務が主体となったので、心筋梗塞寸前まで働くことができ、結果的には悪くなかったともいえますが、でも納得はしてませんよ。結果的に組合との力関係で逆らうと大変なことになるという組合の威力をみせつけることで組合の利益になりました。要するに管理職は組合役員のジョブコントロールに従いなさいとしかいわないわけです。ショップスチュワードを通じての職員の間接管理のような職場慣行なんです。アメリカの非組合企業のようなオープンドアーポリシーはありませんから、風通しも悪い。もちろん、風呂場に入るなどの離席の監視もいっさいしない。長文になるのでこの2点にとどめますが、同様の事例は沢山あります。私の経験では、水道局というのはみだりな離席、長時間の離席とか注意する人はひとりもいないです。それをやると組合が出てきて威圧するから、規律を欠く非常に悪い文化で、ふまじめな職員が増長しやすい。新入職員がみだりに離席しておしゃべりしたり、長時間の私用電話をかけているのを注意すると、注意した私が叩かれて、仕事の負担を増やしたりして陰険に攻撃してくる職場がほとんどです。
 結局、組合の威圧・統制に服して仕事をしないと叩かれることになる。オルグ活動で非組合員は利敵行為だというアジ演説をきかされそういう威力威圧をみせつけられているので(ストを打たなくてもストを構える闘争により組合の団結強制による威圧感と強面を演出することで組合費の収奪を容易にしている。暴力団と構造は同じです)組合費が高くても、処世術として組合に加入している職員が多いのだと思います。米国のタフト・ハートレー法のように、使用者が労働組合員たることを奨励することも不当労働行為とすれば、東京都の管理職はアウトです。壁の組合のビラ貼りのスローガンに威圧感があり争議行為を助長していると言っても、はがすことを許さない管理職は、心を入れ替えて気にならないようにしなさいという。人の内心の自由にまで干渉しますし、そもそも、囚われの聴衆の状況で、職場集会に半ば強制的に参加させられて一方的に組合の見解を聞かされていること自体問題です。結局これは、職場の規律を確立せず、組合を泳がしてきた当局の方針によるところが大きく、非常に悪い企業文化といえます。組合にスト権という権力を与えたらもっと悪いことになります。

 私は思想的にも性格的にも使用者に対し誠実労働義務を果たすモットーですから、怠業や職場離脱に反対です。だから労働組合と行動をともにするは1度もないし、水道局で時限ストライキを6~7回ぐらい経験してますが。先方は利敵行為を行っている「スト破り」と称して攻撃目標に常になっているわけですが、もちろん労働組合法で暴力が禁止されても、それは人格的に屈辱的な態様を指し、擦れ合う程度のことは暴力ではないというのが普通の解釈でしょうから、侮辱されたり、面罵されたり、多少手をだして殴り合うことも当然覚悟のうえです。実際には、ピケの通過で威圧されても実力で阻止されたことはない。ただ先方の哨戒行為で中に入ってきて、私を5~6人でとり囲んで罵倒してくることはある。当然殺気立ち、先方の就労妨害を阻止するためには手をだすしかない殴り合いも覚悟しますが、庁舎内に入れない経験はこれまでなかったです。というより、非組合員を攻撃する役員でも強力なピケはやらないと私に言ってきた例があります。
 それはどうしてかというと、たぶん組合側が管理職に新入職員等の非組合員に争議行為で協力させることになっているからです。ストや組合の示威行為に管理職が協力することから(スト時、もしくは闘争時の勤務時間内外を含めた庁舎敷地内、事務所内での職場集会については一部のものについて事前に中止を申し入れるだけ、警告をしつこくやることもないし、庁舎管理規則に反する団体行動や拡声器その他の物品の持ち込みについて現場で監視、解散命令、就業命令を発することはない。一般職員に対しても庁内放送と掲示による形式的な示達を行うだけで警告はない、ストではなく勤務時間内集会で営業所の正面玄関前の敷地内で赤旗を何本も立てて、職場集会をやるような態様、明らかに顧客の出入りを萎縮させ、業務を妨害しているものでもいっさい監視、解散命令はない)、組合側もピケで揉み合いになったり手荒なことはしないような取引があるのだと思います。当局は事実上争議行為を助長しても、ストは違法とされていることは暴力・威嚇の一応歯止めにはなっている。

 私が知る限り組合が非組合員やスト反対者も管理職の指導によって職場離脱を強要する論理は、労働基準法です。ストを構えたときは超勤拒否闘争が多いわけですが、スト当日は36協定は締結しないため、組合の理屈では管理職に対し、職員を始業時間以前に職員を入れさせないように指導しなければならないというもので、実際、ストのときは新入職員で組合に加入してない人は、庁舎内に入らず、裏の目立たないところで待機しているように命じられた例があります。管理職が事実上の監禁行為を代行しているわけです。時限スト時に窓口業務でレジを私がやろうとすると、おまえにはさせない、そういうしきたりだとかいって、せっかく組合の哨戒行為や侮辱や面罵に屈せず就労しても、業務に参加させようとしないことがありました。でも結局管理職だけでは電話や顧客の対応はできませんからね私はきちんとやってます。
 本来なら非組合員にはピケを破って就労せよと命令すべきですが、逆なんですよ争議行為が尊重される。スト権が付与されてない現状でもこれだけ問題がある。安易に労働基本権を付与したら、組合の職務統制(ジョブコントロール)威嚇・威力が強まって、より敵対的な職場環境となることを懸念します。組合に権力を付与するということは、仕事に対する責務、コミットメントより、組合の団体行動やジョブコントロールに従えということになって、労働意欲も萎縮する悪影響も考えてください。スト権が認められると殺し合いも覚悟して出勤しなければならなくなります。労働組合法が暴力を禁止しているといっても、罵ったり、侮辱したり、擦れ合う程度のことはもちろん、プロ野球の乱闘程度のものは暴力でないともいえます。だからに事実上暴力解禁になると思います。
 現代社会は、非暴力的な環境にあります。街で喧嘩や騒動、強引な客引きもみかけることはない。ただ労働法により職場においては不逞の輩のような行動が容認されている。暴力に遭遇する危険性は職場だけなんです。
 スト権とは団結により他者の就労・業務妨害、他者への物理的経済的損害・害意の容認と理解してますから。つまり先方は、私のような反組合の「スト破り」の襲撃の合法化と解釈します。私はつねに攻撃の標的にさらされることになる。やられたら、やりかえすが、先制攻撃も検討しなれれば。イギリスの炭坑労働者のような殺し合いをやるのはやだなあとは思いつつも、政治家がこれほどストに好意的なのでは仕方ないかもしれませんね。ただでさえ動脈硬化で薬漬け糖尿病になったら命短いよと医者に言われているのにストレス死しそうです。私は死んでもいいです。実績もなにもないし血管ボロボロで役に立たない人間ですから。しかし法文化として粉骨砕身働いて仕事へのコミットメントや誠実労働義務といった正しい労働倫理を持つ人 を苛めて叩く文化は醜すぎる。アリストテレスを持ち出すつもりはないですが、徳のある行動を実践することが幸福なんですよ。銭ゲバや打算、処世術だけで生きることは幸福な人生ではない。だから私は、使用者に不誠実な労働倫理に反する団体行動はたとえ死んでもやりません。

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2007/02/11

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(4)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo871_cadb.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo87_06e8.html
第3回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/ilo87_892a.html

川西正彦

(5)昭和38年1~5月-ILOからの圧力の増加と倉石ILO世話人代表と社会党・総評との非公式折衝について

 自民党倉石忠雄ILO世話人会代表、斎藤邦吉ILO世話人会委員、社会党河野密ILO条約批准促進特別委員会議長らによる窓口折衝が進められているなか、87号条約批准の国際的圧力が増加したのが昭和38年のことである。 我が国に圧力をかけているのは国際自由労連(ICFTU)の直接的圧力とILO内の労働者グループの間接的圧力であった。ILO内では日本の国内事情から同情論もあったが、日本政府が速やかな解決を図れないことが明らかになるにつれ日本の政策の擁護に説得が弱くなった。国際自由労連はOECDを通じて圧力をかけてきた。外務省と通産省は我が国の国際的ステータスと欧州経済への橋としてOECD加盟に熱心だったが、そうした事情から大平正芳外相は与党に警告した。
 ILOは昭和34年2月以降、昭和37年11月までに12回も日本政府に対してILO87号条約の批准を勧告している。37年11月には「日本政府は87号条約を批准する意思があると述べ数回にわたって約束を与えておきながらまたこの臨時国会にも批准されずに終わったことに対して強い失望を表明」したばかりか「実情調査調停委員会」の派遣を示唆してきたのである。38年5月、青木盛夫在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部特命全権大使は、結社の自由委員会は、日本政府が国会の今会期中にILO問題の解決のために採ろうとしている措置の報告を要請したが、これが最後通牒であることを通報してきた。
 昭和38年11月結社の自由委員会は遂に理事会に対し日本事件を「結社の自由実情調査調停委員会」の審査に付託することを勧告した。39年2月には理事会が日本事件を「結社の自由実情調査調停委員会」に委ねることを決定。同委員会の来日を受諾するか否かの回答を4月15日までに迫られることになるのだが、この間の経過について新聞記事も引用して時系列にみていきたいと思います。今回は昭和38年の5月までです。

昭和38年1月5日
朝日新聞2面「ILO批准-今国会も難航模様」は次のように伝えている。

「‥自民党は〔ILO〕案件の早期成立を図る建前から今年も社会党、総評と国内法改正案についての折衝を進める考えだが、自民党は折衝にはいるには再開国会の正常化が先決だとしており、しかもの正常化問題は難航する気配なので、“ILO折衝”が決着をみるのは相当先にのびる見通しが強い。
 しかし一方二月には国際労働機構(ILO)の理事会が控えており、場合によっては労働側代表から「実情調査調停委員会」を日本に派遣する要求が出されることも予想されるので、政府としては、この時期までにはILO問題の処理になんとかメドをつけたいわけで、こうしたことからかなり苦しい立場に追い込まれそうな形勢だ。
 ILO八十七号条約批准承認案件と関連国内法改正案はすでに三回国会に提出されたが、いずれは、野党の対立から審議未了となった。このため自社両党は‥‥昨年は二度にわたる臨時国会中、公式あるいは非公式に折衝を進め、その結果改正案の問題点のうち①在籍専従の廃止、②職員の組合費の天引き廃止については、専従廃止の猶予期間の緩和などでほぼ折り合いがついた。
 しかし「総理府に人事局を設け、人事院の権限を人事行政の公正の確保、職員の利益保護に関する事務に限定する」との点については、社会党、総評側はその“代償”として「公務員の団体交渉権の承認」を要求しているといわれる。
 これに対し政府、与党は現行公務員制度の根本的な改正が必要であるとして、はじめは難色を示したが、党内はその打開策として「問題を適当な機関に移し、今後自社両党で共同研究する」との妥協案も出はじめている。‥‥しかし‥‥日韓問題の論議が国会の焦点になる見込みが強いので「ILO案件」はこれら重要案件の“谷間”に落ち込み、かえりみられなくなる可能性もある。
 ところが一方ではILOは三十四年二月以降、昨年十一月までに十二回も日本政府に対してILO八十七号条約の批准を勧告しておりとくに昨年十二月には「日本政府は八十七号条約を批准する意思があると述べ数回にわたって約束を与えておきながらまたこの臨時国会にも批准されずに終わったことに対して強い失望を表明」した‥‥いきさつもある。‥‥再開国会でどうさばくか、かなり難しい局面に立つことも予想される」

 昭和38年3月9日朝日新聞(夕刊)1面
団結権侵害やめよ 岩井章総評事務局長談話
「政府がこの問題の批准を望むならば、五年前の労働問題懇話会の結論である「公労法四条三項、地方公労法五条三項のみを改正すべきだ」との結論を思い起こすべきである。自民党の党内事情によって国内法改悪をおこなおうとすることはゆるされない。私と倉石(忠雄)、斎藤(邦吉)両氏との間に会合が続けられている最中に自民党の指導で国労の第二組合作り、三池労組の幹部の解雇など、この条約の精神に正反対の方向がとられているが、自民党がこのような団結権侵害の行為をやめることがまず必要である」

 3月14日朝日新聞2面「『ILO』審議メド立たず譲れぬ公務員団交権」という特集記事は3月2日ILO八十七号条約批准承認案件及び関係国法改正案が提出されたが、特別委員会の設置をめぐる入口の議論で与野党が対立し審議が始まるメドが立っていない理由を解説している。

 「足かけ五年にわたってもめつづけているのは、一口にいえば条約批准にともなう国内法改正問題である。政府は‥‥国家公務員法、地方公務員法、公共企業体等労働関係法、地方公共企業労働関係法、鉄道営業法の五法律の改正案を国会に提出している。
 もともと国内法の改正が必要とされたのはILO八十七号条約の第三条が「労働者団体は自由にその代表者を選ぶことができる」としているのに、公労法四条三項、地公労法五条三項が「職員でなければ組合員またはその役員になることができない」としている点がふれているからだ。このため、まずこの両項目を削除する必要があり、この点はどこにも反対はない。
 対立の原因は、その他の改正点にある。その主なものは①在籍専従の廃止=職員がその身分のままで組合活動に専従できるのを退職してからでなければ専従できないよう改める。ただし、三年間は現制度を残す②チェックオフの改正=給料から天引きで集められているのを改め、組合の手で集めることにする③管理職の非組合員化=学校の場合を例にとると、校長や教頭が組合員になれないよう改める④争議指令の不拘束=組合が争議行為の指令を出してもね組合員を拘束しないとの規定を設ける⑤人事局の設置=総理府に人事局を設置し、人事院が扱っている事務の中から職階制、懲戒など職員関係や給与関係をこれに移す⑥政治活動制限=公務員の政治活動の規制は人事院規則で定められているのを、法律で定めるよう改める⑦鉄道営業法改正=鉄道係員が列車の運行業務や旅客・貨物業務を取り扱わず、または不当な扱いをした場合に処罰する規定を設ける、など。
 これは、これを機会に組合運営の近代化(在籍専従の廃止など)をはかったり外部から入る役員が特定のイデオロギーでひき回すことのないようになどの組合対策を含めて、自民党内部の強い主張によってとりあげられたものだ。
 ところが、社会党、総評はこれを「条約批准に便乗する改悪だ」として猛反対した。付託委員会についても自民党が条約批准だけをいわば“食い逃げ”されるのをおそれて「特別委員会の一括審議」を主張するのに対し、社会党は“便乗改悪防止”のために特別委設置に反対する形になっているわけだ。
 しかし、昨年からの自民党と社会党、自民党と総評の非公式折衝で、ある程度妥協の余地も出てきている。社会党、総評も改正点の全てに反対という態度を改め、重要視されていた項目についても①在籍専従制度は法律上なくし、専従役員は退職することになるが、希望により復職できる②組合費の天引きは禁止するが、労働金庫に預金する形で事実上天引きできることとする。③政治活動規制は当面現行どおりとする④管理職の非組合員化は校長だけのふくみで、その範囲は政令にまかせるなどの妥協案が研究されている。ところが、人事局の設置について総評は「それとひきかえに国家公務員に団体交渉権を認めよ」と主張し、対立したままになっている。今のところ“団交権”がひっかかりになって折衝が先に進まなくなっている。
 一方自民党内部、さらには総評内部にもそれぞれ“家庭の事情”があり、これも折衝難航の一因になっている。自民党を代表して社会党・総評側と折衝しているのはILO世話人会の倉石忠雄・斎藤邦吉両氏だが、倉石氏が仮に総評と妥協案をまとめても、自民党の大勢がそれを承認しなければ意味はない。党内には「ILO条約を批准すると共産化する」と真面目に主張するほどの極端な保守派があり、一部には、これを材料に池田内閣をゆさぶろうとする派閥的思惑もとりざたされている。
 総評内部をみても、団交権問題に直接関係のある国家公務員組合や無関係の組合があり、さらに在籍専従や天引き禁止などでも、組合ごとに利害関係が食違ったりする‥‥団体交渉問題では、自民党内では「団交権なんてとんでもない」と頭から否定する空気があり、総評内では、将来のスト権奪還の布石として団交権の獲得を望む声は非常に強い。だが一口に団交権といっても、西独の場合には、高級、中堅、現業関係と公務員を三段階に区別し、労働法上別個の扱いをしているし、日本でも「現業関係者には認めてもよい」との意見が少なくない」。倉石氏らは公務員制度全般にわたる「審議会」を設けて問題を検討することにしようと提案しているがねこれは、こうした外国の例なども研究して妥協点を発見しよう。という意味合いがあるわけだ。だから双方で話をキメ細かくつめていけば、まとまる可能性は残されているが、当事者の立場では、内部事情を考慮すると軽々しく話をすすめられないというのが現状のようだ」

 要するに、自民党と社会党・総評の非公式折衝は在籍専従とチェックオフ、政治活動などで妥協案はまとめられる可能性があっても、社会党・組合側が団交権を持ち出したため調整が難しく先に進まない状態ということである。なお、鈴木伸一氏の論文によると、38年1月の段階で組合は在籍専従制度が存置されるという条件付きで、チェックオフ制度の廃止を受け入れる容易があるとことを明らかにしたというが、上記朝日記事とは若干ニュアンスが違う。また、この記事ではふれていないが、労働省労政課長だった青木勇之助氏の記事によると、3月7日に倉石忠雄元労相と槇枝元文日教組書記長の会見があり、12日に労相と日教組が会見し陳情を受けている。
 3月25日に総評、同盟、新産別、中立労連の労働4団体が池田首相と会見、労働側の申し入れは87号条約の早期批准を妨げているのは国内法整備に便乗して労働組合の権利を制限しようとしていることだとし、公労法4条3項、地公労法5条3項の削除だけにとどめ同条約を直ちに批准すべきだというものだった。
 3月27日社会党は黒金泰美官房長官に以下の公開質問状を手渡した。
一 ILO87号条約について、国内関連法の改正を公労法4条3項、地公労法5条3項になど必要最小限のものに限り、すみやかに批准を促進する考えはないか
一 ILO105号条約(強制労働禁止)を批准する考えはないか
一 公務員に団交権を付与する考えはないか

ILO問題は5月に入って折衝が再開された

 昭和38年5月8日に自民党の倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長、山田国労書記長(スト権奪還特別委員会議長)、案納総評企画部長が3時間会見した。同日社会党はILO案件で3原則を確認した。それは条約の批准促進、批准に便乗した国内法整備の反対、衆院での特別委員会設置反対であった。
 5月14日倉石・斎藤両氏と、山田国労書記長、案納総評企画部長会見
 5月15日プリンスホテルで自民党から倉石忠雄ILO世話人会代表、斎藤邦吉ILO世話人会委員、社会党から河野密ILO条約批准促進特別委員会議長、多賀谷真稔同副委員長、永岡光治同事務局長により正式折衝再開。
 5月18日倉石・斎藤両氏と、山田国労書記長、案納総評企画部長会見
 5月20日公務員団交権問題で総評が労相に自民党説得要請(朝日新聞5月21日2面)
 総評の案納企画部長と、槇枝日教組書記長らは大橋武夫労相と会い①87号条約の即時批准②国内法改悪反対③特別委員会設置反対の三原則を内容とした太田総評議長名の申入書を手渡すとともに「人事局の設置は公務員に団体交渉権を与えるという立場から検討されるべきであり、団交権を与えるよう労相から自民党内を説得してもらいたい」と要請した。
 5月22日倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長の会見が設定されていたが、新聞記者に予定がもれたためとりやめ。
 5月30日自民党緊急総務会があり、倉石忠雄元労相より社会党、組合側との折衝経過を説明、公務員制度審議会も了承される。
 5月31日ホテル・オークラで、倉石・斎藤両氏と岩井総評事務局長宝樹文彦全逓委員長(スト権奪還特別委員会議長)案納総評企画部長が会談、日教組の中央交渉問題、公務員の団交権問題について意見交換される。

 6月1日朝日新聞1面「総評側2点を要求-大詰のILO議案折衝-倉石・岩井会談」は次のように伝えている。
「‥31日、東京・赤坂のホテル・オークラでおこなわれた自民党ILO問題世話人代表の倉石忠雄、斎藤邦吉両氏と総評の岩井事務局長との会談で、岩井氏が現在自民党との間で争点となっている問題点のうち①「公務員制度審議会」(仮称)を内閣に設置し公務員制度全般を検討するとの自民党案は認めるが、公務員に労働協約締結権をふくむ団交権を付与することをなんらかの形で認めるべきだ。②日教組との中央交渉の道を開くよう法律上明文化すべきである、との2点について「これは総評としてぎりぎりの態度である。したがって自民党側がこれをどう受けとめるか回答してほしい」と述べた、といわれる。
 ‥‥自民党の党内情勢がかなり複雑で、とくに公務員の団体交渉権付与問題については根強い反対論があることなどから容易に即断はできないと慎重である。‥‥倉石氏らはすでにさる三十日、自民党代議士会などで報告した線をくずさず、三十一日の岩井氏との直接会談でも特に明確な態度はみせなかったようである。しかし倉石らとしてはILO結社の自由委員会が「日本政府が今国会でILO87号条約の批准をするよう希望するとの」との報告書をILO理事会に提出することとも関連し、できるだけ早く野党折衝とケリをつけ、今国会で条約の批准承認をとりつけ、関係国内法案を成立させたいとの池田首相の強い希望を反映して党内の意見調整を急ぐ意向だ‥」
 6月1日朝日新聞1面「首相の裁断も-黒金長官談話
 黒金泰美官房長官は三十一日夜の記者会見で次のように語った。
「ILO87号条約批准問題で与、野党の話し合いが始まっているが、ある段階では池田首相自身が“泥をかぶる”ことを覚悟して裁断に乗出すことがありうる。この場合“泥をかぶった”からといって実質的な成果が上がるかどうかはわからないが、かりに成果がえられなくても池田首相が乗出したことで国際的にも幾分申し訳がたとう」
 実際に池田首相が泥をかぶる”ことを覚悟して裁断に乗出すことはなかった。決断をしないから、結社の自由実情調査調停委員会(ドライヤー委員会)の来日受諾というところまでいき、ILO問題の解決をみることなく喉頭癌により辞任することになったのである。

引用参考文献

鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2

青木勇之助「ILO八七号条約批准問題(2)「倉石問題点」前後-昭和三十八年-前後季刊公企労70最終号

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2007/02/04

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(3)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

 今回はILO問題が動き出す昭和38年の経過にはふれず小幅の内容とします。

川西正彦
 
4)総評のILO闘争の強化と倉石忠雄ILO問題世話人会代表らによる社会党との窓口折衝の開始

第1回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo871_cadb.html
第2回http://antilabor.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/ilo87_06e8.html

 昭和35年岸内閣が提出したILO87号条約批承認案件にともなう関連法の改正案ではつぎのような規定があった。
(1)管理、監督又は秘密を扱うカテゴリーに属する職員は、一般の職員が結成する組合に加入できないこと
(2)在籍専従は、法律施行後三年間に制限されること。この規定は公労法、地公労法、国公法及び地公法のすべてに設けること。
(3)職員は、違法な組合指令に従うことが禁止されること。
(4)総理府に設置される人事局は、人事院からその主要な機能を引き継ぐこと。
(5)人事院規則で規定している組合の登録に関する事項を法律で規定すること。
(6)国鉄の服務違反に関する罰則は強化すること

 組合側は公労法4条3項、地公労法5条3項(職員でなければ組合員にも組合役員にもなれないことになっていた)の削除については賛成したが、残余の部分の多くは組合活動に制限を科すものであったから、これを批准承認にともなる便乗改悪として反対したため、国会では一度も審議されずに廃案となった。
 もちろん安保条約を批准したときのように野党にその意思を強要することも不可能ではなかったはずである。しかし、87号条約批准は政府にとって主要な緊急課題ではなかったし、自民党は国内法改正案のすべてに賛成というわけでもなかった。内閣もILO問題の解決の緊急性を感じておらず、国会の活動は延期され、対決が回避された。
 87号条約というのは労使おのおのによる団体設立・加入の自由、労使の各団体の代表者選任の自由、これらの団体の行政権限による解散からの自由を定めたものであるが、第1回で述べたとおり、ILO87号条約は争議権を扱うものではないから、公務員の争議権の否定を前提としての87号条約批准である。また日本が既に批准していた98号条約(団結権・団体交渉権についての原則の適用に関する条約)は「この条約は公務員の地位を取り扱うものではなく、また、その権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならない」とあるように、公務員は適用除外になっている(行政改革推進本部専門調査会12月資料27頁全農林警職法判決参照http://www.gyoukaku.go.jp/senmon/dai5/siryou2.pdf)。しかも岸内閣の提出した最初の法案には、違法な組合指令に従うことを禁止し、国鉄の服務違反の処罰強化がもりこまれていたわけです。
 また、岸首相は人事院の改組にも積極的な見解を述べているが、別にこれは今日よくいわれるような労働基本権の付与との引き替え、リンケージとかそういうことではない。公務員に労働基本権は付与することはしないで人事院を縮小・改組するという政策である。リンケージは組合側の発想である。後述する、倉石ILO問題世話人会代表と社会党との窓口折衝で38年の1月組合側から公務員に団体交渉を認めることを条件に総理府に人事局を設けることを受け入れるとしたことにはじまる発想だろう。
 労働省の政策がプロレーバー的色彩が濃いとしても政府においてはILO条約批准によって公務員に労働基本権を付与するという発想は初めから全くなかったし、それをやる義務など課されているわけでは全くない。
 
