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カテゴリー「フランス研究」の1件の記事

2012/08/05

フランスにおける団結禁止「営業の自由」と「労働の自由」(1)

 近代市民社会と前近代を分かつ指標とは「営業の自由」の確立であり、それは団結禁止と密接不可分な関係にあり、イギリスであれ、フランスであれ、ドイツであれ、その歴史的経緯に差異があるものの、近代市民社会成立にともない団結は違法と評価され、禁止されたのである。
 イデオロギー的にいうと団結による営業=取引・制限の除去が、18世紀の営業の自由の精髄であり、フランスでは革命後の1791年ル・シャプリエ法による団結禁止体制がそうであり、この体制は実質93年も継続したのである。つまり第二帝政期1868年の一時的団結法認体制(個人の算術的総和としての団結の法認)において労働組合は自由競争「労働の自由」を阻害するものとして非合法であった。ル・シャプリエ法を全面的に廃止して「労働の自由」が否認され、労働組合が法認されたのは第三共和制の1884年のことである。

1 アンシャン・レジーム末期

 1776年2月に重農主義者のチュルゴ財務総監の改革(チュルゴ勅令)により、同職組合(コルポラシオン)、団結体である仲間職人制度(コンパニオナージュ)を消滅させ廃止し、「親方、仲間職人、労働者および徒弟」のあらゆる結社・集会が禁止された。
 同職組合とは、都市を範囲とする地域的市場独占の制度であって、競争を排除し親方たちの集団的特権を維持することを目的として、仕事場、店舗の数、価格、品質、生産量、労働日数等労働条件を制限するものである。親方身分取得には莫大な出費を要するため、18世紀には閉鎖的カースト化していた。仲間職人になるには徒弟期間を終えた後、加入税を支払い、親方と雇傭契約を結ばなければならないが、同職組合が仲間職人の雇い入れを規制したほか、仲間職人が自己の計算で仕事をすることは禁止された。都市の独占市場を守るため入市税を取り立て、結果、社会の安定を破る技術の進歩に対する敵意が支配し、経済と技術を沈滞させる要因となっていた。【註1】
 一方、農村は同職組合の産業規制が及ばないため、事実上の産業資本家である卸売商が原材料・生産用具を提供して繊維工業等が勃興し、競合する都市の手職を没落させた。1762年の勅令は農村の営業の自由を確立させたものであるが、既成事実を承認したものだった。
 この産業構造の変化を背景としてレッセフェール(自由放任主義)を最初に用いた経済学者ヴァンサン・ド・グルネー(Vincent de Gournay、1712~1759年)が、1751年に同業組合の廃止、産業規制の撤廃、商品流通の自由と取引の自由のために猛烈な宣伝を行った。これによりフランスでは急速に重農主義経済思想が広まったのである。
 ルイ16世は1974年グルネーの弟子であるジャック・チュルゴhttp://cruel.org/econthought/profiles/turgot.htmlを財務総監に抜擢した。チュルゴは同職組合の廃止のほか、穀物取引の自由、税制改革等の自由主義政策を打ち出した。

 
  
悪の根源は団結であるとし、団結禁止による個人の労働の自由を宣言

○1776年2月勅令 (チュルゴ勅令)

チュルゴ財務総監(Anne-Robert-Jacques Turgot, Baron de Laune)の改革(同業組合の廃止・団結禁止)
 前文に基本的理念が述べられている「‥‥すべての人にとって、わが全王国において、またとくにわがよきパリ市において、自由にそのよいと思われる種類の営業および手工業の職業に就き、かつ従事すること、数個の職業を兼業することもできる。そのために、われわれは、商人および職人のすべての同業団体および宣誓親方組合を消滅させ、かつ、廃止したのであり‥‥同業組合に与えられたすべての特権、規約、規則は廃止される。‥‥」
 同業組合の職業独占を否定するは「その労働と勤労以外の所有を持たない故に、生存するために有するこの資源をその全面にわたって使用する必要と権利をいっそう多く有している人びと」が被害者となることを強調し「悪の根源は、同職の職人に認められた、集合し一つの団体として結合する権能それ自体にある」と主張、それは「自然の共通の権利」の実現として次のように位置づけられた。
「神は人に欲求を与え、人にとって労働による収入を必然のものとすることによって、労働による収入を必然のものとすることによって、労働する権利をすべての人の所有とした。そして、この所有は、すべての所有のなかで第一の、そしてもっとも神聖でもっとも不滅のものである」その帰結としていっさいの結社・集会が「親方、仲間職人、労働者および徒弟」のすべての間で禁止されるとした。【註2】
 勅令により「自己の計算において働き、かつ公衆に販売する商人および職人は警察への届出と営業登録簿への登録を経ることによって、自由に営業に従事することができる。警察への届出でと営業登録簿への登録を経ることによって自由に営業に従事できる。ただし営業の安全等の警察規制が留保されるとしたのである。