 前回仲裁裁定完全実施の慣行を確立させた昭和32年岸信介首相-鈴木茂三郎社会党委員長会談、政府自民党と社会党の合意による政治決着が労働組合を増長させる要因になったと述べましたが、これはILO提訴の前の事柄だからILO問題は関係ない。
 労働省のプロレーバー政策を石田博英官房長官の強力な説得により岸首相が追認したものである。要するに社会党とつるんだ合意というものは、石田氏個人の政治力によるところが大きいと考える。『石田労政』によると石田氏は「仲裁裁定の完全実施ををきめた時は、三日ほど池田蔵相に口をきいてもらえなかった」と述懐しているように、石田官房長官主導の政治判断については財政当局は不満があったことを看取することができる。
 岸内閣の方針は、仲裁裁定完全実施というアメを与えつつ、労働組合の違法行為には厳格に対処するというムチをともなうものだったということは、32年6月の岸内閣6月改造で石田官房長官が労相に就任し衆院社労委で「今後とも仲裁裁定については責任をもって対処したい。しかし労組の違法行為に対しては峻厳な態度をもって一貫する」としていることで明らかである。
 その趣旨は仲裁裁定は実施するから違法行為はやめさせ、労働運動の健全な発展と言うことになろうが、しかし、そんなものはしょせん幻想に過ぎなかったのである。
 社会党は安保闘争の集団行動で自信を強め昭和35年11月20日の総選挙で議席倍増により再び社会党の指導下で集団行動が再起することを期待していた。同年公務員共闘が発足した。国と地方公務員、教員の大衆的共闘組織が強化され安保闘争とも連動し、公務員共闘は数次の時限ストを行っているが、人事院勧告が12・5%引き上げという高率ベア勧告となった。闘争で味をしめていることになる。
 昭和35年10月に総評は、スト権奪還特別委員会を設置した。スト権は直接の標的ではなく窮極の目標であるとしても、ILO87号条約批准問題で組合側に譲歩を促し、組合活動に制限を加える法改正に反対していくための戦略とみることもできる。しかし、総選挙で社会党の議席は伸びず保革の議席の割合は変わらなかったのであり、国内政治だけで組合側に譲歩を迫ることはできなかった。
 そこでスト権奪還特別委員会はILO闘争を強化して、ILOに提訴するナショナル・ユニオンを支援した。国公共闘の申し立てからはじまり、日教組、国労、自治労が続いた。
 ここに至ってILO提訴の趣旨は変質した。1960年代は国際的にも公務員の労度運動が高揚した時期とされるが、公務員法制という国制の根幹にかかわる政策を国際機関への提訴によって圧力をかけ問題の解決を延引させることにより日本政府への制裁を期待し、政府を困らせて泥沼にはめてしまおうという悪質なものになっていった。
 そもそも89号条約条約批准の発端は労働組合員の役員選出の制限(公労法4条3項、地公労法5条3項)が労働組合権を否認しているという提訴からはじまり、労働省当局が推進した第一の目的は公労法4条3項、地公労法5条3項の削除であったことは第1回に述べたとおりであり、当初は批准にあたって公務員は考えなくてよいということだった。
 それが、87条約批准とは直接関係ない事柄である、公務員のスト権、団体協約締結権にまで提訴の内容が拡大していったのである。
 
 昭和38年までにILOに申し立てられた数は厖大なものになったが、鈴木伸一(人事院研修審議室参事官、筑波大学社会工学系教授を歴任)の論文によると次の15項目を列挙している。

(1)労働組合の組合員資格及び役員選出に対する制限(公労法、地公労法)

(2)スト権否認並びに調停及び仲裁制度の欠陥(公労法、及び地公労法)
(3)管理職員等の結社の権利の否認(公労法及び地公労法 )
(4)団体交渉の否認(地公労法)
(5)警察官、監獄職員といった特定の職務に従事する職員の結社の権利の否認(国公法) 
(6)在籍専従制度の削除
(7)団体交渉(国公法及び地公法)
 ⅰ団体協約締結権の否認(国公法及び地公法)
 ⅱ組合費のチェック・オフに関する団体交渉の法の干渉(地公法)
 ⅲ地方公務員の団結権によってカバーされている諸事柄の規制(地公法)
(8)地公法下の組織の登録と範囲
(9)スト権の否認及び代償的保障の欠如(地公法)
(10)国公法の改正
(11)警職法に関する陳述
(12)国労への干渉行為及び組合への労働者の加入に対する干渉行為
(13)日教組に影響を与えている反組合的差別待遇行為及び組合の否認行為
(14)政府職員で作られた特定組織への干渉行為及び否認行為
(15)自治労加盟組合に対する干渉行為

 池田勇人首相(在任昭和35年7月~39年11月)は87号条約の早期批准を考えていたとされる。自民党では福田赳夫政調会長がILO問題の解決のために倉石忠雄元労相(岸・福田派)を代表とする「ILO世話人会」という非公式な委員会を設けた。倉石忠雄氏は自民党右派とみなされるが、労働政策はリベラルで、岩井総評事務局長とのパイプがあり、社会党との合意による早期批准を目指す独自の立場をとっていた。倉石ILO世話人会代表が主として社会党との窓口折衝を行った。なお、この窓口折衝の幾つかには岩井章総評事務局長と宝樹文彦全逓委員長といった総評のリーダーも参加していた。
 一方、自民党内には文教部会・文教調査会及び治安対策特別委員会に拠っていた、文教・治安関係議員が組合との妥協によるILO問題の解決に強く反対していた。このグループの最有力者である荒木万寿夫文相(池田派)は昭和36年1月20日の会見で、仮に結社の自由委員会が日教組の申し立てに共鳴し日本政府を非難したときはILOを脱退すべきとまで述べた。
 自民党倉石忠雄元労相と社会党河野密議員の窓口折衝が軌道に乗ったのは昭和38年の通常国会であったが、窓口折衝の内容が朝日新聞にスクープ記事としてトップに掲載されたことから幾多の論議を巻き起こすことになった。「倉石問題点」という折衝のなかには、当時文部大臣が会見を拒否していた日教組とのいわゆる中央交渉の問題に触れられていたことから、自民党の文教関係議員の間に強硬な反対論を巻き起こすことになったのである。

 引用・参考文献
 芦村庸介「裁定完全実施に道拓いた岸・鈴木会談の実現」『季刊公企労』70最終号
 鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2
 堀秀夫「ILO八七号条約批准問題(1)「ドライヤー委員会」の思い出」季刊公企労70最終号

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2007/01/28

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(2)

1 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

川西正彦

(3)ストの脅しに屈した昭和30年代の労働政策に対する疑問
  (岸・鈴木会談、池田・太田会談は労働組合に甘い政策判断だと思う)

 前回述べたようにILO87号条約批准問題の発端は昭和33年に機関車労組と、全逓が非解雇役員を抱えていることを理由に当局が交渉に応じないことについてILOに提訴したことにはじまる。労働省当局の関心は職員でなければ組合員にも組合役員にもなれないとする公労法4条3項、地公労法5条3項の削除だけにありILO事務局が当初非現業公務員は考えなくてよいとしていたことから当局は条約批准を安易に考えていた。しかし、倉石忠雄労相(鳩山内閣)がILO総会で批准に前向きな発言を行うと、ILO事務局は掌を返して公務員も適用されると言いだしたため、ILO87号条約批承認案件にともなう関連法の改正案では国家公務員法や地方公務員法も改正や人事院の改組をともなう幅広い内容となった。昭和35年に岸内閣が提出した改正案ではつぎのような規定があった。
(1)管理、監督又は秘密を扱うカテゴリーに属する職員は、一般の職員が結成する組合に加入できないこと
(2)在籍専従は、法律施行後三年間に制限されること。この規定は公労法、地公労法、国公法及び地公法のすべてに設けること。
(3)職員は、違法な組合指令に従うことが禁止されること。
(4)総理府に設置される人事局は、人事院からその主要な機能を引き継ぐこと。
(5)人事院規則で規定している組合の登録に関する事項を法律で規定すること。
(6)国鉄の服務違反に関する罰則は強化すること

 組合側は公労法4条3項、地公労法5条3項の削除については賛成したが、残余の部分の多くは組合活動に制限を科すものであったから、これを批准承認にともなる便乗改悪として反対したため、国会では一度も審議されずに廃案となった。
 鈴木伸一によると公労法4条3項、地公労法5条3項は実質的には空文にひとしくなってから以降、社会党はILO問題の解決が組合の権利を一層制限するにすぎないという理由で、その解決に熱心でなくなったが、社会党は総評は未解決な問題の処理を延引させることでILOの制裁が一層厳しくなることを期待していたと言う。要するに組合側へ譲歩するよう要求を出して解決を延引してごたつくだけごたつかせて、日本政府への風当たりを強くしてILO制裁に期待するという作戦だった。それゆえにこの問題は複雑な政治過程を経ることとなったが、その前に本筋から離れるが昭和30年代の労働政策に私が疑問に思うことがあるのでそれを述べよう。

 昭和32年岸・鈴木会談-仲裁裁定完全実施の慣例化は実力行使の威嚇に屈したように思える

 昭和31年の公労法の改正で同法35条で「政府は仲裁裁定が実施できるようにできるだけ努力しなければならない」ことを法文で明確にしたが、これは明らかにプロレーバーの政策であり労働組合を増長させる要因になったと思う。なぜならば昭和24年公労法制定以後、仲裁裁定は15件に達したが、財政事情から実施されたのは専売の3件のみだった。この明文化は組合の闘争意欲をかきたてるものになったに違いない。公労法改正にともない予算中の給与総額制度に弾力を持たせるため、各公社法の一部改正がなされ、仲裁裁定があった場合、裁定を実施するに必要な金額は、予算の定めるところにより、主務大臣の承認または認可を受け、給与総額を超えて給与として支給することができるとしたのである。
 そこで問題の昭和32年である。これはILO87号条約批准問題の発端となった国鉄の争議行為により国鉄労組及び機関車労組の三役等二十三名を公労法十八条の規定に基づいて解雇されたという事件が起きた年なのですが、この年は春闘方式の2年目で神武景気を背景に労働側が高姿勢だった。その規模は前年を上回る320万人の参加があり、まず官公庁労組が2月中旬から下旬にかけて第一波、第二波の実力行使、炭労が3月7日から48時間スト、3月11日から15日を「高原闘争」として炭労、国労を中心にストライキを集中させた。国労、専売、全電通、全印刷は、前年の11月から12月に公労委に調停申請し、機労、全逓、全林野、全造幣、アル専は32年2月に入って要求を提出した。
 政府は2月、内閣に松浦労相を議長とする「労働問題連絡協議会」を設置、公労協の闘争について「公共企業体労組については、公労法所定の手続きに従って措置し仲裁裁定は尊重する。違法行為に対しては、当局においては厳正な措置をする」ことで対応する方針をとった。いわゆるアメとムチであるが、違法ストの処罰は当然のことだろう。
 公労委の調停は難航した。小倉国鉄副総裁は1200円に上積して解決するならそうして貰いたいという言質をとられた。藤林調停委員長が怒って退席したというのだが、国労の機関紙「国鉄新聞」の3月1日付によると、今国会で公務員は900円の給与改定が行われるため、これに合わせよという圧力が政府・日経連から藤林氏にかかっていたのだという。3月9日の公労委が提示した調停案は基準内賃金を1200円(専売は1100円)増額することとし、電電と郵政については使用者側委員が平均1100円を上回ることを承認されなかったことが少数意見として付記されるといった内容だった。公労協は10日の戦術会議で政府が調停案を受諾して予算措置を講じれば応諾することを公労委に回答した。
 政府は3月11日に官邸に、松浦周太郎労相、中村梅吉法相、水田三喜男通産相、宮澤胤勇運輸相、大久保留次郎行政管理庁長官兼国家公安委員長、石田博英官房長官、倉石忠雄自民党国会対策委員長、平田大蔵次官、斎藤労働次官、伊藤郵政政務次官、石井警察庁長官、公社側から十河国鉄総裁、入間野専売公社総裁、靫電電公社副総裁らが集まって協議したが、1200円の増給を32年度の予算の枠内で実施できるかはさらに検討を要する。1200円の数字の基礎が不明であるということで結論は出なかった。宮沢胤勇運輸相は小倉副総裁秘密書簡で国鉄当局が国労に確約した賃金確定32年1~3月分と3月末の業績手当に要する財源の移流用の了解を大蔵次官に求めたが了解はえられなかった。
 こうした情勢のため総評を中心とした官民労組の統一闘争は3月11日から実施され
国労が2日間にわたり1662箇所の駅、201箇所の客貨車区等で半日職場大会、遵法闘争を実施したため、大量の列車運休遅延を出し全国的に大混乱した。
 社会党は11日政府に対し「調停案を受諾せよ」との申し入れを行うとともに、政府・労組間の斡旋に乗り出した。
  政府は11日午後院内大臣室で、岸首相、池田蔵相、松浦労相、石田官房長官らが対策を協議した結果「公労協の実力行使を回避するため、公労協に対して時期をみて仲裁裁定を申請する」方針を決定し、同夜開かれた岸首相ら政府首脳と社会党浅沼書記長との会談で19日、20日に予定されている国労などの第四波実力行使を回避するため努力することで意見の一致をみた。
  ところが12日の閣議及び同日夕刻の労働関係閣僚懇談会では、「調停案の拒否理由や、仲裁裁定がなされた場合の態度については検討を要する」との態度をとったため、公労協は仲裁裁定を故意に遅らせているとして16日に第三.五波の実力行使を設定した。
 社会党は緊急国対会議を開き「仲裁裁定は4月1日から実施するよう、政府が確約する以外官公労の第四波を避ける方法はない」との態度を決定、14日に横路節雄国会対策委員長、池田禎二代議士らが石田博英官房長官と会見、15日に岸信介首相と鈴木茂三郎社会党委員長との会談を開くことを申し入れ、自民党、運輸省、国鉄総裁との折衝を開始した。
 政府は14日の次官会議、15日の閣議で各調停案を拒否して仲裁申請を行う方針を決定、石田官房長官は「仲裁裁定については公労法の精神にのっとり誠意をもってこれを尊重する。この際労使とも静かに仲裁裁定を待つことを希望する」との談話を発表。 16日午前零時20分~45分に岸・鈴木会談が首相官邸で開かれた、政府側は岸首相、松浦労相、石田官房長官、社会党は鈴木委員長、浅沼書記長、横路国対委員長、池田禎二代議士らが出席、会談後石田官房長官と浅沼書記長が共同発表を行った。
 石田官房長官は「社会党から仲裁裁定を尊重するとの申し入れがあったがこれは総理も今までにしばしば述べたところで、異論がないと回答した。また、政府機関を通じて下部に徹底せよとの申し入れもあったが、あらためて田中副長官をして徹底するよう答えた。‥‥争議の解決にあたり責任者の処分をしないとの申し入れについては慎重に考慮すると答えた」と述べた。
 浅沼書記長は「岸首相から仲裁裁定については誠意をもって尊重し、その実現のため努力すると述べられた」とした。
 この会談を受け公労協は実力行使回避に動いた。国労は年度末手当0.31月分と賃金確定にかえての一時金を3月22日に支給することで了解したが、しかしこの妥結は大蔵省の了解をえておらず、23日に支給困難となったため国労は午後から抜き打ち職場大会に入り、東京管内の主要線が運行困難となり、運輸大臣が午後3時50分に国鉄総裁に業績手当の支払いを命じ収拾されたが、ダイヤは終日乱れ、翌朝まで乗客の騒動が続く始末だった。
 この岸-鈴木会談は仲裁裁定の完全実施を定着させたものと評価されている。例えば全逓の宝樹委員長が「仲裁裁定の完全実施は英断だった」としているように公労協側の獲得物は大きかった(会談をお膳立てしたキーパーソンは石田博英官房長官だった。岸首相を説得したのが石田長官といわれている)。しかし、にもかかわらず、違法行為は続けられたし、安保闘争の集団行動で自信をつけた社会党、総評はスト権奪還のためのILO闘争を方針とするなどエスカレートしていった。岸-鈴木会談は客観的にみると第四波の実力行使を回避するための政治決着で、間欠ストの続行という脅しは相当にきいているとみることができるし、結果論として労働組合にアメを与え増長させる要因となったと思うからこの政策判断を疑問に思う。
 仲裁裁定完全実施定着の「立役者」石田博英氏は労働大臣就任4度に及ぶが、石田労政の組合に好意的な政策は日経連からも批判されている。昭和36年の春闘において、公労協が3月31日に半日ストを構えたが、石田労相はストを止めてもらうために、職権により公労委に仲裁請求を行った。
 その結果、公労委の定昇別10%(林野、アル専は12%)平均2300円の賃上げになったが、その後に妥結した民間の組合の賃上げも大幅で、結局この年の春闘相場は約3000円という大幅なものになったのである。
日経連の前田専務理事は「この大幅な賃上げは経営者の屈服賃金であり、その原因は人事院勧告ならびに公労委の仲裁裁定にある。公労協のスト宣言は法秩序の挑戦であるが、政府がこれに対し、調停段階をとばして仲裁請求を行ったことは、ストの圧力に屈して事なかれ主義に陥ったものだ」としているが、私もそのとおりだと思う。

 昭和39年池田・太田会談-民賃準拠ルールの確立 史上空前「陸海空統一スト」の脅しに屈した池田首相
 
39年春闘で総評はヨーロッパ並高賃金の獲得、大幅賃上げを目標にし、その前年に総評の太田薫議長、岩井章事務局長は高原闘争で執拗に闘う、25~30%賃上げをぶちあげていたが、4月17日に史上空前の「陸・海・空統一ストライキ」を構えた。これは公務員は日教組・自治労など5単産、公労協は国労・動力車・全逓・全電通など9単産、民間は私鉄など24単産386万人が17日に概ね半日以上一斉にストに突入するものだった。

 公労協は4月4日に「スト宣言」、大橋武夫労相は違法ストに対する反省を促すとともに各当局もそれぞれ警告を出したが、組合側は無視、国労は7日に全国35線区のスト実施地区を明らかにし、「ストダイヤ」を発表した。右派系組合員・共産党系組合はストに反対した。マスコミはこれを大々的に報道し固唾を呑んで事態の推移を見守ったが、池田勇人首相(この年の11月に喉頭癌の前がん症状で辞任)が事態の収拾に乗りだし15日に総評太田議長との直接会談でスト回避を説得することを決定し、NHKテレビに出て政府の立場を国民に説明するパフォーマンスをやってのけた。
 このお膳立てに奔走したのが池田番の政治記者だった田中六助氏(後の通産大臣・幹事長)とされる。
 16日午前9時40分総理官邸において、池田勇人首相、黒金泰美官房長官と太田総評議長、岩井事務局長、安垣政治局長が出席した行われた会談では、次の二点を文書で確認した。

1公共企業体と民間企業との賃金格差は、公労委が賃金問題を処理するに当たって、当然考慮すべき法律上の義務である。従って公労委における調停等の場を通じて、労使ともにこの是正に努力するものとする。
2公労委の決定についてはこれを尊重する。

 このほか、住宅、義務教育費などの負担問題、労働災害問題、公労委の組織、運営、公企体のありかた、最低賃金問題で首相が見解を述べ総評側が了承した。

 会談のなかで、池田首相は「私が一番申し上げたいことはストライキを止めてほしいということだ」云々と切り出し、太田氏が「明日のストライキを延期するよう努力するつもり」と答えたというのが会談の内容だった。こういう会談の設定は組合側に有利なのである。ストを止めてもらわないと首相のメンツを潰すことになるから、メンツを潰されないようにするため組合側にアメを与えなければならないからである。

 この会談により事態は収拾され17日のストは小規模のものになった。マスコミ・世論は史上空前のストを止めた首相に好意的だったが、その代償は大きかったと思う。5月19日に国鉄・林野9.5% 、郵政7.5%、電電・専売6.5%、平均2209円賃上げの仲裁裁定が出された。これは兼子公労委委員長の談話によると「民間賃金の引上げ趨勢がおおむね明らかになってきたので、これを裁定の内容に反映させた」としている。
 以後これが先例となって公企体等の春の賃上げについては、まず公労委の調停の中で、民間の春闘の賃上げを反映すべく努力がなされ、その上に立って仲裁裁定が出されることになった。いわゆる民間賃金準拠原則が確立されたのである。
 ストで脅した結果の組合側の獲得物は大きかった。民間並の生産性を有し、企業としての業績をあげているなら別だが、民賃準拠ルールを与えたことは今日的観点からすれば疑問に思える。またまた組合にアメを与える結果となったのである。
 池田・太田会談に対しては日経連あたりから、強盗が玄関の前に立っていて、中に入れてくれと言っておるのに戸をあけたようなものとの非難があり、自民党反主流派も批判していた。
 しかも、このことは非現業公務員の給与問題にまで波及したのである。社会党に公企体職員と非現業公務員の不均衡な給与政策、公企体には財政的に苦しくても仲裁裁定は完全実施できるのに人事院勧告は完全実施できないのかと政府を攻撃する口実を与えることになった(昭和29年から昭和34年まで人事院のベースアップ勧告は留保され、報告のみがなされていた。給与を決定すべき諸条件に幾多の不確定な要因を含んでいる現段階において単なる民間給与との較差をもって俸給表の改正を行うことは当を得た措置ではないとしていたのである。ところが昭和35年に春闘相場を上回る12.4%の給与改定を勧告した。これは調査時点を3月から春闘相場が反映する4月に変更したことと、ラスパイレス方式を採用したことによる。以後の人事院勧告は高率ベア勧告になるが、政策上の理由で昭和45年まで完全実施は見送られていた)。
 
 以上、私は昭和30年代の政策、その時期は労働運動の高揚期であったにせよ、岸-鈴木会談、池田-太田会談の政策判断を疑問とするものである。結局ストライキの圧力に政府は屈している。昭和32年に仲裁裁定完全実施慣行が成立し、39年に民賃準拠ルールが確立したのは、ストで脅して政府の政策を縛ることに成功したのである。結果、公共企業体はその生産性に釣り合わないレーバーコストを抱え込むことになったのではないか。公共企業体の組合にアメを与えて国鉄などの業績が良くなったいえるだろうか。そういうことはなかったわけである。スト権を付与することに慎重にならざるをえないのはこうした教訓にもよるものである。

引用参考文献
鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2
芦村庸介「裁定完全実施に道拓いた岸・鈴木会談の実現」『季刊公企労』70最終号
渡邊健二「池田・太田会談(1)民賃準拠の原則確立」『季刊公企労』70最終号
堀秀夫「池田・太田会談(2)労働事務次官の立場から」『季刊公企労』70最終号

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2007/01/21

ILO87号条約批准問題をめぐる政策決定過程の問題点(1)

(公務員労働基本権付与に反対シリーズその1)

 要旨

1-ILO87号条約は98号条約のような公務員の適用除外規定はないが、この点につきILO事務局は日本政府労働省国際労働課長の求めた確認に対し、公務員は考えなくて差しつかえないとしていたにもかかわらず、ILO総会で倉石忠雄労相が条約批准に前向きな発言を行うと、掌を返して、公務員も当然適用されるものと言い出した。日本政府をだましたのである。外交上非礼であり許せない。

2-昭和38年6月25日衆議院国際労働条約87号条約等特別委員会の大橋武夫労相の答弁に代わった堀秀夫政府委員(労政局長)は、明確にILO87号条約は争議権を取り扱うものではないと答弁しており、条約批准にともなって、政府には公務員に基本権を付与するとかそういう考えは当初から全くなかった。それが条約批准の趣旨でもないことはいうまでもない。

川西正彦

はじめに

 現在、行政改革推進本部専門調査会で検討されている公務員の労働基本権付与について私は全面的に反対ですが、この問題が持ち上がっているひとつの理由は、ILO(結社の自由委員会)における公務員制度案件により、労働組合側から政府に圧力がかかっていることにあります。その経緯の概略は、12月の会議の資料のhttp://www.gyoukaku.go.jp/senmon/dai5/siryou2.pdfの5頁以下にありますが、平成13年12月25日の「公務員制度改革大綱」の閣議決定が労働基本権の制約を維持したまま、能力・実績主義の新たな人事制度を導入する方針としたことから、平成14年の2月と3月に連合、全労連がILO(結社の自由委員会)に提訴し、同年11月と15年6月と18年3月に6月ILO理事会にて結社の自由委員会報告書を採択され、14年11月のものでは、「公務員の労働基本権に対する現行の制約を維持するとの考えを再考すべき」「法令を改正し、結社の自由の原則と調和させる見地から、全ての関係者と率直かつ有意義な協議を速やかに行うこと」「これらの協議は、日本の法令及び又は慣行が第87号条約及び98号条約の規程に反している、国の行政に直接従事しない公務員への団体交渉権及びストライキ権の付与など6事項の論点について特に扱うべきである」、15年6月のものは「協議は、公務員への団体交渉権及び団体協約権の締結の保障、ストライキ権の付与など5事項の論点について特に扱うべきである」としていることである。
 要するに組合がILOに申し立てを行い、外圧を利用して政策変更を迫る1950~60年代に頻繁になされていた闘争手段である。私はILOを利用した闘争、及びILOそのものにも不快感をもっているが、政府はこうしたいちゃもんに対して適切な対処ができず、ずるずると労働基本権付与について検討するところまで譲歩してしまったことは甚だ遺憾であるが、過ぎてしまったことはしかたがないから、こうした外圧に屈しないよう反論を具体的に述べて生きたい。そこで、ひとつの題材としてILO87号条約批准の政策決定過程の問題点をとりあげたい。
 
 昭和30年代のILO87号条約批准問題の概略

(1)拙劣な政策決定--ILO総会倉石忠雄労相のフライング発言の背景---ILOにだまされた日本政府当局---

 ILO87号条約(結社の自由・団結権の擁護に関する条約-1948ILO総会採択)にともなう関連法改正は5度審議未了で廃案になり、7~8年ほどの複雑な政治過程を経てドライヤー委員会の現地調査と、ジュネーブにおける証人喚問というすったもんだのあげく、昭和40年通常国会で改正案中の問題点は棚上げ、公務員制度審議会の審議に委ねるなどとした船田中衆院議長斡旋案を受け入れることでようやく成立したというものであった。
 87号条約というのは労使おのおのによる団体設立・加入の自由、労使の各団体の代表者選任の自由、これらの団体の行政権限による解散からの自由を定めたものであるが、条約批准の経緯の発端は昭和32年の春闘に際して国鉄関係労組の役員の解雇処分と団交拒否問題が起こり、33年に機関車労組(後の動労)と全逓が総評と連名でILOに対し、非解雇役員を抱えていることを理由に当局が交渉に応じないことについて申し立てを行ったことである。これは179号事件として一括処理された。
 当時、公労法17条の争議禁止規定に違反して、18条により組合幹部が次々と解雇されていたが、公労法4条3項により職員でなければ組合員にも組合役員にもなれないことになっていた。組合委員長がクビになると法律上委員長なしの組合になり、その委員長名の組合文書は無効だということで、当局は受理を拒む、いきおい入口で形式上の感情的な争いとなり、肝心の問題は少しも解決しないという問題があったのである(註1)。発端は公労法4条3項の問題だけだった。
 昭和31年当時、労働省労政課長だった中西實(後に事務次官・公労委会長)昭和31年の公労法改正で4条3項を削除したかったが、それができなかったのは自民党の政調会では「四条三項を削除したら無責任な組合役員が外から入って来ては大変だ。」という声が強かったためであり、それを悔やんでいた。しかし87号条約を批准すると否応なしに、4条3項を削除せざるをえなくなるため、事務次官になってから条約批准を労政局に検討させたと述べている(註1)。要するに中西實はプロレーバーとみられるが、自民党の反対派議員を抑えて国内法を改正する外圧として利用するために批准するというのが労働省当局の動機だった。ただそれだけなのである。それが発端だったのにこれだけ大きな問題になったのは次のような拙劣な政策決定があったことにもよる。
 中西實によると既に批准ずみだった98号条約(団結権及び団体交渉権の適用に関する条約)が公務員の適用除外規定があるので国内法にふれないのに対し、87号条約は公務員の適用除外規定がないので政府当局批准を見送っていたと述べている。しかし中西實は事務次官となり、ILO理事会から帰ってきた飼手眞吾審議官(後のILO東京支局長)より「ILOでは結社の自由を極めて重視しており、特に結社の自由委員会を設けているほどで、ILO八七号条約の批准国が増えるのを期待している」という報告をうけた。そこで宮本一朗国際労働課長を二度ILO事務局に派遣して87号条約と公務員の関係で確認をとったところ、条約批准国のなかには公務員を除いている国もあるから一般公務員については考えなくても差しつかえないということだったので、「この条約を批准するのですか」とためらっていた倉石忠雄労相を中西實事務次官が説得して了承してもらったということである(註1)。
 その後、ILO総会で倉石労相は「日本は87号条約の批准につき考慮中」という前向きな発言を行うと、ILO事務局は掌を返すようにして一般公務員にも当然適用されるべきものと言い出したのである。中西はこう言ってます「ところが、ILO事務局はその後になって八七号条約は公務員にも当然適用されるべきものだと言い出した。こちらの確かめ方も悪かったのかも知れないがILO事務局なんていい加減なものだ」(註1)。いい加減なもんだじゃすまされない重大な問題だと思います。いわば政府当局はILO事務局に騙されたことになる。騙すほうも悪いが騙される労働省当局の政策決定も拙劣なものだというほかない。そんなことで労働省だけで処理できる問題ではなくなった。果たして、人事院はじめ各省から反対の火の手があがった。そのため87号条約批准問題で延々遅くまで議論するという異例の長時間事務次官会議となったというが、結果的に倉石労相のILO総会の発言はフライング発言になった。これは労働省だけで独断専行できる案件ではなく、実質的に事務次官会議で承認されていない案件だった。倉石労相は国内法改正は小幅ですみ、一般公務員の法改正まで影響は及ばないと事務次官から説明されていたから了承したのであって、国家公務員法や地方公務員法にまで影響が及ぶとは考えていなかったはずだからである。
 以上のような経緯があり、政府は労働大臣の諮問機関である労働問題懇談会に批准の可否を諮問し、87号条約は批准すべきである。公労法4条3項、地公労法5条3項は削除すべきである。労使関係法全般についても再検討するとの答申を昭和34年2月に得たので、35年4月岸内閣は、同条約の批准の国内法整備の関係国内法改正案を提出したが、この最初の法案は問題の発端となった公労法、地公労法の改正だけでなく、国家公務員法、地方公務員法、鉄道営業法の改正が含まれていた。この最初の法案には「職員は違法な組合指令に従うことを禁止されること」「国鉄の服務違反の罰則は、強化すること」といった公共部門の組合活動に制限を科す内容が含まれており、野党側が87号条約批准に便乗した改悪であるとして強く反対し一度も審議されず、廃案となり、安保闘争のあおりで岸首相は辞職した。
 問題の発端からこのへんの経緯は、具体的に国会の議事録を引用したほうがわかりやすいかもしれません。自民党の森山欽司委員が鋭い質問をしているので引用したいと思います。森山欽司氏は「リベラル色の濃い三木派の中では珍しくタカ派。1950年代から、教育正常化運動の先頭に立ち、日教組と激しく対立した。地元の栃木県における日教組の組織率は、全国で最低水準となった。1960年の、郵政政務次官時代には、違法ストに対し厳正な処分で応じ、郵政当局の労務政策を転換させた。‥‥1979年には全逓の生産性向上運動反対闘争(いわゆる“反マル生闘争”)に対し、自民党労働問題調査会会長として、解雇を含む組合員の大量処分に主導的な役割を果たした。同年、運輸大臣として、所管の日本船舶振興会の笹川良一会長や全日空の安西正道社長に引退を勧告し、実力次官といわれた住田正二を在任1年で更迭、カラ出張による不正経理が発覚した鉄建公団の川島廣守総裁ら5理事を更迭するなど首切り欽司の異名をとった」とウィキペディアにあるようにかなり厳しい政治家だったようだ。地味だが実績のある政治家で、今日こういうタイプの政治家が少なくなっているように思います。

 (2)参考資料-昭和38年6月25日国際労働条約八七号条約等特別委員会議事録抜粋

要旨 昭和38年6月25日国際労働条約八七号条約等特別委員会の森山欽司委員の質問に対し堀秀夫政府委員(労政局長)は、明確にILO87号条約は争議権を取り扱うものではないと答弁しており、条約批准にともなって、公務員に基本権を付与するとかそういう考えははじめからなかった。それは条約批准の趣旨であるはずがない。(参考資料の赤字部分です)

043回国会 国際労働条約第87号等特別委員会 第3号
昭和三十八年六月二十五日(火曜日)
   午後二時十四分開議
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/043/0002/04306250002003c.html

質問者 自民党森山欽司委員
答弁者 大橋武夫労働大臣
答弁している政府委員 
労働事務官(労政局長)堀秀夫
公安調査庁長官 齋藤三郎

○小笠委員長代理 これより会議を開きます。
 委員長が本日所用のため出席できませんので、委員長の指名によりまして、私がかわって委員長の職務を行なうこととなりましたから、よろしくお願いいたします。
 結社の自由及び団結権の保護に関する条約(第八十七号)の締結について承認を求めるの件、公共企業体等労働関係法の一部を改正する法律案、地方公営企業労働関係法の一部を改正する法律案、国家公務員法の一部を改正する法律案及び地方公務員法の一部を改正する法律案の各案件を一括議題とし、質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、これを許します。森山欽司君。
○森山委員 ILO八十七号条約及び関係国内法案が国会に提出されましたのは、昭和三十五年四月二十八日の第三十四回通常国会でございました。今日は昭和三十八年六月二十五日、法案が提出されましてからまさに満三年余を経過して、国会は四十三国会になっておりまして、十国会目で与野党の質疑に入り、審査がようやく軌道に乗るようになったわけでございます。この法案が提出されるまでの経過を加えてみますと、おそらく六年越しの懸案であろうかと思っておるわけでございますが、問題が起こりましてから、さらにまた法案が提出されましてから、相当長時日を経過しておりますので、この法案の内容の理解ということについて、私ども必ずしも十分でない情勢にあろうかと思います。
 そこで私は、まずこういうILO八十七号条約及び関係国内法案が提出されるに至りました問題の発端、事の起こりは何であったか。この条約の批准自体は、わが国における結社の自由が憲法その他の法律によって保障されておるのでありますけれども、さらに国際労働条約の水準まで高めるというふうに理解はいたしておりますものの、しかし、そういう筋だけではなくして、事の起こり、問題の発端ということについて、政府側の説明を伺いたいと思います。
○大橋国務大臣 私の就任前の古いこともございますので、答弁の正確を期する意味で政府委員からお答えさせていただきます。
○堀政府委員 ILO八十七号条約の問題が取り上げられましたのは、御承知のように、この条約は昭和二十三年のILO総会において採択されたものでございます。そこで、国内的にその経緯を申し上げますと、昭和三十二年、四十回のILO総会におきまして、日本の国内の諸組合からの提訴等がありまして、その問題がILO総会において取り上げられたのでありますが、政府におきましても、問題の重要性にかんがみまして、同年九月、ILO八十七号条約の批准の可否につきまして、労働問題懇談会を労働省に設置いたしまして、これに諮問したのであります。
 この懇談会は、昭和三十四年二月十八日、政府に対しまして次のような答申を行ないました。それは、
 ILO八十七号条約は批准すべきものである。右条約を批准するためには、公労法四条三項、地公労法五条三項等を廃止しなければならない。この廃止にあたっては、関係諸法規等についての必要な措置を考慮する。要は、労使関係を安定し、業務の正常な運営を確保することにあるので、関係労使が国内法規を順守し、よき労働慣行の確立につとめることが必要である。
 以上のような要点を内容といたしますところの答申を政府に対して行なったのであります。政府はこれを受けまして、昭和三十四年二月二十日の閣議におきまして、
 八十七号条約を批准するとともに、これに伴いまするところの公労法四条三項、地公労法五条三項の廃止にあたりましては、業務の正常な運営を確保するために関係諸法規について所要の改正を行なう、これらの措置を講じた後、条約批准の手続をとるものとする。
 まだそのほか細目はございまするが、以上のようなことを骨子といたしまする閣議決定をいたしました。それに基づきまして法案の提出に至ったわけでございます。
 大体、国内的にILOの批准問題が脚光を浴びるに至りましたのは以上のような経緯でございまして、その後、ただいま先生お話しのように、国会に関係法案を提出いたしましたが、そのつど審議未了になるというようなことで今日に至っておるわけでございます。
○森山委員 私がお伺いしているのは、法案作成に至るまでのそういう立法的な準備段階の話を伺っているのではなくして、先ほどお話がありましたように、昭和三十二年にILOに組合のほうから提訴された。一体どういうことを提訴したのだということであります。そして、自来今日まで、ILOにおいてこの条約を批准した国は六十一カ国あるというふうに聞いておりますが、その中で特に日本の問題が大きく取り上げられてきた。また、国内的にも、この問題が早急な解決を望まれながら、難渋をしておった大きな問題であった。そのことは一体何であるかということを、もう少し明確にしていただきたいと思います。
○堀政府委員 先ほど私がちょっと簡単に申し上げたのでございますが、国内の労働組合におきましてILOに対して申し立てをいたしましたのは、当時の機関も労組及び全逓でございます。機関車労組は、昭和三十二年の春の賃金引き上げをめぐる紛争に際しまして、公労法に違反して争議行為を行なったので、国鉄当局は、その責任者として組合の役員を解雇したのでありますが、これらの組合は、この被解雇者を事実上の役員としてとどめたのであります。国鉄当局は、これに対しまして、公労法四条三項の規定に抵触するものとして、機関車労働組合及び同じような事態のありました国鉄労働組合との団体交渉に応じないこととしたのでありますが、機関車労組は、昭和三十三年の四月、ILOに対しまして、公労法四条三項は労働組合権を侵害するものである、こういう申し立てを行なったのであります。
 次に、郵政関係につきましては、昭和三十三年春の賃上げの紛争に際しまして、同じく公労法違反の争議行為を行なった全逓労組の役員を解雇したのでありますが、全逓労組がこれらの被解雇者を事実上役員としてとどめたので、郵政当局は、やはり団体交渉に応じなかったのであります。これに対して、全逓労組もまたILOに対して申し立てを行なった、こういうことになっておるのであります。
 その後、同じくこれらの問題につきまして、現在までILO結社の自由委員会において審議されておりますこの日本に関する事件、これは百七十九号事件と一括して呼ばれておるのでありますが、国内の組合としては総評、機労、全逓、日教組、国公共闘、国労、自治労、それから国際組合といたしましては、国際自由労連、国際運輸労連、国際郵便電信電話労連、国際公務員連合、国際自由教員連合、こういうような各組合から申し立てが行なわれておるのであります。
 これらの申し立てを大別いたしますると、一つは当局側の労働組合権侵害の具体的な事実を訴えておるわけでございます。それから第二には、先ほど申し上げましたように、公労法四条三項に違反しておるというような問題、その他法律上の問題につきまして、法律制度が八十七号に違反しておるというような点につきましての申し立てがなされておるわけでございます。
 以上が、大体今日までILOにおいて八十七号関係をめぐりましていろいろな審議が行なわれておる発端になった問題でございます。
○森山委員 ですから、初めから、この事の起こりは、昭和三十二年の春に国鉄や郵便などの公共企業体の組合が違法な争議行為を行なったことだ、そういうことから問題が起きたのだということをはっきりお話ししていただければけっこうだったんです。
 昭和三十二年のいわゆる春闘におきましては、各企業で、法の禁止に違反して争議行為が行なわれた。国鉄は一番激しかったのでありまして、勤務時間内の職場大会や、順法闘争などと称する争議行為が繰り返して行なわれました。その結果、汽車や電車は運休となったり、おくれたりしたものが全国で何千本も出ました。通勤者や旅行者が大きな迷惑をこうむったことはもちろん、生産者が出荷ができなかったり、送った荷物が途中で滞ったり、生鮮食料品で腐るものが出る。国民大衆の受けた有形無形の損害はばく大なものであった。こういう状態に対して、国鉄当局が、当然の措置として、違法行為の責任者である国鉄労組及び機関車労組の三役等二十三名を公労法十八条の規定に基づいて解雇した、そういうことが問題の起こりであったのだということを、この審議を始める前に明確にしておく必要があろうと私は思うのであります。
 また、全逓の場合におきましても、昭和三十三年の春闘におきまして、郵便事業の職員の組合である全逓労組が、公労法の禁止に違反して違法な争議行為を行なった。その結果、三役を含む七名を解雇したのをはじめ、多数の者が処分を受けた。このときの全逓労組の争議行為は、みずから公労委に調停を申請しておきながら、調停案を自分たちの組合に有利にするために公労委に圧力をかけると称して行なわれた言語道断なものであった。この争議の結果、何十万という郵便や小包が最高十日から一週間もおくれ、国民が非常な迷惑をこうむった。特に就職や入学試験の通知が届かなかったためにせっかくの就職の機会を失ったり、入学ができなかったというような事態が生じたことは、人道問題とさえいえるのであります。こういう違法なる行為に対して、郵政当局が三役の解雇その他の処分を行なったことは、当然過ぎるほど当然の事態である。にもかかわらず、それらの解雇されましたところの組合幹部が、従来の組合の役職に居直る。それは公労法に違反する。その結果、団交拒否というようなことになり、裁判にも出したが、裁判に本、負けてしまった。なかなか話がつかない。中途に公労委のほうからあっせん案が出てまいりました。そのあっせん案によって当面の収拾はしたが、機関車労組あるいは全逓等は、ついにこれを国際舞台に持ち出した。自分たちの違法な争議行為を海外に持ち出して、海外の援助を請うてみずからの立場を合法化しようとしたのがこのILO八十七号条約の問題の発端ではなかったかと私は思うのです。これに対する労働大臣の一所見を伺いたい。
○大橋国務大臣 どういうふうに考えるべきか、私といたしましては、このILO条約は日本がILOに加盟をいたしておりまする以上は、ILOの基本的な原則を示しておる条約でございまするので、これに加盟をするように日本としては取り運んでまいりますということは、これは加盟当時から当然のことではなかろうかと思うのでございます。むろんこのILOの加盟問題が、国内問題としていろいろな経緯をとってまいっておりますその間におきましては、御指摘のように、国内労働組合の法規違反の事柄がILOに提訴され、これらがいろいろILO問題について国内に反映をいたしておるということも十分に認めることができるのでございますが、ともかくILO条約の批准ということの根本は、日本がILOに加盟をいたした当時からの基本的な問題でありますし、またこれに加盟するということが、日本の国内の労使間の将来のために好影響をもたらすものと確信をいたす次第でございます。
○森山委員 労働大臣が言われようとすることは、問題の発端は違法な争議行為であった、それについてその違法な状態を打開する道がない、その窮地を打開するために組合は海外に援助を求めた、それがILO八十七号条約の問題の発端であったということはお認めになるが、しかし、今回ILO八十七号条約を批准しようとするのは、そういう違法な行為を是認するというような考え方は毛頭なく、ILO八十七号の本来の趣旨に沿って結社の自由というものを――これはわが国においては憲法でも、あるいは関係法律においても十分保障されておるが、さらに国際労働条約の線にまでその水準を高めようというのが今回の御提案の趣旨である、こういうふうに理解をしてよろしゅうございますか。
○大橋国務大臣 まさに私のお答え申し上げたいと思いましたことを、私以上に明快にお話しがございました次第でございます。
○森山委員 ということでございますならば、この八十七号条約及び関係法案の御提案の趣旨は了解するにやぶさかではないのでございます。そしてまた、これらの問題については、昨日も提案理由の説明におきまして関係者大臣からお話しがございました。
 ただ、この八十七号条約の批准と関係法律案の提出につきまして、世上、特に急進政党の方々並びにわが国言論界及び文化人の一部から、これをもって便乗改正であるというような意見を述べる者があるのでございます。これについて労働大臣はどういう御見解を持っておられるか。便乗と考えておるのであるか、あるいは、便乗ではない、こうやることが当然のことであるとお考えになっておるのか。この辺の事情について御説明を願いたい。
○大橋国務大臣 ILO条約批准に伴います関係法案は、自由にして民主的な労働組合の発展を期するという労働政策の基本的立場に基づくものでございまして、特にILO条約の趣旨に抵触する国内法の規定を改めますほか、ILO条約の趣旨、精神であります労使団体の自主運営、相互不介入の原則をより一そうよく実現するための改正をいたしますとともに、公務員、公共企業体の業務の正常な運営を確保するための改正を行なうものなのでございます。したがいまして、これらの国内法の改正は、ILO条約八十七号を批准するに当然必要な最小限度のものでございまして、便乗的なものは毛頭も含んではおりません。現にこのことは、この問題につきまして特に政府が諮問をいたしました労働問題懇談会の答申におきましても、公労法、地公労法の改正のほかにこれらの改正が必要であることを示唆いたしているような次第でございます。
○森山委員 自由にして民主的な労働組合運動の運営を期待するということで国内法規の改正をお考えになったということは、ILO八十七号条約の精神と申しますか、労使団体の自主運営と相互不介入の原則、そういうものを実現するという趣旨でお考えになった。その辺のところはどういうふうになっておりましょうか。
○大橋国務大臣 御質問の趣旨をいま一度お述べいただきたいと存じます。
○森山委員 自由にして民主的な労働運動が伸びていくように国内法規の改正をされたというふうに私はお話を承った。自由にして民主的な労働組合運動、そういうこととILO八十七号条約の精神と申しますか、労使団体の自主運営、相互不介入の原則、そういうものをどういうふうに組み合わしてお考えになっているか、承りたい。
○大橋国務大臣 今回の国内法の改正は、八十七号条約を批准するに際しまして、同条約に抵触する規定を改めますとともに、公務員、公共企業体の業務の正常な運営を確保するための整備を行なう。このほか同条約の趣旨、精神をより一そう実現するために改正をするという考えで立案をいたしたものでございます。しかしながら、ILO条約の趣旨とする労使団体の自主運営、相互不介入の原則が、わが国の労使関係に十分取り入れられているかどうかはなお問題のあるところでございまして、この点検討を要しますことは、同条約の批准に関して行なわれました労働問題懇談会の答申にも指摘せられてあるところでありますので、これらの原則がわが国の労使関係に十分取り入れられますよう、今後とも検討を続けてまいりたいと存じます。
○森山委員 そうすると、関連国内法規は、わが国の労働組合運動の正常な発展とILO八十七号条約の精神である労使団体の自主運営、相互不介入の原則を実現するという二つの目的をもちまして国内法の改正をはかられた、こういうふうに理解をしてよろしいわけでございますね。
○大橋国務大臣 さようでございます。
○森山委員 そして、この労使団体の自主運営、相互不介入の原則を実現するために関係国内法を検討されるというお話がございましたが、今回の改正でこれらの原則は十分わが国の運動に取り入れられることになるのかどうかということになりますと、先ほど大臣のお話だと、まだ十分じゃない、だから一そう検討を進めたいということですが、この線に沿って将来国内関係法を改正するというお考えをお持ちでございますか。
○大橋国務大臣 さしあたり法規の改正につきまして今後のスケジュールとして具体的なものを持ち合わしている次第ではございません。しかしながら、わが国の労働運動の今日までの実情を考えまして、今回の法令の改廃だけによって申し分のない状況に直ちになるというようなことを考えることはいかがかと存じまして、この上とも日本の労働運動の健全な発展のために努力をいたすべきものではないか、かように存じておるところでございます。
○森山委員 公共企業体の職員ばかりでなく、公務員が争議行為を行なうことは、国家公務員法、地方公務員法、公共企業体労働関係法等でそれぞれ明文の規定をもって禁止されておる。にもかかわらず、これらのものを組織する職員団体ないし労働組合が実力行使等と称して争議行為を行なう事例が今日なおあとを断たないというわけでありますが、これに対する政府の所見及び対策を伺いたいと思います。
○大橋国務大臣 お尋ねのございましたように、公務員や公共企業体の職員が、国家公務員法、地方公務員法あるいは公労法と、明文の規定のありますにもかかわりませず、これに反する実力行使と称する行動、あるいは正面切ってストライキをかまえて争議行為に出るという事例は、遺憾ながらなお一部に見られるところでございます。政府といたしましては、公共企業体等の紛争にあたりましては、自主解決が不可能な場合には、すみやかに公労委の調停、仲裁等の手続を踏みますよう労使当事者におすすめをいたし、公労委の仲裁裁定が出ました場合には、これを完全実施するという方針で一貫して臨んでおることは御承知のとおりであります。また、国家公務員について人事院勧告に関しましても、極力これを尊重し、地方公務員についても人事委員会の勧告が尊重されるよう施策いたしてまいったところでありまして、今後ともこの方針で施策を進め、これらの職員の勤務条件を向上させるように努力をいたしたいと存じます。しかし、それにもかかわらずなお違法行為に出るような職員に対しましては、理事者側において法規に照らし、適正な処分をもって臨むべきは当然であろうと存じます。
○森山委員 政府の、争議行為が禁止されておるにもかかわらずなお実力行使と称して争議行為を行なう場合についてのお考えはわかりましたが、その争議行為の禁止については、一部に、完全な代償措置が必要とされているにかかわらず、わが国の場合は公務員、公共企業体職員の争議行為の禁止には完全にして十分な代償保障措置がないから、これらの争議行為の禁止はILO八十七号条約に違反するという説をなす者があります。この点について政府の見解を伺いたいと思います。この問題については、ILOの見解も出ておるようでございますから、この機会に争議行為の禁止とILO八十七号条約の関係を明確にしていただきたいと思います。
○大橋国務大臣 答弁を正確にいたしまするために、政府委員から申し上げます。
○堀政府委員 ILO八十七号条約は、その審議経過から見まして、直接争議権の問題に触れるものではないことは明らかでございます。これはILO八十七号条約の審議経過中に、条約案はもっぱら結社の自由を取り扱うものであって、争議権を取り扱うものではないということを数カ国政府が強調したが、この主張は正当のように思われる、こういっておるところでも明らかになっておると思います。また、日本に関する六十号事件の問題につきまして、――本委員会は、結社の自由及び団結権擁護に関する八十七号条約または団結権及び団体交渉権に関する九十八号条約が特別には取り扱っていない権利であるストライキ権一般のいかなる限度まで労働組合権を構成すべきであるかの点について見解を表明することは要請されていないと考える、こういっておるところでも明らかだと思います。
 ただ、ただいまお話しのようなストライキが禁止されるような場合におきまして、これを労働者の利益を十分に保護するための適当な保障措置が必要であるという、そういう原則の問題につきましては、ILOにおきましてもときどき出されております報告の中にもそのような趣旨を述べておるのであります。たとえば五十九年報告におきましては、――若干の労働者がストライキを禁止されるすべての場合においては、これらの労働者の利益を十分に保護するための適当な保障をこれらの労働者に対して与えることが必要である、と述べておるのであります。ただし公務員につきましては、公務員の雇用条件は法令によってきめられて、確保されておるのでありますから、公権力の機関として行動するこれらの公務員につきましてはストライキに参加することができないのが通例である、このように同じく五十九年の報告でいっているのであります。
 そこで、ただいま大臣から申し上げましたように、公労法関係の組合につきましては争議権は禁止されておりますが、かわりにいわゆる強制仲裁制度があることは御承知のとおりでありますし、また仲裁等はそのまま最近は完全実施される原則が確立されておるわけであります。公務員につきましては、ILOの述べております幾多の文書からも、直接法令で勤務条件が保障されておるという見地から、これとはまた別個の観点で見るべきであるわけであります。しかもその上に、ただいまお話しのありました人事院勧告、あるいは人事委員会の勧告というような制度もありますから、わが国の法制は、ILO八十七号あるいは九十八号、あるいはその他の一般的の考え方から申しまして抵触はしておらない、このように考えております。
○森山委員 この争議行為の禁止について代償保障措置というのは、ILOはどういうことばを使って表現しておるのですか。
○堀政府委員 ILOの五十九年報告によりますと、――若干の労働者がストライキを禁止されるすべての場合において、これらの労働者の利益を十分に保護するための適当な保障をこれらの労働者に対して与えることが必要である、こういう文句であります。
○森山委員 そうすると、現在の少なくとも公共企業体については適当な保障がされておる、こういう政府の見解でございますね。
○堀政府委員 そのとおりでございます。
○森山委員 次に、在籍専従の問題を伺いたいと思います。
 これは公共企業体にも公務員にも関係がございますが、今回のILO八十七号条約の関係法律といたしまして、公共企業体の場合も公務員の場合も、在籍専従制度を廃止することになっております。この理由を伺いたいと思います。
○堀政府委員 公務員は、本来全体の奉仕者として公務に専念すべき義務を有しておるのであります。また、公社職員も、公社の高度の公共性にかんがみまして、公務員に準ずるものとして職務に専念すべき義務を持っておるのでありますが、現行法のもとにおきましては職員でない者の労働組合の役員就任が認められておりませんために、もし在籍専従を許可しなければ労働組合にその業務に専従する役員を置くことができないこととなり、労働組合の運営が思うように行えないこともあり得るので、特に在籍専従制度が認められておるわけであります。
 しかし、今回ILO八十七号条約を批准することに伴いまして、本改正法案におきましては役員の選出を自由にし、非職員であっても労働組合の役員に就任し得ることとしたのでありますから、本来職員はその職務とする公務に専念すべきものであるということにかんがみまして、この際在籍専従制度を廃止することにしたものであります。
○森山委員 従来の在籍専従の実態を見ますと、いまお話しになったような意味においても廃止する必要があろうとも思われますが、従来の在籍専従の中には、たとえばある教職員出身の在籍専従者のごとき、教員の生活は一年足らず、今日まで十数年間専従職員として仕事をやってまいっております。そして、もうすでにか、あるいはこれから間もなくかわかりませんが、恩給か共済年金の期限が来るというふうに聞いておるのです。どうしてそういうことになるのか。学校の先生として子供を教えることを一生懸命やっているならともかく、学校の先生として子供を教えることはわずか一年足らずの経験しかなくて、あとはあげて組合の仕事をやっておる。しかも、今日まで十数年たって恩給がつくとか共済年金がもらえるとか、そういう事例があるということを聞きまして、私は現行の専従制度というものは非常に不合理があると思うわけでございますが、そういう点についてどういうお考えを持っているか、伺いたいと思います。
○堀政府委員 お話しのように、現在の在籍専従制度にはいろいろ不合理な面があると思うのでございます。これは、現行の法律体系が先ほど申し上げましたようなことになっております結果認められたこの在籍専従制度に伴うところの不合理な面でありまして、今回これが廃止されることになりますれば、その不合理な面はなくなると考えておるわけであります。
○森山委員 なぜ不合理な面があるかということを伺いたいのです。
○堀政府委員 大体、本来職務に専念すべき立場にある職員が在籍専従に従事するということが、たてまえからして不合理であると考えるわけであります。また、その在籍専従に従事します者が、お話しのように長い間その在籍専従に専念するというようなことになりますと、これもまた非常におかしな面があるわけでありますし、あるいはその在籍専従期間中におきまして、たとえば退職したときにおきましての退職手当というような問題につきましても、現在の法体系はいろいろ問題があるわけでございます。
○森山委員 問題は、その在籍専従というものの専従の法的性格ですね。私が聞いておるところでは、休暇ということです。休暇というのは、われわれは、一日二日休むとか、そういうのを休暇だと普通は考えておるのです。十何年も休暇をとるというような、そういう方法しか一体在籍専従というものにはないのかどうか、それを伺いたい。
○堀政府委員 ただいま私の説明がちょっともたもたしておりまして恐縮でございますが、私が、長い間、十何年もこのような在籍専従に専念するということが非常に不合理であると申しましたのは、いまのような休暇を受けて、しかもそれが長い間続くというようなことは非常に問題があるということでありまして、ただいまのお話のとおりでございます。特に民間等におきましては、現在わが国の組合が企業別組合であるというような点もありまして、若干まだこういうものが残っておるわけでありまするが、その場合においても休暇専従というような例は非常に少ないわけであります。でありまするから、現在の休暇専従というような問題につきましては、特に在籍専従制度の中でも不合理な面が著しい面ではないか、このように考えておるわけでございます。
○森山委員 しからば、どういう形における在籍専従があるかということになるわけでありますが、後ほど他の方々からも御質疑があろうかと思いますから、私は省略さしていただきます。
 ただ、在籍専従制度を廃止すると、非組合員たる過激分子が組合の役員として入り込んできて、組合運動が過激化することも考えられるのですが、こういう点についてはどうですか。
○堀政府委員 お説のように、在籍専従制度が廃止された後におきまして、企業と何の関係もない部外者が専従役員に就任いたしまして組合運動を指導するというようなことの可能性も考えられるわけでございます。しかし、政府といたしましては、組合運動も戦後十数年の歴史を経まして、徐々に組合民主主義が確立されつつある現状でございまするので、部外からの専従役員につきましては、このような基盤と背景のもとにおきまして組合員が選出するものでありまするから、在籍専従廃止によりまして摩擦も起こると思うのでございまするが、労使関係がこれによって悪化するというおそれは一般的には少ないのではないか、このように考えておるわけでございます。
○森山委員 この在籍専従を廃止するという原則は立てておられまするが、今回の改正法を見ると、附則で三年間の猶予期限を設けております。その設けられた理由を説明してください。
○堀政府委員 従来から公務員、公社職員関係の組合におきましては、在籍専従役員をもって組合が運営されておるわけでございまするので、この際一挙にこの制度を廃止するというようなことにいたしますると、組合の運営に支障を生ぜしめるおそれがありまするので、特に三年間の猶予期間を設けまして、その間に組合が在籍専従制度に依存することなく、みずからの力によって自主的に組合を運営し得る体制を確立されるということを可能ならしめるために、三年間は従来どおり在籍専従制度を認める、このように附則で規定しておるわけでございます。
○森山委員 次に、今度の公労法の改正法案の第十七条の二に「組合の決定又は指令であって、前条第一項の規定により禁止された行為を行なうことを内容とするものは、関係組合並びにその組合員及び役員を拘束しない。」とありまして、争議行為の決定または指令の不拘束性の規定をしておりますが、これはどういう趣旨で設けられたか、伺いたいと思います。
○堀政府委員 ただいまお話しのありましたように、公労法十七条で禁止されております争議行為につきまして、これを行なうというようなことを内容にする組合の決定、指令、これは現行法上におきましても当然のことであると考えるのであります。このような当然なことをなぜ今回新たに設けたかという御質問でございまするが、従来までこのようなことが当然と考えられておるにもかかわらず、上部の労働組合の決定または指令によりまして、十七条で禁止されている争議行為が行なわれてきておった例も見受けられるのであります。また、そういうような組合の決定または指令に従わなかったことを理由として組合が統制処分に付するというようなことは法律上無効であるわけでありますが、そのような考え方をする人が一部にある。あるいは公労法十七条で禁止されている争議行為を行なったことを理由にして解雇その他の処分を受けた場合におきまして、組合の決定または指令が上からあったのだ、それに従ったのだから責任はないのだ、このような抗弁も一部になされる場合があるわけでございます。こういうような法律上当然のことにつきまして、従来ややもすればこれに反するところの考え方があったわけでありますので、この際こういう当然のことをさらに明文をもって明らかにいたしまして、関係の労使にのみ込んでいただくという意味で十七条の二を設けた次第でございます。
○森山委員 そうすると、違法争議行為についての組合の決定または指令が組合員を拘束しない、そういう措置だというが、こういう規定を設けた結果相当な効果があるとお考えでございますか。
○堀政府委員 大体この種の規定は法律上当然のことでありますから、かりにこれがない場合におきましても、これは当然そのとおりなのであります。ただ現状は、一部においてややもするとこれに反するような考え方があるわけでありまして、そのような現状におきましては、このような規定を明文をもって設けるということは、関係労使に対してその趣旨を明らかにするという趣旨から有意義であります。しかし、これらのようなことが労使関係者に十分理解されるというような時代におきましてはこれは必要がない規定かもしれません。要するに十七条の二の規定は、従来の法律上当然無効であるということを念のために明らかにした規定であるわけであります。
○森山委員 条理上当然のことであるということをわざわざこのむずかしい法案の中に織り込んだということについては、相当な必要性を痛感されたから織り込んだのじゃないのですか。
○堀政府委員 先ほど申し上げましたいままでの実情にかんがみまして、必要性があると考えて織り込んでおるわけでございます。
○森山委員 また、こういう規定を入れると相当効果があると考えたから規定したのじゃないのですか。
○堀政府委員 政府といたしましてはそのような考えでございます。
○森山委員 そうすると、相当な必要があり、また相当な効果があるということでこの条文をつくられた、こういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○大橋国務大臣 先ほど来、政府委員から申し上げましたるごとく、法律的にはこの条文は新しい法律上の原則をつくるものではなく、従来から解釈上当然と理解されておったことを明文をもってはっきりするという解釈的な規定でございます。したがいまして、必要があるかないかということになりますと、法律上は必ずしも必要なものと考えるべきではないかもしれませんが、しかし、書く以上は、ある程度書く意味のある場合もあると考えます。
○森山委員 こういう規定は法文として規定しなくとも当然のことを規定したものであるというお話でありますが、これは仮定の議論でございますけれども、かりにこういう規定がなくても法律的解釈には差がない、こういうふうに考えてよろしゅうございますか。現行法上でも同じだ、こういうことでございますか。
○堀政府委員 現行法でも同じでございます。そのような判例もございます。
○森山委員 現行法と同じだというのでございますが、ここに新たに十七条の二という項目が設けられた以上、この問題について、どうせ規定してもしなくても法律的に同じならば、という御意見もあろうかと思うのです。しかし、政治的に見ますればそういう必要性もあり効果もあると考えてつくった条項でございますから、政府としてはこの条項の重要性をどの程度考えられておるか、伺いたい。
○大橋国務大臣 政府といたしましては法律的に絶対に必要なものであると考えておらないことは、先ほど申し上げたとおりでございます。しかし、かような規定を設けることに相当有意義な場合もある、こう思っております。
○森山委員 先ほどお伺いした在籍専従制度廃止の問題、それからただいまの争議行為指令の不拘束、拘束しないという改正、こういうふうな改正によって今後公共企業体等の労使関係のより一そうの正常化を期待することができるというふうに政府はお考えですか。
○大橋国務大臣 そのとおりでございます。
○森山委員 公共企業体関係はあと一問で終わりたいと思います。
 すでに公共企業体等の関係のあり方について、臨時公共企業体合理化審議会その他の審議会から答申が出されておると聞いております。いろいろな問題点がある。政府は、現在公共企業体等のあり方で健全な労使関係を確立し、業務の正常な運営を最大限に確保することができると考えているのかどうか、公共企業体等の根本についてのお考えを承っておきたいと思います。
○大橋国務大臣 公共企業体の労使関係のあり方につきましてはいろいろ問題の存するところでありまして、今回の改正においてもその正常化をはかるために若干の措置を講じているところであります。もちろん公共企業体の労使関係の正常化をはかり、その業務の正常な運営を確保するためには、今回の改正をもって十分とは申しがたく、政府といたしましては、今後ともさらに労使関係の正常化のためにできるだけの努力をいたしたいと存じます。
○森山委員 公共企業体関係の質問はひとまずおきまして、次に公務員の関係についてお伺いいたしたいと思います。
 まず、端的に私は、ILOの批准に伴って共産主義運動が労働運動面にどういう影響を及ぼすか、特に公務員の場合をお考えになって、公安調査庁のお考えを聞かしていただきたいと思います。
○齋藤(三)政府委員 ILO条約の批准に伴いまして、どのような共産主義運動が労働組合運動に影響を与えるかというお尋ねかと存じまして、お答え申し上げます。
 まず考えられますのは、レッド・パージであるとか、あるいはいろいろな事情で現在組合外におる共産党員、あるいは政治活動家が組合員に入るとか、あるいは労働組合の役員になるということが可能となると存じております。したがいまして、さような場合になりますと、それらの人々の抱く階級闘争主義あるいは政治闘争主義というものが組合の活動にいろんな影響を及ぼすのではないか、かような点をまず第一に考えております。
 しかしながら、反面、最近の傾向でございまするが、労働組合の中で社共の対立、あるいは日共のしめつけというような傾向もございます。したがいまして、さような傾向がそれらに対してどのような影響を及ぼすかということは、今後の労働組合の動向いかんにかかわるものと存じております。
 また、国家公務員の問題でございまするが、現在国家公務員は、全体で党員が二万五千くらいと私どもは推定いたしております。大体官公庁の労組は総評に入っておりまするが、六十組合の総評傘下のうち三十四組合が官公庁関係でございます。また四百万の総評の加盟員のうち二百四十万が官公庁労組ということになっておりまして、官公庁労組がわが国の労働運動に対して非常な大きな中心勢力になっておるというふうに見てよい、かように存じております。現在官公庁労組の日共党員二万五千と申し上げましたが、そのうち数の多いのは教職員関係あるいは自治体関係、国鉄、電通関係などであります。また、組合人員に比較しまして党員の割合の多いというのは全税関、全司法、全国税、全建労等が見られるのであります。かような関係で、これらの官公庁労組に対する本条約の影響については十分戒心を要する必要がある、かように存じております。
○森山委員 ただいま公安調査庁の長官からILO批准に伴う共産主義運動の影響、労働運動面への影響の一端のお話があったわけでございますが、その際、公務員の組合運動の現状のまた一端のお話があったわけであります。この際、この条約批准の結果憂慮すべき事態が生じないかということを政府の立場――公安調査庁も政府でございますけれども、公務員の給与等を担当する主務大臣としての労働大臣から御見解を承りたいと思います。
○大橋国務大臣 最近におきまする職員団体の動向等をながめてまいりますると、逐次健全な方向に進みつつあるように存じます。また、現在の状況から考えられますることは、今回の国内法の改正によりまして役員選出の自由の原則の結果、職員以外の者が役員に就任することが法律的に可能になってまいりまするが、このことによりまして現在の組合における勢力関係に大きな変動を来たすような事態はない、こう考えておるのでございます。
 しかし、事は重大でございまするので、今後政府といたしましては、職員と協力いたしまして、相ともに組合の健全化に努力をいたしたいと考えております。
○森山委員 私は、この種の質問を国会で承っておりますと、関係大臣からも、労働運動は逐次健全な方向をたどって心配がないというふうに、たいへんさわりのない御返事があるわけでございます。はたしてわが国の国家公務員の場合の労働運動のいき方というものについて、それほど楽観してよろしい状態であるかどうか、もう一度重ねて伺いたいと思います。
○大橋国務大臣 国家公務員の労働運動も、やはり国内の組合運動の大勢に全然切り離れた動きはあり得ないのでございまして、わが国労働運動の健全化への傾向というものから考えまするならば、私は大きな心配はない、こう存じております。
○森山委員 そういう御見解もけっこうでございますが、それでは伺いたいのです。先ほど公安調査庁の長官から二万五千名の公務員関係の党員がおる。数で多いところとともに、比率の多いところとして全税関、全司法、全建労、全国税等があげられたわけですが、この種組合の行き方については、大臣はどういうふうに考えておられるか、承りたい。
○大橋国務大臣 御指摘の組合は、公務員職員団体の中では、いわゆる左寄りの組合でございまして、かねてから政府といたしましても、これらの組合の動向につきましては注意をいたしておるところでございます。そのために、関係当局に対しましては、十分に管理体制の強化によって組合の過激な行動を避けるように注意を喚起しておるところでございますが、今回の公務員法の改正その他の新しい法案の実施に際しましても、ますますこの点に留意をいたしたいと存じます。
○森山委員 公務員の組合運動の中には注目すべきものがいろいろあるわけでございますから、政府においてこの点格段の留意をいたされるように私は希望をいたしておきたいと思います。
 (以下略)