○1778年8月勅令

 
 チュルゴの改革に抵抗したのは国王に建言権を有している高等法院(Parlemen)であり、勅令の登録が拒否された。高等法院は貴族の牙城であり、官職売買の特権もいずれ廃止されることが示唆されていたからである。イギリスではコモンローヤーが営業の自由を推進し、1563年エリザベス1世治世の職人規制条例を骨抜きにしたのとは対照的である。テュルゴは単一地租の導入などの改革も提案したため諸方面から非難され、1778年5月財務総監を解任され失脚する。後任のネッケルによってパリの同業組合の再建復活を認める八月勅令が発せられた。【註3】
 ただし、八月勅令はテュルゴ改革を全否定しておらず、仲間職人の団結体であるコンパニオナージュの復活は認めていない。職人徒弟の結社の禁止は継続された。

 
2 革命期

○1791年3月ダラルド法(アラルド法)

 営業免許税設定法案に組み入れる形で同職組合を廃止した。営業は、あらたに設定される営業鑑札制度以外の租税以外のすべての束縛から解放するというものである。しかしこのデクレは職人の結社・集会を明文で禁止していない片手落ちの立法であった。結果、1790年8月法により集会・結社の自由が保障されたために仲間職人制度の承認がなされたと考えられるようになり、職人が友愛団体との口実により団結し旧親方に労賃の増額を強制するようになったことである。ル・シャプリエ法はこの欠陥を是正するものだった。

○1791年6月ル・シャプリエ法

 労使双方の団結禁止立法であるが罰則規定が労働者側のみとする。
 第1条 あらゆるコルポラシオン(職団)の禁止の再確認。
 第2条 労使双方の団体内部の組織、申し合せ等の禁止。この禁止は、同じ身分あるいは職業にある市民、企業主、店舗を有する者、何らかの技術を持つ労働者及び職工に及び、彼等が集合する場合、彼等のいわゆる共通利益に基づく規則を作成することは出来ず、長、書記、委員を任命すること決定、決議をなすことは禁止される。
 第6条 事業主、職人、労働者に対し、あるいは低い賃金で満足している者に対して、前述諸条項の内容を強制する脅迫がなされた場合には、一〇〇〇リーヴルの罰金、三ケ月の禁錮。
 第7条 憲法により労働及び産業に承認される自由を行う労働者に対して、脅迫あるいは暴力を用いる者は、刑事手続により、公共の安寧の妨害者として処罰。
 第8条 職人、労働者、職工、日雇労働者により構成され、且つ、彼等によって煽動されて労働及び産業の自由なる行使に反対して集合した団体は暴徒とみなし解散せしめられる。右の主謀者、煽動者、指導者、暴力行為をなした者は、暴徒として処罰される。

 第三階級の代議士ル・シャプリエによる1791年6月14日の法案提案理由報告書では「各労働者につき日当を決定するのは、個人と個人の自由な取り決めである。次に、労働者が彼を雇う者となした取り決めを守る者は労働者である」と述べ、雇傭契約は個人と個人の取り決めであるべきこと。個人の行動に基づく社会的関係の原則論を述べている。【註4】
 また同じ年に国家公務員や農業労働者の団結禁止諸法が制定される。

3 ナポレオン第一執政-第一帝政期

○1803年4月法 サン・ジェン・ダンジェリーの報告に基づいて集団的な労働の停止・阻害・賃金引上のための団結をすべて禁止し、団結する労働者が同じ仕事に従事していない場合も禁止とした。また賃金を引き下げるための使用者の団結も禁止の対象とし、罰則規定も設けた。

○1810年刑法典も労使双方の団結を禁止し、労働者の場合、違反者を1~3ヶ月の禁錮と首謀者は2~5年警察に監視され、使用者の場合は罰金、禁錮を科すというものである。【註5】