(註1)中西實「三一年の公労法改正に関連して」『季刊公企労』70最終号
その他引用・参考
堀秀夫「ILO八七号条約批准問題(1)「ドライヤー委員会」の思い出」『季刊公企労』70最終号
鈴木伸一「日本の労働立法政策-ILO八七号条約批准問題をめぐる政策決定過程」『季刊人事行政』19号1982-2
人事院『国家公務員法沿革史. 資料編 』1969~1972

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2007/01/14

6年前の公務員制度改革についての意見書

  雑用ができて時宜にかなった内容のブログを書く時間がなくなったので、今回のエントリーは、労力を省いてパソコンのなかにあったものを出すだけにします。
 6年ほど前、平成13年小泉政権が誕生した年の通常国会の終盤の時期に国会議員に封書で送った公務員に労働三権付与反対と公務員制度改革に関連する意見書の一部です。元々私は文章が下手だが今読んでみると、掘り下げ方が乏しいし、多岐にわたる論点を盛り込みすぎ、引用のつぎはぎが多く、こなれていない内容で表に出すには恥ずかしい文章ですが、今話題になっているホワイトカラー・エグゼンプションというかコアタイムのある裁量労働制待望論も書いていたし、ほぼ素の意見、本音で書いているものなので比較的穏やかに書いてある一部分にすぎないが転載することとします。なお、以前書いたブログの内容と若干重複するところがあると思います。又、これは「ながら条例」改正前のことなので現在とは状況が違うものもありますが、6年前の状況をそのまま伝えることとした。言葉の使い方で疑問もないわけではなく、引用文献が不明になったものもありますが、一部のみ修正しほぼ当時のままで転載します。

川西正彦 

  公務員制度改革の方針に概ね賛成であり、身分保障の廃止、人事院の廃止又は機能の縮小による各省庁の人事管理の強化も含めて正しい方向だと思うが、自民党の太田誠一行政改革本部長が労働基本権の回復も辞さずと表明されていること(週刊労働ニュース2001-5-28、5月22日の連合主催シンポジウム)に反対であり、概ねこの問題一本に絞って意見を述べます。
 能力・成果主義の導入については異論はない。わが国の企業は戦後、電産型賃金体系に象徴されるような生活年功給として再編されたが、1975年に高度成長が終焉し、雇用か賃金かの選択に迫られ、労使は年功主義を捨て能力主義に転換した、さらに90年代後半の低成長と高齢化により、再び雇用か賃金かの択一を迫られ労使は雇用の安定を求めて、上級職能に定昇がなく業績によってその都度リセットされる成果主義賃金を取り入れた(注1)。楠田丘によれば21世紀の日本型人事は、「人材育成のための能力主義(昇格)、実力と意思・適性によって職責を決めていくための職責等級制(昇進)、本人のチャレンジ意欲を含めて役割を設定する目標面接制度(MBO)、その達成度で処遇する成果主義(昇給)の分離4本立て」(注1)と説明している。
 民間大企業の企業内組合は新しい人事管理の導入に協調的であり、主要120社のうち8割以上が一般社員の成果・能力主義人事・賃金制度が導入ずみである。しかし公務員の労働組合は民間の企業内組合とは体質が異なり、従来型の集団等質主義人事・年功序列・自動昇給賃金体系に固執するのであり、公務員制度改革が目指している能力・成果主義やそれに伴う人事管理の強化に反対するに決まっている。ストライキ権の付与など労働組合を増長させることはもってのほかであり、公務員制度改革の方向に背反する。
 わが東京都水道局においても自己申告による目標面接制度---これは1961年にエドワード・C・シュレーによって具体化され、アメリカではホワイトカラーの目標面接制度(MBO)としてはじまり、80年代の不況期にはGM・フォード・GEのリストラ、リエンジニアリングで浮上してきたもので、日本では重化学工業の集団目標管理に導入され、90年代後半から大量に抱え込んだホワイトカラ-を対象として広範に導入されている---があるが、労働組合は勤務時間・勤務場所内職場集会で所長に尻を向けて、所長席前から号令をかけて、異動希望以外について記載をしないよう団結強制し、自己申告の形骸化を図るとして組合員の申告書を検閲するためコピーの提出を義務づけており、異動希望を聞く以外に上司との面接は行われていない。
 一般職員の勤勉手当の成績率導入も阻止されている。同じく違法職場集会で勤務評定についても組合との協議でいかなる職員も良好以上の評価とする無差別な在り方となっており、これを維持していきたいと競争主義は悪であり許さないとアジ演説をしている。
  業務遂行方法についても、勤務場所内職場集会で労組の方針と違う能率的なやりかたをしている営業所を追究するなどと威嚇・威圧して、労働組合ができるだけ非能率的な業務遂行方法に職務を統制しようとしているわけです。勤務時間勤務場所内の職場集会(当局が頭上報告として積極的に容認しているものを含む)は年中頻繁になされており、当局は認めないが明白な業務阻害であるにもかかわらず、就業命令・解散命令など一切出すことはない。

 毎年スケジュール化された争議行為期間が組まれ事実上組合の職場支配となる。勤務時間内に所長席前に陣取ってお客さまからの電話がりんりん鳴っている状況でアジ演説がなされスト権投票の呼びかけがあり、役員が号令をかけてふれまわって棄権させないようにし役員監視の状況で投票がなされ(業務阻害になるにもかかわらず施設が便宜供与される)、勤務時間内の屋外の闘争決起集会には必ず一回動員すると団結強制し、壁面等にビラ貼りが連日なされ、超過勤務拒否闘争などの戦術がある。
 所長要請行動が頻繁になされ、所長席の天井や周囲にビラが貼られたり吊り下げられた状況で、組合員が取り囲んで所長に怒鳴りつける。所長は恥じることもなく、組合の走狗となって、組合の要請を本局に伝達者として出張するのである(香淳皇后の葬儀においても、所長は黙祷時間には逃げ出してしまい組合が仕切って庁内放送のボリュームをしぼって黙祷をさせないようにした。弔旗も掲げられなかった)。
 これらは全く年中行事化しており昨年度も三ヶ月間あった。いわゆる警告ストライキ、間欠ストライキ、遵法闘争に類する態様であるが、勤務時間内職場集会(いちいち判例をあげない)、超過勤務拒否争であれ―――― 昭和63年最高裁第一小法廷北九州市交通局三六協定拒否闘争事件判決〔民集42巻10号〕によりますと、地公労法は、「職員及び組合は、地方公営企業に対して同盟罷業、怠業、その他の業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。また‥‥このような禁止された行為を、そそのかしあおってはならない」と規定し、右規定に違反する行為をした職員を解雇できると規定し、昭和52年最高裁大法廷名古屋中郵事件判決〔刑集31巻3号〕各事由は、地方公営企業職員にも妥当し、私企業におけるような団体交渉による勤務条件の決定という方式は当然妥当しないと述べたうえで、組合要求を貫徹するための超勤拒否闘争は争議行為であり違法と司法の判断は確定しております――――ビラ貼り(昭和54年10月30日最高裁第三小法廷国労札幌ビラ貼り事件判決)であれ、司法で懲戒処分を適法と確定している事柄である。
 しかし当局は組合分会長や書記長等が争議行為をそそのかす行為をとっているにもかかわらず、処分されることはなく、座り込み闘争の指令など限定的にしか処分の対象としておらず、労働組合を増長させている。
 組合の要求項目には職員定数削減など管理権事項に関わる項目も多く、昨年度も組合は今年も現業新規採用何名を勝ち取った。定員削減提案を押し返した。現業委託業務化のたくらみを阻止した勝利だなどと称している。
 従来、引越による中止精算などの伝票はすべて手書きで委託業者のキーパンチャがオンラインシステムに入力するという能率的でない方法だったが、今年の10月からパソコンが導入されるようになった。
 組合は、OAは悪であり、パソコンは仕事にのめりこませるので悪であるなどと時代錯誤なことを言い、昨年度の争議行為によって一人一台専用を許さず、共用を原則とし、ダイレクト入力阻止を勝ち取ったと称している。電話で引越を受付るとき、直接パソコンに入力すれば早くすむのに、いったん手書きでメモにとったものを電話をきってから入力させるというのである。 〔現在はお客様センターというコールセンターが出来たので状況は違う〕
 民間企業はむろん合衆国の連邦公務員でもペーパーワーク削減は業績評価の重点項目になっているのに、あくまでもペーパーワークは削減させないというもので、労働組合の職務統制で非能率的な業務遂行方法を強要されるは全く不愉快である。こんなことを繰り返していたら、いつまでたっても超コスト構造で行政改革になりっこない。
 私は現状でも我慢の限界を超えており、ビラが壁面や机などの脇に貼られて、業務遂行に集中できない敵対的で不良な職場環境であると上司に訴えている。というより私はビラを剥がすこともある。これは江東営業所のことだが、ビラを剥がしたところ所長が有形力を行使して私を転倒させひきづりまわされた。いわば労使結託して私のような非組合員の団結強制に従わない行動を抑止しようと躍起なのである。そうしたことで事実上の間接管理といってもよい。
 われわれのような下っ端の職員は組合役員に組織強制・職務統制され従うべきものという前提があり、管理職は組合役員だけ相手にしていればよく、むしろ組合が強い方が直接管理といえる個別の目標面接制度などに管理職がかかわらず楽な仕事でいいとでも思ってるんじゃないか。私は勤労者として真面目に、組合により有形・無形を問わず業務遂行を阻害されることなく、使用者のために業務を遅滞することなく誠実に労働する義務を果たしていきたいという最も基本的なことを言っているだけでありますが。現状ではそれは絶対に認めないということになっている。
 私は、理念的には憲法28条廃止、ILO脱退(これは中長期的目標-ノンユニオニズムを国家戦略にしてほしい)、勤労者に組合の団結強制から保護する権利の付与、すなわち団結否定権(団体行動せざる自由、ストに参加せず就労する自由)の付与(注2)。組織強制の規制、ユニオンショップの否定、エージェンシーショップの否定(合衆国南部を主として22州が自由勤労権を保障している)、ピケッティングの規制(英国のように六人以下で平和的なものに限定、就労者の通行阻害の否定)、団結自治の否定、例えば公認ストライキ投票制度(英国のように郵便投票により第三者の監査が入る制度、ストライキが公認されても勤労者の団結否定権を付与)といった徹底的な反組合政策が理想と考え、極論すれば1800年の宰相小ピットの提案による団結禁止法(注3)が最善とすら思ってるくらい団結とストを嫌悪する人間だが、むろん現実的なものではないかもしれない。
 日経連がILOに参画し、多くの経営者が、労資協調的な企業内組合に満足しユニオンショップを無難なものとみなしており、実際、組合のある大企業は、実質的にオスターマンの「サラリーマン型」内部労働市場型というアメリカの非組合企業の経営の在り方に近いからである(中略)。 
 ジャコービィによれば「(戦前の)日本では全国的な職能別組合は著しく弱く、全国組合の規制力はむしろゲームに遅れて、巨大企業、人事管理、福利厚生、現代大量生産技術などが発展した後に生まれた。戦後の日本では経営側が技術と内部労働市場の管理を一手に握り、労働組合は労働過程と企業内での人員配置にかかわる管轄権を放棄した。人員配置の計画段階から発言力をもっているアメリカの労働組合と違って、戦後日本の組合は、既成事実を上から与えてそれに順応することを迫られた」(注4)のであって、日本の企業内組合が欧米の職務統制型組合と性格を異にし、人員配置や技術導入の意思決定に経営者が不可侵の特権を有したことが、日本の経済成長と成功となった。であるから、民間の労働組合が有害だという認識は一般的にはないかもしれない。
 例えば、電機業界では富士通、横河電機、NEC、東芝、松下電器などが多くが成果主義や裁量労働制を導入し、特に富士通は徹底していて、専門職にとどまらないスピリット制度という裁量労働制をやっているという。電機連合は、能力賃金、裁量労働制を柱とした議案「新しい日本型雇用・処遇システムの構築」を採択した。
 電機連合が個別業績主義に反対しなくなったのは、競合他社との激しい競争があるから。アメリカのハイテク産業は非組合企業だから、先進的なシステムでないと業界の激しい競争に勝ち抜いていけないからであって、公共部門の労働組合とは全く事情が違うから-----私はスピリット制度を一般職員に適用できる在り方が一番良いと思います。これは、実質的にコモンローに基づくイギリスのホワイトカラー及び事務員(クラーク)や家事使用人の働き方(誠実労働義務により任意の残業はむろんのこと手当を支給する義務はない*〔原文に追加、イギリスではもともと成年男子は安全上規制のある業種しか時間規制はなかった。保守党政権の規制撤廃政策で成年男女の規制はなくなり残った労働時間規制は、1933年および1963年の児童少年法による13歳以上の就学児童の労働時間、日曜労働の禁止のみになっていた。ところが労働党政権になって、保守党政権が無効を主張していた「EU労働時間指令」の有効性が欧州裁判所の判決で確認され事情は変化しているhttp://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2004_5/england_01.htm)、アメリカのホワイトカラーイグゼンプトの働き方と大体同じことですが、富士通はみなし労働時間を9時間にしているので、定額の業務手当を払っている。中規模企業では定額の超勤打ち切り手当という方法をやっているらしい。これは労基法と整合しないが、実質的にスピリット制度に近い〔引用文献不明〕。みなし8時間にすれば手当を払う必要はないわけで、それが最善だと思うが‥‥‥公務員でもコアタイムの職務専念を前提としたうえで任意残業は自由にして、行動規範を加味した成果主義で評価するというやり方でよいと思う。富士通のスピリットのように定額手当があり(私は必要ないと思うが)、なおかつ行動規範を加味した成果主義によりそれなりに評価されれば、その人にとってもプラスになる----。
 しかし水道局の労働組合(全水道東水労のこと)というのは、とにかく、年功賃金、自動昇給維持、競争主義反対、勤勉手当(三回めのボーナス)差別支給反対、労働保護規制撤廃反対、時差出勤やフレックスタイムも含めて柔軟性のある働き方に全て反対で、他の公務員労組もだいたい同じことである〔民間企業の組合とは性格がかなり違うということ。いままでどうり、節度のありすぎる能率的でない働き方で組合が仕切っていくやり方〔組合の職務統制のこと〕から変わるなどということは全く考えにくいことなのである。
 都労連は税収が増えたから賃上げだとか無茶苦茶なことを言っている。東京都は年に三回ボーナス(期末手当・勤勉手当)があるが、本来ボーナスというのはアメリカの非組合企業のやっている利潤分配制に変わるもので、会社の業績次第で変動するものである。税収は業績ではない。
 民間企業がリストラをやった成果で収益を維持しているから税収が入るのだから、それを生産性の低い公務員が収奪するというのはけしからんことだと思います。業績が悪化すればカットされるのが筋である。
 市場抑制力が欠如し競合他社との競争のない公共部門の労働組合は民間の労働組合と同一視できない。組合を制御するには相当なリーダーシップがないと無理。
 三重県で管理権事項も含めた労使協議制をやってるようだが、きわめて危険な取り組みだと思う。北川知事は組合を制御できる自信があるのかもしれないが、実際、この前の事前承認のない勤務時間内組合活動問題(水道局にも午後三時以後役員以外でも組合活動の離席自由などの不適切な慣行がある)でも、結局わかりにくい決着になってしまった感がある。私は労働組合の力の濫用を認容する監督職員に虐められている下級公務員である(上層の人事管理部門はそれを救治することを絶対にしないという閉塞状況)私は肌身をもって公務員の労働組合は有害であり悪質であると認識している。
 太田誠一行政改革本部長は労働基本権の回復も辞さずとして、内閣総理大臣が労働協約締結の交渉当事者となると言う見解を示されている。公務員制度のネオコーポラティズムの方向と解釈しております。
 この場合団体交渉事項の範囲が問題になります。たぶん法令規則等で既定の事項や、公務員制度の内容をなす事項、行政機関の任務、機構、予算構成、能率、技術革新等のいわゆる管理権事項は団体交渉事項から外すのだろうが、交渉事項の範囲の設定は公務員特有の難問があるだろう。組合側は業務遂行方法や管理権事項に踏み込んで範囲の拡大を要求するに決まっている。
 ストライキを認めるということだが、組合のピケッティグやパトロールによる就労妨害を是認するのですか。
就労したい非組合職員は襲撃され威嚇と暴力のなすままにされるのですか。労働組合は非組合員をフリーライダーとして認めないユニオンショツプが妥当との見解ですが、非組合員を認めますか。団結否定権やスト不参加者にインセンティブがあるような在り方にしますか。 労働組合の力の濫用から、事業・仕事・個人を保護するいかなる手だてをとりますか(例えば英国は公務員も民間も同じ土俵の法制だが、一般市民が高等法院に争議差し止め命令を申し立てる権利を認め、このような訴訟を奨励し、助力するための機関として「違法争議行為に対する保護のためのコミッショナー」を設立し、公益事業のストの歯止めにしている-注5)。
 
 (中略)
日本の大企業の多くは労使協調的な企業内組合があるが、オスターマンの内部労働市場の類型論でいうとアメリカの非組合セクターのモデルに類似しており、大局的にみれば労働組合の衰退によって日本型に近い経営手法に接近していったともいえる(組合セクターでもGMのサターン実験など日本的手法を取り入れた)
 アメリカの労働組合組織率は2000年に民間で9%、公共部門が37.5%にまで落ち込んだ。協約適用労働者の範囲はこれより高い数字となろうが、あと10年すると民間セクターでは5%に落ち込むと言われており、非組合主義が主流になることは疑う余地がない。
 もはや、団体交渉の普及といった赤い30年代のニューディール主義者の労働政策は古臭く、ばかげたものである。もうそういう時代じゃない。だからニューディール主義者が勝手につくった憲法28条も古くさいし廃止すべきだと申し上げている。連邦公務員だって団体交渉を導入しない方がよかったわけだ。
 とはいっても非組合-現代ウェルフェアキャピタリズムは80年代から90年代に大恐慌以来の試練を経験した。
 古くからの代表的な非組合企業でノーレイオフ主義のイーストマン・コダック、IBM、シアーズ・ローバックなどが、リストラに踏み切ったことである。コダックは競争相手のない市場で高コスト生産者になった例であり、IBMは93年までに10万人を削減した、シアーズは5万人のレイオフを断行した。シアーズの競争相手はディスカウントストア(Kマートやウォルマート)であるが、競争の激しい業界で温情主義的経営を維持することは不可能になった。高コスト構造のウェルフェア企業はリストラを余儀なくされたのである。
 アメリカの産業別組合は厳格な職務統制と年間賃金保障のような所得保障を選び取った(労働組合は企業が失職中の補償を行う限り定期的なレイオフを容認し、終身的な雇用保障は求めなかった)。先任権は中位の組合員に有利な制度であった。これに対して、非組合セクターは暗黙の社是としてのノーレイオフ、シングルステータス政策にみられるような人当たりの善さ、気前よい報酬と給付その他制度(利潤分配制を含む)の全社的政策などで、組合セクターに対抗していた。従来、レイオフが多いのは組合セクターであって、非組合セクターは沈滞期の給与カット、労働時間削減などのワークシェアリング、社内配転、訓練、能力開発でレイオフを極力避ける経営を行っていのだが(これは日本企業も同じ。パートタイムなどのコンティンジェントワーカーが雇用保障を維持するクッションになっていることも同じ、日本では企業内組合の職務統制の欠如が、レイオフに変えて、配転その他の手段による雇用保障の順応を容易にしたとされる)、株主主権が強調され高コスト構造の企業のリエンジニアリングはやむをえないものとなっていったのである。
 90年代従来になかったホワイトカラーのレイオフも断行されたことは衝撃だった。このことは、同じ体質の日本の大企業にもいえることであった。それ故ホワイトカラーの働き方が議論され、日経連の政府規制の撤廃要望にみられる労働基準法の罰則規定の廃止、全ホワイトカラーの裁量労働制の適用などの労働改革の必要性が強調されたのであるが、連合や民主党などの反対により、労働改革は中途半端で妥協的なものになっている。私は日経連案丸呑みが一番よかったと思う。アメリカで労働時間規制適用除外のホワイトカラーは40%というなら、日本は50%以上にして生産性を高めていくという積極的な施策じゃないとだめだと思う。
 ところがアメリカではリストラ後もウェルフェア企業の体質は変わっていないとジャコービィは言っている。
 コダックは大規模なレイオフを断行し地理的分散によるリストラを行いながら、なおロチェスターに数千の従業員を擁し、教育訓練、賃金配当制を含む諸付加給付に巨額な支出を行っており、社員のレクリエーションも相変わらず重視され、自社製品割引制度も続けられているらしい。労使結束して自らを「ファミリー」と称し、組合を寄せ付けない要塞になんら変わりないことを誇っている。1995年に大企業20社が自社労働者の児童ケア、老齢者ケアに数百万ドルを投ずると約束したが、コダックのほか、ヒューレット=パッカード、IBM、モービル、テキサス・インスツルメントが含まれている。アメリカ社会の危険負担の中心的制度が今後も会社であり続ける公算が大きいので、この種のエリート企業の福祉政策は続行されるとみられている(注11)。

 しかし今日においてアメリカ企業の人事管理の重要な戦略は、第一にダウンウンサイジング(正規雇用を減らしてコスト削減)例えばヒューレット=パッカードは基幹従業員の専門職を保存するため、必要度の低い部門を切り離して、事務職とサービス職の一部を給付と雇用保障のない「フレックス部隊」にするリストラを行った。
 もう一つは内部柔軟性(職務の定義を拡大し、市場の圧力に応じて組織の内部で柔軟に異動させる能力)を高めることである。アメリカでは60年代後半から、職務記述書と職務評価による職務等級制度が普及したが、この制度は成果より出世志向になる難点があったため、80年代から職務等級制度はそのままで、目標管理を組み合わせる成果主義を取り入れた。
 90年代になると職務等級制度の序列構造自体が問題視され、新しい成果主義の潮流にある。大企業は組織のフラット化、MBA取得者が幅をきかせるスタッフ官僚制の打破、顧客満足度の重視から官僚的体質の組織を解体しつつあり、すなわち職務等級のブロードバンド化と、職務評価の廃止してコンピタンシーの重視、市場給与相場の重視、ハイテク企業や金融業界は職務等級なしで市場給与相場比較のみになっている(注13)。
 市場給与相場による報酬体系では毎年のベースアップは否定されることになる。日本企業は従来から内部柔軟性があり、成果主義は取り入れやすいのであって日米の雇用システムは収斂されていく傾向にあるとみてよい。
 結論はこうです。そもそも英国では制定法上の主従法に規律される工場労働者と、コモンロー上の主従法に規律される、事務職や家事奉公人との区別があり、社会的地位も異なるのである。故にホワイトカラーと工場労働者を区別して議論する必要があるが、ここではラフな議論をします。
 終身雇用というのは基本的に需要が安定している企業に成立する。アメリカはコモンロー上解雇自由原則であるにもかかわらず、非組合大企業が雇用保障政策をとった。産業別組合は雇用保障ではなく所得保障に重点を置いたから対抗上そういうことになったともいえるが、社内配転の容易な長期雇用はヒューマンリソースマネージメントの利点があり、組織が硬直化して新技術を導入しにくい組合セクターより相対的に有利な状況をもたらし、労働組合の衰退は確実になった。アメリカの経営者は組合を恐れなくなり非組合企業どうしの激しい競争になっている。こうなると従来型の非組合セクターの人道主義は高コスト構造となり、リストラを余儀なくされた。経営基盤の強い企業は人道主義を維持するだろうが、強いマネージメントがなければ雇用保障は維持できなくなった。厳しい見方をすればウェルチが述べているような論法に辿り着く。従業員は競争に勝ちたいという意識を持って会社に来るものとなる。雇用保障は顧客を満足させる仕事ができるかどうかによる。ただ顧客だけが雇用を保障するのであり企業ではない。企業は終身的な雇用を保障できなくても、継続的な訓練や教育により生涯にわたる雇用の機会を得られるようにすれば、それは善い企業である。ということになるだろう。もっとも、優れた企業風土と組織力、卓越したマネージメントのある非組合企業は、ノーレイオフを維持しているのである。長期雇用を望む人は会社をよく選択するということでよいのだと思う。
 日本も状況的には同じことであるが、世界一の人件費にもかかわらず強固な雇用保障を続行している。人員削減をして初めて、IT導入が生産性向上に繋がるのであって、人員削減をしなければ意味がない。労働組合が雇用の確保に重点を置いているためである。
 ただ、能力成果主義人事管理は相当浸透した。しかしこれはアメリカのは非組合セクターでやってきたことである。
 例えばIBMであるが、90年代初期の業績悪化で大規模な人員削減をしたとはいえ、典型的な長期雇用ノーレイオフ主義企業とみなされている。
 IBMの目標管理は、年初に各人が目標を設定し、年末にその結果を提出し、上司がこれを評価するもので、個々人の目標には、<1>会社目標の達成につながるもの<2>組織的な改善と個人スキルの向上をもたらすもの<3>チームとしての目標の三種類がある。また人事評価は<1>本人<2>直属でない上司<3>同僚<4>直属の部下<5>顧客<6>直属の上司からの評価を総合・調整のうえ、決定される。三百六十度評価システムという。給与は、<1>個人の長期の成果の反映である基本給部分(市場給与相場によると考えられる)<2>企業業績、個人業績から決定される変動給部分から成っている(注14)。もっともIBMは教育訓練、能力開発投資に比重がかかっていて、教育投資分を回収する成果を上げてもらわないと困るわけである。これは長期雇用型といっても、毎年のベースアップや自動昇給は否定されているシステムである。
 つまり、長期雇用を社是とするアメリカの非組合セクターは個別業績評価が基本であり、長期雇用を前提とする限り、それが最低限の要求であるというのは日本でも取り入れられ、公務員を除いて常識になった。
  しかし、公務員労働組合は、競争主義と個別業績評価は悪と再三再四強調している。実際にある職員が今月は誰それよりよい成績を残すぞと言うと、組合役員が競争主義はいけないよと釘をさすような職場である。係長がノートパソコンを持ち込んで仕事をしていると、組合役員がつかつかと寄ってきて叱りつけるような職場である。
 勤務評価は例外なく良好以上の評価、全員特別昇給も順送りで組合協議〔この点は状況が変わっている〕、自動昇給システム等の維持を一貫して変えることはない。身分保障もなにもかも維持したいとしているのが組合であり、管理職でなく、組合役員の指揮による職務統制(節度のありすぎる生産性の低い働き方の強要-事実上の間接管理)という体質を変えることはない。どうして労働三権を回復することと、人事管理等制度の改革が両立するのだろうか。ありえないことである。
 長文になったが総括します。そもそも個別の賃率決定や業績評価あるいは目標面接は非組合セクターもしくはホワイトカラー(合衆国では組合セクターでも、ホワイトカラーは非組合が一般的)の人事管理であったとみてよい。
 イギリスでは従来のショップスチュワードによる間接管理からヒューマンリソースマネージメントや目標面接等の直接管理が普及し、個別の業績評価が普及するようになったのはサッチャー及びメジャー政権下の労働改革で労働組合の力が弱体化した状況によるものである。
 であるから、いわんとすることは能力成果主義の導入と労働組合を増長させるような政策とは全くの論理矛盾としか思えないのである。ネオコーポラティズムはだめだと思います。最善のマネージメントとはリエンジニアリングであれ、ダウンサイジングであれ、経営者が自由に設計できること。
 つまり団体交渉がないことであり、労働組合の駆逐である。そしてそれが個々の勤労者にとっても有益であることを次の機会に述べたい。むしろユニオンバスター政策に転換して労働組合を切り崩し、強硬に身分保障廃止、徹底した能力成果主義を導入するやり方の方が、行政改革として成功するのではないでしょうか。

(注1)楠田丘「職能資格制度の明暗と将来展望」『日本労働研究雑誌』489号、2001年4月号

(注2)タフトハートレー法は周知であろうから注記しないが、英国の保守党政権による労働改革で筆者が最も高く評価している文書は1987年英政府緑書『労働組合と組合員』で、個人が争議行為の呼びかけを無視して就労することは「欠くべからざる自由」との原則論を示し(古川陽二「翻訳と解説:英政府緑書『労働組合と組合員』」『沖縄法学』16号、1988)これは労働改革の仕上げであるメジャー政権において勤労者の権利として確定されたようだ。

(注3)神崎和雄「イギリス団結禁止法に関する試論」『 関東学園大学紀要経済学部編』第10集1985

(注4)S.M.ジャコービィ著 荒又重雄他訳『雇用官僚制』北海道大学図書刊行会 1989

(注5)山田省三「一九九〇初頭のイギリスにおける労使関係と労働法の動向」『労働法律旬報』1370号、1995
鈴木隆「イギリス労使関係改革立法と労働組合改革」『島大法学』39巻3号

(注11)S.M.ジャコービィ著 内田一秀訳『会社荘園制-アメリカ型ウェルフェア・キャピタリズムの軌跡』北海道大学図書刊行会 1999

(注13)高橋俊介『成果主義』 東洋経済新報社、1999

(注14)『日経連タイムス 』  1996/09/26  「関東経協視察団の見た欧米企業、良好な労使関係構築へ努力/変動型賃金制度に移行
 
 

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2006/04/02

政労協議に反対-公務員に団体交渉権を与えるな(3)

米国の公務員制度とその問題点
米国の有名企業の多くが組合不在型企業である

川西正彦(平成18年4月2日)

はじめに

 社会的正義とは何ですか。それは欲の深い人より、規範を重んじる人、勤勉な人にとって働きやすい社会であることです。悪事をあおり人に強要する労働団体は叩き斬るべきだというのが私の考え方です。社会的正義のために弾圧を躊躇すべきでない。
 政府だって勝手に市民に官製デモの動員を強要することは難しいんです。それやったら全体主義国家になる。学校教育を別問題として、基本的に政府は成人に対して良心に反する行為や社会規範に反する行為を強要することない。しかし労働組合は良心に反する行為を他人に強要します。かれらは他者を支配し違法団体行動を強要すること、組合費を収奪することが労働基本権と認識しているが、唯一、良心に反する行為を強制できる権力というのは組合だけなんです。一般社会ではピケ隊やパトロール隊のように通行を妨害されたり、罵声を集団で浴びせられるようなことはない。事務室内職場集会のように囚われの聴衆になってアジ演説や非組合員に対する攻撃を強制的にきかされることはない。私は駅頭の赤い羽根募金ですらうざいと思っているが、それは通り過ぎればすむことだ。客引きに強引に引っ張られた経験もない。そういう場所に行かなければよいだけ。町中では職場のように人に威圧、威嚇されたり、なじられたり、罵声を浴びせられることはない。街中のほうがよっぽど安全なのであって、逆に職場では規律ある秩序の保持と静穏な環境で職務に集中する環境は否定されるのである。強制的に大声をきかされるというやりかたは、耐え難いものである。これこそ敵対的・不愉快な職場環境である。
 労働組合は他者に倫理・規範に反する行動を強要し(パトロールによる威嚇、職場離脱の強要、勤務時間内職場集会への動員指令 少なくとも東京都水道局は勤務時間内庁舎敷地内あるいは事務所内の集会、組織活動、スト権投票、ストライキ、違法集会動員の呼びかけや指図に解散命令・就業命令を発出しないし監視も怠っている。ゼッケン、はちまき、拡声器、幟、組合旗等の持ち込みを実質的に規制しないので、実質的に当局が違法組合活動を助長し労働組合に権力を与えている)、高額の組合費を収奪する権力が与えられている。

 わたしはいわゆる「暴力団」より労働組合のほうがよっぽど悪だと思ってます。みかじめ料といった社会的慣行の是非について私はよく知らないので踏み込みませんが、仮にみかじめ料は慣行として認める立場をとるとしても、私は労働組合の団結強制と収奪は認めません。巨悪と手を結び、公務員に労働基本権を付与しようとしている政府の政策に強く反対します。

前々回の補足
 

 マッカーサー書簡発出による政策転換で、政府部内で強い抵抗があったにもかかわらず人事院(旧臨時人事委員会)は権限を強化された。総理府から内閣の所管に移した。他の政府機関がこの分野に介入させないようにした。国家公務員法の運用は、人事院と「任命権者」によって行われる仕組みになった。産みの親はB・フーバー(民政局公務員課長兼民政局長のスペシャルアシスタント兼総司令官のアドバイザー)であり、かれはアメリカ有数の人事行政のエキスパートという自負があり、人事権をもって「四権分立」とみなすほど、本国の制度以上に理想的なものをこしらえようという情熱、かれの態度の厳しさとキャラクター、マッカーサーの支持がものをいって強行されたという見方ができる。かれが指揮した公務員課は臨時人事委員会に非常な指導力を発揮し百円以上の物品購入にも承認を受けさせるような微に入り細をうがった指導をしていた。
 そもそもペンドルトン法で中央人事行政機関を設けた主要な眼目は猟官制(スポイルズシステム)の弊害を除去し行政腐敗を正すことにあった。それは米国が官僚制度の後進国であったためである。政党のボスによる縁故採用や無能職員の昇任とか政党主導による恣意的な人事をなくすため、独立した行政機関で公正な競争試験を実施し、成績主義を徹底し、行政のエキスパートをつくることだった。
 米国の判例理論に特権説というのがあって、公務員として雇傭されることは政府による恩恵であり特権であって権利ではない。政府による恩恵であって権利としての性格は有していないのである。つまり政策として行政法上の保護がされてるだけであって本質的にはコモンロー上の解雇自由原則と同じことであり、民間の被用者と本質的には変わらないのだと思う。公務員の行政法上の保護といったいわゆる身分保障というのは、あくまでも政策的なものである。
 フーバー自身が代償という言葉を新聞記者会見で口に出していることは事実ですが、論理的には間違ってます。米国ではワグナー法以前よりずっと以前に中央人事行政機関が存在していた、連邦公務員に限定的な団交が認められるようになったのはケネディ政権以降である。代償措置とする見方は人事院の組織防衛のための論理、もしくは人事院勧告の完全実施を迫るための方便であって、本質的に論理的には誤りであるということは重要な論点になるので後日歴史的経緯も含め述べたいと思います。