4 第二共和制

 労働者主体の革命とされる二月革命後の1848年11月憲法においても団結権は見送られ、結社の自由は明文をもって否定されていた。
刑法は次のように改正され、団結禁止体制は継続している。

○刑法414条-六日乃至三ヶ月の禁錮乃至三〇〇〇フランの罰金に処せられるもの一、労働者を働かせる者の間の、賃金の値下げを強制しようとする団結。その試みあるいは実行の開始ある場合を含む。
 二、仕事を同時に休止せしめ、作業場における仕事を禁止し、一定の時刻前または後に工場に立入ることを妨害し、且つ、一般的に労働を中止し、妨害するための労働者側の全ゆる団結。その試みあるいは実行の開始ある場合を含む。前二号に該当する場合、首謀者あるいは煽動者は、二年乃至五年の禁鋼に処せられる。
 415条-作業場の管理者あるいは事業者及び労働者で、協同して作業場の内部規律を対象にしたものとは別の制裁金、制裁という名目でまたはその名目がいかなる種類のものであっても禁制や禁止を云い渡す者は、作業場の管理者あるいは事業者側から労働者に対する場合も、労働者側から作業場の管理者あるいは事業者に対する場合も、相互に行う場合も、何ら区別なく、前条に定られる刑を科されるものとする。
 416条-前二条に定められる場合において、首謀者あるいは煽動者は、刑の満期後、少くとも二年問最高五年間、高等警察の監視下に置かれるものとする。【註6】
 この法改正を提案した報告者がヴァチメニルであるが、労働の価格は商品のそれと同様に自由な競争のもとにおかれなければならないという思想をもとに、団結が労働の自由、労働力取引の自由競争を侵害するものとして禁止されなければならないという理論的な言及を行っていることが注目される。
「勤労と営業の規則的かつ正常な状態においては、労働を含むすべての価格は二つの要素によって決定される。二つの要素の第一は、供給と需要の均衡であり、第二は、一方では供給する者の間での他方は需要する者のあいだでの競争である。価格を決定するこれらの要素が障害なく機能するとき、勤労、営業、労働は自由であり、かつ、諸価格は、公正かつ真実に決定される。反対の場合には、勤労、営業、労働の自由は歪曲され、諸価格は人為的なものとなってしまう。つまりコアリシォンは、明白な効果として、競争と、需要供給の均衡による諸効果を破壊し、あるいは歪曲する。したがってそれは勤労、営業および労働の自由に背馳し、その結果、第一三条でこの自由を保障した憲法に反する‥‥‥雇主および労働者が、彼ら固有の利益において振舞い、約定し、他のものとの違法な協定を結ばないかぎり、賃金の条件を取り扱う自由は完全である。なぜなら、その自由は、他のいかなる合法的権利も侵害しないからである。しかしながら、圧力を加えるためのコアリシォンがつくられるならば、それは‥‥‥競争の自由、したがって労働の憲法上の自由は、このコアリシォンによって窒息させられるのである。」【註7】
 団結による圧力は労働力取引の自由=労働の自由という合法的権利を侵害するゆえに禁止されなければならないと述べている。
つづく

【註1】中村紘一「ル・シャプリエ法研究試論」『早稲田法学会誌』20巻1969〔※ネット公開〕 http://hdl.handle.net/2065/6281
【註2】稲本洋之助「フランス革命と「営業の自由」」高柳信一, 藤田勇 編『資本主義法の形成と展開. 1 (資本主義と営業の自由) 』東京大学出版会1972所収
【註3】高村正人「フランス革命期における反結社法の社会像 : ル・シャプリエによる諸立法を中心に」『早稲田法学会誌』48 1998〔※ネット公開〕
http://hdl.handle.net/2065/6520
【註4】菊谷達彌「フランス労働争議権の史的発展と理論形成(一)」鹿児島大学法学論集 Vol.26 no.1 1990 〔※ネット公開〕http://hdl.handle.net/10232/14024
【註5】前掲論文
【註6】前掲論文
【註7】田端博邦「フランスにおける「労働の自由」と団結」高柳信一, 藤田勇 編『資本主義法の形成と展開. 2 (行政・労働と営業の自由)』東京大学出版会1972所収

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