 
米国の公務員制度と問題点

 (1)米国の120年の近代的公務員制度はオーバーホールの時期に

 公務員制度における比較法制的観点から合衆国の連邦公務員制度と州公務員制度について簡単に述べます。 ルーズベルト大統領の書簡にもみられるように米国では伝統的に団体交渉およびストライキに対して否定的な考えが強く、裁判所は、コモンローにより公務員の団体交渉およびストライキを一貫して否定してきた。
 1940年代後半の多数の判決においては、公務員の賃金その他の勤務条件決定権限が立法機関にある以上、行政機関たる政府使用者は公務員と右事項につき団体交渉権をなす権限も義務もなく、締結された協約はいかなる意味でも法的拘束力をもたないと宣言され、公務員のストライキは、公僕たる公務員の主権者に対する叛逆として違法と取り扱われてきた。
 「主権理論」(統治論)とは、公務員の使用者は主権者たる全人民であり、公務員の勤務条件の決定は人民を代表する立法機関によってなされるべきとするもので、わが国の司法でもこの趣旨は採用され、全農林警職法事件最高裁判決で「公務員は……国民の信託に基づいて国政を担当する政府により任命されたものであり、その使用者は国民全体であり、公務員の労働提供業務は国民全体に対して負うのである」と判示している。従ってアメリカでは伝統的に勤務条件法定主義であった。
 州や自治体のなかには公務員の団結権を認める立法を持つものもあったが、交渉の多くは書面交渉を伴わず、集団陳情の域にとどまっていた。
   ところが1960年代AFL・CIO系を中心とする各種公務員組合による団交獲得 の運動が活発に展開され、この動きはウィスコンシン州の自治体雇用関係法の制定に開始したが、とくに1962年のケネディによる大統領命令10988号の制定(連邦被用者に一定の団交権を初めて保障)によりし、一部の州や自治体で団結権・団体交渉権(協議権)を保障する立法が相次いで制定されていくようになった。
 わたしはケネディ政権が一定の範囲で団交を求める政策が根本的に間違っていたと考える。だから私はケネディが嫌いです。
 1970年の郵便ストを契機としてニクソンが独立の公社の設立と完全な団体交渉制度保障を定めた郵便再組織法が制定された。
 1978年カーター政権での連邦公務員改革では、団結権と団体交渉権を定め、ストライキの参加や主張は欠格事項に該当し解雇される。ただし団体交渉範囲がきわめて限定されており、給与は法定主義が維持されており、民間企業との均衡達成は大統領の手に委ねられている。団体交渉になりえない事項として行政庁の任務、予算、組織、被用者数および機密保持措置を決定する権限、関係法令に従って被用者を採用し、配置し、指揮し、解雇し、または官職に留める、懲戒処分する権限、仕事を割り当てたり、下請けに出す権限、官職を補充するにつき人員を選定し任命する権限などがあり、なんらかの組織単位、作業プロジェクトまたは勤務割に割当てられる被用者の数、種類、等級、官職、および作業遂行の技術、方法または手段などは、当局の選択により交渉事項となしうるとされている。
 私が特に疑問に思うのは、連邦調停和解庁および連邦公務紛争解決委員会が設置され、協約上に強制仲裁を含む苦情処理手続を規定することが義務づけられ、従来排除されていた「勤務成績を理由とする解雇、免職、給与低下、休職、停職や昇進の遅れ、人員削減などが対象となっているらしい。この制度は組合に発言権を認めたことにより、連邦公務員改革は意図のとおり進まず、硬直したものになったのではないかということである。

 そこであらためて、米国連邦公務員制度の沿革を述べると、近代連邦公務員法制の基本法とされる1883年のペンドルトン法では、猟官制(スポイルズシステム)のもたらした政治・行政腐敗への改革と公職への情実任用の排除を課題として、独立行政機関として連邦公務員人事委員会(わが国の人事院のモデル)を創設し任用過程におけるメリット(資格)原則の採用-公開・競争試験制-一定の身分保障によって、職業的な行政公務員の創出・確保をめざし、1923年の職階法の制定を経て行政目的を能率と効率に求め、行政過程における労働=職務の技術的類型化である職階制にもとづいて、比較相対的な資格ないし実績を判定し、これを公務員の編成、規律の原理とした。
 行政機構の肥大・多様化によりメリット・システムは形骸化し、無能職員が解雇されないなどの世論の批判を受けて、1978年カーターは「廉潔で効率的な連邦政府」を求めてペンドルトン法以来の改革立法を成立させた。連邦公務員人事委員会は、人事管理庁とメリット・システム保護委員会とに分割され、能力と実績のみによる待遇というメリットシステムの原点に立ち返ろうとしたものである。
 7万人の中間管理職クラスに能力給が適用され、従来の定期昇給と官民格差を是正するための昇給ベースアップという自動昇給システムからはずされた。
 従来、成績不良者に対する降格や免職と勤務評定との関連が明確でなく、統一的基準規定がなく、メリットシステムが形骸化していた状況を改め、勤務評定・不利益処分・不服申立てを関連つけた制度整備が実施された。メリット・システム保護委員会というのがある。
 これは人事院公平局を独立させたような組織だが、任期7年の三名の委員と任期5年の法律専門家たる特別顧問により構成される。メリット・システムの原則を実現するための法律等による違反行為の有無を監視し、違反行為に対する不服申立てなどについて審査決定し、人事管理庁の制定する規則や細則の審査もできる。
 人事委員会を分割してこの組織を設けた眼目が、勤務成績不良者の降任、免職を容易にすることにあった。すなわち、成績不良職員は、自己改善のための援助を与えられることにはなっているものの、90日前の通告が必要だった免職等が、30日前の通告となり、不服申し立ての手続きは迅速化するということだったが、この制度でも硬直的と批判されている。また連邦調停和解庁および連邦公務紛争解決委員会が設置され、協約上に強制仲裁を含む苦情処理手続を規定することが義務づけられ、従来排除されていた「勤務成績を理由とする解雇、免職、給与低下、休職、停職や昇進の遅れ、人員削減などが対象となっているらしい。この制度は望ましくない。勤務成績を理由とする解雇に組合が口を出せる制度をつくったために、一層硬直したものになったという見方ができる。
 米国では、日本国憲法28条のように労働基本権を憲法で保障しているわけでもないし、もともと犯罪であったものを大恐慌と産業別組合の台頭によって産業平和の確立のために悪も是認するという社会経済政策として制定法により是認しているだけであり、それは正義ではない。私はコモンローも生ける法なのであり、制定法を潰せば生き返る性格のものと理解している。だから制定法なんていうものはあくまでも価値相対的なものとしか認識していない。しかも連邦公務員について団体交渉の政策の展開をみたのは60年代以降です。団体交渉は全く政策問題である。
 だから2002年11月の国土安全保障省創設にあたって大統領は、国土安全保障省の労働者の採用、解雇、異動について大きな権限を持つことになったが、この時も同省職員の行政法上の保護を剥奪しようとするブッシュの政策に労組は反発したが、民主党のプロレーバー議員への働きかけや、メールの大量送付などの反対運動であって、政労協議などしていない。また2002年ブッシュは連邦公務員業務の50%にあたる85万人を、競争入札により民間委託化させるという提案もぶちあげ、これは後に規模が縮小されたようだが、だからといって政労協議するわけではない。
 レーガン大統領が1981年にストを起こしていた航空管制官を1万人も一気に解雇したことがあるが、ILOが文句をいってもどうということはないのである。吉崎達彦の溜池通信July 23, 2004の記事によると当時の米国では失業率が高い中で「そんな贅沢なことを言っている人たちは許せない」という声が多く、世論はレーガン政権側を支持したのだという。
  アメリカでは国土安全省で実質的に団体交渉権を剥奪したとされている。これはテロ対策という名目で、トータルな改革とはいえない。しかしブッシュの助言者であるブルッキングス研究所のポール・ライトは「これが第二次世界大戦後、行政部法の最も重要な変化の最先端であると言うことはより正直でしょう。誰もそれを言っていません。」と述べており、その後の国防省の改革もあるが、潮流は公務員制度のトータルの見直しにある。その場合、解雇、昇進、配置転換を柔軟にして団体交渉権を排除する方向性での改革である。
 
 国土安全保障省と団体交渉権問題など
http://www.jil.go.jp/jil/kaigaitopic/2003_02/americaP01.html
http://www.govexec.com/dailyfed/1102/111202p1.htm
http://www.govexec.com/dailyfed/1102/112202b1.htm
http://www.usatoday.com/news/washington/2002-09-12-homeland_x.htm
http://www.csmonitor.com/2002/0905/p10s02-comv.html
http://www.brookings.edu/views/op-ed/light/20030509.htm
 連邦公務員の仕事の外注化
http://www.csmonitor.com/2002/1202/p16s02-wmgn.html
http://www.govexec.com/dailyfed/1202/120302p1.htm

連邦公務員制度について主要引用文献
菅野和夫「公務員団体交渉の法律政策」アメリカ(一)」『法学協会雑誌』98巻1号 1981
大久保史郎「アメリカ公務員制度改革改革詳論」『立命館法学』150-154号、1980
大河内繁男「アメリカにおける公務員制度の改革」『公企労研究』42号、1980
『欧米国家公務員制度の概要』財団法人社会経済生産性本部・生産性労働情報センター、1997

(2)団体交渉否認-勤務条件法定主義の州も少なくないし、団体協約には強い批判がある

 一方、州公務員については、反労働組合的気風の南部の各州のように勤務条件法定主義を墨守し団体交渉を制度化してない州も少なくない。ノースカロライナ、サウスカロライナ、ウェストバージニア、ルイジアナ、ミシシッピ、アーカンソー、コロラド州は全ての公務員がそうであり、消防士のみ団交立法を設けているのがジョージア、アラバマ、ユタ、ワイオミング州、消防士と警官のみ団交を認めるテキサス、ケンタッキー州、教員のみ団交を認めるノースダコタ、メリーランド州、教員と消防士のみ認めるアイダホ州、ネバダ州は州被用者のみ団交を認めてない(菅野和夫「公務員団体交渉の法律政策」アメリカ(一)」『法学協会雑誌』98巻1号 1981参照)。
 なお、上記の州においても任意的で法的拘束力のない団体交渉を認めている州がありますが、ノースカロライナ州は徹底していて、州、自治体政府と組合の全ての協定は州の公の政策に反し無効であり違反者の処罰を州法で定めている。もっとも州従業員協会というのがありますがもっぱら州議員への陳情である。むろん自由勤労権州であり、労働組織率4.46%(最新のデータではない)に示される独立心の強い労働力で国の内外に知られています。そういうことで組合嫌いの私としては同州に関心があるし、たまにローカル新聞をみますが、ウィンストンセーラムがデルのパソコン工場誘致に成功したニュースをみて自分のことのように嬉しく思いました。
 もちろんカロライナも産業構造上大きな問題をかかえている。90年代後半頃から繊維織物や家具産業が工場の外国移転、輸入製品におされて厳しい状況が伝えられており、とても気になっていた。2003年7月にカナポリスにあるピローテックスのタオル工場が閉鎖となり4500人が一挙に失職しました。http://blog.goo.ne.jp/old-dreamer/m/200504この工場は1999年に組合が組織されていましたhttp://www.jil.go.jp/kaigaitopic/1999_09/americaP03.htmが、カロライナでは異例とされている。もっとも繊維産業はリストラで収益は改善されているというニュースも読んでます。基本的には南北カロライナなど保守的な南部は組合嫌いの風土にある。勤勉に働く精神、公立学校でクリスマスを祝うのはカロライナだけといわれています。シャーロットはバンクオブアメリカやワコビアの本拠地がありニューヨークに次ぐ金融都市に成長したし、ハイテクも進展しており、繊維産業の雇傭の減少はやむをえないのであって全体としては悪くないと思ってます。
 
 私は組合の言い分をきいたケネディの政策を嫌悪する。純政策的には公務員の勤務条件法定主義墨守が最善。職員団体は陳情団体のひとつとして議員を通じて賃上げなどを陳情することを認めるだけでもよかったのである。なお、2000年頃に始まった景気後退期に各州の財政が厳しくなった。このなかでコネチカット州のローランド前知事(共和党)が、組合との対決路線をとり州公務員の千人以上の解雇を方針としていた。しかしローランド知事が辞職したのはとても残念です。その他の州でも州公務員解雇のニュースはみています。ローカルニュースなので詳しい分析をしていないが、そういう政策も十分ありうるということである。
 米国では公務員の団体交渉やストライキについては次のように強い批判があるのである。菅野和夫「外国における公共部門の争議と争議権Ⅷアメリカ」 兵藤釗編集代表『公共部門の争議権』 東京大学出版会1977に依存するが重要な論点なので言及しておく。
 第一に、1969年のウェリントン・ウィンター論文によって詳密化された「政治過程歪曲論」である。
 この説では公的雇用の団体交渉では利潤追求という企業目的による基本的枠(抑制)が存在せず、また過度の賃上げが需要の減少(ひいては雇用の減少)を招くという市場の抑制力も欠如するという「歯止めの欠如」論及び、公務員のストライキは代替性のない重要なサービスを中断させることにより、当局、住民にコストを無視した解決を強要する強力な武器となるとの「力のアンバランス」論を展開し、公務員の勤務条件の決定は、予算配分や行政内容決定に関する主権者たる住民の意思を尊重して行われるべき民主的政治過程であって、公務員のスト権はこの過程における単なる一利益グループに過度に強大な力を与えて政治過程の正常な姿を歪曲するとの主張を行った。
 ウェリントン・ウィンター論文はわが国の司法にも影響を及ぼした。全農林警職法最高裁判決では「一般の私企業においてはおいては、その提供する製品又は役務に対する需要につき、市場からの圧力を受けざるをえない関係上、争議行為に対しても、いわゆる市場の抑制力が働くことを必然とするのに反し、公務員の場合には、そのようなそのような市場の機能が作用する余地はないため……一方的に強力な圧力となり、その面からみも勤務条件決定の手続をゆがめることになり勤務条件決定の手続をゆがめることにもなるのである」と判示している。
 第二に70年代後半から始まった「納税者の叛乱」である。政府支出の膨張と租税負担の増大に業を煮やした住民が、財産税の税率や財産評価額に上限を設けたり、地方政府の歳出の増加率を一定限度内に押さえたりするする州憲法の修正運動が相当州で成功した。納税者の強硬姿勢は、公務員の団体交渉制度にも向けられ、成立した協定の住民投票による否決、当局による労働協約の不履行、仲裁裁定の不実施などの現象が顕著にみられた(菅野和夫「公務員団体交渉の法律政策」アメリカ(一)」『法学協会雑誌』98巻1号 1981)。なお、最近のニュースでニューヨークの地下鉄ストの批判もあるので、これらについては後日とりあげていきたい。
   

その他参考文献(私はコピー等を所持しているが、分析に着手していないものも含む)
レスリー・L・ダグラス 岸井貞男監修訳 『アメリカ労使関係法』信山社1999、菅野和夫「アメリカにおける公務員スト問題とその法規制(1)~(4)完」『ジュリスト』631、632、633、635号 1977。桑原昌宏「アメリカの公務員ストに関する州最高裁判決 上下 労働法律旬報1313,1314 1993。桑原昌宏「公務員スト権をめぐる日本最高裁判決とカリフォルニア最高裁判決の理論的比較」労働法律旬報1314 1993-6。神代和欣「アメリカ連邦公務員の新給与制度」『公労委季報』10号。菅野和夫「外国における公共部門の争議と争議権Ⅷアメリカ」兵藤釗編集代表『公共部門の争議権』東京大
学出版会1977。「1988年連邦公務員休暇融通法」外国法28-6 1989。内藤恵「アメリカにおける雇用契約理論と解雇法理におけるパブリック・ポリシー」季刊労働法146 1988。内藤恵「アメリカにおける解雇法理の基礎構造」慶應義塾大学法学研究科論文25号。内藤恵「アメリカ雇用契約における誠意義務」法学研究 慶大 63-12 1990。佐藤敬二 アメリカにおける公務員の争議権保障1980年代の展開 季刊労働法153 1989。竹地潔「アメリカ契約法における解約自由の原則の形成と修正」中大院研究年報21。加藤孝一「スト条項の削られるまで」(上・中・下の1・下の2)自治研究52-1、3,4,5 1976

 米国の有名企業の多くが組合不在型企業である

 ここで、公務員制度とはなれて民間企業における労働問題、私の米国の企業経営に関する関心を述べておきます。そもそもアメリカは反組合的な土壌にあり、コモンローの共謀法理により団結やストライキは犯罪であった。はっきり言っておくが、団結とストライキは本質的に犯罪である。しかし次第に刑事共謀法理が下火となり、民事共謀法理によって規律された。エクイティ上のインジャンクションよって使用者は救済されるのであり、1890年代から1920年代にかけてさかんに利用された。1920年代のデトロイトにしても健全なオープンショップの都市であり、自動車産業は組合の組織化を抑止していたのである。
  ところが、大恐慌と産業別組合の台頭によりこの国はおかしくなってしまった。1932年のノリス・ラガーディア法によりレイバーインジャンクションの濫発が抑止され、1935年ワグナー法により団結権等が明確に規定され、団体交渉の普及による産業平和の確立という誤った政策を国策にしてしまったのである。
 しかし1946年に大規模なストライキが続いたこともあり、世論の大勢を味方として、共和党が大勝し、1947年に労働組合の力の濫用を抑止するタフト・ハートレー法がトルーマンの拒否権発動を覆して成立したこと。全国労働関係局も保守化したことにより、まずは無難な在り方に回復することはできた。
 重要な歴史認識として述べますが、大恐慌と産業別組合の台頭による、1930年代のワグナー法等の労働立法、ニューディール政策は決して労働組合の不動の完全な勝利ではなかったということです。それは米国社会の基盤の健全さを示しています。
 S.M.ジャコービィの著作を読みましたが、米国における労働組合不在企業の意義にについて、シアーズ・ローバック、コダック、IBMという代表的な組合不在企業文化にの意義について肯定的に論じてます。例えば大規模小売店シアーズのジェイムス・ワーシィの考えによれば、人事担当者の管理者は「参加、人間の尊厳、および意見を述べる自由といった」従業員の「諸権利」の庇護者たらねばならない。つまり企業経営における従業員尊重という理念は非組合セクターのものである。コダックも代表的な組合不在企業ですが提案制度やオープンドア-という非組合企業が採用している制度や先進的な福祉給付、1年間に2週間の休暇などの従業員政策などにより組合の組織化を阻止してきたとしています。コダックの社風が典型ですが、ジャコービィはウェルフェアキャピタリズムと言っています(こうした企業にも従業員組織はあるだろうが、産業別組合の組織化を抑止している企業を非組合企業とする)。米国には組合嫌いの企業、風土が根強くあるわけで私にとってはとても参考になったので長文になりますが、要旨を述べたいと思います。
 S.M.ジャコービィによると1960年代にアメリカの労使関係論の研究者が考えていたこと。GMやUSスチールのような組合を持つ企業の雇用システムが規範になるだろうなどという見方が全く誤りであったと指摘している(註1)。今日では「拮抗力」としての労働組合を支持する理論は信用されていない。リベラル派の学者が組合不在企業を社会に逆行するものとして扱ったことは大きな誤りであったとしています。
 すなわち合衆国では80年代、90年代に産業別組合や職業別組合が他国を上回るスピードで縮小に向かい、組合セクターの雇用システムから、非組合セクターや日本企業のような柔軟性に富む雇用システムに移行した。
 日本の有力企業の場合多くのケースではユニオンショップの組合が存在するとされております。しかし、日本の企業内組合は労使協調的で、米国の産業別組合のような厳格な職務統制、分業組織の硬直化にはいたらず、新技術導入と人員配置に経営者が強い権限をもっているため(この点では日本では公務員の組合のほうが悪質)、S.M.ジャコービィは内部市場類型論から日本企業の経営は米国の組合不在企業の企業文化に近いとみる見方をとっている(だからといって私は、ユニオンショップや企業内組合を支持するものでは全くないし、米国の産業別組合も大嫌いだが、日本の労働組合も全て大嫌いなのである)。もし1920年代にアメリカ産業に発達してきた会社組合、労働力配置の柔軟なアプローチ、雇用の安定化、福利厚生と諸給付の連鎖という「アメリカン・プラン」の構成は、もし大恐慌と産業別組合主義の台頭さえければ、アメリカは日本に類似した様相になったとされるのである(註2)。
 
 米国のもうひとつの特徴は、銀行や金融などホワイトカラーの組織化がされていないということである。このことはホワイトカラーの生産性にかかわる問題である。米国では1940年代に建設業、製造業、公共部門の運輸、エネルギー部門が組織労働者の80%を占め、最も組織化しやすい労働者の加入は40年代に終わっていた。
 労働組合運動の最盛期だった50年代前半でさえ、合衆国の組織率は35%にとどまり、コダック、シアーズ・ローバック、トムソン・プロダクツ、デルタエアラインズ、デュポン、IBMやほとんどの大銀行、大保険会社では、一人も組合に入ってない、もしくはごく一部の工場のみで組合を持つ態様を維持してきた。さらに、アメリカは南部をはじめとして組合嫌いの広大な後背地を有し、これらの地域への産業の流動が組合組織率を低下させる要因にもなった。
 GEは30年代初めにひどい解雇をしたため、気がつくと従業員の多くが全国組合を支持してしまい、表向き組合を受け容れざるを得なくなったが、戦後組合潰しに転じ、地理的拡散戦略をとったのだという。戦闘的な組合のある北東部の主力工場の雇用を1954年から64年にかけて60%減らし、ノースカロライナ、バージニア、インディアナ等へプラントを移し、組合がこれまで組織されなかった会社デュポン、イーライ・リリー、IBM、プロクター・ギャンブル、SCジョンソン、スタンダード・オイル等の経営手法にヒントを得るようになった。我々もよく知っている企業である。
 アメリカで1970年代に非組合セクターの評価が高まったのは、新規労働力の最良の部分を採用し、最新技術を活用し習得させることを楽にやってのけたからだという。
 組合セクターは厳格な職務統制、団体協約で定めた分業組織が硬直的で新技術を導入することができず、新技術導入と人員配置に経営者が強い権限をもっている日本企業の方が競争力で優位にあった。むろんアメリカの組合セクターのレイオフは利点はあったが、下方賃金の硬直性、労働過程における厳格な職務統制はレイオフができるメリットを相殺して余りあるものだった。
 それゆえ組合不在の新しい工場群が増殖した。これを「工場革命」と呼ぶ。ゼネラル・ミルズ、モービル・オイル、カミンズ・エンジンは部分的に組合のある企業だが、インテル、デジタル・エキップメント、テキサス・インスツルメント、サウスウェスト・エアライン、ウォルマートは完全に組合不在の新興企業であった。また、高学歴労働者は、非組合企業における個々人の賃率決定や実績評価を公正なものとみなし、標準賃率、共通規則、先任権を強調する組合を嫌ったのであり(註1)、非組合企業こそ現代社会にふさわしいものと認識されるようになった。アメリカの労働組合組織率は2000年に民間で9%、公共部門が37.5%にまで落ち込んだ。今日ではマイクロソフトやウォルマートにみられるように非組合型企業が主流になりつつあるとみてよいだろう。非組合企業こそ最も現代的で働きやすいというのが私の考えでもある。
 イギリスでは従来のショップスチュワードによる間接管理からヒューマンリソースマネージメントや目標面接等の直接管理が普及し、個別の業績評価が普及するようになり、能率がよくなったのはサッチャー及びメジャー政権下の労働改革で組合との交渉を使用者と任意とするなど一連の反組合政策(註3)で労働組合の力が弱体化した状況によるものである。
 だから、団体交渉だ団体協約だとかわめいている人はもう古いんですよ。結局組合の強い国や、労働者保護法制の硬直している国はダメになってますよ。コモンローの解雇自由原則が最善だと思います。解雇自由でも非組合企業は長期雇用・ノーレイオフを暗黙の了解としてきた。90年代以降業績の悪化などから大きなレイオフやリストラがありましたが、それでも従業員にフレンドリーな企業文化は非組合企業のものであり、労働組合の威嚇、威圧、職務統制がなくて働きやすいし、仕事を非能率にやれと統制のかかる職場より、やりがいがあるし働きやすいのであるから、非組合企業が最善と私は信じる。
 
(註1)S.M.ジャコービィ著 内田一秀訳『会社荘園制-アメリカ型ウェルフェア・キャピタリズムの軌跡』北海道大学図書刊行会 1999
(註2)S.M.ジャコービィ著 荒又重雄他訳『雇用官僚制』北海道大学図書刊行会 1989

(註3)山田省三「一九九〇初頭のイギリスにおける労使関係と労働法の動向」『労働法律旬報』1370号、1995
鈴木隆「イギリス労使関係改革立法と労働組合改革」『島大法学』39巻3号

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2006/04/01

政労協議に反対-公務員に団体交渉権を与えるな(2)

 地方公務員の労働組合が悪質であることを理解していただくために、2003年9月から書いた、東京都水道局長宛の要望書(実際には出してない)の草稿がみつかってでてきたので、書きかけのものですが、個人名が出ていた部分をカットしそのまま掲載します。勤務時間内活動についてはその後ながら条例の改正で改善された面がありますが、解散命令を出さないことは以前と同じです。
 
川西正彦(平成18年4月1日)

東京都の労働組合活動及び庁舎管理等の方針に関する根本的な疑問

 まず、国の九段第二合同庁舎(東京法務局・麹町税務署・中央労働基準監督署・関東運輸局東京分室等のある)正面玄関自動扉前に設置されている2個にある立て札について述べます。仕事上法務局の窓口に屡々訪問したので立て札のことをよく覚えているからです。

庁舎構内において次の行為を禁止すると書かれています。
1、凶器・危険物の持ち込み。2、腕章・はちまき・ゼッケン・旗・幟・プラカード・拡声器の着用又は持ち込み。3集会・演説・座り込み、及びこれに類する示威行為の禁止。4、面会の強要、・文書の頒布その他管理を妨げる行為。
 要するに国は、組合活動とは名指ししていないものの庁舎構内での職場集会や示威行為は明確に禁止しているわけです。
 
 私が職場で何が不満かといえば不適切な組合活動の規制がなされていないこと、特に郵便局など国の政策と比較して40年以上のタイムラグがあること。これが職場における大きな不満の一つである。
 まず庁舎構内で行われている、3割動員、2割動員と称する勤務時間内職場集会である。平成14年春の支所統合反対闘争では、中央支所の庶務課倉庫前の来客用駐車場のスペースで午後2時より集会がなされていたが、赤旗が何枚も貼られていてビラが集会場所だけでなく、階段の側面にびっしり貼られて(立て看板は1ヶ月以上放置)、200人ぐらいの人が集まってやっていましたが、ここは駐車場だから、水道局だけでなく、都税事務所の来客も含め迷惑がかかり、明白に正常な業務を阻害するものといえる。
 次ぎに平成6年から6年間勤務していた江東営業所(東一支所)の事例です。正面玄関前にお立ち台が置かれそこで職場集会がなされるのですが、赤旗が3~4本掲揚され、ビラはドア、窓部分とエトランスの壁面にびっしり貼られ、万国旗式のビラが天井に吊られて、終了後は、シュプレヒコールしながら、庁舎内を練り歩く態様のものですが、たぶん郵政や国であれば昭和40年代で完全に規制されたようなスタイルの示威行為がなされていた。この態様は明らかに業務を阻害し、営業妨害といってもよい。業務手当闘争の際は立て看も正面玄関脇の植え込み前に置かれたが、中央支所と違っては放置せず、引っ込めさせていた。引っ込めては出すという繰り返しだった。
 中央支所、東一支所いずれも管理職はいっさい監視活動も、解散命令も発することがないのである。組合との間で監視活動、解散命令を発しないと言う協定がなされているのですか、又その理由を説明してほしい。当局は賃金カットとはしている。3割動員を2割にするとか動員の規模を小さくしており、規制強化の努力をしているとか言うのだが、賃金カットすればよいというものではない、それはノーワーク・ノーペイということであって、適正良好な職場環境を維持し企業秩序に定立するためには、解散命令を発し、処分しなければ論理的一貫性はないわけです。郵政とか国では1960年代からやっていることを東京都はやっていない。それが非常に不満であると第一に申し上げたい。
 しかし、水道局の庁舎で私が知るかぎりこのような立て札をみることができません。千代田営業所では駐車場に来客以外の駐車禁止といった立て札があるだけです。国のように集会・演説等を禁止するという立て札を置くべきである。そうしないのは労働組合の示威行為を認めたいということですか。この点で国と都では政策に明確な差があります、国でやっていることをなぜやらないのか説明してください。
 

 郵便局であれば、昭和36年7月に『新しい管理者』というテキストにより、管理職の労務管理訓練を実施して、かなり徹底した組合活動の規制を実施してきました。不適切な組合の既得権、職場慣行の破棄、オルグの入局禁止、庁舎内の集会制限・禁止、掲示物の記載内容の規制、リボン・腕章着用者の処分、職場段階の交渉申し入は労基法上の三六協定・二四協定以外は団交事項として拒否。抵抗の強い職場には監視班の送り込んで、外勤者については局外の行動に同行するなどの監視の強化が行われた(座談会「全逓4.28処分の本質と人事院公平審査制度の意義」『労働法律旬報』1027)。無許可職場集会は解散命令を出します。拡声器を使うこともあります。それで当然だと思います。その結果として、全逓の闘争至上主義的組合活動は是正されていったものと理解している。水道局はそれに比べると非常にぬる過ぎると思うわけです。
 中労委命令も勤務時間内集会や無許可集会などは基本的に認めなかったし、水道局ではあたりまえとされている組合本部役員によるオルグ活動についても、組合事務所の立ち入りはよくても、事務所に入室することは許されない。また専売など国営企業についてはILOのドライヤー報告を受けて勤務時間内活動やチェックオフについて規制が強化されたといわれている。それに比べると、東京都の場合は組合活動の規制がぬるすぎてひどいと思うわけです。
 例えば全運輸近畿支部事件(最高裁第二小法廷昭和60年11月8日、棄却『最高裁民事判例集』39巻7号1375頁)、これは、勤務時間に15分から20分程度食い込む庁舎構内における職場集会の事例ですが、当局は事前に警告書を交付し、当日は口頭もしくは文書の手交もしくはプラカードにより再三解散命令を発した。そして分会長クラスが、集会での挨拶もしくは交渉経過報告もしくは頑張ろうの音頭とりなどの行為のため懲戒処分に付されたものでかすが、解散命令は再三行うよう管理職に指示されており、全運輸では昭和47年頃からは庁舎構内での集会は行わなくなったとされています。実際、仕事で霞ヶ関を通過したさい、全財務の職場集会を横目でみたことがありますが、敷地外の歩道であった。つまり国の場合は庁舎構内での集会は認めてないのです。江東営業所のように正面玄関で来庁者の出入りする場所はむろんのこと、構内での職場集会はきちんと監視して拡声器やプラカードを使って解散命令を出すべきです。のみならず、ビラ貼りも勤務時間中に堂々と貼られているのを私はみました。現行犯で処分すべきです。立て看板も同様に撤去されるべきものが撤去されずに一ヶ月も放置しているわけです。撤去命令に従わなければ処分すべきなのにそういうことをなにもやってません。つまり、東京都は組合の示威行為や争議行為に本質的に好意的なのです、これが我慢ならない点であります。
 なぜ、争議行為である集会の場所を提供し監視活動や解散命令をしないのか、この点について組合とはどういう取引になっているかを説明してもらいたいわけです。組合との交渉でいわゆる勤務時間内の動員決起集会について組合から自発的に賃金カットを申し出ることにより、庁舎構内の集会を事実上許可し監視活動や解散命令はしないで黙認する、そういう取引になっているんですか。これでは多額の組合費を収奪している労働組合にとってこたえるものではないし、むしろ解散命令を出さず事実上黙認することにより、組合の組織強制、団結強制の一翼を当局が担っているとみるほかない。
 つまりこうです。いわゆる所長席前に陣取ってなされている勤務時間内事務室内報告集会を当局は容認しています。これも中央委員会報告、書記長会議報告、交渉経過報告、それいがいにも突発的に行われることがあります。賃金カットしているといいますが、分会長・書記長クラスが司会・報告するものですが、いっさい解散命令を発することがない。事実上容認です。そこで、毎年年中行事のように闘争スケジュール、戦術、具体的には何月何日に何割動員をとか、この間ステッカー闘争をするとか、重要な闘争では総力戦として立て看闘争なども発表される。重要な闘争では組合本部からオルグ演説があり、千代田営業所の場合は、港分会からも団結のための演説があります。スト権投票の呼びかけが繰り返しなされ、高率の批准で闘争の意思を表そうとか呼びかける。それ自体が争議行為をあおっているわけので違法行為だと思いますが、スト権投票場所の便宜供与も含めいっさい管理職は容認するわけです。そこで、分会長・書記長クラスから、闘争期間につき必ず一回は職場離脱して動員集会に参加するよう指示が出される、所長席前での呼びかけにも、これを管理職はいっさい解散命令をいっさい発出しない。
 団結権とか労働基本権というものをどう定義するかが問題になりますが、たぶん労働組合の論理では団結権というのは他人を威圧して犯罪的反社会的行為(労働契約に反する行為)を強要する権利という考え方なわけです。例えば労働組合員の倫理についてプロレーバー労働法学者で沼田稲次郎はこういうことを言っています〔出所不明になったが探し出すようにします〕。労働者は階級の下の集合人格であって、個別人格というものを認めない。したがって労使関係における個人の自己決定は許されないとするのである。労働組合がストライキを構えたら階級の下の集合人格として吸収されている個別労働者がストライキに参加するのは当然だとするわけであります。こうしたプロレーバー学者の考えをつきつめていくと、労働組合というのは政府、暴力団と同様に他人に特定の行為を強制力を有する権力だということになりますし、実際、団結権というのは、組合幹部が組合員を労働契約違反行為を強制する権利を憲法によって認められている権利なんだという考え方をとっているのだと思います。
 だから、スト権一票投票が批准されれば、これは労働組合は個別労働者にたいして、威嚇、威圧により強制力として現れることになり、動員指令は事実上の命令ということになります。
 動員指令を割り振る回状が勤務時間中にまわされ、署名やカンパもそうですが、勤務時間中になされている。勤務時間中動員指示を所長席前から公然と発出しているの黙認することは実質的に当局が争議行為を支援しているわけです。
 わたくしは、囚われの聴衆の状況で、むりやり組合の主張や争議行為の呼びかけ指示を聴かされるというのは、相当な威圧になっており、争議行為に巻きこまれるように仕向けられているわけであります。無理矢理職場集会に参加させられているようなもので、これを容認している当局は組織強制、団結強制の一翼を担っていると理解してよいわけです。
 これは適正な職場環境とはいえない。しかし、これまで私が管理職や課長補佐級の監督職員に呼びつけられたさい、いわゆる頭上報告容認の当局の方針について抗議したところ、業務阻害であり争議行為の支援だということを絶対認めない。
 演説者もこちらに集中してくださいと言い、職務に専念することを否定するわけですが、大声での組合役員の指示は相当な心理的威圧効果がある。アジ演説中にも当然顧客から電話がかかってくる。演説の騒音で電話相手の声が聞き取れない。組合がアジ演説してるので大きな声でお願いしますとはいいにくいので難儀するわけです。たんにそれだけでも正常な業務を阻害しているといえるが、例えば江東営業所では、工務係の工事審査のために業者が待機するソファに工事係の技術員が占拠して職場集会がなされていたから、この時間帯は工事審査がなされないということで、業務を阻害しているわけです。といっても管理職はそれはおまえの解釈で、当局は業務阻害とは考えてないとのことであった。

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2006/03/26

政労協議に反対-公務員に団体交渉権を与えるな(1)

マッカーサー元帥書簡-政令201号体制は全く正しい(1)

 はじめに

  公務員制度改革とのからみで、下記のニュースのように労働基本権問題が急展開しているので、かなり心配だ。生きたここちがしない非常に嫌な気分である。このブログでこの問題を取り上げていなかったのは不覚だったし、これも国制の根幹にかかわる問題で、油断していたのが致命的なミスになるもしれない。
  http://www.asahi.com/politics/update/0320/009.html
  http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2006/20060322_1142991458.html
 
  川西正彦(平成18年3月26日)
 
  公務員の身分保障をなくし労働基本権を付与するという政策は自民党の行政改革本部で2000年末頃から検討されていて、とくに野中広務幹事長や太田誠一党行革本部長(当時)の積極的な発言が報道されていた。2001年12月に公務員制度改革大綱が閣議決定されたが、労組は労働基本権問題の進展抜きで制度改革を許さないとしてILOに提訴、2002年1月21日ILO理事会の勧告は、日本政府に対し、第1に「公務員に対する労働基本権の現行の制約を維持する」考え方を再検討するよう求め、第2に「条約違反の法令を改正して、結社の自由の原則に適合させる観点から、全ての関係者と全面的で率直かつ有意義な協議が直ちに実施されるよう強く要請」して政労協議も行われた経緯があったが、政労協議は決裂し、いったんはほっとしていた。しかし、経営者団体が労働基本権付与に積極的な提言をしたり、政府・与党が人件費総額抑制を方針としているので、これまでの経過からその見返りに基本権付与というかたちで労働組合に接近する可能性も予測可能なことだった。朝日新聞によると今通常国会で一気にやる可能性もあるようだ。私が反労働を標榜しているにもかかかわらずこの問題をこれまでブログで取り上げなかったのは一生の不覚だ。しかし放心状態になるのはまだ早い。土壇場から反対していきたいと考える。
  ILOの勧告に従う必要はないその根拠は6年前に研究していたことである。パソコンのクラッシュで草稿を失ったが、出していきたいと思います。ここではILOになめられるなということだけ述べます。例えば、週刊労働ニュースの何年何月号か忘れたが、福田官房長官との協議でILO側は、公務員の労働基本権と絡めて、ビルマへの制裁発動を持ち出した(ビルマ政府はILOからの勧告を10年来無視し続けたため2000年11月の理事会にてILO史上初の憲章33条に基づく制裁を発動した。ビルマでは、ILO87号条約(結社の自由)29号条約(強制労働の禁止)の批准国だが、強制労働が行われ、労働者の団結権は否定されているとされる)。我が国は大国であるからビルマのような小国と同列に置かれる筋合いなど全くない。ビルマ並みに扱ってやるぞとの脅しにびびる必要もない、ILOになめられているように思う。
 又、ニュージーランドは1991年雇用契約法(Employment Contracts Act)により、個人は企業と直接雇用条件を定めなければならないとされ、労働組合が勤労者から委任された交渉当事者となる場合でも、使用者側の承認を必要とするとされた。その結果、組合の財政は破綻し、集団交渉権を有する勤労者も1991年以前の60%から25%へと低下。http://www.works-i.com/article/db/aid161.html。つまりこの法律は勤労者に集団的労働関係に縛られずに勤労できる権利を与えている。勤労者は組合に強制されない自由を享受した。私は個人主義的自由主義ですから、労働組合に干渉されることのない個別雇傭契約を使用者と結ぶ自由が夢のような世界に思えた。しかしニュージーランドの光は2000年の政権交代でこの法律は変えられた。再び集団的労働関係を基本とする制度にかわった。但し、勤労者には組合に加入しない権利は残された。
  ILOはこの雇用契約法(Employment Contracts Act)のように団体交渉の否定を認めてない。この政策が普及すると労働組合が駆逐されるからだ。ニュージーランドの労働組合はILOに提訴して、政策をひっくり返したのである。ILOはけしからんことにニュージーランドの夢を潰しました。Dr. Charles Bairdのコラムもみてください。http://www.sbe.csuhayward.edu/~sbesc/00aprcol.html

 団体交渉の普及による産業平和を確立する政策は、1935年の米国のワグナー法、ニューディール政策がそうですが、これはあくまでも20世紀型の社会政策にすぎないのであって、その善悪、経済政策として妥当性の評価は客観的に論じられてしかるべきあり、労働政策において所与の前提とする必要はない。その米国も民間の組織率は9%です。マイクロソフトやウォルマートに代表される非組合型の企業が主流になりつつある。従って国際労働基準なんていうものは普遍的価値でもなんでもないからこれにこだわるのは頭が古い人です。21世紀にはそれにふさわしい公共政策、労働政策が求められてしかるべきである。しかも我が国はニュージーランドのような小国ではない。国制の根幹にかかわる問題でILOによって政策にたがをはめられるの必要など全くない。
 
  自民党の幹事長や行政改革本部が労働基本権付与に積極姿勢をみせていることに政策理念の問題として批判しておくと、例えば民間との競争入札による市場化テストというのはイギリスや合衆国の模倣だが、保守党政権の民営化政策というのは基本的に組合潰し政策であった。というのは、ブレア政権で組合承認制度が復活したため労組は生き残っているが、保守党政権はこれを否定して、組合が存在しても団体交渉するか否かは使用者の任意としたからである。さらにクローズドショップの否認、二次的争議行為や組合の内部運営への干渉的政策など、一連の反組合政策で組織率は著しく低下した。そのころは2010年頃までにイギリスでは組合が消滅して夢のような国になると期待したものだ。要するに労働組合は国家が労働者を組織強制し団体交渉を使用者に強要させる政策を棄てていくと消滅していく運命にある。イギリス保守党政権労働政策は思想的に一貫しており、サッチャーのように組合に敵愾心を燃やす指導者なら信頼できる。しかし小泉は表向き新自由主義的な改革を唱えながら、連合の大会やメーデーに顔を出して秋波をおくり、政労協議のような政府と組合幹部がつるむかたちで勝手に政策をきめ、労働組合権力を強化するやり方は、新自由主義的とはいえない。打算と政略だけの改革のように思える。
  また追って掲載しますが国家公務員は取り締まりをしていても地方公務員はそうでない面が多い。明らかに正常な業務を阻害する事業所内・勤務時間内の集会やストライキの呼びかけ、闘争スケジュールの伝達、アジ演説、オルグ活動など解散命令を発出しないんです。東京都ではながら条例の改正があり、午後3時以降の組合活動のための離席自由の慣行とか、勤務時間内に組合役員が大声で組合員を召集して集団で所長を取り囲んで罵声を浴びせてつるし上げるかたちでの所長交渉はみられなくなったなど若干改善はありましたが、違法集会の解散命令を発出しないという点では前と同じです。庁舎管理規則は有名無実で赤旗や拡声器の庁舎内持ち込み示威行為などについても管理職は監視も解散命令も発出しません。すくなくとも東京都水道局はそうです。国家公務員はこういう点はきちんと取り締まっていると思いますが、いまだに勤務時間内の組合活動その他と、争議行為に巻きこむ圧力や威嚇、職務統制によって、一般の勤労者がどれだけ不愉快な思いをして働いているかも知ってほしいと思います。そもそも労働倫理と社会の一般的規範に反する団体行動を強制する権力というものは巨大な悪だという認識をもってもらいたいと思います。
 
  私は比較的健康状態のよかった6年前にこの問題を研究して、それらの草稿はパソコンがクラッシュで失ったが復元ソフトで草稿を若干引き出せたし、資料もある程度整理してあるので、あまりにも遅くなったが反論を開始することとする。労働三権問題の研究を中断したことについて、言い訳するのは男らしくないが云わせてください。自分はもともと体質に合わないのにほとんど抗不安剤で中毒的に煙草を吸っていた。性格的に煙草を深く吸い込む癖があり、煙草の吸いすぎで2004年まで体調がかなり悪かったことなどがある。2003年に偏頭痛が起きて20年ぶりに医者にいったが、それは薬ですぐ直った。せっかくだから禁煙の貼り薬の処方箋をもらうことにした。「ニコチネルTTS」で禁断症状もほとんど出ないで煙草を完全に禁煙できたのはよかったんだけれども、論争的なテーマで作文したりすると煙草が欲しくなるから自重していて、やる気のない状態が続いた。ところが煙草をやめても気分が快活になれず、2004年に狭心症になってかなり長い間「救心」でしのいでいたが、発作が頻発してから別の近所の医者に通うことにした。ニトロがすぐなくなるからもっと出せと医者に催促したら、最高の薬を呑んでも症状が改善されないのは重症だ、大病院でカテーテル検査をして場合によっては手術したほうがよいといわれた。発作が夜中の2時頃に起きて、寝てまた発作が起きるようなことが続いたので、2004年11月紹介状をもらって大病院にいったところ、問診だけで重症と診断され2日後に検査、結果、その日の深夜に緊急に冠動脈バイパス手術をした。結果論をいうかなり前から動脈硬化が進行して心臓が弱っていたが、医者嫌いだったので放置していたことになる。術後は健康が回復したので積極的に労働問題にも取り組むべきだったが、心臓が弱ってたときの悪癖で自重したのが失敗だった。皇室典範問題を取り上げのはよかったし反響もあり今後も続行しますが、私にとって人生最大の敵は労働組合なのでこの問題を取り組まないとブログを創った意味もなくなる。このままでは腑抜けの女々しい男と罵倒されることになるから、もっと積極的にこちらの問題も取り上げるべきだった。しかし後悔してもはじまらない。取り返しのつかないというものでもないので、土壇場の状況で頑張りたいと思う。

  自分はコモンローの誠実労働義務のような考え方を重んじる。自分が世の中で一番嫌悪するが団結。労働組合は仕事の抛棄や遅滞などの悪いことを人に威嚇をもって強要してきて個人の自己決定を徹底的に否定するが、これまで自分はパトロールで罵声を浴びせられたりしても怯むことなく、ストに参加せず真面目に仕事をしてきたことが唯一の誇りで、非組合員である。労働組合の職務統制や団結強制によって非能率的に働いたり、熱心に働くことを否定するような在り方に堪えられない性格だ。公務員については労働基本権付与は絶対反対だし、本質的に犯罪行為であるストライキの殺気だった状況を最も嫌うものである。 
  もっといえばそもそも憲法28条、ILOにかなり懐疑的、ノンユニオニズムを国家戦略として、最終的には労働組合を駆逐するのが理想。労働組合のない企業が勤労者にとっても最も働きやすく満足できるという考え方。勤労者に組合の団結強制から保護する権利の付与、すなわち団結否定権(団体行動せざる自由、ストに参加せず就労する自由)の付与(注1)。あるいは、米国のタフトハートレー法のように労働組合にも不当労働行為制度を適用して活動を制限すべきである。組織強制の規制、ユニオンショップの否定、エージェンシーショップの否定(合衆国南部を主として22州が自由勤労権を保障している)、ピケッティングの規制(英国では六人以下で平和的なものに限定、就労者の通行阻害の否定)、団結自治の否定、例えば公認ストライキ投票制度(英国のようにスト権投票を郵便投票により第三者の監査が入る制度)さらにストライキが公認されても勤労者の団結否定権を付与といった徹底的な反組合政策が理想と考え、極論すれば1800年の宰相小ピットの提案による団結禁止法(注2)が最善とすら思ってるくらい団結とストを嫌悪する。 
  当然職場では労働組合やそれと結託している管理職と軋轢を生じることになる。2001年に上司に出したこれでも比較的穏健な内容の苦情の草稿が復元できたので、一部省略のうえまず掲載します。いわんとすることは国会議員はストライキとか団結強制の恐ろしさをや労働組合の威嚇、職務統制や違法活動の悪質さというものをまだ十分認知していないのではないか。安易に労働三権を付与して、労組の権力を強くさせるような発想には大反対だということをまず述べておきます。そのうえで本論に入ります。

(註1)英国の保守党政権による労働改革で高く評価できるのは1987年英政府緑書『労働組合と組合員』で、個人が争議行為の呼びかけを無視して就労することは「欠くべからざる自由」との原則論を示し(古川陽二「翻訳と解説:英政府緑書『労働組合と組合員』」『沖縄法学』16号、1988)これは労働改革の仕上げであるメジャー政権において勤労者の権利として確定されたようだ。
(註2)神崎和雄「イギリス団結禁止法に関する試論」『 関東学園大学紀要経済学部編』第10集1985

 これは労働組合の職務統制(業務遂行方法の統制)の悪質さの一例にすぎません。
2001年12月に上司に提出したものの草稿を掲載します。

労働組合の職務統制による非能率的業務遂行方法の強要についての苦情

川西正彦

 「‥‥管理要領」の4頁「パーソナルコンピュータに搭載されたソフトウェアを削除・変更し、又は追加してはならない」には(設置されているときからインストール済の)搭載された文書作成用汎用ソフトの使用を明文上禁止していないのに、組合の職務統制と組合と結託した管理職により、使用する職員に陰険な攻撃が加えられる虐待状況にあるので、この点での解釈を明朗なものにしてもらいたい。

 先進企業においては、イントラネット導入はもとよりペーパーワークの削減は至上命令になっている。合衆国連邦公務員でもペーパーワークの削減は業績評価の重点項目化されいるところが、我が水道局では労働組合が、OA化の推進に縛りをかけるとの方針により、ペーパーワークの削減に反対し、(事実上の)一人一台パソコン体制を許さないとしており、既にパソコンが専用(一人一台が机に設置されるがオンラインシステムのみ専用で使用-日立のロゴの上に野暮ったく専用のシールがはってあり、システムが導入されるのが半年遅れたため、何も使わないと組合の職務統制でただデスクトップパソコンが机の上に置かれていた)で使用できる環境にあるにもかかわらず、汎用ソフトとして搭載されているメモ帳、ワードパッド、マイクロソフトワード、ジャストシステムのワープロソフト(一太郎)を使用させないというきわめて非能率的な業務遂行方法を強要されていることに強い怒りを持つ。
 パソコンがあるにもかかわらず、文書作成の汎用ソフトを使うことはまかりならんなどという、こんなばかげた業務遂行方法はなんとかしてもらえないのか。
 そればかりか、管理職は組合と結託して執拗に文書作成ソフトを使わせないよう攻撃を繰り返し、非常に不愉快で敵対的な職場環境にある。離席して共用のパソコンで文書作成せよといっても、第一に離席によってその間電話をとることができない。、電話をとることがかなり重要な仕事なのである。他の係員に甚だ迷惑がかかるのみならず、自席の資料を参照できず著しく非能率である。さらに、共用パソコンは係長などがよく使用するので、かなり時間待ちになり甚だ非効率である。自席に専用のパソコンがあり、それを使用して弊害がないにもかかわらず、使用してはいけないなどというのは全く異常な状況というほかない。
 ところで、「‥‥管理要領」が七月に配布され、第一次研修がなされたが、組合の意向に従って、4頁の保安管理「(4)パーソナルコンピュータに搭載されたソフトウェアを削除・変更し、又は追加してはならない」との項目を二度にわたって強調した。私は組合営業部会の‥‥が「文書作成用汎用ソフトを抜いてしまうこともある」と言っていたことから、組合の職務統制を非常に警戒していたことから、どういう文書作成ソフトが搭載されているかを質問したが、所長の××は何も答えず、従来どおりワープロは自席のパソコンではなく、ワープロ用の共用のものを使用することになるとした。
 その後、この4度にわたって、所長の‥‥より一回はこちらからの抗議、一回は別室に呼び出し、一回は私が停職中にわざわざ押しかけ、一回は自席にきて叱責というように、執拗に文書作成ソフトを使用し、組合の職務統制・団結強制に従わないことに攻撃を仕掛けられおり、組合前役員の‥‥は各席を見回って、文書作成ソフトが使用されていないか、監視活動を勤務時間中に行っている。
 しかし、上記「管理要領」の明文規定では、搭載ソフトの使用を禁じてはおらず、当局もペーパーレス化を目標として一人一台パソコンの配備を行ったわけである。11月9日に呼び出されたときは、10月29日付営業部管理課長よりの事務連絡「端末機器・情報管理の徹底について」に基づき、陰険に攻撃をされたわけだが(内蔵の搭載ソフトを使用するのは外部ソフトを入れるのと同罪との趣旨)、私は、(はじめから入っている)搭載ソフトを××××スケジュールや覚書、‥‥進行のメモ等、従来手書きだったものを、能率的に仕事をするために使用しており、従来より、共用パソコンの時間まちをしないことにより、より能率的に仕事ができるようになった。それを、やめさせようとしている。あくまで組合の職務統制に従って、非能率に仕事をやれと威嚇してきている。
 ウイルス感染などのシステム破壊の虞があると攻撃しているが、フロッピーで共用パソコンから専用パソコンに移しただけである。‥‥業務以外では一切使っていない。「事務連絡」では外部ソフトをみだりに使用することが困ると書かれているが、内蔵されているソフトを使うことも同じと付記されていて、この事務連絡の意図が組合の職務統制に応じたものだということがわかる。外部ソフトはCDからインストールできないようになったおり、この趣旨は事実上、組合の職務統制に従い、非能率に仕事をすることを要求しているものたで到底納得できない。管理職の仕事は組合の既得権の確保にあるわけではなく、このような組合との結託は、公務員が能率的に仕事を行うことを妨げるもので極めて悪質であり、こうした姿勢を正してもらいたい。  1990年代以来、(民間では)成果主義的人事管理がかなり浸透するようになったが、ホワイトカラーの生産性を高めていくために、個々の職員にはエンプロイアビリティー(中長期的雇用に値する有用な実務能力)の向上を要求されるようになっている。そのためには、従来手書きで無意味に時間をかけたりしていたものはなくしていくことが良いのはあたりまえである。水道局でも一方では数値目標化により能率をアップしていくことが方針として伝えられており、そうした方向性と矛盾するだけでなく、ほとんど虐待状況といえるような異常な事態と認識している。
 ‥‥などはイントラネットや、ワープロは監督職員だけのものだという趣旨を述べているんだけれども、先進企業では、組織をフラット化するため、イントラネットによりプロジェクトの協同作業や、上層部との直接的やりとりを可能にして効率化を図ろうとしている。ヒューレット・パッカードの社内公募制でセルフアセスメントなどの仕組みはイントラネットであり、IBMでは福利厚生関係でイントラネットにより効率化を図ったことなど知られているように、イントラネットは監督職員だけが使うということでは意味が全くないのである。おまえたちは組合の職務統制に従って非能率に仕事をやれということだが、能率をあげて職務を遂行することが基本倫理であり、容認しがたいのみならず、こんなやりかたじゃ、事務職としてのスパンを拡げていくこともできない。
 組合は昨年の年末闘争でも違法職場集会(勤務時間内事務室内)でも演説者(‥‥)がOA職場は非人間的、パソコンは仕事にのめりこませ悪であるとして攻撃していたが、今年も12月21日の職場集会で演説者(‥‥)が、同様に仲間の繋がりをなくすなどとして攻撃、必要以上なものを増やさない。今後も縛りをかけていくと強調。イントラネットも導入させないとしていた。これは組合の特殊な利害に偏向した意見であって、これと結託してペーパーワークを減らさせないよう仕向ける管理職による攻撃は今後も辛辣なものとなるはずで、職場における脅威になっている。組合の既得権維持に協力することに狂奔しペーパーワークを減らすことができない管理職は傾斜配分で減額するなり処分するが筋であって、むしろ一般職員を組合役員からの理不尽な攻撃から護っていくべきなのに、それと逆のことをやっている。こんな異常な職場環境は是非とも改善していただくよう希望いたします。
 一人一台ということで、現在使用している日めくりの卓上カレンダーなどはなくなり、スケジュール表はパソコンに書いててはぱき仕事ができると期待していたのに、がっかりである。みだりに離席することなく能率的に職務を遂行するのが基本的な労働倫理であるし、いまや表計算ソフトやパワーポイントを使用してプレゼンテーションできることは事務職は必須とされている時代、できるだけ手書きを多くして非能率的に仕事をするということほどばかげたことはない


この苦情は組合との協議事項なので却下。その後の経過については追って掲載するが、要するにこういうことである。私が総務部にきいたら一人一台が方針だというが営業部はまだ決まってないし、オンラインシステム専用にしているのは、技術的問題なのか労働組合の要請なのかもきいたが、なんともいえないとのことだった。局内でも見解が違うのである。一人一台は表向きの方針にすぎず、管理職は組合営業部会の下請け人となりで組合の業務遂行方法の統制に従って非能率に働くことを強いることが彼等の仕事であった。 私が自宅のパソコンのパソコンを購入したのは2000年で遅いほうだ。テキストエディターのグレッブ機能と翻訳ソフトに感激したし、自宅のパソコンには高性能のテキストエディターを多数備えていたので、もっとも初歩的なソフトであるマイクロソフトメモ帳を使うことはない。しかし職場ではそれさえも使わせないというのが腹立たしい。
自分の妹が民間で働いていたのできいたら、パソコンの共用は信じられない。ワードとエクセルとアクセスを使いこなすのはあたりまえだと言っていた。アクセスとは何かときいたらそんなのも知らないのかといわれた。
 以上のことは、組合の職務統制の悪質な一面のごく一部にすぎない。私はそれによって非能率に無意味な仕事をすることを強いられてきたこと(労働倫理に反する悪い行為の強要である)を非常に不愉快に思っているのである。

マッカーサー元帥書簡-政令201号体制は正しい(1)(本文)
                                       
1 合衆国でも公務員に団体交渉権など与えてないのだからマ元帥書簡発出による軌道修正は当然
                                       
日本の戦前の官吏、待遇官吏、吏員はドイツ公法の考え方と同じ、公法上の勤務関係、特別権力関係にあると考えられ、官吏服務規律第一条は天皇陛下及び天皇陛下の政府に対し忠順勤勉を主とし、法令命令に従ひ各その職務に奉仕する旨規定し、私法上の契約雇用関係ではなく、官吏の俸給は労働の対価ではなく、「天皇の官吏」として社会的体面を保つにふさわしい身分給として、高等官は年俸、判任官は月俸、俸給表は天皇大権により勅令により、枢密院の諮詢事項として扱われ、官吏の待遇にかかわる勅令は法制局が、予算は大蔵省が所管した。天皇大権事項だから団体交渉などありえないし、争議行為などは無条件に否定される。
ところが終戦直後の官公労働はきわめて異常な無秩序、混乱に陥った。その要因は総司令部経済科学局労働課の指導により、憲法が制定されなかった段階において、逸早く昭和21年3月1日から労働組合法が、21年10月13日から労働組合調整法が施行され、官吏は労働組合法が一部の例外を除いて適用され、政府職員の組合は労働組合を結成し、非現業以外の職員には争議権が認められ、当局との間に労働協約が適用されることとなったことによる。これは合衆国本国の法制・判例法とも全く合致しない急進的で異常な政策で経済科学局労働課長キレンはAFL系労働組合副委員長であり、労働組合主義者である。このような人物によって労働政策が指導されたことが、終戦直後の混乱・無秩序をもたらしたいうべきである。
 占領政策の転換は当然のことであり昭和23年7月22日マッカーサー元帥の芦田首相宛書簡の発出により、31日政府は政令201号により政府職員の団体交渉権、争議権の否認、既存の団体協約の無効化を定め、GHQとの協議により、11月に国家公務員法が改正された。労働課長キレンは団体交渉を否認する占領政策の転換についていけないとして、辞意を表明し帰国するが、実質的には追放されたわけで、アメリカ本国でも公務員の団体交渉や争議は認められてないのに、本国よりも急進的な政策を軌道修正したマッカーサー元帥の政治判断は全く正しかったと評価する。
 ここではマッカーサー書簡がルーズベルト大統領が1937年連邦公務員全国連合のルーサー・スチュワードに宛た有名な書簡を引用している部分を中心に引いておく。いうまでもなくルーズベルトはニューディール政策の推進者だが、職員団体の論理的地位を認めつつも公務員の団体交渉の可能性についてははっきりとした限界(definite limits)があることを明確にしている。
 
  昭和23年7月22日内閣総理大臣宛マッカーサー元帥の書簡(抄出)
                      ( 松林・寺田編 労働基本権関係資料『法律時報』48巻8号)
 ……勤労を公務に捧げるものと私的企業に従事するものとの間には顕著な区別が存在する。前者は国民の主権に基礎をもつ政府によって使用される手段そのものであって、その雇用される事実によって与えられた公共の信託に対し、無条件の忠誠の義務を負う。‥‥公務員の上にはこの国民全体に奉仕する義務が負わされている。‥‥……労働者の権利の唱道者として第一人者であったかつての故米国大統領フランクリン・ローズベルト」の言葉によれば「国民はその利益と福祉の為に政府活動のうちに秩序と脈絡とが維持せられることを要求する。公務員の上にはこの国民全体に奉仕する義務が負わされている。これは最高の義務である。彼等自身の職務が政府の機能に関係するものである以上、公務員の争議行為は彼等自身に於て要求が満足せらるるまでは政府の運営を妨害する意図があることを明示するものにほかならない。自ら支持を誓った政府を麻痺せしめんと企図するこのような行為は想像し得ないものであると同時に許しえないものである。」
 余はこの見解に全面的に賛成である。雇傭若しくは任命により日本の政府機関若しくはその従属団体に地位を有する者は、何人といえども争議行為若しくは政府運営の能率を疎外する遅延戦術その他の紛争手段に訴えてはならない。何人といえどもかかる地位を有しながら日本の公衆に対しかかる行動に訴えて、公共の信託を裏切るものは雇傭せられているが為に有するすべての権利と特権を抛棄するものである。
 「ローズベルト」大統領は更に言っている、「すべての政府職員は普通に知られている所謂団体交渉の手段は公務員の場合は採用できないものであることを理解せねばならぬ。団体交渉は国家公務員制度に適用せられるに当たっては明確なそして変更しえない制限を受ける。政府の性質並に目的それ自体がその行政運営に当る官吏をして政府職員の団体との間の協議若しくは交渉に於て使用主を代表し又は拘束することを不可能ならしめている。使用主は全国民である。国民は国会に於けるその代表者により制定せられる法律によりその意志を表明する。従って行政運営の任に当る官吏も雇傭せられているものも、均しく人事に関し方針、手続並に規則を定める法律によって支配せられ、指導せられ又少なからざる場合に於て制約を受けている」と
 然しながらこの理念は公務員たるものが、自ら若しくは選ばれた代表を通じ雇傭条件の改善を求めんが為に自由にその意見見解若しくは不満を表明する個人的若しくは団体的の妨げられることなき権利を有しない意味ではないことを明確に了解しなければにらない。この権利は民主主義社会に固有の権利であり奪うべからざるものである。而して余はこの権利は現に提案されている国家公務員法の修正案の中に十分規定せられていると信ずる。

 勤務条件法定主義、財政民主主義、市場の抑制力論など持ち出すまでもなく、団体交渉権を与えることなど絶対できない。私はこのマッカーサー書簡の線を一歩も譲歩すべきでないと思います。米国でも団体交渉は否定され、職員団体が議員への陳情を通じて雇傭条件の改善を求めていた。そのレベルを超える必要など全くないということです。マッカーサーの政治判断は全く正しい。
 
 マッカーサー元帥書簡の団体交渉権、争議権の否認については7月28日法務庁検察局より疑義が提示されたが、8月3日総理庁政策審議室より「違憲論に対する反駁」がなされている「いわゆる団体交渉権及び争議権を禁止することは決して日本国憲法に違反するものではないと確信している‥‥公務員の使用者は、国であり、民主国家においては、実質的には自己をも含む国民統合体であって私企業の労働者の場合のような対等な私人である資本家ではない。憲法第十五条第一項も、『すべて公務員は、全体の奉仕者であり、一部の奉仕者の奉仕者ではない』と規定としている‥‥したがって、勤労者としての一般的権利も、この公務員の性格によって、制限を受けることは、憲法自体が予定している」とする。
又、昭和24年の国鉄弘前機関区事件判決で最高裁大法廷は、政令201号がマ元帥書簡にも、また「日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有する」勅令542号にも反しないとしたうえ、「国民の権利はすべて公共の福祉に反しない限りにおいて立法その他国政のうえで最大の尊重をすることを必要とするものであるから、憲法二八条が保障する‥権利も公共の福祉のために制限を受けることは己を得ないところである。殊に国家公務員は、国民全体の奉仕者として(憲法一五条)公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行にあたって全力を挙げてこれに専念しなければならない(国家公務員法九八条一項)であるから‥‥一般に勤労者とは違って特別の取扱いを受けることがあるのは、当然である」として、政令201号の適法性は確認された。
しかしながら、上記の総審の「反駁」や弘前機関区判決に示される「全体の奉仕者(憲法15条)」や「公共の福祉」論については、プロレーバーよりさかんに攻撃された事柄である。
  従って、私の意見は総審の「反駁」や弘前機関区判決多数意見の論理に満足できないのであって、むしろリベラルな憲法解釈でありながら公務員の労働三権を否認する栗山茂判事の補足追加意見のほう明快のように思える。但し同補足追加意見の思想に全面的に賛同するものではなく、労働三権否認にもっていくテクニックについて評価する。
「多数意見は‥‥国家公務員はもともと憲法二八条の保障する権利を有しているけれども、これを政令二○一号が公共の福祉のため禁止したからとてこれを以て憲法二八条に違反するものということはできないとしている。しかし日本国憲法によればすべての基本的人権はそれを享有している個人の利益のためばかりでなく公共の利益のためにも保障されたものであるから公共福祉のために利用されるべき責務を伴っている。このことは個人の幸福と公共の幸福は共通のものであって相排斥する別異のものではないことを意味する。
後者が前者より重いときは後者に吸収されて前者が法律で否定してもやむを得ないという考え方は絶対主義的なものであって日本国憲法のものではない」とされ、公共の福祉に名のもとに権利・自由が奪われてよいというものでないとして多数意見の論法を批判する。
 そこで同判事は、公務員はそもそも憲法二八条の「勤労者」ではないと言う。「憲法二八条が保障している権利は私有財産制を前提としていることは沿革上明である‥‥この労使(労資)の対等取引を前提として正義を分配しそれを保障したものが憲法二八条である。然るに国又は地方公共団体とその公務員との関係は毫も対等取引を前提とする関係でもなければ又もとより私有財産制度を前提とする労使の関係にかかわりないものである。それ故公務員は憲法二七条にいう勤労の権利を有する者であることは勿論であるけれども本質的に憲法二八条の勤労者でないのであって、同条が保障している権利はもともと享有していない」従って争議権付与か否かは立法政策の問題にすぎないとする。
 同様のものとして宮沢俊義説がある。「憲法二八条は、一般に勤労者『団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利』を保障しているが、ここに『勤労者』とは、主として、私の企業における勤労者を指すので、国又は地方団体の公務員はそれに含まれないと解すべく、また、純然たる公務員でなくても、公益的性格を持つ企業の勤労者については、純然たる私の企業とはちがって制約が、当然にみとめられるものとする解するのが、正しい解釈であろうと考える。(宮沢俊義「昭和23年政令201号事件」『公法研究』第1号1949)。 
 比較法制的にみても、占領下の経済科学局労働課の政策というものは、突出して急進的なものであった。
 そもそも労働基本権というが、そんなものは本質的に人権でもなんでもない。アメリカはワグナー法による制定法上の団結等の保障である。英国はコモンロー上の共謀法理で団結もストライキも犯罪であったが、1875年共謀罪財産保護法で刑事共謀免責を定め、1901年のクィン事件判決でクローズドショップ争議の民事共謀性を確立したが、1907年の労働争議法により、不法行為免責を定めた。であるから制定法上不法行為免責という、消極的な保護であって、権利として保障するという性格のものではない。
 アメリカでは1940年代に、郵政・TVA・全国労働関係局の組合との文書による協定があり、百以上の都市の自治体で職員組合との交渉があったとされているが、団体交渉と団体協約は疑いの目でみられていた。1940年代後半の多数の判決においては、公務員の賃金その他の勤務条件決定権限が立法機関にある以上、行政機関たる政府使用者は公務員と右事項につき団体交渉権をなす権限も義務もなく、締結された協約はいかなる意味でも法的拘束力をもたないと宣言され、公務員のストライキは、公僕たる公務員の主権者に対する叛逆として違法と取り扱われていた。
 以上私は、マッカッサー元帥書簡、政令201号、総理庁政策審議室「違憲論に対する反駁」、弘前機関区判決の栗山茂補足追加意見、宮沢俊義説を支持することを述べたが、栗山補足追加意見や宮沢俊義説は入り口の議論で公務員の憲法28条の適用を排除する論理なので単純明快なのである。しかし判例はこのような説をとっておらず、栗山・宮沢説を継承している見解と思えるものとしては出所が不明になったが、井出成三説(法制局次長・文部次官・愛知学院大学教授)を見いだすことができた。要旨-公務員の任命就任は統治作用を担当する統治機構の一員としての組み入れであって、公法的な関係(任命行為説、公法上の契約説であれ)に立つ。官公労のいう国鉄ストと私鉄スト、市バスと民営バスのストでは利用者が迷惑を蒙る点では同じ言う論理については、公企業とするか私企業にまかせるかどうかは、立法政策上の問題であるが、国会・地方議会の議決により法律条例として公務として採り上げられた事業である以上、国会の議決-国民の総意としてスケジュールどおりの公務の提供を国民に約束したもので停廃は許されないのだとする。又、ストによる国民の不利益を過少評価できないとし、婚姻届の受理、不動産登記、供託受理、特許、許認可事務、助成金の交付業務等を羅列したうえで、これらの停廃が国民の身分上、財産的不利益をを蒙ることは警察や消防と同じ次元の問題とされ、さらに宮内庁式部職がストをやった場合、天皇の国事行為中の外国大公使の授受たる信任状の友好哩な受理が妨げられ、国交上深刻な悪影響をきたし、宮内庁職員がピケを張った場合、天皇の国事行為である法律政令の公布に支障をきたすとする。
 しかし、判例理論は、このような見解をとってない。そこで判例分析の技術的な議論を行わなければならないが、今回は本質的な問題としてマッカッサー書簡の論理を墨守継承すべきであることをまず述べました。

2 マッカーサー元帥書簡発出の背景

 GHQの占領政策は当初、軍人と財閥の解体に関心が集中し、官僚制改革は日程にのぼっていなかったのだが、憲法第五章「内閣」の起草に携わった民政局エマソン中尉の主張により、戦前の身分制的特権的な官吏制度を改革し、アメリカで発達したメリットシステム(資格任用制)や職階制を柱とした科学的人事行政制度を導入するため、昭和21年11月ブレイン・フーバーを団長とする対日合衆国行政顧問団が来日した。他方同年11月全官公庁労組共同闘争委員会が設置され、12月吉田反動内閣打倒国民大会が開かれ緊迫した情勢となっていた。政府は官公吏待遇改善委員会を設置し一人千円支給で組合と妥協しようとしたが、昭和22年正月吉田茂首相の「不逞の輩」発言に態度を硬化した組合側は「二・一ゼネスト」を宣言し、結局1月31日マッカーサーのゼネスト禁止令により事態の収束が図られた。この情勢における同年2月の吉田・フーバー会談で吉田はGHQに対し官公労対策を求めた。すなわち官公労がトラブルを続発させていること。しかも人員が多すぎ、勤務時間を組合の組織化やデモに費やし、我々は敗戦国民であり、倹約を必要とするが、彼らに悟らせることが困難であると説明、フーバーは初めて聞いて驚いた。今こそ政府を再編し健全なベースに据える好機であるという吉田の見解は正しいと応えたうえ、中央人事行政機関設置の勧告を考慮していると切り出し、吉田は一応理解したともいわれる。
 フーバーは当時の官界の無規律・無秩序について次のように云ってます。
「‥‥某々省においては、数千という職員が、その勤務時間の全部を職員組合の仕事に費やしそれに熱中していました‥‥彼等は勤務時間中に数千人に及ぶ組合員の会合を開催していたので、そのあいだは役所の事務は全く停止されていました。彼等は建物の中で数個の最もよい室を占領してこれを職員組合の用に充てていました‥‥彼等は、勤務時間中に役所の費用をつかって、役所の仕事を犠牲にしながら、デモ行進やストライキをやりました。彼等は、その役所の業務管理の機能を奪ってしまったため、監督の地位にある上級官吏が自分の命令が確実に行われると自信を以て仕事を指揮している人はほとんどいない有様でした‥‥」(註1)

 同年4月フーバーレポート(中間報告)は、ペンドルトン法等近代的公務員制度の沿革に言及し、中央人事行政機関の設置を強調、民主的方法での成績主義を確立し、公務員の能率を増進するため国家公務員法案が示され、公務員の政治活動の制限と争議権の剥奪を規定し、吉田・フーバー会談を反映したものとなった。むろん経済科学局は新憲法や極東委員会声明等の民主的保障と矛盾するなどとして反発した。
 総指令部は5月、「中道」路線の片山首相誕生を祝福し、フーバーが帰国している間に日本政府と国会はスト権剥奪を白紙化し、政府部内で強い反発のあった人事院を総理府の外局である人事委員会に格下げし、国会の直接勧告や内閣の承認を得ない規則制定権を削除して昭和22年10月に国家公務員法を制定した。この背景には西尾末広官房長官が民政局ケーディス次長に社会党首班政権では公務員の争議権剥奪はできないと申し入れ、後にケーディスが「鬼のいぬ間に問題を片付けよ」と示唆を与えたため、渡りに舟となったとされる。
 再来日したフーバーは激怒し、昭和23年1月29日ホイットニー民政局長に宛てたメモ及び4月のマーカムとの連名によるホイットニー宛要請では、経済科学局労働課によって進められた非アメリカ的政策の結果、公務員によるストライキ、座り込み、超勤拒否による政府の管理能力や権威の喪失の問題が生じたことを指摘し、民間企業の労働者から政府職員を区別し、アメリカにおける理念と実際に即して国家公務員法を改正することを要請し、タフトハートレー法にも言及したうえ、政府職員の労働基本権の制限を主張し、同年6月ストライキをなした者は雇用上の権利を失うものとするなどの、国家公務員法修正草案がフーバーによリ交付された。これに対して経済科学局は、民主的、能率的な職員関係の確立に配慮を欠く。独断的で自由裁量の権限を人事院に付与することを狙っている。現実的な団体交渉関係の確立こそ望ましいと反論し、両局が対立した。
 同年7月6日マッカーサーの面前における「御前会議」においてフーバー民政局公務員課長とキレン経済科学局労働課長との間で七時間に及ぶ論争が闘われ、マッカッサーはその場で裁断を下さず、熟慮のうえ、結論として全ての政府職員に対し団体交渉権と争議権を否認するフーバー案は修正され、国鉄、塩、樟脳、タバコの専売事業は特別法により公共企業体を設置することとなったが、総じて言えばフーバーの主張に近い裁定であった。
 ケーディス民政局次長は社会党首班政権に好意的だったが民政局内でのフーバ-との力関係を踏まえ、上官の信用を失いたくないという保身のために公務員課支持に回った。キレンは団交権を否定する新労働政策についていけないとして辞意を表明し帰国する。かれは論敵フーバーを出し抜くことを企図し、大蔵省給与局に団体交渉による給与決定の法案を作成させ西尾末広副総理か北村徳一郎蔵相を通じて提出するよう催促していたが、マッカーサー書簡による政策の転換で消散したとのことである。
 この政策転換の背景について、タフトハートレー法の成立等共和党の進出にみられる本国の政治状況の変化、トルーマン・ドクトリンによるアメリカ外交政策の転換、日本共産党と密接な関係にあった労働運動の警戒などが指摘されているが、本質的意義は次の点にあると思う。フーバーは経済科学局労働課が非アメリカ的政策を推進したことにより、公務員がストライキをやっていると非難しているのである。さらにマッカーサー書簡に対する本国政府の反発、つまり極東委員会友好国代表から反対されている。政府職員のスト禁止は占領期間のみの暫定措置とすべき。争議権を伴わない団体交渉権が行使できる政府企業職員のカテゴリーを拡大し鉄道、専売以外にも拡げるべき等の見解に対し、10月21日マッカーサーは本国政府に返信を打電し、激しく拒否、反論していること。すなわち自己の政策と国家公務員法改訂案はアメリカ的政策に添っていることを繰り返し強調しつつ、本国政府は「アメリカ合衆国の法と判例、アメリカ合衆国の経験と慣行に完全に反する政策」に肩入れしていると非難した。さらに本国陸軍省から、郵政を除く電信電話と国鉄労働者に団体交渉権を付与するよう提案があったが、マッカーサーは、日本は軍隊を保持していないので、政府が通信手段を得るために、通信労働者に団体交渉権を付与すべきでないと反論しこれも拒否した。局面打開のため、急遽フーバーがワシントンに派遣され熱弁をふるった説得活動の結果、陸軍省、国務省はマッカーサー擁護の立場となり、極東委員会の運営委員会も態度を軟化、好意的でなかったのは労働省だけだった。本国政府はマッカーサーの反論を了解した。(註2)
 つまり、マッカーサーはアメリカの伝統的な公務員の在り方を規律している主権理論(公務員の使用者は主権者たる全人民であり、公務員の勤務条件の決定は人民を代表する立法機関によってなされるべきとする)を言っている。私もこの大原則は譲れないと考える。

(註1)岡部史郎『公務員制度の研究』有信堂1955 200頁
(註2)井出嘉憲『日本官僚制と行政文化』東京大学出版会1982 210~225頁
 参考文献 岡田彰『現代日本官僚制の成立戦後占領期における行政制度の再編成』法政大学出版局1994 遠藤公嗣『日本占領と労資関係政策の成立』東京大学出版会1989

つづく

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